少しだけ前の話をしよう。
アルミンが目を覚ました時、状況は控えめに言って地獄だった。
「なんだよこれ……またこんな状況……」
きっと他人の命を喰らって永らえた罰なのだろう。
喰らったベルトルトの魂が失われた時に、代わりに起こされてその体を使う。ゆえに彼が目覚める時はいつだって地獄である。
「バケモノ達が隊列組んでるなんてこんなのどうすれば良いって言うんだよ。でもどうにかしなきゃ……でも僕に何ができるって言うんだ? こんな体で……」
何度も転生を重ねて来た。
だが、いつだってベルトルトに与えられたのは獣の体だった。ゆえに入れ替わるアルミンもまた獣でしかない。
「でも僕にはまだ考えることができる。何かを……僕にできる何かを探すんだ」
アルミンには考える事しかできない。
常に知性を奪われて現れるライナーと、どちらがマシなのか? 苦笑いを浮かべる事にすら失敗しながらアルミンは考える。
知性があれば行動できる、知識があれば選択肢を増やせる。
動くことができれば努力だってできる。何もできないよりは良い。何かができるならば行動すべきだ。それが彼らの誓い。
きっとベルトルトもそうしたのだろう。
例え裏切り者であった最初の人生においてすら、自分が信じる何かの為に行動したのだから。その誓いはただ一つ。
『心臓を捧げよ!』
アルミンは言葉にならない唸りを上げて、ただ走り出した。
目覚めた時に見た旗には『自由なる翼』の紋章が見えた。それが何よりの支えだった。これまでにこれほど確かな心の拠り所は無かった。きっとベルトルトもこれを見て満足して逝ったのだろう。
何を見つければ幻獣達に届くのか、何をすればあの軍団に届くのか。
『心臓を捧げよ!』
アルミンは精一杯の虚勢を張って走り出す。
観て聴いて、言葉が通じる相手を探し、居なければ噛みついてでも先を占めそう。自分にできる精一杯の為に走り出す!
命を捧げて届くのであれば捧げよう。この心臓は既に捧げているのだから!
●
何時からだろう? こんなにも世界が暗くなったのは。
何時からだろう。何もできない、何も成し得ないのだと世界が絶望に暮れたのは。
私たちにはかつて銀の剣があった。
悲しみを終わらせる銀の剣を振るい、絶望に立ち向かっていたはずなのに。今はソレが失われてしまった。
竜師が反逆罪の容疑で捕らわれ、ののみちゃんは任務で何処かに行ってしまった。
私たちを率いるあの人は何処にもおらず、私たちが守ってあげなきゃと思える少女も居ない。赤いイタチは何処も姿を消し、ビクトリアちゃんすら友達が居なくなって喋りもしなくなった。私達にはあの人が必要だったのだ。あるいは守るために手を差し伸べる相手が。
「みほちゃん。そういえば知ってる? 『あの歌』には二番があるんだってさ」
「え? あの歌ってあの歌? 戦いが辛いときや勇気が辛い時に唄うあの……」
ソレが変わったのは他愛ない言葉だ。
友人である新井木さんから聞いた何気ない一言。なんてことだろう、私がこんなにチョロいだなんて思いもしなかった。
友達と一緒にラーメンを食べ歩きをしながら、気晴らしに話し込んだ時に偶然の戯言。
「本当は戦争の唄じゃないそうだよ。何でも大切な人を迎える詩なんだってさ。恋人とか子供とか。そのために頑張ろうってだけの詩」
「あー。そういえばそういう感じに聞こえて来たかも。ねえ、二番ってどんな詩なの?」
新井木さんが憧れてる先輩から教えてもらった詩なのだそうだ。
見込みのないと言われた彼女に付きっ切りでスカウト修行に付き合ってくれた優しい先輩。喋るのはあまり上手くないが、大切なことはちゃんと教えてくれる厳しいけど優しい人。きっと新井木さんはその人の事が大好きなのだ。
だからもらったという帽子を大切に持っている。今もラーメンの御汁が飛ばない様に頑張っていた。必要に成ったら自分ですら投げ捨てる覚悟がある癖に、帽子だけは絶対に無くさないと誓って、その人の言葉も大切にしているらしい。
「じゃあ代わりに教えてよ。えっと……こういうのを聞いていいのか分からないけど、みほちゃんのお母さんが整備士の人と不倫してるって本当?」
「ぷっ……。やだぁ、もう。それお父さんだよ。うちのお父さん整備士なの」
なんだか心が急に軽くなった。
これまで悩んでいたのは何だろうというくらいに。自分がこんなにチョロいだなんて知りもしなかった。お姉ちゃんに知られたらどうしようかと思う。
良く知ってる歌が、誰かを向かえる歌だと聞いただけ。
みんなが噂している、お母さんが不倫しているだなんて噂が誤解だって判っただけ。ただそれだけで私は立ち上がれる。だって私は、私たちは既に未来が何処にあるかを聞かされているのだから。
「なんだお父さんだったの? じゃあ恋愛結婚だったんだ。家元だっていうのに凄いね~」
「そうだよ。二人がうちに居るとね、恥ずかしいくらいにラブラブなの」
良くある勘違いなんだけどね。というと新井木さんは笑って頷いた。
そして自分のネームプレートを指さして、『にいぎ・いさみ』って言うのが本当なのだと教えてくれる。なんでも学兵として送り込まれる時に募兵官が『あらいぎ・ゆうみ』と意味読み方に勘違いしてしまったそうだ。笑い話としては、書類を渡した方も受け取る方も、そういう読みだと勘違いしたそうだ。
そしてあの歌の二番を聞いた時、私はこれから何をするかを考えていた。
ののみちゃんが実は『希望』と書いて、のぞみと読むなんてことを冗談交じりに聞かされ、なおさらに確信した。
「でも家元が整備兵の旦那さんを呼び寄せてるってことは、すっかりその気なんだね。ボクも心強いなあ」
「その気って何よ? まあ今なら判る気はするけどね」
多分、お母さんは竜師の居場所が確定次第に何かする気なのだろう。
だから色々と整備する能力があって、その職場の人たちを呼び寄せてもおかしくないお父さんを任地から呼んだのだ。
でも、あら……にいぎさんもそのつもりだったってのは以外である。もっと臆病な人だと思ってたんだけどな。
「えっとねー。ののみちゃんを迎えに行くって感じかな? あとムッツリスケベのイケメンを一人。まつりんが悩んでたから、ちょーっと入れ知恵してあげたんだよね」
「まつりんって、加藤さん? っていうか、ののみちゃんが何処に行ったかしってるの?」
どうやら5121でも動いていたらしい。
心強いと同時に、その間、自分が何もしていなかった事に愕然とする。
でも何もしないよりは良い。何もできないよりは良い。
まだ私は、私たちは動ける。拘束されているわけでも、死んでいない。だってあの人に未来の行方を教えてもらったのだ、掴みにいかねば嘘だろう。
「みんな! 思い出して。徴兵されたあの日のことを」
何時からだろう? 戦争に行けと言われて恐ろしかったのが気にならなくなったのは。
戦う事で友人たちが死に、自分たちが死ぬという確信が杞憂だと気が付いたのは?
「それが怖くなくなったあの日のことを!」
そんなことは決まっている。
あの人がいたからだ。一緒になって守るべき小さな手を取ったからだ。
「敵は怖くない。だって敵より前にはあの人が居た。私たちを導くあの人の背中が。私たちの背中には守るべき人々が居た」
戦うたびにその思いは強くなる。
私は、私たちは一緒になって勝ち続けた。ううん、勝ったんじゃない。勝つべき未来に導かれただけ。
「戦争は怖くない。だってあの人さえいればこの戦いは終わる。みんなも見たよね? 幻獣のお姫さまたちを。確かに約束していたのを私たちは見たもの」
希望と言う剣で絶望の未来を斬った。
竜師はあやふやな事は言わず、確かな予測と行動で未来を造った。訳の分からない魔法でも何でもなく、物凄い操縦とかそんなの関係ない!
だって竜師は誰よりも臆病で、絶対に勝てる方法を積み上げて来たのだ。
私たちが傷つかず誰も死なない為に。私たちに勝てるという未来と、こうすれば失敗も成功も関係ない。ただ勝てるというレールを未来に向かって敷いていた。
未央ちゃんなんか最初は戦わせてすらもらえない、家族の仇を取らせてもらえないなんて泣いていたけれど……最後には熊本どころか学兵を代表するエースになっていた。
「あの人を私たちはどんな瞳で見ていた? みんな知ってるよね、だって私たちは何度も顔を見合わせてあの人のことを見ていたもの! あの人となら死なないで済む、守るべき人たちを殺さないですむって信じていたもの、それは叶ったもの。私も貴方達もそれを知っている!」
誰も死なない未来が、直ぐそこにある。
平和に成ったからこそ私たちは逃げていた。もう戦わなくても良いのだから、偉い人たちには逆らわないでおこうって。
でもよく考えたら、それはあの人が居るからだよね?
竜師が居なければ、私たちはきっと死んでいた。学兵の半分は確実に死んでいて、最前線だった熊本組はきっと全滅。第一兵団の主力を務める黒森峰は絶望的だろう。
「無理はしなくていい。一緒に行こうっていう人たちだけ付いてきて! あの人を、デグレチャフ竜師を助けるために!」
「西住さん……」
「西住殿!」
「西住ちゃん」
生き残る為、戦いに勝つ為にすべてやって来た。
技術でも戦術でも、全ての努力は勝利のために。約束された栄光などではなく、確実な未来のためにやって来た。
あの日の努力は嘘を吐かない、あの日の思いに嘘は吐きたくない。
手を取り合って未来に行こう。あの人と一緒に遥かな未来へ、そのために……。
「行こう、みんな! 明日を造るよ!」
●
アルミンはほど近い場所で目を覚ました。何の事はない、幾らも動き出さない内に取っ捕まったのだ。どうやら薬か何かでずっと眠らされていたようだ。
知性がある事を容易く見抜かれ、おそらくはそれが神々の系譜である事まで見抜かれた。
そして何例目かの取るに足らぬサンプルとして処され、今また加工されようとしていた。
「ドク。コレはどうしたのだ?」
「流石は代行殿、お分かりになりましたか。近くで嗅ぎまわって居ましたもので。久しぶりに見た小さき神です。融合実験にでも使ってみれば面白いかと」
代行殿と呼ばれた小太りの男と、それに付き従う怪しきマッドサイエンティスト。
アルミンは何もしない内に彼らに捕まっていた。何という事だろう、邪悪は直ぐ近くで笑っていたのだ。その事に時間を掛けずに気が付けて良かったね。と言うべきだろうか?
(ああ、ここでもこんな近くに邪悪が。この悪魔ども倒すためにどうすべきなのか……)
かつて最初の生でもそうだった。
案外、邪悪は近くに居る者だ。だからこそ対処が難しい。そしてアルミンには何もできそうになかった。
「と言うと、アレと融合させるのか? 危険ではないか?」
「だからこそ小さな神々を用います。彼らに既に往年の力はありませんし、『鵺』ほどの力を持たないことは確認しておりますよ」
視線を巡らせれば近くに巨大なガラスの筒がある。
そこには少年らしきナニカが眠らせられていた。何もできない様に意識そのものが凍結されているのだ。
「それに何も指定させないでいると、目覚めた時に強い個体を取り込みかねません。代行殿がご不満でしたら止めておきますが?」
「ドクがそうだと判断したのならばそうせよ。……『力』がないのは本当の様だしな」
目を閉じ直して黙っていたアルミンは背筋が凍るのを感じた。
ドクと呼ばれたマッドは気が付いていないが、代行殿という主人の方は意識の覚醒に気が付いたようだ。
だが、それでいて放置してくれるらしい。知性があることは見抜いているはずなので、大事になるかもしれないのに。それとも本当に何もできないとタカを括っているのだろうか?
(何もできない……違う! 気が付かれないために何もしちゃいけないんだ。でも、何ができる? 思い出せ、こいつらは何をやると言っていた? それは何なんだ……)
思い出す材料は少ない。
ここには二人の男と、ガラスケースの中の実験体。確か融合させると言っていた。融合とは何を意味しているのだ?
アルミンはそこで一つの事例を思い出していた。
否、彼の長い長い転生の旅の中で、一番類似した例は最初の生で手に入れたアレだ。アレ以外に近い症例はない。外ならぬ、ベルトルトと運命を共にする事になってしまった一件!
(ボクを食わせる気か! この体にある何かしらの力を与えるために? どうする!? 逃げ出す? それとも……)
最初の生でアルミンはただの兵士だった。
知性の高さと知識は群を抜いていると言われたが、それだって学者ほどではない。ただ兵士の中では頭が回り、軍師役として重宝されただけだ。
しかしある時からそれは変わった。
巨人を喰う事で死の淵から蘇り、超巨大な巨人に変身することが可能に成ったのだ。
(余計な力を与えないために逃げ出すべきか? でもそれでは何もできないままなのは同じだ。それよりも喰われるのを覚悟して、少しでも意識を残すべきか? でもそんな事できたっけ?)
アルミンは自問する。他に何もできないからこそ自問する。
どうせ何できないのだ、考えるだけ考えよう。そして何度目かの転生であり、無駄に命を使う気はないが……有効に使えるのであれば必死になるほどでもないだろう。
他ならぬ命を預けられたアルミンゆえに、命の使い道を有効に考える事にした。この命を譲ってくれたベルトルトへの義理、そしてこれから融合するという相手の為に。
「ねえ。君は誰だい? ボクはアルミン。聞こえているなら目を覚ましてよ。何か話でもしないかい? ボクと契約して……」
誰も居なくなった所でアルミンは語り掛ける。
どうせ他に何もできないのだ。起きる事、話が通じる事に掛けて祈っても良いではないか。
そして目を覚ましたら、話が通じたら何かが変わるかもしれない。
そう信じてアルミンは囁き続ける。それは祈念であり、詠唱であった。そこに意味はあろうとなかろうと、他に何もできないのだからそうするしかない。
囁け! 祈れ! 詠唱しろ! 念じろ!
他に何もできないアルミンは、ただひたすらにそれだけを行い続けた。
もちろんそこに意味はない。小さき神々でも力を持たぬアルミンにそんな力はないのだ。祈り続けたくらいでエルサレムが降りて来るならば世話はない。
オーマ使いと呼ばれる魔術の使い手の中には、そんな力を持つ者もあるだろう。
だが悲しいかな、アルミンは
だが悲しいかな『アルミンは』届かなかった。
血を吐くように囁き続けて、最後は本当に血を吐いて倒れた。それでも放置されたのは、単純に融合させたという事実が重要なので生命が残って居れば良かったからだ。
「何か口を開けていましたが、喋ってたつもりなんですかね? 特にリューンの変動は観測されませんでしたが」
「再生してみたらどうだ? 何もないならそれまでだ」
悪ふざけとしか思えなかったがドクは実行した。
魔力の反応は無かったし、それで意味があるとは思えなかったのだ。
いや、何かの力があるならば目の前に居る内に対処すべきだろう。
今ならば強酸で薬品焼却できる。その為のカプセルであるし、融合実験中だがたかがフェレット一体を取り込んだとしても目標の再生力が高まるとは思えなかった。
『心臓を捧げよ!』
ソレはそんな意味を持つただの唄だった。
第五世界ではない別の世界の唄。自由を勝ち取る翼の唄、巨大な悪に対する反攻の唄だった。
もちろんそこに意味などない。
魔力を与えぬ歌などで、何かが変わったりするものか。意味があるとしたらただ一つ、歌を唄うという手段で心が躍動するだけだ。
『……』
そしてアルミンが知らぬ事実を一つ語るとしよう。
だが、誰が知ろう。
だが、誰が知ろう。
「特に何もありませんでしたな。さて、これはいかがいたしましょうか?」
「デグレチャフにぶつけてみるのはどうだ? 奴に倒された人型幻獣だ。恨みの一つも晴らしたいかもしれん。学兵どもが動きを見せているだろう? 奴らが介入した転機が面白いな」
ここに暴走劇が伝播する。
必要もないのにマッドと代行殿は研究中の個体を新しい兵器として使うつもりだったのだ。
戦闘団の動きは隠れていたが、それでも彼らが気が付かないほどではない。
これを無視して状況が動く時に、代わりにぶつけるカウンターウェイトとして使うつもりだった。
『人の貌をした獣どもめ……駆逐してやる』
どこの世界の言葉か判らないが、少年は心の中で唄い始めた。
そうすることで勇気が生まれたりはしないが奮起は出来た。この怒りを晴らすために、自分でも判らない言葉の歌を唄い続ける。
アンドレイ・カミンスキーという少年は改造された体を眠らせたまま怒り続けた。
欲望のために少年の体のまま留められ続け、今度は別の人間の都合で大人に変化させられながら、ガラスの容器の中で怒り続けた。
と言う訳で外伝と言うか、熊本に居る連中の話です。
次回、敵味方に援軍がやってきますのでその前振り?
●勘違いが一周回ってまともに成る話
「西住師範が整備員と不倫してるって本当?」
恐ろしいことに新井木さんは直球で尋ねてみました。
まさか誰も、そんな一言で世界が救われるとは思っても見なかったのです。
というか西住姉妹のお母さんである西住師範の旦那様は整備員なんだそうです。
ちなみに軍関連は横のつながりが強いので、熊本武芸のお嬢様が身内を選んだ。
そういう事実があるのに頼まれても不倫しようと思わないでしょう。
なので、「西住師範が最近連れているのは整備員」イコール、お父さん。
そしてこの状況で自然に整備員を集めているイコール、色々戦力を集めている。
となります。
●名前とか
・新井木・勇美は『あらいぎ・ゆうみ』ではなく『にいぎ・いさみ』
・東原ののみは『東原希望』と書くそうです。
今回はネタ的に丁度良かったので、気分転換の材料になりました。
●歌とか掛かった時間とか
本当はもう少し早く完成していて、『心臓を捧げよ』の唄に近いセリフがありました。
しかし楽曲コードを調べ始めると、歌詞の改造はいかん……ということで
少し悩んだ後、削って書き直した感じです。
まあ楽曲コードを本気で着くならば、ガンパレードマーチの方がいいでしょうしね。