立会演説当日。
三ヶ月前にも演説をしたばかりだけれど、前回演説した時よりも緊張しているのが分かった。前回も私を応援してくれる人なんてほとんどいなかったけれど、再度立候補したことによって、諦められない、往生際が悪いなどといった印象を持たれていることは間違いないだろう。
前回と違って、この選挙の結果に関わらず、今の薔薇さま方はこれからも薔薇さまのまま。そのポジションが誰かに脅かされるようなことはないのに。
薔薇さまに憧れている割には、一緒に活動ができるチャンスに立候補していない。
いや、そもそもそんな気概など持ち合わせてはいないのだろう。用意された環境で、与えられた内容で、そこに不満があれば愚痴をこぼし、憧れれば真似をする。
前回落選したのも、公約や演説の内容ですべて決まったわけではない。もちろん、私のこの難儀な性格もマイナス要因ではあると思ってはいるけれど、「つぼみの敵、山百合会の敵」に仕立てあげられたのでは勝ち目がない。
違う。今でも私が「山百合会の敵」であるという認識は変わりないだろう。
「一年菊組、高橋咲来さん。お願いします」
立会演説は立候補の届出順で行われる。
まだ出会って数日しか経っていないが咲来さんは頭が良い。一見下級生が不利に見られがちな選挙であるが、彼女はきっとそこを最大限に利用するだろう。
何故なら、同じ立場であれば私だってそのように考えるからだ。
「山百合会の運営については、三人の薔薇さまを中心に、妹であるつぼみへと年々受け継がれリリアンの伝統守ってきました。その点は長い歴史を持つリリアンでは非常に重要であると考えております。しかし、お姉さま方に生意気を承知で申し上げれば、私達のような下級生は意見を述べにくいというのもまた事実であると感じております。これは決して、上級生が下級生を、姉が妹を導くといったリリアンの伝統を否定するものではありません。下級生、妹である私達もお姉さま方と同じように考え、時に妹は姉の支えとなれる存在でなければならないということです。これからの学園生活の中で、私達はお姉さま方にたくさん導いていただき、そして時にご迷惑をおかけすることがあると思います。ですが、そのような状況の中でもリリアンの一員として妹たちも力になりたいと思うのもまた事実なのです。その下級生の代表として、そしてリリアンの代表として、私は力を尽くしていきたいと思います」
天井が割れんばかりの拍手喝采。敵ながらあっぱれである。
咲来さんの言っていることは、「下級生も一緒に頑張るよ。その先頭に私が立つよ」ということだ。
この手は今回の臨時選挙でしか使えない。通常の選挙は来年度の役員を決めるものであり、最低でも二年生だ。
二年生の薔薇さまは前例があるし、数は少ないけれども特別珍しいといったものでもない。
一年生で薔薇さまになるというのは前例がないし、なれるとすればきっと咲来さんだけだろう。
でも、そう簡単に負けるわけにはいかない。
そんなに簡単に妹に負けた惨めな姉になってあげることはできない。
「次に、二年藤組、立花叶絵さん。お願いします」
名前が呼ばれて深呼吸を一つ。あんな演説をされてしまったら、私も正攻法で攻めることは難しい。
どうせ私は敵なのだから、そこを利用させてもらおう。
「二年生、三年生の皆さまにつきましては、三ヶ月前に私が生徒会役員つまり薔薇さまに立候補し、そして選挙の末落選したことは記憶に新しいと思います。それでもなお、今回立候補したのはやはりこの学園をより良いものにしたいと考えているからです」
「前回の選挙で、私を山百合会の敵、そのように感じた方も少なくないでしょう。外部生の下級生。開国を迫るために黒船でやってきたペリーのような存在であると思われても仕方がありません。しかし、思い直していただきたいのです。幕府を脅かした黒船も、長い目で見れば日本を先進国へと進める第一歩だったのだと、歴史が語っています」
「今回の新たな薔薇さまの選挙の意図は、山百合会の運営改革が目的です。それは単に人数を増やすであるとかそういった単純なものではありません。伝統を受け継ぐとは、単にそっくりそのまま真似するのではなく、良い部分を残したまま、改善し続けることだと私は考えています。変化はそう簡単に受け入れられるものではありません。しかし、真にこの学園を、リリアンを愛するのであれば私のような余所者を一度受け入れて欲しいのです。その結果、働きがよくないと感じられたのであれば、次の選挙がおのずと結果を出すでしょう。当選してもしなくても、私は苦言を呈していくことでしょう。それで学園が良くなるのであれば、私は嫌われ者で構いません」
悔いはない。
‡
当選発表当日。
私はロザリオを持って行った。結果に関わらず、私と咲来さんは今日姉妹になる。それだけは間違いない事実なのだ。
咲来さんは私の隣に立っている。晴れやかな笑顔だ。
「緊張はしていないようですね」
「結果に関わらず、私は薔薇の館の住人ですから」
なるほど。
「私は緊張しているわ……」
「えっ?」
さて、当選発表の時間だ。
通常であれば掲示板に貼りだして終わるのであるが、今回は勝手が違うのか、全校生徒が体育館に集められている。
顧問という立場からか、壇上には福沢先生の姿もあった。
選挙監理委員の一人が中央に進むと、マイクを取った。
「新生徒会役員選挙の結果を発表します」
早く発表して欲しい。形式的に行うことを悪いとは思わないけれど、下校時間を考えれば、校内で活動できる時間というのは限られている。
私には時間が足りない。
「新生徒会役員は、二年藤組の立花叶絵さんです」
私の名前が読み上げられると同時に、拍手が起きた。
「おめでとうございます。叶絵さま」
「ありがとう、咲来さん」
笑顔で私に祝福の言葉を掛ける咲来さんに、私はロザリオを掛けた。
「お姉さま……もう少しロマンチックな渡し方はなかったんでしょうか?」
「そんな人を姉にしたいと思った咲来が悪いよ」
もう、とふてくされて咲来は壇上へ顔を向けた。
私もそちらに目を向けると、福沢先生が中央に立っていた。
「生徒会顧問の福沢です。当選した立花さんは登壇して下さい」
促されるままに、私は壇上へ向かった。
「長い間、リリアン生徒会は、ロサ・キネンシス、ロサ・ギガンティア、ロサ・フェティダの三つの薔薇で守られてきました。この三つの薔薇は、数多く存在する薔薇の品種の中でも、代表的な原種とされています」
福沢先生が選挙監理委員に視線を向けると、そこには紫の薔薇の花束があった。
「三つの薔薇があれば伝統を守っていけることは既に証明されています。私もかつてはその一員でした。新しい四つ目の薔薇は、その先を見ていく役割が与えられます」
福沢先生は選挙監理委員から花束を受け取る。
「リリアン生徒会四つ目の薔薇の名は、このロサ・アヴニール。フランス語で未来を意味します。立花さんが、溢れんばかりの豊富なアイデアで、リリアンの新しい姿を見せてくれることを期待しています」
福沢先生は言い終えると、私に花束を差し出した。
「おめでとう、立花さん」
「ありがとうございます」
‡
翌日、久々にリリアンかわら版の号外が飛び交うこととなった。
「新薔薇様、決定! 相手候補者と姉妹に!?」という見出しで発行されたそれは、かつての福沢先生が取り上げられた記事に匹敵するほどの発行部数であったそうだ。