東方悪正記~悪の仮面の執行者~   作:龍狐

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新年あけましておめでとうございます!

 新年一発目の東方悪正記、どうぞ!


26 変化した月

―――時間は遡る。

 

 

「はぁああ!!」

 

 

 一人の女性が、長い黄髪をたなびかせ、手に持った漆黒の剣を振るう。

 振るわれる度に紅い鮮血が飛び散ち、悲鳴が響く。

 彼女―――ルーミアは剣を振るった後、再び方向転換をして剣を振るい、その度に鮮血と悲鳴の連鎖が続く。

 それでも、進撃は止まらない。兵士たちは仲間の亡骸を踏み潰しながらも、ルーミアを殺そうと迫っていた。

 

 

「なにをしている!左翼はレーザー銃で牽制、右翼は重火器で応戦、中央部隊は接近武器で攻撃せよ!」

 

 

 一人の、空を飛翔して重装備を纏った男が、部隊に的確に指示を出す。

 ルーミアにとっての右方向からレーザーが、左方向からミサイルやバズーカ砲が放たれる。

 彼女は自身を闇で覆い、その闇をレーザーが貫通し、爆発してもその形を変えることはなかった。

 

 

「はぁあ!!」

 

 

 闇が晴れると、彼女が姿を現し、闇の斬撃を複数放つ。

 その横一文字は、綺麗な曲線を描いて飛んでいく。着弾地点予測不能の斬撃が、部隊を襲う。

 

 

「はぁ!」

 

「ッ!!」

 

 

 着地したと同時に、一人の兵士がルーミアに剣を振るうが、素手で受け止められ、逆にルーミアの剣の餌食となった。

 

 

「有象無象が束になったって、私には意味がないと知りなさい」

 

 

 彼女の力が制限されているとしても、彼女の元のポテンシャルはかなり高い。

 さらに彼女の能力―――制限されているが―――が、【闇を操る程度の能力】が合わさり、彼女の本来のスペックが小さくなったとしても、月の兵士程度なら、相手でもなかった。

 

 

「ちッ!本当にこいつらは使えないな!」

 

 

 その時、先ほど兵士たちに指示を出していた男が、空中から傲慢にもそう吐き捨てる。

 

 

「私が指揮していると言うのに、なぜここまで手こずるのだ!」

 

「ですが、【ウラノス】様!あの地上人、非常に厄介な能力を使用しております!兵士たちの攻撃が当たらない以上、これ以上の追撃は――」

 

「黙れ!!上官の命令に逆らう気か!!」

 

 

 ウラノスと呼ばれた隊長格の男に、副官の男が訴えるが、ウラノスはそれを聞き入れず、ただ怒鳴るだけだ。

 自分以外の者を格下と決めつけ、どこまでも傲慢に振るまう。それがルーミアから見たこの男の第一印象だった。

 

 

「それもこれも、貴様らが弱いからだ!弱い奴には価値などない!!」

 

「――――」

 

 

 ウラノスの折檻に、押し黙る副官。

 それを聞いてため息をしながら、ルーミアの方を見る。

 

 

「―――あまり疲労しているようには見えないな」

 

「当たり前でしょ。あんな奴らで疲労してなるものですか」

 

「全く。使えないにも程がある」

 

「―――(もしかしてこいつ、部下を捨て駒に私の疲労を狙っていたの?)」

 

 

 ふと感じたその疑問。

 だが、これまでのことを考えると、なくはない。

 先ほどの――ウラノスが出てくる前だったら、極めて平常な流れだった。

 指揮官であるウラノスが指示を出し、部下たちがルーミアを攻撃し、ルーミアはそれに対応する。

 一人しかいないルーミアは、その大量の兵士たちの対応に追われ、いずれ疲労困憊する運命を辿っていた――。と言うのが、ウラノスの計算だったのかもしれない。

 何とずる賢いのだ。

 

 

「部下が予想以上に使えないため、この私が直々に相手をしてやろう。貴様、名は?」

 

「―――その前に、あんたの方から名乗りなさいよ。相手に名前を聞く前にはまず、自分から名乗るってお母さんから習わなかったの?」

 

「安い挑発だな。だがまぁいいだろう。我が名は【ウラノス】。【ヘプタ・プラネーテス】最強にして、『天』の【ウラノス・カエルム】だ。覚えておくがいい」

 

「―――ルーミア。それじゃあこれ以上の言葉不要よね?」

 

「なるほど、ルーミア、か。……良いだろう。かかってくるが良い」

 

 

 そうして、ルーミアは闇の剣を携え空へと飛翔し、空でこちらを見下すウラノスへと剣を振るった。

 ―――が、見えない壁のようなものがウラノスを守った。

 その衝撃で、風が、暴風が周りに発生する。

 

 闘いが、本格的になった瞬間だった。

 

 

 

「―――ヘプタ・プラネーテスが、()()を名乗った……。と、いうことは…」

 

 

 

 本格的な戦いに、なったからこそ気づけなかった。

 一人の兵士の、小さな呟きに。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

「はぁあああ!!」

 

 

 ルーミアが剣を振るい、闇の斬撃を飛ばす。

 斬撃は空中にいるウラノスへと向かって行くが、再び当たる直前にて霧散する。

 

 

「ちッ!」

 

「どうした?芸はこれだけではなかろう?」

 

 

 ウラノスは空中でルーミアを見下しながら笑う。

 その顔でルーミアの精神が逆なでされるが、取り乱してはいけないと、自分を自制する。

 

 

「―――ていうか、なんで私の能力が効かないのよ…その時点でおかしいでしょ」

 

 

 ルーミアの闇の斬撃は、空間ごと斬り伏せる斬撃だ。

 故にただの防御であれば難なく貫通するはずなのだが、ウラノスはその攻撃を難なく防いでいたのだ。

 つまり、闇の力を『無効化』する能力者である、ということなのだろう。

 

 

「もしそうだとしたら、私の天敵なんだけど…」

 

 

 だが、自分の天敵などあのゴミ(ゲレル)で十分だ。

 天敵が増えるなんて、認めたくないし、認められない。

 事実、『無効化』もただの憶測でしかない。違う能力の可能性だってなくはないのだ。

 たった一つの情報だけで相手の能力を決めつけるワケにはいかない。

 

 

「だったら、今度は―――!」

 

 

 剣を投げ捨て、闇で羽を造り、飛翔する。

 拳に闇を集め、それを一気にウラノスに拳を叩き込む。

 

 

「無駄なことを…」

 

 

 そう言いながらも、ウラノスは避ける動作をしていない。

 おそらく、あの見えない壁があるから慢心しているのだろう。だが、ルーミアの行動目的は、()()()()()()

 ルーミアは翼の羽ばたきを利用して風を発生させ、ウラノスの上を取ったと同時に前進して、全身を180度傾ける。

 ウラノスの背後を取ったのだ。

 

 

「なにッ!?」

 

 

 この機転にはウラノスも動揺していた。

 この行動の意味は、ウラノスの防御が一方面なのか、それとも全方面に対応しているのかを調べるためだ。

 二回の斬撃も、すべて全面にて防がれていた。なら、後方ならどうだろうか?

 ウラノスの能力の詳細を少しでも調べるための行動だった。

 

 そして、ルーミアの拳がウラノスへと直撃する―――はずだった。

 刹那、ウラノスの体が霧とともに消えた。

 

 

「嘘ッ!?」

 

 

 ルーミアの拳は虚空を貫き、無に触れた。

 ワケもわからないまま、思考が停止したその時―――。

 

 

「ふぐっ!?」

 

 

 背中に激痛が走った。

 その痛みと衝撃に耐えられず、ルーミアは勢いよく地面に激突し、クレーターが形成された。クレーターが生まれるほどに強力な攻撃を、気配を感じることもなく喰らってしまったのだ。

 だが、一体どこから?ルーミアは体を地面に向けていた。当然地面の全貌も明らかになる。と言うことは、地面にいる兵士たちの仕業ではない。

 と、なると、候補はただ一人―――。

 

 

「小賢しい真似を。私がその程度の不意打ちを読めていないとでも思っていたのか?」

 

 

 ルーミアの真上から、声が響いた。ウラノスだ。

 彼女が上を見ると、そこには先ほどと全く変わらない姿をしたウラノスが空中浮遊していた。

 バカな―――。彼女の頭にその言葉がよぎった。今まで戦っていた相手は幻だったのか?だから、攻撃が当たる瞬間に霧散した?最初から、幻と戦っていたのか?だとすれば―――今目の前に浮遊しているウラノスも、幻なのではないか?そう考えてしまう。

 

 

「前方がダメなら後方から。低俗な輩が考えることだ。そんなことがある訳なかろう。初めから能力で、分身を作っておったのだよ」

 

 

 そう、淡々と答えを語るウラノス。

 容易に答え合わせをするその理由は、ただの慢心か、それとも油断からか。

 どちらにせよ下に見られていることに変わりはなかった。

 

 

「分身まで、作り出せるなんて…」

 

 

 もし、今喋っているウラノスも偽物なのだとしたら、本物はどこにいるのだろうか?

 いや、あれが本物である可能性はあるのだが、それを確かめるためには先ほどと同じルーティーンを踏まなければならない。

 同じ手順を踏めば、また同じ方法で攻撃される可能性が高いしなにより、こんな小賢しい手を使う人間が、同じ手に二度も引っかかるわけがない。

 

 

「今度はこちらから行こう」

 

 

 ウラノスが人差し指を突き出し、下に振り下ろす。

―――その瞬間、ルーミアの左太ももに風穴が空いた。

 

 

「―――――ッ!!」

 

 

 なんとか根性で叫ぶことは防げたが、それでも激痛が走る。

 一体なにが起こったのか、ルーミアはその頭脳で考える。確実に攻撃の相図はあの人差し指。あれが振り下ろされて、攻撃されたのだ。

 だが、あの人差し指から何かが飛び出したようには見えなかった。見えない攻撃である可能性がある。思えば、あのゴミ(ゲレル)の能力を使用すれば、不可視の光線を放つことだって可能だったはずだ。

 それと同じ要領で、攻撃されている可能性がある。

 

 

「見えない攻撃なら――!」

 

 

 移動するしかない。上を取られている時点で将棋で言う詰みだが、それでもなにも行動しないよりはマシだ。足の怪我もとっくに再生済みなため、問題ない。

 そんな中、ウラノスが再び人差し指を振り下ろした。攻撃の相図だ。

 ルーミアが高速で移動すると、ルーミアがいた地面に穴が開いた。

 

 

「ふむ…流石に、二度も同じ手には引っかからぬか」

 

「当たり前でしょ?あなた、軍司なんてやってるわりにはバカなんじゃないの?」

 

「ほざけ。負け犬の遠吠えにしか聞こえぬわ。それに、攻撃手段はこれだけなワケがなかろう」

 

 

 ウラノスが手を天に掲げる。だが、なにも起きない。

 そのことを疑問に思っていたルーミアだったが、その余裕もすぐになくなった。

 

 

「なに、あれ…?」

 

 

 空に、宇宙空間に一筋、いや、複数の光が見えた。

 その光の色はほのかな(あか)色だった。やがて、その色はどんどん強くなっていき、また、強くなるごとに大きくなっていった。

―――呆然と見つめて、やがてその実体が見えてきた。

 

 

「―――隕、石?」

 

 

 知識の片隅にあったその物体の名前が、自然と口から発せられた。

 今現在、こちらに向かって降ってくる光の正体は、隕石だったのだ。

 彼女は過去、隕石について零夜に家にて様々な書物や映像を見たことがある。他にやることがなかった彼女にとって、書物や映像は唯一の娯楽だった。

 その大量の情報の中の一つに、隕石があった。「本当に空から落ちてくるの…?」と疑問に思っていたが、今この瞬間にそれが立証された。

 

 

「―――なんて考えてる場合じゃない!」

 

 

 すぐに逃げなければ!

 彼女の思考がその一色に染まる。あの攻撃はヤバい。あれは()()()()()()()。直感がそう告げている!

 全力で飛翔し、隕石から逃れようとする。直視では遠すぎて実際の大きさを確認することはできない。でも、そんなに大きくないことは分かる。

 ここ()より大きな隕石なんて持ってくれば、それこそ滅亡まっしぐら。

 それに、自分に被害が出ることを前提とした攻撃なんて、普通だったらしない。だからこそ、ここら一帯を吹き飛ばすほどの大きさであることが分かる!

 

 

「嘘でしょ…大きすぎるにもほどがあるわよッ!」

 

 

 そして、その大きさが全貌できるほどの距離まで、隕石は近づいてきていた。

 その全貌の大きさは、直径で10メートルほどの大きさの隕石だった。その数は数えられるだけで10個以上。とても避けられる数ではない。

 

 

「あぁクソッ!」

 

 

 もう、やけくそだ。

 できるだけ、この身体で防ごう。無論、すべてが防げるわけではないが、それでもやるしかないのだ。なにせ、この技はもう逃避不可能だ。

 着地地点予測不可能の攻撃など、どこに逃げればいいのか分からないに決まっている。それに、余波だって尋常じゃないはずだ。

 もう、瀕死覚悟で受け止めるしかなかった。

 

 

「はぁあああああ!!!」

 

 

 そして、他の隕石よりも早く、一つの隕石が直撃した。

 〈ゴゴゴゴゴ…!〉と、大きな音を轟かせ、着弾する。

 複数の隕石がルーミアに対して暴威を振るう。

 隕石に込められた熱が、衝撃が、重さが、重力を無視した攻撃が、たった一人の妖怪を殺めるために、放たれたのだ。

 

 

「あ、あ、ああぁああああ……ッ!!」

 

 

 当然、そんなものを耐えられるはずがない。

 なにより、彼女は弱体化している。本気を出せない彼女には、この状況はまさしく地獄だった。

 

 

「も、もう、駄目…」

 

 

 ただでさえ自分より大きな物体を支えているわけであり、そんなものが長く続くはずがない。

 そしてなにより、この隕石だけではなく、他の隕石もあるわけだ。もしそれが直撃してしまったら、ここら一帯が陥没してしまう。

 そのとき、自分は無事でいられるだろうか?再生があるとはいえ、これは無理だった。

 

 

「あ―――ッ」

 

 

 刹那、腕の力が限界を超えて機能しなくなったと同時に、同時多発に隕石直撃が起き、強大な爆発音と、衝撃は辺り一帯に響き、轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

―――彼女は、ルーミアは()()()を、呪った。

 なんでよりによって最強が相手なんだ、と。

 今の自分は過去の自分より圧倒的に弱い。なにせ、力のほとんどを封印されているのだから。

 だとすれば、呪うのは自分の力を封印した封印者(闇神 零夜)か?否、違う。呪ったのは、()()だった。

 

 なんでよりによって三人の中で一番弱い自分に、最強の敵が当たるんだ。

 ていうか、なんで最強なのに最前線に出てるんだ。いや、最強だからこそ、なのかもしれない。

 それに、なんであの中で最弱(あの二人と比べるのは論外だが)である自分が最強と闘わなくてはならないのか…。理不尽だ。そう思ってしまう。

 

 

「まだ息があるのか。あれを喰らって生きているものなど、ほとんどいないのだがな」

 

「―――――」

 

 

 ルーミアは直撃を喰らった後、そのまま勢いと衝撃で地面に投げ出された。

 その際に、四肢の一部や二部を失い、再生に体力を消耗して、ほとんど動けない状態になっている。

 そんな時に、ウラノスの声がルーミアの上空で聞こえた。顔を上げると、そこにはやはりウラノスがいた。

 

 

「―――それに、あれを喰らって無傷……いや、再生したのか?」

 

 

 今の彼女の衣服はほとんどがなくなっている状態だ。

 当然だ。いくら体が再生するとしても、服が再生するはずがない。

―――服も体の一部、服は魔力などで生成している、なんていう設定があったら別だが、生憎ルーミアにそんな設定は存在しない。

 すると突如、宙に浮かんでいたウラノスが、地面に着地した。

 

 

「だが、あれで死なないとは大したものだ。―――よし、決めた。おい地上人。ルーミアと言ったか。お前を私の記念すべき45番目の妻にしてやろう」

 

「―――は?」

 

 

 ルーミアの思考が停止する。

 なにを言っているんだ、この男は?本当に意味が分からない。

 いや、実際は意味を知ることを、ただ無意識的に拒否しているだけなのだが。

 

 

「なんだ、その反応は?地上人が月人の妻となれるのだぞ?これ以上の喜びはあるまい」

 

「誰が…あんたみたいな奴に媚び売るか…!ていうか、気安く私の名前を呼ぶな!」

 

「問題あるまい。私たちは夫婦となるのだ。別に問題あるまい」

 

 

 ルーミアは必死の抵抗を試みる。

 第一、月人がこんなことを言うこと自体おかしい。月人に関しての情報は、ここに来る前にシロに教えられた。 月人とは、穢れを嫌う種族と考えられている。穢れとは、言ってしまえば『生命』であり、生きることと死ぬことだ。

 穢れがないここでは、生死の概念がない。が、他殺と言うものは存在するため、月では殺しは禁忌であるとも知らされている。

 そんな『生命』に直結すること――と言う以前に、その穢れを保有しているものと、交わろうと考えている時点で不自然だ。

 それになんだ45番目って。44人も妻を持っているのかこの男は。

 それだけではなく、名前で呼んでほしくないのにそれを完全に無視してウラノスはルーミアを名前で呼び続けている。

 もう、ウラノスの中ではこれは決定事項となっているのかもしれない。

 

 

「それ、に…。私は、あなたたちが嫌う『穢れ』だったっけ?それを持ってるのよ?その時点でアウトでしょ…」

 

「ふむ、博識だな。その通りだ、ルーミアよ。貴様は『穢れ』を保有しているが…問題あるまい」

 

「指導者として、その発言はどうなの?それに、周りの奴らだって聞いてるのに…」

 

 

 今の彼の発言は、月の民の重鎮として失言に値する。

 『穢れ』を持つ地上人を妻に迎えようだなんて、月の民として有るまじき行為だ。

 そんなの、他の者が許すはずがない。

 

 

「問題ない。ルーミア、貴様は博識ではあるが、どうやら()()()()()ようだな」

 

「どういうこと…?」

 

「この戦、穢れが発生して勃発したが、別に穢れが広まったのが理由ではないのだ」

 

「―――本格的に意味が分からなくなってきたんだど」

 

「理由は単純。もう我々月の民は()()()()()()()()()()()のだからなぁ!!」

 

 

 ウラノスの発言により、ルーミアの思考は再び硬直する。

 穢れに怯えることがない?どういうことだ?穢れを消す方法でも思いついたのが理由?

 自分たちの存在に気づいた原因は穢れを発生させたことで間違いはないが、問題は出撃理由がただの侵入者の排除。いや、別に間違ってはいないのだが、それでも穢れを重要視しなくなったと言うのが問題だった。

 完全にシロから教わった情報が役に立たない。いや、役に立つ情報はあったがほとんどが無駄になったと言っていいだろう。

 

 だとすれば、シロは自分に嘘をついていたのか?

 いや、違う。ウラノスは『知識が古い』と言っていた。つまりはシロがルーミアに教えたのは過去の情報だったのだ。

 もしかして、あえて過去の情報を与えたのか?―――それも違うだろう。彼は零夜に対してあの態度ではあるが、協力的だ。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな彼が作戦に支障をきたすことをするなんてありえない。

 だとすれば―――彼でさえ、月の変化は想定外だったことになる。

 

 

「もう我々月の民は穢れに怯える必要はなくなった!故に、月では一部の者しか許されなかった穢れた地上人ども同様、子を成すことが一般の者どもにさえ許された!変化とは、素晴らしいことだ!!」

 

 

 まさか、月人から「変化が素晴らしい」なんて言葉が出るなんて、零夜もシロも想像できなかっただろう。

 『生死』と言う『変化』を嫌っている月の民が、変化を喜んでいるのだから。

 

 

「つまりはだ、ルーミアよ。お前を妻として迎えても、なんの問題もないのだよ」

 

「―――そんなの、全力でお断りするわよ」

 

 

 ルーミアは、震える足で、立った。

 ウラノスがベラベラと喋ってくれていたおかげで体力は立ち上がれる程度には回復できた。

 ルーミアは闇の剣を造って構える。

 

 

「―――私の話を聞いていなかったのか?私の妻になることで、地上人以上の地位を手に入れることができるのだぞ?」

 

「地位なんていらないしなにより、その地上人以上って、『地上人以上月人以下』ってことでしょ?」

 

「―――――」

 

 

 ウラノスの余裕そうな表情が、一瞬曇る。

 ルーミアは再び同じ質問をするが、ウラノスは答えない。

 

 月の民が地上人をどう扱っているかなど、それもシロから教えられていた。

 ウラノスが言っている『地上人以上の地位』と言うのは、ただの方便で、実際は『月人より下の地位』であるのだ。

 例を挙げるとすれば『玉兎』。『玉兎』は月では奴隷階級であるがあまり雑な扱いは受けていないとシロから教えられている。

―――まぁ、この知識もすべて無駄になっているワケだが。

 そして、ウラノスの沈黙の意味は是。肯定の意味だとルーミアは受けとめる。

 

 

「どうせあんたのところに行ったって、まともな生活が送れるワケがないしなにより―――私の中で、もう先着は決まっているから」

 

「―――ほう?私の提案を蹴るとは。随分と度胸があるのだな。その度胸に答えてやりたいところだが―――流石にもう飽きた」

 

 

 ウラノスはムカつくほどの余裕を見せる。だが、ウラノスがここまで余裕なのも十分な理由がある。

 圧倒的力の差があるのはもちろん、ルーミアが回復したのは、所詮立てる程度。今の体力で、ルーミアがウラノスに勝つ確率は正真正銘0%だ。

 それほど、ウラノスとルーミアには決定的な違いがあった。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

「どうした、もう限界か?」

 

 

 ウラノスが心配――のように見えて皮肉った。

 明らかに分かって言っている。もうルーミアが立つ力しか残っていないことを分かっての、皮肉だった。

 

 

「ふざけるんじゃ、ないわよ…。まだまだよ」

 

 

 ルーミアはそう言うが、見栄を張っているのがバレバレだった。

 息切れを起こして、ほぼ体力が残っておらず、闇の剣を地面に刺して、自身の体を支えているのだ。これを体力切れと言わなくて、逆になんだと言うのだろう。

 

 

「無駄だ。いい加減諦めろ。そうすれば、『奴隷』として生かしておいてやる」

 

「お断りよ。誰があんたみたいなクソ気持ち悪いヤツに…」

 

 

 ルーミアにすべてを悟られたためか、『妻』から『奴隷』になっている。

 というより、元々『妻』などとして扱わず『奴隷』として扱うつもりだったのだろう。

 もしかしたら、ウラノスの『妻』と言うのも、全員『奴隷』なのかもしれない。

 

 

「そうか、残念だ。せっかく良い上玉だと言うのに…。決めた。何がなんでもお前を私の物にしてやる。四肢を斬っても、また再生するんだ。問題あるまい」

 

「そんなこと、私が許さないわよ―――!!」

 

 

 ルーミアは飛翔し、手に持った剣を男に向かって振り下ろした。

 かなりの速度の剣戟だ。残像が見えるほどの速度だった。だが、それもウラノスには悉く躱されてしまう。

 

 

「貴様には、私の究極の技を披露してやろう。安心しろ。もちろん、手加減してやる」

 

 

 瞬間、ウラノスの手に、様々な『属性』と言うべきか。『火』『水』『風』『雷』『氷』『光』『闇』が、ひとまとまりになる。

 彼は、究極の技だと言っていた。つまりは、すべての力を兼ね備えた、未知の技。それに、彼の手に集まっている七つの『属性』。彼は手の内をあれほど隠していたのだ。

 それを使わなかったのは、ルーミアを完全に舐め切っていたからだった。

 

 

「これが、これこそが『ヘプタ・プラネーテス』最強である私にしか使えぬ技!喰らうがいい!」

 

「それだって!全力でお断りするわよ!!」

 

 

 ルーミアは己の能力を全開にし、出し切れるほどの闇を自身に纏う。

 重力を、次元を歪曲させる闇の力。全力を出せないとはいえ、今の全力だ。彼女は、この一撃にすべてを賭けた。

 

 

 

「喰らえ!!我が必殺技―――!!」

 

 

 

 エネルギーの塊を持った手を振りかざし、地上にいるルーミアへと振り下ろそうとする。

 

 

 

 

「なにッ!?『金』と『土』が殺された!?それじゃあウラノス様以外のヘプタ・プラネーテスが全滅したってことか!?」

 

 

 

―――そのときだった。他のヘプタ・プラネーテスが全滅したと言う訃報が舞い降りてきたのだ。

 声の主は副官の男だった。男はあまりの驚愕に、声量を調節することを完全に忘れていたのだ。

 

 

「―――なに?」

 

 

 仲間の訃報。

 それは、闘いの局面の最中で聞くことではなかった。その事実を知ったウラノスは、攻撃する手をやめてしまった。

 ウラノスは完全に油断しきっていたことも原因だったが、なにより他の同士たちの訃報を聞いたことが、なによりの失態だった。

 

 

「―――今ッ!」

 

 

―――それが、逆転の種になるとは思いもせずに、その機会を与えてしまったのだから。

 瞬間、ルーミアは己に溜めていた闇を全方位に放出した。

 

 

「―――ッ!!……目くらましか」

 

 

 闇に包まれれば、何も見ることができない。

 それにこの闇はルーミアが出した闇だ。この中でも彼女の視界は良好だろう。

 ウラノスは不意打ちを狙っていると予測する。

 

 

「どこから攻撃が来るかわからんな…。―――まぁ、ここら一帯を吹き飛ばせばいいか」

 

 

 一瞬にしてとんでもないことを考え出したウラノス。

 暗闇の中、ウラノスが片手に集めていたエネルギー体を掲げる。

 すると、それと同時にウラノスの上空から光が照らされ―――破壊の渦が巻き起こる。

 渦は闇をも飲み込み、すべてを蹂躙していく。渦はやがて巨大な竜巻のようになり、範囲内の何もかもを飲み込んでいった。

 途中、仲間の悲鳴も聞こえたが、そんなことはウラノスにとってどうでもよかった。

 ただ、視界を良好ためだけに、どのくらいの命が散ったのか、ウラノスは知らないし、知ることもしなかった。

 

 

「用途とは違う使い方をしたが、これで、私の視界も―――なッ!?」

 

 

 視界が良好になった瞬間。ウラノスが驚愕の声を上げる。

 ウラノスの視界に広がるのは、無数と言ってもいいほどの、大小の光る球体。

 その球体は、広範囲にも(わたり)存在し、ウラノスの立っていた地面にも、球体が存在していた。これで、完全に逃げ道は阻まれてしまった。宙に浮いたことが仇となったのだ。

 そして、その中心にいるのが、ルーミアだった。

 

 

「ただの玩具(おもちゃ)程度にしか思ってなかったけど、いざとなったら使えるのね」

 

 

 ルーミアの手には、一枚の光るカード。

 

 

「貴様、どうやってあの技を…!?」

 

「教えるわけないでしょ?」

 

「くッ―――。クソっ!?これはなんだ!?」

 

「それになら答えてあげる。スペルカードって言ってね、地上で流行っている遊技なんだけど、結構使えたわよ?」

 

 

 ルーミアが使用したのは、スペルカードだった。

 1000年以上幻想郷の情報に触れていないと思われていたが、実はそうではない。

 外の話は零夜やシロ経由で知っていた。故に当然、スペルカードの存在も知っていた。「こんな遊び程度で決着つけようなんて、幻想郷らしいわね」と思っていたが、まさかこんな状況に役立つとは思わなかった。

 

 

「―――それに」

 

「…?」

 

「少ない情報を得た程度だけど、あなたの能力の弱点を、少し把握したわ」

 

「はッ!出まかせをッ!この短時間で一体何を知ったと言うのだ!?」

 

 

「―――あなた、すまし顔してるけど、結構疲れてるわよね?」

 

 

「―――――」

 

 

 ウラノスは無言を貫き通すが、その顔には若干の焦りが見えていた。

 だが、今までウラノスはほとんど動いていない。動いたことと言えば攻撃程度。つまりは、ウラノスの疲れとは『肉体的疲労』ではない。

 

 

「―――必殺技を放ったことによる、精神的疲労」

 

「―――――」

 

 

 図星だった。

 そもそも、ウラノス含め月の民は元はただの人間だ。元々地上に住んでいた人間が、月に移住したと言うことしか、何ら変わりないのだ。

 それに、あんな『混合攻撃』なんて放てば、当然精神的に疲労するに決まっている。

 なぜなら、その必殺技を行うために必要な同時多発操作。そしてそれ混ぜ合わせるための調整。数が増えれば増えるほど、難易度も高くなっていく。

 そんなことをしてしまえば、すぐにでも()()()()と言う衝動に駆られるだろう。

 

 ウラノスはただ強力な能力を持ったただの人間でしかない。

 所持と操作は別物なのだ。この二つはワケが違う。

 ウラノスは情報処理に長けた人間でもなければ、そんな能力を持ってすらいない。

 いくら強力な能力を保有していたとしても、使いこなせなければ意味がないのだ。

 

 ちなみに、綿月豊姫なども強力な能力の持ち主だが、あの能力はただ行ったことのある場所と今現在の場所をつなげて移動するという単純明確な能力。座標を考える必要もあるが、それはその場所を考えるだけで移動できるので、案外楽な能力なのだ。

 ウラノスの操作性が求められる能力とはワケが違う。

 

 

「これで、あんたはまともに能力を使えなくなった。弾幕であんたを閉じ込めてるから、これでジ・エンドよ!!」

 

「ふッ……ふざけるなぁああああああ!!!」

 

 

 

月符「ムーンライトレイ・改」

 

 

 ルーミアは、自分のスペルカードを改造したものを放った。

 ―――月符「ムーンライトレイ」と言う技は、本来弾幕をバラ撒いたところに敵を左右からレーザーで挟んでくるという初歩的な技なのだが、改造版はこれを増やしたものだ。

 敵めがけて弾幕が放たれレーザーが挟んで攻撃してくると言うことにほぼ変わりはないが、その数を増やすことで、実質的に逃げ場をなくしたのだ。

 この行為は本来スペルカードルールに反するが、これは殺し合い。ルール無用の戦いなのだ。そんなルールに縛

られているのは、愚者中の愚者だ。

 

 

―――そして、話は戻る。

 弾幕に成す術なく直撃したウラノスは、どうなったのか皆目見当がつかない。

 今ウラノスがいる地点は煙が舞っており、とてもじゃないが見えるような状況ではない。

 

 

 

「がぁああああああああ!!!」

 

 

 

 そんな中、煙の中から雄叫びが響いた。

 そこには、()()のウラノスが、怒りの形相でルーミアを睨みつけていた。

 

 

「許さん!許さんぞ!!もういい!お前はもうその顔がぐちゃぐちゃになるまで犯しつくしてやる!」

 

「怒りに乗じてセクハラ発言するんじゃないわよ。気持ち悪い」

 

「いつまで余裕ぶっていられる!?貴様と私では天と地ほどの差があるのだ!それが、私の『天』としての所以なのだ!!」

 

「『天』…ね。―――――。まぁ今は考えるのは後回しね。あなたを倒すのは、私()()じゃ不可能だってことは分かってる」

 

「それを分かっていながら、何故抵抗を続ける!?」

 

「そんなのは私の自由よ。それに、言ったでしょ?()()ではって」

 

 

 ルーミアは手をかざし、そこから闇を発生させる。

 その闇から、ジワジワと、なにやら時計のようなものが出現する。

 

 

()()()から借り受けたものだったから、極力使いたくなかったんだけど…そうも言ってられないわね」

 

「なんだ、それは!?」

 

「自分で考えろっつの。バカ野郎」

 

 

 ウラノスへの悪口へと同時に、時計のボタンを押した。

 

 

グレイトフルッ!

 

 

―――時計が、光る。

 時計は―――【グレイトフルライドウォッチ】は徐々に輝きを増し、辺りを光で飲み込んでいく。

 その光に、ウラノスが、月の兵士たちが、あまつさえ使用者のルーミアでさえも目をつむってしまう。

 やがて、光が収まる。

 

 そして、そこにいたるは15人の英雄。

 春冬異変の際に、シロによってライドウォッチの力と化した英雄たちだった。

 

 

「なんなのだ、そいつらは…!?」

 

「―――聞いてはいたけど、まさか本当に召喚できるなんて、ね。―――なんだか、本当に皮肉だわ」

 

 

 彼女は片手を顔に付けて悩む。本質的に苦手なあの男の力を借りると言うは少々癪だったが、今は仕方がない。

―――とその時、ようやく彼女は自分の服装に気付いた。

 

 

「あ…」

 

 

 自分の恰好に気付いて、顔を赤らめる。

 あの戦いで、大事な部分以外はほとんどさらけ出してしまっていた。なにより疲労が溜まっていて全く気づけなかった。

 このまま戦っていたら、間違いなく恥部が見えてしまう。なんとしても布面積が完全になくなることだけは避けたい。

 

 

「とにかく、大事な部分だけは隠さないと…」

 

 

 とは言っても、ほとんど布面積がないこの状態で、一体どうやって隠せばいいのだろうか。

 これではいろんな意味で戦いに異常をきたしてしまう。

 どうするものかと悩んでいると、一人のゴーストがルーミアにあるものを渡した。

 

 

「―――サラシ?」

 

 

 そう、サラシだ。

 そして、このサラシを差し出したのはムサシゴースト。武士である彼なら、サラシを持っていても別に不思議ではないが、どうして普通にくれるのだろうか?――だが、考えても仕方ない。ここはありがたく頂戴しておこう。

 

 

「―――毎回思うけど、この胸大きくて邪魔なのよね…」

 

 

 戦いに邪魔しか生まないこの大きな胸。

 役に立つことなんて精々男を誘惑することだけ。戦闘では邪魔なだけだ。

 そして、サラシをギュウギュウに縛り、胸を押さえつける。

 

 

「下は…布が余ってるし、これを巻き付ければ…」

 

 

 これで、即席の衣服の完成である。

 これまでのことを何も言わずに見届けてくれたウラノスに、感謝しなくては。彼女は始めてウラノスに感謝の意を向けた。

 

 

「終わったか?」

 

「えぇ、待っててくれたのね」

 

「ふん、余興だよ。お前は私を怒らせたが、私が勝つのはこの世の道理。私の勝つことができるのは、【豊姫】様、【依姫】様、【臘月(ろうげつ)】様、【無月(むづき)】様、【月夜見(つくよみ)】様。そして―――いや、この五人しか存在しない」

 

 

 最悪な情報を得たが、逆に最高の情報を得た。

 この五人が、この月のトップだと、ルーミアは理解した。そして―――の続きも気になるが、今はそんなことは考える必要はない。

 ただ、目の前の敵を滅すのみ…。

 

 

「行くわよ!」

 

「全軍に告ぐ!!目の前の敵を滅ぼせェええええ!!!」

 

 

 

 ここに、『最弱』と『最強』の戦いが、本格的な幕が開いた。




作者「新年が明けて、無事と最新話も投稿できて、良かった良かった!」

ルーミア「いや…良くないでしょ」

作者「何故に!?」

ルーミア「なんで新年早々私の肌が露出する羽目になるの?」

作者「―――サービスだよ。サービゴホォッ!!」

ルーミア「―――次回もお楽しみに」



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