東方悪正記~悪の仮面の執行者~   作:龍狐

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※ 空真の性格変貌の時期がおかしいことに気付いたシーンの追加。


63 さぁ、開戦の(トキ)だ※

―――三年後。

 夜の都近くの森にて。美しく光る満月を見る影が、複数。

 

 

「ついに…この日が来たか」

 

 

 数ヶ月前、かぐや姫が突然の告白をした。

 なんでも、自分が月の人であり次の満月に迎えが来て帰らなければならないと告げたのだ。

 帝もこの事を知り、かぐや姫を帰すまいと兵士を遣わした。

 

 だが、月の民たちに地上の兵士が太刀打ちできるわけがない。焼け石に水と言うのが関の山だ。

 

 しかし――、それはこの時代の人間からしたら、のことだ。

 未来人である零夜たちには、それは通じない。

 

 零夜は後ろに居るシロを見る。シロは、岩に座りこんで月をゆったりと見ていた。

 

 

「緊張してるねぇ。もう少し肩の力抜いたらどう?」

 

「逆に難でお前はそこまで脱力できんだ。これから大きな戦いが起こるってのに、ゆるふわしすぎだろ」

 

「強者の余裕って奴だよ。ほら、僕この中じゃ一番強いし」

 

「唐突な上から目線やめろ」

 

 

 確かにこの中ではシロが一番強い。かといって上から目線はムカつく。

 

 

「でもまぁ、零夜の言うことも一理あるしぃ、僕も動きますか」

 

「最初からそうしろ」

 

「ははっ、そう言えば、妹紅ちゃんは大丈夫だったっけ?」

 

「守りの力使ったお前が言っちゃおしまいだろそれ」

 

 

 ちなみに妹紅は戦う力がないため、シロの権能で身を守っている状態で、人気のないところに隠れて貰っている。

 そして、ルーミアたちは、それぞれの配置についている。

 

 

「それじゃあ行こうか。皆のところに」

 

 

 そうして、二人は夜の都に向けて駆けだす。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 かぐや姫――蓬莱山輝夜は緊張する。固唾を飲みこみ、汗を垂れ流す。

 彼女の目線には満月。もうすぐ、あそこから迎えがくる。

 

 

(ついたら永琳と一緒に逃亡する。大丈夫、永琳なら、私の言う事絶対に聞いてくれる。そして、残りのお迎えは―――ウッ)

 

 

 想像しただけでも吐き気がする。計画には聞かされているが、いざ目の前にするとなると、とてもじゃないが耐えられる予想ができない。吐く、絶対吐く。もしくは吐きかける。

 ある程度の配慮はしてくれるらしいが、それでも不安だ。

 

 

「でも、もう決まってしまった以上覚悟を決めるしかない…頑張るのよ、私!」

 

 

―――そんなときだった。

 

 

「来たぞー!」

 

 

 一人の兵士がそう叫ぶ。

 月を見あげると、そこには豪華絢爛な牛車(ぎゅうしゃ)らしき物体が、月からやってきていた。

 

 

「迎え撃てー!」

 

 

 兵士たちが一斉に矢を放つが、飛距離などもあって全く当たらない。

 すると、牛車から光る光線が放たれ、兵士たちの体を貫き、赤い液体が飛び散っていく。その様を、輝夜は出来るだけ見ないようにした。

 

 そして、兵士たちの抵抗虚しく、牛車は輝夜の前へと降り立った。

 そこから出てくる複数の男女。

 後頭部のシミヨンキャップ1つと中華風の鎧を身に着けている男たち。

 

 その中でも特に目立ったのは、上の服は右が赤で左が青、スカートは上の服の左右逆の配色袖はフリルの付いた半袖と言う左右で色の分かれる特殊な配色の服を着ている銀髪の女性だ。

 

 

「――永琳

 

「姫様…」

 

 

 そう、この女性こそ、輝夜の信頼する人物、【八意永琳】である。

 二人は互いの目を見合い、再会を享受した。

 

 だが、男たちは空気を読まず、ただ職務を全うし、その感動の再開を遮る。

 

 

「罪人、蓬莱山輝夜。贖罪の時は終わった。月へ帰還する。さぁ、乗れ」

 

「嫌よ」

 

「……何?」

 

 

 その男は一気に不快の感情を顔に出した。そして、それは他の迎えの男たちも同じ表情をした。

 

 

「なんのために罪を犯したと思ってるの?月から逃げるためよ。私は、もう二度と月に帰らない」

 

「勝手なことを!」

 

「それをあんたたちに言われる筋合いはないわ。……お願い、永琳。私と一緒に来て」

 

「―――」

 

 

 輝夜の問いかけに、輝夜と男たちの視線が、永琳に集中する。永琳からは見えない、輝夜だけが見れる男たちの視線。それは、「裏切らないよな?裏切ったらどうなるか分かるな?」と言う意思表示のように見えた。事実、そうなのだろう。

 

 そして、永琳は背中に背負った弓矢を取り出し、それを輝夜に向けた。

 

 

「―――ッ!!」

 

「フッ、月の頭脳が、月を裏切るわけないだろう。浅はかだったな、罪人。少し交流があった程度で、お前のような我儘女の言うことなど、聞くわk――」

 

 

 男の言葉が、遮られる。その理由は、銀髪の女性―――永琳だ。

 永琳は咄嗟に後ろを振り向き、その矢で男の脳天を貫いた。男は後ろに倒れ、その体からは血が流れる。

 

 

「永琳!」

 

 

 彼女の行動に、輝夜は喜んだ。やっぱり、永琳は私の味方をしてくれるのだと、歓喜した。

 が、真逆に男たちは驚愕した。裏切るはずのなかった人物が、裏切ったから。

 

 

「なッ!?」

 

「貴様ッ!何をしたか分かっているのか!?」

 

「分かってなかったら、こんなことしないわ。私は、姫様と共に行く」

 

「――と、言う訳よ。私たちは、地上に留まるわ」

 

 

 輝夜と永琳の明確な意思表示に、男たちは憤慨する。

 

 

「ふざけるな!こうなれば、貴様らを無理やり連れ戻してやる!」

 

「いくら月の頭脳でも、この数を相手には勝てまい?」

 

「お前等は不老不死だからな、多少痛めつけても問題ないだろう」

 

 

 男たちはライトセイバーのような武器を取り出し、輝夜達に向ける。

 だがしかし、これは多勢に無勢と言う現状だ。いくら数で優っていても――質で負けている。

 

 

 

「確かに、数だけならあなたたちの方が上ね」

 

「なんだ、今更怖気づいたか?だが貴様らを痛めつけることは変わらん!」

 

「違うわよ。でもまぁ、いいわ。どうせこの場で死ぬ奴等に言っても無駄でしょうから」

 

「貴様――ッ!」

 

 

 その時、男たちの地面が、漆黒の底なし沼へと変化した。男たちは足がはまり、抜け出せなくなった。

 

 

「う、うわぁ!」

 

「な、なんだ!?」

 

「抜け出せない!?おのれ罪人!一体なにをした!?」

 

「姫様…これは一体なんですか?」

 

 

 この謎の状況に、永琳ですら困惑している。実際、この状況を説明できる人物は、この中では輝夜だけだ。

 

 

「見ていれば分かるわ」

 

 

 その瞬間、二つの影が永琳と輝夜の間を通り抜けた。影が男たちの間に入ると同時に、影と男たちを囲むように岩のドームが形成される。

 

 

「これは…ッ!?」

 

 

「うわぁー!」

 

「あぁあー!!」

 

 

 ドームの奥から聞こえてくる、断末魔。その他にも、肉を斬り裂く音、殴打する音が鈍く響く。

 中で何が起きているのか、想像に難くなかった。

 

 謎の現象を目の前に硬直する永琳と、事情を知っているが故に内面を冷静に取り繕う輝夜。

 そして、断末魔が聞こえなくなったとき、岩のドームが消失し、中でなにが起こっていたのかの説明が、景色だけで行われていた。

 

 

「――――」

 

『――――』

 

 

 そこにいたのは、一人の女性と、一体の怪物だ。

 女性は長い金髪に胸に晒サラシを巻いて紅い法被を身に纏い、長いパンツをはいている。そして、特徴的な狐面を被っている。

 

 怪物の見た目は、目の中に手の指が入り込んだ腕のような意匠も存在しており、目は窪んだ形で存在し、そこに手の指が入り込んでいる。

 その姿はまさしくカブトムシを模した容姿(かたち)で、頭部には大型化した角を生やしており、頭部の形状も戦国武将の鎧の兜のようになっている

 肩、太もも、わき腹など各部にも昆虫の脚を思わせる意匠を備え、胸の茶色いモールドはカブトムシの翅に似ている造形だが、目が存在するようにも見える不思議な造形。

 

 頭部には大型の角から繋がった鼻を中心に人間の顔を模した出で立ちになっており、顔の表情はさながら何かを羨み、嫉妬で怒っているかのようだ。

 右肩には角、左肩の装甲状のパーツには間に黄色が配色されており、横から見たカブトムシを彷彿とさせる。

 

 ベルト部分にはカブトムシの幼虫のような装飾が存在し、脚部のサイドアーマーの右部分にKABUTO、左部分に2006と書かれている。

 そんな、形容しがたい存在が目の前にいた。

 

 そして、彼らの後ろの地面には、粉々になり、原型を留めていないほどグチャグチャになった肉片や骨、血だまりなどで悪臭が漂ってくる。

 

 怪物が近寄ってくる。見た目が見た目なだけに、全力で警戒を表す永琳。

 が、それを解くように輝夜が催促する。

 

 

「大丈夫よ。こんな見た目だけど……彼らは味方だから」

 

「しかし…」

 

「大丈夫だから。えーと……黒服、で、合ってる、わよね?」

 

『そうだが、どうかしたか?』

 

「あ、やっぱり…。計画聞かされたときに、かなりショッキングな姿で来るって聞いてたけど、これは流石に驚いたわ…」

 

 

 ショッキングな姿で来ると言って、誰が怪物の姿で来ると予想できるだろうか。少なくとも、輝夜は予想できなかった。

 

 

「姫様…?この者たちと知り合いなのですか?」

 

「うん、ちょっとね。……それで、その女の人は誰?彼女?」

 

「違う」

 

 

 狐面の女性に、速攻で否定された。

 

 

『協力者だ。名前は―――』

 

「レイラだ」

 

『あー…』

 

「レイラ…?え、レイラって、あのレイラ!?」

 

 

 レイラと言えば、三年前黒服の男に討伐を依頼した妖怪の名前だ。依頼して数日で辞退したが、まさか強力してくれるまで仲良くなっていたとは。

 辞退した理由は、これだったのかと納得する。

 

 

「あぁ、三年前。貴様がこの男に討伐を依頼した、そのレイラだ」

 

 

 三年前命を奪うように命じた人物を、その妖怪に助けられるとは、これ如何に。

 なんとも気まずい空気が漂う中、その沈黙を破るように二人の妖怪が姿を表す。

 

 一人は茂みから、もう一人は、肉片や血だまりを闇の中に吸い込み、その闇の中から出現した。

 隊服のような服装をした金髪の少年に、黒い服を纏う金髪の美女だ。

 

 

「師匠、大丈夫ですか?」

 

「零夜、大丈夫だった?」

 

「問題ない」

 

『―――「問題ねぇよ」

 

 

 怪物の姿から、黒服――零夜の姿に戻る。

 二人は怪物の姿から人間の姿になった零夜に驚愕の表情を見せた。そしてさらに現れた次々に現れる協力者に、首を傾げる輝夜。今だに状況がよく理解できず、頭を悩ませる永琳。そして、その頭脳を生かし切り、結論にたどり着く。

 

 

「とにかく、アナタたち全員味方って事でいいのね?」

 

「早い話そうだ。ちなみに、あともう一人いるぞ」

 

「僕のことでーす」

 

 

 零夜の背中から、ひょこっと全身白装束の男が姿を表した。

 それに再び驚く二人。さっきまでそこにいなかったはずなのに、急に現れたことに対しての驚きだ。

 

 

「やっほ、かぐや姫。いや、今は…輝夜ちゃんって呼べばいいかな?」

 

「輝夜でいいわ。それよりも、こんな所で油売ってて言い訳?」

 

「あっ、そうだった!それじゃあ零夜、これ乗ってね」

 

 

 シロは永琳たちが乗って来た牛車に乗り込み、零夜もそこに乗り込む。

 その行動に、永琳が質問してきた。

 

 

「一体、何をするつもりなの?」

 

「それは私が説明するわ。彼らは、月に行ってメチャクチャに暴れるつもりよ。そして、目的は臘月の抹殺ですって」

 

「臘月の…!?いや、無理よ。いくら強くても、アナタたちに臘月は殺せない」

 

 

 永琳はそう断言する。その言葉に、二人は何も言わない。

 事実、未来で臘月と戦った際には、【仮面ライダーベノム】と言う諸刃の剣(チート)を使わなければ勝てなかったほど、臘月の底は分からないほど恐ろしい。

 臘月に対して、ベノム以外の勝算すらない。だが、やるしかない。やらなきゃ、いけないのだから。

 

 

「バカな真似はやめておきなさい。私たちに協力してくれたからこそ、良心で言っているの。あなたたちじゃ、臘月は倒せない。それに…最近編成された、【ヘプタ・プラネーテス】だっているのよ」

 

「「「―――ッ!!!」」」

 

 

 その単語を聞いた瞬間、聞き覚えのある言葉に耳を傾ける三人。

 

 

「ヘプタ・プラネーテス?なにそれ?」

 

「姫様は長い間月にいなかったからご存じないでしょうが…つい最近、七人の優秀な人材をひとまとめにした団体、【ヘプタ・プラネーテス】が臘月によって結成されたの。しかも、その中には『空真』もいるわ」

 

「空真も!?」

 

 

 臘月が編成した団体、ヘプタ・プラネーテスが結成されていたと言うことに、零夜たち三人は驚愕した。

 そして、その中でも驚いていたのは零夜とシロだ。

 

 

「なぁ…その空真って奴も、その事件に巻き込まれて性格が変貌したのか?」

 

「そう言ってるじゃない。どうかしたの?」

 

「いや、少しな…」

 

 

 これで、確定だ。同時に、不安要素も生まれた。

 

 

(ねぇ…零夜)

 

 

 その時、シロが念話で話しかけてきた。そのことに少し驚きながらも、すぐに対応する。

 

 

(あぁ、分かってる。空真の性格改変の時期が、おかしいってことくらいわよ)

 

 

 未来の月で見た、空真だったころのウラノスの記憶。あの記憶から予想するに本来空真がウラノスになるのは輝夜と永琳の捕縛後の話だ。

 それなのに、永琳が逃げる前に空真がウラノスになっている。歴史の齟齬が、発生してしまっていた。

 

 

(とにかく、これは後で話そう)

 

(あぁ)

 

 

 そして、次なる質問をする。

 

 

「ちなみに、危険度は?」

 

「そうね…。かなり危ないと言っても過言ではないわ。それに、妙なことに全員の性格が激変してしまっているの」

 

「ッ!その話、詳しく聞かせろ」

 

「……分かったわ」

 

 

 永琳の話だと、月では少し変わった事件が起きているそうだ。

 その事件とは、人が突如行方不明になり、数日後に月の都の所々に倒れている状態で発見されると言う不可解な事件。

 しかも、その事件の被害者は、どういう訳か性格が激変していた。そこで、攫われている人物に共通点が浮上した。

 それは、全員が『男』であり性格が温厚で優しい性格の持ち主だと言うことだ。

 

 その男性たちは行方不明のあとに見つかった後、全員元とは180°逆の性格へと変貌していた。人を人とも見なくなり、真面目だった人物は不真面目になり、優しかった人物は沸点の低い人間になったりと、月ではその問題の解決に勤しんでいた。

 

―――だが、なんの進展もないまま、空真もその事件の被害者になった。

 

 これまでの被害者と同様、空真は空真ではなくなった。何故か自分のことを全くの別人――【ウラノス・カエルム】と名乗り、性格も激変した。

 酒に浸り、女遊びも激しくなった彼を見て、彼を慕っていた人々は激怒した。あれほど人望を集めていた彼を、あそこまで変えてしまったその事件へと。

 

 空真―――ウラノスの変貌をきっかけに、兵士たちの間でも捜索は激化するが――それもまた、犠牲者を増やすだけの行為に過ぎなかった。

 その兵士たちもまた、どんどん消えていき、性格を変貌させて戻って来るだけだったからだ。

 

 

「――と、言うことが、月であったの」

 

「そんな…空真が…?月夜見様は何をしているの?」

 

「月夜見様も全力で捜査に協力しているけど、状況に変化はないわ」

 

「……それで、その名前が変えたってのは?」

 

「そこ?まぁいいわ。名前を変えたのは全部で七人。そしてその七人は、ヘプタ・プラネーテスの全員よ」

 

「空真って奴がウラノスって名乗ったなら、他の六人は?」

 

「そうね―――【火影】が『火』のプロクス・フランマに、【水蓮(すいれん)】が『水』のヒュードル・アクアに、【海星(かいせい)】が『海』のタラッタ・マルに、【光輝(こうき)】が『木』のデンドロン・アルボルに、【砂金(さこん)】が『金』のクリューソス・アウルムに、【逢土(あいと)】が『土』のアンモス・サブルムになったわ」

 

 

 と、永琳から他の六人の元の名前を聞かされる。

 それらを知っていた零夜は、冷静のままに結果論を出す。

 

 

「ともかく、今の月は混沌と化している。あなたたちじゃ危険すぎる。諦めた方がいいわ」

 

「諦める―――?」

 

 

 そのとき、シロの体から禍々しいまでのオーラが噴出する。

 服装とは似合わない、真逆の漆黒のオーラに身を包み込み、そのオーラの中から獣のような紅蓮の瞳が、漆黒のオーラの中に現れる。

 

 そのオーラを間近で受けて、冷汗が止まらない永琳と輝夜。他の皆は、平然としている。理由は、もう慣れているからとしか言いようがない。

 

 

「――――ッ!」

 

「元から無理ゲーだってことは分かってんだよ。だけどな、それを覆すのには、命張るしかねぇだろうが…!」

 

 

 もとより命を賭けた作戦だ。それを前提としているのだから、永琳の警告など無意味に等しい。

 いくら良心からの言葉だとしても、それを聞く必要などない。

 

 それを言い終わった後、シロは漆黒のオーラを引っ込めた。

 

 

「と、言う訳だ。忠告は聞くけど、それを聞き入れるつもりはない。それじゃあ、いこうか零夜」

 

「あぁ、つーわけだ。レイラ、そいつらのこと、よろしく頼むぜ」

 

「任せておけ」

 

 

 シロと零夜は牛車に乗り込み、扉を閉めた。すると、水色のオーラが牛車を包み込み、重力から牛車を解放した。

 重力から解放された牛車は、そのまま月へと向かって行った。

 

 

「…行ったな」

 

「行きましたね。しかし、牛車(ぎっしゃ)が空を飛ぶなんて、あり得ない光景目の当たりにしてません俺ら?」

 

「そんなのいつものことだろう。気にするな」

 

「……そうですね」

 

「……と、ともかく、あなたたちはこれからどうするの?」

 

 

 唖然と今までの状況を見ていた輝夜が、そう質問する。

 

 

「そうだな。私たちはとある事情であいつらに協力している。だから、お前等を最後まで見届けるとする」

 

「……どうして私たちにそこまでしてくれるの?」

 

「……お前、名前は確か……永琳か。それは知らん。私たちはあいつらに協力しているだけと言っただろう。ルーミアならなにか知っているんじゃないか?」

 

 

 そう言うと、四人の視線が一斉に金髪の美女であるルーミアに向けられる。

 

 

「えっ、私?正直、私も良く知らないの。私は零夜と一緒に行動できればそれでいいから」

 

「―――(あー…そういうことね)」

 

「―――(なるほど。そう言う関係性ね)」

 

 

 ルーミアの一言で、二人がどのような関係なのかある程度把握できた二人。

 そして、次に聞くのは今後の方針だ。

 

 

「それで、これからどうするつもりなの?私はどこかに身を潜めるつもりだけど…」

 

「それも用意されてるって。えーと確か場所は…」

 

 

 ルーミアは懐から(カンペ)を取り出し、それを読む。その光景に乾いた笑い声を出しながらも、その説明をしっかりと聞く。うろ覚えの説明より、書いてあった方が確実性があるから。

 

 

「場所はとある竹林で、そこに和風性の建物があるらしいの。そこに匿うって書いてあるわ」

 

「そう。でも、そこに誰か他に住んでたりしてないの?」

 

「えーっと、……誰も住んでないみたい。ただ、誰も住んでいない分老朽化が進んでいるみたい」

 

「それくらいなら、私だけでも大丈夫ね。そこからその竹林はどこまで?」

 

「ここから歩いて約4日くらいの場所にあるらしいわ」

 

「4日…かかり過ぎね。全力で走ればなんとか短縮できるんだろうけど…」

 

「それなら、私の速度でなんとかなると思うぞ。4日くらいの距離ならば、5秒もかからない」

 

「あなた、そんなに早いの?」

 

「あぁ。私は光を操るからな」

 

「光……ならやめとくわ」

 

「……なに?」

 

「人間は、光の速度には耐えられないからよ」

 

 

 永琳によると、人間はある程度の速度には耐えられるが、光の速度には耐えることができない。

 音速ならギリギリ耐えられるだろうが、光の速度は流石に無理だ。

 

 

「そうなのか…考えたこともなかったな。もし、光の速度を人間が受けると、どうなる?」

 

「耐えきれず粉々に砕け散るわ」

 

「―――これは、やめておこう」

 

「……そうですね。でもそうなると、他に移動手段は―――」

 

「えっ、あるわよ?」

 

「あるんですか!?でも、それらしきものは――」

 

 

――その時、突如空の空間に穴が開いた。

 そこから出てきたのは、巨大な列車だ。先頭車両の赤い山羊(やぎ)の角のようなものが特徴の列車――【アナザーデンライナー】が現れ、地面に降りて来てルーミア達の前で停車する。

 

 

「―――ありましたね」

 

「なんだ…これは…?」

 

「えっと、零夜達が用意した乗り物みたい。名前はアナザーデンライナー。この乗り物なら歩けば約4日のところ、約半日(12時間)で着いちゃいます!

 

 

 と、愉快に言うルーミア。

 ちなみに、電車がノンストップで一日走った場合行ける距離は約800キロ。その半分と言うことは目的地の森林までここから400キロ離れている計算になる。

 歩いていく場合、1キロ歩くのにかかる時間は約15分。つまり歩いて400キロ歩くと6000分=100時間=4日と4時間かかると言う計算になる。休息を入れると、その1.5倍かかることだってあり得る。

 しかし、電車で行くとなると1キロを移動するのに2~3分で済ませられる。二分単位で計算すると800分=13時間20分で目的地に到着することができる。

 

 単純に言えば、東京から兵庫の距離である。

 

 いや、十分遠いのだが。

 

 

「なにこの悪趣味な乗り物…」

 

「製作者の正気を疑うデザインね…。何を考えてこんなデザインにしたのかしら」

 

 

 率直な感想を口に出した輝夜と永琳。何も知らない分、辛辣なコメントが飛んでくる。女性だからデザインの感性も違うと言うもの理由の一つだろうが、やはり無知なのが一番の理由であろう。

 現実でこんなことをファンの前で言ったら、「イラストレーターさんに失礼だろ!」と言う感想が出てくるに違いない。

 

 

「まぁまぁ、とにかく乗るわよ!」

 

 

 ルーミアが二人の背中を押して、アナザーデンライナーに乗せる。

 そして、アナザーデンライナーは夜空に路線を張って、目的地へと進んでいく―――、

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 一つの牛車が、宙を舞う。豪華絢爛で、中身を一切見ることができない、一種の牢屋とでもいうべきだろうか?

 そんな牛車が、地球と言う星から脱し、宇宙へと舞い立った。牛車は目的地へと進んでいく。

 

――目的地は、月面だ。

 

 月面に近づくと、そこにはヘリポートのような突出した建物があり、複数人の兵士や重役のような人物たちがいるのが伺える。

 牛車が着陸すると、王の凱旋のように兵士たちが道の両脇に陳列し、その間を重役である数人の男が歩く。

 

 

「罪人の迎え、ご苦労だった」

 

「――――」

 

「何をしてる。さっさと出てこい」

 

「――――」

 

「聞いているのか!?」

 

「――――」

 

 

 いくら男が叫んでも、牛車の中からは反応がない。中に誰もいないなんてことはありえない。この牛車は、中に誰かが乗らないと操縦できないのだから。

 男は痺れを切らし、兵士の一人に命令を下す。

 

 

「おい、扉を開けろ」

 

「はい」

 

 

 兵士が扉に近づき、取っ手に手を付けた――瞬間、扉がぶち破られ、ぶち破られた扉から何者かの手が出てきて、その手が兵士の首を掴む。

 

 

「がッ――!?」

 

 

サンダー

 

 

「あがぁあああああああ!!!」

 

 

 棒読みな音声が聞こえたと同時に、兵士の体が漆黒の雷に包まれ、感電する。口から煙を出して、敵の手が兵士の首を離すと、男は力尽きて倒れた。

 

 

「な、何ッ!?」

 

 

 その状況を見て、一瞬で状況が一変した。兵士たちは牛車に武器を向け、男たちを守るように前に出る。

 

――それと同時に、内側から牛車が完全に破壊された。

 

 砂埃が舞い、兵士や男たちは砂埃が目に入らないように目を閉じた。そして、砂埃が落ち着いて目を開けるとそこには―――、怪物がいた。

 

 

『――――』

 

 

 その怪物の見た目は、顔は粉々に割れてしまった宝石だ。後頭部の装飾は異形の怪物の鷲掴んだ手を連想させ、目はドクロのように落ち窪んでいるものの瞳は存在し、クラッシャーもシールドの中に隠れるという形で存在している。

 

 左指にはメリケンサックを思わせるかなり尖った形状の指輪をしており、肩や胸はドクロを意識した造形、赤色のローブを装着している。

 マントにはWIZARDの文字が書かれ、背中には2012の数字が刻まれている。

 

 そんな怪物が、牛車の中から現れた。

 

 

ウィザァァドォ!

 

 

「な、なんだこの化け物はあぁああ!?」

 

「兵士ども!この化け物を始末しろぉ!!」

 

 

 男たちがそう命令すると、臆しながらも兵士たちは武器を持って怪物へと突撃していった。その勇気だけは、褒め称えられるべきであろう。だがしかし、無意味だった。

 

 

ブリザード

 

 

 怪物が指輪のついた左手を手の骨を模ったベルトにかざすと、無機質で棒読みな声が響く。

 怪物が左腕を振りかざすと、そこから冷気が噴出し、男たちは氷山の中に取り込まれ、芸術作品のようになって(凍って)しまった。

 

 

「ひ、怯むな!遠距離で攻撃しろ!」

 

 

 兵士の一人が、そう命令する。おそらく隊長格の兵士だろう。兵士たちが銃のようなものを取り出すと、銃口からビームが発射され、怪物を襲う。

 

 

リキッド

 

 

 無機質な声が響くと同時に、怪物の体が液状化し、レーザービームを全て無に貫通させた。液状化した怪物に怯んだ兵士たちの隙を突き、怪物は再び実体化して左手の指輪をベルトにかざす。

 

 

スリープ

 

 

 再び響く、無機質で棒読みな声。

 その声が響いたと同時に、兵士たちは糸が切れたように倒れ、眠りについた。

 

 成す術もなく兵士たちがやられていく様に、男たちは恐怖する。

 

 

「ひ、ひぃ!?」

 

 

 怪物はゆっくりと、男たちに近づいていく。身を守る術を持たない男たちは、叫ぶことしかできない。

 

 

「おいお前等、私たちを助けろ!」

 

「なにをしている!早く、早く起きろ!」

 

「私たちがどうなってもいいのか!?」

 

 

 それでも、その声が兵士たちに届くことはない。歩いて、歩いて、怪物と男たちの距離は目と鼻の先になった。

 恐怖で足がすくんだ男たちに、初めて怪物が声を発する。

 

 

『おい』

 

「ッ!?しゃ、喋った!?」

 

『失礼な奴だな。まぁいい。要件は簡単だ。臘月は今どこにいる?』

 

「ろ、臘月様!?貴様、臘月様をどうするつもりだ!?」

 

『お前等の質問には答えない。俺の質問にだけ答えろ』

 

「だ、誰が言うか!お前のような醜穢(しゅうわい)な化け物に!」

 

『まぁ最初から答えてもらう必要ない』

 

 

メモリー

 

 

 怪物が手をベルトにかざすと、今度はその手を男たちにかざした。その行動の不可解さを疑問に思っていると、怪物が喋る。

 

 

『なるほど…お前等、話さないんじゃないくて知らないんだな。臘月のスケジュールを知っているのは臘月自身ってことか』

 

「なっ!?貴様、どうやって―――」

 

 

エクステンド

 

 

 男の言葉が遮られ、怪物の右腕が伸縮化する。その腕で男たちを巻き付け、投げ捨てる。場所は――ここより低い、別の建物へだ。

 

 

「「「うわぁああああああああ!!!」」」

 

 

 男たちの悲鳴が響く。そして聞こえる打撲音。この高さから落ちたのだ、ただでは済まないだろう。

 そしてしらばくすると、ようやく騒ぎを聞きつけた兵士たちが、ここ、屋上に突撃してきて、この惨状を目の当たりにする。

 

 

「な、なんだ貴様は!?」

 

 

 隊長であろう兵士の第一声はこれだ。その感情は、怒りだ。自分たちの仲間である兵士たちを、凍らされたことへの、怒り。

 そして、怪物は口を開いた。

 

 

『よぉ、ゴミども。初めまして。俺の名前は、【アナザーウィザード】。まぁ適当に呼べ』

 

「誰が呼ぶか!貴様など、醜い化け物で十分だ!」

 

『まぁそれはどうでもいいんだ。そして、俺は、お前等に宣言しよう!!』

 

 

 怪物――アナザーウィザードは一呼吸置いて、叫ぶ。

 

 

『―――さぁ、開戦の(とき)だぁ!!かかって来いよ、雑魚どもぉおおおお!!』

 

 

「舐めるなぁ!行くぞ!お前等ぁ!!」

 

「「「「「おぉおおお!!」」」」」

 

 

―――こうして、再び始まった、月の都での戦い。

 この勝負の行方は―――誰も、知らない。もし知っている者がいるとするならば、それは()()()()…かもしれない。

 

 

 




 今回のシロのイメージCV【伊藤健人】


 さて、今回で過去での月面戦争スタート!

 ここで大きく分けて地上パートと月パートに分かれる予定ですので、悪しからず。

 奇襲を成功させた零夜たち。これからどうなっていくのか!ドキドキワクワクの展開が止まらない!

 あと、アナザーデンライナーのデザイン、二人はダサいみたなこと言わせましたけど、作者はあのデザイン好きですね。
 ちなみにディケイドコンプリート21もカッコいいと思ってます。

 これも、ディケイドが芸術センスを破壊したせいか……おのれディケイド!ありがとう?

 あと、ヘプタ・プラネーテスの他の六人の名前に、違和感覚えませんか?もしよければコメントください。

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