ターニャのガンパレード【完】   作:ノイラーテム

56 / 56
エイプリル外伝:新城さんの青の章

●島嶼部救援作戦

 昨年までは自然休戦期と呼ばれた夏。幻獣に知性があると知れてからは、既に過去のものだ。

その最中、政治的クーデターを起こした守原大将は一つの命令を下す。ターニャ・フォン・デグレチャフと新城直衛との協調関係を割く為に一つの命令を達した。ターニャを処刑する間、新城を動けなくする為である。

 

「中佐。島嶼部を救って来いですか? ロクな戦力も寄こさないどころか権限も不明瞭ですが」

「中佐殿。どうやら軍令部は手を後ろに縛ってから戦わせることに際して、非常にセンスがあると言わざるをえませんな」

 新城の元に軍令部からの命令書と共に、政府筋から二つの要望書がタライ回しにされてきた。

将校たちはそれぞれに個性的な反応を示した。この間まで新人であった中尉は生真面目な顔で考え始め、千翼長は腹案があるのか考える気がないのかニヤニヤと笑って上官を眺めている。護衛でもある先任曹長に至っては何処に行こうが自分は上官に従うのだと決めていたので口も挟まない。

 

「しかしコレを見ると酷い物です。現地の指揮官は学兵の下士官で輸送担当は海軍の大佐、彼らに頼してどのようなスタンスであるのかまるで明示がありません。気になって調べたら、九州で一緒に戦った石塚君に転属命令とそれに伴う昇進辞令が来ておったそうです。もちろん受領したとか。こちらが関係を構築したころに新任将校を送り付けてブチ壊すつもりでしょう」

 ニヤニヤと笑う千翼長は筋の通らぬことを口にした。

命令書にはそのような事は書いてないし、そもそも調べて居たら間に合いはしない。……要するに裏でこの辺りの事情を先に掴んで黙っていたという事だ。尊敬する上官がどのように対応なさるのかを興味深そうな目で見つめている。他人ごとの様に愉しむ不謹慎さはあるが、平気で命を共にするので護衛である曹長は何も言わなかった。

 

「正式な命令である以上は従うのが軍人だ。ただし命令書以上の事はしないし、それ以外の事もするがね。要するに僕は僕の事情で戦争をする」

 新城は不景気な顔を浮かべるとマッチをこすって細巻に灯を点けた。

金壺眼と三白眼をしょっちゅう行き来する目で要望書を一瞥すると、将校たちの方に放り出した。本来であれば軍人の新城に届く筈がない物だが、彼は陸軍最強とされる駒城閥のホープなのであながち間違ってはいない。九州戦役でその内容に関わっているから猶更ではあるが。

 

「フロムUSA? アメリカさんから届いた要請が政府を素通りしてこちらにですか? 今ごろは官僚が苦労しているのでしょうが、確かに笑えてきますな」

 『微笑みデブ』とでも言うべき千翼長がいつもの笑顔でこれを拾った。

芝村閥から派遣された……というか勝手に参陣した変わり種で、食糧事情の問題からスリムになっており、行動ではなく外見的に裏切者と呼ばれていた。その名前を芝村英吏と呼ぶ。新城共々大型獣を脇に待機させており、竜騎兵と呼ばれる兵種の一員であった。

 

「幻獣と同盟を組むとは何事かと誰何するのは外交筋、赤い雲の痕跡から幻獣の位置を特定する方法を教えてくれと言うのは軍関係。協調性が採れてないと見るべきか、それとも飴と鞭と見るべきでしょうか。存外、方法を教えたら見逃してくれるかもしれませんよ」

「無意味だろう? 連中は僕らを舐めてるからな」

 デブは自分が口にした事をまるで信じてない様子で二つの要望書を火の中にくべた。

前者は勝つために必要であったのだし、全ての策謀が上手くいくのであれば無視して良い話だ。後者に至っては大国であるアメリカが本当の意味で気がついて居ないとは思えない。要するにこの二つの要望書は新城の思考回路を割き、何処かで文句をつけてやろうという程度の存在であった。不景気なのだから精々派手に燃やしてスカっとする以上の使い道はあるまい。

 

「ユーリア君はどう思う?」

「直衛。貴方が思っている通りよ。おそらくアメリカとやらにも私の同類が居るわ。……盤上で戦うのは将の仕事。盤面を作り出すのは王者の戯れだもの」

 ユーリア・ド・ヴェルナ・ツアリツィナ・ロッシナ。新城の愛人に収まった女。

そして幻獣王の一柱であり、人の形を保ったままこちらの世界に渡った女。今回の問題の遠因でもある。もっとも幻獣であるという運命を脱しようと……現時点であがいている一人でもあった。

 

「なら罠で決まりだな。だいたいがワザとらし過ぎる。こちらが秘かに天文台を探して居るところで島嶼部へ行けと来た」

「でも行くのでしょう?」

 まるで疑って居ない調子でユーリアは微笑んだ。

この程度の罠を噛み破れない男に用はない。それに同族の中でも人間の姿と意思を残せたものは数名だろう。自分と同格の相手……そんな人物を自分の男が叩き潰す姿を思うのは彼女の中のオンナを昂らせる。

 

「ああ。僕は舐められるのはよほど嫌いだ。勝つのに必要ならば許容するけれどね。地球の反対側から嘲笑って居る連中の尻を蹴り割ってやれたらスッキリするだろうな。それになんだ……地獄は故郷のようなものだ、産湯に浸かっていると思えばひどく落ち着く」

 ニタリと笑って地獄へ突撃しようとする凶相の男。

三界一の美女は嫣然と微笑み、傍らで見守るデブは楽しそうに微笑んでいる。そんな姿を眺めて護衛する曹長は、地獄の窯の中でも平気で笑う獄吏たちを恐れよりも畏れの方が強い視線で見守っていた。これから誰も彼もが泣き叫ぶような地獄が始まるのだろうと思って、買い溜めして置いた酒でも片付けようかと決意する。

 

●大逆転

 さて、ここからは方針では無く方法論のお話だ。

勝ちたい、勝とう、勝たなければならない……などとは子供の我儘。学兵ですら信じて居ないことを新城は端から考慮して居なかった。ならば打てる手はどんな手でも打つべきだろう。例え味方から罵られようとも。

 

「しかし中佐。島嶼部の住民を守りながら戦うのは困難です。天文台まで手が回るかどうか……」

「漆原中尉。それこそが男子の本懐だと思わないのかね?」

「良い千翼長。漆原も方針くらいは聞きたいだろうさ。嫌だと言っても聞かせてやるとしよう」

 ニヤニヤ笑いながら口を挟もうとした芝村を新城は止めた。

そして酷く楽しそうに笑いながらユーリアの方を見る。少し思案した後で地図の一点を見据えた。そこは今回守れと言われた小笠原諸島であり、特に父島を示している。

 

「ユーリア、試みに尋ねるが君の力を借りても?」

「構わないけれど意味はないわよ? おそらく盤上の向こうでもそれを警戒して居るもの。感応型に厳命して大軍を送り込んでいる筈」

「うん。そうだろうね。というよりも僕は援軍として君の力を借りたいわけじゃない。それじゃあ僕の戦争じゃない。第一ちっとも面白くはないさ」

 控えめに言って地獄である。

アメリカ政府に影響を与えている幻獣王の一柱が、全体の戦況を操りながら押し込んで来るのだ。それを僅かな部隊で食い止めろとか正気の沙汰ではない。そもそもいかなる令を持って現地部隊を従わせるのか? そんな事すらも命令書には記載されていなかった。であれば軍権は頼れず、あくまで要請するしかないのだ。芝村が『後ろに手を縛って戦わせたがる』と評するはずだ。

 

「幻獣の力を借りて戦っても勝てないし、勝ったとしたら文句を付けられて日本が占領されるだろうね。ゆえに援軍としては使わない。むしろ逆だ……海軍の防衛網を突破して、ここに上陸してもらおうか。その為にこそ君の力を借りたい」

「中佐、正気ですか!? 敵を増やすどころか島のど真ん中に誘導なんてしたら幾らも持ちませんよ!」

 漆原中尉が再び口を挟んだ。

新城が示したのは父島の主要部の裏手である。島ゆえに海岸線は幾つもあるが、その部分は海軍が固く守っているはずの部分だ。もし幻獣が上陸したら島は二分されてあっという間に人類側は壊滅するだろう。

 

「漆原。守るのは困難だと言ったのは君だぞ? どのみち島嶼部は戦略的価値の低減で放棄する予定だったんだ。ならば精々こちらのペースで動かさせてもらう。早い段階で防衛が困難になれば戦線の整理をこちらの主導で行えるからな」

「だからと言って味方を苦境に落とし入れなくても!」

「それを言うならば守原閣下に言っていただきたい」

 なおも抗議する漆原を芝村が止めた。

新城はそれらに取り合わず地図を真剣な表情で眺めながら細巻を押し付け火で穴を空けた。そのまま滑らせて墨で引くように父島の中央部を横断させて途中で止める。二人の将校はそのポイントに目を向けると口論を止めた。なぜならばそこは戦うのに絶好の場所だからだ。そこまでやれば、一連の行為が誘導作戦でしかない事に気が付いた。上手く誘導できるかは本来微妙だが、そこは幻獣王が手を貸すので問題はない。幻獣は幻獣の勢力圏の先に転移できるという習性……いわゆる赤い雲現象を利用させてもらうのだ。

 

「キルゾーンに誘い込むのですか? 確かにこの位置ならば絶好です。我々が到着した直後ならば軍艦も居ますしな。艦砲射撃は景気が良さそうだ」

「それまでの間は悪戦して回るとしよう。……ああ、漆原には格好良い任務をあげよう。島民たちに避難指示を出して回り給え」

 芝村の方は話が早い。努力と言うものが嫌いな彼らは絶対に勝てる作戦を強引に掴み取る。

だからワザと防備に穴を空け、軍艦が本土に御帰りにならぬうちに利用するという作戦は肯定できる。この方法ならば確かに命令などなくとも海軍の方で行動するだろう。功績争いと言う意味でも、行き掛けの駄賃という意味でも無視する手はないのだから。

 

「……昼間は天主の様に、夜は魔王の様にですか? 我々が島の防衛網へ穴を空けるのに……」

「命令はともかく僕らの中で最優先は一般人の救出。遺憾ながら我が軍の勝利はだいぶ下だ。それとも何か? 絶対に勝てぬ戦いに民衆を巻き込めと? 馬鹿馬鹿しい。このタイミングならば軍艦も輸送艦も使い放題だ。目先の勝利にこだわって人の命を捨てる者がある物か」

「普通の軍人はソレこそを至上命題に挙げるでしょうがな」

 渋面を浮かべる漆原にも判ってはいるのだ。

華麗に勝利する事になんの意味も無いと。そして当面の勝利を捨てて海軍を使えば、民衆も現地部隊もよほどに命を拾う事が出来るだろう。当初計画に則って地味な戦闘と悠長な避難を行えば、次の輸送艦が救いに来るのにどれだけ死ぬか分からない。

 

本来ならばともかく……今は非常事態だ。守原大将が政治クーデーターを起こして廟堂を握っている以上は、新城が少しでも勝てば『そのまま島を死守せよ』と命令が追加されても不思議はないのだから。そして正式な命令であり、島の防衛部隊と近隣のフェリー調達権だけを渡されて地獄のような目にあわされるに違いあるまい。

 

「中佐殿。それでその後はどうされますか? 速やかで安全な避難を行うならば島の北部に撤退戦を行う必要があります。ついでに天体観測を行うにせよ相当な戦力が集中すると思いますが」

 ここで問題になるのがキルゾーンで敵の大部分を倒した後の話だ。

どうしても島の人々を避難させる以上、軍隊が護衛と囮の両方をせねばならない。となれば安全な護衛は島の部隊がやるべきだし、人々の顔も知っているから都合が良い。となれば新城たちが囮となって引き付けねばなるまい。幸いにも父島は♩のような形状をしており、北へ引っ張っていくには都合が良い。天文台も北にあるので猶更だろう。しかしそれで全滅する危険もあった。共にあるべき軍艦の援護は、どうしても島の南部で人々が輸送艦に乗り込む間の護衛で必要だからだ。

 

「千翼長。君の中で僕はよほどに献身的なようだな。生憎と僕は心中する気にはなれない、撤退準備の要望は先にしておくさ。行った船で帰る必要はないだろう?」

「そんなに都合よく行きますか? 流石に島の防備に穴が空くとは言えないでしょう」

 命令に納得ではできないが受け入れる。そんな顔をした漆原が皮肉げに尋ねた。

心情はつまらなさそうに新しい細巻を取り出すと、今だにくすぶっている古い細巻を使って火を移す。生来の不器用さで中々上手くいかないのだが、ユーリアが笑って自分の細巻から移してやった。以前に兵隊がやって居るのを見て、自分もやって見たかったのだという。

 

「行った船で帰る必要がない。しかし僕はこうも思うんだ。攻めるための船で逃げてしまっても良いんじゃないかってね。上陸作戦用に海軍から特殊艦を使った要望書が回ってきてたろう? アレに相乗りしてしまおう」

「伊号艦ですか! 確かにそのような要望がありましたな!」

「イ号?」

 机の何処にしまったか分からない要望書。

先ほど回って来た外交筋とは違い、それは面白そうなので取っておいた物がある。何より新しい物好きで乗り物好きな新城の事だ、どこかで使ってやろうと考えていたに違いない。要領よく芝村が取り出して、これだこれだと送り付けられた仕様書を机の上に広げていく。

 

「潜水艦だよ。それも大型のね。先の大戦が敗着しそうになった時に、幻獣の出現でうやむやになったんで、廃棄せずに残して置いたのがある。ソレを士魂号や竜騎兵と組み合わせられないかという問い合わせがあったんだ」

「マル秘ですが、それが難点ですね」

「構わないさ。赤い雲じゃないが何時までも気が付かないとは思えない。元の計画が計画だけに、アメリカに居る幻獣王が警戒してくれたらしめたものだな」

 伊401潜水艦、やろうと思えばアメリカへ到達できる大型艦である。

アメリカ本土爆撃を行うために計画され、組み立て型の洋上爆撃機を搭載することになっていた。現在では飛行機の仕様が大幅に変わってしまった事と、海を通ってアメリカに行く危険性から頓挫していたのだ。最近になって幻獣王の一柱と講和したこともあり、新城にこの話が回って来たのだ(正確にはもう一人回っていたが、そちらは謹慎命令が出ている)。

 

「幸いにも僕は海軍将校でもあるからね。ダメもとでこちらに送られた要望書に乗った上で色々と協力すると伝えれば乗ってくれるはずさ。潜水艦は暫く丘の動きから隠れるのも都合がいい」

「その話は忘れて居ましたよ。善行上級万翼長が海軍将校でもあるのは存じていましたが」

 新城と善行は大陸へ派遣されて撤退戦で戦い抜いた猛者である。

どちらも露骨な時間稼ぎの命令に従って部隊を酷い目にあわされたが、代わりに被害を抑えた海軍とコネクションを結んでいる。五人も居ない陸軍・海軍二重階級者が、そろいもそろって士魂号という仇花に関わっているのは不思議とも言えた。

 

「と言う訳だ。悪いがデグレチャフに援軍は送れん。代わりに予備の機体を回してやってくれ。こちらに来る予定になってる士官の一部もとんぼ返りで使ってくれて構わない。どうせこちらも地獄だからな、付き合わせるには悪い」

「それで構わぬ。そなたに感謝を」

 新城に命令書と要望書を持って来たもう一人の芝村は、新たな指示書を根拠に再び謹慎するまでの時間を稼ぐのであった。

 




 という訳でエイプリルフール用の話です。
時系列的には第三部黒の章が始まってからの裏話になります。
『あの時何をしていたの?』『どうして第三部では登場しなかったの?』
と言う話の解説として、天体観測してた感じ。

続きがありそうな内容ですが、エイプリルフール外伝なのでありません。
というか青の章は未履修ですからね。まあやろうと思えば見てきたような嘘は吐けますが。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。