兵藤さんに練を見せてから数日後。私は私用で部室に顔を出せなかったため、久し振りに夜の学校に来ました。
すると丁度、校舎から出て来る兵藤さん、木場さん、小猫さんとばったり会ってしま――。
「イッ!? 辻堂先輩!?」
「にゃにゃ!?」
「うわ!? 辻堂さん!?」
「………………普段からあなたたちが私をどういう目で見ているのかよくわかりました」
これは今後の対応を改めなければなりませんねぇ……? 私の壊れそうなものばかり集めてしまうガラスの十代のハートはもうボロボロですよ。壊れかけのレディオを壊したり、上を向いて歩きたくなりました。
「いや、そうではなくてですね! なんというか……その……夜中にいきなり辻堂先輩と出会うのは心臓に悪いというか……」
私はオバケですか全く……兵藤さんはダンベル追加ですね。何百kg持たせたら根を上げるか見ものです。まあ、彼はブーステッド・ギアによって基礎能力の底上げは決して裏切らないので、早急にしておいていいと思いますけどね。
「まあ、いいでしょう。それは兎も角、お揃いで何処へ行こうというのですか?」
「それは……」
3人……というか主に兵藤さんから話を聞きました。
それによれば、この前に話に出たシスターが堕天使陣営に無理矢理所属させられているらしいので、グレモリーさんの反対を押し切ってこれから救出に行くそうです。
…………どれだけ人望がないんですか、あの全裸エロパイパン巨乳バカデレドジ人外姫。そうでなくとも悪魔の主人として温過ぎて心配になるレベルだということは疑いようもないでしょう。甘さと寛容さは異なるものだということを理解していないようですねぇ……。
「はぁ……」
私は目を閉じて額に手を置くと、少しだけ夜空を見上げました。
◆◇◆◇◆◇
「瓜の蔓に茄子はならぬ」
「え……?」
空を見上げたまま先輩は言い切るように一言呟いた。そして、肩を竦めると大きな溜め息を吐く。
「ウリの蔓にはウリしかならず、ナスもナスの木にしかならないという意味です。要するに主人が阿呆だと眷属まで阿呆なのかと思っただけですよ」
見上げていた顔を下げ、こちらを見てきた眼鏡越しの先輩の瞳は、俺が何か言おうとする言葉が頭の中で掻き消えてしまう程、容赦なく冷え切っているように思えた。
「百歩譲って眷族であるあなた方がグレモリーさんにとって、子は三界の首枷だとしても、それを殴り倒してでも収められない彼女は悪魔の主人として失格ですよ。はぐれ悪魔を浮浪させる主と何が変わりますか」
「ぶ、部長は何も!? これは俺の独断で……」
「まあ、勿論、どちらに問題があるのかで言えば今回はあなた方ですけどね」
明らかに部長を貶している先輩に反論をしようとしたけど、先輩が深い溜め息混じりにそんなことを呟いた事で自然と口が閉じた。
そして、俺たちの方へ靴音を響かせてゆっくりと歩いて来た先輩は、冷えきった瞳で見下ろしたまま、口許だけ笑みを浮かべる。
「兵藤さんは元人間です。だから勘違いも思い上がりもしないように言っておきますが……悪魔と堕天使の間に天秤は掛かりません。互いにとって相手は対等ではないのです。法で裁かれるのは人間と人間のみ、つまりは同じ種族同士だけですよ」
その表情と雰囲気は獣の威嚇のようにさえ見え、俺だけでなく木場と小猫ちゃんもその無言の異様な存在感に気圧され、莫大な魔力を出しているわけでも、攻撃しようとしてくるわけでもないのに身構えてしまった。
「種族の違いは人種をユニフォームのように例えることには当てはまりません。ユニフォームどころか競技が違います。それではルールも勝負も成り立たず、ただ闇雲に衝突を起こすだけです。つまり、あなた方が堕天使陣営の貴重な神器保有者を拐えば、それは悪魔が堕天使に、延いてはリアス・グレモリーの眷属が宣戦布告したも同意。あなたが悪魔である以上、あなたの身体はあなただけのモノではないのです」
「そんな……!?」
考え足らずで、思ってもいなかった事に思わず声が漏れる。木場と小猫ちゃんに目を移すと、2人はわかってはいたのか先輩から目を逸らしているみたいだ。
「兵藤さん。二人を責めないで下さい。彼らには色々あったようですからね」
先輩の言葉に木場と小猫ちゃんは少しだけ身体を震わせる。そして、遂に先輩は俺の目の前で足を止め、その宝石のような熱のない瞳を俺に真っ直ぐ向けた。
「彼らはそれなりの覚悟を持っているのでしょう。ですがあなたはどうですか? 聞き方を変えましょう。高々、一人の少女のために堕天使全てを相手にするほどあなたは愚かですか?」
「俺は……」
先輩に言われて、アーシアとの記憶が甦る。
少し抜けているけど、日溜まりのように明るくて、傷ついた相手なら誰でも治してくれる優しい子。なんで誰も友達になってやらないんだ。
人間? 悪魔? 堕天使?――そんなの関係あるか! アーシアは今苦しんでるんだよッ!!
「それでも俺は……アーシアを助けたいです!」
だから俺は辻堂先輩にそう言い切った。それを聞いた先輩の口許に笑みが消え、よりハッキリと先輩の冷たくも真っ直ぐな瞳が俺を静かに見下ろす。
既に後には退けないため、俺もそれに答えるように先輩の瞳を見つめ返して暫く時間が過ぎる。
「…………………」
それが数秒か十数秒続いたのかはわからない。だが、先輩は俺よりも先に瞳を閉じた。そして、再び開かれると、そこにはいつもと同じ温かな熱を帯びているように思え、思わずこちらの気が抜けてしまった。
「――よろしい、後ろの2人は先に廃教会へ行きなさい。引き止めた私が言うのもは可笑しいかもしれませんが、手遅れになってからでは遅いですからね。兵藤さんはもう少しだけお話があります」
先輩の言葉を受け、2人は先にアーシアのいる廃協会へ走って向かう。その背中を見えなくなるまで見届けた先輩は、それを待っていたのか俺の方に身体を向ける。
「ちょっとこっちに座りなさい」
「あっ、はい!」
そして、何故かおもむろに校門の脇にある人が座れる程度の高さの花壇の煉瓦に腰掛けると、残された俺に手招きして、ポンポンと隣を叩く。
言われるがままに隣に座った俺に、先輩は少しだけ間を空けてからぽつりと呟いた。
「……嫉妬という言葉の意味を知っていますか?」
「嫉妬……?」
「羨望、やきもち、劣等感などが現代は主流ですが別の意味も持っています。それは何かを失うこと、または個人が激しく価値を置くものを失うことを予期することからくる懸念、怖れ、不安という思考や感情です。それから来る嫌悪感や、無力感も該当します」
「は、はあ……? ――うぇ!?」
何故そのような言葉を教えてきたか意味がわからずにいると、先輩は俺の顔の目と鼻の先まで自分の顔を寄せてくる。相変わらず真顔だけど、突然同じ星の生き物とは思えないぐらい美人の先輩にこうされたら誰だって声を上げてしまうと思うんだ。
「私は血筋的に後者の嫉妬心が人一倍――いいえ、数十倍、数百倍は強いんですよ」
それだけ言った先輩は、顔を俺から離して一旦視線を地面に向け、また少し口ごもってから視線を合わせて言葉を投げ掛けて来た。
「……あなたにとってのアーシアさんは、私にとっての兵藤さんなんです」
「へ………?」
あまりにも意外で唐突な発言に俺は変な声を上げちまった。でも先輩はそれを言葉足らずだったと受け取ったのか、ばつが悪そうに眉を潜めながらまた口を開く。
「要するにその…………」
先輩は表情はいつもと大差無いけど、モジモジと指を弄り、また地面の一点を見つめる。暫くそうしていると思い切ったような表情を浮かべ、再び俺と目を合わせた。
「――お、お友達ですから……」
………………………………。
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
……ハッ!
なにこの辻堂先輩スッゲェ可愛い!!!!
いや、ひょっとして先輩の皮だけコピーした何かなんじゃ……いや、それでもいい!
「無愛想な女で悪かったですね……。後で楽しみにしていてください」
あ……ヤバい声に出してた……後が恐すぎる……!
俺が戦々恐々としていると、先輩は何か面白かったのか小さく笑い、軽く溜め息を吐いてから言葉を吐く。でも俺はそれがこれまでより、少し弾んだような声色に思えたんだが、先輩だし気のせいかもしれないな。
「それと……脅すようなこと言ってすいませんでした。ここ数日で調べた結果、あの堕天使達はグリゴリからの命令とは無関係で動いていることがわかりました」
「え!? それって……」
「つまり、倒そうが、踏み潰そうが、犯し捨てようが罪には問われないと言うことです」
よっしゃあ! それなら心置き無くアイツらからアーシアを――。
そこまで考えたところで俺は止まった。それと言うのも先輩がニコニコと笑っているからだ。そして、器用にも一切目が笑っていない! 何故か身体から湯気みたいに蒼い魔力が立ち上っているからダイレクトに怖い!?
「しかし、私が最初に話したのは――もしもの話です。仮に堕天使達がグレゴリの指示の元彼らにとって崇高な目的で動いていたらと……ね。ですがあなたはそれでもその選択を取りました。そうですね?」
「は、はい!」
俺は笑顔と優しく抉るような言葉だけで何故か冷や汗が止まらなくなる。というか怖い。さっきよりも確実に怖い! 怖すぎる!
「それならば、はぐれ悪魔になるのですから上級悪魔への道はまず無くなったと見ていいでしょうね」
「え……? それは……」
先輩が俺の肩にぽんと手を置いた。その手つきは新雪にさえも跡がつかないんじゃないかと思うほどに優しい。
「さて――それはそもそも私との契約違反に当たると思うのですが……?」
その直後、本気で親に叱られた時のような言葉で言いようもない焦りを感じるのと同時に、肩に凄まじい鈍痛が走る。
言うまでもないけど先輩が俺の肩を……いだだだだだだだ!!!? ごめんなさい先輩助けて!? 割れる取れる砕けるぅ!?
「いいですか兵藤さん? 世界の命運に関わるほど大切な契約であれ、結んですぐに忘れてしまうようなとりとめのない契約であれ、悪魔として契約は絶対です」
「は、はい……!」
契約について語る先輩の剣幕は凄まじいもので、有無を言わせぬ迫力からどうあっても譲る気がないということがありありと伝わってきた。
「今回は結果的に間違いではなかったので多目に見て置きますが…………もし、契約に背くような事があればそれ相応の覚悟をしておきなさい」
「は、はいぃぃ!?」
こ、これが部長とは違う本物の悪魔ッ……!! あっ……い、いや……部長が悪魔じゃないと言うんじゃなくてなんか先輩が悪魔のイメージ通り過ぎるっていう意味で!!
「……よろしい。私を失望させないで下さいね?」
一応、満足してくれたのか剣幕を引っ込めた先輩は、俺のよりも遥かに大きくて綺麗な12対の悪魔の翼を広げた。更に目と口を獰猛な獣のように歪め、片腕で強く拳を握り締める。
「では始めましょうか。私の個人的な復讐……もといアルデンテさんとやらの奪還を」
先輩の直す気すら感じない失言と、メラメラと揺らめいている蒼い魔力を見て、俺は先輩が俺よりも余程周到で陰湿に堕天使を潰すつもりだったんだなと理解した。でもアルデンテじゃなくて、アルジェントです先輩……!
「さあ、行きますよ」
「ちょ――まっ――おわあぁぁぁあぁぁ!!?」
幾らか優しく俺を掴んだまま、全く容赦のない速度で空へと飛び上がる先輩を尻目に、俺はもし先輩を奥さんにしたとして、浮気がバレたらとんでもないことになりそうだなんて関係の無いことを考えていた。
そして、ジェットコースター顔負けの浮遊感を感じながら、次第に慣れてきた頭でふと小さな疑問を覚える。
(そういえば……そもそもなんで辻堂先輩は俺を友達だと思ってくれてるんだ……?)
その答えをずっと考えていたけれど、その前に廃教会に着く方が早かったので、いつか先輩に教えて貰お――いや、どうにか思い出したいなと思う俺だった。
◇◆◇◆◇◆
これはイッセーが悪魔になる半年ほど前の話。
「女友達とか……欲しいと思いますね。これまで幼馴染みも友達もみんな俺男ばっかだったんで」
いつものように検査にエロDVDを持ち込み、引っ掛かったために放課後にカトレアと彼は、既に形式上の指導を終えて何気ない会話に花を咲かせていた。
「……ほほう、友達ですか。いいですねぇ」
「へへっ……まあ、先輩は誰にでも慕われてますし、友達なんて沢山居そうですから関係ない話で――」
「は?(唖然)」
「え……?」
「は?(威圧)」
「えっと……」
「は?(殺意)」
「俺なにか悪いこと言いましたかぁぁッ!!?」
意図せずにカトレアの地雷を踏み抜いたイッセーは悲鳴を上げるが、彼女の親の仇でも見るような目は変わらない。それどころか、蒼いオーラのようなものが立ち上っているように彼は錯覚さえ覚えていた。
ヤバいことをしてしまったと焦るイッセーだったが、意外にも直ぐにカトレアの怒りは鎮火する。それに胸を撫で下ろす彼だったが、何故か彼女は顔を机に伏せてブツブツと独り言を呟き始めている。
「少なくとも男友達が複数いるあなたに――昼食中に食べる相手がいなくて周り見ると皆さんが楽しそうに机を繋げているのを見るのが居たたまれなくて誰も来ないであろう用具室や準備室に逃げる気持ちがわかりますか。昔みんなの注意を引こうと鉄棒で大車輪からのトリプルアクセルを決めたら何故か場の空気が凍ってしまった気持ちがわかりますか。頑張って全国模試1位を取っても誰にも触れられず得点を見せ合う輪にすら入れなかった気持ちがわかりますか。修学旅行で新幹線移動の際誰も私の隣に座らないので生徒の面倒見るのに疲れた先生が座って寝てトイレに立つ時起こすのが申し訳ないくらい熟睡してトイレに行けなかった気持ちがわかりますか。用事で席離れてから教室戻った時に誰かが友達と話すのに席使っていたときに気を使って新しい用事を思い付こうとする気持ちがわかりますか。ウォークマンが欠かせずスマホが欠かせず本が欠かせず一人遊びばかり上手くなり学校がただいるだけの空間になる気持ちがわかりますか。友達との写真がないアルバムを見て母さんに見せることを考えていたたまれない気持ちになるのがわかりますか。しっかりしている人間だからと教員からも良い意味で見放されている気持ちがわかりますか。気がつくと1ヶ月教員や委員会や兵藤さん以外の人間と学校で会話していないことに気づいたときの己のみじめさがわかりますか――」
「せ、先輩……?」
その独り言は余りにも早口かつ小さい呟きだったため、イッセーの耳には言葉としては聞こえなかったが、ドブ川のように濁った彼女の目を見ればある意味それは幸いだったのかもしれない。もっともその目も伏せられているため、彼には見えていないのだが。
「聖書の神なんて必ずや2度殺してやります。元の元を辿せばお前のせいで私はこの世に生を受けたのですから。こうなったらこの前勧誘されたテロリストの話に乗って――」
「えっと……」
明らかに様子がおかしいカトレアをイッセーは気遣い、何か掛ける言葉がないかと探す。そして、少し考えた末に"実は意外と人間関係に悩んでいるのではないか?"と70~80点ほどの答えを導き出した彼は口を開いた。
「す、少なくとも俺は辻堂先輩みたいな女性の友達になりたいですよ?」
「――――――本当ですか?」
その瞬間、ガバッと音が出そうなほど勢いよくカトレアは頭を上げる。そのとき、交わった彼女の視線と瞳は、年相応の少女のようにイッセーは思ったが、気恥ずかしさと指摘したとしても非難されそうなため、自身の心と記憶の内にしまっておく。
「もちろん、本当ですよ! こんなこと嘘つきませんって!」
「そうですか、そうですか……はい、
その言葉にイッセーは少しだけ違和感を覚える。しかし、それが何かは彼自身にはわからなかった。
「えっと……それは――」
「…………そろそろいい時間になったのでお帰りください」
「あっ、はい……。では……失礼しましたー!」
カトレアの若干なげやりな促しによって、イッセーは少し釈然としない様子だが、鞄を手に取り、この部屋から退出する。ピシリと扉が閉まり、彼の足音が徐々に遠ざかる。
そして、常人の耳には聞こえないほど小さくなったところで、これまで動かないでいた彼女の唇が震え、表情が綻んだ。
「えへっ……へへ……ふふふ……初めてちゃんとした友達できたよお母さん……」
これは今は彼女だけが知る思い出の1ページ。それこそ、結んですぐに忘れてしまうようなとりとめのない
激重ふれんずカトレアちゃん