全国にある九校の中の一つ、国立魔法大学付属第一高校は本日入学式である。
司波達也、司波深雪、梓條蒼士の三人も入学する。
そんな良き日、新入生達が講堂へ向かっている中に達也と深雪は言い合っていた。深雪が一方的に言っているだけにも見えるが。
学校の正門付近で言い合っている二人はとても目立っていた。そんな二人を見てザワザワと騒ぎ出す周りの新入生達。
新入生達は二人の制服のある部分を見て思うことがあった。
『
そして何よりも一科生達は二科生よりも優れていると自負してしまっているせいか、二科生を蔑んでいる傾向がある。それを助長するように一科生をブルーム、二科生をウィードと呼ぶ差別用語が存在している。
その理由から、深雪は兄である達也が蔑まれ、侮辱されることに怒っているのだ。実際は自分よりも優れている兄が、何も知らぬ他人に侮辱されるのが許せなかった。
達也自身も分かっていたことであるが、自分の分まで深雪が怒ってくれているのが何よりも救いになっている。その反面、自身のせいで深雪がこんなにも感情的になってしまっているのに情けなさを感じていた。
「二人とも、せっかくの入学式なんだから」
二人とは別行動していた蒼士が現れた。自身に手を振っている一科生の女子達に手を振り返しながら達也と深雪の仲介に入る。蒼士は何故か見下されたり、蔑まされたりしていなかった。
「深雪だって達也の事情は分かっているだろう?」
「それは、分かっておりますが……」
言い淀む深雪に手招きして自分の所に呼ぶ蒼士。何だろう、と近寄る深雪の耳元で蒼士はあることを囁いた。
すると、一瞬だけ顔が真っ青になったかと思いきや、次の瞬間には頬を赤く染めていた。
「おい、深雪に––」
「お兄様、深雪は一生懸命答辞をやりますので見ていて下さい!」
達也の言葉は深雪の言葉で掻き消された。先程まで怒っていたのが嘘のように笑顔を浮かべて達也を見る深雪。
今まで兄の事で一杯だった深雪はふとした疑問を蒼士にぶつけた。
「そういえば蒼士くんはどうして二科生なのですか? 叔母様と互角に戦えるということは実力があるのでは?」
「確かにな、叔母上は世界最強の一人でもある実力者だ、それなら蒼士もそれに匹敵するんだろう?」
達也と深雪は蒼士が二科生であるのを知ったのは当日で非常に驚いていたのだ。
「この世界に来てから文字も言葉も分かっていなかったから、そういうものも勉強して常識も学び、とにかく情報を集めて覚えていったんだ。けど急に真夜に「第一高校に入学しなさい」って言われて、しかも入試が次の日だったから徹夜で勉強。CADとかの勉強も同時進行、実技も同時進行で付け焼き刃で試験を受けて現在に至る」
予想よりも壮絶な出来事があったのを二人は察した。そして、理論と実技を一日で入学出来るまでに修得したのは凄い、と二人は思う。第一高校に入学できる時点で相当の勉強と実力がなければ不可能なのに、付け焼き刃で入学できたというのはとんでもないことなのだ。
「だから試験後から徹夜はせずにCADについても理解できたし、CAD操作も上手くなったと思っているけどね。四葉の人達で色々と経験を積んで真夜以外には負け無しになってるよ」
蒼士が軽く放った言葉に驚愕する二人。十師族の中でも実力者揃いの四葉家の人間相手に負け無しというと相当の実力があることが伺えた。
「そろそろリハーサルだから行った方がいいのでは?」
「そうだな、深雪の晴れ姿を楽しみにしているよ」
「はい、行って参ります、見ていて下さいね、蒼士くん、お兄様」
上機嫌で手を振りながら深雪が駆けて行くのを見送った二人。
「まだ時間あるけど、どうする?」
蒼士が達也に聞くと、達也はベンチに座って携帯端末を開いていた。
「俺は読書してるよ」
「そっか、俺はちょっと周りを見てくる。後で迎えに来るからここにいてくれ」
離れて行く蒼士を見ていた達也は思った。会って間もない蒼士を信用できると判断している自分がいることに。なんらかの魔法なのかとも思ったが、そういう類ではなく、蒼士の人間性なんだろう、と達也は改めて実感させられた。
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達也と別れて単独行動中の蒼士は学校内をうろついていた。魔法師の育成に力を入れているのがよく分かると感心しながら施設などを見ていた。
「貴方は新入生ですね?」
背後から声を掛けられた。
ふわふわした黒髪ロングの巻き毛、小柄でありながらも肉体的に魅力があるトランジスタグラマーな美少女が立っていた。
「はい、少し時間があったので散策していました」
胸に手を当てて頭を下げた蒼士。
「ふふふ、私も早く新入生の子たちと会いたくて、こうして歩いているんですよ」
口元に手を当てて上品に応える美少女。
「あっ、名乗ってませんでしたね。私は第一高校生徒会長、
最後にはウインクが添えられていそうな、嬉しそうな口調で蒼士に挨拶をする真由美。
「生徒会長でしたか。自分は梓條蒼士です。これからよろしくお願いします」
自己紹介をしてから握手を求めると、生徒会長からも蒼士の手を握ってくれた。
そして、この間に彼女が十師族であることや、彼女の魔法など全てを「掌握」する。理解は出来たが、まだ使用出来るレベルに自身の技量が追いつけていないな、と思う蒼士。
「十師族のご令嬢でしたか。名家である責任や重圧に潰れないようにして下さいね。七草先輩は美少女なんですし、これからもまだまだ楽しい人生が待っていますよ」
「えっ……」
思わず固まってしまった真由美。
まさか会って間もない彼にそのような言葉を掛けられるとは思っておらず思考が停止していた。綺麗、可愛い、などの言葉はよく言われて慣れているのにまさか初対面で家柄のことを心配されるとは思っていなかったのだ。
「……ありがとうね」
頬がやや赤くなって照れながらもお礼を言う真由美。小さな声であったが蒼士の耳には聞こえており、内心で可愛いと思いながら笑顔を浮かべていた。
「どうです? 歩きながら学校の案内をお願いしても良いですか?」
「えぇ、いいわよ。お姉さんが案内してあげる」
彼女の裏のない綺麗な笑顔に改めて美少女だな、と感じる蒼士。
真由美は蒼士の隣に来ると歩き始め、腕と腕が触れ合いそうな距離まで接近していた。蒼士も美少女が近くにいることが嬉しいので笑顔でいる。
「蒼士くんって呼んでいい?」
「はい、自分は七草先輩って呼ばせてもらいます」
蒼士の言葉に真由美は小悪魔的な笑みを浮かべる。何か思いついたという悪い笑みを。
「別に真由美でもいいわよ」
してやったり、と内心ほくそ笑む真由美。普通なら真由美の笑みを見て照れる男子がいるのだが。
「それは、これから七草先輩と男女の関係になった時にとっておきます」
「っ!?」
予想とは違った発言に赤面する真由美。
「顔を真っ赤にさせて可愛いですよ、七草先輩」
「……もう! 年上を
「可愛い子は虐めたくなっちゃうんですよ、自分」
逆襲にあって手玉にとられた真由美。
設備の案内など関係なしに会話をする二人。仲良く歩いている二人は近くからでも遠くからでもカップルのように見える。
「でも十師族の人は、もっとプライドが高くて偉そうにしている人ばかりかと思っていました」
「すごい偏見ね……私はそんなことはないわ」
「はい、まだ少ししか会話していませんが七草先輩にはそういうのはないですね」
歩幅を合わせて彼女と歩き、階段では彼女の下に少しまわりエスコートするように動いている蒼士に気付いていた彼女は、笑顔を浮かべて嬉しそうにしている。
「そういえば蒼士くんって
「
「百じぃ!?」
「お孫さんが誘拐されそうだったところを助けたのがきっかけで知り合ったんですよ。それから将棋や囲碁を打ち合う仲になったんです」
「そ、そうなのね。百山校長からの強い推薦で教職員枠の風紀委員会に入って貰うからね! 風紀委員長には私から強く言って後押ししておくわ」
想像していたよりも凄まじい出会いをしているんだな、と真由美は苦笑いを浮かべていた。
「七草先輩の期待に応えられるように頑張ります」
「うふふ、期待してるわね、蒼士くん」
笑顔を浮かべて上機嫌な真由美が話し出す。
「どうしてかしら、蒼士くんと話をするのはとても楽しいわ」
「自分もです。呼吸が合うというか、言葉が出てこないんですが、何故だか安心して話ができますね」
「本当にね……なんでかしら?」
顔を見合いながら笑い合う二人。自然な流れでお互いに気を遣った様子もない。
「ねぇ、連絡先を教えてくれない?」
「勿論です、自分も今聞こうと思っていました」
互いの携帯端末で連絡先を交換し、ちゃんと交換出来ているかを確認して互いの端末を見合わせ、さらに距離が近くなった二人。腕と腕が当たっている距離。
「授業の分からないことや人間関係でも相談に乗るわよ、先輩として何でも聞いてね」
「頼らせていただきます。先輩も気軽に連絡を下さいね、悩み事や愚痴も聞きますので」
「その時はお願いね」
彼女は蒼士を見上げる形で上目遣いで見ていた。誰が見ても美少女と認めるであろう彼女の魅力に男性は勘違いしてしまうだろうが蒼士はならなかった。
蒼士を見上げていた真由美に蒼士は顔を近づけて、耳元で小さく囁いた。蒼士の整った顔が近付いたことで彼女もビクッと反応して顔を赤らめる。
「プライベートのことも気軽にどうぞ、真由美さん」
数秒の硬直後、名前を呼ばれて頭から湯気が出そうなぐらい顔を真っ赤にしてしまった真由美。
真由美は年上である自分が年下にいいように遊ばれているのは分かっているが、名前を呼ばれて心臓がドキドキしているのを自覚する。
「もぉ! 名前呼び禁止っ!」
顔は赤いままだが、蒼士と距離を空けて蒼士に向かって指を差す。
自分より先を歩いて行こうとする真由美を追いかける蒼士であった。彼女はニヤけている顔を見られたくない為、彼より前を歩いているのだ。
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真由美と蒼士が歩いていると、いつの間にか達也が座るベンチまで来ていた。
真由美と達也はお互いに自己紹介をした。彼女は達也の入試の成績を知っていたようで、彼の魔法理論と魔法工学の満点成績を純粋に褒めていたが、達也はそれを軽く流して講堂に移動していく。
近くで見ていた蒼士には達也が真由美を苦手としているのが見てとれた。意外にも真由美みたいな性格が苦手なのだと達也の弱点が分かって内心ほくそ笑む蒼士。だが、実際蒼士の内心では純粋に褒められるのに慣れていないのだろうな、とも思っていた。
蒼士も達也に続いて後を追うように真由美と別れた。達也の冷たい態度に困惑することなく笑顔で蒼士と別れた真由美。
彼女は面白い一年生が入ってきたと思いつつも、先ほど連絡先を交換した端末を胸に当てて嬉しそうに新入生を講堂に案内していくのであった。
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講堂に一緒に入った蒼士と達也には思ったことがあった。座席の指定など無いはずなのに、綺麗に一科生と二科生で別れていたのだ。最前列から半分が一科生、後ろ半分が二科生という席順になっていた。
達也も蒼士も差別意識は無いので、くだらないと思いながら後ろ側の空いている席に座ることにした。
席を確保した二人。静かに座って待とうとした達也に蒼士は席を取っておいてもらい、周りの新入生に話しかけに行く。
行動力のある奴だ、と思いながら妹の深雪のことを考えていた達也。自慢の妹の晴れ舞台を画像で残したかったが残念だ、と表情に変化はないものの、内心残念がっていた。
「あの、お隣は空いていますか?」
空いていた隣の席から声を掛けられて顔を向けた達也。
目の前には肩までかかる長さのボブカットの眼鏡の少女で、特に達也が気になったのはそのかけている眼鏡だった。
内心で眼鏡のことについて思うところがあった達也だったが、彼女の奥にも少女がいた。
「ねぇ、貴方って彼の知り合いなの?」
眼鏡少女の後ろにいた少女が話を振ってきた。彼女が指を差す方向には一科生の少女に囲まれている蒼士の姿が映った。一科生の女の子たちが楽しそうに話しかけて、それに蒼士が笑顔で受け答えをしているように達也には見えた。
「あぁ、隣の空いている席に座る梓條蒼士という」
「ふーん……そっか、ありがとう。あたしは
ショートヘアの明るい栗色の髪、ハッキリした目鼻立ち、明るい口調から活発な印象の美少女はそう名乗った。
達也は先ほど生徒会長の七草真由美にも会って、続けて千葉という
「私は
眼鏡の少女、柴田美月もエリカに続いて自己紹介してくれた。
「司波達也です。こちらこそよろしく」
達也も挨拶して二人に空いている隣にどうぞ、と座らせた。
「千葉さんは蒼士のことを知っているのか?」
達也は先程までの疑問をエリカにぶつけた。自分たちは昨日知ったのに、その前から知っているというのか?と考えていた。
「ちょっとね、ほんと、ちょっとねっ!!」
達也の言葉に応えていたエリカが急に座席の肘掛けに手をついたと思いきや、達也の方に向かって飛び蹴りをかましていた。エリカの隣に座る美月は反応できず、達也は誰に蹴りが向いていたのかを理解していたので涼しい顔をしている。
「––いきなり蹴りをかますとはいい度胸だな、エリカ」
「アンタが悪いのよ、勝手にいなくなってさぁ」
達也から見ても一般人では到底出せない鋭い蹴りを見事に無傷で捌いた蒼士。受け止めた足をすぐに離して席に着かせる蒼士に素直に従うエリカが着席した。
「あの時は急用が入ったからさぁ、相手できなくてごめんよ」
エリカに申し訳なさそうに謝る蒼士にエリカは怒っていますよ、という表情で言う。
「後日に相手してくれるって言ったのに、今日まで一回も連絡してこなかったじゃないの!」
怒るエリカに謝る蒼士についていけない達也と美月。
すると美月があわあわしているのを見て自己紹介をする蒼士。明らかに話を逸らそうとしている。彼に自己紹介されて赤面して挨拶を返す美月と、無視されたと思いぷりぷり怒るエリカ。
「蒼士は千葉さんのことを知っているみたいだが、何処かで会ったのか?」
自分が思っていた疑問を直球でぶつける達也。それと自分を挟んで会話するなよ、と達也は内心で一ミリも思ってはいない。
「剣術で有名な千葉道場に鍛錬をお願いに訪問した時、出会った仲だよ」
「ウソつきなさい! あれは討ち入りよ!」
「最初は丁寧に訪問したのに相手にされず、二回目だって菓子折り持って訪問したのに相手にされず」
「まだそこはいいわよ! 三回目に殺気を振りまいてくるやつがあるかっ!!」
なんとなくだが達也は把握した。
エリカは剣術の大家の千葉家の娘ということ、蒼士が千葉家に道場破りをしに行ったのだと。達也の隣に座っている美月はなんのことだか理解できていなかった。
「これから一緒の学校なんだし、好きなだけ相手してやるよ」
「そうね、それでいいわ」
蒼士の言葉に納得して落ち着いていくエリカ。勿論、エリカの中では剣での勝負で決着をつけて、鍛錬に付き合わせるつもりでいる。
だが、蒼士は小さな声で余計な一言を発する。
「––やるよ」
「「––っ!?」」
蒼士の隣に座る達也、達也の隣に座る美月には聞こえており、エリカには聞こえていなかったようだ。
「……」
コイツは何を言っているんだ、と冷たい視線でゴミを見るような視線を蒼士に向ける達也。
「(い、いま、ベットの上でって、聞こえたけど、ふ、二人は男女の関係!?)」
赤面しながら蒼士とエリカのことを忙しく見合う美月。耳まで一気に顔も真っ赤にさせて、美月の隣に座るエリカに心配されてしまい、エリカに話しかけられたせいで、頭の中の妄想が広がっていってしまった。
そんな二人に冗談冗談、と笑みを浮かべている蒼士であったが、一人は冗談だと理解していたが、もう一人は本気で信じてしまっていた。そして理解できていないエリカがいるのであった。