霧が本格的に立ち込める中で人型戦車同士が戦い始める。
せっかく奇襲を掛けたのに効果が半減して悲しいと言うべきか、即座に正解を導き出した狩谷を褒めるべきか。まあ手の内の一枚だからどっちでも良いが。
「音の他に風向きも計算に入れると良いぞ。軽装甲には無理な芸当だが」
『それはどうも。しかし挙動の起こりが判るだけでも違いますよ』
軽装甲は新型であり乗っているのは九州一ともいわれる荒波壮一郎のコピーだ。
牽制の弾を当てて能力を劣化させたのに、それでもこちらと同程度の能力を維持している。本来であれば三体一なのにそのうちの一体と互角に持ち込まれているという時点で、私の不利は否めないだろう。
「どうして素直に教えたんですか? 元もとこちらが不利なのに」
「……まともに戦えばな。位置と挙動の把握なぞ初歩の初歩だ。早いか遅いかの差に過ぎんよ」
こういうと何だが今回は最初から罠尽くしだ。
少なくとも狩谷一人になるまでまともに戦う気はないので、相手の行動を一本調子にできるならば、用意した手札の一枚くらいはどうということはない。重要なのは相手がこちらの罠に嵌ってくれるかどうかで、有利に戦い続ける事ではないのだ。
相手の出方は判っているので後はどれだけ上手く調理するかだけだ。
人型戦車の能力はその汎用性と機動性にある。想定内の動きしか行わないならばむしろ通常の戦車以下なのだ。敵ではないのだ。そこから先の……竜とやらがどう変化するかが戦いの分かれ目だろう。
「壬生屋。照明灯の準備をしておけ。明度と色彩に関しては軽装甲が先行するから、それを適当なタイミングで真似る」
「え?」
推測としては大したものではない。
荒波コピーの軽装甲は先触れであり私を逃がさないための牽制でしかない。現にいまも狩谷の電子戦仕様ともう一機が追いかけている。ならばもうすぐ追いついてくるというのはあながち間違っていないだろう。
ではどうして照明を用意するのか?
それは当然ながら同士討ちを避けるためだ。無灯火戦闘で戦っても良いが、その場合は荒波コピーが中間に挟まってしまう。霧が無ければ混戦でも無い限りはフレンドリーファイアをするはずもないが、この状況ではそうもいかない。ではどうするのか? それを解決する方法が証明灯だ。
『赤の一番。照明灯を点灯しろ。第一に避けるべきは同士討ちに寄る戦力の消耗だ』
『しかし、それでは相手に利することになりませんか?』
(……やはり三機目は重装甲かどうかは別にして、壬生屋タイプの白兵戦型か)
部隊の編成を考えれば軽装甲二機か、片方は重装甲と色々考えられる。
だが狩谷がバランス型として、片方に荒波コピーを据えたならばもう一人は攻撃型を入れたいところだろう。また先ほどリップバーンと名乗った壬生屋コピーがどうして空中機動と射撃にこだわったのか? 人型戦車で白兵戦を挑む奴が居るからに決まっているじゃないか。
その上で、荒波コピーの機体が照明灯を点灯すれば少なくとも同士討ちは無くなる。
そしてもう一機にも別のカラーで点灯させ、突撃させれば数の利で押し込めるという算段だろう。面白みはないが堅実で確実、私だってそうする。
『君に当ててしまうよりは良い。ここは従い給え』
『了解』
(嫌になるほど堅実だな。だが、それゆえに読み易い。こちらが無灯火で回避力を稼ぐのはある意味で当然だしな)
霧そのものの効果は薄いが、天候として成立しているだけで読み合いに移行できる。
自分からは相手の行動が把握でき、相手からはこちらの行動が当然の物として読み切れていないのだ。命中回避といった数値的な効果には現れ難いが、相手が徒つべき行動とこちらがとるべき行動に大きな差が出るのが重要だった。
「壬生屋。これから一時的に感覚投入を行うがコースはこうなる。灯火の準備はしておけよ」
「……こ、これって本気ですか? 罠があるエリアじゃないですよね」
「罠はもう少し先で使う。此処で使ったら後で困るだろう」
「それはそうですが……」
壬生屋に見せたのは生体結晶に喰わせるプログラムだ。
どんなコースで移動し、どんな軌道で機動を行うかを表示した物である。驚くのはまあ驚くだろう。大胆に相手の射界を横断し、軽装甲の後ろに着いて攻撃するとなれば大胆不敵どころではない。
●
相手の視界を横切り後ろを取る。危険極まりない行為だが……。
同時にそこは安全な場所でもあった。射界を横切るタイミングで奴が討たなければ、軽装甲は絶対に攻撃できない死角になるからだ。もちろん奴がその事に気が付いた時には、こちらは攻撃を終えて離脱予定である。
言い聞かせておこないと止められかねないので話はしたが、今更計画を中断する気はない。マニュアルによるランダム機動で軽装甲からの攻撃を避けつつ、私は感覚投入の瞬間を待った。コース取りの最中も荒波コピーはその事に気が付いた様子はない。
「敵味方識別コードに合わせてジャミングし、一定時間の全感覚投入。その後に点灯して戦うぞ」
「了解しました。点灯からの偽装をマニュアル移行に設定しますね」
生体結晶によるプログラム指定行動。
これは上手く組み合わせると、人型戦車の稼働に割り込んで高速機動を掛けることができる。この場合の軌道とは回避を意味するのではなく、行動単位の話だ。
マニュアルで操縦するとオートよりも軽妙な動きが可能だが……。
全感覚投入で人型戦車にやらせると、指定行動と指定行動の組み合わせ次第では重なる命令を一部キャンセルしてショートカット。場合によっては大幅な時間短縮ができた。
「全感覚投入……この手は”意”を封ず」
『ここで迂回だと? 何の意味があって……』
指定行動の一つ目は軽装甲の射程外にジャンプして迂回行動。
そこから旋回しつつ大回りで移動を掛けた後、奴の前に大胆な移動を行う。あえて離れて戻ってくるのは、奴の旋回と射撃タイミングを変更させるためだ。
『接近? 奇襲してきたとはいえその程度では私を捉えることは……馬鹿な。蹴りだと!?』
「……」
すり足から小さな牽制攻撃、そして再びすり足。
奴の射界から逃れつつ、連続で牽制攻撃を指定している。すり足キック、すり足キック。こんな感じでジャイアントアサルトの射程に入らないようにしつつ、死角に回り込んで牽制攻撃を放ち続ける。
そして奴がバックステップを掛けて、私の移動を射界に捉え直そうとする所で追随予定。最後の指定行動は奴の後ろ、バックステップよりも前方ジャンプの方が長いは道理!!
『ええい! うっとおしい! この位置ならばどこに居ようとも……。馬鹿な。どこだ!? 何処にいる!?』
「……この手は”路”を封ず。そして”把”も封じさせていただきます!」
ここで回路停止。マニュアル制御を取り戻した。
同時に軽装甲が着けている点灯と同じカラーの証明を焚く。これで霧に浮かぶ両機の色合いは似かよっている。借りに近くまで残り二機が来ていても、まとめて撃とうとは思うまい。
ここで仕掛けるべきは当然斬撃、返す刃でもう一度。
そして旋回を掛けつつサイドステップの準備。奴が退避、ないし場所を入れ替えようとする方向に飛ぶ。
『くそ!? どうしてこうも追い込まれている!? 私はミスをしていない! 私は最強のパイロットの筈だ!』
『演算戦闘だ! 一度離れろ赤の一番! 動きが読まれているぞ!』
「もう、遅い!」
奴が飛ぶ位置はおおよそ判っている。
どうしてかというと、先ほどのバックジャンプが読まれた以上はもう一度バックはありえない。同時に前方に飛んだとしても、こちらが居た方向だけに心理的に飛びにくい。となるとサイドステップのどちらかであるが、地形問題というのが存在する。
これまでの戦いで奴が移動した場所のどこか。
ここならば飛んでも下は崖ではないという場所に飛ぶはずなのだ。騎魂号が潜んでいたのは小さな崖に過ぎないが、奴にそんなことは判らない。林だってあるし、飛ぶ方向は絞られていた。霧は私の動きを隠すため重要なのではない、地形を隠すことが重要なのだ。
『うおおお!?』
『どうした赤の一番! 応答しろ。直ぐ近くに居る! こちらも突入するぞ!』
「……迂闊だな!」
ここで私はあえて軽装甲が無事だった場合の軌道を取った。
大きく下がって合流を目指すだろう。手応えはあったし軽装甲にトドメを刺すよりも次なる敵に攻撃する方が重要だ。突入に合わせて向こうも点灯したので、その誘いに乗る方が早い。
バックジャンプからの後方斬撃。すれ違ったところで前方へ斬撃!
軽装甲が逃げ出したと思わせておいての奇襲攻撃だ。ついでにバレていた場合に、壬生屋コピーからの斬撃があった場合に備えておく。
『偽者!? 後ろ、バック、卑怯!!』
「卑怯で結構! 数の利を持ちだしたのは君らだろう? 面倒だからサッサと死にたまえ」
『くっ……さすがは竜師……手加減は無用の様ですね』
後方へ繰り出す斬撃は弱いが、それでも命中しただけ意味がある。
その後の斬撃は残念ながら受けられてしまった。こちらが防御を考慮したように、向こうも防御を考慮していたのだろう。立場からいえば壬生屋コピーは狩谷機の護衛だろうしな。
これで狩谷が頭に血を登らせてくれれば楽勝なのだが……。
そう思った時、奴は良くも悪くも成長していた。それもこれ以上ない程に。
「手加減? お互いにそれを言える立場ではないだろう?」
『そうさせていただきますよ。……東原。ECCMスタート。照明強度を全開まで上げてくれ』
『……はい』
私の挑発に狩谷は冷静に対処して来た。
こちらのジャミングを無効化しつつ、とんでもない牽制を放って来た。サブ・パイロットの名前を出すことで心を乱しに掛かって来たのだ。
いい子ぶった奴と思ったが、中々に見どころがある。
私はともかく、壬生屋や瀬戸口には通じるだろうしな。言葉一つで牽制になるのだからやって損などないだろう。
「まさか、ののみちゃんを連れてきてるの!? りゅっ。竜師。どうしたら……」
「だからどうした! どうもこうもあるか! 殺さず狩谷を引っ張り出すと言っただろう。二人に増えても同じだ!」
案の定、ここで壬生屋の心理グラフが揺れている。
最初から狩谷を捕獲し、助け出すと言っておいてよかった。その方が『竜計画』とやらに有効だからと思ったからだが、まさかここで壬生屋が腰砕けになるとは思いもしなかった。
人質作戦に関しては狩谷の成長を褒めるとして、この場をどう凌ぐかが悩みどころだった。
と言う訳で最終戦に突入です。
前衛で出て来た軽装甲を倒し、残り二機が出てきたところ。
本当はもうちょっと長かったのですが、良いタイミングが無かったのでここで切りました。
●演算戦闘と短縮コード
ガンパレは相手の動きを知っていると、おおよその行動が判ります。
移動して射撃、あるいは旋回して射撃して……と判っているわけです。
その上で霧によって地形が把握できていないので、おおよその移動も判る。
なので『相手が射撃しないタイミングで接近』『射撃する前に牽制攻撃して移動』
とやると運が悪くない限りは一方的に攻撃できます。
(予想が外れると明後日の方向に移動しますが)
そして生体結晶に入れて行うプログラムは、類似行動の重なる部分をキャンセルできます。
アルファベットの組み合わせが動きの幾つかを示しており、その重なる部分が短縮。
流石にゲームほど大幅カットは無理ですが、同レベルの戦いでは大きいでしょう。
●ののみ
設定上、原作だと三番機は助けられた『狩谷+ののみ』という組み合わせになります。
それを流用して、狩谷が選んでいたサブ・パイロットは『東原』という名前です。
本物でも説得できるかもしれませんし、薬もありえるでしょう。
どちらにせよターニャは無視して攻撃できますが、壬生屋さんには無理な作業です。
そこで本物であるかに関わらず、ターニャは二人とも助けるという選択肢を取って居ます。