あ、メリークリスマス、デス!
それでは、どうぞ!
『はぁ…はぁ…はぁ…!!』
『月』。そこは空気が存在しない、生物が生きることのできない空間。
その月に、一人の化け物が、存在していた。
化け物はその手に持った円柱状の刀身の一角がギザギザに尖った武器を振るう。それと同時に、武器から垂れていた大量の血が辺りに飛ぶ。
「……まさか、ここまでするなんて、ね」
『――――』
静寂が辺りを包む中、一人の女性の声が、化け物へとかけられた。
化け物はその方へと振り向く。そこいるのは、腰ほどもある長さの亜麻色の髪と金色の瞳。服装は長袖で襟の広い白いシャツのようなものの上に、左肩側だけ肩紐のある、青いサロペットスカートのような物を着ている女性―――【綿月豊姫】だ。
彼女は今まで開いていた扇を閉じ、化け物を睨みつける。
『―――あとは、お前だけだ』
化け物――――アナザーファイズはそう冷徹に、目の前の女性にそう告げる。
「あら、私に勝てると思っているのかしら?」
アナザーファイズの殺意全開の予告にも、全く動じないこの女。
彼女の名は【綿月豊姫】。地面に血塗れで倒れ伏している
兵士たちは全員倒れ伏し、残りは彼女―――だけではない。
「それに、兵士たちを全員失ったワケでもないし、ね」
トヨヒメが指を鳴らす。
すると、彼女の後ろに剣銃を構えた玉兎たちが現れる。
「第二部隊よ。第一部隊より役立ってくれるといいんだけど…」
トヨヒメは体を少し逸らして玉兎たちに、そう嘲笑うような眼で見た。
その眼を見た玉兎たちは完全に委縮していた。
そして、今出現したのが第二だと言うことは、第一は全滅したと暗示していた。その証拠に、玉兎たちの
それが、目の前の化け物が
それを聞いた玉兎たちの反応は、さまざまだ。
ただ単純に目の前の化け物と戦うことを恐れる者。
その
それを見て、怒る者。
「玉兎たち、何をしているの?さっさと攻撃しなさい!!」
怒声にも似た声でトヨヒメがそう叫び、慌てた玉兎たちは即座に剣銃を構え、発砲した。
光線がアナザーファイズを襲う。武器で光線を撃ち落とすその行動の
上半身に白と黒の皮膚が再生され、それは、当初の化け物姿へと戻ったのだ。
アナザーファイズはアナザーフォーゼに成り、ベルトを操作した。
半透明の【ランチャーモジュール】を装備し、ミサイルを一斉に放つ。
追尾機能を持つミサイルは玉兎たちへと向かって行く。
玉兎たちは抵抗するべく、剣銃から光線を放つが、追尾機能がそれを邪魔して悉く光線を回避する。
やがて、ミサイルが豊姫をすり抜け、玉兎たちを襲う。
「うわぁあああ!!」
一人の玉兎が、悲鳴を上げる。
爆発して、自分の体が爆散する未来を想像してしまったのだろう。
やがてその恐怖は感染していき、周りの玉兎たちが一斉に逃げ出す―――前に、直撃。
爆発して、玉兎たちの死体が出来上がる―――ことはなかった。
「えっ?」
「なに、これ!?」
「絡まって…」
「動けない!?」
玉兎たちに直撃したミサイルは、爆発することなく、
ミサイルが当たった瞬間に網へと変化し、玉兎たちの動きを封じたのだ。
この捕縛には【仮面ライダーフォーゼ・コズミックステイツ】の能力を用いた方法だ。
コズミックステイツにはモジュールに他のスイッチの効果を重ねがけすることができる能力を持っている。
【ランチャー】と【ネット】。この二つのスイッチの効果を重ね掛けすることによって、直撃した瞬間に網状のエネルギー体で捕縛することに成功していた。
「網……どういうつもりかしら?」
『玉兎たちには、聞きたいことがあってなぁ。今回は誰一人として殺すつもりはない。無論、転がってる奴らも生きてる』
アナザーフォーゼのその言葉に、玉兎たちは仲間がまだ生きていることと、自分たちが殺されることがないという安堵が顔に出てきた。
だが、それも一瞬のうち。
豊姫の冷徹な目が、玉兎たちの顔を一瞬にして恐怖に変えたのだ。
「煩わしいわね…。まさか、私が二度も手を下すことになるなんて」
『煩わしいのはお前だ。用意周到に準備したものも、万策尽きたか?』
「…口は減らないのね」
『お互い様だろ』
―――しばらくの沈黙が続く。
ただ、沈黙が続く中、二人が手を動かす。
トヨヒメは手に持った扇子を半分ほど開く。
アナザーフォーゼは半透明の【ロケットモジュール】を起動する。
『はぁ!!』
先手必勝。
先に動いたのは、アナザーフォーゼだった。
アナザーフォーゼはロケットモジュールを突き出し、エンジン全開でトヨヒメへと急接近する。
トヨヒメは特に何も動く動作をすることもなく、すまし顔でその光景を眺めている。
「――――」
ロケットモジュールが、トヨヒメの顔面に当たるその瞬間、トヨヒメの姿が掻き消える。
それを認知したアナザーフォーゼはロケットモジュールのエンジンを急停止させて地面に踏みとどまる。
『――――ッ!!』
そのとき、突如背中に悪寒を感じた。
直感だった。すぐに体を下げると、一つの細い腕が横掃らわれた。
アナザーフォーゼが顔を少し後ろに向けると、そこにはいつの間にかトヨヒメがいて、背後から攻撃を仕掛けていた。
それを見たアナザーフォーゼは半透明の【シザースモジュール】を装備してトヨヒメへと突き出す。
そのときに、トヨヒメの口角が少し上がったと同時に、また姿を消した。
すぐに気配を探って、トヨヒメの姿を5mほど離れた場所で確認できた。
『お前の能力か……!』
「正解。これが私の能力よ」
『瞬間移動の能力、厄介極まりないな』
アナザーフォーゼ―――零夜は彼女の能力を知っている。
彼女の、綿月豊姫の能力は【海と山を繋ぐ程度の能力】。
量子論を応用し月と地球、表の月と裏の月を繋ぐ事や、月と地上など、遠距離を瞬時に結びつけて、自分が自由に行き来したり、他人や物体をワープ・転送する事が出来る能力。
要するに瞬間移動能力。
先ほどの彼女は『己の立っていた地面』と『アナザーフォーゼの後ろの地面』を繋ぎ、一瞬にして移動したのだ。
その移動速度は、最速を誇るだろう。
『―――だが』
「―――?」
『
瞬間、アナザーフォーゼの姿がトヨヒメが瞬間移動した時と同様、掻き消えた。
トヨヒメの背中に、悪寒が走る。手を振り払う、そこにはなにもない。
先ほどと同じ場所を振り向く。そこにはいた、アナザーフォーゼが。
「(一体、なにを…?まさか、私と同じような能力を持っているとでも?)」
当然、トヨヒメが疑問に思う。
もし本当にアナザーフォーゼが使用した能力が自分と同じような能力だとすれば――
「―――ギリッ」
トヨヒメはあまりの悔しさに歯を
トヨヒメの能力は今までに類を見ないほどの移動速度と範囲を誇る能力だ。一瞬にして軍団を移動させることも可能で、さらには軍事行動の補助にも使用でき、宇宙空間へ敵を放り出すと言う攻撃にも多様できる能力だ。
それはとても素晴らしい能力だ。
だからこそ、彼女にとって目の前の存在は、不愉快でしかなかった。
自分と言う存在と、同じ能力を持っているから。
トヨヒメはそれを信じて疑わない。
事実、彼女の能力は唯一無二の能力
それでも、彼女の強みが消えたわけではない。彼女の手の中には存在している、月の中でも最強を誇る兵器を。
「――――」
トヨヒメは手に持った扇子を広げ、アナザーフォーゼに向けて構える。
それを見たアナザーフォーゼは、より一層警戒を強める。
「あら、この扇子の恐ろしさを理解したのかしら?」
『ヤバイ気配がビンビンときやがるからな』
「これは月の最新兵器の一つ。『森を一瞬で素粒子レベルで浄化する風を起こす扇子』よ。これを喰らいたくなければ、素直に降伏することね。そうすれば、命だけは助けてやらないこともないわよ?」
トヨヒメはそう笑うが、明らかに嘘であることは分かり切っている。
いや、正しくはその境界線が曖昧なのだ。やらないこともない、と言っていることは、降伏すれば残された運命は二択のみ。
殺されるか、殺されないかだ。
だが、さっきまで殺すつもりで進撃してきた者が、敵を殺さない理由など、どこにあるのだろうか?否、ない。
事実、トヨヒメの笑みに潜む感情は、怒りだ。
優位だったはずの
『誰が降伏なんてするか。バカか?』
「…まだ、そんな大口を叩けるなんて、よほどの命知らずなのかしら?」
『おしゃべりが好きなヤツだな。いいからさっさとかかってこい』
「―――お望み通りに、してあげるわよ!!」
トヨヒメ
は扇を三分の一ほど開くと同時に、扇を大振りに横に振るった。
刹那、一瞬にしトヨヒメの前方の地面が横の範囲に広がりながらアナザーフォーゼに向かって抉れていく。
地面の抉れ方は扇型。故にアナザーフォーゼが今いる場所から避けるためには左右のどちらかに、かなり遠い範囲にまで避ける必要がある。
アナザーフォーゼは頭脳をフル回転して回避方法を模索する。
攻撃速度は一秒に約3メートルほどとかなりの速度だ。つまり、避けるにはそれ以上の速度を要求される。
とりあえず、移動手段の全てを回避につぎ込む!
半透明のモジュールを右腕、右足、左腕、左足に装備して、すぐさま横に飛ぶ。
ロケットの火力、ランチャーのミサイル着弾の爆発による衝撃、ウォーターの水圧、ウインチのロープを障害物に巻き付け、ロープを巻き取って己の体を最大限にまで
アナザーフォーゼの体が引っ張らたその瞬間に、その場の地面が広々と抉られる。
「…よく避けれたわね」
『―――――』
アナザーフォーゼは無言だが、その実内心かなり焦っていた。
三分の一を開いただけでこの威力、これがすべて開かれていたとしたら、その攻撃はもう洒落にならない。
トヨヒメも被害が大きすぎることを考慮しているのか、最初から全開で来ることはなかった。だが、ただ遊ぶために本気を出していない可能性もあるが。
ともかく、今大事なのはあの扇をどうにかすることだ。
彼女の最強の武器はあの扇。あれをどうにかすることで勝敗が決される。
『だが、お前自体は対して強くない。その扇を無効化すれば、勝敗は決される』
「無駄よ。いくらあなたが私と同じような能力を持っていようとも、この扇だけはどうすることもできない」
『やってみれば、分かる』
「無駄な足掻きだと言うのに―――ね!!」
―――そのとき、アナザーフォーゼの姿が掻き消えた。
トヨヒメは自身の繋げる能力を自分にではなくアナザーフォーゼへ使用したのだ。
そして、繋げた先は―――。
「あなたには、特別な切符を上げたわね。
この生物が存在できている『月』が、裏の月ならば、表の月は宇宙空間。つまりは空気が存在しない場所。生物が、生きていることのできない月だ。
アナザーフォーゼは、その場所へ―――死地へと強制移動させられたのだ。
「
もうその場にいない人物にさえも、容赦なく罵詈雑言を浴びせるトヨヒメ。
同じ能力を持っていたとしても、無酸素状態ではロクに頭も働かず、能力を発動する間もなく
それに、もういない人物には用はない。
「さて、
いるはずのない、ありえなかったはずの声が、トヨヒメの後ろで響いた。
慌てて後ろを向くとそこには、黄色い複眼の奥にある小さな眼、筋骨隆々としたマッシブな体型と、ボディ各部に走っている赤い血管のようなものは歪みに歪んでおり、右肩にはFAIZの文字、左肩には2003の数字が刻まれた怪物が、アナザーファイズがそこにいた。
「どういうこと!?確かに
『今の俺は、宇宙空間でも生きられる体なんだよ!』
「なッ…そんなのが、地上人に―――!」
『本当、突然で驚いた。俺じゃなきゃ死んでたぜ』
アナザーフォーゼは宇宙空間でも生存が可能だ。
故に
先ほどいた場所の座標はとっくに把握しているため、あとはアナザーファイズの高速移動能力で元の場所に戻るだけだった。
『死ねッ!!』
その行動の瞬間に、アナザーファイズが高速で移動し、トヨヒメに拳を叩き込むために拳を振るう。
―――が、案の定と言っていいのだろうか。トヨヒメは再びその場から姿を消した。
「―――
その声は、アナザーファイズの後方から聞こえた。
アナザーファイズが振り向くと、トヨヒメは先ほどまでアナザーファイズがいた場所にまで転移していたのだ。
彼女は手の扇を三分の一開いたまま、口元を隠して穏やかに笑う。
先ほどまで
いや、ただ思考を放棄しただけかもしれないが、今はどうでもいい。
アナザーファイズは再び超高速を駆使してトヨヒメへと近づき攻撃を仕掛けるが、悉く瞬間移動で避けられる。
アナザーファイズも負けずと気配を察知した瞬間に居場所を把握して攻撃を仕掛けるが、それでもトヨヒメの移動速度が優れており、なかなか攻撃を当てることができない。
「無駄よ。私の速度の方が早いわ。そして、攻撃力もね!!」
再び今の状態の扇を振るい、浄化の風を巻き起こす。
狂気の竜巻が、アナザーファイズを襲い、超高速を駆使して風を再び回避する。
『あの攻撃は、アナザーファイズの方が避けやすくていいな』
高速移動手段を持つアナザーファイズの姿の方が、何かとトヨヒメ相手だと戦いやすい。
攻撃手段のバリエーションが豊富なアナザーフォーゼもいいのだが、あれでは回避に心ともない。
零夜の能力を使用すれば万事解決なのだが、人間、何かと一つの力を使っていると他の力を使うのを頭の隅に追いやってしまうものだ。
つまり、切り替えが難しいのだ。
豊姫のようなあまり頭を使わず感覚などで対応できる相手には、この方法がちょうどよいのだ。
『俺の力を使うのを、度々忘れちまうな…』
「もうそろそろ自己暗示は終わったかしら?」
『自己暗示じゃねぇよバカ野郎。少し欠点を見直してただけだ。この欠点さえ克服できりゃ…お前なんてイチコロなんだよ』
「言ってくれるじゃない…!!」
アナザーファイズの煽りがトヨヒメの逆鱗に触れたのか、今度は扇を二回連続、クロスを描くように仰いだ。
×字になった風の刃とも言ってもよいほどの激風が、アナザーファイズを襲った。
だが、この時アナザーファイズは―――。
『フッ!!』
風に向かって一直線。爆走して向かって行く。
当たれば即死の風に一直線に走ると言う凶行を目にして、流石のトヨヒメの驚きを隠しきれなかった。
「一体なにを――!?」
地面を抉る風と、アナザーファイズがぶつかり合うその瞬間、アナザーファイズの姿が掻き消える。
それに目を見開くトヨヒメだったが、すぐに何をしたのかを理解した。
『―――――ッ!!』
「――くッ!」
アナザーファイズの武器と、トヨヒメの扇がぶつかり合う。
衝撃波が走り、辺りに振動が響く。
「その移動方法は…!」
『怒りに包まれているお前なら、忘れてくれてると思ったんだよ。案の定、俺が繋げる能力者だったってこと、頭からすでに除外していて、助かったぜ』
アナザーファイズは、零夜の『繋ぎ離す程度の能力』を用いて、トヨヒメの背後へと移動した。
トヨヒメの移動能力は厄介だ。場所を特定しても攻撃する直言に避けられてしまう。逆に、それで遊ばれていると思う。
その壁を崩すために、トヨヒメを動揺させる必要がある。動揺すれば少しの隙が生まれる。
それにトヨヒメはアナザーファイズの煽りによって激昂状態だ。人は怒りに包まれると、視野や思考の幅が狭まる。目の前の情報しか考えることができず、先ほどまで得た情報を扱うことができない等多々ある。
そして、アナザーファイズが使う零夜の能力を完璧に思考から除外していたのだ。
そして、これは好機だった。
結果、トヨヒメの動揺を生み出すことに成功し、一気に距離を縮めることに成功したのだ。
――――あとは、アナザーファイズの勝ちで決まる。
そう、断言できたのだ。アナザーファイズには。
『はぁ!!』
アナザーファイズの蹴りが、トヨヒメに直撃する。
腹を蹴られたトヨヒメは悶え、「カハッ…!」と声を上げる。
地面を転がるトヨヒメを見て、アナザーファイズは何もしない。追撃のチャンスを自ら棒に振ったのだ。
そして、それには意味があった。
「クソっ!!」
唸り散らして悔しみの声を上げたトヨヒメはすぐに能力を行使してその場から移動する。
―――が、移動先で、トヨヒメは愕然とした。
『フンッ!』
「うぶっ!!」
なんと、移動先にはすでにアナザーファイズがいたのだ。
アナザーファイズの拳が、トヨヒメの胸の下当たり―――肺に直撃した。
バカな―――!、と、トヨヒメは激憤する。
アナザーファイズは、何をした?どうやって自分が転移したと同時に目の前に現れた?
トヨヒメが転移したその一秒後に目の前に転移してきたのなら分かる。自分の居場所を特定した状態で転移したのだから。
だが、動きを予測して同じ場所に転移した?そんなことは先ほどの行動でできないことは立証済み。
一体、どうやって―――!?
『どうしてか、教えてやろうか?』
アナザーファイズの冷静な声がトヨヒメの頭の中に響く。
その声を聴いて、完全に思考が停止するトヨヒメ。彼女は今、理解不能の状態に陥り、情報を欲しがっていた。故に、情報が聞けると聞いて、考える行為を停止したのだ。
それに、肺が回復するまでの時間稼ぎにもなるからだ。
『お前に攻撃を当てた瞬間、俺の勝利は決まっていた』
「ど…う、いう――」
『俺がお前に触れた瞬間、俺は、俺とお前を能力で
「繋いだ…?あなたと、私を…?―――まさか!」
『そう、これでお前はもう、俺から逃れられない』
アナザーファイズの言っていることを、簡潔に説明しよう。
まず、アナザーファイズはトヨヒメに攻撃を当てた瞬間に能力で自身とトヨヒメをリンクさせたのだ。
つまり、能力という名の糸で繋がっている今なら、トヨヒメが移動しても一緒にアナザーファイズも移動すると言うことになる。
防御手段のないトヨヒメにとって、まさにこの状況は死活状態だった。
それを理解したトヨヒメは、ほぼ絶望状態ながらも、フラフラと立ちあがる。
「それ、でも、この扇さえ、あれば―――ッ!?」
そのとき、トヨヒメの手にあった扇が
それはまるで、磁石のS極とS極が、N極とN極がぶつかり合い、反発した瞬間のようだった。
突然の状況に、トヨヒメは訳も分からずただ弾かれ空中に舞う扇を、その光のない瞳で、見ていることしかできなかった。
「な、んで…?」
『俺の能力は、繋ぐだけじゃねぇんだ。引き離すことだってできる。もうお前を守るものは何もねぇ』
「くッ―――!」
試しにトヨヒメは自身の手と扇を繋ぐが、扇が自身の手に戻って来ることはなかった。
と、いうより、なんらかの力によって阻害されていた。これが、あの怪物の能力なのだろうと、トヨヒメは納得するしかなかった。
磁石で例えれば、今トヨヒメと扇は、両方が一極単である状態。お互いが反発しあい、繋がれることのない状態だ。
彼女の能力を磁石で例えれば、SとNを一つずつ持っているだけ。だが、彼の能力はSとNを二つずつ持っている。
その違いだけで、優劣はとっくに決まっていたのだ。
トヨヒメは自身の脳をフル回転させ対策を考える。
自分を移動させても、アナザーファイズはしっかりとついてくる。扇を拾う前に攻撃されるのがオチだろう。
同じく、拠点に逃げても必ず付いてくるために逃げるわけにはいかない。
この繋がりを断ち斬る必要があるが、繋がりを断ち斬ることは、豊姫の能力状不可能であり、第一、能力の糸を斬る方法など、ない。
『まだ納得いってないのか?ならもっと簡単に言ってやる。違いがあるとすれば、磁石で例えりゃお前が持っているのはSとNをそれぞれ一つずつ。だが、俺はSとNを、二つずつ持ってた。ただ、それだけの違いなんだよ』
「――――」
アナザーファイズのその指摘が、トヨヒメに自身と目の前の化け物への優劣が、はっきりと分かれた瞬間だった。そして、優っているのがあの化け物で、劣っているのが自分なのだと。
月人は、地上人より自分が勝っている、そう思い込んでいる。事実、彼女もそうだった。だが―――その均衡が、今、崩れた。
『
瞬間、アナザーファイズの姿が掻き消え、再び姿を現した。トヨヒメの目の前に。
アナザーファイズは赤黒いエネルギーを纏い、両足キックを、トヨヒメに喰らわせた。
ぶつかる時に生まれる抵抗力も秒で崩壊。アナザーファイズはトヨヒメの体を貫通すると同時にトヨヒメの体が青い炎に包まれ、崩壊する。
トヨヒメの敗因には、二つの理由があった。
一つは、あれほどの力を見ても尚、油断しきっていたこと。
そして、トヨヒメにとって、闇神零夜は
―――――綿月豊姫 死亡。
* * * * * * * *
―――アナザーファイズは、先ほどまで人だった者を見た。
そこには、灰が転がるだけだったが、謎の虚しさが、後悔が、心を襲う。
『始めて、殺したからか?』
一つの過程を出した。
今まで零夜は数えきれないほどの生き物の命を奪っている。
それは、現在に至るまで続いている。
零夜が言った始めて、とは『原作キャラ』でと言う意味だ。
今までは登場することのなかったモブや、
本来いるべき人物を殺した。それは、殺した後になって零夜の心に大きなしこりを作った。
『―――(殺して、本当に良かったのか?)』
本当に、今更だ。
だが、流石に『原作キャラ』となると、殺してもよかったのかと考えるようになってしまう。
他の
そんな存在を殺してしまったとなると、心に迷いが生じるのだ。
今まで、
『――――手が…』
震えている。
零夜の手は、今恐怖によって震えていた。
それは、ただの恐怖ではなかった。後悔と言う名の、恐怖だった。
後悔は迷いを生む。そして、その迷いは後悔を生んだのだ。
『落ち着け、落ち着け、落ち着け!!クソ、クソ、止まれ、止まれよ手の震えェ!!』
何度も何度も自己暗示して、手の震えを止めようとしても、止まる気配は一向にない。
恐怖は、一度こびりついたら、剥がすことは困難なのだ。
それは、今の零夜が証拠だ。
人を殺したときの罪悪感なんて、とっくに機能していないと思っていた。だが、あったのだ。まだ残っていたのだ。
限定された罪悪感が。
『俺の行動は、正しかったのか…?『原作キャラ』を殺して、本当に良かったのか…?』
迷いが、零夜を襲う。
決意が鈍れば、計画に支障をきたす。だが、ここで感じた、予想外の後悔の念が、零夜を襲ったのだ。
何度も何度も命を奪って、その罪を背負う覚悟はしていた。でなければ、こんなことはしていない。それでも、今までとは勝手が違った殺害は、零夜の心を後悔で蝕んでいた。
わからない。その言葉が、零夜の頭を埋め尽くした―――。
『―――――今、のは…』
幻聴が、聞こえた。
聞こえるはずのない声が、確かに彼の耳に入ってきた。
その声は、穏やかな女性の声。だが、ここにいる女は玉兎のみ。玉兎たちはあれから一言も喋っていないため、玉兎たちの声ではない。
『いや、そんなわけが、ないか…』
これはフラッシュバックだ。
過去の記憶に違いない。なにせ、零夜には実際にあの言葉が記憶に鮮明に残ってる。
あれは記憶だ。記憶の残滓だ。
―――だが、その言葉を聞いたとき、とても心地よかったのが覚えている。
『―――クソッ!グジグジしたって仕方ねぇか!…で、今は…』
「ひっ」
あとから考えることだ、と今の考えを斬り捨てて零夜―――アナザーファイズは目の前の少女たちに複眼を向ける。
案の定、小さな悲鳴が上がるため、アナザーファイズは零夜の姿―――全身黒装束の姿に戻った。
「これなら問題ねぇだろ」
「――――」
「あ?」
人間の姿に戻ったと言うのに、彼女たち――玉兎たちは怯えたままだ。
理由を頭の中で探ってみると、さっきまでの殺戮と、今までの錯乱が原因だろうと考えた。
傍から見ればあれはただの悪魔の所業だし、あの錯乱を見ればただの変人にしか見えない。怖がられるのも当然だった。
だがしかし、今はそんな外観的なことを気にしている場合ではない。一刻も早くこの玉兎たちから情報を聞き出す。
「さて、それじゃあ俺の言う質問に一言一句たりとも偽りなく答えろ。そうすれば、お前たちの命だけは、助けてやる」
零夜は、隠れた顔で、にこやかに、そうにこやかに、ゆったりと脅迫したのだ。
* * * * * * * *
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「どうした、もう限界か?」
「ふざけんじゃ、ないわよ…。まだまだよ」
時間は遡る。闇の剣を携えた少女が、目の前の男を睨みつけていた。
その少女の見た目は、一言で言えば酷いものだった。服はほぼボロボロで肌の6割が露出していると言っていいほどになっており、その見えている白い肌も、切り傷などで血塗れだ。
息切れを起こして、ほぼ体力がないように見える。手に持った剣を地面に刺して、自身の体を支えているのだ。
「無駄だ。いい加減諦めろ。そうすれば、奴隷として生かしておいてやる」
「お断りよ。誰があんたみたいなクソ気持ち悪いヤツに…」
「そうか、残念だ。せっかく良い上玉だと言うのに…。決めた。何がなんでもお前を私の物にしてやる。四肢を斬っても、また再生するんだ。問題あるまい」
「そんなこと、私が許さないわよ―――!!」
彼女は飛翔し、手に持った剣を男に向かって振り下ろした。
そして、男は―――。
―――この物語の過程を見てみよう。
時間は、過去に遡る。
零夜くん、ついに原作キャラを殺ってしまいました。
ですが、『原作キャラ死亡』のタグはつけるつもりはありません。
え、何故かって?
それはネタバレになるので言えません。
今言えるのはそれくらいですね。
感想、お待ちしています(アンチコメ以外)。