東方悪正記~悪の仮面の執行者~   作:龍狐

105 / 105
どうもお久しぶりですッ!!龍狐です。

会話パータンに迷ってまた引き延ばしが続いて…。

でも、ようやく投稿できたッ!


98 光輝

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 

 そういい、二人は抱き合った後互いの顔を見つめ合う。零夜は基本無表情だが、今だけは口元を笑顔にしており、ルーミアの方も満面の笑みを浮かべていた。彼女の無事を確認し終わり、零夜は紅夜とライラの方を向く。その時、ルーミアの自分を抱く力が強まったような気がした。

 

 

「お前らも、無事なようで何よりだ」

 

「あ、あぁ…」

 

「はい……なんとか、なりました…」

 

「――――?」

 

 

 二人の言動が何やらもどかしい。いつもならまっすぐ顔を見て喋るはずなのに、どこかわざと視線を逸らしているように見えた。その顔からは、焦りにも似た表情があった。

 

 

「そういえば、シロが召喚したダークライダーども、いないってことは倒したのか?」

 

「それは「みんなで倒したの!三人でね!リベンジできてよかったー!」……」

 

 

 紅夜が説明しようと口を出したが、途中でルーミアが割って入って状況を簡潔に説明してくれた。「そうか」と口に出して、抱擁している自分の手を離す。「あっ…」とルーミアの口から漏れ出た。

 

 

「大変だっただろう。アイツら相手するのは」

 

「い、いや……。そもそも、私たちは度重なる戦闘で疲労していた状態だった。だが、あの時なぜか体力も全快して……。それでなんだが、覚醒したのか?『権能』に」

 

「……あぁ」

 

 

 ここで『権能』に覚醒したことを隠す意味もないので、素直に打ち明けた。別に打ち明けたところでなにか問題があるわけでもないし、既に『権能』に覚醒しているライラと紅夜の前では隠すだけ無駄だ。同じ権能に目覚めているものは、その気配を感じ取ることができる。

 

――そこで、零夜はあることに気付いた。

 

 

「…権能の気配がない…」

 

「気づいたか」

 

 

 ライラと紅夜、二人から『権能』の気配(オーラ)が感じ取れなかったのだ。『隠蔽』の才能を持つ紅夜からその気配が感じられないのはまだ分かる。実際シロだって教えるまで気づかなかったほどだ。だがライラは?ライラの才能は『教育』だ。力を隠せるような才能ではない。

 零夜が口から漏らすと、ライラが説明をした。

 

 

「これはシロ(ヤツ)に教えてもらったことなのだが、『権能』の気配は隠す――正確には全くオーラが出ていない状態にすることが可能らしい」

 

「は?」

 

「お前が知らないのは無理もない。3年前にお前が立ち去った後に聞いた話だからな。隠す技術も必要だったからお前たちといる間になんとか習得することができた」

 

「あの野郎…」

 

 

 衝撃の事実を聞いて、零夜は意気消沈し、体から力が抜ける。最後の最後まで、零夜を翻弄してそれを笑う気に喰わない奴だった。元々大事な情報はあとになってから言うパターンが多くあったから、もう怒ることさえ無駄に感じている。

 

 

「だが、当時のお前は『権能』に覚醒したところだし、教えたところで意味がないから、黙っていた。でも覚醒したからには、教えないと、と思ってな…」

 

「はぁ~…そうか。分かった。教えてくれてありがとう。……そういえば、俺がいなくなったあと、話していたのはそれだけなのか?」

 

「―――それ、は……」

 

 

 ライラは口ごもった。よほど言いたくないのか、それとも――。

 

 

「まぁ話したくないのなら無理に話す必要はない。悪かったな」

 

「あ、あぁ、すまない…」

 

「じゃあこの話は終わりだ。じゃあ帰ろうk「あ、う…」――?」

 

 

 突然聞こえた、誰のか分からない声。零夜でも、ルーミアでも、紅夜でも、ライラのものでもない。四人は声の主を探す。そして、一番最初に気付いたのは紅夜だった。

 

 

「あ、あの人…ッ!!」

 

 

 その人物にいち早く気づいた紅夜は、その人物に向かって駆け出していく。紅夜が動き出すことによって、三人もその声の主が誰なのかを気づくことができた。と言うより、この何もない月面で、自分たち以外の人間を探すことは至極簡単なことだった。ゆえにすぐ気づけた。

 

 

「あいつは…」

 

 

 その人物は、この何もない月面で倒れ伏し、ボロボロになった見るに堪えない血に染まった衣服をまとい、筋肉を痙攣させながら肘を使ってゆっくりと起き上がるさまは、痛々しい。穢れのない純粋な短髪の黒髪は何度も酷使された影響でボサボサになり、顔を上げることで見せた透き通っていたはずの蒼い瞳は、濁り切っていた。そんな姿をした男性を見て、零夜は呟いた。

 

 

「ゲレル…」

 

 

 その人物はまごうことなきゲレル・ユーベルだ。だがしかし、ゲレルは既にシロの手によって消滅させられている。元々ゲレルは臘月が創り出した精神生命体。本来の体など存在しない。つまり、今目の前にいる男性は――、

 

 

「いや、光輝(こうき)か…」

 

 

 ゲレルが寄生した体の本来の持ち主――光輝だ。光輝は弱弱しい体で、ゆっくりと上半身を起き上がらせようとしていた。

 その光景を見た零夜は、ルーミアを連れて光輝の方へとゆっくりと近づいていく。

 

 その中で一人ライラは、思考の海に潜った。

 

 

(運がいいのか悪いのか、もう少し早く起きてもらいたかったな…。そうすれば、あの話を有耶無耶(うやむや)にできたのに)

 

 

 筋違いの逆恨みを、目の前の男性にする。だが、もう起きてしまったことは仕方のないことだ。零夜が根掘り葉掘り聞かなかっただけ、よしとするべきだ。

 

 

(言えるわけあるか。あの後他にどんな話をしたのか、それに――)

 

 

『コノコト、零夜ニハ秘密ダカラネ?』

 

 

(…いや、()()についてはもう考えるのはよそう。だか、それでも、やはり不可解で、言えるわけもない)

 

 

 ライラは空を見つめる。ただ星が輝く、暗くて明るい夜空。その光景を見ながら、ライラは心の中でため息をついた。

 

 

(シロから裏切ることを最初から伝えられていたなんて、死んでも言えるかッ)

 

 

 心の中で悪態をついた後、ライラは零夜たちの跡を付いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 信じた自分がバカだった。バカだったから、利用された。ずっと体の自由を奪われた。意識だけはあった。意識だけは心の奥底にあったんだ。だから憶えてる。俺の体を奪ったやつがやった悪行の数々を。何度も何度も叫んださ。やめろ、って。でも俺の体を支配してるやつにその声は届かない。そいつは悪行を何度も続けて、そのたびに快楽に染まっている。他の生物の心を犠牲にして、だ。もう何度もヤツに泣かされた女性を目にしてきた。叫んでも、叫んでも、俺の心はそれを肯定した。俺に残っていたのは意識だけじゃない、感覚も残ってたんだ。当たり前だ、もとは俺の体なんだから。その感覚って言うのは多岐に渡る。怒りも、哀しみも、喜びはもちろんのこと、熱さ、寒さ、痛み、快楽ですら俺の体に流れ込んできた。特に快楽の感情が流れ込んできたときは、何とも言えない感情だった。

 その感情は、決まってアイツが女性を襲っているときだった。体中を刺激する快楽、人を不幸にするという悦楽、それらが俺の唯一の娯楽のようになっていた。頭ではいけないことだ、口でやめろと言っても、体と心は正直だ。どんなに正論や綺麗事を言おうとも、その行為に悦びを感じてしまっては叫ぶ資格すらないと何度も自問自答した。

 

 こんな生活――真っ暗闇の空間でただ一つの光源、俺の体を通して見ている光景がモニターにリアルタイムで映っていて、それを見ているだけの生活だ。そのモニターを見たくなくても、この空間で光はそれだけだ。真っ暗闇は怖い。だから見たくなくても見てしまう。その繰り返し、ループ。もういやだ。

 

 そもそもだ。生まれたときからいいことなんてほとんどなかったじゃないか。俺の生まれ故郷の月は、『穢れ』を嫌う。『穢れ』とは“生きる”と言うことそのもの。そして俺の能力は『変化』。『穢れ』を嫌う月の民にとって最悪極まりない能力だった。変化を嫌うやつらにとって、『変化』の力を持つ俺はまさに毒の原液そのもの。疎まれるだけの人生だった。本来ならその場で殺されてもおかしくなかったが、そこで待ったをかけたのが【八意永琳】様だ。彼女は月の賢者の一人にして、この月の都の創設者のひとり。その権力は絶大だ。そんな彼女が俺の保護を申し出た。と言うもの、『変化』の力を自身が作る薬に使えないかと言うのが彼女の考えだ。利用されてるようでいい気分はしないが、彼女はいわば命の恩人だ。従う以外の選択肢なんて、俺にはなかった。

 

 しばらく経って、彼女のおかげで自分の能力について把握することができた。『変化』の力はそんななんでも変化できる力と言うわけではなかった。俺の『変化』は科学変化や耐久値などを変化できるものではあったが、月の住人が一番危惧していた寿命などを変化させる力はない。正直これにはほっとした。俺にはそんな力は身に余る力だったからだ。俺の力の全貌を把握した彼女は、早速この月の都のトップである月夜見様に報告しにいき、経過観察と言う形になった。監視はつくが、それでもある程度の自由は保障される身分になったわけだ。今その力がなくとも、いつ目覚めてもおかしくないという上層部の判断らしい。そんな力使えないのに、仮に使えるようになったとしてもそんな力は絶対に使わない。

 

 そんな中訪れた、人生の転換期。それは俺の生活を最悪のものへといざなう悪魔の道だった。

 俺にとある人物が話しかけてきた。その人物は彼女――八意様の教え子である綿月姉妹の姉の夫、【綿月臘月】と名乗った。最初は形式的な会話を続けていたが、彼は月で疎まれている俺に気さくに接してくれた。だから、気を、心を許してしまったんだ。――悪魔を相手に。

 

 

「お前の名前は…【ゲレル・ユーベル】だ」

 

「はッ?」

 

 

 ここで気づくべきだった。アイツは一度も俺のことを名前で呼んだことはなかった。その時点で、気付くべきだったのかもしれない。アイツにとって俺は、単なる実験体でしかなかったことを。

 その時から、俺の体は俺のものではなくなった。アイツが言ったように、俺の体は【ゲレル・ユーベル】のものになった。アイツは俺の体を使って好き勝手やっていた。月では俺に扮していたが、地上では本当にやりたい放題だった。もう何度も泣きわめいて壊れていく女性をモニター越しで見ていた。そしてそれを、この暗闇の空間での唯一の娯楽として楽しんでしまっている自分が嫌になった。

 

 死にたい、死にたい、そう何度思っても、俺の意志で死ぬことなんてできない。

 

 誰か、誰か助けて

 

 

「――――」

 

 

 そんなある日、この暗闇の世界の住人が一人増えた。そいつこそがゲレルだった。アイツの状況をモニター越しで見ていたから知っている。アイツ――臘月はまた俺に『名付け』をした。今度は【デンドロン・アルボル】と言うヤツが俺の体を支配した。そのせいでゲレルがこっちに来たようだ。

 しかしゲレルは精神体のために、うっすらと光る球体としてこの世界にきた。しかも眠っているようで、反応がない。でもむしろ良かった。あんなヤツといれば、こっちまでもっと駄目になる。

 デンドロン・アルボル。アイツは一言で言えば狂信者だ。心の底から臘月に心酔している。なにも、俺だけではない。空真さんや他のみんなだって、変わってしまっていた。おそらく臘月が『名付け』をした影響だろう。

 空真さんは俺に優しく接してくれる数少ない優しい人だ。そんな優しい人が、外道に墜ちてしまっていたのを見るのは、辛かった。

 

 もう、この俺に、俺たちに救いはないのだろうか。

 

 そんなとき、再び転換期がやってきた。

 アイツは地上に降り立ち、二人の男女と戦っていた。一人は全身を白い服で統一した、女性か男性か分からないが、声的に男だ。そしてもう一人は、ゲレルが、アイツが最初に襲って、滅茶苦茶にしていた女性に瓜二つの女性だった。服装も同じで、一瞬あの時の女性かと思った。だけど、会話を聞くと、彼女の名前はライラと言うらしい。ゲレルと戦った女性の名前はレイラ。名前も似ているし、双子なのだろうか。彼らは言い合いをしながらも連携が取れており、デンドロン(おれ)を圧倒していた。そのたびに、痛みが、苦しみが俺を襲う。

 

 痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、苦しい!!

 

 あいつは狂信者に仕立て上げられてるから、自分の体のことなどお構いなしだ。やめろ、それは俺の体だ。勝手なことをするなッ!!そう何度も叫んでも、アイツは聞き入れないしそもそも声も届かない。無駄でしかないと分かっていても、この痛みから気を逸らすために血反吐が出るほど叫んだ。

 そんな闘いが何度も続いて、ようやくアイツが倒れた。良かった、終わった。これで、苦しまなくて済む。

 

 痛みで霞んでいた視界も、徐々に戻ってきた。それで気づいた。()()()()()()()()()()()()()()

 まさか、そう思って目の前のモニターを見てみると、衝撃の光景が広がっていた。

 

 

「俺の名は【ゲレル・ユーベル】。ひと時の殺戮(ゆめ)乱交(うたげ)を、楽しもうじゃないか」

 

 

 不味い。最悪の事態になった。状況は分からないが、デンドロンが死んで体の主導権がゲレル(アイツ)に移ったんだ。本当に不味い、このままじゃ、あの時の二の舞になる。なんとかしたい。なんとかアイツを止めたい。でも、俺には何もできない。もうこのまま、成り行きに任せるしかない。

 

 

――どうか、アイツを……

 

 

 元々の怪我が酷かったせいか、俺の意識はそこで途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「ここ、は…」

 

 

 黒髪碧眼の血まみれの男性がゆっくりと上半身を起き上がらせた。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

 誰かの声が聞こえる。男性は顔の血を拭い、ゆっくりと前を向いた。そこには――かつてゲレルが遅い、孕ませていた女性(レイラ)がいた。

 その瞬間、男の顔の血の気が引いた。レイラの目の前には、自分を襲い孕ませ、尊厳をズタズタにした男がいる。その後なにをされるか男は、光輝は直観的――それともずっと分かっていた――に理解して、行動が、頭より先に体に出た。

 光輝は、頭を地面に擦りつけ、土下座をした。

 

 

「えっ?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」

 

「あ、あの?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな――ゲフッ!」

 

 

 土下座で謝り続けていると、突然腹を蹴られる。蹴られて、吐き気がする。それでも怒る気力なんて湧いてこない。全て自分が悪いんだから。腹を押さえて荒い呼吸をすると、耳に会話が入ってくる。

 

 

「し、師匠?何故急に蹴って…」

 

「あのまま謝り続けられても話が進まない。だから強制的に中断させるしかないだろう」

 

「だからってこんな乱暴に…あの、大丈夫ですか?」

 

 

 レイラが自分の顔を覗き込んでいる。恐い。怖い。でも、逃げちゃ駄目だと自分を鼓舞する。この痛みは、贖罪なんだ。そう決意してレイラの顔を見てみると、若干違うことが分かった。顔立ちは非常にレイラに似ているが、長髪だったレイラに対し、目の前の人物は短髪だ。そしてなにより性別が違う。レイラは女で、目の前の人物は男だ。そしてようやく理解する。見間違いだったと。

 それに、もう一つの事実にも気づく。レイラに似ているこの少年。この子はもしかして――

 

 

「あの、君は…」

 

「――初めまして。【紅月(あかつき)紅夜(こうや)】です。レイラの……息子です」

 

「そうか……君が…」

 

 

 紅夜は始めて知った自分の母の名前を口にした。隣では、驚いた様子のライラがいた。ライラは紅夜にレイラの名前を伝えたことはない。それなのになぜレイラの名前を知っているのかという顔だ。

 かくいう紅夜は、【記憶玉】の記憶でレイラのことを知っていた。いわゆるカンニングに近いことをしていた。

 光輝はようやく自覚する。この子が、自分の子供であると。顔立ちも、髪色も、瞳の色も、レイラそっくりで、自分の要素なんて見分けがつかない。言い方を変えれば劣性遺伝子だったともとれる。だがそれに光輝は安堵した。ずっと不安だった。ゲレルが――自分が孕ませ作り出した命が、子供がどのように生きているのか。あの暗闇の世界でずっと、思ってきた。でも、その不安も杞憂だった。隣にいる女性がレイラの妹か姉かは分からない。自分に似てないおかげで、まともに育てられたのかもしれないから。でも、その考えは全て光輝の妄想だ。別の考えがあって、葛藤があったかもしれない。それでもこの絆を見れただけで十分だ。

 

 

――もう、思い残すことなどない。

 

 

「―――本当に、ごめんね」

 

「えッ――」

 

 

 光輝は最後の力を振り絞って、光輝から刀を強奪する。そして刃を自分の首筋に当ててそのまま勢い良く引き下ろして――

 

 

「なにやってんだバカ野郎ッ!!」

 

 

 黒髪碧眼の謎の男に、殴られた。光輝は殴られた衝撃で剣を手放してゴロゴロと転がる。痛みに悶えながら、掠れた目で殴った本人を見てみると――見た目が違っていた。顔は紅夜そのものだが、髪色と瞳の色は

黒髪碧眼で、自分の特徴そのまんまだった。

 混乱と痛みでフリーズしている光輝の胸倉を、目の前の人物が掴んでくる。

 

 

「なにいきなり死のうとしてんだバカッ!ビックリして思わず飛びててきちまったじゃねぇかッ!!」

 

「え、え、あの、え?」

 

 

 訳も分からず光輝はカタゴトのままだ。突然全然雰囲気、性格も見た目も変わってしまっているから無理もないのだが。

 

 

「どうも【暁 蒼汰】です!コイツの前世の人格だからヨロシクッ!!」

 

「え、あ、…はい」

 

 

 突然の自己紹介に戸惑いを隠せない。誰だって殴られた後に自己紹介されれば脳のリソースを超えて意味不明に陥るであろうため、同情する。

 蒼汰は光輝の胸倉を離す。光輝は崩れおち、尻もちをついた。

 

 

「んで話戻すけど、なんで急に死のうとした?説明プリーズ」

 

「そんなの…決まってるじゃないですか。僕は死ななくちゃいけない。僕は今まで、償いきれないほどの罪を犯してきた。そんな自分が、生きているなんて……誰にも顔向けできないッ!!」

 

「あー…ほぼ他人の俺が言うのはなんだけど、元々の元凶はゲレルと臘月だろ?お前にはなんの罪もないと思うんだけど」

 

「あるッ!!俺の罪は生きていることだッ!!」

 

「―――は?」

 

 

 涙を流しながら語る光輝に、蒼汰はたじろぐ。こういう場合でも『シリアスブレイカー』が発動できたらいいのだが、『シリアスブレイカー』の発動には本人の意志が必要だ。つまり蒼汰がこの雰囲気をぶち壊そうと思わなければ発動しない。

 

 

「……俺は、体を乗っ取られてる間も、自我があったんです。感情も、感覚も、ただ体を奪われてるだけで」

 

「――――」

 

「深層意識って言うんですかね?そんな真っ暗闇の空間に囚われて、そこでしか動けなくて、暗くて、怖くて、気が狂いそうになって…でも、俺の体を乗っ取ったヤツ――ゲレルが見ているもの、感じているものをそのまま俺も感じていた」

 

「……それで?」

 

「アイツが見ているものは真っ暗闇の空間の中でモニターのようなもので表示されてた。暗闇の世界で、唯一の光。胸糞悪くても、そのモニター(ひかり)に縋るしかなかった。だからゲレルがなにをやってきたか、全て知ってる。そして……彼女らの悲鳴を、心の平穏の糧にしてしまった自分がいる

 

 

 暗闇の中、他人の不幸に悦楽を感じてしまった自分に、罪悪感しか湧かない。体の主導権を奪われたとはいえ、ゲレルやデンドロンの痛みなど感じ取れるように、感覚や感情が連結(リンク)している。モニター越しでゲレルに女性が襲われているところを見ていて、ゲレルが味わっている優越感と光輝自身が持つ罪悪感に苛まれ、葛藤を繰り返していた。

 悦楽なんて、快楽なんて感じちゃいけない。こんなことで駄目だと、何度も頭の中で叫んでも、心は正直だった。心は精神崩壊を免れるために、ゲレルの行いを肯定した。色欲にまみれた穢らわしい行為を、認めてしまったのだ。

 光輝は己の罪を叫びながら、大粒の涙を零す。

 

 

「あの人だけじゃないッ!!俺がゲレルだった時、涙を流しながら叫ぶ女性たちの声が、その時からずっと、頭の中で響いて離れないッ!その叫びを、少しでも()()と感じてしまった自分が許せないッ!!もうあなたたちだけの問題じゃないんだッ!あの人たちへの贖罪として俺ができることは、もう死ぬしか――」

 

「甘ったれるなッ!!」

 

 

 女性の甲高い怒号が響いた。その声に光輝も蒼汰も驚き、光輝は肩を震わせ蒼汰は引っ込んで紅夜に戻る。その怒号の主――ライラは光輝の胸倉を掴み、般若のごとき形相で光輝を睨む。

 

 

「あ、甘ったれ…?」

 

「そうだ甘ったれだッ!一人で勝手に死んで、罪を償った気になろうとしているのを、甘ったれ以外になにがある!?」

 

「……そっか。そうですよね。あなたが俺を殺さなきゃ、意味ないですよね

 

「―――ッ!!」

 

 

 光輝はようやく気付いたように、()()()()なことを口にする。それがまたライラを苛立たせる。ライラが再び手を上げようとしたところを、紅夜に手を掴まれ止められる。

 

 

「師匠やめてくださいッ!!」

 

「―――すまない。頭に血が上った…」

 

 

 ライラが光輝の胸倉を離すと光輝が尻もちをついて、紅夜がその容態を確認する。

 

 

「大丈夫ですか?お怪我とかは…」

 

「どうして……どうして君は、俺を責めない?それどころか、何故俺なんかを心配するんだ?」

 

 

 顔を地面に向け、言葉を途切れさせながら紅夜に向けた疑問。立ち位置で言えば、光輝(ゲレル)は完全に被疑者でライラや紅夜は被害者だ。普通、被害者は被疑者を許さないだろう。だからこそ、何故被害者(こうや)被疑者(こうき)に優しくするのか、光輝は分からない。

 

 

「……あなたは悪くない。事情は全て知っています。だから、気に病まなくていいんです」

 

「そんなの綺麗ごとだッ!例えあなたたちが赦したとしても、レイラ(彼女)が俺のことを赦すはずがないッ!君が俺に向けるべきなのは、優しさ(アメ)じゃなくてその刃(ムチ)なんだ!彼女の無念を、君が晴らすんだ!」

 

 

 いくら赦されようが、それを光輝は許さなかった。赦されるということは、今までの自分(ゲレル)の罪を赦すということに他ならないからだ。

 

 

「それなのに、君は赦す?俺を?この、どうしようもない最低な人間を?」

 

「確かにゲレルはその通りの男だった。でも、あなたは違うでしょう?」

 

「違うッ!!俺もゲレル(アイツ)となんら変わりない最低な人間だッ!それは変わらない事実なんだッ!!」

 

 

 光輝は辛かった。彼の優しさが。暗闇の世界でゲレルが襲う女性の悲鳴とゲレルの感じる快楽を唯一の娯楽としてきた自分が、この優しさを受ける資格がないと、だから自分を責める。

 しかしこんなことをしても紅夜は自分を殺すつもりがないと理解した。これ以上は平行線で埒が明かないと、殺される(すがる)相手をライラにすり替えた。

 

 

「あなたも、何故俺を殺そうとしないんです!?今目の前に、あなたが憎んで、恨んだ男がいるッ!その刃を振るえば、殺すことのできる距離にいる。だというのに何故それをしないのです!?」

 

「―――」

 

 

 光輝の問いかけに、ライラは反応しない。ただ、その紅色の瞳で光輝のことを映すだけだった。それを見て、光輝の心は深い絶望に墜ちる。死にたい。殺されたいのに、相手がそうさせてくれない。罪悪感と言う檻に再び囚われ、地面に手を着き、ボロボロと大粒の涙を流した。

 

 

「お願いだから…殺してください…」

 

「私は、お前を殺さない」

 

 

 それは普通であれば救いの言葉であるが、光輝にとっては真逆の意味――死の宣告と同義だった。地面に大粒の涙を垂らしながら泣く光輝に向かって、淡々とした声でライラは言葉を続けた。

 

 

「私はお前を赦すつもりはない。私はそこまで人格者じゃないからな。だが、お前を殺さないのはお前が死にたがっているからだ

 

「えッ…」

 

「ゲレルは生きたがっていた。だから殺した。まぁ厳密に言えば殺したのは私ではないが…。だからこそ、お前には生かすことが、最大の苦しみだろう。それが、今の私の復讐(やりかた)だ」

 

「そう、ですか…。それは、とても残酷な、復讐ですね…」

 

 

 途切れ途切れな声で、光輝は死ぬことを諦めた。死にたいという気持ちがなくなったわけじゃない。そもそも光輝が死にたがった理由は、“罪悪感”と言う言葉で締めくくるられる。たくさんの女性(ひと)たちを不幸にして、それを楽しいと感じてしまった自分への贖罪とも言える。

 だが、ライラの復讐方法が“生かす”と言うことである以上、光輝は死ぬことができない。

 

 

「だから、死ななくていいんですよ」

 

「君は…俺のことを恨んでないのか?」

 

「言ったじゃないですか。あなたは悪くないって」

 

「俺より、ずっと大人だな…」

 

 

 達観した考えを持った紅夜にへこたれた。自分よりずっと立派に育って、逞しく生きている彼に、一種の安心を覚えた。自分にそんな資格はないが、これが親心と言うものなのかと、光輝は勝手ながらに思った。

 紅夜の言葉に光輝は一瞬だけ微笑んだが、それもすぐに落ち込みの色に変わった。

 

 

「でも、全部解決したってわけじゃない」

 

「それって…」

 

「生き地獄。それがあなたの復讐だ。だけど、他の人たちはそうはいかない。俺の被害者はレイラさんだけじゃないから…」

 

 

 ゲレルの被害者は、レイラだけじゃない。それを思い出した紅夜の動きが止まる。一番最初の被害者がレイラと言うだけで、他にも被害者がいることは確実。その被害者たちが生きているか死んでいるか知る術はない。もし生きていて光輝と直面したら?相手は確実に光輝を殺そうとするだろう。ライラのような復讐パターンの方が珍しいのだから。

 

 

「だから、今生きていたところで、結局は死ななきゃ――」

 

「やかましいッ!!」

 

「へぶッ!」

 

 

 いい加減キレたのか、それとも同じことを何回も聞くのがウザくなったのか、ライラは刀(鞘付き)で光輝の頭を叩く。無論死なない程度に手加減して。

 頭を抱え、悶えながら痛みに苦しむ光輝に向かってライラは大声で叫ぶ。

 

 

「いい加減卑屈になるのはやめろッ!こっちまで気分が下がるッ!!」

 

「で、でも無視していい問題じゃな――」

 

「そんなのその時が来たら私がなんとかしてやるッ!」

 

「……えっ?」

 

 

 ライラの発言に、光輝は唖然とする。思わず耳を疑ったほどだ。紅夜も一瞬驚いていたが、少し考える素振りをすると、頷いてこちらを向いて微笑んだ。

 

 

「今、なんて…?」

 

「私がなんとかしてやると言ったんだ。まぁ監視の意味もある。勝手に死なれてもらっては困るからな」

 

「いや、でも――」

 

「なんだ?私の決定に文句でもあるのか」

 

「―――」

 

 

 光輝はここで本来、「自分がついていていいのか」と聞くつもりだった。ゲレルと光輝は精神が違うと言えど外見だけは同一人物。つまり四六時中怨敵と一緒に過ごすことに他ならない。そんな暴挙とも言える発現に、光輝はそれでいいのかと躊躇った。

 同時に自分に拒否権も決定権もないことを理解しているため、なんとも言えなかった。

 そもそも光輝はライラに「生きろ」と言われた時点で一人で生きることを前提としていたため、ライラの発言に衝撃を受けたのだ。どこの世界に怨敵を一緒に暮らすバカがいるのだろうか。今ここに誕生したが。

 

 

「君は…いいのか?母親を殺したも同然の男と一緒に過ごすことになるんだよ?」

 

「――そういった感情がないって言うと、正直に言って嘘になります。でも、師匠の我儘には慣れているんで」

 

「―――」

 

「誰が我儘だって?」

 

「いでででで!!!」

 

 

 紅夜の言葉に反応したライラが両手で紅夜の頭をグリグリする。とても痛そうだ。その光景を見て光輝は呟いた。

 

 

「あなたは…身勝手だ、自分勝手だ。そんなことしたってなんの解決にもならないのに……」

 

 

 その問いかけに、ライラは手を止めた。

 

 

「なんでそんな簡単に割り切れるんですか。憎悪は、そう簡単に抑えられるものじゃない。感情は、そんな簡単なものじゃない。なのに…どうして…」

 

「それはもう聞いた。何度も聞くな。お前は生きて罪を償え。これはもう決定事項だッ!!

 

「――――」

 

 

 ライラの力強さに、もうなにを言っても無駄だし、考えを変えるつもりはないと理解した。いや、させられた。不安だった。生きて罪を償うと言っても、具体的に何をすればいいのか分からない。だからこそ死ぬという決断に至った。だが、彼女が罪を背負って生きることを償いだというのであれば――

 光輝は重い腰を持ち上げて立った。その顔は、まるで憑き物が取れたかのように、綺麗で、瞳も澄んでいた。

 

 

「―――分かりました。あなたの言う通りにします。どうか私を、地獄までご案内ください」

 

「その案内は閻魔か死神にでも頼め。私に頼むんじゃない」

 

「地獄は地獄でも、生き地獄ですよ」

 

「――そうだな」

 

 

 その言葉とともに、三人は微笑んだ。

 するとそこへ――、

 

 

「話は終わったか?」

 

 

 このやり取りをずっと今まで遠巻きから見ていた零夜とルーミアが歩いてきた。と言っても、ルーミアは零夜にずっとくっついているが。

 ルーミアの姿を確認した光輝は、再び表情を暗くした。ゲレルの時代(とき)、実質的な最初の犠牲者とも言える彼女は、光輝の姿を確認しても、笑顔の表情を絶やすことはなかった。と言ってもそもそも、光輝に興味すら抱いていないようにも見えた。

 

 

「あぁ、十分だ」

 

「それはよかった」

 

 

 今まで零夜たちは蚊帳の外とも言えるほど話に入っていなかったが、そもそもこれは当人同士の話し合いであり第三者が介入する余地も必要もなかったためだ。流石に自殺しようとしたのは驚いたが。

 すると光輝が、ルーミアの方に体を向けた。しかし、顔も視点もルーミアの方を向いていない。

 

 

「あなたにも…散々迷惑を…。謝って済む問題ではありませんが、申し訳ありませんでした…」

 

 

 この状況であれば普通「許さないッ!」だとか「謝って済むとでも思ってるの?」とか「死ねッ!」とかの罵詈雑言が出てきてもおかしくはなかった。と言うか、残酷な現実ながらもそれが普通だ。

 しかし、彼女から出てきた言葉は―――

 

 

「どうでもいいの。もう」

 

「えっ…?」

 

「もうどうでもいいって言ってるの。分からない?」

 

 

 ルーミアはその一言で済ましていた。同時に零夜の腕を抱く力を強くしながら言っていた。これを見れば、少しの不自然さを感じるも、“大切な人ができた”と言う理由で、なんとなく曖昧ながらも理解できていただろう。しかし、彼女の瞳はハイライトが消え、笑っていなかった

 それを見て光輝は、本能的な恐怖を感じた。単純な恐怖じゃない、もっと、根源的な――

 

 

「よしっ!全部終わったんだッ!そろそろ帰るぞッ!!」

 

 

 わざとらしく大声を上げたライラに、紅夜も賛同する。少し違和感を感じながらも、零夜も賛同し、オーロラカーテンを生成して――、

 

 

 

「悪いが、そうは問屋が卸さないな」

 

 

 

 低い女性の声が響いて、一同はその声の出処の方向を向いた。そこにいたのは一人の女性と、二人の少女だった。二人の少女の正体は、豊姫と依姫の二人。そしてその中心に立つ一人の女性に、零夜は見覚えどころではない覚えがあった。

 そしてその女性の名を、光輝が冷や汗をかきながら呟いた。

 

 

「つ、月夜見様…」

 

 

 月の都の神――月夜見が、降臨した。

 

 

 

 

 

 




 追加情報

 光輝は研究所の中でも能力のせいと『永琳』によるコネで配属されたということで浮いた存在であったため、読書が唯一の心の拠り所でもあった。そのため周りが勝手に読書好きとイメージした。
 本来疎まれている光輝が5日も休暇を取ろうとしても上司がそれを不正に蹴っていてもおかしくないが、既に研究チームの人間ほとんどがゲレルに精神生命体を植え付けられている状態であった。

 裏話

 蒼汰の見た目が黒髪碧眼なのは、実は光輝の遺伝子が関係していたから。


 評価:感想お願いします


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。