マリア様の庭に集う乙女達が、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように。
白いセーラーカラーは翻さないように。
ゆっくりと歩くのが、ここでのたしなみ。
私立リリアン女学園。ここは乙女の園。
四月。春休みで人気があまりない高等部の敷地を、胸を張って歩く女性の名は、
数年前、ここリリアン女学園では特別な存在、
彼女がここにいる理由。それは、新任の英語教師として着任したからである。
(おっと、いけない)
正門奥にあるマリア像。そこに向かって、手を合わせるとお祈りした。
(マリア様。見守っていてください)
気合いを入れると、颯爽と職員室へ向かった。
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「本日からお世話になります、福沢祐巳です。至らない点も多いと思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」
着任の挨拶をすると、祐巳は少しだけ安心した。ほとんどの教員が、自身が学生時代にお世話になった時の教員だったからである。
「ここにいる先生方の多くは、あらためて紹介する必要もないと思いますが、彼女は数年前の紅薔薇さまでした。私も、また会えて嬉しく思います。一緒に頑張りましょうね」
学園長が一度締めると、祐巳は一礼して割り当てられた自席へと戻った。
隣には、祐巳が高等部在籍中にクラス担任であった山村の姿があった。
少しばかり緊張がほぐれた祐巳に、山村はそっと耳打ちした。
「立派になったわね、福沢さん」
その言葉に頬を染めるが、次の言葉に色が赤から青に転じた。
「あなたには、大きなミッションが課せられるわ」
‡
古くから続く伝統あるリリアン女学園であっても、昨今の教育問題とは決して無縁ではない。
少子化による生徒数の減少に関しては、リリアンOGが娘をリリアンへ入学させる傾向があるため、そこまで影響を受けていないながら、授業内容、課外活動など問題は至るところにある。
リリアン女学園高等部において、最大の問題となっていたのが実質的な生徒会組織である山百合会の在り方であった。
社会全体の個人の権利意識が強くなる中、リリアンの伝統である
特別強制されるものではないが、一部の生徒には深刻な問題であった。
山百合会の役員で、選挙にて選出されるのは、紅、白、黄の三名の薔薇さまだけである。足りない手は薔薇さまの妹やそのまた妹がサポートしていた。
今までは薔薇さまやその妹であるつぼみのカリスマ性や人気で運営されていると言っても過言ではなかった。
しかし、学園全体のことを一部の生徒だけで決定してしまうのはいかがなものか、という声があると同時に、顧問の教員がいないことも指摘された。
主に外部生(リリアン女学園は幼稚舎から女子大までの一貫校である)の親からの意見ではあるが、学園行事のシーズンに役員である薔薇さまやその妹にかかる負担が大きいのではないかという声もあり、山百合会の運営について大きく見直しすることが余儀なくされていた。
人生最初の職員会議で、自分にも縁がある山百合会の話題となり、懐かしく思う反面、苦しいような寂しいような何とも言い表しがたい気持ちを祐巳は覚えた。
(山百合会はそんなことに……)
「ひとまず、山百合会顧問の先生だけでも決めた方が良いのではないでしょうか? 役員は優秀な生徒ばかりですが、学園側とのやり取りに担当の教員がいれば、彼女達の負担は減るでしょう」
委員会組織というものもあり、それぞれ担当する教員が割り当てられているが、山百合会を通して報告されているのが実態だ。
「ただ、現実的に考えて、担当者の負担が増えてしまうのも事実ですよ。多くの先生方がクラブ活動の顧問をされていますよね」
「あら、それならうってつけの人がいるじゃない」
学園長の声を発端に、一斉に祐巳を見る。
「わ、私ですか!?」
「たしかに、生徒達と年齢も近く、そして何より薔薇さまの経験がある福沢先生なら、適任でしょう」
「なんと言っても、『伝説の薔薇さま』のひとりですから」
伝説の薔薇さまというのは、祐巳と、同学年である島津由乃、藤堂志摩子の三人の功績を讃えた呼び名であるが、本人達は仰々しいと感じ迷惑している。
「……ということで、頼みますね福沢先生」
「……はい」
強く頼まれると断れない性格は、大人になっても変わっていない祐巳だった。
「今日は山百合会が活動している予定ですから、今から薔薇の館へ挨拶していらっしゃい。本当なら新任の先生へ向けて学園の案内をしているのだけど、学生時代に学園中を走り回っていた福沢先生は必要ないでしょう?」
学園長が微笑むと、観念したのか、失礼しますと職員室を後にした。