ターニャのガンパレード【完】   作:ノイラーテム

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幻獣王暗殺編
外伝:絶望の始まり


 その日、悪夢が起こった。

五稜郭陣地の跡地まで押し返していたはずの人類は、陣地を取り返すことなく後退を余儀なくされた。それは後に『悪夢の七日間戦争』と呼ばれる人類大敗北の幕開けでもあった。

 

「……なんだあれは」

「漆原大尉。報告は正確に頼む。君の親愛なる上官殿に嫌味を言われるのは私なのだ」

 跡地を利用して偵察を行っていた彼らが最初の目撃者になる。

一人は後の世に狂人として記載される運命にあるが、この時まではまだ正気で居られた。

 

「大佐殿。あれをご覧ください。ミノタウルスが……ミノタウルスが道具を使っております!」

「……ちっ。私はまだ生きているぞ。だが、これはいかんな」

 漆原大尉と呼ばれた青年より大佐と呼ばれた男は双眼鏡をひったくった。

第六世代型クローンに合わせたソレは、容易く遠距離を視認させる。そこに写って居た光景は確かに悪夢。幻獣が道具を使うなどという生易しい光景ではなかったのである。

 

そこに居たのは巨大な樹をへし折り、掲げながら練り歩くミノタウルスの群れ。

それが縦横に列を為し、中央にはゴルゴーンがひしめいている。そして悪夢はそれだけでは終わらなかった。

 

「奴らファランクスでもやってるつもりですかね?」

「四方をよく見ろ。もっと悪い……テルシオ……、いや速度を考えればドラグーンか。奴ら三世紀前のパラダイムに生きているとはな」

 恐ろしいことに前陣の脇には新型のG・タランテラが居た。

後陣後方にはスキュラが浮かんでおり、四方から近寄るモノはレーザーの洗礼を浴びるだろう。もちろんミサイルで吹き飛ばされる方が速いかもしれない。

 

そして中央には奇妙、いや奇怪なモノが存在した。

数十mものサイズで直立する超巨大な菌糸類。その中央には溺れるようにナニカが居て、同時にナニカを引きずっているのだ。

 

「中央のは奴らの王? 引きずっているのは捕虜でしょうか?」

「判らん。判ったとしても迂闊な断定は禁物だ。しかし……この長距離を引きずられて生きているとも思えんな。人間ならば」

 生きているとしたら幻獣かもしれない。

だが、どうして引きずられて居るのか分からない。だとしたら幻獣が遊び半分で、人間の死体をバラバラに並べるような感じかもしれない。

 

だが……本当にそうなのだろうか?

それを判断する根拠が何処にもなかったのである。

 

「佐脇大佐。いかがしますか?」

「あの男の元に戻るぞ。……その上で、軍の高官が前に出る必要があるなら私の役目だろうな」

 それが敗軍の将の責任である。

既に死者のリストに乗せられた佐脇俊兼は、不本意ながら自分が最も憎む男の元に戻ることにした。

 

 とある場所で四本腕のウォードレスが唸りをあげる。

その姿は異様であるが見た者は別の感想を抱くだろう。どうして手術室にソレが必要なのか……と。

 

だが手術室に横たわっている彼女にはそこまで疑問を抱く余裕はなかった。

 

「ここは……何処……や?」

「起きたかね、フロイライン?」

 少女が目を覚ました時、いつも見かけるデブが居た。

白いスーツに身を包み、にやけ顔でこちらを見守っている。

 

そして傍らには四本腕のウォードレスを操り、たった今まで自分に手術を行っていたらしき白衣の男が居た。

 

「今がどういう状況か判るかね?」

 白衣の男は眼鏡を動かしながらこちらを見詰めている。

その動きを漏らすまいとしているようだが……。どうしてそんなことが重要なのだろうか?

 

「確か……ミュンヒハウゼンのおっさんと別れて……共生派を追い出した所たい。もうちょっとで倒せたと……」

「バックアップ時の記憶だね。……全力は?」

 怪我で記憶が飛んだのだろうか?

大怪我をして血液が無くなると、こういうことが起きると前にも聞いた覚えがある。

 

しかし、おかしな話だ。

怪我をしたから手術したのだろうし、怪我を治療したならば、同じことができて当然ではないか。拳に力を籠めると光が生じる。

 

「この通りたい」

「成功ですな。同じ能力を所持しています」

「さすがはグランドプロフェッツォル! いやはや成功とは陳腐であっても、何度言っても良い言葉だ。素晴らしいぞ」

 輝く拳を見せ得ると白衣の男は満足そうに頷いた。

そしてデブは何度も手を叩いて白の男を褒めちぎる。それほどまでに難しい手術だったのだろうか?

 

何か尋ねようとすると、建物がきしむのを感じた。

爆風か何かで扉が破られ、その衝撃で建物自体にもダメージを負ったのだろう。

 

「これはいかんな。代行殿を守って脱出できるかね? 私は使えそうなのを起こして他は薬品焼却を行ってから行く」

「問題なか」

「では頼むとしようか。私は射撃が苦手なんだ」

 共生派が襲っているのだろうか?

それなら迎撃して倒しても良いのだが、まあ戦えないデブを守りながらは難しいだろう。仕方ないと手術室を出て……。

 

不意に部屋の隅に他の女の影を見た。

なんだ、『あの女も怪我をしたのか?』と見知った顔を見て、あの女の戦いぶりなら地上でも強いのだろうと、その場を任せる事にした。

 

 施設を襲ったのは幻獣共生派であった。

彼らは警戒厳重なはずの場所へ、容易く侵入すると屈強な警備員たちを倒し、奥へ奥へと侵入していく。

 

だが百戦錬磨の彼らをしても、この移設の警備員の質は高過ぎた。

それも格闘戦主体と過去の経験を想起させ、古傷が痛むような戦い方である。

 

「クソが! この戦い方……。あの女と同じ流派かよ。そういやあ同じような尻の振り方しいてやがるぜ」

 ヤン・ヴァレンタインは義手に取りつけたブレードで警備員の死体を突き刺した。

以前に戦った女ほどの強さはなく、銃で動きを止めてから攻撃するとアッサリ倒せた。もっとも中にはウォードレスかと思うほど腕の大きな奴や、異様に足の速い奴も居たのだが。

 

「待て。……こいつを見ろ、ヤン」

「けっ。クローンかよ。そりゃあれだけの女だったからな。死んだとはいえ量産体制が敷かれてもおかしかねえが……」

 兄のルーク・バレンタインに言われて死体を凝視した。

するとヘルメットの下からは、二階堂サキと同じ顔をした女の姿。だが最後までその言葉を続けることは出来ない。

 

ピーっと兄がナイフを滑らせてプロテクターを外すと、そこには異形の体があったのだ。腕の大きな奴は幻獣かと思うような巨腕が。足の速い個体は、なんと鳥足で異様な細さと強靭さを兼ね備えている。

 

「なんだこりゃ? クローンじゃねえのか?」

「我々と同じ強化実験? いや……それだとおかしい。我々と同じならば既に十分技術を確立させているはずだ。何を実験しているんだ?」

 ヘルメットを外してみると、全てがサキであった。

それだけならば、優秀な個体だから量産したクローンで片が付く。その全てを強化個体にするのも、まあ意味は分かる。戦力を育てるというのはそういう物だからだ。

 

「ヤン。オリジナルの特定だけで良いかと思ったがもう少し調べるぞ」

「良いのかよ? 新しい依頼主は八代にあるかどうかだけを確認しろっていってたじゃん。つーか、ほっとくと此処まで連中が来ちまうぜ?」

 ルークはそれでも調査を続けることにした。

次に同じチャンスが得られるとは限らない。そして何より……サキは彼らと同じ様な強化をしていたはずだった。

 

ならばその末路は自分たちにも振り掛かって来る可能性がある。

彼女と同じクローンを使っただけの、完全に別の実験ならば良い。だが何かの因子を注入して、勝手に別のナニカ……例えば幻獣に変身してしまうのであれば、自分たちの身も怪しくなってくるからだ。

 

「サキ二号、感情面の構築失敗、破棄。サキ三号ならびに四号、肉体的欠点アリ、警備要員として利用。サキ五号、制御技術を持たず、精霊回路実験に用いる……」

「なんだ。やっぱクローンじゃん」

 地下階で見つけたコンピューターから強制的に吸い上げるデータを読み上げる。

その言葉を聞いてヤンは他愛ない量産実験であると誤解した。現行のクローン技術はそれなりの時間が掛かり、強化手術はその後だ。てっきり、それらを短縮する為の技術だと誤解したのだ。

 

だがルークは首を振る。もっと根源的で危険な単語を見つけたからである。

 

「違うぞ。これは……。サキ六号、記憶継承に失敗。別個体として人格形成とある。……要するにな、こいつらは同一個体実験。……完全に同じ人物の再構成を目論んでいるんだ」

「はっ? それに何の意味があるんだよ。クローンでいいじゃん」

 苦虫を噛み潰すルークに対し、ヤンはさっぱり分からなかった。

あるいは元からクローンとはそういうモノだと誤解したのかもしれない。

 

「大きく違う! クローンは経験や記憶まで継承したりはしない! こいつらはコピー人間だと言っているんだ!」

「だからさあー。それに何の違いが……あ、消えた」

 プツプツと音がして、コンピュータの電源が消えていく。

より正しくは、中身が消えて行った。もはやウンともスンとも言わないブラックアウト。基板から立ち上げたとしても、初期状態に戻るだけだろう。

 

「判りませんかー? 判りませんよねー。貴方たちはそういう(・・・)役回りなのですし」

「誰だ! あん? どこかで……」

「……貴様は確か……」

 奥から誰かがやって来る。

長物を手にして黒髪の女がやって来た。その顔に薄っぺらい笑顔を張り付けながら。

 

その女は時折、ニュースを賑やかせるエースの一人だった。

凛とした佇まいは男と言わず女と言わず魅了しているという。だが……どうにも下卑た表情を浮かべているのが気になった。

 

「悲劇ですわ喜劇ですわ。上層階で引き返して居たら無事だったかも(・・)しれませんのに。役目を忘れた狗には躾が必要な様で」

「なんだとこのクソアマ!」

 その女はテレビで見掛けるよりも慇懃無礼な口調だった。

もしかしたらこちらが素かもしれないし、この下卑た表情が素顔であるのかもしれない。

 

もし、この女が本物であるとするならば……の話だ。

 

「どういう事だ。壬生屋(・・・)!! いや、コピーに用はない! 居るのだろう! 飼い主殿が!」

「っ! ええそうですわ! 私はコピー! さっきまでコピーでした(・・・)。名前をいただいたのですけれど……リップバーンとお呼びくださいな」

 コピーと呼ばれて壬生屋の姿をした女が牙をむいた。

そして懐から眼鏡を取り出し、大切そうに顔に身に着ける。まるでソレこそが、彼女の本当の貌であるかのように。

 

リップバーンと名乗りをした、壬生屋未央と同じ顔をした女の周囲から誰かがやって来る。

 

「うお!? まだいやがったのか!」

「姉妹たちも名前が欲しいそうですわ。ここには二名ほどおられますよね?」

 そこにはサキが居た、未央が居た。

他にも屈強そうな能力の持ち主や、特殊な能力の持ち主らしき者が居た。男も居れば女もいる。

 

それぞれに物騒な眼をして、自分だけの名前を手に入れるために血走った目でヤンとルークを見ていたのだ。何しろ彼女らは戸籍を与えられる固定型クローンではなく、同じ人物として非正規に製造されたコピー人間なのだ。与えられて初めて個性を許されるのである。

 

「早い者勝ちですよ~。この人たちを倒したら、名前をいただけるそうですわ。という訳で……とっととおっ()ね道化共が!!」

「何なんだ! 何なのだお前たちは!?」

 牙をむいて襲い掛かるコピー人間たち。

素手と銃の差は大きいが、それでもここには無数の強者が居る。アサルトライフルで撃たれた位では止まらない。何人かは倒されたが、素手でバレンタイン兄弟を引き千切って殺してしまった。

 

やがて部屋を満たす強酸性の薬品を見つめながら……。

施設を去り行く男が静かに呟いた。

 

「北辰」

 白衣の男は胸元に光るDRという文字のみを輝かせてその場を去って行った。

爆破されて地下ごと沈みゆく施設に目を向けることも無く。

 

「世界の全てに一人残らず配給するのだ。奇跡の様な科学を! 科学のような奇跡を!」

 その言葉は誰に届くことも無く……。

 

 その日、人類の領域は大きく後退した。

ターニャ・フォン・デグレチャフは取り返した県境を速やかに放棄。防備を固め始めていた八代平原すらも捨てて熊本市まで撤退。

 

列車砲を有しながらも一気に後退した彼女に批判が集まるが、同時にその決断速度を評価する者も多かった。それだけ幻獣側の変わりようが大きかったのだ。

 

特に自然休戦期を無視した動きを予測し、これに備えていた事は大きかった。

 

「マランツォフ?」

「それが幻獣王の名前なのか?」

「そうよ。帝弟マランツォフ。それがこの戦争を主導するバケモノの首魁」

 一兵卒に化けた新城大佐を伴いながら、佐脇俊兼はその会談に応じた。

人々はこの日を境に佐脇が狂ったと評している。決して迎えてはいけない相手を客人として迎えながら会談を始めた。

 

「私には……正直、君がバケモノではないと評することはできないがね?」

「それは否定しないわ。私はロッシナ家のユーリア。私もまた帝室に連なり、あなた方の言う幻獣を率いていたのだから」

 人間の形をした幻獣、ユーリア姫。

幻獣達にも権力争いがあり力を貸せば和平に応じる。

 

その甘言に佐脇は新城の影武者として乗るのであった。

 

決して世界が彼を許さないとしても構わない。

決して彼は自分自身を許さないのだから。そのくらいで丁度良い。

 

だから、世界の反逆者として死ぬことは、佐脇にとって本望であろう。




 という訳でいきなり外伝です!
どう考えてもターニャ視点では話が大きく進まないのでしょうがないですね。

●幻獣達の行進
 熊本城攻めは余力の範囲でした。
今回から真面目に行きます!

G・ミ・ミ・ミ・G
ミ・ゴ・ゴ・ゴ・ミ
ミ・キ・マ・キ・ミ
ミ・ゴ・ゴ・ゴ・ミ
ス・ミ・ミ・ミ・ス

だいたいこれを大きくした感じの陣形。
ミは大きな樹を抱えたミノタウルス、ゴはゴルゴーンの砲列。キはキメラ。
GはGタランテラでスはスキュラであり、四方からレーザー援護してます。
樹は旗でなくて、直接照準の戦車砲や92mmライフル防御用ですね。

●クローンとコピーの差
 この世界のクローンは素体だけ同じ遺伝子で、個性は違います。
ちゃんと別人扱いで、戸籍ももらえますし、名前を自分で帰るのもOK。

一方でコピー人間は違法というか、そもそも成功していなかった人間兵器。
まったく同じ能力・記憶を持ち、個性なんかも同じ。もちろん違法なので戸籍はない。
スパロボで言うとバルシェムですかね。活躍すると名前と個性をもらえます。
今回出てきた未央コピーことリップバーンは、眼鏡と名前貰ってウハウハです。
ドク「凄い能力者が居る? なら量産しましょうねー。
   どれができる能力を私は持ってますから~」

ちなみにDRというのは、とある組織でのコードネーム。

●佐脇俊兼
 五稜郭陣地を預かっていた男。今では死亡扱い。
部下を皆殺しにしてしまったが、おめおめと生きている。
しかも新城に助けられて下風に立たされてツライ。
多分、今のユーリア姫の立場を一番判ってあげられる存在。
でも面倒くさいので次回死にます。
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