ターニャのガンパレード【完】   作:ノイラーテム

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塹壕線の構築:前編

 塹壕戦の準備が本格的に始まった。

目下のところ急務なのは熊本市から九州山地までの線。これと並行して九州山地から球磨川水溪に連なる一大塹壕陣地を造ることで、幻獣たちを閉じ込める空間要塞が出来上がる。

 

まさに東方のライン戦線とでも言うべき物だ。

大部分が自然を利用しているために安上がりなのが素晴らしい。郷土が影も形も無くなるとか、鮎が採れなくなるとかいう苦情は受け付けない。そんな言葉は私の様に故郷が無くなってから言って欲しい物だ。

 

「佐賀に教導の為の出向でありますか?」

「県知事からという事になっているが……地方閥とはいえ背州公たっての要望だ。断るわけにはいかんだろう」

 このクソ忙しいのに奇妙な依頼がやって来た。

学徒兵の教育に優秀な成績を収める私の意見を聞きたいという事らしい。佐賀はまだ安全なので転属であれば臨むところだが、そうでないなら貴重な時間は目の前の塹壕に利用したい。この手の知識に関して私に勝るものはいないのだから。

 

(いや、待て。そういう事か)

 塹壕の知識は私が一番と自覚することで、ようやく目的に思い至った。

無能な学徒兵に授けて欲しい知識は塹壕の構築の仕方だ。彼らに塹壕を掘らせ、佐賀と熊本を盾とすることで、背州公こと宮野木家が利権を有する背州から福岡一帯を守りたいのだ。

 

どうせ戦闘の役に立たないならば学徒兵を工兵見習いにするのは悪くない。

工兵は爆薬なども扱う専門知識の塊だが、穴を掘るだけならば難しくはない。だがただ穴を掘っても塹壕にならない。それをどう繋げるか、どう利用するかが重要なのだ。

 

「九州山地や球磨川への視察が終わっておりませんし、塹壕線も坑道戦術対策などもまだまだです。何とかならないのですか?」

「背州公は僕と犬猿の仲とは言わないが、相性はすこぶる悪い。協力して損はないと思うが」

 山地や河川を利用して作っている方は流石に専門外なので見ておきたい。

そしてライン戦線での『回転ドア作戦』を思い出しつつ、知性のある幻獣対策をしておきたかった。しかし残念ながら新城少佐のフォローはもらえないようだ。

 

と、ここで奇妙なことに思い至る。

他人にも自分にも厳しい新城少佐が、私を安全地帯に送りつつ、自分の勢力を守りたいという宮野木家に利するだろうか? 話を聞く限り嫌われているか所属派閥が違っていそうなものだ。

 

(むしろこの話に乗っておいた方が都合が良いと考えた? 確かに佐賀にも塹壕があれば後背を安全に守れるが)

 学徒兵や物資を受け取るために、熊本から門司までにはそれなりの戦力が駐留する。

しかし佐賀方面に流れた敵が回り込んで来る可能性はある。自分たちの手で熊本市南部だけの塹壕を築くよりも、他者を誘導して背中に塹壕を築かせる方が望ましくはある。これは時間を置けば勝手に増えていく物なので、監督せずとも何とかなるだろう。

 

しかし、本当にそれだけだろうか?

新城少佐は仲の悪い相手に甘い顔をして利用するよりも、地獄へ突き落す方が好きそうだ。使うとなればもっと使い倒すという部類である。

 

(まだピースが足りない。パズルを完成させるためにはもう一つか二つ情報が必要だ。芝村の横槍……他には少佐が好むのは防衛戦よりも運動戦や火力戦といった攻勢か)

 判り易い話としては塹壕戦の一環だ。

後背を守るための壁にしつつ、恩を売っておいて援軍として動員する。

 

援軍の来ない籠城は瓦解する物だが援軍の充てを付けておけば……。

 

いや、違う! 新城少佐の物騒な性格を考えればもっと過激だろう。

今の内から布石を打とうとしている可能性がある。援軍として呼ぶのは正しくとも、自分たちの代わりに熊本に籠めるというのはどうだ? もちろん私たちが逃げ出す為じゃない!

 

「なるほど。球磨川水溪まで出て、敵の後背を突く策ですか。ソレをやるには確かに援軍が必要ですね」

「こいつ。僕の考えを読んだな? まあ適当に恩を売ってくると良い」

 各地に塹壕を築いて守る。

そこに遊撃隊を率いて解放して回るという初期案がある。今のところ塹壕線は完成してないし部隊が小さ過ぎて非現実的だが、ちゃんとした規模まで拡充できれば有力な案となるだろう。

 

新城大尉のアイデアはこれをより攻撃的に切り替えた物だ。

塹壕線を通って九州山地、そのまま球磨川水溪まで移動する。そうして河川の何処からか、相手の数が薄い場所を探して突破。熊本市を攻めている幻獣軍の裏に出るという物だ。

 

大量の幻獣に対してこれに何の意味があるのかというと、一番大きなのは敵砲兵を叩けることだ。ゴルゴーンの砲列しかり、敵の精鋭であるスキュラを狙って叩く。そうすれば砲撃戦に置いて非常に有利になる。弾さえあれば撃滅できるかもしれないと思えるほどに。

 

そして遊撃隊を拡充するためにどうするか?

それは熊本市を守る部隊の中から抽出し、代わりに佐賀からやって来た援軍を防御に充てるのだ。塹壕戦であれば初めての部署でも問題なく戦闘できる。騙すようなものなのでwin-winとはいえないが、無い無い尽くしであっても十分な戦力が集められるだろう。

 

「デグレチャフ万翼長。佐賀に赴いてまいります」

「行ってこい。あまり兵は付けられんがな」

 こうして私は僅かな兵と共に佐賀を目指す。

士魂号M型とトレーラ一台、そして錬成中の威力捜索小隊がこの一行である。

 

 佐賀の為とは言いつつ、熊本市を守る為の後衛陣地として利用する。

よって県境を越えてからの移動は、基本的に全て学習機会だ。折に触れて塹壕として構築するにはどこが良いだろうかと、考えながら移動する予定である。

 

「お前たちは徒歩だが余分な装備は全てトレーラーに載せてしまっても良い。ただし、幻獣がいつか現れる物だと思って行軍訓練として移動せよ」

「了解です。何人かローテーションしてよろしいでしょうか?」

 この場合のローテーションとは、意図的に休む者の事だ。

全員が行軍していては疲労が蓄積するばかりだし、注意力が散漫になってしまう。だからトレーラーの空いているスペースで休みつつ、周囲の索敵に専念するのである。

 

「構わん。二人ずつ休ませて一人にはスケッチでも描かせろ。後で私の物とすり合わせる」

「ありがたくあります」

「ヒュウ♪ さすがは大尉殿……じゃなくて万翼長殿話せるぜ」

 地形に対する感想や把握力という物は千差万別だ。

同じように訓練することもできるが、ここは異なる意見・感覚を採りたい。その方が塹壕を築く時の参考になるし、佐賀のトップに渡す時に良い説得材料になるだろう。

 

そして行軍訓練そのものに対する役割は三つだ。

一つ目は文字通りに訓練。二つ目は互いの考え方を知って連携を取り易くさせる為。

 

では最後の三つ目は何か?

それは私のやり方を浸透させるという物。今居るメンバーをコアに据えれば、彼らが分隊長になった時に自分の部下に教えるだろう。それは移動だけではなく、索敵面や攻撃面にも言える事。意図した一定の方向に歪める知的伝達を、人は教育という。

 

「しかし戦闘痕ばかりで幻獣が居らんね。数体くらいは出ると思っていたのだが」

「殆どは逃げ出した兵を追って、熊本南部から鹿児島に向かいましたからね。おかげであちらは阿鼻叫喚だそうですよ。ドク」

 余計な闖入者というか変人がうるさい。

眼鏡で白衣の学者なのだが……。望遠鏡なのか拡大鏡なのか、特殊なレンズを余分にくっつけた奇妙な眼鏡をグリグリやっていた。

 

芝村の脇にくっついていたのだが、暇を持て余して同行して来たのだ。

本来は士魂号を整備する案を出したり、強化案を考えたりする生化学者のはずなのだが。

 

『多少弄ってしまったが、何。性能面では問題ない。また君に預けるが構わないだろう?』

 こうして近くに居ると2ndビクトリアと出逢った時の事を思い出してしまう。

 

『私としては含むところはありません。貴方には量産する技術がある。有用ならば増やすまででしょう?』

 クローンに対する倫理観など私にあるはずもない。

人間を人的資源と割り切る私にそんなこと口にする資格などないのだ。実際、特殊能力者をクローンで増やすのは有効だと思ってしまった自分が居る。

 

だが同時に、名前を借りたヴィーシャには悪いと思ってしまった自分も居る。我ながらセンチメンタルになったものだ。

 

「ところでドク。お暇ならばお尋ねしたいことが一つ」

「ふむ? 面白い事ならばどうぞ?」

 おセンチな事を言っても仕方がないので、せっかくの時間を活かす事にする。

どうせ数時間は相席しているのだし、顔を合わせてはあれこれと聞かれるのであれば、こちらから尋ねるまでだ。

 

「騎魂号には生体ジャミングがありますが、対レーザー装備は可能でしょうか? 大気減衰を拡大させるようなスモーク弾とか」

「作れなくはないがサイズ的に難しいな。ジャミングの代わりで良いなら難しくはないだろう」

 さすがにミサイルとレーザーの同時対抗は難しいか。

しかしゴルゴーンが脅威の戦場と、出会いたくはないがスキュラの多い戦場では危険の種類が異なる。選択肢が増えただけでも良しとしておこう。

 

あるいは二機の騎魂号での共同作戦。

予算とか過剰戦力気味で難しいかもしれないが、そんな選択肢もできるので浪漫は広がるだろう。

 

「そうだなあ~。面白味を持たせるのであれば周囲全体よりも、より至近の方が強いタイプかな。万能というのは難しいし、何よりつまらない」

「それで構いません。ドクの興味が向いた時にでも一式お願いします」

 やはりそうなるかというか、まあ仕方のない所だ。

生科学に知識の無い私でも、散布するなら近くの方が効果が高いのは判る。現状はパイロットもおらず騎魂号一機なので私が操る他ないが、パイロット込みで数機用意出来たら一番うまい奴に切り込ませればよいだろう。

 

他にアイデアや質問がないではないが、今は止めておこう。

ロボット物のフィクションに詳しい訳でもない。生兵法で口を出したら痛い目に合うのは私なのだから。

 

 佐賀市に入った所で割り当てられたホテルにチェックイン。

空いた時間で兵たちには二交代制で休息を取らせ、私はその間に塹壕を造る場合の例を描きあげて行った。

 

我ながら勤勉な事だがこれを仕上げてあると無いとでは意味が異なる。

基本的な資料は既に熊本で作成しているので、地図や現地で見た気付きを踏まえて具体的な図案に仕上げるだけだ。

 

その例となる場所とは宮野木公の望むであろう場所を守れる配置にしてある。

勿論、熊本市を守る意味でも需要な場所であり、斜めに両県を移動できそうな具合だ。この配置にしたのは見たルートであるという理由があるので、そう簡単には魂胆を掴まれないだろう。

 

(しかし馬鹿というのは何処にでもいる物だな。お偉いさんが居る中でだらけているとは)

 市長に呼び出されて赴くと、そこには学徒兵が居た。

何部隊の歩兵小隊だが、そのうちの一つがキチンと整列していないのだ。どう並ぶかは自分の勝手だろうとばかりにダラダラとやっている。

 

先任士官込みで余程の馬鹿か、それともそれなりに使える能力があるから、意見が通ったことを特権と勘違いしてしまったのだろうか?

 

「何とかならんのか? せっかくご老公が居られるのだぞ」

「直ちに! 君、奴らを何とかし給え」

 市長が近くの将校に声をかけると、とばっちりを受けた士官が飛んでいく。

可哀そうに隣の部隊にも影響が出て、そいつらを避けるようにずれてしまった。

 

こうなると当然、自らの権威を否定されたお偉いさんだ。

特に老人は頑固であり、権力者は待たされることを嫌う傾向にある。どうなるかは考えるまでもない。

 

「構わん。後で思い知らせてやれ」

「はっ! 前線に送ります!」

 と、まあこんな有様である。

佐賀県での前線ならばまだ通用するだろう。どうやら八代開戦での一報を聞いて、即座に守備隊を動かして流れてきた幻獣を狩ったそうだ。老人の財産を守るためとはいえ、即座に動けるだけ練度の高い部隊が居るのだから。

 

問題は熊本送りにされて、こちらに迷惑を掛けられることだな。お偉いさんの前だけでも規律の取れない馬鹿は要らん。

 

「市長。ご要望の件に関して、こちらをしたためさせていただきました。後で『閣下』と共にご覧ください」

「おお、そうか。それは来たばかりというのにすまないね。セレモニーは続く、もう暫く休んで居なさい」

 精一杯の愛想を浮かべて市長に塹壕戦の資料を提出しておく。

すると嫌な空気が流れたことで、市長はこちらに感謝をしてくれたようだ。にこやかな顔で資料を受け取り、コピーを録る様に合図している。

 

途中で宮野木公がチラリと見たので、失礼にならない程度に深い会釈をしておく。

どうせ『あの小娘が役に立つのか?』とでも思っているのだろう。せめて癇癪を起されてさっきの連中と一緒にされない事を祈るのみである。

 

そしてセレモニーで紹介され、戸惑う者もそうでない者も居た。

ウォードレスが無い事で外見が如実に表れてしまっていたからだが、事前に聞いていたことで、沈黙を保てているのは良い事だ。

 

「デグレチャフ万翼長。先ほどのアレは実に良くできていた。討論はこれからになるだろうが、ご老公にはご機嫌であられたよ」

「光栄であります。短い期間ではありますが、よろしくお願いいたします!」

 セレモニー後に将校殿に声を掛けられたが、ホっとした表情だった。

もしかしたらこの人が塹壕戦のレポートを佐賀で最初に読んだのかもしれない。面目を施せたようで幸いである。

 

暫く安全な後方での管理作業。

そのための保護者に出逢えてありがたい限りだ。精々、宮野木公ともども長生きして私に便宜を図っていただきたいものである。




 という訳でもう第九回です。

今回は塹壕線を築いて、東洋のライン戦線を作ってやろうという話。
小説の榊ガンパレで途中から試しつつ始めることを、ターニャがいきなりやった感じ。
エリートサラリーマンのプレゼンと、キレ者参謀を兼ね備えているかのようだ!
いやまあ、ターニャはそれに加えて前世知識を持ってるので仕方ないですね。

いかにターニャの立案が凄くても、スポンサーが居ないとどうしようもない。
つまりその案を利用して、自分の利権を守ろうとした権力者が居た訳です。

●登場人物
『ドク』
 生科学の権威で士魂号の改造とかやっている。
芝村の脇にくっついていたらしいが、暇を持て余して見物に来たとか。
ビクトリアに酷い事したのはこの人。
代行殿(九州総軍司令官代行)や大尉とは仲が良いらしい。
非人間的な悪人だが、どこかのマッドよりマシだとはターニャの弁。

『背州公』
 宮野木家は背州や福岡に利権を持つ家で、大名家の血であり背州公と呼ばれる。
元は皇国の守護者に登場する五将家の人。忘れて構いません。

『不良たち』
 学徒兵に志願したものの、はみ出し者なので統制がとれてない。
それはそれとしてスペックと士気だけなら優秀なので、好き勝手やっていた。
しかしそのツケを払う羽目になり、前線送りに合う。
まあ次回に登場する兵士の代わりなんですけどね。忘れて構いません。
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