東方悪正記~悪の仮面の執行者~   作:龍狐

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 お待たせしました。悪正記、更新完了!!

 楽しんでいってね!


89 覚悟を決めるまで

 

 

 紅月紅夜は、目を覚ます。目をゆっくりと開け、(まぶた)を開くとそこは――真っ白な空間だった。

 

 

「え、ここどこ!?」

 

 

 理解不能な状況に、思わず叫ぶ。確か自分は『ルーミア』との闘いの後に気絶したはずだ。それなのに、起きたら謎の空間に――笑えない。

 辺り一帯を見渡すが、一面真っ白なその世界には、文字通り何もない。立ち上がり、辺りを見渡すが、高さを変えただけでも見えるものは何もない。

 

 

「どこだよここ…俺、あのあと気絶したはずだよな?そしたらこんな謎の空間に――はッ!師匠たちは!?」

 

「安心しろ。ここは俺とお前の精神空間。ライラさんたちは無事だから、心配すんじゃねぇよ」

 

「誰だッ!?」

 

 

 突如聞こえた、誰もいないはずの空間から聞こえた、『自分の声』。後ろを振り返るとそこには――

 

 

「よッ。初めまして…ってなるのかな?対面は初めてだし」

 

 

 そこには、黒髪碧眼の紅夜自身がいた。

 困惑した。突如謎の空間に飛ばされたと思ったら、自分とは違うカラーリングの存在が目の前に立っているのだから。

 いろいろと分からないことが多すぎて、紅夜はなにから考えればいいか分からない。

 

 

「あーそんなに悩むな。あんまし時間がねぇからよ。詳しいことは話せねぇが…まず一言。俺はウォクスの正体だ」

 

「ウォクスの、正体…!?」

 

 

 頭を金づちで殴られたような衝撃だった。目の前の男が、ウォクスの正体だった。数年連れ添った謎の女性の声。アレの正体が、男性だった。

 

 

「でも、ウォクスは女性の声で…」

 

「んなもんいくらでも変えれるんだよ。具体的に言うとお前の脳に影響を起こして俺の声を女の声に聞こえさせてた」

 

「なんかとんでもない単語が聞こえた気がするんだけど!?」

 

 

 脳に直接影響を与えてたって、それ大丈夫なのか?知らない間にそんなヤバイことをされていたと知った紅夜は青ざめる。

 

 

「なんでそんなことを」

 

「え?だって野太い男の声より綺麗な女の声の方がいいだろ?」

 

「そんな理由で!?」

 

 

 まぁ確かに世間一般的にはその方がいいだろうが、紅夜としてはそんなことで自分の脳に影響を与えないでほしいと思うばかりだ。

 紅夜は気を取り直して、彼の正体がウォクスだと知ったことで新たな疑問が生まれた。それを直接彼に問いただす。

 

 

「ウォクスは…神の声、なんだろ?つまり、お前は神なのか?」

 

「いや?前世ただの人間だけど」

 

「神と全く関係なかった!?」

 

 

 新たな事実を聞かされて紅夜は純白の空間で叫ぶ。

 今までウォクスを神の声だと信じてきたのに、それが一瞬にして崩れ去った。まさか、彼らが嘘をついていたのか?いや、彼らに限ってそれはあり得ない。

 

 

「あー補足するとだな、そもそも神の声は基本的に権能に覚醒するときの1回しか聞くことができないんだよ。例外的な事例も存在するが、大抵はコレ一回。覚醒する前に神の声を聞くなんて珍しい方だぜ?フツーの神の声は、サポートなんてしねーよ」

 

「……じゃあ、零夜さんはその珍しい方だったのか」

 

 

 一瞬でも彼らを疑った自分を蔑む。彼は彼なりの事実を言ったに過ぎなかったのだ。それを疑うとは――。自分はなんて未熟なんだろうか。

 それに、男から発せられた情報は紅夜のあらゆる常識が打ち砕かれた瞬間だった。零夜は権能について詳しくないし、シロはなにかと隠しているしで、紅夜の権能の知識は完全に零夜の知識に依存していた。その結果がこれである。まぁ零夜も詳しいことは知らなかったため、仕方のないことだが。

 

 

「まぁ落ち着けって。多大な情報量で困惑してるんだよな?分かるぜ、大変だよな」

 

「その元凶があなたなんですがね…でも、もう一つ気になることが。神の声が普通、ここまで介入してくることはあり得ないって、シロさんが言っていた。初めて声を聴いたとき(初対面)の時、俺の『繊細』の能力で自分が進化したって言ってたよな?アレは――」

 

「あんなん嘘に決まってるじゃん」

 

「やっぱりかッ!!」

 

 

 目の前の男がウォクスの正体だと知り、もしかしてと思い質問してみたら、予想通りのまさかの結果が返ってきた。

 そもそも神の声でもなんでもなかったのなら、進化もアップグレードもクソもない。事実だと知った紅夜は地面に膝と手を付けて、野垂れた。

 

 この話はこの3年間の間で聞いたことだが、これを聞いたときは驚いたものだ。ウォクス――蒼汰にも聞いてみたが、当時はだんまりだったのはこれが理由だったのかと理解したが、依然として納得はできない。

 

 

「最悪だ…。知りたくなかったそんな事実…」

 

「はっはっは。その通りだな。でも、俺が嘘を付いたのはお前に『繊細』の能力の存在を気づかせるためだ。それに、『繊細』のことが嘘でも、お前はあの時権能の覚醒条件の一部を満たしてた。だから声だけでも表に出てこれたんだよ」

 

「それって……」

 

「はいはい。この話は終わり。お前もいろいろ情報が多すぎて困惑してるだろうが…そこに追い打ちをかけるのが俺だ。ここで新事実発表~!!」

 

「またですか!?」

 

 

 下種すぎる。情報量の多さに苦悩しているというのに、そこにさらに情報と言うなのダンベルを投下しようとしている男を睨む。今度は一体どんなことを聞かされるというのか。

 

 

「実は!俺!【暁 蒼汰】はお前こと【紅月 紅夜】の前世の人格なのだッ!!」

 

「―――なんて?」

 

「だーかーらッ!!俺はお前の前世の人格なんだって!」

 

「――――」

 

 

 紅夜は仰向けになった。空はなく、ただの白い(せいしん)空間のため真っ白な景色しか映らないが、とにかく天井を見つめた。ハイライトのない瞳で。

 事実が理解できない。したくない。彼が、この男が前世の自分の性格?人が悩んでいるところにさらに情報(ばくだん)嬉々(きき)として投下してくる、この男が?前世の自分?

 

 認められるか!!

 

 

「嘘だァッ!!」

 

「残念ながらウソではありません。本当です」

 

「だったら証拠は!?証拠はどこにあるんだ!?」

 

「お、敬語が崩れてきてるぞ?落ち着けって、ほら、カルシウムいる?」

 

 

 そういってどこからか煮干しを取り出して紅夜に差し出す。

 

 

「いるかッ!!」

 

「あら残念」

 

 

 紅夜は完全に口調を崩した。

 彼が口調を崩す相手は、基本的に彼を怒らせた相手か、自分より下の立場のもの。もしくは仲間や友達などの関係のものだ。この場合は前者に該当している。

 

 蒼汰は煮干しを仕舞った。ていうか精神空間の食物なんて腹の足しにもならない。

 

 

「とりあえず落ち着け」

 

「いや、誰のせいでこうなっていると――」

 

「俺のせいだなッ!!はっはっは!!」

 

「殴っていいか?」

 

 

 紅夜の今の率直な感想だった。とにかくこの男は気に喰わない。何故かわからないが、本能がそう叫んでいる。彼自身が自分の前世の人格だと公言しており正体は分かっているが、

 

 

「でもまぁ、こんな風に普通に会話できてる時点で、お前は俺ってことなんだけどな」

 

「いや、意味が分からない。どうしてそうなった?」

 

「普通、初対面の相手ってだけでこんなにスムーズに会話できるか?それが俺とお前が同一人物だっていう何よりの証拠さ」

 

「――いや、それはウォクスとしての土台があったからで…」

 

「あぁ、あの口調疲れんだよな。俺敬語とか苦手だし。まぁその話は置いといて…。俺が俺の口調で話したのはついさっきだ。だってのにこんなに馬が合うのは、本質が似通ってるっていう何よりの証拠じゃないのか?」

 

「……そんなの、持論だろ」

 

「そーだな。否定はしねーよ」

 

 

 確かに、こんなに苛立っているというのに、なぜだかあまり怒りを感じていない。むしろ、心の底から湧き上がってくるこの感情は――歓喜?今まで待ち望んでいたものが、ついに手に入ったような、そんな切望が叶ったかのように、心地よかった。

 だが認めることはできない。その原因は蒼汰の第一印象だ。それが最悪すぎた。

 

 

「それに理由ならもう一つある。お前の戦闘スタイル――要するに戦い方だ」

 

「戦い方?」

 

「お前は基本的に刀一本で戦ってるだろ?だがたまに、二刀流だ。妖力そのものを刃に変えたものや鞘すらも武器として使ってる。それ、俺のスタイルなんだぜ?」

 

「――ッ。いや、でも、それくらい誰だって思いつくし、なんなら鞘を武器として使ったときは必ず師匠に怒られるし…」

 

 

 紅夜は不貞腐れたように呟く。

 鞘は刃を保管するために、一定の強度を持ち合わせており、鈍器としても十分機能している。しかし世間一般的にも鞘は武器ではない。鞘は刃を保管するためのものだ。決して武器として扱いものではない。この場合は、ライラが正しかった。

 

 

「まぁそりゃ当然だ。鞘は武器じゃないし、なんならお前の刀はレイラのやつだからな

 

「――えっ?」

 

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえて、紅夜は呆けた。思わず蒼汰の顔を二度見する。しかし、蒼汰の顔は依然として変わらず、嘘を言っているようには見えなかった。蒼汰の顔に浮かんでいるのは、“あぁやっぱ知らなかったか”と言う冷えた感情だけが張られていた。

 

 

「まぁ知ってたらもっと大事に使うもんな。ていうか、ライラがお前に教えてないんだから当然か…」

 

「いやいやいやいやちょっと待て!?お前ひとりだけで話を進めるなっ!えっ、あの刀が、俺の、母親の、使ってた刀ッ!?」

 

「そうだって言ってるだろ。誰だって、大事な家族の刀を乱暴に扱ったら怒るに決まってんだろ」

 

「お、俺、そんな大事な武器をあんな乱暴に……」

 

「そうだな。むしろ今までよく壊れなかったって関心するよ」

 

 

 紅夜は頭を抱えて蹲った。まさかあの刀がそんな重いものだったなんて。物心ついたとき、ライラから刀を持つ許可を得たときに最初に渡されたのがあの刀だった。

 ただの刀かと思っていたが、まさか自分の母親の形見だったなんて…。なんでそれを言ってくれなかったのかと、なんでそんなものを自分なんかに持たせて、使わせていたんだと思考する。

 

 

「まぁ、今まで壊れなかったのは俺が『妖力纏い』でサポートしてたからなんだけど」

 

「――それだけは本当にありがとう」

 

 

 今思えば『ルーミア』戦で壊れてもおかしくなかった。だが、壊れなかったのは『妖力纏い』――つまり蒼汰のサポートがあってこそのことだった。

 蒼汰の人格、思考は忌避感はあるが、それでも母親の形見である刀を守ってくれていたことには変わりなかった。

 

 

「まぁこの話はここで終わるとして、こんなんで驚いてちゃ、俺がこれから話す本題に頭と心がついていけねーぞ」

 

「アレよりも酷い話があるのか!?ただでさえお前が俺の前世の人格だってことすら信じられなくて困惑してるのに、アレよりもっと酷い話があるものなのか!?」

 

「ところがどっこいあるんだな。今のお前にはそれを聞かなきゃならない義務がある。ていうかすでに知っている」

 

「知っているって…なにをだよ」

 

「お前の出生の秘密は、もうあの…なんだ、ルーミアだったっけ?ソイツの記憶を【記憶玉】で見たんだろ?」

 

「見たけど…それがどうしたんだよ」

 

「そんで、【ゲレル・ユーベル】の存在を知った…。んで、お前は真実を知ったはずだ。もう忘れたのか?」

 

「俺が、知った、真実…」

 

 

 思考を張り巡らせる。あったはずだ。その真実が。ただ忘れているだけだ。衝撃的すぎて。

 

――そうだ。

 自分は、半人半妖だ。人間の父親と、妖怪の母親から生まれた、混血だ。でも忘れていた。それすらも覆い隠すことが連続で起きてきたから。現実逃避をしていたのだ。しかし、思い出したからにはもうそれは頭の中で侵食を開始してしまっていた。

 

 

「そうだ。俺は、半人半妖で、でも、俺は、妖怪で…」

 

「はいはい落ち着け落ち着け。思考の渦に飲み込まれんな。そこらへんも説明すっからよ。時間がないから早くしてぇんだよ」

 

 

 仰向けになっている紅夜の体を起こし、目を見合わせる。紅夜はその瞳を見た。ふざけた瞳ではない、真面目な瞳。自分の全てを見透かしているような、真っすぐな瞳。紅夜の思考が停止する。

 

 

「いいか、よく聞け。まずお前が半人半妖であることは間違いない。だが、今の時代は半人半妖なんざ人間にとっても妖怪にとっても忌避する存在だ」

 

「――――」

 

 

 そう言われ、紅夜は押し黙った。確かにその通りだった。ここは人間と妖怪が共存する幻想郷ではない。過去の世界だ。人間と妖怪が憎み合い、対立する世界。そんな世界(じだい)に、人間と妖怪の間から生まれた子供など、核爆弾でしかない。まともに生きていられる方がまずあり得ないだろう。

 

 そのまま、蒼汰は紅夜の肩から手を離し、紅夜の隣に座る。

 

 

「俺はお前が産まれたその瞬間から【暁 蒼汰】として意識が目覚め、確立していた。だが体は動かせなかった。お前と言う存在が既にいたからだ。だからこそ、俺はお前の中でしか活動できなかった。俺は困惑した。当然だよ、俺は死んだはずだったんだからな。だがあり得なかった目覚めを体験したら赤ん坊の体に憑依してた。当初は自分のことしか頭になかったよ」

 

 

 蒼汰は当時のことを感情の籠っていない言葉で語っていく。どれほど辛かったのだろうか。十数年、確かにそこに存在しているというのに、声は誰にも届かず、ただ存在しているだけの日々と言うのは、どれほど苦しいものだったのだろうか。紅夜には、それは分からない。

 

 

「でもな、次第に頭が冴えていくと、お前が半人半妖だってすぐに気づいた。そしてお前の隣にはライラさんと、母親であるレイラさんがいた。どっちとも妖怪だったし、なによりレイラさんの残状を見て『あ、こりゃやべぇやつだ』ってすぐに気づいたよ。だから、俺は『隠蔽』でお前の霊力を隠蔽(かく)した」

 

 

 体は動かせないのに、“能力”はそのまま使えたのは自分でも驚いたがな、とぼやいた。

 そして同時に、紅夜は真相を知った。だからか、自分が半人半妖だというのに、『妖力』しか扱えなかったのは。

 紅夜は昔から力を隠すのは得意だった。それを自分の『才能』だと考えていたが、まさかそれが自分の前世の『能力』だったなんて――能力?

 

 

「能力?お前の『隠蔽』は権能が覚醒した時にもらえる『才能』じゃないのか?」

 

「ん?あぁ、それな。当時は“もらえる『才能』”どころか『権能』なんて概念なかったからな。おそらくアイツが『権能』のシステムを作ったんだろ、きっと」

 

「作った?『権能』のしすてむ、を?一体なんの話を――」

 

「これを一から説明してる暇ねぇし、俺も詳しくは知らん。だから話しても無駄だ」

 

 

 話はここで区切られた。紅夜としてはさらに大きな謎が残っただけだったが、おそらく蒼汰はこれ以上話すつもりはないだろう。本人だって詳しくないと言っているのだ。これ以上の追及は無駄だろう。

 紅夜は、最初の議題に戻ることにした。

 

 

「さっきから時間がないって言ってるけど、一体なにが起きてるんだ?」

 

「あぁそれな。ゲレル・ユーベルが月に現れて現在レイヤたちが戦闘中だ

 

「―――は?」

 

「今は黒い方の零夜――あーややこしいッ!!夜神でいいか。夜神とルーミア?って子がソイツを戦ってる。レイヤはアイツの攻撃喰らってノックダウン中。正直言ってジリ貧状態だ」

 

「――なんでソレをもっと早く言わないんだッ!?」

 

 

 紅夜は力いっぱい叫んだ。現実世界だったら確実に傷口が開くほどのダメージだっただろうが、ここは精神世界のためノーカンである。

 しかし、問題はそこではない。自分がスヤスヤと眠っている間にも、今月では自分の父親と仲間が壮絶なバトルを繰り広げているということではないか。

 

 

「まぁ落ち着け。ジリ貧と言っても今はまだ大丈夫だ。だが、時間の問題だからな。ここからは急ピッチで話を進めるぞ。まずライラさんを月に送りこむだけでも、本来なら十分対処できるはず……なんだが」

 

「……なんだが?」

 

あの野郎がゲレルにエネルギー援助を行ってるらしい。供給道をぶっ壊さない限り、ライラさんを投入してもレイラさんの二の舞になるだけだ」

 

「じゃあ、どうしたら…!?」

 

「そこで、俺とお前だ」

 

「俺と、お前…?」

 

 

 まさか、自分たちがその現状を打破するための切り札だとでも、この男は言っているのだろうか。自分は皆に比べれば全然弱くて、権能の覚醒も中途半端で、そんな自分が、切り札に?

 

 

「無理だ。俺に、切り札が務まるはずがない」

 

「誰もお前だけとは言ってねぇ。言っただろ、俺と、お前だって」

 

「でも、お前、確か俺の体は使えないんじゃ――」

 

「今まではな。お前が権能に覚醒したおかげで、切り替えが可能になった」

 

「切り替えが、可能に…あっ」

 

「そういうこと!俺がお前の体を使えるようになったってことさ!!」

 

 

 そう豪語する蒼汰の言葉は、歓喜そのものだ。彼にとっては久しぶりに体を動かせる機会。期待するのは当然だろう。しかし――、

 

 

「でも、そんなことをしたって…」

 

「おいおい。自分を卑下すんなって。まぁそんな性格になっちまったのは俺が原因でもあるんだけよ」

 

「えっ…?」

 

「そもそも、俺はこの17年間、お前の『霊力』を封印し続けたんだぜ?つまり力の半分を失っている状態だった。つまりお前の全力は、本来の力の半分だけだったってことだ

 

「―――あっ!」

 

 

 蒼汰に言われて、ようやく気付いた。彼は今まで自分の力の半分である『霊力』を『隠蔽』し続けていた。つまり使う機会(とき)がなかった。紅夜は今まで『妖力』だけを自分の全力として扱ってきた。その全力が、本来の力の半分でしかなかったため、今まで全力を出せていなかったのは当然のことだった。

 

 

「つまり、『霊力』と『妖力』。二つの要素が合わさってこそ、紅月紅夜の本当の全力ってことだ」

 

「じゃあ、それを解放すれば――」

 

「まぁ、簡単に出来たら苦労はしないんだがな」

 

「え?」

 

 

 上げて落とされた。希望が見えたというのに、その希望をそう簡単にとらせてくれない現実が襲ってきた。

 

 

「いや、実際それ自体は簡単なんだよ。お前の合意さえあればできる」

 

「じゃあ別に、悩む必要なんて――」

 

「本当にいいのか?お前が本当の全力を出すってことは“妖怪”の生を全て否定して、“半人半妖”としての生が始まるってことだ。つまり、妖怪としての紅月紅夜は死ぬも同然だ

 

「―――」

 

「お前は、本当にソレでいいのか?」

 

「それ、は…」

 

 

 突然の選択を迫られ、紅夜の思考は真っ白に漂白される。思考が停止したも同然だ。紅月紅夜が死ぬことはない。ただ本当の力を解放するだけなのだから。しかし、それは紅夜の妖怪としての生全てを捨てることにつながる。

 それで本当にいいのかと、蒼汰は言っているのだ。

 

 

「まぁそこらへんに関してはもう少し考えててもいいぜ?大事なことだ、すぐに決断しろなんて言わねぇよ。その間、俺はお前の体で時間稼ぎ、しといてやるからよ」

 

「―――ありがとう。……最後に一つ聞いてもいい?」

 

「ん?どした」

 

「あんたは…どうして死んだんだ?」

 

「どうして死んだって、随分と急すぎる質問だな。それ今言わなきゃダメか?」

 

「……なんとなく、聞いてみたいと思ったんだ。理由は特にない」

 

「そうか…じゃあやっぱ、お前は今世の俺だよ

 

「それって…」

 

「さて、俺が死んだ理由だったな。えっとそうだな~……」

 

 

 紅夜の言葉を遮り、蒼汰は質問に答えようと頭を捻る。そして、考えに考えた末の答えを出した。

 

 

「苛烈で熾烈な戦いの最中(さなか)、敵に殺された」

 

「なッ――」

 

「俺たち三人の中で、一番最初に死んだのが俺だった。まぁ今となっては仕方ないかな?って感じ。俺は他の二人より《b》シンクロ率が低かったからな。真っ先にリタイアしちまってよ。《/b》アイツらに、迷惑かけちまったしな」

 

「シンクロ率…?」

 

「あーシンクロってのはつまり、どれくらい同じなのかってことだ。俺は二人よりシンクロ率が低い、ていうかゴミだった。だから一番弱かった。だから死んだ。それだけだ」

 

「……なんで、そんなに軽く流せるだ?死んだんだぞ?もっと、困惑するもんじゃないのか!!?」

 

「まぁ当初はそうだったよ?お前が赤ん坊の時に意識が確立して、そこ数年間は自分が情けなさ過ぎて不貞腐れてた。自分のことを罵倒したよ。でもなぁ、アイツが俺の目の前に現れた時、俺はとても嬉しかった。生きてたんだよ。俺、俺たちの大事な親友が」

 

「親友…?」

 

「お前も知ってるやつだ。あの胡散臭い喋り方で全身真っ白な、声を自在に変えちまう、お前に異様に良くしてくれた男がいただろ?」

 

「まさか―――、シロ、さん?」

 

 

 紅夜が気づいたことで、蒼汰は首を縦に振る。蒼汰が言った条件に当てはまる人物なんて、紅夜は一人しか知らないから、すぐにたどり着くことができた。

 記憶から鮮明に彼のことが浮き出てくる。そうだ。この3年間、自分の面倒を精いっぱい見てくれていた。零夜と並行しながら、自分に戦い方を一生懸命に教えてくれた。

 

 そういえば――

 

 過去の記憶(えいぞう)が、蘇る。

 

 

『そういえば紅夜ってさ、普段は一刀流だけど、妖力で刀を形成したりして二刀流になるじゃん?』

 

『えぇ。そうですが…』

 

『それってさ。鞘とかでも併用できないの?』

 

『あぁ…。実は前に一度、師匠と特訓しているとき、やったことがあるんです。でも「鞘は武器ではないッ!」って怒られちゃって…』

 

『まぁ常識だし無理はないわな。だがそんな常識に囚われてちゃ、いつか足元掬われるぞ。もしもの時は、それも視野に入れとけ』

 

『――はい』

 

 

 そうだ。確か彼は紅夜に鞘の使用を促していた。そして、目の前の蒼汰と言う人物はシロのことを知っている。つまり顔見知り――いや、それ以上の関係。先ほど彼が言ったように“親友”と言う間柄だったのだろう。

 親友の今世である紅夜に、前世の蒼汰の闘い方を促している――。つまり、

 

 

「あいつはお前の正体が俺の今世だってことに気づいてたはずだ。なんせ今のアイツには【ネメアの獅子】があるからな」

 

「ネメアの獅子…?なんですか、それ」

 

「なんでも魂の造形とかに詳しくなったり自在に扱えたりする権能?らしい。俺も聞いただけだし詳しくは知らん」

 

「聞いたって、誰から?」

 

「まぁそこまで説明してる暇はねぇよ。さぁ、没頭タイムだ。お前の体、使わせてもらうぜッ!」

 

「えっ、ちょ、いきなりッ!?」

 

 

 目の前で蒼汰の体が一瞬にして消えていく。わけもわからないまま、紅夜はこの白い空間に置いてきぼりにされたのだ。

 

 

「えー…。置いてかれた…。これって、アイツが俺の体の主導権を握ったってことでいいんだよな…?にしても、いきなり決めろだなんて、無理があるだろ…」

 

 

 もし本当に蒼汰が自分の体の主導権を握ったとしても、紅夜には感覚(ソレ)が伝わっていなかった。つまり知る術がないということだ。

 

 紅夜は白い空間の地面に腰を落とした。今までの自分を捨てて全く新しい自分へとなり、この戦いに勝利と言う名の終止符を打つか。それとも、自分のちっぽけな存在を守るか。

 今この場で正しい選択は、間違いなく前者だ。だが、それを選んだら?今までの関係性が全て破綻してしまうのではないかと言う恐怖が紅夜を襲う。中でも一番恐ろしいのはライラに見捨てられることだ。自分の育て親であり、二人しかいない肉親だ。そしてそのうちの一人(ゲレル・ユーベル)は完全に紅夜は見限っているためカウントに入れることはないだろう。

 

 

「どうすればいいんだ…。この場で正しいのは俺が『人間』の血を受け入れること…。でも、それをやったら、師匠に捨てられるかもしれない…!」

 

 

 ライラは自分の妹が死んだ直接の原因である人間を、ライラは赦すだろうか?紅夜にはそうは思えなかった。

 それに、半人半妖なんて人間からも妖怪からも遠巻きにされる存在だ。人間と妖怪の紛い物。そんな存在を、今、受け入れてくれる者など、存在しない。

 

 

「どうすれば、どうすれば、どうすれば――!!」

 

 

 考える。考える。考える。

 悩む。悩む。悩む。

 

 考える。考える。考える。

 悩む。悩む。悩む。

 

 考える。考える。考える。

 悩む。悩む。悩む。

 

 

 考えを纏めることもできないまま、ただただ時間だけが過ぎていく。そんな中、この白い空間に地震が発生した。それは紅夜の体を揺らし、思考すらもストップさせた。

 

 

「この揺れは…!?まさか、もう始まったのか!?」

 

 

 何もないはずの空間での地震。それは外側での苛烈なまでの闘いを表していた。

 不味い。時間がない。自分が悩んでいる合間にも、蒼汰は自分のために戦っている。それだというのに、自分は――!

 自己嫌悪に陥り、紅夜の思考はさらに混沌と化していく。もう自分でも収集を付けられるほど、紅夜の思考は平常ではなかった。

 

 

「どうしたら…いや、もう分かってるんだッ!答えなんて決まってるんだッ!!でも、それを選んだら…」

 

 

 最悪の未来を想像してしまい、紅夜の血の気が引いた。

 

 

「もう、俺には、どうしようも―――」

 

「もう。そんなに悩むことでもないのに。もっと健気にしなさいよ」

 

「―――ッ!?」

 

 

 紅夜は慌てて後ろを振り向いた。聞こえたのは女性の声だった。この空間は自分の中に存在している、自分と蒼汰だけの空間のはずだ。それなのに、聞こえるはずのない、いるはずのない第三者の声が聞こえ、紅夜は全ての思考を投げ捨ててその声が聞こえた方向を振り向いた。

 

 そこにいたのは、肩らへんの長さまで伸ばした赤髪セミロングの女性だ。

 白い文字で「Welcome to Hell」と描かれたダサイ黒Tシャツを着ており、WelcomeとHellの間に赤いハートマークがあり、返り血のようなプリントのある服を、オブショルダーで着こなしている。

 スカートには濃い色の緑・赤・青の三色カラーの、チェックが入ったミニスカートで裾部分に黒いフリルと小さなレースがついている。

 

 なにより特徴的なのは、黒いロシア帽のような帽子を被り、頭の後ろに赤い球体、両手に月・地球を表す球体を持ち、鎖で首輪に繋がっているところだ。

 

 

(何この人…?)

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 何この人。それがこの人物に対して抱いた感想だった。驚愕より困惑の方が勝った。正直言ってダサイ。そもそもこの時代にTシャツなど存在しておらず、平安時代の感性のものに、現代の装いを理解させるのは無理があった。

 零夜やルーミア、シロはまだマシだ。零夜は基本服装は黒か白で統一しているし、シロに至っては全身真っ白だ。ルーミアもボタン付きの白い長袖ブラウスに黒のワンピースだ。

 だが彼女の服装に至っては論外であr――

 

 

「やかましいわよッ!私のファッションセンスにケチつけないでよねッ!!」

 

「す、すみません!」

 

「あぁ、あなただけに言ってるんじゃないからね」

 

「―――?」

 

 

 ちなみにだが、ここは紅夜と蒼汰の精神空間。ゆえに“シリアスブレイカー”の効力が働いているため、この場にいる限り彼女も、第四の壁(こちらがわ)を認識することができている。

 こえぇよ。

 

 

「え、えぇと…あなたは?」

 

「私?私は名乗るほどのものじゃないわよ。まぁ言うなれば、地獄の女神ッ!!あなたがあまりにも悩んでいるのを見かねて私が直々に来てあげたわ!!」

 

「―――はぁ」

 

「あー!!その顔は全然信じてない顔ねッ!!ほんと、初対面の時の蒼汰と全く同じ反応するわねッ!!流石同一人物ッ!

 

「いや、アイツと同一人物と認定されるのはちょっと……。って、アイツを知ってるのか?」

 

「そりゃあもちろん!!古くからの仲だからねッ!さて、時間もないから手短に話を進めるわよ。確か、半人半妖の自分を受け入れるか、受け入れないか、だったわね」

 

「――はい」

 

 

 突如現れた怪しい謎の人物の質問に、紅夜は素直に答えた。普通だったら、こんなことはしなかっただろう。だが、不思議と感じていた。この女性は、大丈夫だと。もしかしたら、蒼汰としての記憶が、紅夜(じぶん)の思考に影響を与えているのではないだろうか。

 

 

「そもそもあなた勘違いをしているわ」

 

「えっ…?」

 

「そもそも、蒼汰があなたの『霊力』を『隠蔽』で隠していたのだから、ライラはゲレルの種族を『妖怪』だと決定づけた。でも実際は違ったけどね」

 

 

 そうだ。今の時点でライラはまだ自分が半人半妖であることを知らない。だったら隠し通せる――と言うのは高望みだ。

 この戦いに勝つには、紅夜の全力が必要だと、蒼汰に言われたばっかりだ。隠し通すというのは、無理がありすぎた。

 

 

「この戦いが進めば、ライラは真実に辿り着くことになる。必ずね」

 

「えぇ。分かってます。でも――」

 

「人間の要素が混じっているあなたを、ライラは見限るかもしれない、って?」

 

「――はい」

 

「はぁ~~!あのねぇ、あなたの眼、節穴?」

 

「――え?」

 

 

 大きなため息とともに、次に出た言葉が“節穴”と言う罵倒だった。少し呆けて、言葉の意味を理解したあと、紅夜は顔を歪めた。

 

 

「どういう――」

 

「はい。ストップ。こんなことで怒らないの。私が言いたいことは、今更そんなことでライラがあなたを見捨てるかって話よ」

 

「それって…」

 

「そうね。そもそも、ライラが憎んでいるのは『人間』ではなく【ゲレル・ユーベル】と言う個人に対して。まぁそのゲレルを創った人間も、すでにゲレルに喰い殺されてるしね」

 

 

 その情報を聞いて、愕然とした。

 まさか自分の父親を創った人間がいて、その人間はすでに父親に喰い殺されているという事実に。すでにこの情報だけで頭がパンクしそうだが、それでも紅夜はその思考すべてを切り取り与えられる情報をただ一心に得ようとしていた。

 

 

「それに、あの二人だってそうでしょ?零夜とルーミアちゃんよ」

 

「零夜さんと、ルーミアさん?」

 

「そう。ただの人間――とは言えないけど、人間と妖怪があんなに仲良し。それって、一つの可能性じゃない?」

 

「可能性…」

 

「そう。かくいう私だって女神だけど、ちゃんとお相手の男性もいるのよ。その人ももちろん――人間、とは言い辛いけど、人間ね」

 

 

 結局どっちなんだと言わざる負えない。人間なのか人間じゃないのか。

 だがしかし、そこには可能性は確かに存在していた。この時代では、人間と妖怪が仲良く――などと言う思考すら存在していなに。互いに殺し合う関係ならあるが、彼らは違う。長い時間をともにした、仲間なのだ。

 

 

「とにかく!そんなことはどうでもいいのよ!私が言いたいのは、ライラと直接話しなさい。それで全てが決まるわ」

 

「――ッ」

 

「何を言ってるんだ、って顔ね。だって、そうしないと話が進まないじゃない。と言っても、ソレを決めるのはあなたよ。私に決定権はない。ただ、背中を押してあげることくらいしか、ね」

 

 

 そう。この件に関しては彼女は背中を押すのを促すことしかできない。強制決定権を持っていないのだ。だからこそ、強制はしない。

 

 

「さて、あとはあなた次第。私はもう行くわ。私にも立場というものがあるからね」

 

 

 そう言い残し、女性はこの空間から光とともに消えていった。結局、あの女性が一体誰だったのかは、分からず仕舞いだ。地獄の女神と名乗ってはいたが、それが本当かどうかも怪しい。しかし、女性の言葉は、強く、そして深く紅夜の心に根付いた。

 

 

「……不安ですけど、やってみます。それで、いいんですよね?」

 

 

 この女性の言葉が引き金となり、紅夜の考えはプラスの方向へと進んでいく。

 紅夜は目を閉じて、集中を高める。

 

 そして――、

 

 

『さて、準備はいいか?紅夜』

 

「ッ!蒼汰…。まずそっちからなにか言うことあるんじゃないの?」

 

『あー…意見も聞かずに連れて来ちまったのは悪かったと思っているからさ。時間がなかったんだよ。それに、今の状態じゃヤツの力の供給源を破壊することはできない。今やれるのは、俺とお前だけだ。――変わるぞ』

 

 

 その言葉とともに、紅夜の体がこの世界から消えていくのが分かる。変わるときだ。さぁ、ここからが正念場だ。

 信じるんだ、自分を。信じるんだ、師匠(ライラ)を。信じるんだ―――蒼汰を。

 

 

「あぁ、いつでもいけるさ」

 

 

 紅夜の意識が、現実へと浮上した。

 

 

 

 

 

 




 はい。ここで今回は終わりになります。これが紅夜と蒼汰の間に起きた粗方の概要ですね。
 ていうか部外者がさりげなく紅夜と蒼汰の空間に紛れ込んでましたけど、女神パワーですね。明言します。

 そして次回、現実に戻ります。

 ちなみに今回は、かなり重要な伏線がところどころに散りばめてありますよー。分かりやすいですけどね。


 次回もお楽しみに!


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