再会した女の子が放っておいてくれない話   作:黒樹

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緋奈視点。前編。


倉橋緋奈の災難

 

 

 

衣替えの季節に予報外れの雨が降り始めた。

 

「はあ、最悪……」

 

学校の帰り道、一人で立ち寄った喫茶店で外を眺めていたあたしはそう呟く。

いつも一緒に登下校していた湊月は最近出来た恋人にぞっこんで今頃、相合い傘でもしながら帰路に着いている頃だろう。榊原圭は折り畳み傘の一つも持って来ていないと言っていたし、あたしもそうだ。

喫茶店に立ち寄ったのも雨宿りのためで、一人ならこんなところには来ないし、いつもなら湊月と行動している。その幼馴染が恋人と下校デートなのだからあたしがおひとり様なのは当然の摂理だ。

 

「全然やまないなぁ……」

 

降り始めて三十分ほど、様子を見ていたが片手間にスマホを弄るのも飽きてしまい、愚痴っぽく呟けば誰かがカップを置いた音に掻き消されてしまった。

カップの中の珈琲も空になって、更にもう一杯という気分にもならず、通りにある店を眺めた。すると中学の頃に通っていたゲームセンターが目に入った。

 

「久しぶりに行くかな」

 

思い立ったら吉日とは言わないが、無駄に時間を潰していても暇なので伝票を持って立ち上がり、レジで会計を済ませると店を出て、反対側にあったゲームセンターに足を運ぶ。

 

店内に入ると騒音が耳を劈く。

思わず、耳を塞いでしまった。

 

「うわっ、音やば!」

 

相変わらず、騒音の酷いゲームセンターの中を見回す。目的はないけど適当に歩いて何かを探した。クレーンゲームのプライズ商品を物色していると可愛いぬいぐるみが目に入った。不機嫌そうな目つきの黒猫のぬいぐるみだ。

 

「んー、久しぶりだし取れるかな?」

 

両替機を探して、千円札を一枚両替する。小銭を握り締めて目当ての台に行って迷わず五百円を突っ込んだ。五百円を入れるとワンプレイ追加されるのだ。まぁ、上手い人には必要ないのだろうが。

 

「んー、そこそこ取れそうなんだけど」

 

ボタンを押して操作するとアームが商品を掴む。そのまま持ち上げる動作に入った。しかし、途中まで持ち上がったものの右のアームが弱いようで右側から商品が落ちる。

 

「……お、取れた」

 

それからなんとか五百円以内に商品を落として、景品をゲットした。取り出し口から景品を受け取って、ぬいぐるみを正面から見つめていると何故か既視感があることに気づく。

 

「誰かに似ているような……あぁ、榊原か」

 

この仏頂面、まさしく湊月の彼だ。

太々しくて、目付き悪いのが、特に似ている。

あれはまぁ可愛くないけど。

そんな黒猫のぬいぐるみを鞄にしまって、新たな標的を探した。

 

「さて、次は何にしようかな」

 

クレーンゲームは泥沼だし、取れたのも奇跡みたいなものだ。クレーンゲームのコーナーから離れて音楽系のゲームが置いてあるコーナーに移動する。中学時代にやっていたダンスの筐体とか、リズム系のゲームとか、最新バージョンが沢山出ていた。受験の際に離れてから一度も来ていないため、目新しいものもある。

その日のあたしは身体を動かしたい気分だったから、ダンスの筐体に向かった。百円を入れて最近流行りの音楽を選択して、難易度はハードくらいを選択する。

 

曲が始まると画面に合わせてステップを踏み、のってきたら上半身も動かす。ウォーミングアップとしてはまずまずかミスはないものの無難には踊れたと思う。

 

「次はもっと激しいのいってみようかな」

 

過去作からもある好きな曲の譜面を選んで、難易度は最高のやつを選んだ。曲の始まりからアップテンポで激しく、考えていたら追いつかない身体も、画面を見るより先に動き出す。

 

「〜〜〜♪♪」

 

鼻歌を口遊みながら、最後まで踊りきると結果はパーフェクト。我ながら体は覚えているものだ。その結果に満足しながら筐体から退こうとすると、背後には沢山の人集りが出来ていた。

同じ筐体をプレイするために並んでいたのか、ギャラリーか、あたしは気恥ずかしくなって逃げるように群衆を掻き分けて筐体から離れる。するとその先には見知った顔がいた。

 

「あれ?泉と西宮?」

 

銃で敵を撃つアクションゲーム筐体の前、無表情で敵を倒しまくる泉と、苦笑いで銃を構えている西宮がいたのだ。西宮の方があたしに気づいて銃を下ろす。あ、残機一つ減った。

 

「倉橋?君がこんなところに来るなんて珍しいな」

 

「まーね。まぁ、中学の頃はバリバリ通ってたけど。受験の時にやめちゃったからさ」

 

「あぁ、なるほど」

 

「そっちは何してんの?」

 

そう聞いたら、視線で泉を示された。

がむしゃらに銃を乱射している泉をだ。

 

「見ての通り、告白するまでもなく失恋した馬鹿のストレス発散に付き合っているところだ」

 

「……それはご愁傷様」

 

返す言葉がなくてあたしは心のこもっていない言葉を投げ掛けた。あたしは湊月の恋を応援していたから、泉にとってあたしは敵も同然で同情なんてして欲しくないだろう。その役目は西宮がいるわけだし。

 

「おら死ねヤァー!おっしボス撃破ぁ!」

 

ゲームの方もひと段落がついたのか、ちょうど巨大な敵のライフを削りきるところだった。終わったところであたしがいることに気づいたのか、顔が此方に向く。

 

「……あれ?倉橋ちゃん?」

 

今更あたしに気づいたみたいで、呆けた顔をしていた。

直後にキョロキョロと辺りを見回して、誰かを探すような仕草をする。

 

「湊月ならいないわよ。榊原とデート」

 

「ぐふっ!?」

 

「おい、わざわざ傷口に塩を塗らなくてもいいだろう!?」

 

「こういうのはっきり言った方がいいのよ」

 

追い討ちになろうとも、それで諦めがつくはずだから。

変な気を起こされても困るし。

そう結論づけたところで、自販機で飲み物を買って、適当な椅子に座る。

何故か、流れであたしも長居することになった。

 

「……オレさ、野球部でレギュラーになって、甲子園に出場して、優勝して鹿島ちゃんに告白するつもりだったんだ」

 

突然、長くなりそうな人生設計が泉の口から語られて、あたしの頬が引き攣る。

そういうシチュエーションはよくある話だが、まさか実行に移そうとする奴がいるとは思わなかった。

泉は意気消沈した様子で、しかしその瞳には多少の嫉妬を宿している。

哀しげな雰囲気で缶ジュースを持って、プルタブを見つめていた。

 

「それがいつの間にか二人が急接近しててさ。……ちょっと鹿島ちゃんの覚悟ってやつを甘くみてたわ。榊原君は何もしないと思ってたんだよね。まさか、鹿島ちゃんの方からアプローチするのは想定外というか……」

 

後悔するかのように、泉はポツポツと吐露していく。しかし、心には未だ整理のついていない何かがあって、言葉にするのもどうにかといった雰囲気だ。

 

「でも、知ってたでしょ。湊月の初恋の相手が誰かくらい」

 

あたしは忠告した筈だった。湊月には好きな人がいるから諦めなさいと。中学の頃にそう言って泉を突き放そうとしたことがある。それでも諦めずに突っかかってきたのが、この泉だ。結果はこの様で目も当てられない状況だが、流石にその恋が実ったとあってはどうしようもないのかもしれない。

 

「……告白しておけばよかったかな」

 

後悔を口にして、泉はなんとも言えない表情をした。

その言葉が、どうにもあたしの耳に残った。

 

 

 

 

 

 

まだストレス発散を続ける二人と別れてあたしは一人帰路を歩く。曇天のままだが、雨は一度上がって今が家に帰るチャンスだった。

 

「告白しておけばよかった、か……」

 

残響する泉の言葉は妙にあたしの耳にこびりついたままで、凄く気になる言葉だった。心に響くようで、でも何処か他人事な、そんな感じで胸を擽るのだ。意味がわからない。

 

「余計なこと考えてないでさっさと帰ろ」

 

また、ポツポツと雨が降り始める。

小雨が薄いシャツに染み渡って肌寒かった。

急ごうと曲がり角を曲がった時、ふと誰かにぶつかりそうになった。

咄嗟に避けてぶつかることはなかったものの、相手もびっくりしたように此方を見た。

……柄の悪そうな三人の男だ。

 

「っと、危ねぇなどこ見て歩いて……おぉ?」

 

怒鳴り散らすその最中、あたしを睨みつけた男達の表情が変わる。ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべて、足の先から頭の先まで品定めするように順繰りに見られていく。その視線を一言で表すなら『気持ち悪い』で、生理的な悪寒がしてぎゅっと身体を隠すように搔き抱く。

 

「すげぇ上玉じゃね?」

 

「いや、切り替え早すぎでしょ。窪っち」

 

「実際、やばいって」

 

こういう輩とは関わりあいたくはない。

あたしは一度頭を下げて、横を通り抜けようとした。

 

「ちょっと待てよ」

 

「今暇?暇なら少し雨宿りしていかない?」

 

「可愛いねー、彼氏いるの?」

 

しかし、逃げようとしたあたしの進路を塞ぐように彼らは動く。

こういう輩があたしは嫌いだ。

 

「急いでるんで」

 

「そう言わずにさー」

 

雨が冷たくて、不満が焦燥感と不安に繋がる。

嫌悪感もちょっとした恐怖に変わって、あたしは震える声で叫んだ。

 

「邪魔だって言ってるでしょ!」

 

どうにか切り抜けなければ、という思いで振り絞った声だが思いの外小さかった。今にも竦んでしまいそうな足を動かして必死に逃げようとしたけれど、横を通り抜ける寸前で腕を掴まれた。

 

「は、離して!」

 

「いいじゃんちょっとくらい。君、隣のクラスの子でしょ」

 

ふと、彼らの姿に注視してみれば、あたしと同じ学校の男子制服が目に入る。だけど、あたしは相手のことなんて知らない。顔に見覚えはあるかもしれないが知らない生徒達だ。

 

「な、なによ。別に関係ないでしょ」

 

「同じ学校の生徒だろ。少しくらい会話してくれてもいいじゃない」

 

雨に濡れて最悪な気分がさらに最悪な気分に。

あたしは早く帰りたいのに、それを彼らは許さない。

 

「話すことなんてないんで」

 

ばっさりと切り捨てて手を振り解こうとしたけれど、男性の力に女のあたしの力じゃ敵うはずもなくて、余計な体力ばかりが奪われていく。必死に抵抗するも拘束から抜け出せなくて、あたしは頭が真っ白になった。

 

「離してよ!」

 

怖くて、泣きそうで、必死にもがく。

そんなあたしの様子を見て、何が楽しいのか奴らは笑っていた。

あたしは全然楽しくもない。

 

誰か助けて–––。

 

そう願った時だった。

 

「あれ、倉橋ちゃんまだこんなとこにいたの?」

 

「……おまえら、隣のクラスの有名な札付き」

 

雨の中、傘も差さないで泉と西宮の二人が路地を歩いて来た。

途端、状況を見るや怖い顔だ。

 

「隣のクラスの窪田だっけ。倉橋ちゃんに何してんの?」

 

「事と場合によっては裁き倒すぞ」

 

ピリピリとした一触即発の状況に、二人が吐き捨てるように言う。

 

「何って口説いてんだよ。邪魔すんなよな」

 

「喧嘩なら買うぞ?」

 

「上等だやってやるよ」

 

「気をつけた方がいいぜ泉、窪っちは女に振られて手がつけられないくらい機嫌悪いから」

 

「それはこっちの台詞だ。今、泉は失恋中で機嫌が悪いからな」

 

何故か、本人ではなく外野の二人が競い始めた。

一触即発の雰囲気が、衝突寸前になる。

あたしは二人を止めようと手を伸ばしたけれど、それは遅かった。

もう既に泉の頬に拳が突き刺さっていたのだ。

 

「おらどうした弱えなおい!」

 

三対二の喧嘩は、ものの数秒で決着がついた。

泉と西宮が蹲って、腹を抑えている。

 

「ちょっとあんたら何しに来たのよ!?」

 

「咄嗟に出ちゃったけど……よく考えたらオレら喧嘩強くなかったわ。ってか、無理じゃね?人数的に」

 

「くっ……痛っ!」

 

二、三発でKOした二人はそんなセリフを吐いて、膝をついた。

 

「あーもう馬鹿なんだから」

 

傷ついた二人の側に駆け寄って怪我を見る。

大したことはない、ただの打撲だ。

でも、こんな二人に心を救われたのも事実で。

拭えない不安が別の何かで塗り固められた。

 

「俺に歯向かうからこうなるんだよ」

 

蹲っている二人の頭を小突くように軽く蹴って、窪田って不良は嘲笑っている。そんな姿をあたしは見ていることしか出来ない。足が竦んで動けなかった。

 

「や、やめてよ……」

 

やっとのことで絞り出した声も届かない。

あたしのせいで誰かが傷つくのは嫌だ。

それすらも、はっきりとは口に出来なくて。

 

「聞こえねぇなぁ。許して欲しいなら誠心誠意お願いしてみろよ」

 

威圧する声にまた、あたしは萎縮する。

 

「やめてよ……二人は関係ないでしょ」

 

小さいながらも紡いだ言葉は頼りなく、雨に溶ける。

小雨にすら負けるような声で、情けなさに涙が出そうになった。

靴音が鳴る。

また、不良が二人を蹴ったのだろうか。

それよりも硬質な、地面を叩くような音だった。

 

あたしの隣に誰かが立つ。

 

雨が遮られる。

何者かが傘を差しているみたいだ。

その人は一言も喋らないで、ただ立っていた。

不良が不機嫌そうに喉を鳴らす。

 

「あ?おまえも仲間か?」

 

「だったらどうする?」

 

ふと見上げれば、あたしを庇うように立った広い背中が目に入った。

その背中を見ると……どうしてか、安心感が胸を満たす。

普段は頼りなさそうな暗い雰囲気をしている男だが、この時ばかりは妙に頼もしくて、どうにか追い払ってくれるんじゃないかと思った。

あたしを一瞥するとまた視線を戻して、ただ前を見据える。

堂々とした立ち姿に見蕩れていると、いつもの無気力で眠たげな声をあげた。

 

「状況を察するに、無理なナンパでも仕掛けたのか?他人の意思を尊重しない行為は脅迫だぞ」

 

いったい何処から見ていたのかそう宣告すると、あたしに傘を手渡した。荷物も全部押し付けるように預けられて咄嗟に受け取ったものの圭が何をするつもりなのかあたしには全く予想も出来なかった。

 

「なんだとこの野郎」

 

今度は三人の不良が圭を囲む。

 

「……おっと、悪いが暴力は無しにしよう。喧嘩は苦手なんだ」

 

圭は感情の篭っていない声で、そう告げた。


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