『西宮直人』
金髪のイケメン。身長はギリギリ170。
部活は中高共にサッカー部。
モテるためにサッカーを始めたが、それなりに実力はあるらしい。
部活見学期間が終了、明けた月曜日。休み明け特有の気怠い日はいつものように灰色だった。無駄に遠い距離を自転車で通学するのは慣れたものの、休み明けの身体には少し酷である。道中無心になって自転車を漕ぎ、裏門を通って自転車置き場に自転車を置くと、鞄を背負い校舎へと向かう生徒の集団に紛れた。
「ふぁ…眠い…」
盛大に大口を開けて欠伸を一つ。人の流れに身を任せれば周りは喧騒に包まれる。
最近、流行りの音楽とか、服とか、喫茶店の話。何処の小物がいいだの、可愛いだの、話題が尽きることはなく。
「よく飽きもせずに喋れるもんだな……」
入ってくる不要な情報に嘆息して、僕は足を早めた。
多分、それが原因だったのか。僕の不注意であったのか。ドン、と何かにぶつかり僕の足は止められる。対してぶつかった人は盛大に跳ね飛ばされたらしく、「きゃっ」と悲鳴を上げて地面に尻餅を着いた。
それはとても小さな少女だった。持っていたであろう紙束がバラバラと音を立てて散らばり、それに気づいた少女が悲しそうな顔をする。確かに此方にも非はあったが、それもあってか余計に罪悪感が芽生えた。
「ご、ごめんなさい……」
少女は咄嗟に謝った。ぶつかった相手を見ることもせず、怖がるように、懸命に。そう早口に謝罪を述べるとすぐに紙を拾い集め始める。その姿を黙って見ているほど僕も腐ってはいない。
「いえ、此方こそすみませんでした。先輩」
この学校は学年で身につけるリボンやネクタイの色が違う。深紅、藍、深緑の三種類があって、僕は藍色のネクタイを着けている。と、くれば目の前の深緑のリボンを着けた少女は学年が上であることの証左に他ならず。でも、身長は小学生か中学生で通ってしまうくらい小さかった故に、少し可愛らしさを感じていた。
取り敢えず、謝罪だけして僕も散らばった紙を拾い集める。すると少女は驚いたように顔を上げて、途端に目を大きく見開いた。
「っ。……灰色」
僕の顔を見た少女は確かにそう言った。『灰色』と。それは僕の心の内側にある色であり、まず他人が知り得ない情報だった。現時点で僕を灰色の人生を送っているなんて揶揄する奴はいない。だって、僕には湊月や緋奈といった美人が絡んでいるのだ。それを羨ましがる男子生徒達は人生は『薔薇色』だと、そう言うに違いないだろう。
しかし、それは僕の表層に過ぎず、他人に対して本音をぶつけたことのない僕にとっては表層の一部分であり、それもまた表面の一部でしかないことには他ならないのだが、初対面の相手に言い当てられたのは少し驚いた。
「なら、先輩は何色ですか?」
「あ……ご、ごめんなさい……!」
「え、あ、ちょっ……!?」
失言だっただろうか。紙を拾い集めている最中に少女はまた謝ると逃げるように走り去って行った。その背中を追い掛けようとしたが、まだ紙は残っており拾い集めるという選択肢しかなく、僕はまたしゃがんで紙を拾い始めた。
◇
「ふぅ、さて、と……」
待ちに待った放課後だというのに僕の気分はあまり良くなかった。休みのうちにバイトも決まった。来月には携帯も買う。それなのに僕は少しばかり難しい顔をして、机を睨むようにして見ていた。
件の机の上には今朝、生徒玄関前で会った少女が落として行った紙束がある。それを届けに行くかどうか迷っているのだ。つい拾い集めてしまったが、そもそも落とした相手の名前すら知らない現状では、下手に動くと時間の浪費ということになる。労力もただではないし、だが無視できる話でもない。
「でも、なぁ……」
僕は紙を一枚手に取って眺める。そこにはただ優しい文字でこう書かれていた。
『あなたの悩み聞きます』
『一人で悩まないで』
『苦しいことも、辛いことも、共有できます』
『もし、誰かに話したいことがあって、誰にも言えない悩みなら–––』
そんな謳い文句があって、終いにはこの文字だ。
『寄る辺なき子に救済を』
なんというか怪しい宗教団体のような気配がする。もっと言えばあの先輩、小さくて少女然としていたが割とやばい人なのかもしれない。そう思わずにいられない内容の広報紙であった。
そして、この団体の名も妙な……というか、かなり変だ。
『寄る部(ヨルベ)』そう読むらしい。
ただ調べてみたところ。パンフレットには部活として活動しているわけでもないし名前すらなかった。そんな怪しい団体が学校内にあるのである。実は外部から怪しい宗教団体が介入しているのではないかと思うほどで、非行少女達を売買しているのではないかと勘ぐったりもしたがもちろん妄想の範囲だ。想像の域を出ない。
更に怪しいところと言えば、団体の教祖の名もなければ連絡役の名前すらない。ただ、場所だけが記されている。北校舎の三階、角の部屋に来いと。
「面倒だな……」
チリチリと肌を刺すような感覚がする。『行かないの?』と誰かの声が囁く。いつものことだ。僕は優柔不断故に考えすぎるあまり、客観的な僕と感情的な僕がいつも対立するのだ。意見が合う時もある。でも、大抵はこうやって思い悩む。
「圭、何を見ているんだ?」
悩み熟考する僕の側に湊月が寄ってきた。
「一緒に帰ろう」
美少女からのお誘いだというのに僕は易々と頷けない。嘆息して、僕も覚悟を決めた。行けというなら言ってやるさ、僕がそう望んでいるのなら。
「悪い。用事があるんだ」
「校門で待っていても私は構わないが」
「いや、時間が掛かる」
「な、なら、明日はどうだ?」
「明日はバイトがあるが、家までなら送って行ってやるぞ」
「そ、そうか。明日、か。わかった」
教室を出て行く湊月の背中を見送りながら、別のことを考えていた。『灰色』とはどういう意味で言ったのかと。
北校舎の三階、その廊下にはまるで誰の気配もなかった。文化部ですら、北校舎の三階には寄り付かないのかもしれない。角の部屋は更に魔境のようでより一層、喧騒とは別の空間になった。日常から切り離されたようなそんな感覚、でもそれが心地良いのか随分と心は軽く、さっきまでの緊張が解れるかのようだった。
「この部屋だな」
東側の角、その部屋から人の気配がする。扉には『寄る部』と書かれており、中の様子は特殊なスモークガラスで覗き込まない仕様になっていた。因みに『第三資料室』とも書かれている。
ドアを礼儀作法もない適当なノックで打ち鳴らし、僕は来訪を告げた。
「失礼します」
ドアのノック、一つで資料室の中の気配はぴたりと止まった。どうやら突然の来客に驚いているようだ。そんなこと構うもんかと扉を開け放つ。
「あ……」
やっぱり中には人がいたようで今朝方会った少女と目が合った。
それだけなら、よかったのだが–––。
「……すまん、出直す」
資料室の中にいた彼女は何故か服を着替えている最中で、一矢纏わぬ幼女体系を目撃した僕は密かに脳内フィルムに焼き付く工程を終えて、扉を静かに閉めるのだった。