【完結】ナギサシティ。絆のお話。   作:rairaibou(風)

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第八話

 静まり返ったジムの外れ、倉庫の中にデンジは居た。電気こそついていて明るいもののジムには必要ないのではないかと言う部品や、様々な道具が散乱している。

 センターで出会った時とほぼ同じ恰好、ツナギとバンダナの様にまかれたタオル、ジム戦をそのような格好で行う訳ないのでおそらく着替えたのだろう。傍らに大きな工具箱を置き、白い布がかけられた何かをいじっていた。

 開けっ放しになっている扉を手でたたき、一応の礼儀を済ます。入口に背を向けていたデンジがこちらに振り向いた。

 

「ジム戦、お疲れ様です」

「君か、結果は知っているだろう。負けてしまったよ」

 

 会話の途中に再び背を向ける、機械いじりに夢中のようだ。

 

「チマリちゃんから聞きました、切り替えが早いですね、何をいじっているんですか?」

「あぁこれかい、バイクだよ、バイク」

 

 立ち上がって掛けてある布を捲る、中から少し小型の二輪車が現れた。

 全体的に赤がベースで何と言うか、かわいい。未成年の子供か女の人が乗るようなものだった。

 

「デンジさんが乗るイメージじゃないですね、少し小さい」

「いや、俺が使うのはこっち」

 

 デンジが指さした方を見ると黒塗りでかなり大型のバイクがあった。

 

「電気ポケモンの発電で動くようになってるんだ、もちろん改良済み。今やってんのは俺が乗る奴じゃないよ」

 

 電気ポケモンを動力に動く二輪車か、ややこしいところが聞いたら五月蠅そうなものだ。

 

「チマリちゃん、ですか?」

 

 デンジは俺から目を逸らしながら答える。

 

「まぁ、気持ちはね、だけどまだわからない、チマリがナギサから外へと行く時。その時には、乗り方を教えるつもりだ」

「免許の問題があるでしょう」

「取らせるさ、ジムリーダーという立場を最大限に利用してね。費用だって俺が出す」

「娘想いなことで」

「娘か、確かにその位の気持ちなのかもしれないな」

 

 少し笑ってまた俺に背を向けバイクをいじり始める。

 感動的で微笑ましい光景、これも一つの師弟の形だと思った。だが、デンジがチマリの事をそれほどにまで気にかけている、愛しているからこそ許せない。

 

「今日、俺はあなたに挑戦する」

 

 デンジの動きが止まった。予想外の事だったのだろう、もちろんだ、俺だってこんなにも早く挑戦する予定ではなかったのだから。

 デンジはこちらに振り返る、どこか不安な、落ち着きの無い表情。

 

「君が指定した日にちは十日は後だ、何か急ぐ理由でも?」

「感情に身を任せているだけです。デンジさん、俺はあなたが許せない、一秒でも早くあなたと戦いたいんだ」

 

 嘘偽りない、口調もいつもに比べたら幾分か激しく、早い。

 デンジは立ち上がり俺の真正面に立つ、俺よりも少し背が高い、俺を見下ろすその目に、怖さは無かった。

 

「旅のトレーナに敗北したことがそこまで不服だったのかい? それなら謝罪しよう」

「そんな事じゃない、戦いには勝利と敗北しか存在しない」

「ならば何が不満なんだい、俺の八年間不敗というブランドが崩壊したことか? 今日以降のナギサジム認定バッジには価値を見いだせないと言うことか」

 

 デンジの言い訳に等しい弁解は突き放すように聞こえたが、俺の怒りの矛先を自分に向けようとしている様に聞こえる、自分以外の人間の話題が極力出ないように。

 デンジは俺が大体気づいていると言う事を理解しているのだろう、これらの発言はデンジ最後の抵抗、批判の方向を自分に向け、その他の事を目に入らなくする。

 だが説得力がないのだ、おそらくこの男は嘘などついたことがないのだろう、俺の目と合っている目は今にも視線を逸らしそうで、戦いのときの威圧感は無い。

 俺はこの茶番に付き合うつもりはない、自分が思っていることを全部言うつもりでいる、デンジ最後の抵抗の先にどれほどの利益があってもだ。

 

「あなたがわざと敗北したと言う事」

 

 デンジの目の光が完全に消えたように見えた。

 

「それが気に食わない。いくら弟子のためだとは言えそれだけはやってはいけない行為だ」

 

 俺はこの時のデンジの表情を忘れることはないだろう、自らの企みがばれてしまったと言う焦り、何とかごまかさなくてはと思考する表情ではなく。後悔と、緊張から解放されたと言う安堵の表情。平然を装っていたが罪悪感に押しつぶされそうだったのだろう、この分だともっと悪い形で露呈していたかもしれない。

 デンジは俺から目を逸らす、だが否定の言葉は出てこない、嘘を嘘で塗り固められるほどの嘘のテクニックがこの男には無い。

 短い沈黙の後、デンジの口から出てきたのは自供だった。

 

「チマリは天才だ、おそらく同世代でチマリに適うトレーナーは少なくともシンオウにはいないだろう。だがチマリは、俺の下に就いたばっかりに自分に蓋をしてしまっている。あれでは駄目、あれでは俺より強くなることはない。だが俺は負けない。あいつの前で、チマリの前で勝ち続ける。それでまたチマリは自分に蓋をする、自分の凄さに気付かない、自分の可能性を否定する、どうすればいいんだ、あれじゃあチマリは並のジムトレーナーになってしまう、それだけは嫌だ。そう思った時、ずっと昔からより懸念していた禁じ手を使う事を決めた」

 

「あなたが負ければ、チマリは自分に自信を持つだろう」

 

 確かに、それは必要なことなのかもしれない。俺が師匠の敗北を見たように。

 

「そう、俺が負ければいいと思った。俺が負ければチマリは俺に失望し、この町を出て行くと思ったんだ。その時、これを」

 

 デンジが目の前のバイクに手を置く、だから負けてすぐに整備してたのか。

 

「だがあなたに対するチマリちゃんの依存度はもっと凄かった。最近チマリちゃんが泣いたところは見たことありますか?」

 

 デンジの表情が曇る。俺がこの問いをするという意味を理解しているのだろう。

 

「八年前に見て以来、無い」

 

 やっぱりね、と思った。最もデンジに見て欲しい彼女の弱みを彼女はあえてデンジに見せない。

 それは強いことだ、だが、それはあまりにも強すぎる。

 

「チマリちゃんはあなたの敗戦の後、海岸で泣いたんですよ。あの子は強いが弱い、あなたに涙を見せまいとすることはできたがあなたの敗北を受け止められることはできなかった。デンジさん、あなたがわざと負けたことも腹が立つが、それ以上に、師匠が弟子を泣かせたこと、これが許せない」

 

 デンジは両手で顔を覆った。

 

「返す言葉もない。教えてくれ、俺はどうすればいい? 俺はチマリに何をしてやれる? チマリに何と言えばいい?」

 

 デンジが初めて俺に弱みを見せた。社交辞令的な謙虚な物ではなく本当の、突けば死にも至るであろう弱み。しかもそれは凡人には理解しがたく誰も共感してくれない、孤立したもの。

 

「そんなもん、本人に聞けばいい、ほら、出て来い、つけてきたことは知っているんだ」

 

 俺が扉のほうに向かって声を上げると、扉の影からチマリが出てきた、ずっと後ろからつけていたことは分かっていた。だが俺はそれを咎めず、かといって案内する事も無かった。来たければ来ればいい、彼女にも聞く権利はあるしすべては彼女の自由だ。だが、黙って聞いていたあたり、案外彼女も半信半疑ながらも気づいていたのかもしれない。

 デンジは言葉も出ないようだ、いや、本当は出したいのだろうが言いたいことが多すぎてどれを言っていいのか分からないのだろう。頭の中を言葉だけがぐるぐると回っている感じ。

 

「チマリ」

 

 散々考えた挙句、その言葉を発し、デンジはチマリに歩み寄った。

 

「チマリ」

 

 デンジはもう一度チマリの名を呼んだっきり固まってしまった。

 何かを弁解しようとしているのだろうが、何から弁解すればいいのか、何から説明すればいいのか、どうすればチマリが勘違いしないか、どうすればチマリが傷つかないか、それを深く考えるがあまり何も出てこないのだろう。

 二人とも不器用で要領が悪いなと思った。要領がいい人間というのは曲線だ、障害物があったら曲がり、それが危険なものならば囲う事も出来る。

 だがこの二人は共に直線、デンジはチマリに対して、チマリはデンジに対してそれぞれ一本の線を引いている。傍から見れば交わっているように見えるその線は実は少しずつずれているために交わらない。そのズレは些細なものだが、直線の二人にはどうしようもない。勿論、第三者にも。

 偽りでもいい、一つ優しい言葉でもかけてやればいいのにと思う、それだけで救われる人間だっているだろう。不器用故、それすらもできない。

 幾分かの沈黙が続いた後、デンジは立ったままチマリを抱き締めた。




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