再会した女の子が放っておいてくれない話   作:黒樹

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母は強し

 

 

 

夏季休暇前日、一学期最後の登校日。

終業式が終わった直後、僕は湊月の家へと招かれていた。

 

「……気が重いな」

 

目と鼻の先にある湊月の家を見上げてぼやくが今さら逃げるわけにもいかない。既に今日会うことは決定づけられているのだ。正当な理由もなしに此処で逃げれば、次の機会はないだろう。

 

「観念するんだ圭。そして、私の両親を説得してくれ。私の夏休みは圭にかかっているんだから」

 

そんな僕の背中を押して、湊月が玄関のドアを開けてしまった。すぐに靴を脱ぐや僕を先導してリビングへと向かう。ご丁寧にも手は僕を掴んだまま離さないでいた。

 

「お母さん、連れて来たよ」

 

「あらまぁいらっしゃい」

 

リビングに入るとまずキッチンが目に入った。そこにはまだ若々しい湊月の母親らしい女性が立っており、此方の姿を見るやにこやかに反応を返した。

それと比べて、リビングの方からは並々ならぬ殺気のようなものが漂ってくる。発生源は若々しくも優しげな顔を強張らせた仏頂面の男性からだ。おそらくは湊月の父にあたる人だろう。新聞を持ったまま顔を上げようともしない。チラッと視線を寄越したかと思うと、深呼吸なさった。

 

「ほら、二人とも座って座って」

 

鹿島母に促されるまま鹿島父が座るソファーの対面へ。僕の隣に湊月が、鹿島父の隣には鹿島母が座った。できるならこの威圧感を放つ男の前はご勘弁願いたいが、今更動くこともできないだろう。

 

「確か榊原圭くん、よね……?」

 

鹿島母は僕のことを覚えていたのか懐かしげな表情。こんなに大きくなって〜、と言われてもどう反応を返していいのか判らない。というか覚えられていたのがどうにも気恥ずかしい。

 

「ほう、君が榊原圭、か……話は聞いているよ」

 

ここで初めて鹿島父が新聞を置いた。声には凄みが混じっており、気圧されそうになるがなんとか堪える。精神衛生上非常によろしくない状況だ。因みにだが、タイミングが合わず鹿島父と会ったのは今日が初めてだ。小学生の頃には何度も湊月の家に来たのだが、タイミングが悪かったらしい。

 

「彼が私の恋人の……」

 

「榊原圭です。湊月さんとお付き合いさせてもらってます」

 

湊月に紹介されるがまま、漫画で見た定型文で自己紹介をした。改めて名乗ってみたものの初対面は鹿島父だけなので少し異様な光景にも見える。緊張感が三者面談の比ではない。

ついでとばかりに用意していた御菓子を献上し、礼儀正しさをアピールしてみる。礼儀とは……と辞書で索引したいところだがスマホを弄る隙もないのは勿論のこと、身動きひとつ取れない。

そんな僕に距離を詰める湊月はとても上機嫌な様子だ。助け舟はあまり期待できそうにない。

 

「まずは礼を言おう。小学生の頃は本当に娘が世話になったね」

 

「いえ、別に自分のエゴでやったことですから」

 

「とはいえ、それとこれとは話が別だがね」

 

さすが父親、きっちり分別はしてしまうらしい。

感謝の言葉もあっさり流した。

物言わず席を立った鹿島母がお茶の用意をしてくる。

数分ほどで、四つ湯呑みが用意された。

その間、両者の間に会話はない。

 

張り詰めた空気を壊したのは鹿島母だ。

 

「それで二人とも付き合っているのよね。榊原くんはうちの娘の何処を好きになったの?」

 

–––それも最悪な形で。

 

そういう質問がくるのは予想していた。しかし、予想していたのと対策ができるかの問題は別でその問いに対しての答えは未だに出ていないのだ。せめて問題が『気になったところは?』であれば誤魔化しようがあったのだが、僕は極力嘘が吐けないタイプで嘘をでっち上げるのは苦手だったりする。

 

–––誤解のないように言うが苦手なだけだ。

 

むしろ、嘘は得意な方だ。口八丁なら腐るほど出てくる。しかし、僕の性格上嘘は苦手であり、苦手だが得意とは矛盾しているんではなかろうかとも思うが、考えても仕方がない。

 

僕は爆弾を投下する覚悟を持って挑む。

 

「正直、わかりません」

 

「「……えっ?」」

 

当然、湊月の両親は固まった。

ここまで馬鹿正直に答える奴もいないだろう。

僕が親なら殴ってるところだ。

 

「ほう、つまりあれだ。君はうちの娘を弄んでいるというわけかい?」

 

鹿島父は既に殴りかかる数秒前、一歩間違えばボコボコ待ったなしだ。

 

「そういうつもりはありません」

 

しかし、あの発言をした手前もはや修正は不可能。あとは自分の主張を通すしかない。出来れば話の腰を物理的に折る前に全て話し終えたいのだが、沸点を超えないことを祈るばかりだ。

 

「僕にとって湊月さんは大切な存在です。でも、それが恋愛感情なのかまた別のものなのかは自分でも理解できていないんです。だから、無責任なことは言うつもりもありません。正直言って、保証もできません」

 

僕の嫌いなワードが簡単に思いつくだけで三つある。

『綺麗事』『嘘』『裏切り』以上、三つだ。

だから、簡単には嘘になるようなことや綺麗事は吐きたくないのだ。

嘘が吐けないとは不便極まりないが。

 

これから先どうなるかは判らない。湊月のことは恋人であれ友人であれ大切にするつもりだ。それこそ命を賭けたっていいだろう。困っているなら手を差し伸べるし力にだってなろう。僕に出来ることならなんだってやる。そういう覚悟。

 

「自分でも正直、何を言っていいのかわかりませんが……えっと、その……」

 

言葉に詰まる。元から口下手で話すのが苦手な僕はもう既に行き詰まった。あとは結果を見るだけ。すると、先に動いたのはなんと鹿島母。クスクスと笑っている。

 

「正直な良い子ね」

 

「……少々不誠実ではないかい」

 

「あらそう?絶対に幸せにします〜とか言って浮気されるよりはマシだと思うけど」

 

「…………まぁ、そうだね」

 

僕の曖昧な態度を見て複雑そうな心境の鹿島父だったが、妻の一言で折れてしまった。あれには触れてはいけない何かがありそうだ。触らぬ神に祟りなしともいうので、スルーした方がいいだろう。

 

「それで……あの、お父さん、お母さん、お泊まりの件なんだけど……」

 

今まで沈黙を保っていた湊月がお窺いを立てる。

間髪入れずに鹿島母、軽い感じでこう言った。

 

「うん。別にいいんじゃない?あ、でも、二日に一回くらいね。お母さん寂しいから」

 

「……毎日」

 

「それならもう片方の日は榊原くんに来て貰えばいいんじゃない?」

 

「え、本当!?」

 

僕の了承も得ずに話が勝手に進行していく。

湊月が毎日来るのはともかくとして、それは流石に僕が嫌だ。

 

「湊月、それはさすがに……」

 

「つまり君はうちの娘と一緒にいたくないということかね」

 

賛成派なのか反対派なのか湊月の親父さん、面倒臭い手のひら返しをなさる。

 

「あら遠慮しなくていいのよ?いつも通りイチャイチャしてくれれば」

 

鹿島母はお茶を一口、微笑ましそうな顔で湊月を一瞥し、見たいと言わんばかりだ。むしろそれが目的ではなかろうかと言わんばかりの笑顔にたじろぐ。

 

……もうやだ帰りたい。

 

 

 

 

 

 

「疲れた……」

 

昼食後、一時的避難先として湊月の部屋に逃げるとベッドを背もたれに座り込む。僕の隣では何食わぬ顔で座り、人目がなくなって抱きついてくる湊月がいた。

こっちは我慢の限界だったようで、腕を組みべったりとくっついている。

 

「これで夏休み中はずっと一緒だな」

 

「そうだな」

 

決して嫌なわけではないが、諦めたように呟いた。

 

「だけど、僕は二日に一回は泊まりに来ないからな」

 

「えっ……?」

 

無慈悲な宣告をするとさっきまでの幸せそうな表情とは一転、哀しそうな表情。湊月は俯き、

 

「やだ」

 

駄々を捏ねた。

子供のように拗ねているところを見るに、本気だったらしい。

 

「湊月さん湊月さん社交辞令って知ってる?」

 

さすがに毎日泊まって行っていいとか本気で言う親はいないだろう。うちの両親がおかしいだけで。

 

「圭はそんなに私の家に泊まるのが嫌か?」

 

「まぁ、落ち着かないからな」

 

子供の頃ならばいざ知らず、今の僕に異性の家はハードルが高過ぎる。

 

「そういえば湊月の部屋に入るのは初めてじゃないか?」

 

改めて湊月の部屋を観察してみる。窓際にベッドが置かれ、壁の方には勉強机が一つ、クローゼットという簡素な部屋だが、全体的に壁紙からピンクでコーディネートされており女の子らしい部屋、というのが最初に得た感想だ。

 

「……私が一番じゃないんだ。誰の部屋に入ったんだ」

 

「最初に入ったのは緋奈の部屋だったな」

 

小学生の頃、よく入り浸っていたのは覚えている。

思えばあれが初めて異性の部屋に入った瞬間であった。

当時の僕に男女の性差などあるはずもなく、無神経なところが目立っていたように思う。

振り返ってみれば、子供の頃の僕の神経はなんと図太いことか。

 

「私は二番目の女なんだな」

 

拗ね始めた湊月は腕のホールドを解いて、甘えるように抱きついて来た。それを優しく受け止めて抱き締めると彼女は嬉しそうにくぐもった声を漏らす。

本気で拗ねてはいなかったのだろうが、あまりの扱い易さに心配になって来た。

 

「圭から抱きしめてくれるなんて珍しいな」

 

嬉しそうに微笑み手を回して来たところで、顔が近くなり直視できなくなる。肩越しに背景を見て無心を貫いているとドアの隙間から覗く目が二つ。ニヤニヤと笑って、鹿島母がドアをゆっくりと閉めた。

「どうぞごゆっくり」と幻聴が聞こえたところで、僕は全てを見なかったことにしたのだった。

 

–––今日のことは全て忘れよう。

 

 


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