再会した女の子が放っておいてくれない話   作:黒樹

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君のいなくなった日

 

 

 

「圭君のバカ、だいっきらい!!」

 

そんな言葉を投げ掛けた理由はよく覚えている。

前日、母が泣きながら私を抱き締めた。「気づけなくてごめんね」「辛かったね」って私を慰めて、明日学校で色々と話をしてくるからと言ったのだ。問い詰めると圭が“私が虐められていること”を相談したらしく、それで母がPTA会議の折に学校側に問い詰めることにしたらしい。

約束したのに圭が嘘をついて私の母に喋ったものだから、私はそれが嫌で彼に酷い言葉を投げつけた。本当はそんなこと一度も思ったことないのに、言いたいことだけ言うと私は一人帰り道を走った。

 

その翌日には、私への“いじめ”はめっきりと止んだ。

 

直接的なのも、間接的なのも、陰湿なのも全部。不思議に思っていると私を虐めていた一人、佐藤さんに呼び出されて謝罪された。どうやら三人とも親にこっ酷く怒られたらしく、伊藤さんと青山さんの二人はそれが原因で私に突っ掛からなくなったらしい。

 

本当にその日から、私の日常は変化した。

いじめがなくなって、友達が増えて、佐藤さんとも仲良くなった。

毎日が騒がしくて、楽しい日々。

だけど、私は大切なものを失っていた。

 

 

 

–––圭だ。

 

 

 

彼はいつも私に話しかけてくれた。他愛無い話をして、バカやって、私を笑わせる。そんな君がいなくて私の心はぽっかりと穴が空いたように寂しくて。

 

私は、圭を探した。

すると彼は一人、机で本を読んでいた。

彼はどちらかと言えば、周りに人が多い印象があった。

それが今や、彼の周りには人がいない。

まるで時間に置き去りにされたかのように、彼の周りには誰もいない。

 

その原因は私だった。

 

元々、彼はクラスで割と人気者な立ち位置で友達が多かったのだけど、めっきり減ったのには理由があった。私を虐めていた三人を好きな男子は多くて、その三人と敵対してしまった圭の周りからは人が離れていったらしい。過半数離れれば、周りもすぐに空気に触れて伝播する。そんな甲斐あって、彼は友達を失くしていた。

 

私は声を掛けようとした。でも、出来なかった。いつも圭から話し掛けてくれたから、どう話し掛けていいかわからなかったのだ。立ち竦んだ私は待った。彼が話し掛けてくれるのを、私を見てくれるのを。きっと君が話をしてくれれば、今からでも仲直りが出来るのに、私から話し掛けるのが怖くて簡単なことすら出来なくて。

 

そんな日々が続いた、ある日。彼を取り巻く環境は悪化した。

 

 

 

“佐藤さんが圭を好き”なのは有名な話だ。もちろん、私も知っていたし、佐藤さんが一時期、私に当たりが強くなったこともあったのをよく覚えている。それは彼が絡んでいたからで、佐藤さんが手を引く理由にもなったことだ。忘れるわけがない。

その“佐藤さんを好きな男の子”と“青山さんと伊藤さんを好きな男の子達”が徒党を組んで、圭に報復する事を決意したのだ。発端は“佐藤さんが好きな男の子”にとって、未だ圭が邪魔だったからだ。

誰が流布したのか、“圭を倒すとあの三人にモテる”という風潮まで出てきてしまった。

 

露骨なら無視から始まり、段々と男子達はエスカレートしていった。筆箱を隠したり、上履きを隠したり、机に落書き、上履きに画鋲、教科書に落書き。と、私が受けた内容ばかり。

 

誰もが見て見ぬ振りをした。

きっと圭なら自分でなんとかする。

そんな風潮があって、私もそう思っていた。

でも、そんなのは言い訳だ。

 

私は我が身可愛さに“また虐められるのが怖い”と思って何も出来なかったのだ。見て見ぬ振りをされる痛みを知りながら、私は自分のことばかりを優先した。

 

圭はある朝、行動を起こした。

不機嫌そうに椅子に座って、突然机を蹴り飛ばした。

皆が教室に集まる時間だから、皆びっくりしていた。

随分と鬱憤が溜まっているらしい。

短気な圭らしくて、そして何処かいつも以上に尖っている。

 

「どいつもこいつも根性なしばっかだな!」

 

大声で教室中に響き渡る、挑発。

 

「直接喧嘩売る勇気もねぇのかよ。ダッセェ!!」

 

態と挑発してるんだと私にはわかった。こんな手には普通、引っかからないだろう。でも、想い人の前でバカにされた男子達は例外だった。特に“佐藤さんを好きな男の子”とかは特に。

 

「誰が根性なしだもういっぺん言ってみろ!」

 

「おまえだよ、坂田」

 

のこのこと出て来た坂田という男子生徒に対して、更に圭は挑発する。

 

「ビビってるから小細工しか出来ねぇんだろ」

 

ニヤニヤと挑発するような笑みを浮かべる圭は、何処かその生徒を嘲笑っているかのように見える。その顔はまるで圭の本質が歪められているようで、私は酷く驚いた。

 

「舐めんなよこの野郎!」

 

先に動いたのは坂田と呼ばれた男子生徒。彼は圭に距離を詰めると、その右手で思いっきり殴りつける。それに直撃した圭は半歩下がって打たれた顔を正面に睨みつけた。

 

「はぁ、よっわ。それで全力かよ」

 

今度は圭が殴りつける。すると坂田という男子生徒はよろめいて、机や椅子に足を引っ掛けて転んでしまう。

 

「榊原ぁ!」

 

あと二人ほど、遅れて圭に殴り掛かった。

そこから先は暴力の嵐だ。

殴り、殴り返され、蹴り、蹴られ。

圭は三人相手に力任せに暴れた。

相手が三人だというのに一歩も退かず、ただ暴れる。

先生を呼びに行くことも忘れて、私達はただその光景を眺めた。

 

「–––これはどういうことですか!」

 

教師が来る頃にはもう既に決着はついており、ただ一人立っていたのは圭だった。切れた唇を拭って見下ろす。

 

「次なんかやったら文句なしに潰すぞ」

 

その脅しに圭を虐めようとしていた男子達は震えるばかりだった。

 

 

 

いつからか圭は喧嘩に明け暮れた。売られた喧嘩を買い、複数人相手に傷だらけになって戦う日々、それを私は眺めているだけの日々。朝も夜も彼は怒っているような気がする。どうにも彼にとってはいじめの範疇にはならないらしく、売られた喧嘩は買えとばかりに全て跳ね除けていた。

また虐められるのが怖くて行動できない私は、ただ遠巻きにその姿を見つめていた。

喧嘩が終わると圭は傷だらけで、そんな彼を毎日のように手当てしているのはあの佐藤さんだ。

私は見ているだけのくせに、それが何処か妬ましく恨めしかった。

 

私に勇気があれば、どんなに良かったか。

そう思っていた矢先、チャンスが訪れる。

 

もう季節は夏、既に出会って一年以上。夏休みの前日。終業式を終えた後、雨が降る空を見上げて生徒玄関に圭が立っていた。それに気づかなかった私は彼に接近していた。最後のチャンスだと思った。

 

「け、圭君……」

 

「湊月か。……何の用だよ」

 

勇気を持って話し掛けたけど、何を話せばいいかわからない。喧嘩したのはだいぶ前のことだし、謝るタイミングというのを完璧に見誤っていた。

 

「その……元気?」

 

「……今更、何の用だよ」

 

「い、一緒に帰ろ?」

 

勇気を振り絞った。私が言えるのはそれだけだった。

たった一言に全ての思いを乗せて、圭に伝える。

すると彼は棘のある声で答える。

 

「おまえまた虐められるぞ。僕なんかと一緒にいたら」

 

その言葉に怯んだせいで、私は出遅れた。

圭は雨の中を傘も刺さずに走り出した。

その背中を追い掛けようと思えば、追えた筈なのに。

私はまた立ち止まっていた。

 

 

 

 

 

夏休みが明けた。今度こそ謝ろうと思う。そんな思いを胸に、登校した私を待っていたのは予想もしない出来事。

 

「あの……先生?圭君は休みですか?」

 

「あぁ、彼なら転校したわよ。夏休み中に」

 

榊原圭は転校した、と教師が言う。

予想もしていなかった現実に、私は聞き返した。

すると告げられたのは、もう夏休みに入る前から転校することは決まっていたこと。

終業式が最後の日だったということだ。

 

それを後から知った私は、大いに嘆いた。

 

どうしてもっと早く仲直りしようとしなかったんだろうとか。

どうして圭は転校する事を教えてくれなかったんだろうとか。

今までの後悔を全部吐き出して、泣いて。

 

 

–––私は失ってから、本当に大切な人に気づいた。

 

 


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