再会した女の子が放っておいてくれない話   作:黒樹

4 / 30
都合上、『鹿島湊月』視点。


憧れの君

 

 

 

物凄い速さでボールが私に迫る。驚いた私は避けることすら頭から抜け落ちて、間抜けにもただ襲ってくる痛みに備えるかのように目を閉じた。嫌なこと、痛いこと、怖いことがあるといつもそうだ。私は目を逸らす。それが終わるまでひたすらに。まるで時間の進みが遅くなったかのような瞬間を、ただ怯えながら……。

 

–––バチッ。

 

そうやって今が過ぎることを待っていると、鈍い音と衝撃が私の身体を駆け巡った。でも、不思議なことに痛みはない。代わりに私を包み込むかのような……そう、抱き締められている感覚があった。

 

「……?」

 

私はおそるおそる目蓋を開ける。すると、まず初めに目に入ったのが男子生徒の服。ゆっくりと視線を上げると圭の顔が間近にあって、少しドキッとしながら目を逸らした。どうやら私は圭に抱き締められているらしい。そう思うと、嬉しくて、恥ずかしい思いで顔から火が吹き出そうになる。

 

「け、け、圭……?」

 

「怪我はないか?」

 

「えっ、あ、うん……私は大丈夫だ」

 

「そうか。ならいい」

 

圭は私の無事を確認すると、私を抱き締める右手とは反対の手、左手から何かをぽいと投げ捨てた。それはさっきまで私に向かって飛んでいた野球ボールだ。まさかあれを受け止めたのだろうか?

 

「た、大変だ、冷やさないと!」

 

きっと怪我をしているかもしれない。腫れているか、罅が入っているか、最悪の場合骨折もありえる。慌てて圭の左手を握ってみると少し赤いばかりで異常は何処にも見られない。

 

「あの程度で怪我なんてするかよ。あんなの誰だってできる」

 

いや、少なくとも私はできない。とばかりに西宮と東堂先輩の方を見てみると、しっかりと首を横に振られてしまった。

 

「あー、グローブがあるなら余裕だけど。怪我もせずにとなると結構難しいからな、三回に一回くらいなら多分野球部員ならできると思うぞ。まぁ、普通はやらないけど」

 

野球部員の威信にかけてか、そんな補足説明が入る。

 

「なんでそんな無理をしたんだ」

 

無謀なことだと判るや私は圭に詰め寄った。その反面、圭が守ってくれたことが嬉しくて口角が上がらないよう頰を張るので精一杯だった。私の頭にポンと手が乗せられる。

 

「おまえが避けないからだろ」

 

それはつまり、守ってくれたという証明に他ならず、私はつい嬉しさと喜びを抑えきれなくなった。

 

「何を呑気に笑ってやがる」

 

「ふふっ、嬉しかったんだ。君は昔と変わらない、それがわかったから」

 

感激のあまり圭に抱き着くと、少しだけ涙が溢れた。

そんな私の頭を、圭は優しく撫でてくれた。

 

 

 

 

 

 

「何か冷たい飲み物を買って来るから、圭は此処で待っていて。緋奈は何がいい?」

 

「私は紅茶で」

 

保健室に行くことを渋った圭をベンチに座らせて、私は飲み物を買いに走った。圭の手を冷やすためだ。無理をしないようにと緋奈を監視につけて、走ること数分で生徒玄関横に置いてある自販機に辿り着く。

走ったからか息が荒い。身体も熱いし、頰も赤い。でも、きっとこれは走ったことだけが原因じゃないはずだ。つい嬉しすぎて圭に抱き着いたことと、ちょっと泣いたこと、と色々ある。

思ったよりも圭の手も、身体も硬くて、男の子なんだなって思うとなおさら恥ずかしくて。それが好きな相手で、ベンチに座るまでずっと寄り添うように腕を組んで歩いたのだから。胸を押し付けてみたり、他にも色々試した、その恥ずかしさが重なって全部が纏めて私に襲い掛かってきている。

 

「……頭を冷やすべきは私かもしれないな」

 

圭の手を冷やす前に私の頭を冷やすべき。そう思い立って、少しだけ圭から離れた。でもそれだけでちょっと切ないような寂しい気分だ。よほど私は圭が好きらしい。

 

「平常心、平常心……」

 

自販機に硬貨を入れて、ボタンを押す。二つ選んだところで私は悩む。

 

「圭は何がいいかな?」

 

手を冷やすためという口実があるとはいえ、好みを聞いておくべきだった。好きな食べ物、好きな飲み物、圭が好きなものについて私はあまりにも知らなさ過ぎる。スマホを使って緋奈に連絡を取ろうかと思って、ふと視界の隅に嫌なものが目に入った。牛乳をパックで売っている自販機だ。私は牛乳が飲めないほどではないが、嫌いなのだ。

 

「……そうだ、圭は気付いてくれるかな?」

 

妙案が思い浮かんだ私は牛乳を買える自販機に寄って、硬貨を投入すると迷いなく牛乳を購入した。カコン、と落ちてきた牛乳を取り出し口から受け取り、思わず笑みを浮かべる。嫌いな飲み物を手にしながら笑みを浮かべる私って、実は気持ち悪いのではないだろうか。

 

「鹿島ちゃーん」

 

「鹿島さん」

 

そんな私の元に泉と西宮の二人がやってきた。

 

「いやー、さっきはごめん。大丈夫だった?」

 

「私は大丈夫だよ。圭が守ってくれたから。だから、気にしないで」

 

そもそも原因は避けれなかった私にあるわけで、謝罪を受け容れると泉はホッとしたような顔をする。

 

「それならよかったんだけど……榊原君って何者?」

 

不意に泉が漏らしたのは圭に対する疑問だった。

 

「悔しいが俺には無理だった。いや、正直自分のことで精一杯だったからな。実は元野球部だったんじゃないかと俺は思っているんだが」

 

西宮が苦々しげにそう語り、圭について探るように私に聞いてきた。でも、昔から圭はあんな感じで運動は得意だったし、なんら不思議な感じはしない。

 

「さぁ、私はまだそういった話をしてないからな。再会してから約一ヶ月、話すことに夢中で私の知らない中学時代の話はしてこなかったから。小学生の時の話くらいしか、な」

 

まるで思い出を振り返るように彼との過去を語らい、そうすることでお互いに足りていなかった時間を埋めてきた。私が一方的に話すとそうだったなと返すんだ。それが嬉しくて、どうでもいい話ばかりしている。

相槌を打ってくれるけど、あまり覚えていないようだった。それに私が彼に思い出して欲しくない記憶を触発しないように接していることもあってか、とてもぎこちないものだった。

 

だがそれはそうと私の知らない榊原圭という存在は気になる。彼は小学校四年の時に転校してしまったし、中学時代はどんな生活を送っていたのか。

 

……私の毎日は、彼がいなくなってからとても寂しいものだったから。

 

「……中学生時代の圭、か……」

 

冷たい飲料缶を頰に当てて、頰が緩みそうになるのを慌てて引き締めたのだった。




次回は視点が戻ります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。