東原ののみ。……正確には希望と書いて
その名前を出すだけで狩谷は場の雰囲気を持っていった。所詮は気分に過ぎないが、読み合いの最中というのが重要だ。この土壇場で最小の労力を用いて、判断力やテンションを下げるためにモラルすら投げ捨てる。まったく大した奴に成長したと褒めておこう。
その上で私は笑いを堪えられないでいた。
別に東原なぞどうでも良いが、元から狩谷を殺す気などなかったのだ。『竜』の条件や能力が何かわからないので、機体ごと幻獣化を行うと想定して引きずり出す気でいた。なによりその事を味方に伝えていたのが大きい。これにより極端な士気の減退が免れた。私が動揺せずともサポーターどもが腑抜けになったら戦いようが無いからな。
(堅実というのは誠にありがたい。これで最後の関門がクリアされた。真面目君は余計な動きをしないから読み易いしな。後は罠を用意した位置まで下がって文字通り引っかけるだけだ)
伏兵や予備武装を除いて、用意したのは簡易的なワイヤートラップと落とし穴だけだ。
それ以上は時間が足りないし、火力を有するような物は下手すると誤爆で私自身が危険に成る。何しろ追っ手の中に突撃仕様が混じっている可能性もあったしな。
その点、落とし穴は穴を掘って塞ぐだけ。あるいは最初から窪地の上にカバーをかけ、穴に見えなくするだけで良いのが助かる。ワイヤーも軽く掘った線の中にロープやら何やら用意して置き、ちょっとした仕掛けでピンと張るだけの物だ。大したものではないが……人型戦車の足はそれだけで機動力を損なう。
「重要なのはこの場を乗り切りること! 追撃隊の人型戦車を動けなくするだけで十分だ! 壬生屋に仲間を殺せとも言わんし、私が
「わっ……判りました。うろたえてすみません」
人型戦車は何よりの機動力が武器であり、それをもたらす駆動系が弱点だ。
ともすればアッサリと人工筋肉が断裂するし、最初にベルゲ士魂号隊で養成した時は、立っているだけで壊した馬鹿が居た。人間と違って無意識にバランスを取らないから自重で壊れてしまうほど脆弱なのだ。
『手加減宣言とは余裕ですね、竜師。こちらは容赦しませんが』
「ホウ……。それは面白いジョークだ。容赦する気のない奴は容赦しないなどと口にはしないよ。そう言って奮起しているのはお前の方だろう?」
『……くっ』
ククク、冷静なフリをしても駄目だぞ?
実戦経験が少ない上に、この世界の人間は同族殺しに馴れていないからなあ? まあ私は前の人生で散々殺し馴れているしな。場数と言う意味でも比較するのは間違いではある。
心の機微を抑えて機転でこちらを上回ろうとしたのだろうが……。
数で押すだけで勝てるのに、余計な策を口にした時点で自分に自信がないと白状しているようなものだ。兵法は常道こそ王道であり、詭道は負けている者の工夫でしかない。
『黒鉄一号。濃霧対策に二列突撃を掛ける。盾を展開して本機の隣に着け』
『イエス↓マイ➘ロード➡』
狩谷はどこまでも堅実で真面目な男だ。
以前は生徒会長でスポーツマンだったというが、立てなくなったことでアグレッシブな冒険心を捨ててしまったのだろう。盾……増加装甲を展開し、二機が並列することで
しかしジャミングで妨害が掛かり通信が使えなかったはずだが、こちらの動きで何をやっていたかを悟るとは。新城大佐ならば『どうしてこんな頼もしい奴らと戦わねばならんのだ』とふてくされて居そうだ。
(二機とも盾持ちか。軽装甲との差が開いたのも当然だが、少し面倒だ。さて……突破口は壬生屋コピーになるか?)
先ほど戦った荒波コピーと壬生屋コピーとの差が気になる。
荒波コピーは自意識過剰で高い能力に任せて暴れまわっていた。それに対して目の前の壬生屋コピーは少し地味過ぎるというか、いぶし銀の脇役であるかのようだ(剣豪といって差支えない脇役が居るか!)。
普通ならばどうしてなのか判る筈がない。
だが人型戦車部隊を立ち上げたのは私だし、ここに至るまでにコピー人間がこの世界特有のクローン人類とは違うという事を知って来た。まるで私が最初に居た世界のクローンが有するような、コピー元への確執を抱いているのだ。
(なるほど。これまでの連中は試験型の一期生で、こいつは人格調整して二期生の生産に向けたテストベッドというところか?)
相手の攻撃を入念に避けながらなので流石に案がまとまるのが遅い。
だが私がやって来た経験を元に、誰かが理想的な部隊を再構築しようとしているのだ。おおよその考えは読めるし、私の考えたことの延長線上ならば幾らでも想定できる。
要するに人間兵器としての完成形を目指し、まずは強烈な人格を元にした壬生屋コピーで試したという訳だ。能力も一能突出型なので判り易いし、戦編成初期では壬生屋が素直に命令を聞いたらばなあ……と何度も思う事があった。
(思えばV号……ビクトリアも最初は人型戦車を動かすことに注力したタイプだったしな。明確に補助が出たのはその後……となると行動パターンもだいぶ読めて来たな)
記憶から成る人格からおおよその攻撃衝動を切り離している。
ともすればそれはロボトミーじみた施術なのだろうが、クローン人類での調整経験から能力劣化まではしていないのだろう。だが衝動とはある意味で行動の発展パターンでもある。ソレを切り捨てては自由な思考は望めまい。
高性能な攻撃端末であり、防御担当である。
それはまるでシューティングゲームにおけるオプションであるかのようだ。優等生の狩谷がゲームから着想するとは思えないが……ある種の根拠をデータとして知っていた。
●
「そうか! そういえばお前は二番機の主任整備士だったな」
『っ!?』
「……?」
狩谷は図星を刺されたのか黙り、壬生屋の方は意味が分からないと首を傾げている。
事情を知らないと何のことか判らないだろうが、情報を知って居れば理解できる者も居るかもしれない。5121における二番機を操る滝川は準エースであり、その安定した戦績は『ただの一般人が覚えるべき教範』として教えを請われているほどだ。
部隊編成時から奴の動きを知ってはいるが、『常に安全地帯に移動し、そこから確実に葬れる相手を倒す』というまさにシューティングゲームの主人公の動きだ。恐怖ゆえに突っ込めず戦術的な無双などできないが、だからこそ安全で確実な戦果を約束している。何度も最前線に赴きながら、被弾率の低さでは熊本一かもしれないくらいで、もし狩谷が研究していないとしたらおかしいだろう。
「壬生屋。逃げ回るのは止めだ。もう奴の動きは覚えた。お菓子のオマケはここで落とすぞ」
「はっ? はい!」
『……まったくあなたと言う人は信じられない人ですね』
逃げ回る機動を行いながら、人型戦車の腕をゆっくりと後ろ手に回した。
相手には背中を見せていないので、命令と命令の間に割り込ませた武器の取り出し行動に見えているはずだ。もちろん余計な重量になるので装備していないが、向かっている移動先に予備武装のジャイアントアサルトを置いてある。
もし狩谷がその事を知って居たら先に射撃して破壊していただろう。
霧に紛れて予備武装を取り出すとは思っておらず、牽制攻撃しても無駄だと無駄な先読みをしているから撃ってこない。ゆうゆうと背中越しに武装を取りあげ装備させてもらった。
『侍一番! ランダム機動で突入を……』
「遅いな! その初期機動では移動先が丸見えだ!」
狩谷が指示を出すが、既にこちらの行動入力は終えている。
移動ルートの鼻先にジャイアントアサルトを撃ち込み機先を制す。狙うはもちろん足元で、馬鹿正直に盾など狙いはしない。もちろんこちらも移動している分だけ牽制攻撃でしかないが、それでも何発か足に当たれば良い。
とはいえ重装甲相手では命中しようがしまいが銃では決定打にならない。
ここは用意した罠を利用して重装甲をしとめ、同時に狩谷機も削っておくべきだろう。罠に至るまでのルートを想定し、幾つかの『紛れ』を行う事にした。
「ハハハ! 滝川が好成績を取ったというシューティングゲームを参考にしたんだろう? その報告を私が調べていないとでも思ったかね?」
『クソ、この悪魔め! 何をやっても先読みされるとは。だが……だがボクは勝てる!』
何をどうやっても追い込む以上は無理なタイミング。
そこであえて有利であるかのような態度を取り、嘘の情報を与えるべく準備をした。外部回線をオープンにしたまま、壬生屋の慌てる声を届けられるようにしておく。
そしていかにも追撃できそうだというポーズを入れつつ、『何もない場所』をあえて踏み込んでおいた。
「これでに二機目……。ぬわっ!」
「キャッ!? 何で足が……」
判っているので別にバランスなど崩しはしない。
だが何もない場所で足踏みすれば、補正プログラムが勝手に動作を掛け直すため、逆に態勢が崩れるのは仕方ない。無駄な動きで人工筋肉を破損させまいと、奇妙な態勢で行動が中断された。
『しめた。谷か何かで足を取られたな。侍一号! 今の内に距離を取って突入の為に準備を測れ! ただし足元には注意しろ!』
『イエス↓マイ➘ロード➡』
「ちっ! 運の良い奴!」
こちらが射撃できなかったことで、重装甲が予測位置から離れて行った。
狩谷機も同時に別位置に移動し、こちらが容易に予測できないような距離を取る。本来であれば絶好のチャンスを焦って不意にしてしまったというところだろう。だがこれは予め作り上げた擬態でしかない!
これで狩谷はこの辺が谷か何かで足場が悪い事に気が付いただろう。私が機体操縦をミスするほどであると誤解し、実際はそうでもないのに必要以上の注意を払ってしまっている。
(これで奴らの行動半径は狭まった。そして本命の罠がある事までは気が付くまい)
私は予め地形情報を得ているが、奴らは足元に注意を払いながら戦う事になる。
これで機体性能で負けていることなどもはや何の意味もない。そして何より重要なのは、本命の罠には霧に加えてカモフラージュを被せてあるという事だ。照明灯で照らしたとしても、カモフラージュの上部分を何もないと確認するだけの話だ。
滝川がシューティングゲームを得意としたこと自体は、狩谷も私も同じ程度に把握している。だが狩谷は私が別の人物から、まったく別のゲームでの戦闘法を学んでいるとは知りもしないだろう。『誤った情報を掴ませることがMMOでの最強戦術』だったか。名前は思い出せないが、まったく素晴らしい事を教えてくれた物だな!
『竜師に時間を与えると何をするか判らない。侍一号! 突入に成功したら何があっても離すな! 白兵戦でケリをつける!』
『イエス➡マイ↓ロード➘』
「こうなればこちらも白兵戦だ! ここを凌いで活路を見出す!」
奴らの進路に罠がある位置まで移動。
穴の方は流石にどうしようもないが、ワイヤートラップの方は起動をこちらのタイミングで行える。魔導技術で攻撃などできないが……予め用意した蓋を外す程度の事ならば問題ない。
突入を迎撃する動きで超硬度太刀を振るい、二発目をカウンターではなく飛び込んでの攻撃に。
一発目は空振りになるが、だからこそ奴らも信じるだろう。実際にはそのタイミングでワイヤーを跳ね上げて罠に掛かるのを待った。狩谷が銃撃戦でケリを付けようとせずに助かったよ。
『っ!?』
『は!? 何が、何が起こった! 侍一号。答えろ!』
「きっと予期せぬ事さ! そういうことは戦場では良くあることだろう!!」
突入時に足を止めた重装甲の頭へ、斬り下ろしの斬撃。
三発目は入力していないというか、ここで判断タイミングを取れるようにしていた。罠を掛けられるとは思っていたが、どこまで図に当たるか判らなかったからだ。即座に飛びのいて、重装甲のダメージを見ながら狩谷機と相対するためにこそ間合いを広げた。
そこで見たのは撃破こそしていないが大幅に能力を劣化させたであろう重装甲。
そして何が起こって居るか判らないながら、咄嗟に横っ飛びを掛けた狩谷機の姿だ。前に出て居ればロープに気が付いたかもしれないが、安全を取ったことが裏目に出たな。……まあ前に出ていたら隠していた穴や、他のワイヤーに引掛かった可能性もあるが。この辺りは運不運がどちらに転ぶか分からないところだ。
(どうやら勝ったな。後は狩谷と東原を引き釣り出すだけ……)
だが私は一つ失念していた。
三体一ではなく、逃げ回る事で一対一を三度繰り返しているというだけだ。必死に勝つことばかりを考えていた。今回の目的からすればソレは副次的な物に過ぎないのに。
思えばさっきのタイミングに相打ち覚悟で狩谷機に突っ込む成り、奴を引き込んで転がりながらでも倒せばよかったのだ。それならば距離は目の前、即座に行動に移れただろうに。ここからまだ先があると思ったからこそ、可能性に怯えて狩谷機から距離を取ってしまっている。
『まだだ! まだ勝負はついていない! 逃がしもしないし竜師を倒す事だってできる!』
『いいや、もう着いたよ。少なくとも君にはもう無理だ』
「この声は……」
狩谷が吠えるのに対し、倒れている重装甲から声がするのは僅差だった。
タイミングからすれば、狩谷がどう出るかをずっと伺っていたのだろう。そして即座に何かの策を立てるか、それとも楽観論で勝てると豪語するだけなのかを判断したのではないだろうか?
私のミスは声の主が即座に介入するとは思いもしなかった事だ。
まさか決着が付く前に、既に敗退したと見なして動くとは露ほども思わなかった。それだけ狩谷が弱かったのか、それとも私が強す過ぎたのか。あるいは最初からこの予定だったのかもしれない。
『待ってください! ボクはまだやれる。機体だってこっちは新型、向こうはボロボロで……』
『その程度の差をあのデグレチャフが何とかできないとでも? それも最初から罠である可能性に気が付かなかった君が?』
(いかん! 気が付かれていた!?)
詳細を知らないから介入する気が無かっただけで、代行殿にはお見通しだったのかもしれない。
こちらに都合の良いことが連続で起きていることから、第三者からみればタイミング的に罠であることは明白! 即座に動くべきだったということだろう。そして狩谷を引き釣り出すとまで言っているのだ。仮に介入できたとしても機体が無ければ、最後まで竜計画を完遂することはできないのだろう。ならばここで動くのは当然だった。
そして先ほども述べた通り、狩谷がどんな攻撃をしてきても問題ない距離を取ってしまっている。今更ここから切り込んで、二人を引きずり出すなど不可能だ。
『哀れにも立なくなった君は命がけで士魂号に乗る事も出来なかった。負けたらそれまでと覚悟して居れば、君の才能ならば何とかなったはずだ。なのに君はヤクザな我々に賭け金を借りて、安楽な方法で体を癒し最新型の機体を手に入れ、あまつさえ思い人を遠坂や善行の手から取り戻した』
『そ、それは……』
(しまった……。全力で代行殿に押し付けていたことが裏目に出てしまった!?)
思えばドクに頼んで歩けるようにしてもらえだと押し付けたり……。
装備が欲しいだの施設が欲しいだの何かと頼ってしまった気がする。思えば幻獣側が強化されたのはその後では無かったか? もしかしなくても代行殿は面白いショーを見るために、両軍に加担していたのではないだろうか? 死の商人とはどちらにも手を貸す者なのだから!
代行殿には何らかの基準があり、ソレを踏み越えて動く場合には許容できない理屈があるのだろう。それを越えなければ笑ってみているし、ソレを踏み越えれば台無しにかかる。もちろん竜計画とやらが『一応の目標』なのだろうが。
「そうか! 貴様、貴様も存在Xの仲間か! 世界を渡り他人の運命を操り、もがき苦しむのを愉しむ外道め!」
『HAHAHAHA! さすがはデグレチャフ。よく気が付いた。しかし残念だよデグレチャフ。君ならば怪しげな感応能力や、古き壬生屋の『技』などに頼りはしないと信じていたのだが』
おそらくだがこの世界由来の技術や知識を元にしているのではないだろうか?
この世界由来の技術や知識だけならば特に介入はしない。だがそれを踏み越えると、レギュレーション違反とばかりに相手に介入して均衡を保ったショウを愉しむ。代行殿の言葉を信じるのであれば、魔導技術だけではなく壬生屋の技……あの歌に代用される最適解の戦闘思考もまた異世界の技術なのだろうか?
『フロイラインとはとうてい呼べもしない、
「どこだ! どこに居る!? 勝負というならば貴様も……」
うお!? まぶしい!?
怒鳴り声をあげる暇も有らばこそ。天空から猛烈な光が降って来た。ソレが戦いの予兆を告げる鐘であり、真剣勝負に至るカウントダウンだ。
高空には一隻の飛行船が居り、強烈なサーチライトで地上を照らしていた。その光は戦場を完全に照らし出し、陰影で霧と地形で隠蔽していた不自然さを露わにする。
『こ……これは。マーカーサインに……あれはトラップか……。ははっ、何時の間に……これじゃあ勝てない……HAずDA……』
最初から勝負がついていたのではないか?
自分がピエロだと狩谷が自覚した瞬間、心が折れた為か狩谷機に変化が見られ始める。まるで幻獣に姿を変えるかの如く……。その機体が生命の様に異形化し始めたのである。
と言う訳で狩谷君が竜化し始めました。
もっとも英雄を越える兵器ではなく、GPMのゲームに出て来た……。
やたらに強い敵と言うだけですが。
●ここまでの勝因
相手は霧の中を警戒しながら移動して戦ってますが、ターニャは全て判って居ます。
自分だけ全力で戦いながら、相手の行動半径が狭い状態で予測戦闘。
これで勝てなかったら嘘と言うか、三体一じゃなくて一対一の連続の時点で勝ちます。
とはいえターニャのミスは自分が勝つ必要が無い事を忘れて、
先に狩谷を無力化しなかった事ですかね。
●代行殿
至近距離じゃないと都合よく操れないというか、ターニャ倒したら回収する予定。
ここで現れる必要も全くありませんが、特等席から見に来ております。