遠雷の音を聞いて先任曹長に指示。
何名かが追ってくる気配を感じながら、即座に近くの高台へと向かった。
すると彼方に土煙が上がり始め、その周囲に小さな閃光が見え隠れする。
「何kmか先で戦闘が始まっているな。馬鹿が……せっかくここまで逃げ出して来たのに、斥候相手に発砲したな」
私は意図して独り言を口にした。
後追いで着いてきている兵に聞かせるためだ。猪口曹長であれば雑兵ではなく心効いた兵を付けるだろう。
「良くお分かりになりましたね」
「私の故郷は塹壕と砲火の中さ。ラインが懐かしいが、仕事の話に入ろう」
分隊長格の兵だけが傍に寄る。
残り数名の内、一人が生態結晶の準備をしているのは新城大尉への連絡待ちだろう。
それにしても情けない。
かつての世界であれば魔力を練り上げて魔導砲撃を掛けに行ってる。203以来の精鋭ならばこの人数でも十分に殲滅できたはずだ。魔力もなく部下も居ない以上は無い物ねだりをしても仕方がないが。
「指揮官が冷静なのであれば白兵戦のみの無砲火戦闘で片を付けるはずだ。それにあの光を考慮すると三体以上のキメラが居る。これは無視できん」
「タンクバスターですか……確かに」
死にたい馬鹿は放っておけと言いたいが、此処は出発点に近すぎる。
キメラは大陸でタンクバスターと呼ばれたほど、戦車には相性の悪い敵だ。端的に言うと長射程のレーザー砲を有する強力な中型幻獣である。命からがら逃げてきた敗残兵が戦闘を覚悟せざるを得えない相手というのも頷ける。これを放置すれば残兵を送った場所もまとめて撃破されかねない。
本格的な塹壕を築けていない以上は一方的な虐殺だ。
出口の一つを確保しつつ、上層部からの死守命令を押し付ける計画が台無しになってしまう。それでは人的資源の無駄遣いにしかならないだろう。
「本隊は予定通りに二時方向に抜けるはずだ。そこで我々は先行して十時方向に敵を引き付ける。上手くすればこちらは走るだけで、後ろから鴨撃ちだな」
「そう願いたいですね。では最初に斉射した後は戦闘無しで?」
眉をひそめて怒りを表したいところだがウォードレスではそうもいかない。
この分隊長格もまた、部下に指示を徹底させるつもりで聞かせているのだろう。やはり一声で通じる部下を一朝一夕で用意する訳にもいかんしな。
「判り切ったことを聞くな。斉射後は一切足を止めずに走り抜く。ただし、キメラが逃げ込んで来たら遺憾ながら
「はっ! おい、聞いたな?」
「はっ! 至急送ります」
もどかしいが、独自の行動権を付与されているわけでもない。
攻撃に対して即応するような状況でない以上は、独断専行にならぬよう通信を送り、許可が下り次第に行動するほかなかった。
●
ほどなくして実行許可が返って来たので走り始める。
ここで躊躇うような馬鹿なら願い下げだが、斜め上の返事だったので恐れ入る。
まさかキメラに関しては撤退を開始せずとも、挟撃突入で確実に殲滅するという判断だった。
「不要な戦いを望むようには思えなかったが……。そうか、後のイニシィアティブの問題か」
ここで追い払うだけなら容易い。
撤退中の部隊を追撃中に、手痛い反撃で混戦中のようだ。それを横撃するのだから勝てるのは当たり前で、耐久値も高く戦闘力が非常に高い中型幻獣をいかに仕留めるかという状況だった。
包囲攻撃だけでも勝てるはずだが、突入すれば確実に狙って仕留められる。
加えて救助される部隊の被害と心象が全く違う事になるだろう。余程の偏屈でなければ感謝されるし、高級将校の隷下でなければ戦力を徴収するのも容易い。上手く行けば部隊事丸々取り込むことも望めた。
「人遣いの荒い上官殿だ。予定地点まで抜けた後、本隊の突入を待ってこちらも行くぞ」
「お供します」
という訳で巡航速度で疾走中。
どうせ土煙に紛れて注目度は低いし、射撃するまでは放置してくれるだろう。万が一それまでに気が付かれたら、それこそ射撃しなくても引き付けられるので無問題だ。
徐々に相手側に寄せて、気が付いていればキメラの最大射程に差し掛かる。
「キメラは発見から攻撃に移るまでにタイムラグがある。戦闘速度に入っても全力疾走は禁ずる。決して直進するな、縦横斜めに時間、ランダム要素を入れて回避運動を採りながら前進せよ!」
「「はっ!」」
これは今までの戦訓で良く知られたことだ。
基本的にキメラは直射せずある程度の狙いを付けてから解き放つ。これはエネルギー集積量の問題よりも、体の大きさゆえに命令伝達が遅いのだろう。
強化されたネームドなどという偶然があれば別だが、そこは祈るしかない。賢いメイジキメラに部下を統制できるタイショウキメラとか来られたら全滅しかねないのだから。
「射撃は私の後、各個に撃て。幻獣には当たれば儲けものだと思え! 三、二、一、フォイア!」
「っ撃て! 撃て!」
「「っ!!」」
元から移動に邪魔にならないアサルトライフルしか持って来ていない。
届くのは届くだろうが、足を止めていたとしてもゴブリンを数体以上に撃破できたら驚きだ。まして移動しながらの射撃なので、そもそも当たるかどうかすら怪しい。
パパパッ、パパッと小さく弾けて敵集団で火花が散った。
運悪く負傷した個体や、それに気が付いた連中がこちらに不気味な視線を向けている。
「よしっ! 間抜け共が気が付いたぞ。乱数機動開始! 所定の場所まで走り抜け!」
「「了解!」」
心得たもので付き従う兵士たちはそれ以上の交戦をしようとしていない。
これで『幻獣は皆殺しにせねば気が済まない!』なんて馬鹿が居たら、この時点でゲームオーバーだ。……もっともそんな恥さらしなことになる前に私自ら引導を渡してやる覚悟ではあるが。
ともあれ陽動は成功し、こちらに気が付いた敵の一部が追って来始めている。
ウォードレスの脚力へ任せて横っ飛びに跳躍している時に振り帰ると、ゴブリンを始めとしてキメラの一部がこちらを向き始めていた。本音を言えば雲を霞と逃げ去りたいところだが、囮であり逆撃に転じる以上はあまり距離を離すわけにもいかないのがサラリーマンの辛い所だ。
「今のところ予定通りだ。このままの速度を維持。仮に私が被弾しても拾うな、どうせ挟撃して敵を殲滅する!」
まったく、普通ならばこのまま陽動だけを済ませて戦わないつもりだった。
だからこそ足が速い事だけを重視して兵を付けてもらったのに、好戦的な上官殿のお陰で貧乏くじだ。
しかし交戦中の部隊に戦車が居ることは疑いようが無く、かつ、出発点に近いことから敵を殲滅して戦力を回収したくなるのは判らないでもない。戦力として全くあてにならなくとも注目を集めて功績を証言させることができる。上手くすれば将校を助けて発言力を稼ぐこともできるのだから。
「中尉! 本隊が攻撃を始めました! 引き返しますか?」
「まだだ。どうせゴブリン共は本隊に気が付いていない。このまま囮を続ける」
本隊と言っても歩兵一個中隊はオマケに過ぎない。
無数にいるゴブリンの露払いくらいにしか使えないし、本命はあくまで新城大尉の直卒する基幹要員だ。どれほど居るのか聞かされていないが、精々一個小隊くらいのはず。それほど期待はできないだろう。
現に歩兵たちがゴブリンを薙ぎ払う中、数人がロケット弾や対物ライフルの集中砲火を一匹に浴びせているだけだ。それでまだ落ちないのだから、精鋭とはいえ練度の方はあてにならない。あくまで伝えたことを十全にやってのけるというだけだろう。
「もう少ししてターンする! 態勢を入れ替える中で流れ弾を喰らうなよ!」
「そんなマヌケは居ませんよ! まあ役に立つかは不明ですが」
ついてきた分隊長は不敵なタイプだ。
戦闘力はともかく斥候としては十分だろう。こういった人物を付けてくれるあたり、猪口曹長の目は確かだ。できるだけ足を向けて寝ないようにしておこう。やはり先任士官はありがたい。
「各個に反転しつつキメラに向かって突入! 肉迫して一体を潰すぞ!」
「「了解!」」
反転すると我々を追っていた敵は随分と減っていた。
交戦中だった友軍が、救助が来たと判断して一斉突破を図ったのだろう。どうやら指揮官が無事で、ある程度はまともな頭が回るらしい。
恩を感じてくれる人となりか判らないので楽観はしないようにして、超硬度カトラスを抜きながらキメラの元に飛び込んでいった。
「無理して正面には立つな! 最悪、隊長の龍騎兵に任せる! 確実に避け、余力で攻撃するようにしろ!」
我ながら随分な物言いだが、本来であれば不要な戦いだ。
前後から挟撃することにこそ意味があり、我が隊の中で最強の火力を誇る龍騎兵に期待するのは間違っていないだろう。
預けられた兵を殺すなど無能の極み。
だが逃げ回って一撃も与えぬではたかが知れる。ゆえにカトラスでの切り込みを選び、ハラワタに深く突き刺してアピールしておいた。
……やはり魔力が恋しいな。かつての魔導刃ならば既に屠っている物を。
数人がかりで逃げ回りながら数度突き立てようやく片が付いた。まあ今は生き延びるための戦いから、功績稼ぎを考えられるだけ良しとしておこうか。
この戦いにおいて最大の戦果は、戦車と兵員輸送車両を合わせても一個小隊にも満たぬ戦力を救出したことである。
という訳で第三話になります。
歩兵部隊だけで無数の敵を倒せとかいうムリゲーを何とかした感じ。
まあ撤退中の友軍部隊が勝手に戦闘始めたので、それを見捨てて消耗するのを待っただけですが。
お陰で比較的にまとまった部隊が壊乱し、代わりに数量の車両を徴収することが出来ました。
兵員輸送車両は魅力的だったので、仕方ないね。
戦車? 多分塹壕の方に向かわされるでしょう。目立つし撃ちまくるほど残弾と燃料あるか怪しいので。
景気の悪い歩兵戦は次回くらいまでで終了。
面倒だなと思ったら八代開戦そのものをさっさと終わらせて、あれから半年とかになるかもです。