スキュラを片付けると幻獣達は引き返していった。
頭が悪くとも勝てない戦いに意味はないと理解できているのだろう。この陣地は河畔ゆえに追撃し難いのが非常に残念だ。
戦闘が終わったことで疲れ果てる者が出る中、私には忘れる前にやっておく事がある。
「兵藤少尉、よくやった。ゾンビヘリを落としたことは評価に値する。とはいえ妹尾少尉に戦わずとも良いと言った手前、陣への帰還までを任せる」
「はっ! 働いた分だけ報賞に期待しておきますよ」
仕事に対する評価はキッチリこなさねばらない。
より意欲にあふれ行動的な兵藤には酒でも出し、感受性の強い妹尾には一足早い休息を与える。
私はその間に眠い目をこすって放り投げたライフルを回収しつつ……。
戦いで得た成果をメモに残しておくことにした。
「今回の成果は幻獣の知性と、人型戦車を中心にした戦闘団構想の二つだ。それに比べたらライフルの評価試験はオマケだな」
一つ目は言うまでもない。
相手は戦力の使い方を知っているし、感情によってある程度左右されてしまう。寝返り工作や共生派国家の話を聞かない事から、価値観の違いで友好的ではないことが判る。
それはこちらの作戦を読まれかねないという事だ。
現に八代会戦で敵の大半を吹っ飛ばしたが、こちらは維持戦力にも欠く有様。かえって連中の得意な消耗戦に引き込まれてしまった。
「いかんな。このままでは自然休戦期まで粘って要塞化を進めないと。……いや、知性があるなら自然休戦期などという眉唾も信用ならんか」
この世界に居る幻獣という不思議な生物兵器。
どうしてから知らないが、昔から六月からの夏季には戦闘を行わないのだ。一説によるとエネルギーが尽きるまで戦える代わりに補給ができないので、消耗する夏を避けているとの見解もある。
だが、重要なのは定説であって証明された理論ではない。ということ。
仮に砂漠で昼間に歩かない方が消耗が抑えられるという行軍方法を採ったとしよう。しかし、それは消耗を抑えるための選択だ。急ぐ時は昼間も歩く。奴らも勝つためならば、一度くらい自然休戦期を無視した方が効率的だろう。
「そして人型戦車のメリット・デメリットが如実に出たな。帰ったら戦闘団構想と運用試験の要望提出しておこう。データが集められれば許可が下りるかもしれん」
問題なのは火力が足りない事、人を選び過ぎる事だ。
運不運や相手を出し抜く可能性を排除して考えると、スキュラを倒すのに四発掛かってしまう。これでは最大三機の構成で待ち伏せしても倒しきれない。仮に二機をフル稼働させる場合は、もっと倒し難くなってしまうだろう。
相手が一体ならば良い。だが知性がある以上、数体をまとめて運用するだろう。
となれば伏撃で一体倒したとしても、次の個体に狙われてしまう。仮に今回の様に上手く立ち回ったとしても、それで終わりだ。回避に専念せざるを得ず、イニシアティブをこちらが握ることは難しい。
できれば瞬間的に一体を潰し、そのまま移動して相手の機先を制したい。
もちろん二体目を潰すことで優位に立てるならばそれも良いが、やはり人型戦車の性能は機動戦にこそあるだろう。
「となると戦車か自走砲が欲しい。今回の様に友軍へ要請していたのでは駄目だ。優先度が下がる為、間に合ったとしてもイニシアティブを取れん」
もし榴弾を相手に浴びせてから戦闘すれば、三発で落とせる計算だ。
三機編成の小隊がスキュラを落として回り、二機フル稼働の小隊が敵陣に斬り込んで攪乱・誘導するという手が使えるだろう。もちろん誘導した所へも砲弾を叩き込む。
人型戦車を有効に使う為の砲は、やはり自前で持つべきだ。
だからこその戦闘団構想であり、まず人型戦車の運用を前提とする。その他への攻撃は、あくまで余裕の範囲内で行うべきだろう。友軍の砲はその逆だからこそ、両者の差は如実に表れてしまう。
「榴弾を前提にするとして少な過ぎれば役に立たんし、多過ぎればやはり人型戦車の為には惜しいと言われるだろう。半個中隊を二つ、それに
人型戦車小隊は、二・三・三の八機で三個小隊。
これを六両から八両の戦車ないし自走砲が援護し、小隊ごとに
人型戦車は二機フル稼働の隊は高機動で攪乱し、騎魂号を組み入れた三機編成は始末屋だ。
火砲はそのスケジュールに合わせ、人型戦車の突撃前に敵陣を擾乱し、あるいは攪乱後にこれを叩く。
「こんなものか。後はどうして戦闘団の中心に人型戦車を当てるかだが……。ここはやはりスキュラを最大限に利用させてもらうか。それならば押し込められた意味もあったという所だ」
肝心なのは、スキュラを任せられる存在が他にあるかという事だ。
考えた理論通りに、榴弾で削ったスキュラを三機の人型戦車が潰せるならば……。それは一匹だけなら瞬間的に。一対三の組み合わせを無限に行えば、次々と葬れるという事だ。人型戦車の運転以外には特殊な才能が必要ないのが素晴らしい。
これは戦車や自走砲だけでは無理な話になる。
まず仰角やら何やらを色々調整し、統制射撃で地道に削って行かねばならない。徹甲弾ならばもっと簡単だが、これはこれで当たらないという欠点がある。砲列を組んでいるゴルゴーンにしか使えない手だった。デフォルトは榴弾による弾道砲撃だろうか?
「後は突撃仕様と重装甲のテストもしておかねば……な。いかん。眠くなってきた。思わぬポカをしないうちに考え事はここまでにしておこう」
やりたくないがすべての機体データも揃えておかねばなるまい。
兵装の選定に好みの問題は関係ない。重装甲で前に出る事に成れ、どう使えば有効かを把握。その過程で接近に慣れておき、ミサイル一斉射撃を使いこなすのだ。
その上で……最適解を提出するとしよう。
●
煮詰まった頭で無理に考えても駄目だな。
仮眠から目覚めてメモを見返して気付いたのだが、技術者込みで守る為の司令部小隊が無い。人型戦車の後衛を任せる鋭兵とは別に、幾らか兵が欲しいか。
改めて企画書用に内容を訂正していると、長距離通信の順番が回ってきた。
『デグレチャフ。何かあったのか?』
「スキュラの動きを見て気付いたことがあります。もしかしたら連中は……」
言葉の途中で新城少佐の片手が挙げられた。
落ちくぼんだ金壺眼の片目がピクリと動き、無表情を保とうとしながらこちらに向けられた掌が反対方向に返される。
(これは『待て』、『戻ってから』ということか? 懸念であろうと迂闊に通信で話す内容ではないという事だろうが。ということは少佐は『知っていた』わけだ……)
ここで判ったことが幾つかある。
知性体が指揮を執っているという懸念は以前からあった上で、少佐はその件について話し合いたかったのだろう。確信が無いからか、確信はしているが『上』から止められていた。
こちらに無理に押し込んだことを考えれば、後者の方がありえるだろうか。
私が気付いてしまえば口止めを兼ねて話すことには問題が無い。内心でこうなってしまえば良いと期待していたから咄嗟に止められたという事かな。ならば、ここは話しの筋に矛盾が無く、臭わせる程度の言葉で切るべきだろう。
「連中にも感情くらいはあるのかもしれませんね。中核を叩きのめしてやったら慌てて逃げ出しました。帰還を始めますが、ドクに三番機をテスト用に重装甲型で組み上げてもらえるように伝えていただけますか?」
『そいつは愉快な報告だ。心胆寒からしめるだけの頭があるかは分からないがね。了解した』
重装甲型のテストを兼ねて挑発してみる。
そんな感じで流れをまとめ、一度話を打ち切っておいた。私の勘違いでなければ向こうから話をするだろうし、話が無ければこちらから向かうまでである。
ともあれこんな陣地に押し込められるのもここまでだ。
撤収準備をしつつ、昨夜の戦闘で判った地形情報をここの司令部に提出しておく。もし次に来ることがあったら、五稜郭の完成とは別にベトン壁の一枚も設置してあるかもしれない。真田丸みたいなのを増やして火砲陣地を増設できれば理想だが、流石に工期が間に合わないだろうか。
「これより熊本市に帰還する。道中は安全なはずだが、念の為に警戒レベルを上げておけ。万が一と言う事もあるからな。妹尾少尉は先行、兵藤少尉は整備士達を技術者だと思って警護しろ」
「はっ! 訓練を兼ねて警戒いたします」
「はっ! 共生派が来るかもしれないという前提で警護いたします」
早くに休ませていた妹尾を先行させ、遅くまで動いた兵藤を警護に回す。
特に言ったわけでもないが、勝手に訓練を始めるのはこれまでの経験と積み重ねだろう。この調子ならば人数を拡充する時に、任せておけば何とかなるかもしれない。完全な別部隊に飛ばされるならばまだしも、同じ中隊・大隊であれば私の目は届くのだから。
それはそれとして兵藤の言った共生派の件が頭に残った。
司令部護衛用の兵があった方が良いとレポートには記載しておいたが、幻獣共生派の事を考えれば歩兵中隊か衛兵一小隊があっても良い。なんだったら予備戦力として、状況によっては投入するとしておけばよいだろう。
少し多いかな? と思わなくもなかったが、意外とその要望は通る事になった。
その原因はあまり聞きたくない絶望的な理由であったが。
「まさかいきなり気が付くとは思わなかったな。しかも呑気に通信で伝えようとするとは」
「申し訳ありません。あまりにも作為的でしたので」
熊本市に帰還したところで新城少佐に出迎えられた。
そのまま適当な所で喫煙したいという少佐に付き合って立ち話だが、この様子だと盗聴でも警戒しているのだろうか? そういえば猪口曹長がよく使っていた喫煙場所だと思い出し、まさに『適当』な場所であると思い知らされた。優秀な先任士官というのは誠にありがたい。
「それでデグレチャフ。君はどこまで掴んでいる?」
「自分がそうだと確信したのはスキュラの配置と機動タイミングです。最初は流されたと装い大分側に回り、幻獣側の中核を砕いたところでまるで……救援……に」
報告しながら奇妙な事に気が付いた。
ソレで十分な脅威だというのに、新城少佐の目は『段階』を見計らっているかのようだ。そういえば『どこまで掴んでいる』と聞いたではないか。
どういうことだ? それでは多少頭が回るどころでは無く……。
いや、そうだとすれば今までの敗戦にも世界情勢の動きにも全て理由が付く。
だがしかし! それでは人々が雪崩を打って幻獣側に寝返ってない理由が付かないではないか!?
「……まさか価値観だけが合わないのだけではなく……。もしやっ!」
「そこまでだ。声が大きい。順を追って話すが……驚いたやつだな。まさか僅か数日で世界の秘密に気が付くとは。
寝ていた龍騎兵が目を覚ます。
僅かに漏れた少佐の殺気に反応したのだろうが、少佐の目は周囲に向いている。誰か潜んでいないかを確認したのだろう。
そしてサーベルタイガーが再び目を閉じたことで、自分より彼女を信じるという少佐は殺気をひっこめた。代わりに出たのは上品な細巻き煙草。
「
「お忘れかもしれませんが、自分は未成年であります」
「お前の様な未成年が居るか。昔の若武者は十五で……そういえばまだだったな」
そんな他愛ない話をしつつ、少佐は新しく取り出した細巻きを自分で咥えた。
それまでの煙草より明らかに良い物で、火を点けると辺りに良い香りが漂ってくる。副流煙が気に成るが、この時代の人間に言っても仕方がないか。
「まったくもって最悪な事に、連中は知性を持つだけじゃない。人間の形状をしていない奴も居るが、残念なことにしている個体もそれなりに居るそうだ」
「……初耳です。ということは自分の故郷も?」
ドイツはアカに占領されかけていた東側が、そのまま幻獣側に寝返った。
公式発表では話が全く通じずに、暴力によって押し潰されたことになっている。だがこの様子では、偽りの公式発表だったのだろう。
まあ判らなくもない。幻獣側に知性があり、もしかしたら命を長らえる事が可能とあれば藁にもすがろう。もっともあまり可能性は高くないようであるが。
「判っていることは聞くな。寝返ったままだが無事らしい。ただし、再上陸を試みて帰って来た奴は居ないがね。ただ……可能性そのものは補強できる」
「別ルートからの検証ですか? ……共生派が持ち込んだテロ手段が気に成りますね」
前々から思っていたのだが、当局の警戒のわりに大事過ぎる。
未然に防いでおいてこれなのだから、用意できる手段が強力なのだと思うしかない。あるいは寝返らせるネタが魅力的かだが……。
もし幻獣を眠らせて持ち込めるのだとしたら、その効果はどちらの意味でも十分過ぎる。
戦力として十分だし、提供元が幻獣国家だと言えば寝返りたくなる者も続出するだろう。
そしてある程度は未然に防いでいるという事は、眠らせたまま回収したモノもあるはず。おそらく上層部はソレをひた隠しに隠し、幻獣研究の最先端に持ち込んでいるのだろう。
「そうだ。連中は幻獣に変身する。速攻で鎮圧されているから、それほど強くないか寿命が短いのだろうけれどね……」
「なるほど、変し……ん……?」
待て、いま妙な言葉が出なかったか?
それではまるで怪獣映画。いやヒーロー映画のごとく変身するかのようではないか。
人間が変身? ありえない!
どこまで人が生化学を駆使しようとも、そんなことはありえないのだ。
だがソレを可能とする邪悪を私は昔から知っていた。
(存在X~!? あの邪悪め、自称神を気取っているかと思えば今度は悪魔の真似事か!! そこまで私を追い詰めたいというのか!?)
かつての95式にしても、クソ袋にしても、そしてアカが使った核兵器にしても。
僅かな可能性があれば存在Xは実現するように仕向け、完成させてしまう。理論がホップ・ステップ・ジャンプした結果、可能であるならば奴は現実のものとして再現できるようなのだ。
しかし、そう考えれば幾つかの事に整合性が付いてしまった。
ウォードレスや人型戦車に浸かっている人工筋肉だって、この世界のクローンだって1980年代にしてはオーバーテクノロジーだ。もしクローン人類を造る過程で、幻獣化ゲノムでも仕込んでいたら可能かもしれないのだ。そして幻獣は生物兵器として完成され過ぎている。
「しかし信じられん奴だな。君の頭の中を半分に割って見てみたいよ。僕に童女趣味があったら物騒過ぎて閨の中に囲って一生出さんぞ」
「まさか偶然です。それに働かずに食う物を得られる世界など信用なりません。私はシカゴ学派ですので」
「どこの世界にシカゴ学派の幼女が居る」
「都合の良い時だけ幼女扱いしないでください。給料はちゃんといただきますよ」
そんな馬鹿馬鹿しい話をしながらお互いに苦笑して気分を落ち着かせる。
盛大な勘違いがあったようだが、切れ者として認識されたようだ。ひとまず精神的同性愛にならないように尻の心配はしておくとして、良い関係を築ければよいのだが。
「冗談はさておき人間型の警戒も必要だ。送ってくれた戦闘団構想は何としてもねじ込んで見せる。君は先行して歩兵を使い物になるようにしておけ。『薩州』に関しては様子を見る」
「はっ! 了解しました。兵には少し泣いてもらいましょう」
嫌な話続きだったが、ようやく明るい話題が出てきた。
このまま戦闘団が完全な形で編成できれば、スキュラの集団を即時撃滅できる。その戦闘を繰り返せば相手の意気を削げるとは言わないが、一筋の光明が見えてきたような気がした。
それが幻想であるなどとは、夢にも思わなかったが。
「大丈夫か貴様!」
「アタシの事ば良か! 助けてくれ! 万翼長殿に……」
満身創痍で伝令が飛び込んできたのはそれから数日もしない頃だ。
佐賀で出逢ったサキらしき塊が、かろうじて無事な上半身で必死に語り掛けている。強酸に晒されているにも関わらず、喋るのに邪魔なヘルメットをはぎ取って血を吐く思いで何事かを喋っていた。
という訳でターニャは余計なことを知ってしまったようです。(ポテチを準備)
衝撃的な事実とそこに畳みかける悲劇!(コーラをコップに注ぎつつ)
ターニャたちは一体全体、どうなってしまうのでしょうか?(プロージット!)
●戦闘団構想
歩兵・火砲・機動戦力。この三つを有機的に運用し、効率的に敵を排除する物。
上手く行ったらあれだけ苦戦したスキュラが融けるように消えて行く。
ちなみにターニャは才能という物をまったく過信していないので、人型戦車さえ動けばOK。
「この欠陥兵器、どうやって使うの?」と言ってるお偉いさんに対し
「目的はスキュラ他、中型幻獣の排除です」と今までできなかったことにスポット当て
判り易く説明しているのと、特殊能力を無視している部分が気に入られたようです。
(なお、芝村から見た場合の不満は除く)
●駒城家
元は皇国の守護者における最強の武闘派閥にして、新城少佐のお館。
この世界では徳川に召し抱えられた武田騎馬隊の末裔であり、三河以来の派閥である護州閥とは仲が悪い。(この世界の武田家は、実際に騎馬軍団を率いていたものと仮定する)。
●幻獣の知性体
榊ガンパレでは謎の生物兵器を操る連中。
何もなく自然に帰った区域もあれば、幻獣国家も僅かに存在しているとか。
アルファシステムの作っている背景的には、更に救いようのない連中。
全て元凶が悪いのである。
おのれ存在X! というのはとばっちりではあるが、あながち外れていないという。
●サキさん
次回ゴッドスピード、サキ!
華のように短い人生だった。ささやき、いのり、えいしょう、ねんじろ!