方針さえ決めれば後は動き出すだけだ。
順序を決めて取り替えの効かない事は先に指示を出しておく。戦車隊の移動経路でありユーリア姫への要請であり……。
そして本来は行うべきだった選択肢を捨て、別の形に再利用する事でもある。
「こちらデグレチャフ。そちらの塩梅はどうだ?」
『間に合いそうです。煙幕でなければ諦めていたでしょうな。それよりも相手の陣形に変化が見受けられたとか』
トカゲ顔の方の芝村は涼しげな声で笑って返した。
直に戦うのはこちらだが、作戦が失敗したら直衛である奴らも巻き込まれることを理解しているのだろうか? まあ自分の仕事は完璧だからと満足して死にそうな気もするが。
ともあれトレーラーの上では他にすることも無いので続きを聞いて頭を動かすだけだ。
「具体的には? 増加した速度に陣列が見合わぬ事くらいは想像が付くがな」
『ミノタウルスを捨てたというか、両翼に据えた鋒矢陣形に移行しました。おかげでゴルゴーン共が恐ろしい勢いで迫ってますよ』
縦横に配置したミノタウルスが両脇に移動。
原型が同じでも移動力が違うので、自然とゴルゴーンやG・タランテラが前方に配置されるとのことだ。
(という事は移動力の問題で、スキュラを中心に据えたミノタウルスの集団が目の前に居ると?)
この期に及んで陣形を変えるなど、馬鹿か阿保かと罵ってやりたい。
普通ならば迂回していくべきだが、時間を掛ければ挟み撃ちにあってしまう上、新城大佐の部隊が追い付いてきた時に邪魔になる。
つまり行きがけの駄賃に攪乱していくしかない。
運が良ければ感応型幻獣が居て、そいつだけ潰せば混乱するかもしれない。その事を信じて時間の無駄とは思いつつ対処せねばならないのだ。
(くそっ! なんでこちらのして欲しくない事をピンポイントで……スパイでも居るのか?!)
まっさきに疑ったのは精神汚染だ。
だがその場合はユーリア姫が気が付かないとも思えない。そして前にも述べたがユーリア姫が騙しているなら迂遠過ぎるのだ。
ゆえに疑ったのはスパイなのだが、送り込むとしたら代行殿くらいだろう。廟堂で腹を探り合っている連中が、日本がピンチに成るほどの愚策をやるとは思えない。
だが代行殿に何か思惑があるとしても、同様に目的が見えないのだ。ここで勝たねば全てが終わってしまうのだから。
(やはり存在Xか! 返す返すも憎たらしい……。だが奴が介入するとしても元からある感情を揺さぶる程度だろう。ではその元とはなんだ?)
試練を与えるという存在Xのやり口が一番しっくりくる。
しかしその場合、マッドやらクソ袋の行動を見ても、既に持つ思惑を異常な力の支援で肯定されたからに過ぎない。ならば考えその物を読むことは可能なはずだ。
スパイにリアルタイムで情報を送信されると手が打てないが、特定の思考を後押ししただけなら先読みする事ができる。相手が大胆な手を打つならば、なんらかの手を打って逆手に取れないだろうか?
(こんな大胆な命令を下せるのはやはり帝弟とやらだけだ。王者の貫禄と同時に帥の素人。……考えろ。どんな考えで陣形を動かした?)
複数ある策の内から一番効率が良さそうで、かつ自分の安全を確保できる物を選んだ。
ならば何を標的にする事が勝利への鍵であり、自分への被害を減らすことができる?
それは当然、列車砲だ!
奴は速攻で列車砲を踏み潰し、同時に射程内に飛び込む事で全てを置き去りにしようとしている。かつて私も砂漠やったことがあるが、下手に踏み留まるよりも前へ前へと攻勢をかけた方が安全な事もあるのだ。
「時間の問題で地下案は棄てる。代わりに爆薬を仕込んでおけ。塹壕には空堀を設置してあるな? そこには多少で良い」
『熊本市から繋ぐ予定だった放水路の事ですね。空堀は勿論ありますが……なるほど』
前に幾つか案を考えた時、外から接近する案と地下に隠れる案があった。
より見つかり難く飛び出し易い方を選ぶ気だったが、残念ながらもう間に合わない。だからここに火薬を詰めて大爆破を起こさせる。
ただし……相手が飛び込む前に爆破する。奴らの目の前でな。
「そうだ。どうせ奴らはゴルゴーンとG・タランテラで砲戦を行うだろう。だから待つ必要はない。盛大に爆破して『罠がある』ように見せろ」
『確かにその方法ならば列車砲を守れますな。竜師のご健闘を御祈りします』
普通ならば罠は必殺では無くてはならない。
だが今回は状況が違う。罠で妹姫ごと吹き飛んでもらっては困るし、そもそも列車砲に近寄って欲しくないのだ。
そこで潜り込む予定だった割りと深い穴を放棄し、爆破する事で大規模な罠を演出する。すると相手は『予想外の進軍速度で相手は爆破タイミングを見誤った』と見る可能性が高いだろう。そして塹壕は最低でも二重にせよと以前から言っているので、一つ目は空堀である。ここでも爆破が起きれば敵は『偽の作戦』を理解するだろう。
(これで時間は稼げるはずだ。こちらがミノタウルスを抜けてくれるまで保ってくれればいいが)
現在の地形を地図で確認しながら、トレーラーを捨てて行く場所を決めた。
●
トレーラーでの移動の間に休んでいる者を起こし、警戒に出ている者には僅かな休息を与える。
言うまでも無く今から緊急の出撃を掛けるためだ。機体が十分に温まり出撃できる様になるまでが休息時間であり、私が作戦を考える時間だ。
「総員搭乗! 目の前に流れ始めたミノタウルス共を抜けていく! 滝川、お前は戦闘機動に参加するな!」
「感応型を狙撃するんっすね? 了解!」
目の前の集団は所詮枝葉に過ぎない。
感応型幻獣を残せば再び陣形を組まれてしまうが、奴らさえ倒せば所詮烏合の衆だ。そこで滝川を戦闘機動から外し、囮を兼ねた接近はさせないでおく。
「竜師。我らは?」
「舞たちは即時介入の必要があればミサイルで殲滅戦を。場合によってはもう片翼が来る。接近した場合に備えてくれればありがたい」
5121と組んでいる時は複数の頭を使えるのがありがたい。
普段は私が指揮するか、
楽ができるのは勿論の事、自分が関与できない状態で異なる判断を下す事が可能だ。そして他者から見て作戦を読まれ難いというのも大きい。西住姉妹と合わせて部隊を小分けしたり効率化できるのは利点だろう。
(その点、幻獣どもは読み易いな。今回の一件では慌てたが、原因さえ判ればそこからはストレートだ)
最初は何がどうしてこうなったかまるで判らなかった。
しかし雄大な戦略や王としての判断はともかく、将帥としての判断ではない事。そして感応型は幻獣王の決断を伝え、大まかな目標に向けて誘導しているだけなのだ。
決して個々の判断速度が速い訳ではない。また姫たちを外して権力を一本化したのは良いが、幻獣どもはイエスマンばかりなので『たった一つの思考』があちこちに透けて見えてしまう。
「第一優先が妹姫の救出。第二優先が感応型幻獣の殲滅! 幻獣王はその次、お前たちと引き替えにするほどではない! せいぜいかき回してやれ!」
「「「はっ!!」」」
本隊に出遅れたミノタウルスがこちらに向かって来る。
人間と違って感応力で察知する奴らは、殺気を出す以上は後ろから襲っても奇襲しきれない。ゆえに完全に視界事遮断してこちらも殺気を抑えるしかないのだが、大きな欠点が連中にはある。
「ランダム機動で大きく迂回するように見せるぞ! 本当に最後まで行くなよ!」
「大丈夫だと思いますよ。みんな竜師に鍛えられましたから」
ジグザグにジャンプ、あるいは途中で走り込みながら右回りに迂回していく。
しかしその動きは敵の目線を引きつけ、同時に相手の動きを乱す事で感応型の位置を把握するためだ。時折に射撃距離や格闘距離に入りつつ、全体がズレて行けば自然と全容が崩れていく。
そして崩れた動きを立て直そうと誘導する者は感応型しかいない。
「見つけた! 合計三体! 一体目に向かいます!」
「よくやった! だが深入りするなよ! 予定と違ってジャミングが無い!」
ずっと動きを止めて観察していた滝川がポイントを把握する。
その声にレーダーMAPを見れば、確かに綺麗に整いかけた場所が三か所ある。本当ならば私も向かいたいところだが、この位置からでは砲火に飛び込むことになるのが残念だった。
それというのも相手が動きを早めた事で生体ジャミングに換装できなかったのだ。
本来であれば煙幕弾の重ね撃ちでレーザーを無効化し、生体ジャミングで生体ミサイルの誘導を無効化する予定だった。相手が速攻を決めた事が戦局を左右しているのだ。大軍に兵法無しとは言うが、奴らは早く移動するだけで戦術効果を持つのがズルイ。
「竜師。ここは私が!」
「壬生屋か! 行け!」
何という事だろう! あの壬生屋が自分の判断で囮になっている。
二枚の展開式装甲を稼働させ、しかも念の為に煙幕弾を準備して飛び込んで居るようだ。重装甲自体も展開式装甲も重いので足が遅いが、攻撃を控えて移動に専念することでソレを補っている。
いやはや、難しい戦局で尋ねて来た時も驚いたが……。こんな風にやることが固まって居るとはいえ積極性を発揮すると感動である。あの壬生屋がなあ。
「西住! 全てのミノタウルスを倒す必要はない! 感応型が処分され次第に、何機かで引っ張っていけ!」
「了解です! みんな、ここが正念場だよ!」
ここからは連戦であり枝葉を倒して回る余裕はない。
エネルギー的にも弾薬的にも人型戦車は長時間戦えるようには出来ていないので、敵の動きを誘導したらおしまいにすべきだ。運が良ければユーリア姫が拾って別の方向に投げてくれるだろう。
では今の間にすべきことは何か?
決まっている! 万が一にでも追いつかれたら危険なスキュラ退治である。
「斬り込んでスキュラを仕留める! 舞、万が一の時は任せたぞ!」
「任された。先は長い速やかに戻るが良い。指揮権を返上するゆえ」
対レーザー装備の稼働準備を整えて機動を変える。
そのままでは相手の斜線に飛び込んでしまうし、西住が攪乱用の小隊を使ってミノタウルスを誘導する邪魔になってしまうのもまずい。
だからスキュラの射程ギリギリであり、ミノタウルスの視界に入らない程度に射角は入り込んだ。そのまますり足でレーザーの射角から逃れつつ、ミノタウルスからは遠ざかるコースに身を移す。
「ビクトリア。奴がレーザーを吐いて来たら二秒後に装備を起動しろ」
「ん。光ったら、いち、に。ね」
射線ギリギリで避けた場合、奴は射撃する可能性がある。
すり足で動く場合は特にそうで、至近弾だと避けていても熱量次第ではダメージを負ってしまう。それが人型戦車の弱い所だが、そうしないとスキュラだけを残せないだろう。
もちろんそんなことを部下に命じるつもりはない。
自分でギリギリ射角から外れるつもりだし、万が一にも喰らったら大損害なので、自分とは違う判断で対レーザー装備を起動させる事にした。
「えっと、いっくよー」
「いいから起動しろ! このまま引き離したら始末する」
隊員たちに色々と習ったせいか、以前とタイミングが違う気がする。
記憶消去したくなるドクの気持ちも判るが、それはそれとして機械と仕事するのも味気ない。その程度で癇癪を起すのも、人間モデルケースとして失敗した存在Xを思わせるので、少しずつ戦闘面では矯正しておくことにしよう。
「竜師! 感応型を全部倒しました!」
「よくやった! 届くならスキュラ退治を手伝え! くれぐれもミノタウルスの視界に入るなよ!」
「りょ……了解しました。気を付けます」
どうやら滝川は上手く行ったらしい。
敵集団の乱れが戻ることはなく、西住が誘導させ始めるとミノタウルスは調子に乗って追いかけていく。壬生屋の返事がぎこちないのは、どうやら斬り込みそうになっていたらしい。何というかドッグランに離した子犬よりも目が離せんな。
その後にスキュラを始末すると、我々は部隊を再編しつつ幻獣王を追い掛け始めた。
という訳で最終決戦です。
まずは前衛というか、足が遅いので切り離された集団に対処。
まさかスパイ!? と思うタイミングなのですがただの偶然。
どちらかといえば、ターニャの方が相手の法則性を忘れてた感じですね。