圭と同じ高校の二年生。
身長は147㎝。
髪型は濃緑にも見える黒髪のショートボブ。
本人は自分の幼い容姿を多少なりとも気にしている。
迷子になることがあり、小学生や中学生と間違われることもある。
「そういえば小鳥先輩、今まで一人で何をしてたんですか?」
この活動に従事してから一週間ほどのこと、初めての後輩に張り切った小鳥先輩に振り回されるように校内を案内されて過ごした先で、不意にそんなことが気になった。問われた本人はきょとんと首を傾げて、質問の意図がわかるやのんびりと応える。
「えっとね……オセロとか、チェスとか、囲碁とか、トランプとか、あとはテレビゲームもあるんだよ」
にぱっと笑顔を浮かべた小鳥先輩の表情はまさに可憐な花の如しであるが、内容は伴っていない。
「一人でですか?」
「うん、一人で!」
確認の為に聞き直したが返答は変わらず、その答えになんとなく居た堪れなくなってしまう。バイトに慣れるまでは構ってやる暇もなかったのだが、一人でパーティーゲームをしている様を想像すると、なんだか熱いものが込み上げてくる。
「……わかりました。もういいです。一緒にゲームをしましょう」
「ほんとう?なにする?」
「小鳥先輩の好きなゲームでいいですよ」
何やっても一緒だし、勝負に拘らないならそれも一興だろう。元から小鳥先輩が楽しければなんでもいいというスタンスである。そういう提案であったのだが、最初から決まっていたとばかりに彼女は棚の方へ駆けるとその中から一つの大きな箱を取り出した。
「これ他の人とやりたかったの!」
嬉しそうに尻尾を振る仔犬を幻視して、手に持ったものは何か。
双六のような、盤上の遊戯。
名は–––、
「人生占いゲーム?」
なんとも不吉であった。
「他の人、ってことは誰かとやったことあるんですか?」
「うん。卒業した先輩とか、お姉ちゃんと」
「姉がいるんですか?」
「この学校にね、あとで紹介してあげる」
驚愕の事実、先輩には姉がいるそうな。
小鳥先輩は嬉しそうにボードを畳の上に広げると、テキパキと駒をセットする。駒を進めるのは賽子ではなくルーレットのようで、盤の上に山のような形で設置されている。駒は定番の車型、穴の数人が増える。
スタートは生を受けたところから、ゴールは死亡するまで。
因みにだが、スタートに戻るということはない。
その代わり、転生ゾーンというやつがあった。
それを始めたらこのゲーム終わらない気がするのだが、マスは見ただけでも三百を超えていて中々帰らせてくれそうにない。
「今日はこのゲームが終わるまで帰さないからね」
–––小鳥先輩も帰してくれそうにない。
「–––さぁ、ゲームを始めよう」
ついノリで漫画に出てくるような台詞を吐き、ルーレットを廻す。カラカラと音を立てて目まぐるしく廻る様を見ていると、やがて減速し停止する。
「4ですね」
ひー、ふー、みー、と駒を進める。
「えっと、これは……っ!?」
学生ゾーン『好きな人のリコーダーを舐める。バレて登校拒否、引き篭もりになる。二回休み』
僕の駒が止まったマスには、そう書かれていた。
いきなり酷い。
「……そんなことしたの?」
「してないです」
因果応報とはまさにこのこと、だがゲームとはいえ少し心にくる。特に先輩の追い討ちが。
「次は小鳥先輩ですよ」
「そ、それじゃあ、廻すね」
カラカラと音が鳴って、出た目が決まると駒を進める。
それから黙々とゲームを進めること数十分、ようやく学生ゾーンを抜けた。
不幸ポイントという妙な設定もあるらしく僕はマイナス、因みにだが小鳥先輩は凄いラッキーなのか事あるごとに幸福ポイントを稼いでいるのだが、後々これがゲームに響いてくるらしい。
「社会人ルート、ですか……」
次に進むのは社会人ルート、このステージが本番でゴールまでとても長い区間となっている。職種を得ることに始まり、金を稼ぎ、結婚をして、老後を目指す。そんなルートであるのだが、学生ルートの時点で稀にだが就職マスや結婚マスも存在していた。僕は無職で小鳥先輩は学生ゾーンにて多数の資格を取得し、内定までしている。
幸運値からして、勝てる気がしないのだが。
「こういう運が絡むゲームって苦手なんですよね」
「や、やめる……?」
ちょっと寂しそうな声色で顔色を窺い、小鳥先輩はギュッと僕からかつあげしたゲーム内紙幣を握り締める。
「やめないですが。ここまできたら意地でやり通します」
それから黙々とルーレットを廻す。僕が先行してはいるが、圧倒的有利は小鳥先輩の方だろう。勝ちは諦めた、もうどれだけ変なマスを踏もうと愉しむスタンスだ。
何回も順番にルーレットを廻して、辿り着いた先は–––、
「あ、結婚マス」
「……あ、私も止まっちゃった」
『結婚マス』と呼ばれる特殊マス。
もし同じ順で止まったプレイヤーがいるのなら、その相手と結婚するというマスである。もし該当者が存在しない場合はNPCと結婚して駒に相方を増やすのだとか。
因みに、扶養家族が増えると払出も増える。
「じーっ……えへへ、なんだか恥ずかしいね」
「ゲームの話ですよ。そう照れなくてもいいでしょう」
同じ駒の穴に棒をぶっ刺せばいいんだろう?と自分の人型棒を小鳥先輩の駒の空いた穴にぶっこむ。この時点で自分の駒はお役御免だ。
「……でも、こうすると人生ゲームとしてはどうなんですかね?」
「それもまた一興、って言ってた」
ゲームは続行されるらしい。
そんな時–––
「小鳥、入るわよ?」
ガラッと扉を開けて、大人の女性が入って来た。
スーツを思わせる黒の上着、黒のタイトなミニスカート、そしてそのスカートから伸びた脚は黒のタイツに包まれていて、より美しく際立っている。
凛とした雰囲気は人を寄せ付けず、黒の中にある白のシャツがより一層助長して。
顔立ちは、凛として美人や綺麗という言葉が似合う。
夜を思わせる長い黒髪が一纏めにされ、胸元に垂れさせている。でも、纏めているそれは簡素なゴムなどではなく、可愛らしいシュシュ。そのアンバランスさが、好まれているのだ。
その姿を、知らない男子生徒はいないだろう。
彼女は、この学校の教師なのだから。
「お姉ちゃん」
小鳥先輩は何を思ってかそう呼んだ–––つまりは、そういうこと。
「えっと、藤宮先生……でしたよね?」
藤宮詩織、男子生徒人気ナンバーワンの女教師。
ああ、なるほど……。
藤宮という時点で気付くべきだった。
そうさせなかったのは、小鳥先輩の姉というのが同じ学校の生徒だと勝手に誤認していたからだろう。
教師というのは、盲点であった。
「あなたが……。榊原君ね」
スッと細められる瞳、冷徹な視線に背筋が張る。
ヒールを脱ぎ捨て、スタスタと歩み寄ると確認するように僕を眺めた。
値踏みするかのような視線に思わずたじろぐ、その一瞬の隙に圧が増した。
「まさか邪な思いで此処に入ったわけじゃないわよね?」
「邪推にも程がありますよ先生、僕は……」
「ガールフレンドがいるのに小鳥にも手を出そうというの」
とんでもない濡れ衣だ。ガールフレンド、という部分に思いたる人物がいたものの、そういう関係ではないと頭を振り。小鳥先輩に手を出そうというのも違う。無実である。
「……まぁ、あなたにどういう意図があろうと小鳥の人を見る目は確かだからね。信用はしてあげる」
数分、睨まれ続けたかと思うと藤宮先生はふっと圧を解いた。
「取り敢えず、よろしく榊原君。私は一応、この活動の顧問をしているから何かあれば言ってね。もし小鳥を泣かせるようなことがあれば容赦なく退学に追い込むから」
笑顔で怖いことを平然と藤宮先生は宣言する。
「お姉ちゃんも人生占いゲームやろう」
「私そのゲーム嫌いなんだけど……まぁいいわ」
小鳥先輩の前ではただ妹を愛する姉のようで、僅かに緩んだ空気に僕は緊張を解いた。