強いて言えば、それだけです。
それでは、どうぞ。
――三年前。
それは、ジメジメと雨が降り注ぐ日だった。
「ゴホッ、ゴホッ」
「師匠、大丈夫ですか?」
「あぁ……問題ない。ゴホッ」
俺と師匠は洞窟の中で休憩を取っていた――と、言うより、師匠が体調を崩してしまい、その療養をするための休憩だ。
「師匠、やっぱりダメです。安静にしていてください」
「そういう訳にはいかん。ゴホッ。この程度、どうだってこと…ゴホッゴホッ!!」
咳が荒くなった師匠を、俺はすぐに看病した。
おでこを触るが、熱かった。体温がここまで高くなるなんて、明らかな異常だ。これは、確実に病気だ。
俺達妖怪は人間よりは体が強いから、病気にかかりにくいが、かかるときはかかるようだ。
「無理をして酷くなったら元も子もありません!お願いですから安静にしていてください!」
「……と、言ってもな…この程度、少し寝れば治る…」
「とりあえず、今日の食糧調達は俺に任せて、師匠は安静にしていてください」
「おい、紅夜!」
そう言って、俺は雨が降る中を飛び出した。
師匠の叫びが聞こえるが、こればかりは無視だ。そもそも、師匠は修行をするときは厳しいのに通常運転で過保護すぎるのだ。俺だって、この森の動物や見境なしに襲ってくる妖怪なら、難なく倒せるから、別に余計な心配はする必要ない。
「……と言っても、この雨じゃ動物たちは見つけづらいし、あるのは木の実やキノコくらいか…」
この雨だから仕方ないし、山菜などの発見も、この雨じゃ見込めなさそうだ。
俺は雨に濡れながらも、岩で作った器にある程度の食糧を集めていく。
「よし、とりあえず師匠の元に――」
その時、俺は足元が、疎かになっていた。器で足元が見えなかったのと、急いでいたのも一つの要因だった。
俺は、地面に浮き出ていた木の根っこに足を引っかけて、そのまま横転した。
「いてッ!」
俺は痛みに悶絶し、小さな悲鳴を上げた。しかし、それは不幸の始まりにしか過ぎなかった。
転んだ衝撃で、持っていた岩の器が遠くへと飛んでいき、器が近くにあった池の中に落ちていってしまった。
「あ…ッ!」
雨の中、しかも池に落ちてしまった以上、取りに行くのは不可能だ。タダでさえ雨で体温が低下していると言うのに、池なんかに潜ったら、間違いなく死ぬ。
中身は惜しいが、また取ればいいだけの話だ。
「仕方ない…もう一度取ってきて……ん?」
そのとき、池の中から、「ボコボコ…」と泡が大量に出てきた。
何事かと思い、そのまま見ていると――、
「な…ッ!」
絶句した。
なにせ、そこから出てきたのは、魚の顔をした人のような妖怪だった。それも、一匹だけじゃない。二匹、三匹と、ゾロゾロと湧いて出てきた。
彼らはこの池に住み着いていた妖怪だった。あの岩の器が投げ込まれたことを、攻撃と勘違いしていたのかもしれない。
「あの、急に岩を投げ込んですみませんでし――」
咄嗟に謝った瞬間、俺の頭の前に、風が切られていくのを感じた。両腕を重ね合わせて咄嗟に防御の体制取る。
その瞬間、腕に強烈な衝撃と痛みが炸裂し、後方に吹き飛ばされ、木に背中が激突した。
「グフ…ッ!」
問答無用で、相手は攻撃してきた。対話の意思はないと言うことだろうか。
―――いや、違う。あの妖怪には、なかった。『対話の意思』どころか、『対話の知能』すら有してなかった。
その証拠に、魚顔の妖怪たちはヨダレを垂らし、言葉にもならない言葉を叫び、まるで獲物を見つけたかのように歯を鳴らしている。
大抵の妖怪は知能がなく、知能がある妖怪は一部のみ。俺と師匠がその例に該当する。
そして、知能のない妖怪は本能で人間に襲い掛かり、その血肉を喰らう。
しかし、目の前の魚顔の妖怪たちは、それどころじゃない。同じ妖怪ですら、獲物としてしか見ていなかった。
俺は即座に戦闘体勢に入る。
一刻も早く、師匠の元へ戻らなくてはならないから。
「はぁああ!!」
刀を抜刀し、跳躍する。妖怪の首めがけて刃を振るう。
しかし、近くにいた仲間が、俺の刃を拳で掴んだ。
「なッ!?」
その驚きを他所に、俺の刃を受けとめた妖怪が肥大化した拳で、俺を殴った。
「――ッ!」
言葉も上げられず、吹き飛ばされた。
空中で何度もバランスを取り、なんとか着地できた。
――しかし、今ので理解できた。
「あの妖怪たち、連携が得意なのか…!?」
理不尽だと思った。言葉すら話すことのできない知能しか持っていないのに、連携が出来るなんてどういいうことだ。矛盾の塊のような存在だった。
「―――」
俺は空を見上げる。天候すらあいつらの味方をしていた。あの妖怪は魚型の妖怪。皮膚の乾燥に弱いはずだ。しかしながら、今は雨が降っていて、あいつらは皮膚の乾燥を気にする必要などない。
それに、この雨は徐々に俺の体から体温を奪ってきている。その証拠に、刀を掴む手の力が弱まり、
(こんなことしている場合じゃない。すぐにでも師匠の元に戻らないと!)
能力を使用して、無数の石柱を作り、奴らを閉じ込める。
これで、少しでも足止めを――、
バコンっ!!
「―――ッ!」
壁が、破壊された。足止めにすらならなかった。
妖怪たちは、閉じ込められたことにいら立ったのか、俺に対して威嚇してくる。
だが、すでに威嚇程度じゃすまないところまで来ているのだ。
「くっ!」
今度は周りの石で大量の石礫を作って、発射する。
今度は直撃した。しかし、肥大化しているあの体にはあまり効いている様子はない。だがしかし、それでいい。
地面を踏み込んで、妖怪たちの隣を疾走する。
別に、倒す必要などない。敵が有利な環境で戦う必要は皆無だ。それに、今一番大事なのは目の前の敵を倒すことではない。師匠の元へ行くこと――!?
「な…ッ、これは…!?」
その時、俺の右脚に何かが絡まり、そのまま勢いよく転んでしまった。なにかと思い後ろを振り返ると、その正体は、奴らの舌だった。
カエルのように長い舌を俺の脚に巻き付けて、固定していた。まさかこんなこともできるなんて…!
「うおっ!」
そのまま舌を戻して、俺を引き寄せる。刃を奴の舌を斬ろうとするも、硬すぎて刃が通らない。
本当に最悪だ!俺を引き寄せた妖怪は仲間たちと共に拳を突き出し、俺をさらに遠くに吹き飛ばした。
「―――ガハッ」
吐血した。口の中が、血の味と匂いで充満する。
それに、腹が痛い。非常に痛い。骨が折れているようなほどの激痛だ。引っ張られた衝撃と放たれた拳の反動が、決め手になったようだ。
(どうする…!?今すぐ逃げれば間に合うか?幸いにも遠くに吹っ飛ばされたから、今逃げれば十分時間は――「いつっ!」
その時、今度は足に激痛が走った。その足は、奴の舌が絡んだ足――右足だった。
まさか、あの時、圧力ですでに骨にヒビが…!?
自己再生するにしても、時間が掛かりすぎる。その間にも、アイツらは来るだろう。
―――どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする…
―――どうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたら…
模索する。考える。今できる、最善の回答を。
俺が生きて、あいつらの目を掻い潜って、無事に師匠のもとへたどり着く方法は―――、
――。
―――。
――――。
―――――。
ない。そんな方法、いくら探しても、存在しなかった。
俺がもっと強ければ、師匠みたいに強ければ、話は別だったのかもしれない。だが、俺には師匠の様な力はない。師匠のような、妖怪と言う枠から超えたような存在じゃない。
師匠だったらあの妖怪なんて一撃で倒せていただろう。だが、俺は師匠じゃない。だから、今の俺じゃあいつらには勝てない。
「……いや、違う。勝てる勝てないの問題じゃない。やるんだ」
いくら考えても出てこない答えを、いつまでも考えている暇などない。それに、逃げるより、戦って勝った方が、何倍もマシだ。
それに、よく考えれば、もし逃げたとしても追ってきてしまったら、体調不良の師匠と鉢合わせる羽目になる。それだけはなんとしてでも阻止したい。
「―――」
自身の能力で怪我をした右足を岩で包んで固定する。その時に少し痛みはあるが、それでも何もないよりは断然いい。
「―――」
「ゴロォオオオ…」
妖怪たちが、今になって現れた。
冷静になって考えるんだ。数は……全部で五匹。連携が厄介だが、それだけだ。一匹ずつ、確実に仕留めれば、勝機は、ある!
「俺は、早く師匠の元に帰らなきゃならない……そのためにも、お前らは……邪魔だ」
「―――?」
幻聴だろうか?全く知らない女性の声が聞こえたような気がした。しかし、この周りには目の前の五匹の妖怪たちと俺しかいない。
怪我による幻聴としか思えない。幻聴なんて、聞いている暇は――、
「―――ッ!」
これは…幻聴などない。確実に、俺の頭の中に声が響いてきている。なんなんだこれは?
ッ、そうだ。今はこんな声よりも、目の前の敵のことを考えなくては。
妖怪たちは、何故か俺を威嚇したまま攻撃してこない、チャンスを狙っているのだろうか?いや、知能がないのにそんなことは…
どういう訳か、謎の声が俺の疑問を解消してくれた。
あいつらが、俺の気迫に怯えている?俺より強いのに?
イルカ?それがそんな生き物なのかは分からないが、とりあえずあいつらには音だけで情報を共有できる手段があるってことか?
だが、それでもそれを理解できるようには――
あり得ないってことは分かったけど、どこからそんな情報を?
それだけ黙秘?なんなんだこの声は一体?あれだけ流暢に説明しておいて、情報の出所だけ話さないなんて怪しすぎる。
だが、それでもあの妖怪たちの情報をくれたのは感謝すべきだ。それが本当か嘘かなんてもうどうでもいい。とにかく、今はあれを倒すのが先決だ。
「はっ?俺の妖力の使用許可?なんでまた?」
あまりにも突発的すぎて、声に出してしまった。なんで、俺の妖力なんかを…?
――妖力で、そんなことができるのか?
師匠にはそんなことは一回も教わっていない。つまり、これは師匠すらもできないことなのか?
未熟…事実だけど、心が痛む。よく考えれば、師匠は常に妖力を纏っていた。それは妖怪であるが故のだと思っていた。だけど、あれは身体強化の修練だったのか。
だけど、師匠ですら難しいのに、俺なんかに出来るわけが…
「…そうか。だったら、使用許可、だすよ。調整は、任せた…!」
『ウォクス』のその声と同時に、俺の体に紫紺の気が流れていき、俺の体の細部にまでわたっていく。
心なしか、本当に身体能力が向上しているように感じる。
「試させてもらうぞ…!」
妖怪めがけて、跳躍する。――その時、俺は自身の跳躍力に驚愕した。
いつもの倍以上飛んだのだ。身体能力が向上すると言っても、まさかここまでとは――!
相手側も、俺の能力向上に驚いたようで、反応が遅れていた。これを逃す理由はない!
そのまま首めがけて、刃を振るう。するとどうだろう、あれほど苦戦した妖怪の首が、飛んでいくのを俺は見た。
そのまま着地して、周りを見る。
他の四体はすぐに反応して、俺を囲むように移動していた。
「―――」
まさか、ここまで能力が向上しているなんて、思いも寄らなかった。
後、四体。
『ウォクス』の警告に即座に反応し、右後ろに向けて妖力を纏った拳を振るった。
――妖怪の頭が、爆散する。
すごい、こんなにも簡単に…!
そんなこともできるのか?もちろんだ。
その威力、見せてみろ!
俺は地面に手を付けて、当たり一帯に石柱を地面から複数の突き出し、攻撃した。
突出した柱により、一匹の体を突き抜け、そのまま絶命させた。そしてもう一匹は突出した柱に絡まり、身動きが取れなくなっていた。
岩を破壊しようと何度も殴るも、その岩はびくともしなかった。さっきは、一撃で破壊されていたと言うのに、耐久力が上がっている!
そうだ。残るは三匹だったのに、一匹いない。逃げたのか?それならそれでいい。
とりあえず、捕縛しているこいつだけは確実に仕留める。
「はぁッ!」
首と、血しぶきが舞う。
まさか、あそこまで苦戦した敵を、ここまであっさり倒せるなんて、思いもしなかった。妖力を纏うだけで、こんなにも――、
「え―――ッ」
その時、俺の右腕に見慣れたヌメヌメとした何かが巻き付かれた。
それは、舌だった。その舌の出所は――逃した残り一匹の奴の舌だった。
「くッ!」
完全にやられた。逃げたと思っていたのが慢心だった!
こんなことを考えている合間にも奴はその長い舌で俺を引き寄せようとしている。幸い、妖力を纏っているおかげで腕や脚の力が強化されたことでさっきみたいに引っ張られることも骨にヒビが入ることもない。
しかし、問題は奴の舌の強度だ。俺の刃と実力じゃ、奴の舌を斬ることは――待てよ?
「『ウォクス』!刃にも妖力を纏わせることはできるか!?」
「頼む!」
その時、妖力が腕から手に、そして持っていた刀に伝って行き、刃が紫紺の気に包まれる。
そのまま刀を舌に向けて振るって――斬った。
「グギャァアアア!!」
奴の汚い絶叫が響く。あれほど硬かった奴の舌が、普通の肉を切るかの如く斬ることができるなんて、何度体験しても驚きしかない。
そして、この好機を逃がす手はない。奴が苦しんでいる間に、俺は飛んで、脳天めがけて刃を突き刺した。
奴が絶叫を上げる。まだ、生きている。死ぬまで、攻撃し続ける!
「グガァアアアアアア!!」
何度も拳を振るい、奴の皮膚に、肉、骨に、何度も傷を与えた。夢中になって、何度も、何度も、何度も……。
「―――」
ピタッ、と。俺の手が止まる。『ウォクス』の言う通り、敵はもう絶命しており、既に死んでいた。
俺は濡れた地面に尻もちを搗き、ため息をついた。
「はぁ~~……終わった…ありがとう『ウォクス』。おかげで助かった」
「え、俺の能力?俺の能力は岩を操ることだけだ、それ以外にある訳――」
「―――そ、そうなのか?じゃあ、俺のもう一つの能力って…?」
「――え?」
繊細?どういうことだろうか?単純に考えれば、繊細な動きが出来る能力?なんだか微妙な能力だな…。
そんなんだったら日常生活で気付けるわけがないか…
繊細な動き、繊細な考え、繊細な操作―――あ。
「繊細な操作ってまさか…妖力操作のことか?」
じゃあつまり、その能力を使えば難しいことも楽に出来るようになるって考えでいいのか?
それは当たり前のことだ。努力を怠るつもりはない。と言うか、そんなことしたら師匠に殺される!
「――俺の能力でそこまでできるようになったって言ってるけど、普通は出来ないのか?」
なるほど。俺の『繊細』の能力で『ウォクス』が進化して、ここまでのことができるようになったってことなのか…?
あれ、と、いうことは他にも『ウォクス』の声を聞こえる人がいるってことじゃ…
「『ウォクス』。俺以外にも『ウォクス』の声が聞こえる奴がいるのか?」
なんか、歯切れが悪いな。黙秘するんじゃんくて、開示できない、か。
黙秘と開示不可の違いが分からないけど、とりあえず今は保留でいいか。
「え…あー!!」
そうだった!こんなことをしている場合じゃない!すぐに師匠の元に戻らないと!
そうして、俺は雨が降り注ぐ中、自分の体のことすら気にせず、師匠のいる場所へと走っていった――。
* * * * * * * *
「―――って言うのが、俺が『ウォクス』の声が聞こえるようになった経緯です」
「――まず、一言言わせてくれ。……ライラも風邪ひくんだな」
「って、そこですか!?」
冗談のつもりで言ったつもりが、紅夜には真面目に受け止められ、驚愕の声が響く。
いや正直に言えば、あの体自体がチート野郎と言っても差し支えない『権能』保持者であるライラが風邪をひくなど思いも寄らなかった。
「でもまぁ、その『風邪』と言う症状のことも、『ウォクス』のおかげで対処できたんです。本当に、彼女には感謝しかありません」
「そ、そうか…」
――と、まぁそんな雑談はそれくらにして。
「その…『ウォクス』だっけか?女の声を発する、『神の声』。しかし、なんで最初に『ウォクス』って言わなかったんだ?名前があるなんら、正体を濁さずに言うと思ってたんだが…」
「あの時はまだ確証がありませんでしたから、黙っていたんです。黙っていて、すみません」
「いや…もう過ぎたことだ。気にしてない」
謝る紅夜を、自制する零夜。これに関しては、紅夜に非はない。よくよく考えれば、敵に成りうる可能性を持つ相手に、情報を秘匿するのは当たり前のことだ。
これは、完全にこちらの思慮不足だ。
「その『ウォクス』の声は、今も聞こえるのか?」
「はい。『ウォクス』は今も僕に語り掛けてきています」
「――そうか」
今までの話を纏めてみると、共通している点は、『窮地』に至っていると言うところだった。
零夜はルーミアや依姫が死にかけている所を、無我夢中で『命令』した際に、一回のみ。しかし紅夜は、目の前の敵を殲滅せしめんとしているときに『神の声』が聞こえるようになった。しかも、『声』は継続して聞こえているようだ。
この違いは、一体何なのか。
(……『ウォクス』……言い換えると、ラテン語で『声』。随分と安直なネーミングだ。得られる情報が、名前からは何一つねぇ)
月で『ヘプタ・プラネーテス』の人員の名前の由来が、『惑星』であったことから、『ウォクス』の名も何かの言い換えではないかと踏んだ零夜は、話の途中に『地球の本棚』に飛んで、情報を得た。
『ウォクス』はラテン語で『声』。安直過ぎてこの名をつけた奴は随分とテキトーなのだと思った。
「俺とお前の違いは、一体なんなんだろうな。お前は継続して聞けているのに、俺は一回きりだ。その違いこそが、『条件』なんなんだろうな」
紅夜が『ウォクス』の声を聞いた際に彼女が発した、『条件を達成』と言う言葉。自身の時はそんな言葉言われなかったのに、紅夜の時だけ言われていた。話を聞いた対象が紅夜だけな以上、確定は難しいが。
一体、ウォクスの声が聞こえるための『条件』とは一体なんなのだろうか?
「考えうる可能性は、『窮地』に至って事だけなんだけどな…」
唯一共通している点は、そこだけだ。逆に、それ以外は見当たらない。
なら、もう一度窮地に追いやられてみるか?いや、それは危険すぎてあまり実行できることではない。
「……どうやら、あまり俺の話は役に立たなかったようですね。すみません」
「いや、そんなことはない。ヒントは得られた。十分な情報だと、俺は思うぞ」
「そうですか?ありがとうございます」
お礼をしてくる紅夜。……このやり取りは何回目だろうか?もう何度も行っているため、彼には悪いが正直ウザい。いや、謝られない方がよっぽどムカつくため、この考えは完全に自己中だ。
感情のコントロールは、本当に難しい。
「それにしても、その『妖力纏い』、岩にも適応できるんだな」
「はい。体にやるわけじゃないから、幾分か楽なんです」
「お前と戦った時も、それで岩の耐久力を上げていたってわけか」
「そうですね。おかげで壊れにくくなりましたよ」
親善試合として戦った際、ライジングタイタンソードの力でも壊れなかった岩だ。妖力を纏うだけで、耐久力はかなり上がるようだ。
そして、それに気づかれない工夫も、彼独自のものだった。
「力の流れすらも隠す『隠蔽』の能力。いや、才能と言うべきか?いや、もう『能力』レベルだから……」
「どちらでも構いませんよ。でも確かに、『隠蔽』は能力ともいうべきなんですが、『隠蔽』は、能力と言う枠に当てはめるべきじゃない…そう思うんです」
「……なんでだ?」
「それは俺にもわかりません。だけど、そうしちゃいけないって、思うんです」
「―――」
理由は分からないが、紅夜は本能的に『隠蔽』を『能力』と言う枠にカテゴライズすることを拒否しているようだ。
別に『能力』でも構わないと思うのだが、分からないことだらけだ。
ただ一つ、可能性があるとすれば『権能』だが、紅夜はまだその境地に至っていないために、除外した。
「――じゃあ次に、お前の能力…もう一つ、あったんだな」
「黙っていてすみません。あまり地味で目立たない能力なので、言う必要はないかなって…」
「いや、かなり有用な能力だと思うぞ?実際に、その能力のおかげで、『ウォクス』を進化できたんだろ?」
「はい。……本当に地味だけど、この能力には感謝しかありません」
あまりにも地味で、『ウォクス』に言われるまで気づくことすらなかった、『繊細』の能力。言葉だけでは地味に聞こえるが、この能力のおかげで、ウォクスは進化して、妖力を纏うと言うライラでも難しい難関な技術を行うことが出来ているのだ。
(纏う技術か…俺も霊力でやったな…)
実際にこの技術は、千年間で、何度か試したことがある。
結果は、と言うと――、
「俺も霊力でそれをやったことがあるんだが、意外と難しかった。身体強化ってこの世界じゃ難しいんだな」
苦々しい思い出だ。単純に霊力を腕に纏ってみたら、腕が一か所に集めた霊力に耐えられなくなって、内出血を起こしたことがある。
あの方法なら、微調整して安全に行うより強力な一撃を放てるだろうが、その代わり腕がイカれる。治療にとても苦労した思い出だ。
それを可能にするこの世界のキャラクター、【聖白蓮】はとてつもなくすごいと思う。ただ、かなり先の話になるが。
「通常の異世界ファンタジーものじゃ、こういうのって簡単に描かれてるんだけどな…この世界だと、勝手が違うみてぇだ」
「異世界ファンタジーもの?」
「あぁ、こっちの話だ」
ちなみに、異世界ファンタジーでセオリーな魔力を使っての身体強化をやろうと思ったが、零夜は自身の力では魔法を使えない。使える魔法は【ウィザード】系のだけだ。
魔法を習得しているわけでもないので、魔法が使えないのは自明の理だが、それでも異世界ファンタジーのセオリーみたくならなかったのは、痛い思い出だ。
しかしよく考えれば、あれは魔法陣などでうまく調整されたものであり、普及しているものを使っているために安全にコントロールできると言う
そんなものがないこの世界で、魔力や霊力をうまく扱えないのも、仕方がないことかもしれない。
「まぁ……とりあえず、時間取らせて悪かったな。そろそろ寝てくれて構わない」
「そう言う訳にはいきません。師匠がいない今、見張りなしはダメです」
「それもそうか…。でも、夜更かしは体に悪い。途中で起こせ。後半は俺が見張りをしてやる」
「ありがとうございます。お言葉に甘えされていただきます」
零夜は寝ているルーミアと妹紅の隣に座り、そのまま瞼を閉じて――、
「あ、そうだ。最後に言いたいことがあったんでした」
紅夜の声で、瞼を閉じるのはやめた。
「なんだ?急に?」
「……師匠に、ウォクスのこと話したって、言ってましたよね」
「あぁ。つっても、ウォクスなんて名前があったことは初耳だったがな」
「……師匠が返ってきたら、ウォクスのことを打ち明けようと思うんです」
「―――」
来た。いつかは来るであろうと思っていたことが、案外早くに来た。いや、むしろこの速さでちょうどいい。
紅夜が疑っているときに、素直にライラが『
「お二人のおかげで、師匠がウォクスのことを知りました。これを機に、話してみることにします」
「あぁ、俺も、それでいいと思ってるぞ。あいつの驚く顔が、目に浮かぶ」
そうは言うが、ライラは紅夜が既に『ウォクス』の声が聞こえていることはすでに知っているだろう。
『声』が聞こえると言うこと、すなわち『権能』覚醒の兆しと言うゾーンに今、紅夜はいるのだから。
完全に覚醒しているライラが、気づいていないはずがない。
それでも、それは言わない。
「ははっ、俺もです。……お時間、取ってすみませんでした。おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言い、零夜はゆっくりと、瞼を閉じた―――。
どうでしたか?
『ウォクス』――ラテン語で『声』。自分でも安直だなと思ってます。
ちなみに、ライラもちゃんと風邪は引きます。だって、生き物だもの。
紅夜はウォクスのことをライラに打ち明けようとしました。
しかし、ライラはすでにそのことを知っているでしょう。なにせ、『権能』覚醒者は他の覚醒者の気配を読み取ることができるから。
そして、微力ながらも零夜からもその気配をシロが読み取ることができたのは、『声』を既に一度聞いているから。
つまり、何度も聞いている紅夜の隠し事を、ライラが気づいていないはずがない――。
どうなる、次回!
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