―――これは、『俺』の過去の出来事。
『俺』はいつも通りに、『主人』に部屋に呼ばれていた。
『主人』が『俺』を呼ぶのはいつも通りだが、いつもとは違っていた。
『■■。どうしたんだ?』
『●●、ようやく来たか』
『俺』の『主人』■■は、『俺』には特別に敬語を使わずに、砕けた口調で喋ることを許可していた。
最初それを聞いたときは「何言ってんだこの人?」と思ったが、今じゃ完全に友達と話す感覚で喋るようになっていた。
とはいえ、この人は『俺』の『主人』であることは忘れてはならない。
そんな『主人』が『俺』を呼び出した理由、今回はなんなのだろうか?
『●●、ここを見てくれ』
『ここ?―――ただの壁だろ。それがどうしたんだ?』
『まぁ確かにただの壁にしか見えねぇが、ここでとあるパスワードを口にするとな―――』
そういい、『主人』は壁に手を当て、何かの言葉を呟くと、今までそこにあったはずの壁が消え、そこには地下に繋がる階段があった。そして、その階段の奥は、ただの暗闇。
なんということだ。こんなものあったのか?奥を見ようとしても、どこまで掘っているのか全く分からない。
それに、こんな大がかりな工事を、一体どうやって誰にも気づかれずに―――?
『■■。これは一体―――?』
『特別な通路だ。この通路を知っているのは、俺を除いてまだお前だけだ』
『何故、そんな重要な情報を『俺』に?』
この道はおそらく、もしも、万が一の際の逃げ道。
そんな重要な情報と場所を、どうして『俺』に教えた?『俺』が、万が一裏切るかもしれないと言う可能性を考えないほど、こいつはバカじゃない。
『お前が、特別だからだ』
『全く理由になっていないぞ。『俺』が裏切るかもしれないとは考えなかったのか?』
『ははは。お前に限ってそれはない。俺はそれを確信している』
『その信頼は嬉しいが、どこからそんな信頼が来るのか……。で、この先は一体どこに繋がってるんだ?』
『それを今からお前に見せる。ついてこい』
そうして、階段を下りた先は、やはり予想通り暗闇だった。
■■は『俺』に光を灯すように命令し、『俺』はその通りに自分の人差し指に光を灯した。
『いやぁ…やっぱりお前の能力は便利だな。毎回ランタンとかの光源を持っていく必要があったから手が塞がって困ってたんだよな』
『『俺』は電球か何かか!ていうか、電球と言えばなんでここには光がないんだ?』
『ここは一応隠し通路。電気なんて通してたらバレる可能性があるだろ』
『まぁ、そうだが……結局、この先はどこに繋がっているんだ?』
『まぁ待て●●。確かにここは隠し通路だが、それは仮の姿に過ぎない』
『仮の姿?』
『ここには、本当の目的があるんだ』
本当の目的?
■■が本当に何を考えているのか分からない。時々何を考えているのか分からない男だが、発想力は確かだ。
今まで誰も考え付かなかった画期的な発明を、こいつはどんどん生み出していった。おかげで、今の月は前以上に発達したのも、また事実。
中でも、〈びでおかめら〉。あれは素晴らしい。
『俺』も愛用している。時間を画面の中に封じ込めて、それを何度も再生することができると言うものだ。兵の訓練にも使用して、良い点や悪い点を第三者視点から見れるから、あれほど良い物はそうそうないだろう。
そして、しばらく歩くと、■■が足を止めた。
『どうした?』
『ここだここだ。少し待ってろ』
■■が壁に手を付け、この通路の道を開けると同じ動作をすると、先ほどと同じように壁が消えた。
―――それと同時に、『俺』の鼻に悪臭が襲い掛かった。
『臭ッ!な、なんだこれは!?』
『あ、すまん。害のある臭いに限定して嗅覚を遮断する薬、お前にまだ飲ませてなかったっけ?』
『そんなの聞いてないぞ!なんだこの臭いは!?発酵食品でも作っているのか!』
『たかが発酵食品のためだけにこんな大がかりな道作る訳ないだろ?』
確かにそうだが、この臭いは異常だ!
さっきは咄嗟に何に例えればいいのか分からない程の臭いで「発酵食品」なんて言ったが、これはせめて例えるなら肥溜めをなんの処置もせず数年間放っておき、その上に人や獣の腐りかけの死骸や腐った食べ物が無数に積み重なっているような悪臭だ!
逆にこれ以上の例えば思いつかねぇほど臭ェ!
『ちょ、マジで臭ぇ!おえぇえええ!!』
『お、おい吐くな!ほら、薬やるから!』
『最初からくれよこのボケ!』
『俺』は■■から薬を貰ってそれをそのまま飲み干す。
すると、先ほどまでの臭いが嘘のように消えた。どうやら薬の効力は本当らしい。
『俺』は武力専門だから、薬学に詳しくないため、こんなものがあるなんて知らなかった。
『よくこんな薬があったな』
『薬物開発班が、強烈な臭いがする薬の対策に、だとよ』
『なるほどな…。それなら納得だ』
薬物開発班は、様々な薬を開発する部門だ。
一日中色んな薬が開発されており、品種改良なんかもやっているらしい。『俺』もあそこに薬にはお世話になっている。
―――ジャラ、ジャラジャラ……
―――ん?
今、なにか聞こえた…?
『おい、今なにか聞こえなかったか?』
この音は、鉄がぶつかり合う……鎖のような音?
音が聞こえるのは、この奥からだ。
そこで、『俺』は今までの状況から、あることが連想できた、いや、してしまった。
隠し扉、隠し通路、隠し部屋、そして鎖の音。ここまで来たら、流石に分かってしまう。この場所が、どのような目的で造られたのかさえも。
『おい、■■……まさか…』
『お、気づいたか。ここはな、監禁部屋だ』
監禁部屋!?
なんて物を作っているんだ、こいつは!?正気か!?
微かに聞こえた鎖の音、つまりはこの奥に誰かが監禁されている。
『■■!なんでこんなことを!?』
『まぁ待て●●。落ち着いて話を聞け』
『落ち着けるワケあるか!監禁なんて、もしそんなのバレたら…!』
■■は名門、『綿月家』の頭首だ。そんな人物が監禁なんて悪行をしていたら、一族は破滅するに決まっている!なのに、どうして―――!?それに、何故それを『俺』にバラした!?
『それに、何故『俺』にそれをバラした…?』
『もちろん、お前には協力者になってもらうためさ』
『協力者!?『俺』を、この監禁事件に!?』
『事件じゃない。よく考えてみろ。ここ最近で、『行方不明者』が出たなんて聞いたか?』
―――■■の言う通り、『俺』は軍部ではかなりの地位に就いている。
もしそんな事件があったら『俺』の耳に届くはずなのに…。まさか、情報規制!?
『情報が流れないようにしてるって思ってるなら、違うぞ。そもそも、俺は『月人』を誘拐なんてしていないからな』
『それは、どういう…―――ッ!』
流石に、ここまでくれば分かった。
■■は『月人』は誘拐していないと言った。つまり、
『●●、この部屋の奥を光で灯して見ろ。そうすれば、全貌が明らかになるぞ』
『――――――』
■■に言われるまま、『俺』は光の玉を部屋の奥へと移動させた。
一体、■■はどうしてこんなことを―――
―――そうか。そういうことだったのか。
確かに、捕まっていたのは、月人じゃなかった。
だが、彼女等は―――。
『大罪人…!?』
『俺』の目に映ったのは、二人の女性。
彼女たちは、この月で禁忌を犯し、そのまま地上へ逃げた大罪人、【八意永琳】と【蓬莱山輝夜】だった。
彼女等は虚ろな目をしていて、動かない。
地上へ逃げたはずのこいつらが、どうして…!?
『■■、どうして、大罪人が…?』
『決まってるだろ。俺が地上に出向いて捕まえたのさ』
『だが、何故ここに!?そして、何故…全裸なのだ!?』
先ほどから気になってはいたが、この二人は全裸のまま頭の上で手を鎖で繋がれ、口には
身動きができない状態。それはつまり、『排泄』ができない。先ほどの悪臭の原因は、これか…。
『彼女たちは大罪人だ。だから、これくらいの羞恥を晒しても別に問題ないだろう?』
『んー…あー…そうかもしれんが…では、なぜ大罪人をここに?上に持っていけばお前は大罪人を捕縛したと言うことで更なる名誉を手に入れることができるだろう?』
『名誉なんてすでに有り余るほど持っている。それに、言って置くが俺は密か日常に行きこいつらを捕縛した。こいつらを見せれば俺が地上に行ったことがバレる。そんなものより、俺は、そんなものよりもっと別なものが欲しい』
『別なもの?』
『それはだな―――』
* * * * * * * *
「れ……や!れい……零夜!!」
「―――あ?」
揺さぶ差れながら、零夜はゆっくりと覚醒した。
揺り籠に揺らされたような、そんな優しい動き―――とは程遠いほどの揺れで、零夜は目覚めた。
先ほどまで、夢を見ていた。いや、あれは夢とは言い難かった。夢と言うよりあれは―――自分の物ではない、他の誰かの物語。
そして、あの●●と呼ばれていた、謎の男。名前を聞くたびに雑音が混じって分からなかったが、あの顔は―――。
「零夜!なにまだ寝ぼけてんのさ!」
シロの喝の入った声で、零夜は完全に覚醒した。今はこんなこと考えている場合ではない。まずは情報収集だ。
零夜は覚醒したその瞳で、目の前の状況を確認した。
目の前にあるのは、移動している地面。なんだこれは?
「ようやく目を覚ましたか!こんな時になにをしてるんだ!」
「―――ルーミア?」
「まだアイザック・ニュートンさ!それより、走れるかい!?」
自身の横から、
移動している地面、そして、
そして、自分の状況も理解した。今シロは、零夜を片腕で抱えて走っている。それが、最初地面を見ることになった最大の理由。
―――何故走っているのだろうと考えた矢先、微かだが声が聞こえた。そして、その声が段々と大きくなっていく。
「待て、侵入者め!」
「今ここで成敗してくれる!!」
顔を上げ、周りの状況も確認した。
今シロたちが走っているのは、一言で言えば城壁の最上階だ。籠城をする際に、兵士が一斉に弓や大砲を撃つ、あの場所だ。
そして、そんな二人を追う大量の兵士。
「なぁ今どういう状況だこれ!?」
「それは後から離す!ていうか重いから降ろすね!」
「うぉッ!?」
シロが零夜を上空に投げると、空中で体制を立て直して着地。
それと同時にシロたちと同じペースで走り出す。
「降ろし方が雑すぎるだろ!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないと思うなァ!」
「それより、零夜くんも目覚めたし、そろそろ作戦を開始しようか!」
「作戦?」
零夜が気絶している間に、なにやら二人で作戦を練っていたようだ。
だが、零夜にはその内容は分からない。
―――そして、とあることに気付いた。一人、足りない。
「そういえば、依姫はどうした!?」
依姫は零夜が抱えていた。そんな自分が気絶したとなれば、他の誰かが背負う必要がある。
だが、今走っているのは三人で、シロの腕にも
「あぁ、彼女なら荷物になるから置いてきた!」
「おい!どうすんだよ敵が増えるだろ!」
「大丈夫!今の彼女はほぼ無力だ!」
地下でのあの出来事。
無数の精神負荷が依姫を襲ったのだ。精神がまともでいられるわけがない。だからこそ、シロは依姫を置いていったのだ。
ほぼ戦力外として、考えたのだろう。
「―――それで、作戦ってのは!?」
「作戦は簡単さ!僕は一足先に乗り込む!だから、零夜とニュートンはここに残って、零夜。ゾンビパニック―――バイオハザードならぬ、アギトハザードを起こしてくれ」
「―――ッ!……了解!
「あぁ!」
零夜の言葉とともに、
「逃げたぞ!」
「兵を二分しろ!」
兵の半分が零夜たちと同じように城壁から飛び降り、零夜たちの跡を追う。
残りの兵士の半分がシロを追い続けようとしたとき、シロは足を止めた。
「観念したか?」
「―――観念?何を勘違いしているのかな?」
それと同時に、シロの目の前にも兵士たちが押し寄せてきた。
そもそも、城壁は円形状だ。ずっと走っていれば必ず周回する。そして、それを見事に突かれ、挟み撃ちにされたのだ。
「強がりを!貴様はすでに包囲されているのだ!逃げた貴様の仲間も、時期に捕まるだろう」
「強がり?違うね。これは余裕と言うんだ。それに、彼らは捕まらないよ。もちろん、僕も」
突如、風が吹き荒れる。
刹那のごとく吹いた風に、困惑する月の兵士たち。
「な、なんだ!?」
「なにが起こっている!?」
「唸れ―――破壊の渦!」
シロが腕を振ると同時に、シロを中心とし、風が、嵐が、暴風が、城壁ごと辺り一帯を抉った。
* * * * * * * *
「追え追え!捕縛するのだ!」
今叫んでいる―――指揮をしているのは、この月の都の防衛隊長の一人だ。
事の始まりは、約一時間ほど前だ。裏の月に侵略者が現れ、都の半分の戦力が投入され、全力で叩き潰しに行ったのが始まりだ。
たかが侵入者に過剰戦力だと思うが、『綿月家』の頭首が、「やるからには全力で叩き潰せ」と言う言葉をフレーズとしているため、このような戦力になった。
これでは月の都の防衛が疎かになると思うが、そのための自分たちなのだ。
それに、この都にはまだ月の二大戦力――『綿月家頭首』と『月の神』がいるのだ。
防衛に、問題はなかった。
そして、今現在。
約五分ほど前に侵略者が月の都に侵入してきたのだ。
地面から突如現れ、確実に隙を突かれたのだ。だが、どうやって地面から侵入できたのだろうか?
地面を掘るにしても、結界があるはずだ。結界に綻びが生じれば、すぐにわかるはずなのに。結界は地面にまで浸透していて、抜かりはなかった。だが、それが覆され、この結果に至った。
(くそッ!ヘプタ・プラネーテスめ…あれだけ粋がったクセに全滅しやがって!)
この男は知っている。外に出たヘプタ・プラネーテスなどの兵士が全滅したことを。
『綿月家』直属の部隊、この男からしたら上司たる存在は、すでに全滅していることを。
特に、ウラノス・カエルム。あの男の強さは十分知っていた。だからこそ、この報告を聞いたときは耳を疑ったものだ。最初は虚偽ではないかと疑ったが、使いと出した数分後、月の都近くで死体が発見された。
岩陰に隠れており、見つけずらかった。
ウラノスの体は痛々しかった。体は真っ二つに切断され、体には所々に傷があった。どうやったらあの無敵野郎を倒せるんだと、畏怖したほどだ。
だが、他の者たち―――兵士階級の者は、まだ知らない。混乱を避けるためだ。この情報は、部隊長レベル以上の階級のものにしか、まだ知られていない。
(
この男から見る豊姫は、一言で言ってしまえば自由奔放。
なにもかも適当で、本当に真面目にやっているのかと思ってしまうほどだ。だが、仕事はちゃんとやるその心意気に、この男は不快に思っていた。「ちゃんと公私を統一しろ」と。
(依姫様は救出できたからいいものの、まさか全滅するとはな…!)
この情報を持ち帰ったのは、依姫率いる
通信機器である程度の情報共有ができるのだが、
情報を持ち返ったのは褒めるべきだが、それはあくまで人間にやることだ。
(楽しんでた最中に、こんなことを…!)
罰と言う名目で、その
この罪は重い。よくよく見れば、侵略者の内一人は女だ。男の脳内に、下種な妄想が展開される。
あの男の前で、あの女を犯すと言う構図だ。そんな下種な妄想をしながらも、男たちは侵略者を追った。
「――――」
すると、二人は逃げる途中で同時に足を止めた。
男は、その行動を降伏したと受け取った。
「降伏する気になったか?今なら、殺さずに帰してやろう」
嘘だ。
男にそんな気ないし、なにより男にそれを決める権限はない。
絶体絶命の状況と言う鞭。甘い言葉で降伏を勧める飴。これぞ、飴と鞭だ。
「―――バカか。わざわざ降伏するわけねぇだろ」
「そういうのは、ウラノスでしっかり勉強したからね」
二人を囲んでいた兵士たちに騒めきが走る。
その原因は、二人からウラノスの名前が出てきたからだ。
ウラノスたちヘプタ・プラネーテスが全滅したことは、まだ兵士たちは知らない。だが、ウラノスで勉強したと言うことはつまり、兵士たちにこういった疑念を抱かせた。
「目の前の二人は、ウラノスから逃げ出すことのできた
流石の兵士たちも、ウラノスがやられたなどは考えなかった。
それが、彼の強さを物語っていた。
「落ち着け!所詮こいつらはウラノス様から逃げた弱者!いくらウラノス様から逃げられようが、疲弊しているはずだ!」
ウラノスが死んだ事実は、まだ言ってはならない。
そんなことを言えば、確実に兵士たちの士気が下がるのは目に見えているのだから。
―――だが、男の懸念は、別の要因にて現実となった。
突如、城壁から暴風が発生し、発生地点から約10メートルを飲みこんだ。
途轍もないほどの轟音と暴風をまき散らしながら立った竜巻の塔は、発生地点を跡形もなく抉り、霧散した後には、そこには文字通りなにも残っていなかった。
建物も、道も、街灯も、壁も、人も、またその肉片も、骨も、なにもかもが消え去った。
「なッ―――!?」
「……派手にやったな、あいつ」
「文字通り、跡形もなく消え去るとはこういうことか」
あの破壊の渦を見て、侵略者二人は平然としていた。
それに、二人の言葉からすれば、あれは彼らの仲間が引き起こしたことだということだ。
その事実が、兵士たちに更なる疑念を持たせた。目の前の人物たちが、もしや強者なのでは?と言う疑問だ。
あれほど強力な力を持っている時点で、目の前の彼らも同じような力を持っている可能性が高い。
「怯むな!我ら月の民が地上人に怯えるなど、あってはならない!」
だが、そんな兵士たちへと、部隊長は喝を入れた。
そして、それに反応したのが、一人の兵士。兵士は気合いを入れ直した。それに同調するように、一人、また一人と連鎖してく。
そして、全員が武器を構えた。
「撃てぇえええええええ!」
男は射撃命令を下した。それに応え、兵士たちが一斉に銃、レーザービーム、大砲などを一斉に発射した。
それは見事に直撃し、爆煙を発生させるほどの威力へと合計された。
「総員!警戒を緩めるな!」
あれで死んだかもしれないし、死ななかったかもしれない。
兵士たちは警戒を緩めず、各々の武器を爆煙の中に向ける。
警戒を緩めない中、一人の兵士が固唾を飲んだ。
―――それと同時に、爆煙が一瞬にして吹き飛び、霧散した。
そこにいたのは、二つの人影。
一人は、女だ。さらりとした金髪を
だが、問題はもう一人の方だ。
もう一人は、先ほどまで全身黒装束の男だったはずだ。
それなのに、今は―――。
『アァアアアア……!!』
今の、あの男の姿は、とても歪だ。
濃い緑色をした体色で、歪で禍々しい
その姿を生物で例えるなら、バッタやイナゴと言った虫類だ。
さらに、顔。常にクラッシャーが開放され歯牙が剥き出しとなっており、口角がやや上向きになっており、醜悪な笑みを浮かべているように見える。
そしてなにより、特徴と言えるべき点が、胸の文字だ。
「2019」の数字と「ΑGITΩ」の文字。
―――そんな姿を、人々は怪物と呼ぶのだ。
「あ、あぁああ…!!」
「ば、化け物だ!!」
月の兵士の、悲痛で、恐怖の叫びが木霊する。
その叫びに答えるように、怪物は咆哮を上げた。そして、その名は―――。
―――アナザーアギト。
* * * * * * * *
零夜は、アナザーアギトへとその身を変化させた。
全身の筋力が、力が、漲ってくるような感覚だ。そんな絶好調な気分で、その紅い複眼で最初に目をつけたのは、一人の何の変哲もないただの兵士だ。
「ひッ…!」
その複眼に捕らえられた兵士の口から、悲鳴が漏れる。
やがて、その体を強張らせ、硬直した。それと同時に、アナザーアギトが兵士にとびかかった。
「うあぁああああ!!」
―――バキッ、ベリッ、バリッ。
不快な捕食音が、兵士の悲鳴とともに響いた。その光景を、誰もが唖然と見ていた。脳が、理解を遅らせているのだ。いや、理解したくないと言うのが現状か。
だが、認めざる負えない。今、仲間は怪物に喰われているのだと。
「そ、そいつから手を離せ!!」
一人、勇敢な兵士が捕食中のアナザーアギトに剣を横に凪った。
それにいち早く気付いたアナザーアギトは、後ろに飛んでその攻撃を避ける。
「大丈夫か!?」
兵士は喰われていた兵士の安否を確認しようと、その兵士の全体を見る。
―――そして、それを見た瞬間、兵士は「えっ…?」と、呆けた声を発した。その次の瞬間、倒れていた兵士が、呆けていた兵士にとびかかったのだ。
「や、やめろぉ!!」
周りの兵士たちは、なにが起きているのか、理解することができなかった。
分かっているのは、先ほどまで襲われていた兵士が、今度は味方を襲っているということだ。
先ほどと全く変わらない捕食音が響き、やがてそれが鳴り止むと、捕食した兵士だけではなく、捕食された兵士さえも、全快しているかのように、立ち上がった。
『アァアアア…!』
『アァアアアッ!』
―――だが、その姿は、全くの別人で。
兵士二人は、アナザーアギトと全く同じ姿になっていたのだ。いや、全く同じ姿と言うのは少し語弊がある。
まず、服装だ。最初のアナザーアギトは全裸同然なのに対し、他の二体は人間の時と同じ服や装備を着用している。
そして、姿。これは分かりにくいが、零夜の変身したアナザーアギトより、微妙に違っているため、判別は難しかった。
「ぞ、増殖しただと…!?」
そして、兵士たちと同じように驚愕している人物が、一人。
部隊長の男だ。驚きの連続で、どこからどう整理していけばいいのか、分からない。
急に侵略者が化け物になったと思ったら、部下が怪物の姿になったのだ。
混乱しないはずがない。
「クソっ!攻撃しろ!」
「た、隊長!?で、ですが…!」
「怪物になってしまった以上、助かるかどうかすら分からん!ここで躊躇っていたら、さらに犠牲者がでるぞ!」
「――ッ!分かりました!」
その言葉を皮切りに、一斉に集中砲火が始まった。
先ほどと同じように、爆煙が漂う。
「攻撃の手を休めるな!攻撃し続け「ギャァー!」なにッ!?」
どこからか、悲鳴が聞こえた。
どこから発せられているのか、確認するが、煙のせいで当たりが見えない。
今、怪物たちを四方八方で取り囲んでいる状態だ。つまり、自分の見えないどこかで、部下が犠牲になってきている。
「ギャァー!」「ウアァーッ!」「助けtゲブッ!」「アァアアア!!」「嫌だ!嫌だ!」「死にたくない!」「化け物になんか成りたくない!」「助けて!助けて!」
「た、隊長…!」
「――――」
煙が視界を遮る中、聴覚だけが、周りの状況を理解できる唯一の判断材料だった。
こうしている合間にも、見えないところで仲間がどんどんと化物に成っていく。どうしたらいい?どうすれば、この状況を抜け出せる?分からない―――。分からない―――。分からない―――。
「あ、ウアァアア!!」
「―――あッ…」
ついに、自身の耳の近くから悲鳴が聞こえた。
ここまで迫ってきている。死にたくない。死にたくない。化物なんかに成りたくない。化物なんかに成りたくない。逃げなければ。逃げなければ―――!
「―――!!」
「た、隊長!ど、どこnって、ああぁああああ!!!」
自分のすぐ後ろから、悲鳴が聞こえた。
逃げたのは正解だった。逃げたから、自分の命がまだここにある。逃げなければ。逃げなければ…―――どこに?どこに逃げればいい?
この都は、
そんな中、どこに逃げればいい?
(決まっている…!宮殿に!宮殿に向かわなければ!)
逃げる先は、宮殿だ。
あそこなら広いしなにより、この都のトップがいる。あそこなら、生き残れる―――!
幸い、男が逃げた方向は、宮殿のある方向だ。このまま、ずっと真っ直ぐ、進んでいけば―――。
『逃がすわけねぇだろ』
「アガッ!?」
だが、突如頭を摑まれ、行動を強制停止される。
地面に顎を強く打ち付けられ、男は悶えた。勢いが強すぎたのか、ぶつけられた際に地面がひび割れ、その威力が伺えた。
なにが起こったと、辛うじて見える視界が、
「あ、ああぁ…!」
『隊長なんだろ?だったら仲良く仲間と俺の仲間になれよ』
「だ、誰がなるか!そ、それに…貴様らは、何がしたい!?」
『安心しろ。もうやりたいことは終わった。あとは―――ここを、破壊するだけだ』
「なッ―――!」
『だから、お前も破壊されろ』
ものすごい握力で体を頭から持ち上げられ、苦し気な声を上げる男。
そんな男を、無慈悲に化け物のいる方向―――後ろへと投げ捨てられた。何かが、大量の手が、自分の体を掴んだ。いやだ、死にたくない。生きていたい。化物なんかに、なりたくな―――、
* * * * * * * *
しばらく時間が経ち、場所は先ほど三人で走っていた城壁のテッペンだ。
そこにいる二人の人影。
「―――見るも無残な惨劇だな」
そう、金髪の美女が呟く。
その言葉に、隣にいる緑色の怪物が答えた。
『バイオハザードならぬ、アギトハザードとはよく言ったものだ』
「その、『ばいおはざーど』って言うのは知らないが、この光景を見る限り、碌でもないものであるのは確かだ」
『実際そうだろ』
二人の瞳に映る光景は、都に広がっていく、アナザーアギトの集団。
先ほどまでの落ち着いた、雰囲気はどこへやら。建物には火が、そしてそれが燃え広がり、地上では無数の叫び声、悲鳴、恐怖の声。
ここに住んでいる一般市民たちは、思いもしなかっただろう。
ゲームのバイオハザードも、現実では決して起きてほしくないものだ。
日常が、幸せな日常が、失われていくと言うのは、とても心苦しいことなのだから。
「君は、こんなことして、心は痛まないのかい?」
『―――過去に戻って、すべて解決すれば、いいだけの話だ』
「なるほど。それがこの凶行に走れた理由か」
金髪の美女―――
事実、
だが、その行為に走れたもの、過去を変えるから、と言うのが理由らしい。
「―――私は、君のやり方に極力口出しはしないが、すべてうまくいくとは、私には思えないな」
『――――』
「君だって、分かっているはずだ。もしこのまま何事もなく終われたとしても、過去で失敗してしまえばすべてが終わる。それを、君は分かっているのかい?」
『―――だったら、失敗しなければいい』
「そこが一番の問題なんだ。何事も必ず失敗はある。現に私もよく知らないが今回のヘプタ・プラネーテスや前回のレイラなどのイレギュラーがあるはずだ。それにウラノスやシロからの証言でこの月の都にも仮面ライダーがいるのは確実じゃないか」
そこの月にはまだイレギュラーである朧月と謎の仮面ライダーがいるのだ。
朧月の能力やその仮面ライダーの謎がまだ分かっていない時点で零夜の言っている事はとてもじゃないが肯定することはできない。
『確かにそうだ。だが!潰すことには変わりねぇ…!』
「零夜くん。一旦落ち着いてくれ。確かにあれを見た後じゃ、精神が不安定なのもわかる。だけど、今はあの惨劇を繰り返さないために、やっているんじゃないのかい…!?」
『――――』
地下で見た、輝夜と永琳の残状。
あれをなかったことにしたい。あんなことが起きないように、何とかしなければ。
結果に全てを繋げろ。結果のために踏ん張れ。
それが、悪人としての本領―――。
「零夜!!」
「落ち着け!いつもの君らしくない!君はもっと冷静に物事を判断できる人間だろう!?話した時間が一日もない私でも分かる!君は、優しい人間だ」
『いいや。この手はすでに血で汚れている。その時点で優しいもクソもねぇ。俺は人を殺した時点で、あいつらと同じクズに成り下がっている。そんな人間が、優しいだと?』
「確かにそうだ!だが、今の君は目的と焦りのあまり、いくつも大事なことが頭から抜け落ちている!そんな状態で、この先やっていけるとは思えない…!」
『黙れ!ぽっと出のお前に、なにが分かる!』
「少なくとも、私は――――」
―――都に、一筋の光が降り注ぐ。
地面に直撃した瞬間、光は爆発し、運悪くそこに放浪していたアナザーアギトの一体に直撃した。その一撃でアナザーアギトは倒れ、もとの人間の姿に戻った。
「なッ…!?」
『なにが―――!?』
完全に、ど忘れしていた。
ここが、敵の本拠地であることを。口論していたせいで、周りへの注意が行き届いていなかった。
そして、あの光は確実な攻撃だ。
二人が上を見ると、先ほどと同じような無数の薄紫色の光の筋が、空から降り注いでいた。
「伏せろッ、零夜!」
斥力が壁となり、光を跳ね除けるが、周りは別だ。都全体に光の雨が降り注いだ。光の雨は爆煙と轟音を響わたらせ、一瞬にして終わった。
『一体、なにが―――!?』
アナザーアギトが下を見る。
そこには、アナザーアギト化から解放され、横たわってる月の民たちがいた。
こうして、アギトハザードは予期せぬ事態によって早急に終わりを告げた。
いや、今重要なのはそこではない。
問題は、あの光の雨はなんなのか、だ。
『一体、なにが起きた!?』
月の兵器の一種か?確かに技術が進歩している月ならば、こういったことは可能だろうが、それでも月の都全土にまで行き渡らせるほどの兵器が、この月には存在しているのか?
様々な疑問が飛び交う中、二人の耳に、足音が響いた。
「誰か、来る―――!」
この足音は、今二人の立っている場所の隣から聞こえる。
やがて、足音が大きくなっていくと同時に、人影が見えてきた。だが、二人はその人影に違和感を覚えた。
煙が全貌を遮る中、近づいてきたことによって、ようやくその全貌を露わにした。
―――そして、その違和感の正体も、分かったのだ。
「―――子供?」
そう。その正体は、子供だ。10歳くらいの、小さな少年。
綺麗な黒髪と、綺麗な透き通るほどの黄色い瞳に、上質な服を取りそろえた高貴な生まれのような恰好をしている美少年。その手には、子供が持つには大きすぎるような、変な形をした紫色のラインが入った、黒い弓。
その子供が、その瞳でアナザーアギトと、子供の表情が歪んだ。正確には、憎悪に濁った瞳で、殺意を込めてアナザーアギトを睨んでいるのだ。
この子供は、一体何者か?何故自分を睨んでいるのか、今の
「お前だな……」
そんなとき、ついに少年が言葉を発した。
子供特有の、甲高い声。それでも、憎悪の表情は変わらない。
「お前が、『お母さん』を殺したんだな!!」
『―――は?』
突然のことに、アナザーアギトの思考が止まる。
今、この少年は、自分の母親を、殺したと言って、アナザーアギトを憎んでいるのだ。
だが、零夜には女を殺した覚えなどない。兵士は全員男だし、なにより玉兎は一人も殺していない。強いて言うなら――――、
『ッ!』
いいや、一人いた。
確実に、自分の手で殺した、女性が一人―――。
『おい…お前の、母親の名前は、なんだ?』
「―――綿月豊姫だ!!」
少年のカミングアウトにより、すべてがつながった。
確かに彼女は『原作設定』状、豊姫には息子がいる。そして、それが目の前の少年―――。
『つまりは、復讐か…』
「そうだ!お母さんの仇は、僕が取る!」
少年は弓を投げ捨て、懐からとあるものを取り出した。
それは10歳の少年の手からすれば大きなもので、黄、銀、黒の三色の色と、細かな細工が施されている、小型のナニカ。
それを、少年は腰に巻き、ベルトが装着される。
『ベルト…!?』
その正体が、ベルトだと理解し、驚愕を露わにするアナザーアギト。
装着した後、再び懐から、ピンク色のデバイスを取り出し、ボタンを押す。
ピンク色のデバイスからそう音が鳴り、ドライバーにセットする。それと同時に、ドライバーについている小さなランプが赤く点滅し、警告音のようなものが流れる。
「変身!」
レバーを引っ張ると、装填したデバイスが開く。
ベルトから巨大な銀色の鳥が現れ、少年の周りを浮遊し、鳥が少年を包み込むように翼を閉じた。
鳥が霧散し、少年の姿かたちが変貌する。
全身ピンクの姿で、
そしてなにより、少年の身長が変わっていた。先ほどまで、その見た目通りの小学生程度の身長しかなかったと言うのに、今は大人程の身長へと変化している。
零夜は知らない。
その見た目を。あのベルトを。あのデバイスを。あの変身方法を。あの、ライダーを。
すべてが謎に満ちた、謎のライダー。
だが、一つ分かったことがある。ウラノスを殺したライダーは、鳥のライダーだ。そして、目の前のライダーは、その条件とピッタリマッチしていた。
ウラノスを殺したライダーは、目の前のこいつだ。
『お前は…何者だ!?』
『僕の名前は綿月
そう、無月―――迅は、憎しみを込めた声で、叫んだ。
―――憎しみと復讐の戦いが、今ここに、始まる。
ゼロワンライダー登場だ・Z!
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