東方悪正記~悪の仮面の執行者~   作:龍狐

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 2021/05/08 ルーミアの服装変更。




31 神を超えた存在

「――――以上が、彼、ウラノス・カエルムへの突破口だ」

 

「なるほどな…。確かに、これはお前じゃないと分からないことだな」

 

 

 あれからしばらく時は経ち、零夜はルーミアの体を借りた英霊―――【アイザック・ニュートン】からヘプタ・プラネーテス最強の存在、【ウラノス・カエルム】の突破口を聞かされた。

 零夜はその時間で着々と体を回復させ、喉の機能までは回復していた。だが、失った大量の血までは回復できないため体は動かず、頭はクラクラしたまま。未だにルーミア(ニュートン)に膝枕されたままだ。

 見た目は美少女なのに中身はおじさんと言うこのギャップに、第三者が見たら驚きを隠せないだろう光景が今現在も、現実となっていた。

 

 

「こうしている合間にも、月の民たちは私たちを迎撃するために兵の再編成を行っているはずだ。この状況はまさに、敵にとって格好の餌だ」

 

「あぁ…せめて、あいつさえいてくれればいいんだが……」

 

 

 零夜の呟きに、ニュートンが反応する。

 零夜の言うアイツとは、シロのことだ。あの男ならなんでもかんでも一人でやれるだろうと思えるほどの力を有しているため、力の部分に関しては零夜も信頼していた。

 

 

「確かに、彼がいれば私たちの安全が保障されたも同然だ」

 

「まぁそうなんだがな。だが、俺アイツ嫌いだし…」

 

「ド直球に言うね」

 

 

 零夜の清々しい発言に、ニュートンが困惑の表情を浮かべる。

 力を借りたいはずの人物を忌避しているなんて、矛盾している。

 

 

「まぁ実際、私も彼の存在を知らなかったために出会った当初攻撃したのだが―――一瞬にして全滅してしまってね」

 

「そーいや、ゴースト達あれからどうなったとか、考えてなかったな」

 

「―――それは何気に悲しいな」

 

 

 命令されていたのに、それを忘れられていたことに悲しみを浮かべるニュートン。

 春雪異変の際、危険な敵かと思って攻撃した相手が、実は味方だったと言うこの事実。ニュートンはそれを知ったとき少し反省したようだ。

 

 

「少なくとも、私は彼に逆らおうなんて思えないな」

 

「そうか?俺は滅茶苦茶言いまくってるけど」

 

「それは君だからできることだろう―――?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 

 あれほどの力を持つシロに立てつくことのできる人物など、この世に二人しか存在しないだろう。断言できる。

 

 

「まぁ、来たみたいだぞ?」

 

「えっ?」

 

「ハロー」

 

「ひゃう!」

 

 

 突然聞こえた、第三者の声。

 その声に驚いたニュートンは、ルーミアの声で可愛らしい悲鳴を上げた。

 見た目と中身のギャップを考えてしまうと、なんだか虚しくなってくるのは気のせいだろうか?

 

 そして、その声―――深い男性の声が、二人に響いた。

 全身白装束で、顔に深々とフードを被り顔を隠している男―――シロがその場にいたのだ。

 

 

「やー零夜。元気してる?」

 

「これが、元気してる奴に見えるか?皮肉ってるのか?」

 

「はは、まさか。でも、無事でよかったよ。急いで駆けつけたんだ。君も、よく守っていてくれたね。ニュートン」

 

「あはは…ありがとうございます」

 

 

 自分のことをまだなにも話していないのに、なぜそのことを知っているのか。当然のように考えたが、いくら考えても答えが見つからないため、ニュートンは考えることをやめた。

 そして、ニュートンは別のところに視線が行った。

 

 

「あのーそちらの女性は…?」

 

 

 その目線の先は、シロの腕。

 シロの腕には、ある一人の美しい女性が抱えられていた。

 薄紫色の長い髪を、黄色のリボンを用いて、ポニーテールにして纏めている。瞳の色は紫がかった赤。半袖で襟の広い白シャツのようなものの上に、右肩側だけ肩紐のある、赤いサロペットスカートのような物を着ている美少女が、シロの腕の中にあった。

 その女性の目は虚ろな瞳で、ハイライトが存在しておらず、心ここにあらずといった状態だった。

 

 

「おま、その女は…。なんでそいつ持ってきてんだ?」

 

「情報を絞り出すため」

 

 

 さらっと恐ろしい?ことを口走ったシロ。

 零夜の目にあるのは、呆れ。

 

 

「俺の記憶じゃ、そいつは決して弱くはなかったはずなんだが…ちなみ、そいつにどうやって勝ったか聞いていいか?」

 

「――――――」

 

 

 零夜にそう言われ、シロは闘いの出来事をおもい返した――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

「―――お姫様を助けるのは王子様の役…ですか」

 

 

 時間は遡り、全身白装束の男と、薄紫の長髪をポニーテールでまとめている少女が、対峙しあっていた。

 ポニーテルの少女―――綿月依姫(わたつきのよりひめ)は、白装束の男―――シロの言葉を聞き、顔を強張(こわば)った。

 

 

「そんなことが、実現すると思っているのですか?」

 

「するさ。確信を持てる」

 

「何故ですか?」

 

「―――彼だからさ」

 

「まるで理由になっていませんね」

 

 

 事実、シロの言っていることは理由として成り立っていない。

 だが、彼の言葉は本気だ。本気で、クロが―――零夜がルーミアを助けるであろうと信じているのだ。

 

 

「そもそも、恋愛経験ゼロのお姫様にはわからないかな?」

 

「今の話と恋愛は全く関係ありません。話を逸らして、何を狙っているんですか?」

 

「逸らしているつもりはないんだけどね。でも、期待はするだろう?」

 

「―――まるで理解できませんね。そんな都合のいい話、ある訳がないんですよ!!」

 

 

 依姫は突如声高に怒鳴った。

 普段冷静なイメージのある彼女を、彼女の普段を知っている人物が見たら驚くだろう。

 それほどに、彼女は今頭に血が上っているような顔を―――いや、実際上っていた。

 

 

「何に怒っているか知らないけど、怒ると美容に良くないよ?」

 

「どうでもいいです。そんなこと。………もう、話すのは無駄みたいですね」

 

「そうだね、僕もそう思っていたころだったよ」

 

 

 シロの言葉を皮切りに、冷たい風が辺り一帯の音を支配した。

 ただ、無言で見つめ合う二人。

 

 

「こちらから、行かせてもらいます」

 

 

 依姫の一言と同時に、刀が抜刀される。

 刀が鞘から抜刀される音が、よく響いた。依姫は刀をシロに向けた。

 

 

「―――あなたは剣を、抜かないんですか?」

 

「え?あぁこれのこと?」

 

 

 シロは腰に携えている()()()()()()()()のついている剣に触れた。

 この剣は、月に到着したとき最初にシロがこの月にて穢れを撒いた剣だ。

 

 

「今抜く必要ないし。ていうか君に使っても無意味だし」

 

「―――そうですか」

 

 

 依姫はあくまでも冷静にそう返すが、内心は(はらわた)が煮えくり返るほどの屈辱を受けているだろう。

 剣士にとって、目の前の敵が剣を携えているのにその剣を抜かないと言うことは、自分を舐めていると言うこと。格下とみられているということだ。

 これが、許されることだろうか?否である。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 脚に力を込め、地面を思いっきり蹴る。

 その行為は、爆発的な速度を生み出し、一瞬にしてシロとの距離を埋め、刀をシロの腰方向に振り下ろした。

 だが、その瞬間に、地面から槍が生み出され、依姫の攻撃を妨害する

 

 

「ッ!」

 

「もらった」

 

 

 シロはがら空きのもう片方の手に籠手を生み出すと、依姫へと振るった。

 即座にそれに反応した依姫は刀でシロの攻撃をガードする。

 

 

「うん、良い反射速度だね。でも、まだまだ」

 

「くッ!」

 

 

 刀と籠手のぶつかり合い。明かに籠手の方が怪我をする可能性が高いと言うのに、シロはそれをお構いなしに攻撃してくる。

 そんなとき、シロは足蹴りを依姫の腹に直撃させ、依姫の口から衝撃で体液が吐き出される。

 やられた。拳ばかり使っていたから、足への注意が疎かになってしまっていた。

 衝撃で距離を取った依姫は、さらに距離を取った。

 

 

「なかなか、やるようですね」

 

「君以上にはね」

 

「どこまでも―――!」

 

 

 精神を逆なでしてくるシロの言葉に、依姫は乗っかった。

 だが、彼女とて剣士。すぐに精神を落ち着かせた。

 

 

「あ、もう落ち着いたんだ。やるね」

 

「褒められるほどでもありません」

 

「そっか――――。じゃあ、八百万の神の力使ってきてよ」

 

「―――ッ!!」

 

 

 瞬間、依姫の顔に動揺が走る。

 「何故、知っているのか」。そんなことでも言いたげな顔だった。

 

 

「だって君、本気で行くとか言っておきながら、能力使ってこないし。なに?僕のことバカにしてるの?」

 

「―――いいえ。そんなつもりはありませんよ」

 

「だったら、来なよ」

 

「えぇ……お望み通り、使って差し上げますよ!愛宕様の火!」

 

 

 その時、依姫の腕が業火に包まれる。

 腕と言う腕、すべてが燃えている。だが、依姫は全くの無傷だ。

 シロにすら、熱気が伝わっているほど熱いと言うのに。

 

 綿月依姫の能力、【神霊を呼ぶことができる程度の能力】。

 八百万の神を自分の体に宿らせ、力を借りて使役する事が出来る能力。

 巫女が通常行う「正式な手順」を省略して、素早くあらゆる神を降ろす事が可能であるため、攻撃手段としてはもってこいの能力だ。

 

 そして、今依姫が降ろした神は『愛宕』。別名『迦具土神(かぐつちのかみ)

 火の神にして、八百万の神々の一柱(ヒトリ)だ。

 

 

「地上にこれほど熱い火はほとんどない。―――これが、神の力です」

 

「―――つまるところ、【プロクス・フランマ】の能力の上位互換ってことだよね?」

 

「あなたは、どこまで―――」

 

 

 知らないはずの人物の、能力のことを知っているシロ。依姫はもう目の前の存在が、まともではないことは分かっていたが、この存在はかなり特別で、底が見えなかった。

 シロもシロで、一度も会ったことのない人物のフルネーム、能力を知っているのか。どこまで言っても、理解の範疇を超えていた。

 

 

「じゃあ、僕も炎で対応しよう」

 

 

 そう言った時、シロの体も炎に包まれる。

 

 

「なッ―――!?」

 

「断言しよう。君に出来て、僕に出来ないことはない」

 

「戯言を―――!神の力を喰らうがいい!」

 

 

 二人は剣に炎を纏わせ、刀を振るう。炎の飛ぶ斬撃が、お互いの中心でぶつかり合い、獄炎を発生させた。

 やがてその獄炎は爆風を生み出し、辺り一帯のものをすべて吹き飛ばした。

 

 

「互角―――かな?」

 

「いや、違う!!」

 

 

 爆風が起こした砂煙。その中か依姫の声が聞こえる。

 砂煙の中、依姫がシロに接近し炎と化したその腕をシロの首元を掴んでいた。

 

 

「このまま、最大火力で燃え尽きろ!」

 

「―――――」

 

 

 依姫の腕の炎がさらに熱気を放出した。温度が上がった証拠だ。

―――だが、首を焼かれていながらも、今だに平然としているシロがいた。

 

 

「あのさ、これいつまで続けるつもり?」

 

「バカな―――!?愛宕様の炎は、すべてを焼きつくすはず―――!」

 

「ごめんだけど――」

 

「ゴフっ!」

 

 

 シロの拳が、依姫の腹に直撃する。その衝撃により、シロの首から手を離してしまった。

 膝をついてしまった依姫に、無情にもシロはこう告げた。

 

 

「それ、僕対象外だから」

 

「なッ―――!?」

 

 

 シロのカミングアウトに、依姫は驚愕と焦燥感を覚えた。

 普通なら信じることのできない出来事。だが、それを実践して見てしまった今、それを信じないワケにはいかなかった。

 

 

「そんな、ことが…!」

 

「あり得るんだよね。ほら、さっさと立ちなよ」

 

 

 シロはあえて後退し、依姫にチャンスを与えた。

 その見え見えな油断と挑発は、依姫のプライドを刺激するのには十分だった。

 

 

「私を……舐めているんですか!」

 

「舐めるだなんて気持ち悪い。僕にはそんな趣味はないよ」

 

 

 認識の違いが、さらに依姫の逆鱗に触れた。いや、これは認識の違いと言うより、確実なわざと。故意的に間違えられたのだ。

 

 

「どこまでも…バカにして…!」

 

「うるさいなぁ。まだ全力出してないでしょ?さっさと来なよ」

 

「ッ!!炎雷神(ほのいかづちのかみ)様!」

 

 

 依姫が神の名を叫ぶと、その時、シロの頭上に雨雲が現れる。

 

 

「雨雲……炎雷神…なるほどね」

 

 

 シロがそう呟いたとき、雨雲ならゲリラ豪雨と言ってもよいほどの雨が降り注いだ。

 そして、これはただのゲリラ豪雨レベルの雨ではなかった。威力が桁違いと言っていいレベルで、ゲリラ豪雨の『短時間で大量に降る』と言う特性のように、対象を水圧で圧死させるほどの威力を持っていた。

 

 だが、それだけではなく、雨が降りながら、『ゴロゴロ…』と雨雲から擬音が鳴り響く。

 その瞬間、巨大な雷が豪雨の中に無数に降り注ぎ、さらにその雷が七頭の炎の龍へと変換され、豪雨の中に直撃し、水と炎が混ざり合い、水蒸気爆発を起こした。

 

 

石土毘古神(いわつちびこのかみ)様!我をお守りください!」

 

 

 依姫の目の前の約10mもの地面が隆起し、依姫を守る盾となる。

 爆発が、縦を蹂躙しながらも、破壊と同時に修復が行われていく。

 

 石土毘古神(いわつちびこのかみ)

 家宅六神《かたくろくしん》の一柱(ヒトリ)

 家宅六神とは神道における家宅を表す六柱の神の総称。石土毘古神(いわつちびこのかみ)は土を司る神である。

 

 

「これならば……」

 

 

 水圧による圧迫。電撃による感電。さらに炎の龍による焼却。そして水と炎が合わさったことによる水蒸気爆発。

 常人ならまず最初の過程で死ぬこの連続攻撃。やりすぎだとは思うが、やりすぎて困ることはない。特に、この戦いの場面においては、相手を確実に殲滅するためにこの威力は上出来だった。

 

 だが―――。

 

 

「残念だけど―――」

 

「な―――ッ?」

 

 

 瞬間、暴風が吹き荒れ、辺り一帯を蹂躙した。

 その蹂躙速度は依姫の比ではなく、水蒸気爆発の爆風の破壊速度ですら修復速度が勝っていたと言うのに、この暴風はそんな土の壁の修復速度を軽々と超え、破壊した。

 壁が破壊されたと同時に暴風はピタッと止み、次第に暴風は爽やかなそよ風に変化した。

 そして、その風の発生源の中央に、濡れず、燃えず、朽ち果てず、そのままの状態のシロが佇んでいた。

 

 

「僕にはそういったことは効かないんだ」

 

「そんな―――バカな―――!?」

 

 

 水圧で押しつぶした。電撃で感電させた。炎の龍で焼き尽くし、爆発でトドメを刺したはずだった。それなのに、まだ足りないというのか!?

 依姫の頭はもう爆発寸前だ。自分でもまともに受けたら無傷では済まないはずの攻撃を、どうやって防いだ?いや、そもそもこの男は、目の前のこいつは()()()()()()()事体を行ったのか?

 

―――分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。

 

―――理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。

 

 理解に苦しむ。理解の範疇を超えている。いや、この男にそんな概念なんど存在するのだろうか?

 

 

「じゃあ今度は僕の番でいいよね?」

 

「あ――――」

 

 

 刹那。依姫の視界からシロが消えた。

 何事かと思ったその瞬間、腹にダメージが入った。

 

 

「カッ、ハ―――!!」

 

 

 依姫が、地面に膝をつける。

 どうやってここまで移動した?見えなかった。自分の感覚を上回る速度で、攻撃された。

 その事実が依姫の心を襲った。これで二度目だ。腹を殴られるのは。一回目も、二回目も、油断はしていなかった。ちゃんと周りに気を配っていたはずだ。警戒していたはずだ。

 だが、現実はどうだろうか?それをしていても攻撃を許してしまっていた。

 その事実を、認めようにも認められなかった。歯を思わず軋ませる。

 

 

「どうした、お姫様。僕にまだ1ダメージも与えられてないじゃないか」

 

「―――。天照大神(あまてらすおおみかみ)様!光を!」

 

 

 瞬間。依姫の体が眩しく光る。

 何も見えない、光だ。その光量を例えるならば、太陽を直視してしまい目が失明してしまうほどのレベル。

 暗闇では人は何も見えないように、極大な光でもまた、人の目は見えなくなるのだ。

 

 天照大神(あまてらすおおみかみ)とは、日本神話の太陽神だ。

 故に、太陽と同レベルの光を放つことができても不思議ではない。

 

 そんな中、依姫だけが無事でいられた。

 それもそのはず。光源だからだ。自身が光源である以上、自分の光は目に入らない。故に、目の前がはっきりと見える。

 光とシロの服が同化して見えずらいが、それでも目の前にいることだけは気配ではっきりと分かっていた。

 

 

建御雷神(タケミカヅチ)様!我に力を!」

 

 

 建御雷神(タケミカヅチ)。日本神話の雷と剣の神。武神としても知られている神だ。

 依姫はこの神を降ろすことにより、基本的な身体能力の向上と、剣術の補填、そして、刀の身に宿る、雷。その三つの力を借り、依姫は刀を振るった。目の前の敵を、滅ぼすために―――。

 

 

「あのさ、目くらましのつもりだったのかもしれないけど、この程度で僕が失明するとでも思っていたのかい?」

 

 

 ―――刀が、動かない。

 力を入れる。前に入れる。より、刀身が入りやすい方向に。でも、動かない。

 そんな状況の中、依姫の赤紫の瞳に、映ったものは―――。

 

 

「君なら、僕との力量差に最初の方から気づいて、全力の一撃をくれると思ったんだけどな」

 

 

 人差し指で、抑えられている刀身だった。

 バカな、ありえない。刀が指に負けるなんて、あってはならない。もしそれが実現したら、もうそれは刀なんかではない。ただの塵屑(ゴミクズ)だ。

 

 

「月の刀も大したことないね。まぁ当然か。こんなボロ屑より、もっといい武器を僕は知ってるよ」

 

「なにを―――」

 

「でも、それはもう手に入らない」

 

 

 その言葉を皮切りに、シロはもう片方の手を依姫のおでこに向け、デコピンをかました。

 これだけではダメージにもなんにもならない。―――だが、それは常人での話だ。

 シロがデコピンをした瞬間、依姫の体が後ろに吹き飛ぶ。そのまま体感を失い、無様にも体を地面に転がした。

 

 

「くッ…!」

 

「―――随分頑丈だね。脳震盪が起きても不思議じゃないんだけどなぁ」

 

「―――――」

 

「あ、その様子だと実際かなり効いてるっぽいか」

 

 

 依姫の体がふらつく。

 実際、依姫は脳震盪を起こしていた。当たり前だ。あの威力の攻撃を脳に直接貰ったのだ。逆に脳震盪が起こらないはずがなかった。

 

 

「うーん…。回復するのに、まだ時間かかりそう?」

 

「ふざ、けないでください…」

 

「別にふざけてるつもりないんだけどな。まぁいいか。―――そうだ。暇つぶし程度に。実はね、()()()()()()()()()()と、僕らの持っている情報を統合してでの話なんだけどさ」

 

「――――?」

 

 

「レイセン」

 

 

「ッ!!」

「「「「「ッッ!!!」」」」」

 

 

 シロがその名―――レイセンの名を口にした瞬間、依姫と玉兎たちの表情が劇的に変化した。

 依姫の表情は、何故か寂寥感を漂わせ、玉兎たちの表情は怒りと憎しみ、悲しみ、それらを体現したかのような表情だった。

 

 

「あぁやっぱりこの話は玉兎にとって地雷だったかな?」

 

「何故―――レイセンのことを?」

 

「いやぁ、君らも気になってたんじゃないかと思ってね」

 

 

 依姫から当然の疑問が来た。

 何故レイセンのことを―――地上に逃亡した玉兎のことを知っているのか。

 だが、いろいろ考えてくるうちに辻褄を合わせることができた。よくよく考えれば、この男たちは地上から来たのだ。ならば、レイセンと面識があってもおかしくない。

 そして、自分たちの情報にやけに詳しかった理由も納得できた。レイセンが話したのなら、自分たちの情報がある程度知られていてもおかしくなかった。

 

 

「そうですか―――。彼女が」

 

「あの子、今地上の兎妖怪に雑用としてこき使われてるよ。まぁお似合いだとは思うよ」

 

「―――それで、あなたはそれを言ってなにがしたいのですか?」

 

「あれ、以外と動じない。おかしいなぁ…。仕入れた情報じゃ、彼女がこの月の大変革の主な原因なはずなんだけど…」

 

「えぇ。その通りです。私のペットだった彼女は、逃げてしまい、そのせいで月は変わってしまった。ですが、これは私の責任でもある。彼女の心を育てきれなかった、私の責任が」

 

 

 何と言う、心の広さなのか。

 大変革の原因である自分のペットを、恨むどころか自分のせいだと自分を追い込んでいる。

 レイセンは、こんな主人を持ってどれだけ幸せだったのか。そんな主人を裏切ったどれほどの愚か者なのか。 

 本人は知る由もないだろう。

 

 

「―――あっそ。もっと激情してくれてたら、面白かったのになぁ」

 

「やはり、それが狙いでしたか。ですが、あなたは間違った選択をした。逆に今の話は私にとって鎮痛剤となってくれました」

 

「鎮痛剤ィ?心の痛みの?」

 

「えぇ。彼女が生きていると知り、安心しました」

 

「安心?ますます意味が分からないなぁ」

 

 

 シロにとっても予想外だった彼女の返答に、首を傾げる。

 月を変えてしまったそもそもの元凶となった人物が、生きていて何故安心する?普通はもっと怒るところだろう。「あいつ、生きていたのか」とか、「連れ出して嬲り殺しにしてやる!」とか、シロはそんな反応をすると思っていた。

 でも、現実は180度真逆だった。

 依姫が、依姫だけがレイセンの生存を喜んでいた。後ろの玉兎たちは、レイセンの生存を知った瞬間、憎しみの表情へと変わったと言うのに。

 

 

「分からない。分からない。分からないなァ……」

 

「ふ―――。ようやく、あなたも私と同じように困惑しましたか」

 

「あぁ本当に。僕もここまで予想外な展開は()()()()だ。でも、その疑問は後に解消される。だって、君から聞けばいいだけだしねぇ」

 

「私がそう簡単に口を割るとでも?あなたが規格外であることは十分に理解しました。ですが―――これならどうですか!!」

 

 

祇園(ぎおん)様!我に力をお貸しください!」

 

 

 そう叫び、神降ろしの力を使ったその次の瞬間、依姫は刀を地面に突き刺した。

 これに何の意味があるのだ。と、普通は思うだろう。刀は斬るために存在しているのだ。突き刺すために存在しているのではない。

 だが、今の場合、それが意味を成していた。

 

 

「―――ん?」

 

 

―――無数の刀身が地面から突き出し、シロをその中心に取り囲んだ。

 

 

「――――」

 

「あまり無理に動かない方がよろしいかと。下手に動けば、祇園様の怒りに触れますよ」

 

「『祇園(ぎおん)』―――。『須佐之男命(すさのを)』か」

 

 

 祇園(ぎおん)。別名『須佐之男命(スサノオ)』。

 三貴子の内の一柱(ヒトリ)。天照大御神と同類の存在である、海と嵐を操る神だ。

 

 

「随分と博識なのですね。その通り。ですが、知識だけではどうにもなりません。おとなしく捕まってください」

 

「――――どうやら、君はまだ理解していないようだね」

 

「なにが、ですか?」

 

「僕は君の能力―――詳しく言えば神々の力だって受け付けなかった。つまりはね―――」

 

 

 シロは途中で会話を途切らせた。

 虚空に手をかざし、小言を口にするシロ。

 そのシロの姿は、依姫にはやけにおぞましく見えたと同時に、悪い予感がした。確かに、シロの言葉には納得感があった。今まで自分が降ろした神、それらすべてでもあの男に傷を負わすことはできなかった。

 そして、その次の瞬間、その予感は的中することになる。

 

 

「■■■の権能。――――●●●●・●●●●」

 

 

 ――――巨大な黒穴(ブラックホール)が、無数の刀を吸い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

―――微かに聞こえた。『権能』と。あとは分からなかった。

 ヤツが、そう口ずさんだ瞬間、巨大な黒穴(ブラックホール)がヤツの目の前から現れ、ヤツを中心に当たり一帯を蹂躙した。

 ワケも分からず依姫は、それを傍観するしかなく―――。

 

 

「ふー、きれいさっぱり愉快爽快!」

 

 

 奴が―――シロが陽気な雰囲気ではしゃぐ。

 辺り一帯は、シロの言う通り、何も残っていなかった。シロを捕縛していた無数の刃も、地面も、すべて消滅していた。

 この状況に、先ほどまで冷静を取り戻していた依姫は驚愕と言う概念を超越し、もうあっけらかんと見ていることしかできなかった。

 

 

「何故……」

 

「ん?」

 

「何故祇園様の力が効いていないの!?貴様は祇園様の怒りを買った!それなのに!それなのに!どうして貴様には何も起きていないんだ!?」

 

 

 先ほどまでの丁寧語はどこへやら。荒くなった言葉で依姫はシロに声がかすれるほどに怒鳴った。

 いや、これは怒りではない。喪失感だ。自分の何もかもが無力だったと言う、圧倒的な無力感―――。この男には、なにもかもが通用しないのだと、ついに理解させられたのだ。

 

 

「祇園の怒り?あのさぁ、教えてあげるけどさ。須佐之男命(スサノオ)ごときが僕に怒りを向けるだって?冗談もほどほどにしろ

 

 

 シロの唐突なカミングアウトと今までの事柄から、さらに理解を深めてしまった。

 

―――「この男は、神を超えている」―――!

 

 脳が、その結論にたどり着くまで、一瞬もかからなかった。

 だが、理解はしても、納得は出来ない。人間が神を超える力を持っているなどあるはずがないのだ。

 今まで神の力を借りてきた依姫にとって、神とは尊敬し、奉らなけらばならない、非常に尊き存在なのだ。そんな、そんな聖域を、こんな人間が、土足で踏み荒らすなどあってはならない―――!

 

 

天津甕星(あまつみかぼし)様!私に力を――――」

 

「――――しつこいよ?」

 

 

 指が鳴る音が、虚空に響く。

 それと同時に、依姫は謎の虚無感に襲われた。さっきまで、繋がっていたはずなのに、それがいきなり途切れた、そんな感覚が―――。

 

 

「あ、あれ?天津甕星(あまつみかぼし)様?どうしたんですか!?何故!何故私の呼びかけに答えてくれないんですか!?」

 

「―――悪いけどさ、もう僕急ぐ理由ができたんだ」

 

「――――ッ!!」

 

 

 依姫が憎悪の表情でシロを睨んだ。

 この男だ。この男が、なにかしたんだ。こいつが指を鳴らした瞬間だった。神との繋がりがいきなり途切れたのは。

 シロの急ぐ理由など知ったことではない。自分になにをしたのか、早急に問いださせねば。

 

 

「私に…私に何をした!?」

 

「君には何もしてないよ。ただ、神の方に細工しただけ」

 

「神々に…干渉したというの!!?」

 

 

 神々への干渉―――。それはおいそれとできるものではない。

 依姫のように、その身に神を降ろす能力や、巫女でなければその場にいない神に直接干渉することなど、不可能だ。

 つまり、この男は―――シロは、神に干渉する能力を用いて、依姫と八百万の神々の繋がりを切ったことになるのだ。

 

 

「それに僕が答える義理はないよ。でも、結果が一つ生まれた。それは、神の力がない君なんて、剣術を少し齧った程度の雑魚なんだよ」

 

「あ、あ、あ……」

 

 

 絶望が、無力感が、虚無感が、依姫の心を支配していく――――。

 そして、シロから、トドメを刺された。

 

 

「結局キミは、その程度の存在だったんだよ」

 

 

――――依姫の心が、折れた瞬間だった。

 依姫の瞳からハイライトが失われ、そのまま膝から崩れ落ち、なにも言わなくなり、人形同然の状態となった。

 

 

「あら、少しどころか完全に心折っちゃった。ま、この方がいいか。うるさくなくて」

 

 

 依姫の心を折ったことに、特に悪びれもせずにシロはそれを笑い飛ばした。

 依姫は、決して弱くなかった。神の力を使い分け、その場を切り抜ける判断力など、戦士としても、リーダーとしても有能だった。

 だが、相手が悪かったのだ。神の力を使う彼女にとって、神の力を断ち斬ったシロは、まさしく相性が最悪だった。

 

 豊姫にとってクロ(零夜)が天敵だったように、シロは、依姫にとっての天敵だったのだ。

 

 

「さて、と。君たちはどうする?」

 

 

 心の折れた依姫を腕で担いで、依姫を腕と横腹に密着させた。

 シロは玉兎たちの方に顔を向けた。

 顔を向けた瞬間玉兎たちから畏怖の目で見られるが、シロの知ったことではない。

 

 

「じゃ、僕行くから。それじゃあね」

 

 

 刹那。シロの姿が掻き消え、その場から姿を消した。

 

 こうして、依姫たちの軍ですらも、大敗北を期したのであった。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

「―――いや、話すことでもないよ」

 

「いや教えろよ。気になるだろ」

 

 

 シロはいろいろと考えて、零夜に話さないことにした。

 そこに、どんな意図があるのかは、知るのはシロのみ。他には誰も分からない。

 

 

「そう言わないでくれ。僕だって君がデメリットを受けたと知って勝負を早めてきたんだからさ」

 

「お前は相変わらず情報が早ぇな」

 

「はは。それほどでも。でも、今回は何を使ったんだい?普通のライダーだったらそこまでのデメリットは受けないはずだし…」

 

「―――レベルビリオンだ」

 

「あぁ。確かにあれはデメリット受けまくりだね」

 

 

 強力な力には代償がある。代償なしに最強レベルの力を手にすることなど不可能。

 シロも今回の零夜のデメリットの内容を理解したようだ。

 

 

「本当に、無茶しないでくれよ?いくら僕の『能力』でデメリットの効果を少なくして、肉体的ダメージに変換してるからって、限度だってあるんだ」

 

「それは十分すぎるほど承知してるよ」

 

 

 たった一回の変身で体から大量の血が失われたのだ。

 要領を考えなければ、普通に死ぬ。

 それはもう零夜はとっくの昔、千年前から分かっていたはずなのだ。

 

 

「だが、デメリット覚悟じゃなきゃ倒せねぇ敵だっている。そのためなら、俺は…」

 

「分かってる。でも、死んだら元も子もない。だから、極力そういったことは控えてくれ」

 

「―――善処する」

 

「絶対に守る気ないでしょ…。僕はこれほど真剣に言っているのに。まぁでも、君が素直に聞き入れてくれるなんて、僕もはなから思っちゃいないさ」

 

「よくわかってるじゃねぇかよ」

 

「だから――――」

 

 

 シロは無造作に、抱えていた依姫を地面に落とすと、懐から赤い液体が入った小さな瓶を取り出し、蓋を外して零夜の口に流し込んだ。

 

 

「フゴッ!?」

 

「造血剤だよ。だから気にせず飲んで」

 

 

 それを聞いて、零夜は液体を飲み干した。

 確かに、体内中の血液が増えている感覚がする。この状況で、血の補充はまたとない僥倖だった。

 

 

「にしても、よく造血剤なんて持ってたな」

 

「――――万が一の時のためのものさ。もう作れないんだけどね」

 

「そんな貴重なもんどうして使ったんだよ」

 

「使ってなんぼだよ。それに、今使うべきだと判断したまでさ」

 

 

 シロは空っぽになった瓶を懐に大事そうに仕舞った後、零夜に一言――と、言うより、ルーミア(ニュートン)に目を向けた。

 

 

「なに、その恰好?」

 

「あ……」

 

 

 ずっと忘れていたが、ルーミア(ニュートン)の恰好は、ウラノスとの闘いでボロボロになったまま。女性としての大事な部分だけが隠れている状態だ。

 

 

「その恰好見るに、結構な死闘だったと見える」

 

「実際、かなり危なかったが」

 

「となると、ウォッチを持たせたのは正解だったね」

 

「あ、そうだ。お前、よくも俺のゴーストそのままにしてやがったな」

 

 

 造血剤を飲んだからか、言葉が片語でなくなっていた。

 ペラペラと喋れるようになった零夜は、復活早々シロに愚痴を言った。

 春雪異変の際にそのままにしていたゴースト。シロに回収され、ルーミアの手に渡っていたことを知ったときは愕然としたものだ。

 

 

「あはは。ごめんね。でも、今は彼女……彼……ニュートンの服装をどうにかしないとね」

 

「それでいいよ、もう」

 

 

 体は女で、中身は男。

 どこぞの名探偵を思い浮かべるフレーズだ。今のニュートン(ルーミア)は、男として扱えばいいのか女として扱えばいいのかチンプンカンプンな状態だ。

 だからこそ、固有名詞で呼んだ方が混乱もない。

 

 

「ニュートンの服装か…。確かに、このままじゃ移動に支障ができるな」

 

「あ、それじゃあこういう服装なんてどうかな?」

 

 

 シロは懐から一枚の紙を取り出し、零夜に見せた。

 

 

「これか?まぁ別にいいが…どうせまたボロボロになるかもだぞ?」

 

「まぁまぁ。物は試しってことで」

 

「はぁ…そらよッ」

 

 

 零夜が手を叩くと、ニュートン(ルーミア)の体に纏わりつくように一瞬にして服が生まれた。

 零夜のもう一つの能力、【創造する程度の能力】だ。

 ニュートン(ルーミア)が纏ったのは、いつもとは違う、ボタン付きの白い長袖ブラウスと、その上に着せられた黒いワンピースと言った服装だ。

 いつもの服よりかなり違く、彼女の大きく豊満な胸の大きさがより鮮明になる服装だ。

 

 

「とても可愛らしいデザインだね。前の黒一色のワンピースより、こっちの方が彼女の美しさがより鮮明に――おや?」

 

 

 評価をしている最中、いつもとは何か違う感触をニュートン(ルーミア)は感じた。

 

 

「これは…いつもとなにか違うな」

 

「気づいたか?まぁお前の時代じゃ化学繊維なんてなかっただろうしな」

 

 

 零夜がニュートン(ルーミア)に創った服はルーミアがいつも着用している大人用の大きめな黒の服だが、触り心地が違ったのだ。

 その理由は、『化学繊維』にあった。

 

 化学繊維が初めて作られたのは、1883年だ。

 ニュートンが生まれたのは1642~43年で、生涯を迎えたのは1727年だ。化学繊維を知っているはずがないため、ニュートンの疑問は当然だった。

 この衣服には、ポリエステル繊維が使われており、シワになりにくい。型崩れしにくい。非常に強い。丈夫である。乾きが早いなどの特徴がある。

 

 

「―――とにかく、これで服の問題は解決したね。それで、話は変わるんだけど、いいかな?」

 

 

 その言葉だけ、シロの声色が変わった。

 別に、声質が変わったと言う訳ではない。だが、先ほどより一段と声が低くなったのだ。

 つまり、ただ事ではないということを示唆していた。

 零夜は思わず固唾を飲みこみ、シロの言葉を待った。

 

 

「実は、なんだけど――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに来る際、ウラノスの死体を見つけたんだ」

 

 

 

 

 

 

「「――――ッ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 シロの唐突なカミングアウトは、二人の心情を揺るがすのには、十分な内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回のシロのイメージCV【諏訪部順一】

 回想時イメージCV【速水奨】


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