渡り歩く者   作:愛すべからざる光

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第二十六話

九校戦二日目。

 

蒼士は技術スタッフ用ユニフォームを着て、真由美とコートに向かっていた。女子クラウド・ボールの副担当になったのは昨晩から急遽ではあったが、先輩たちの手伝いなど練習に付き合う機会があったので選手データは知っていたので苦労はなかった。

 

早めに移動しているので人の気配もあまりなく、すれ違う人もいなかったので二人っきりであった。

 

「ねぇ、似合ってる?」

 

真由美が今の自分の姿を蒼士に聞いていた。試合のユニフォームに着替えており、蒼士の前で一度だけ回って見てもらおうとしている。ポロシャツにスコート姿はテニスウェアといえる。

 

「とても良く似合っていますね、他人に見せたくないぐらいですよ」

 

「うふふ、嬉しいこと言ってくれるわね」

 

互いに笑顔を見せ合う二人。ここが自宅だったら部屋に連れ込んでしまうな、と自分の中に芽生えている欲望を抑える蒼士。真由美は自分のことを想っていてくれて独占欲を出してくれている蒼士に気分を良くしていた。

 

クラウド・ボールは動きの激しい競技なので両手両足がむき出しのヒラヒラした格好の真由美は青少年には目の毒であり、彼女の魅力に何人の男が魅了されるか、とため息を吐いてしまった蒼士。

 

「もう急にため息なんてどうしたの?」

 

「いやですね、またまた真由美の魅力の虜になる男性が増えるのだと思いましてね」

 

蒼士の顔を覗き込むように真由美は問いかけてきた。スピード・シューティングでも人気があった真由美のファンはさらに増えているだろうと予測している蒼士はまたファンが増えるのか、と心配をしていた。優勝した後の真由美にしつこく付き纏う生徒を追い払った経緯があったからだ。

 

「蒼士くんが守ってくれるんでしょう? 私は蒼士くんを信じているから心配はしていないわよ」

 

ニコリと笑顔を浮かべてくれている真由美の言葉に気が楽になったのを感じて、男として彼女の期待に応えないといけないと気合を入れ直す蒼士。

 

「全身全霊で期待に応えさせてもらいますね」

 

「そうそう、私が好きになった男の子なんだから」

 

年上としての威厳を保つ真由美は蒼士を頼ることもあるが、頼られても応えられる柔軟な女性であった。

 

いい雰囲気のままコートに着くと真由美のストレッチを手伝っている蒼士。身体が柔らかいので軽い力で広げた脚に胸がついていた。

 

「体調は良さそうですね、昨日の疲れもなさそうで」

 

真由美の身体に触れながら蒼士は囁いた。

 

「んぅ、うん、疲れていないわ、疲労感もないから万全よ」

 

背後にいる蒼士が耳元で囁いていたのに身体が反応してしまい、相手の蒼士は親切に手伝ってくれているのに自分が耳元で囁かれたのに背筋をゾクゾクさせて感じていたのが恥ずかしくて薄く頬を赤くさせている真由美。蒼士からは真由美の表情は見えていなかったのが救いだった。

 

「もう良いわよ、ありがとう」

 

真由美に言われて手を離した蒼士は立ち上がろうとする真由美に手を差し出して、彼女は笑顔で手を握ると蒼士が軽く引っ張ると真由美は立ち上がるがそれだけでは済まなかった。

 

淑女として扱ってくれる蒼士に嬉しそうにしている真由美は彼に抱きついていた。蒼士はちゃんと抱きとめて、真正面から抱き合う形になっている。

 

「やっぱりココが一番落ち着くわねぇー」

 

本日の主役になる真由美の好きにさせる蒼士は真由美の髪を触りながら頭を軽く触っていた。抱き合っていたのは短い時間であったが大変満足している真由美。

 

「貴方たち試合前に何をやっているの?」

 

蒼士と真由美以外の第三者が現れた。

 

「あら、イズミん」

 

「後輩の前で、その呼び方は辞めてよね」

 

蒼士や真由美とは多少の距離があって近づいてくるその人物は技術スタッフ三年の和泉(いずみ) 理佳(りか)という女子生徒であった。

 

和泉には蒼士と真由美が向かい合っていただけに見えていたようで、抱き合っていたのは見ていなかったようだ。

 

「和泉先輩、おはようございます」

 

「おはよう、梓條くん。選手と仲良いのはいいのだけど節度は守ってね」

 

蒼士の挨拶に表情を変えずに普段通りに返答する和泉だが、蒼士に寄り掛かる真由美に頭を抱えている。

 

「それでどうしてイズミんがいるの?」

 

「木下くんと代わってもらった梓條くんの様子を見に来たのよ」

 

真由美の質問に淡々と述べる和泉。

 

「わざわざありがとうございます、ご心配には及びませんよ、和泉先輩」

 

「そうね、癪だけど貴方の実力は本物だものね」

 

怒っている様子も声のトーンも変わっておらず、呆れているような仕草をしている和泉。

 

「イズミんが素直に認めるなんて、蒼士くんと何かあった?」

 

真由美が知っている和泉の反応とは違ったので蒼士に問い質す。

 

「二人っきりで「ちょっと!? 何も言わないでよ、梓條くん!」だそうです」

 

蒼士が口にしようとしたのを和泉は蒼士の口を手で押さえてとても焦った表情を浮かべていた。そんなことを真由美が黙っているわけがない。

 

「わたし、気になります!」

 

瞳を輝かせて興味津々の真由美の好奇心を止められる者などおらず、二人に詰め寄る真由美に対して和泉は。

 

「あ、私の担当に行かないと、梓條くん、何も言わないでね! 言ったら恨むからね!」

 

蒼士に押しつけて逃げるという選択肢を選ぶ。蒼士に指を差して、念を押して言わないように述べてから去っていく。

 

そんな行為を見せられて黙っていられる筈がない人物がいる。

 

「イズミんもいなくなったし、教えてよ、蒼士くん」

 

再び二人だけになった真由美はベンチに座っている蒼士の隣に座って、寄り掛かりながら媚びるように聞いている。美少女からの上目遣いと口元に手を触れて、あざとくお願いする真由美。

 

「真由美が思っているようなことではないですよ」

 

「わ、私が思っていることって(二人っきりの部屋で壁際にいるイズミんに蒼士くんが壁に左手をついて、イズミんの顔を覗き込む……ってわたしがやって欲しいシチュエーションじゃないッ!?)」

 

蒼士の言葉に内心で考えていたことを実際に想像してしまい、和泉の立ち位置に自分を置いて、思わず赤面してしまった真由美。

 

「どうぞ、CADの確認お願いします」

 

真由美に追求させる時間を与えずに蒼士は真由美がクラウド・ボールで使用するCADを手渡した。ベンチに座っている間に最終的な確認をしていた蒼士。

 

「んっ、ありがと、蒼士くんの家でもCADの調整お願いしてたから心配ないわよ」

 

自分のCADを受け取る真由美は笑顔を浮かべている。自分でもCAD調整が出来るのだが、蒼士にやってもらってから魔法効率が上がり、処理の負担が格段に減ったのを真由美は知っていたので信頼していた。

 

「加速系統魔法『ダブル・バウンド』オンリーで今年も優勝はできるとは思いますが、油断せずに」

 

運動ベクトルの倍速反転『ダブル・バウンド』これを一つだけで去年も勝利してきた真由美。他にも加速系魔法も入っているが使用しなかった。

 

「分かってまーす、蒼士くんが調整してくれたんだから勝つわよ、勿論、優勝よ」

 

拳銃形態のCADを持ち、芝居かかったポーズを決めて優勝宣言をする真由美。彼女の魔法力なら同じ魔法オンリーでも勝てる実力があるのは蒼士も身を以て知っている。

 

「はい、信じて応援していますね」

 

今の蒼士は真由美のサポートなので彼女のコンディションの管理も役割の一つになっている。昨日のスピード・シューティングの疲れもなく、モチベーションも上がっているので試合に挑む万全な状態が整っていると判断できた。

 

「ねぇ、蒼士くん、ちょっとこっちに来て」

 

真由美に手を握られて移動する二人。移動する前に真由美が『マルチスコープ』で辺りの確認をしていたのを蒼士は把握していたが、何のためなのかが分かっていない。

 

人影がない場所に真由美は蒼士を連れてくるとお願いをした。

 

「ねぇ、また元気を頂戴ね」

 

スピード・シューティング前の時と同じように真由美は蒼士と唇を重ねた。このためにわざわざ魔法を使用していたのか、と分かった蒼士。

 

唇を通して互いの体温を感じる。キスをしたまま顔の角度を変えて互いに求め合う。蒼士が求めてきていると分かると上機嫌になった真由美は唇を強めに押し当てる。

 

「ん、んっ……好きな人とのキスって幸せね」

 

息が苦しくなる前に、そっと唇を離した。首元に掴まって息も当たる距離の二人は離れない。

 

「今日はディープな方はしないの?」

 

瞳を潤ませておねだりする真由美に応える蒼士。

 

蒼士から唇を重ねると嬉しそうに受け入れる真由美は積極的であった。蒼士の舌が口内に入り真由美を求めているのに真由美自身も応えて舌を絡めていく。真由美の腰に手を回して引き寄せる蒼士の行為を嬉しく思い、彼を求めてやまない真由美。

 

「んっ、んぁ……大満足ッ!!」

 

頬に手を当ててうっとり顔の真由美。これから試合なのにデレデレの表情をしている。

 

「では、勝ってきて下さいね」

 

蒼士の言葉に満面の笑みで応える真由美。そのまま二人で競技が行われるコートまで向かう。観客席には多くの人が押し寄せている。

 

真由美の試合は一方的なものになっていた。

 

対戦相手も複数の魔法を使用して点を取ろうとするのだが、圧倒的に魔法力で真由美サイドのコートに落ちる前に全てのボールが、一球の例外なく、倍のスピードに増速されて反転していく。

 

まるで真由美の前に大きな壁が存在して侵入させないようであり、一点も取ることができない。

 

短いインターバルに入り、汗を拭いたり水分を補給したりする真由美はベンチで待つ蒼士の元へ笑顔で向かった。

 

「お疲れ様です、本当に調子が良さそうですね」

 

「ありがと、蒼士くんが調整してくれたCADのおかげよ」

 

蒼士から差し出されたタオルを受け取りながら蒼士の隣に座る真由美は自身が持つCADを触りながら蒼士のことを褒めていた。

 

「相手側も色々と試しているようですが真由美の『ダブル・ハウンド』を攻略できないようですね」

 

「そう簡単に得点は取らせないわよ」

 

真由美の体調を管理している蒼士は座っている彼女を観察していたが、疲労感もなく、連戦しているとは思えないほど調子の良さが伺えた。一日の試合数が最も多い競技のクラウド・ボールであるが魔法力を消費しすぎて体調を崩す人もいると聞いていたので心配していたのだが問題はなかったようだ。

 

「ねぇねぇ、またキスしてくれたらもっと頑張れるんだけどなぁー」

 

自分に視線を向けていたことに気づいた真由美は蒼士に上目遣いをしてお願いをする。

 

「最近キス魔になってませんか?」

 

「そうかも、蒼士くんとのキスって心が躍るというか気持ちいいだもん、ねぇ、だからー」

 

既にキスをつもりで動いている真由美は蒼士に近づくが。

 

「あいったぁー!」

 

優しくデコピンしたつもりだったが案外強かったらしくデコを摩る真由美。

 

「ただでさえ近付き過ぎていて観客席の真由美のファンからの殺意のこもった視線を浴びているんですから、それと人の目を考えて下さいね」

 

「はぁーい、ごめんなさい」

 

浅はかな考えであったと反省している真由美であったが、蒼士が耳元で囁いてくれた言葉でテンションが上がって試合に挑んでいく。鼻歌を歌いながら今にもスキップしそうなぐらい嬉しそうにしているのが分かった。

 

真由美はそのまま相手選手をまるで寄せ付けない圧倒的な実力を遺憾無く発揮して、全試合無失点ストレート勝ちで、女子クラウド・ボール優勝を飾った。

 

「(あ、イズミんのこと聞き忘れちゃってた)」

 

優勝を飾った真由美を観客が盛大に祝福しているのを笑顔で手を振って応えていた真由美。内心では同級生と自分が好きな男の子の関係が気になって仕方なかったようだ。

 

 

 

 

午後からのアイス・ピラーズ・ブレイク予選では先輩の千代田花音の応援に来ていた蒼士、達也、深雪、雫、ほのか。午後から行われる男子クラウド・ボールは担当者がいるので蒼士はこちらに来ていた。

 

エリカ、美月、幹比古、レオは男子クラウド・ボールの桐原の応援に行っているのでこの場には居なかった。

 

スタッフ用のモニタールームでフィールドを直に見渡すことのできる大きな窓が設けれているのでそこから観戦していた。

 

「性格が思いっきり出ていますね」

 

蒼士の言葉に花音のエンジニア担当兼彼氏の五十里啓が苦笑していた。蒼士と一緒にいる四人も同じようだ。

 

試合は千代田家の『地雷原(じらいげん)』という魔法で、直下型地震に似た上下方向の爆発的振動で相手の氷柱を二本、三本と一気に倒壊させていく。

 

守るよりも攻め重視の姿勢で相手側の防御力を打ち崩していき、自身の氷柱が倒壊しても気にせず相手の氷柱に攻め掛かる。

 

「思い切りが良いと言うか大雑把と言うか、倒される前に倒しちゃぇ、なんだよね、花音って」

 

五十里が苦笑を浮かべていた。

 

花音の性格は蒼士たち後輩も分かっていたので、五十里の言葉に納得できた。こういった試合では攻撃力に全振りは戦法としてとても良く、花音の『地雷原』の前では相手側の選手も攻撃から防御に切り替えている間に攻められて氷柱を失っていった。

 

自陣の氷柱に余裕を残して敵陣の氷柱を全て倒し終えた花音は勝利した。

 

櫓から降りて来た花音が得意げな笑顔でVサインを作って見せたのに応える五十里は手を振って笑顔であった。

 

「本当にラブラブだね」

 

「うん、本当だよね」

 

雫とほのかが述べた通り、五十里と花音は誰が見てもラブラブのカップルであり、一高生は誰でも知っている事実だった。

 

「理解し合っている、と言っておこう」

 

達也は五十里と花音の関係を嫌でも知っており、目の前で嫌でも見せられたことがあったので苦笑いしている。

 

五十里からエンジニアとして説明などされている時に五十里の隣にいる花音が後輩の前でもお構いなしにイチャつこうとして苦笑いを浮かべて、強く出れない五十里は後輩の達也の前でイチャつきながら説明していたのだ。

 

 

 

 

一高の天幕に引きあげて来た蒼士たちは重苦しい雰囲気に思わず眉を(ひそ)めた。これは何かあったな、と誰でも分かる空気が漂っている。

 

「男子クラウド・ボールは優勝できなかったんですか?」

 

「その通りです、一回戦敗退、二回戦敗退、三回戦敗退です」

 

比較的いつもの雰囲気を保っていた鈴音に蒼士が聞いていた。ハッキリと述べた鈴音の言葉を冷たく受け取ってしまう人もいるかもしれないが誤魔化されるよりかいい。

 

作戦スタッフの予想が一つ外れただけで動揺しているのではこれから先に何かアクシデントが生じた場合に、作戦が総崩れになるかもしれないと懸念した蒼士は動く。

 

「渡辺先輩や十文字先輩は優勝するとして、千代田先輩も十分に優勝する実力を持っているのは確認しましたし、俺たち新人戦メンバーも信じてくださいね」

 

得点の差では二位とはまだ大きな差があるので、そこまで焦ることはなく、優勝できる人材が多くいる一高は一位を維持できると蒼士は確信していた。

 

「新人戦は本戦の半分の得点ですが、自分らが優勝すればそれだけ貯金ができますので、そこまで心配しなくても良いと思いますよ、市原先輩も自分らの実力を知っていますよね?」

 

蒼士の言葉に暗い雰囲気が漂っていた天幕内が多少だが明るくなった気がした。作戦スタッフは選手の実力を知っているので、蒼士の実力もだが、彼の後ろにいた深雪、雫、ほのかの実力も知っていた。

 

深雪、雫、ほのかも蒼士に同調して、先輩方を安心させるように頑張ることを伝えていた。

 

作戦スタッフが考えていた本戦で残り六種目のうち、四種目で優勝しようと少しハードルの高い計算であったが、新人戦の優勝の得点も入れればハードルも下がるものだった。

 

「はい、蒼士くんの実力は知っています、では、一高のために優勝してくださいね」

 

「勿論、そのつもりです」

 

重苦しい雰囲気を崩してくれた蒼士に感謝をする鈴音。頼れる後輩に笑顔を向ける鈴音は周りの男子が鈴音の綺麗な笑顔に見惚れているのに気づいていていなかった。

 

きつめの印象が強い鈴音が普段は見せない笑みに天幕内の男子は胸が熱くなるのを感じ、ドキドキしていたりする。

 

 

 

 

いつものメンバーが勢揃いで夕食を取ることになりながら蒼士と達也は会話をしていた。

 

「達也の仕事が早いのは知っているが、その試作品を作った人物も随分と優秀な人のようだね」

 

「そうだな、俺も遊び半分で依頼した物だったんだがな、半日で完成させて送ってくるとは、無理をしたんじゃないか疑うレベルだ」

 

蒼士と達也が話しているのは先ほど達也の部屋を訪れた際に届いていたCADであった。摩利のバトル・ボードで使用していた魔法を応用した打撃武器、武装一体型CADである。

 

新魔法・新デバイスの性能チェックにレオが選ばれて、夕食後にテストすることになっていた。硬化魔法を使用するレオに丁度よく、レオも興味ありげだったので魅力に負けてテストを手伝うことに。

 

「いいなー、あたしにも何かやらせてよー」

 

同じテーブルで食事を共にしているエリカが達也に愚痴ってきた。剣型の武装一体型CADだったので興味があったのだ。

 

「腕力が必要になるからレオが最適なんだから、エリカは我慢な」

 

「ぶーぶー、あたしでも上手く使えるわよ」

 

「まぁまぁ、落ち着いてねぇ、エリカちゃん」

 

蒼士の言葉に納得できていないようでそっぽを向くエリカを隣にいる美月が落ち着かせようと声を掛けていた。そんな様子に笑顔を浮かべる一同。

 

「お兄様、蒼士くん、どうぞ」

 

達也と蒼士に深雪は飲み物を持ってきてくれたので受け取って二人は礼を述べている。その行為にほのかが私も何かやらないと動こうとしているのを雫が止めていた。

 

「蒼士さん、このアイス美味しいよ」

 

雫が自分の食べていたアイスを蒼士にスプーンで分け与えるようにして口元に運んでいた。雫の行為に特に疑いもなく、食べる蒼士は美味しいことを雫に伝えて、二人とも笑顔で見合っていた。

 

「蒼士さん! このケーキも美味しいですよ!」

 

雫の行動を見ていたほのかは慌てて自分のケーキを雫と同じく蒼士の口元に運んで食べさせようとしていた。蒼士は可愛らしいほのかの行動にケーキを食べて、頭を撫でてあげている。

 

えへへ、と幸せそうにしながら撫でられているほのか。

 

「(私もやった方がいいのかしら? でも人前で、はしたないと思われてしまうかしら)」

 

蒼士のことをチラチラと見ながら深雪は考えていた。兄の目もある中で自分も動いていいものか、と考え込んで気を逃してしまう深雪。

 

「エリカにはこっちのデバイスのテストをしてもらいたい、屋内訓練所は借りてあるから」

 

美月に愚痴るエリカが蒼士の話に一瞬で機嫌が良くなっている。エリカの切り替えの早さに笑ってしまう一同。

 

「HSA社で開発した物だから完成品を俺にチェックして欲しいそうだから、そろそろ到着すると思うけど、後は個人的に受け取るものがあるから」

 

深雪から渡された飲み物を飲みながら蒼士は告げる。

 

「ちなみにまだ世間で公表されていないものだから、秘密で宜しく」

 

おい、と思わず全員がツッコミを入れしまいそうになっていた。軽い対応の蒼士に苦笑してしまう。

 

「ふふん、食後の運動には丁度いいわね」

 

世間など気にしないエリカは今か今かと楽しみにしている。エリカ自身は口外するつもりはさらさら無い。

 

「新作か、後で俺にも見せてくれ」

 

達也も興味があるようで蒼士にお願いしている。エンジニアとして新しい技術には興味があり、自分のためにもなるので非常に関心を寄せている。

 

達也の言葉に蒼士は元から達也にも見せる予定であったので了承していた。

 

美味しい料理に満足しながら他愛もない話で楽しく過ごしていく中で先に達也とレオが屋外訓練場を使用するために抜けていった。達也の指示で深雪は付いて行かずに蒼士たちといる。他の幹比古、エリカ、美月、雫、ほのかも蒼士と一緒に残っていた。

 

蒼士の携帯端末に連絡が来たことでHSA社のコネで借りた屋内訓練場のある場所に移動することになった。

 

 

 

 

屋内訓練場で蒼士の部下であり、HSA社に所属する二人と合流していた。一人は雫、ほのか、深雪が知っている人物がおり、もう一人は初対面の人物であった。

 

鴉羽(からすば)、クララ、よく来てくれたね」

 

蒼士は部下たちを労っていた。わざわざ九校戦のホテルまで足を運んでもらって感謝していた。

 

「ボスのためなら何処にでも行くよ」

 

「わたくしも貴方様のためなら何処にでも行きますわ」

 

一人は刀袋を持った黒スーツの女性で蒼士の護衛を務めている鴉羽であった。顔見知りの雫とほのかに笑顔を向けて手を振っているのに対して会釈する二人。一度だけ会ったことがある深雪は鴉羽の視線から逃れるように蒼士の背後に隠れている。

 

もう一人はクララクランという女性であった。水色と白色が強調されたメイド服を着ており、胸元が大きく開いているので彼女の巨乳が強調されてしまって、刺激が強く幹比古は挨拶された時に顔を背けて顔を真っ赤にさせていた。美月も自分と同じぐらいの大きさの胸を見てしまい、同性であるのに顔を赤くさせてしまう。

 

「これが新作だよ」

 

鴉羽から長方形のケースを受け取ってダイヤルを合わせて開錠すると、ケース内に「刀」が入っていた。一目で日本刀と分かる。

 

「エリカ、これを試してくれ」

 

蒼士は興味津々のエリカに刀を放り投げた。

 

「ありがと! 随分と軽いわねぇ」

 

危なげなく慣れた手つきで日本刀を受け取って鞘から抜いていたエリカ。打刀、二尺ぐらいだと分かると片手や両手で持ちながら刀を振っていく。手に馴染んでいない刀を慣らすように動作をしていくエリカ。

 

剣の扱いに関しては優れていることはエリカが千葉家ということで証明されている。そして蒼士はエリカの実力は模擬戦で把握済みであった。

 

「どうだ?」

 

蒼士はエリカのことも確認しつつ、クララが届けに来てくれた書類に目を通している。いつもなら端末に情報が送られてくるのだが、紙媒体で届いたということはそれだけ厳重ということが伺えたので目を通していく。

 

「問題ないわ、それよりも『自己加速術式』が組み込んであるの?」

 

「あぁ、(つか)の部分にトリガースイッチを押せば起動する、今のところは一つだけだが、複数組み込めるようにカスタマイズ出来るぞ」

 

恐れなどなく柄部分のトリガーを押すとエリカは普段使っている自己加速術式を発動していた。訓練場内を高速で移動して試している。

 

自己加速は千葉家に馴染んだものであったのでエリカはすぐに加速に慣れている。本人用に調整していないので多少の違和感はあるようだが、さしあたり問題はなかったようだ。

 

「次に柄部分にあるダイヤルを一段階ずつ回してくれ、エリカが限界だと思ったところでダイヤルを戻してくれ」

 

蒼士の言葉に先ほどから感じていた違和感の正体に挑む。刃、刃先、刃文(はもん)(しのぎ)(みね)、どれも普通の刀、柄の部分も黒を強調されたデザインであったが至って普通、トリガーがあるのと(つば)の部分に『重』と『軽』と表示されたダイヤルがあるのを除けば。

 

エリカはとりあえず『重』に一段階進めてみたが特に変化はなかったので一段ずつ進めてみるとハッキリと魔法が発動しているのを身を以て感じ取ることに。

 

「ちょっと、どんどん重くなってきてるんだけど!!」

 

「それが武装一体型CAD『重力剣(グラビティソード)』だ」

 

ダイヤルを回していくうちにエリカは片手持ちから両手持ちに切り替えていた。それだけ刀が重くなっているという証だ。

 

「ダイヤルを戻していいぞ、発動はちゃんとしているな、身体に疲労感は? 」

 

蒼士の許可でダイヤルを戻すエリカは重さから解放された。

 

「身体の違和感はないわ、サイオンもそこまで消費していないと思うわね」

 

重さが戻った刀を振りながら自身の身体も確認していくエリカは問題なさそうだった。重い刀を持った影響で筋力を使っただけであり、疲労度もそこまでなかったようで。

 

単純に重くなる刀ならレオでも良かったのだが、エリカの役目はここからだ。

 

「じゃあ次は実戦だ。『重力剣』を上手く使い、自己加速も使用して戦ってみてくれ、相手は–––」

 

蒼士の言葉は最後まで続けられなかった。その前に動き出した人物がエリカに向かって斬り掛かっていたから。

 

肌で感じた殺気に咄嗟に反応したエリカは相手の刃を受け止めていた。蒼士の近くにいた筈の人物が急接近していたのだ。

 

「相手は自分だよ、宜しくね」

 

「鴉羽さんっだっけ? いきなり切り掛かってくるとか、やるじゃん」

 

観戦していたメンバーも蒼士を除いて鴉羽が移動した瞬間を認識できなかった一同は驚いている。先ほどまで蒼士の隣で笑顔を浮かべていた人物がエリカと刀を交えているのだから。

 

間合いを取るエリカに対して太刀を向ける鴉羽。

 

「いいねぇ、いい反応だよキミ、性能テストだから遠慮なくきてよ!」

 

「言われなくてもねぇ!」

 

トリガーを押して加速して斬り掛かるエリカに対して太刀で受け止めてエリカの実力を最大限引き出させようと(たの)しそうにしている鴉羽。

 

二人の刃先は潰していない本物の真剣であるのは二人が十分に分かっていた。相手を殺すことができる武器を持っているのは認識している。そしてエリカは相手の鴉羽が物凄い強者であるのも察していた。

 

「ほら、もっと速く動かないと」

 

蒼士や鴉羽にはエリカが加速した時の動きはハッキリと見えていた。深雪とクララは微かに動いているというのは見えているようであり、二人を除いてほのか、雫、美月、幹比古にはほとんどエリカの姿が見えていなかった。

 

刀の強度を気にしていたエリカであったが、全力で斬り結んでも全く刃こぼれや破損する気配がなかったのでエリカも全力で叩き込み始めた。

 

「これはどうよ!」

 

上段から斬り掛かったエリカの斬撃を片手で受け止める鴉羽。だが、そんな余裕もなくなってしまう。

 

「五十倍よ!」

 

ダイヤルを弄ったエリカの急な重さの変化に思わず両手で刀を握る鴉羽。純粋に上から下に掛かる重さが鴉羽に一気に掛かり、鴉羽の足場が嫌な音をして壊れそうになっている。

 

そんな状況で奇襲を仕掛けるエリカ。

 

ダイヤルを戻して軽くなった瞬間の隙をつこうと身体を素早く動かして横に一閃。

 

「いい速さだね、もっと見せてよ!」

 

エリカの一閃は鴉羽に届くことはなく刀に受け止められた。不敵な笑みを浮かべる鴉羽に背筋が凍るよう感覚に襲われるエリカだが、油断はしていない。

 

重さを弄りながら斬り掛かるエリカの剣戟を受け止めていく鴉羽はエリカの反応速度が増していることに気づき歓喜していた。だんだん受け身の姿勢から攻めに変わろうとした鴉羽。

 

「いくよ」

 

エリカとの間合いが開いた瞬間、鴉羽は動いた。

 

斬り結ぶ二人の関係は逆転して鴉羽が攻めでエリカが守りの姿勢になっている。鴉羽の動きに付いていけてるエリカだが、手が出せないでいた。

 

「ほら、油断しない」

 

気を緩めずにいたエリカの警戒を掻い潜り鴉羽の一撃が入りそうになるが。

 

「はい終了!」

 

そこに蒼士が乱入した。エリカに届く前に刀の切先(きっさき)を掴んで止めに入っていた。本物の刀なのに血を流さずにいる蒼士。

 

不満げな表情をする鴉羽は素直に太刀を鞘に納めると身嗜みを整えていた。エリカも不服そうな表情をしていたが、重さを戻して刀を鞘に納めて息を整えていた。自己加速術式を使用したので多少の疲労が溜まっているようだ。

 

「二人ともありがとう、とりあえずはそれぐらいでいいよ。トリガーもダイヤルもラグもなく、起動に違和感もなかったようだから成功かな、刃先の耐久性も十分かな」

 

エリカから『重力剣』を受け取って確認していた蒼士。実戦形式で使えることも確認できて、最後に限界までダイヤルを回した場合をチェックしたかったが、借りた訓練場を壊すわけにもいかなかった。

 

「鴉羽さん、貴女とはどこに行けば戦えるの?」

 

「ボスの本邸に住んでるから、ボスと一緒に来るといいよ、遊んであげるから」

 

鴉羽の方が背が高いので見上げる形になっているが挑戦的な表情のエリカに、普段は目を細めている鴉羽も面白いものを見つけたのか、目を開いて返答していた。

 

「自分の他にも化け物のような強さの人がいるから紹介するよ」

 

「面白そうね、あたしのことはエリカって呼んで下さい」

 

「硬い口調にならなくていいよ、エリカ、キミが来るのを楽しみにしているよ」

 

短い時間であるが実力を確かめ合った仲なので仲良くなれている。エリカの性格もあるが、鴉羽もこれから成長していき、自分と殺し合いが出来る実力をつけて欲しいと期待していた。

 

「わたし、何が起きてるか分からなかった」

 

「うん、速すぎる」

 

「はい、何が何だか」

 

「微かに見えるだけで、僕なら一瞬で終わってたよ」

 

「あの人もエリカも凄いわね(私もあんな接近されたら対応できないわね)」

 

ほのか、雫、美月、幹比古、深雪の面々は只々唖然としているだけであった。エリカが千葉家というのは知っているが、まさかここまでの実力を持っているとは思っていなかったようだ。

 

互いに笑顔で握手しているエリカと鴉羽であったが、握る手には相当の力が込められている。

 

本格的に攻めて、攻めきれずに、守りに回ってしまい、重力という刀の魔法に頼ってしまったことが悔しいエリカ。純粋な斬り合いで負けていたのを自覚していた。

 

相手の鴉羽も戦闘した衝動で昂ぶっているのをどうやって静めようか考えていた。

 

 

 

 

「部屋は取ってあるから泊まっていきな」

 

「うん、そうするけど、ボスの部屋はダメなのかい?」

 

「鴉羽様、蒼士様もお疲れですのでご遠慮を」

 

「いや二人にはいつもお世話になっているしね、それにクララとは久し振りに会ったんだからいいよ」

 

「流石は蒼士だね。あの子のせいで昂ぶった気持ちを静めてよ、蒼士が欲しくてたまらない」

 

「わたくしも蒼士様にお会いしたかったです、今宵はお傍に」

 

仕える主人に二人は寄り添いながら蒼士の部屋に消えて行った。




『シャイニング・ウインド』の登場人物
・クララクラン

次回の更新も少し間が空きます。
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