再会した女の子が放っておいてくれない話   作:黒樹

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残された二人

 

中庭に植えられた木、その前に設置されたベンチに座りながら僕は左手の感触を確かめる。最初は打球を受けた衝撃で少し痺れはしていたものの、感覚はだいぶ戻って来ており握るくらいの動作なら簡単に行える。握力的な問題であれば少し弱まっている程度で時間が解決してくれるはずだ。それに骨には何のダメージもない。

 

「本当に大丈夫なの?あんた」

 

「問題ない」

 

同じベンチに腰掛けた倉橋緋奈が横から手を伸ばし僕の腕を掴む。自分の方に引き寄せるとぐいぐいと掌を押して、何かを確かめるような動作をする。

僕が感じるのは緋奈の手の柔らかな感触だけだ。

 

「腫れてないわね。痛くない?」

 

「何をしてるんだ?」

 

「あんたなんでも大丈夫って言って我慢するタイプの人間じゃない」

 

「言い返せないな」

 

実際、痛くても放置しただろうし気にもしなかっただろう。ただ、自分よりも僕の身体を労る人間が珍しく、手を解放されるまで僕はされるがままになっていた。やがて満足した緋奈はそっと手を離した。

 

「……」

 

「……」

 

話すことがなくなり互いに無言になる。

グラウンドから響く、バットの金属音だけが届いていた。

それが数分、いや数十分続いたような気がして。

うがーっと唸るように静寂を緋奈が破った。

 

「あーもうあんたってばなんなのよ!?」

 

突然、キレだす緋奈に意味がわからず目を白黒とさせ、ぎょっと見ると睨みつけるような視線と指先を突きつけてきた。

 

「あんた昔はうざいくらいに明るいやつだったでしょ!それがどうしてこんな根暗になるの!?」

 

「……人間変わるんだよ」

 

「変わるにしてもビフォーアフターの差が激しすぎるのよ!」

 

「何も変わったのは僕だけじゃないだろ。緋奈も、湊月も……」

 

そこまで言って気づく。

昔のように名前を呼んでしまったことに……。

 

「ねぇ、なんで今みたいに湊月を呼んであげないの?」

 

「それは……」

 

どうしてだろうと考える。昔は名前で呼んでいた。なら今もそうすればいいだろう。そのはずなのに、どうも抵抗感というか慣れない感覚があるわけで、躊躇ってしまうのだ。

 

–––答えはすぐに出た。

 

「私達のこと避けてない?」

 

緋奈の言葉が核心を突いていた。

押し黙る。すると怒ったように頬を膨らませる。

 

「言いたくないことがあるとすぐそうやって黙る。誤魔化したりする癖、本当に昔から変わらないのね」

 

呆れたような懐かしむような優しい表情で、緋奈は脚を組んだ。喋るまで威圧するのをやめないだろう、ジッと此方から視線を外さない。

 

「……言っても笑わないか?」

 

観念した僕は目を逸らしながら確認を取る。

緋奈はこくりと頷いた。僕もようやく覚悟を決めた。

絶対に言いたくなかったことを口に出すのだ。

質問に質問で返すようで悪いが、僕はそれ以上の言葉を持ち合わせていない。

 

「……なぁ、緋奈。僕は必要な人間だったか?」

 

吐露した気持ちに彼女は首を傾げた。

こいつ、何言ってるんだと–––。

 

「当たり前でしょ」

 

さも当然と言わんばかりの返答に今度は僕が困惑した。

 

「あんたが何を思ってるかは知らないけど。湊月もあたしもあんたのこと忘れたことなんて一度もないわよ。薄情なあんたと違ってね」

 

皮肉げにそう言われれば返す言葉もない。何かを言い返そうとして、言葉が見つからなくて、結局は言いくるめられるような形で終わってしまう。口先で女に勝とうと思わない方がいいとは爺さんの弁だったか。

 

「……それが聞けただけで十分だ」

 

胸の支えが取れた気分でベンチに凭れる。木漏れ日の合間に見える空を見上げて、腕を投げ出すようにぶら下げる。

 

 

 

そんな僕の額の上に冷えた飲料缶が置かれた。

 

「何の話をしていたんだ?」

 

自販機から帰って来た湊月が不満そうに頬を膨らませる。除け者にされていたのがかなりショックだったみたいで、ご立腹な様子が目に見えて不機嫌さを表現していた。

 

「別にくだらない話よ」

 

会話内容についてあまり言及されたくないのか、他愛無い話として処理したか、緋奈は湊月が買ってきた飲料を受け取りながら切って捨てた。

 

「本当か圭?」

 

訝しむような視線が突く。額の上の飲料缶を退けながら、ベンチに座り直していると不意に湊月が持っている飲料が目に入った。紙パックに入った牛乳だ。

 

「……そんなことはどうでもいいだろう。それよりおまえ、それ飲めるようになったのか?」

 

僕の知る鹿島湊月という人間は牛乳が嫌いだったはずで、予想外の方法で給食の時間は残さず牛乳を飲んでいた。そんな少女が牛乳を持っているのだ。違和感半端ない。

 

「あー、その、これは……間違えて買って来てしまったんだ」

 

「ならそっち寄越せ」

 

最初に渡して貰った飲料缶を差し出し、代わりに牛乳を捥ぎ取る。すると何故か湊月はにやにやと喜色を浮かべては、笑みを漏らしてくすくす笑っていた。

 

「何がおかしいんだ?」

 

「圭が私の嫌いな飲み物を覚えていてくれたのが嬉しいんだ」

 

逆に言えば僕は湊月が好きなものを知らない。

 

「はぁ、なんか考えんのも馬鹿らしくなってきたな」

 

紙パックに付属しているストローを刺して、一口飲む。牛乳の甘さとドロドロした感じが何かを洗い流してくれるような気がした。だが、疑問は尽きない。何故こんな美少女達とお近づきになっているのか。人生で一番の奇跡ではなかろうか。

 

「えいっ」

 

そんなことを考えていると、湊月がベンチに手をついて牛乳パックのストローに食いついた。口に牛乳が入った途端に嫌な顔をして、複雑な葛藤を経て飲み込む。

 

「一応、飲めるようにはなったんだぞ」

 

赤い顔をして、口元を拭う。耳まで赤くなった彼女を見ているとなんだかこっちまで笑えてしまう。色々と考えていたことが馬鹿みたいだ。

 

「確かにな」

 

湊月が口をつけたストローに思うところがあったものの、気にすることはやめて残り全部を飲み干すように吸い尽くした。すると余計に湊月の顔が赤く染まっていく。

 

「は、あ、あぅ……!」

 




圭「そういえばあの二人はどうした?」
湊月「喧嘩を始めたから置いて来た」

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