東方悪正記~悪の仮面の執行者~   作:龍狐

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―――なんか最後グダグダ感がある感じがしますけど、暖かい目で見てください。

 それでは、どうぞ。



41 ――『命令』する※

「クソっ!クソッ!くそっ!」

 

 

 零夜は、悪態をつきながら走る。月の地面を、駆ける。

 助けられてしまった、それだけでも、自分が無力だと言う事実が零夜の心に容赦なく突き刺さってくる。

 

 

「どうして俺は、こんな肝心な時に役立たずなんだよ…!」

 

 

自分の無力さに後悔し、自分を追い込む。

 そうでもしないと、こんな自分を保てない。

 

 

「―――ッ、ルーミアッ!」

 

 

 走って、走って、走って、地面で血だらけで倒れているルーミアを見つけた。

 すぐに駆け寄り、体を起こした。

 

 

「う、ぅう…零、夜…?」

 

「起きれるか?」

 

「ご、ごめん…。まだ、回復、しきって、ない」

 

「じっとしてろ」

 

 

 ルーミアの体を起こし、肩車をして背負う。

 零夜の服に、彼女の血が滲む。妖怪の彼女ですら、あれだけ時間が経っても完治していないなど、臘月の攻撃がどれほど強力だったのかが頷ける。

 

 ルーミアを背負い、再び地面を駆ける。

 

 

「ごめん、ね…。役立たずで…」

 

「―――それは、俺にも言えることだ」

 

「どういう……―――あれ、シロ、は…?」

 

 

 意識が朦朧としているであろう中でも、シロがいないことに気付いたようだ。

 

 

「シロは……、俺に代わって、臘月の相手をしてる」

 

「そっか……。あいつか。アイツ、態度は、気に食わないけど、強いから…、任せても、大丈夫、だよね」

 

「―――――」

 

 

 本当に恨めしい。

 無力な自分も、一人ですべてあの強敵たちを相手すると言ったシロも。何故あそこで否定して、一緒に戦わなかったのだろうかと、今も後悔している。

 だが、答えは決まっている。己が、無力だから、弱いから。ただの足手まといにしかならないから。

 

 

「とりあえず、月夜見の部屋に行くぞ…!」

 

 

 あそこにはまだ月夜見と依姫がいる。

 見捨てるのも目覚めが悪い。それに、まだ彼女の願いを果たしていない。依姫の―――『臘月を討つ』と言う、願いを。

 どうしてここまで同情できるのか。普段なら捨て置くところだ。だが―――今の依姫は『昔の自分』と、似ているから。なにもできない自分でも、なにかしようとしているところが、似ているから。

 

 そうこうしているうちに、月夜見の部屋につく。

 ここを離れる時、月夜見は床に、依姫は壁に激突し伏していた。あれから大分時間が経っているため、出血多量で死んでいてもおかしくはない。

 早く、速く、はやくしなければ―――。

 

 

「ッ!誰ですか!?」

 

 

 そのとき、誰かの声が零夜の耳に響いた。この声は、女性だ―――少女だ。

 零夜の目に入ったのは、下半身だけの少女―――いや、上半身が影に隠れて見えないだけだ。

 少女の下半身は、細い脚に丸い尻尾が飛び出た、白のプリーツスカートに加え、黒のニーソックスを履いている。

 少女はしばらく零夜とルーミアを見ると、ハッとしたように。

 

 

「まさか、依姫様と月夜見様の命を…!させませんよ!」

 

 

 早とちりか、それとも余裕がないのか、少女は高速で零夜に近づき、零夜の腹に拳を叩き込んだ。

 

 

「――――ッ、触れられない…!?」

 

 

 が、その拳が零夜を傷つけることはなかった。

 半透明のエネルギー膜が、零夜を守ったのだ。これは、逃げる直前シロが零夜に纏わせたバリアだ。

 

 影で隠れていた、少女の上半身が露わになる。

 水色のショートヘアに、ロップイヤーのうさみみ。服装は白いワイシャツと紺のジャケットに赤いネクタイを着用している少女だった。

 零夜は、この少女が【依姫】同様見たことが、ある。

 

 

「お前は……!」

 

「ッ…」

 

 

 この少女の名は、【レイセン】。

 【鈴仙】が月から逃げたあとに、【レイセン】と名付けられた少女、二代目レイセンだ。

 

 レイセン、と呼ぶべきなのだろうが、呼べない。

 この世界では、レイセンは玉兎を本物の奴隷にしたまさに玉兎たちにとっての大悪党。

 そんな玉兎の名前を、依姫がわざわざつけるはずがない。

 

 といっても、そもそも【レイセン】と言う名がつけられたのは地上へ逃亡した際の罰だ。こんな状態で、玉兎が逃げるようなアイテムなど玉兎の近くにあるはずがない。

 つまり、ただの【レイセン】はただの玉兎だ。

 

 

「ど、どうすれば…」

 

「落ち着きなさい!その人は……味方、です」

 

「依姫様!?」

 

 

 物陰から、依姫の声が聞こえた。

 懐中電灯を創り、照らす。そこには、全身を包帯に巻かれた依姫と月夜見がいた。

 

 

「懐中電灯…」

 

「知ってるのか?」

 

「はい、臘月が提案した日用品です」

 

 

 どうでもいいが、どうやら臘月はここでも現代知識チートを活用していたようだ。本当にどうでもいいが。

 

 

「それにしても、まさか、これをお前が…」

 

「はい。私が手当てしました。―――ていうか、その人は!?」

 

「あぁ、こいつも怪我人だ。手当てできるか?」

 

「任せてください」

 

 

 ルーミアを降ろすと、『玉兎』が包帯や消毒液を取り出し、手当てを始めた。

 零夜は依姫の方を振り向き、

 

 

「動けるか?」

 

「申し訳ないです…。臘月の攻撃が、まだ体内で……」

 

「チッ、どうなってんだアイツの『権能』はよ!こっちの攻撃が全部無効化される!」

 

「それに、ついては、私も、分かりません。それに、私が攻撃を受けた際の痛みが、今だに、衰える、ことなく…」

 

 

 依姫は常に苦しそうな顔をしていた。

 そして、それは隣の月夜見も同じだ。特に月夜見の状態が酷すぎる。腹に風穴が空いたのだ。無事でいられるはずがない。

 まだ、月夜見に意識はない。

 

 

「―――とりあえず、俺も応急処置をする。痛むが、我慢しろ」

 

「は、はい…ウグッ!」

 

 

 痛みで顔を歪ませ、腹を抑えた。額からは脂汗が出ている。大量の体力を消耗している。

 それだけじゃない、抑えた腹から、血が滲み出ている。

 

 

「依姫様!?あなた、一体依姫様になにを!?」

 

「傷を塞いだだけだ。これで、出血することはない」

 

「今ので…?そんなことあるわけないじゃないですか!」

 

 

 『玉兎』が血だらけの包帯を解く。それと同時に、『玉兎』は目を見開いた。

 

 

「傷が…塞がっている…!?」

 

「俺の能力だ。これで、大丈夫だろう」

 

 

 零夜の『繋ぎ離す程度の能力』で、依姫の傷を塞いだのだ。だが、無理やり閉じるので、今のような激痛が発生する。

 『能力』も万能ではない。そのことを痛感する。

 だが、これで自分のやれることはやった。

 

 

「――――」

 

 

 あと、残っている心残りがある。

 八人目の『ヘプタ・プラネーテス』の『零番』/『圭太』の事だ。

 だが、これは聞かなくとも分かっている。臘月は『圭太』のことをウラノスや無月にすら話してなかったと言っていた。

 つまり、『零番』は隠し玉。切り札だった。そんなものを依姫に伝えているはずがない。だから、彼女に聞いても無意味だ。

 

 ならば、あとやることは一つだけ。

 

 

 

地球(ほし)の本棚」

 

 

 

 地球の、データベースへと進入する。

 

 

『―――だが、何故、シロはこの場所で、月のことを調べろと…?』

 

 

 常に()()の情報が更新されるこの空間は、その名の通り地球の情報しか知ることができない。月の情報を知ることは不可能だ。

 

 

『とりあえず、ギリシャ語とローマ語……この二つを調べてみるか』

 

 

 二つの文字を検索すると、壮絶の勢いで本と本棚が減っていく。

 が、まだかなりの数の本がある。

 

 

『まぁ検索範囲が広すぎるからな……。で、問題は『月の都』だ。シロがこんな杜撰な間違いするはずねぇし、……もしかして、月の都で関することを調べろってか?』

 

 

 ギリシャ語とローマ語は、言ってしまえば外国語だ。

 月の都で触れた、外国語―――、

 

 

『ヘプタ・プラネーテスしか、ねぇ』

 

 

 ヘプタ・プラネーテスしか存在しない。よく考えてみれば、この月の都では日本神話が主流だ。偵察などで知る機会などはあるだろうが、それでも月の民にとっては「なんだそれ?」と思うものばかりだろう。

 

 それに、『名前』だ。月の都では日本的な名前しかない。それだと言うのに、外国語で統一されている名前があるなど、不自然すぎる。何故最初に気づけなかったのだろうか。

 

 

『これが、ギリシャ語とローマ語だっとすれば…―――キーワード、【ヘプタ・プラネーテス】』

 

 

 これが、見事にビンゴ。

 二冊の本が零夜の前に現れ、その内の一冊を手に取り、読む。

 その本の内容は―――。

 

『ギリシャ語 ヘプタ 日本語 

 

 

 もう一冊を手に取り、読む。

 

 

『ギリシャ語 プラネーテース 日本語 惑星

 

 

『ヘプタ・プラネーテス―――七つの惑星…』

 

 

 ヘプタ・プラネーテス、その意味はギリシャ語で『七つの惑星』だった。

 『ヘプタ』の意味は数字の『7』。『プラネーテース』の意味は『惑星』だ。

 『プラネーテース』が『プラネーテス』になったのは語呂の問題だろうか?だが、そんなことは些細な問題だ。

 

 『惑星』の種類は太陽系に絞れば『8』だ。『水星』『金星』『地球』『火星』『木星』『土星』『天王星』『海王星』の八つ。

 当初はただのエレメントなどと思っていた。が、『海』や『天』などがあるのはおかしいと思っていた。だが、それが惑星なら、説明がつく。

 

 プロクス・フランマが『火星』、ヒュードル・アクアが『水星』、タラッタ・マルが『海王星』、デンドロン・アルボルが『木星』、クリューソス・アウルムが『金星』、アンモス・サブルムが『土星』、ウラノス・カエルムが『天王星』。―――そして、『圭太』が『地球』。

 

 シロがヘプタ・プラネーテスを知ってから、8人いることを予想出来ていたのは、これを知っていたからだったのか。

 確かに、『地球』だけがいないのはおかしい。が、今知ったところで後の祭りだ。

 

 依姫に聞いても無意味。臘月は『地』の存在はウラノスや無月にすら言っていなかったと言っていた。調子に乗った人間は本音を喋りやすい。だから、あれは本当だと思っていいだろう。

 

 ちなみに、他のヘプタ・プラネーテスのことを調べてみたら、名前がギリシャ語で、苗字がローマ語だった。

 

 プロクス・フランマが『炎』、ヒュードル・アクアが『水』、タラッタ・マルが『海』、デンドロン・アルボルが『木』、クリューソス・アウルムが『金』、アンモス・サブルムが『砂』、ウラノス・カエルムが『天』だった。

 

 かなりバラバラだ。語呂の問題だろうか?

 

 

『だが、この鎖国にも等しい月の都で、外国語が取り入れられるはずがない。こいつらの名付け親は、間違いなく、臘月』

 

 

 臘月にもギリシャ語とローマ語の知識があったために、この名前を付けることができたのだろう。

 だが、何故わざわざ外国語で統一する必要があったのだろうか、それだけが謎だ。もっと、調べようと世界の奥底へ―――、

 

 

「起きてください!」

 

「ッ!」

 

 

 が、その前に『玉兎』によって、たたき起こされた。

 一体何ごとかと声を上げようとしたが、目の前の状況を見た瞬間、固まった。

 

 

「ウグッ…!!アグッ…!」

 

「ハァ……ハァ…!!」

 

 

 依姫とルーミアが、息を荒げていた。

 額から脂汗が尋常じゃないほど垂れていき、確実に体力が失われていた。

 

 

「ど、どういうことだ!?」

 

「わかりません!急に、苦しみだして…!」

 

 

 ルーミアはともかく、依姫は先ほど応急処置をしたはずだ。

 それだと言うのに、この苦しみ様は異常だ。

 

 『玉兎』が依姫の包帯を取り外す。―――依姫の傷口が、再び広がっていた。

 

 

「傷が、広がっている…!?」

 

「ッ、あり得ねぇ!さっき傷口は閉じたはずだぞ!?―――こっちは!」

 

 

 ルーミアの傷も見てみたが、今だに出血が止まる予兆がない。

 傷が、一向に癒えていない。

 

 咄嗟に、あることを考え依姫に向かって叫んだ。

 

 

「おい、回復できるような神はいないのか!?」

 

「それ、が……。どれだけ、呼びかけて、も……、反応、して、くれない、んで、す…」

 

「なに…!?」

 

「この状況、前にも、あり、ました…。シロ……彼と、戦ったとき、も同じ、ような、こと、が……」

 

「シロが?」

 

 

 シロと戦った際にも、神が応答しなかった。そして、今も同じようなことが起きているというのだ。

 なにか、不審な点がある。

 

 今、異常が起きているのは、『神』だ。

 そして、同じ『神』である月夜見も、似たようなことを言っていた。

 

―――謎の拘束力。

 

 今回も、それが作用しているのではないのだろうか。

 月夜見はその拘束力が邪魔をして部屋から出ることができなかった。だが、零夜たちが侵入した辺りで、その拘束が解けた。

 つまりは、なにかしら関係がある。そう考えるしかない。

 

 そもそも、月夜見が力を失ったのは、臘月が『命令』したからで――――、

 

 

「―――『命令』?」

 

 

 そうだ、『命令』だ。

 月夜見は―――いや、『神』と言う種族そのものが、『命令』されて動くことができないのだとしたら―――?

 月夜見と現時点での八百万の神々は臘月に『命令』され、シロと戦った際の八百万の神々は、シロに『命令』されていたとすれば、いくらかの辻褄が、合う。

 

 かく言う零夜も、宮殿に入った辺りから、月夜見の存在を懸念していた。

 自分の、月夜見に対する強い思念が、どんな形に変換されたか知らないが、『命令』となり月夜見を臘月の『命令』の呪縛から解き放ったのではないだろうか。

 

 よく考えれば、零夜が『喋るな』と『命令』したら、月夜見は案外あっさり素直に受け入れた。あれは、『命令』されていたからだったのか。

 

 

「―――って、その理屈じゃ、俺も神に『命令』できるのか…?」

 

 

 臘月、シロ、零夜。この三人が、神に対して『命令』できた理由。三人の共通点を考えれば、一つしかない。それは、『転生者』であることだ。

 だが、それだといくつか疑問が生まれる。『転生』と言うのは神の力を使って行うものだ。わざわざ、神が自分達への命令権をくれるだろうか?

 零夜を転生させた神が、一体どんな神だったのか、あの時聞いておくべきだった。正体が分かれば、少しはこの疑問が解けたと思うから。

 

 

「いや、待て……。まだ、ある。共通点が、まだ一つ…!」

 

 

 まだ、あった。『転生者』以外の、三人の共通点が。

 それは、『権能』だ。まだ理解不明の謎の単語。しかし、この『権能』が『転生者』に関係あることは確かだ。臘月も、シロも、『権能』を保持していると考えて間違いないだろう。

 それも同じ理屈で考えれば、零夜も『権能』を持っていることになる。

 

 

(まだ『権能』と『転生者』がどんな関係を持っているのかすら分からねぇ。『転生者』限定の力なのか…だとすれば、俺のは『能力』じゃなくて『権能』?一体、『権能』ってのは――――)

 

「ちょっと!こっちを手伝ってください!」

 

 

 ある程度の情報がまとまったところで、『玉兎』から大声で叫ばれる。

 そうだった、今は緊急事態。ボーッとしている暇はない。

 

 

「……一か、八かだ」

 

「なにを言って―――」

 

 

 零夜は大きく息を吸って、虚空に向かって叫んだ。

 

 

「八百万の神ども!!俺が『命令』する!力を貸せ!皆を、治してくれ!

 

 

 自分の推測が正しければ、伝わるはずだ。そして、できるはずだ。

 月夜見が臘月の『命令』を無視して部屋を出れたのは、『命令』が上書きされたからだではないだろうか。

 

 だとすれば、できるはずだ。命令の上書きが。

 臘月の『力を貸すな』と言う『命令』を、『力を貸せ』で塗りつぶす。

 

 そして―――。

 

 

―――その言葉を、待っていた。

 

 

 そう、幻聴のようなものが聞こえた。

 それと同時に、月夜見の部屋を、金色の光が包み込んだ。

 

 

「これは…一体…!」

 

「どうやら、当たってたようだな、俺の、憶測は…」

 

 

 体が温かい、それだけじゃない。体の底から力が湧いてくるようだ。この光が原因だろうか。

 ルーミア、依姫、月夜見の顔色が良くなっている。

 

 

「これは……宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢ)様の、力…」

 

「よく弱っている状態でそんな噛みそうな名前言えるな…。まぁ回復している証拠か」

 

 

 宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢ)。活力を司る神様だ。

 人や妖怪、神が本来持っている治癒力を活力で高め、癒しているのだろう。

 

 

「どうだ、傷の方は?」

 

「―――幾分か、楽に、なりました…」

 

「そうか。―――だったら、俺は行く」

 

「だ、駄目…」

 

 

 ゆっくりと立ちあがり、部屋を出て行こうとするところを、一人の少女の声が止めた。

 声の主は、ルーミアだった。ルーミアはゆっくりと上半身を起こし、涙目で零夜を見た。

 

 

「―――行っちゃ、駄目…」

 

「止めるな。この光のおかげで、ある程度は回復した。だから、行くだけだ」

 

「勝算は、あるんですか?」

 

 

 依姫から当然の疑問が降りかかってくる。確かに、あの『無敵』の力を破るためには、更なる力が必要だ。

 

 

「奥の手は、まだ残してある」

 

「それでも、駄目…!私知ってるから、その力使ったら、零夜がとても苦しむって…!」

 

「力の代償だ。あって当然だろ。それに、俺が死んだら、お前は自由だぞ?」

 

 

 冗談交じりでそう言った。死ぬつもりはさらさらないが、自分が死ねばルーミアが自由になるのもまた事実。あの、三人しかいない世界から、解放されるのだ。

 また、いつもの彼女の日常に戻れるのだ。

 

 

「嫌!!そんなの嫌!」

 

 

 だが、彼女から轟いた声は、拒絶。

 零夜が死ぬことを、否定したのだ。

 

 

「……どうしてだ?お前は俺が勝手に連れてきた言わば被害者。なんで加害者の俺が死ぬことが駄目なんだ?もし俺が死ねば、お前は千年前の日常に―――」

 

「私の!!私の日常は!もう変わったから!暖かい毛布で寝て、あなたに無理やり起こされて、一緒にご飯食べて、寝てって!そんな日常が、私は好きになったの!だから、これはもう私の日常!」

 

「―――――」

 

 

 彼女の叫び―――本音に、零夜は一瞬呆気に取られる。

 なにを言っているんだ、こいつは?自分から自由を奪った相手との日常が、自分の好きな日常になっているなんて、バカバカしいにもほどがある。

 

 普通ならなにか言うところだ。だが、何故零夜はなにも言えなかった。

 

 

「でも、どうしても、行くって言うなら、私も連れてって」

 

 

 その理由は、彼女の瞳にあった。彼女の眼は、燃え盛るような炎が存在した。

 彼女は本気だ。今の叫びも、この願いも、すべて本気で言って、願っている。

 

 

「今度は、足手まといになるつもりはないから。お願い、私も連れてって」

 

「―――お前も、つくづくバカだな。……ただし、足手まといになったら切り捨てるからな」

 

「それでも、構わない」

 

 

 あっさりとキッパリ答えた彼女に、一瞬呆気に取られるも、すぐに真顔に戻る。

 零夜はルーミアに近づき、彼女に手を差し伸べる。

 

 

「ほら、起きろ。あいつが……シロが危ない」

 

 

 何故危ないとわかるのか、それは零夜自身に分からない。強いて言うなら、()だ。

 

 ルーミアは零夜の手を取り、起き上がる。

 まだ、彼女の体も回復しきっていない。長くここから離れるのも危険だが、彼女は妖怪だ。回復力も、人間の倍以上あるために、依姫ほどの心配はない。

 

――――が、

 

 シロだけではなく、彼女を、ルーミアを『捕虜』ではなく『仲間』として見ているのかもしれない。つくづく、自分も変わったものだと、零夜は思う。

 

 

「零夜、素朴な疑問なんだけど、どうしてシロが危ないって分かるの?」

 

「そりゃあ、アイツが『猛毒剣毒牙』の『特性』に……ッ!?」

 

「―――?」

 

 

 咄嗟に口を詰むんだ。今、自分はなんて言った?

 『猛毒剣毒牙』?その『特性』?『猛毒剣毒牙』なんて単語、初めて聞いた上に、初めて聞いたその剣の『特性』など分かるはずもない。

 

 だったら、今なんで自分は分かっている(てい)で答えた?

 そもそも、さっきのシロが危ないと言うのも、『勘』とは言ったが『勘』とは確証のない、言わば直感だ。

 そんな確実性のない現象を、何故今この場で答えた?

 

 

(――いや、そんなこと今考えている場合じゃねぇ!すぐにでも向かわねぇと)

 

 

 零夜は頭の中を完全に切り替え、すぐにでもシロのもとへ向かうことへと全意識を集中した。

 

 

「それじゃあ、行く「ちょっと待ってください。私を、忘れていませんか?」」

 

 

 ―――そのとき、依姫が割って入った。

 そうだ、まだ、彼女の願いがあった。

 

 

「臘月を、私が討ちます。忘れて、いませんよね?」

 

「あぁ、もちろんだ。臘月ぶっ殺して、必ず生きて帰ってくる」

 

「えぇ。今のやり取り、決して無駄にはさせません。あなたを、絶対に生きて帰らせます。目的が、一つ増えましたね」

 

「よ、依姫様…?」

 

 

 『玉兎』は、気づいた。依姫が、遠回しに『臘月を討ち違えてでも殺す』と言う、決意を。そして、それは零夜もルーミアも分かっていた。

 『玉兎』からすれば、依姫は唯一の救いだった。奴隷として扱われている中でも、彼女だけが、唯一今までずっと今までの態度で接してくれた。

 そんな彼女が、『死んでくる』と言えば、少女はどんな気持ちを胸に抱くのか。

 

 

「依姫様……」

 

「――――」

 

「必ず、生きて、帰ってきて、ください」

 

「――――あぁ、必ず、帰ってこよう」

 

 

 何故、どうして、そこに『生きて』が入っていないのですか。『玉兎』はそう叫びたくなる衝動に駆られたくなる。でも、彼女が、自らの意思で決めたのだ。

 自分に、それを止める術はない。

 

 

「行くぞ!!」

 

「えぇ!!」

 

「はい!!」

 

 

 三人は光から飛び出し――――目の前に出現した、灰色の(モヤ)のような物の中に、消えた。

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「どうじ、で……おば、えが、ご、こ、に…!?」

 

「単純明確ですよ。あなたの首を、()りに来ました」

 

 

 臘月は、声帯を貫かれながらも、ガラガラ声で喋るその声は、誰もが分かるような殺意が籠っていた。

 

 

「ま、だ……じょう、げぎ、が、残っで、いだ、ばず…!?」

 

「えぇ、自分でも不思議でありません。つい先ほどまで、激痛が私の体に残っていました。ですが、それが先ほど消えました」

 

「ぞんな、ばず…がぁあああああ!!!」

 

 

 臘月が、獣のように叫ぶ。

 その理由は、二つ。一つは怒りだ。依姫の体に残っていたはずの激痛が、途端に消えたこと。それは、【仮面ライダーベノム】の能力が関係していた。

 ベノムの『権能の弱体化』が、遠距離に居た依姫の激痛を消し去ったのだと、臘月が理解したから。

 

 そしてもう一つは、激痛だ。

 喉を貫いていた依姫の刀が灼熱の炎に包まれ、臘月の喉を焼いたのだ。

 声にならない声が、響く。

 

 

「――――!」

 

「今まで、一度も届かなかったこの刃。ようやく、届けることができた。お前に―――死を!」

 

 

 依姫の言葉を皮切りに、腹を貫いていた二人の刃が、黒く、赤黒く、輝く。

 

 

ブラッドオレンジスカッシュ!

 

 

 二対の刃が、腹を裂き、鮮血を飛び散らせる。

 

 

「――――――ッ!」

 

 

「アァアアアアアアア!!!」

 

 

 刃が右へ入り、鮮血が飛び散り、再び、左へ―――。

―――首が、飛んだ。

 

 

 力をなくした胴体は、事切れたように、ドサッ、と音を立てて、倒れる。

 同時に、小さな世界が、完全に終わりを告げた。

 

 変身を解除した零夜は、臘月の死体を見た後、違う方向を向いた。

 三人の目に映るのは、世界から出てきた、二人の影。

 地面に尻もちをつけている血塗れの白装束の男性が、血濡れ布切れを着用している白髪の男性をギュッと、力強く抱きしめていた。

 

 

「―――――シロ…」

 

「―――――」

 

 

 白装束の男性は、白髪の男性を抱きしめたまま、ジッと動かない。

 ルーミアも、いつもとは違うシロの様子に、なにも言えずにいた。

 

 

「彼は……?」

 

「そっと、しといてやってくれ。俺にも、詳しい事情は分からない。だが、そっとしておいてくれ」

 

 

 零夜は何度も聞いて、見た。『零番』に対し、何度も『圭太』と悲痛な声で叫んでいた、訴えかけていたシロを。

 『圭太』とシロに、親密な関係があったのは確かだ。だが、それ以上のことを聞くのは、無粋でしかない。

 

 

「そう、ですか……。―――」

 

 

 突如、依姫が、横に倒れた。

 それに気づいた二人が、すぐさま駆け寄った。

 

 

「おい、どうした!?」

 

「簡単、な…話、です…」

 

 

 零夜が依姫の手首に触れると―――冷たかった。

 この冷たさは、ほぼ、死人に等しい。

 

 

「血を…流し、すぎました…」

 

「零夜!どうにか、どうにかできないの!?」

 

「――――駄目だ、俺の能力は、回復系じゃない」

 

 

 どっちにしろ、回復したとしても血の不足はそう補えるものではない。

 造血剤、アレなら依姫を救えるかもしれないが、今は手元にない。ルーミアがシロから渡されたのも、アレ一つだけ。

 

 

「―――いいん、です。私は、もう、人生に悔いはありません」

 

「――――」

 

「最後に、一つ……聞かせて、ください。あなたたちは、なにが、したいんですか?」

 

 

 一瞬肝を抜かれるが、依姫はつまり、こういっているのだ。

 「零夜たちは、なにが目的なのか」。月の事情にここまで関わり、事実上月の都を壊滅させた理由を、知りたがっている。

 

 彼女とは、短い時間だったが、世話になった。

 だからこそ、彼は―――。

 

 

「―――俺たちは、これから、過去に行く。そこで、救ってやるよ。八意永琳も、蓬莱山輝夜も、お前も、お前の姉も、月夜見も、玉兎たちも。―――臘月から、解放する」

 

「ははは…過去、ですか…。それは、随分と、スケールの、大きい、話ですね…」

 

 

 依姫は肯定こそしなかったが、否定もしなかった。 

 普通、過去へ行くなどとても信じられる話ではないが、彼女は信じたのだろう。それが本当だったら、また、楽しい毎日が、過ごせるのではないかと言う、淡い期待を。

 

 

「それでしたら、お願い、します。過去の私は、頭が固いから、気を付けてくださいね…」

 

「言われなくても、そうするさ」

 

「最後に、玉兎たちに、ごめん、そう、お伝えください」

 

「―――――あぁ」

 

 

 その言葉を皮切りに、依姫の瞼が徐々に下がっていき……力が、抜ける。

 手に触れる。冷たい。

 頬に触れる。なにも感じない。

 脈を触る。動かない。

 

 

――――綿月依姫 死亡。

 

 

 零夜は依姫の体を起こし、肩回りと膝関節を持って担いだ。

 二人は立ち上がり、今だに動かないシロを見据えた後、再びオーロラカーテンの中へと消えた。

 

 

「――――」

 

 

 そして、誰もいなくなり、残ったのは、一人の生者と亡者だけ。

 『圭太』の亡骸を抱え、シロの見えない瞳から、一滴の水滴が流れた。それを始まりに、ぽつぽつと、『圭太』の色が悪くなった顔を、濡らしていった。

 

 

 

 

「―――『圭太』、ごめん。()()()()()()()()()…!」

 

 

 

 シロは、擦れた声で、死体に懺悔した。

 

 

 




 次回で【東方永夜抄?】は終わりの予定です。

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