今年のマリア祭は何の波乱もなく終わりを迎えた。というのも、福沢先生が在学中に当時の白薔薇さまが仏教の寺の娘であることを公言させる宗教裁判が行われたらしい。その感動的な結末や、新入生にとっては薔薇さまと至近距離で会話できる滅多にない機会であることから、今後のリリアンでの生活への不安を告白する大会となっていた。
昨年参加した私も、何が始まったのか分からないまま、貴重な時間を奪われたと心底腹が立ったのを覚えている。
新入生しか参加しない式典ではあるが、取材のために新聞部は出入りしている。リリアンかわら版の記事を読めば、何があったのかは分かるため、新入生にも伝わったのだろう。
気持ちも分からなくはないが、本来の式典の内容とは一切関係ないため私は策を講じることとした。
私語を慎むこと。厳粛な儀式であること。そして、大袈裟ではあるが、この場の行い、立ち振る舞いでリリアンにふさわしい生徒であるか見極められていること。そんな内容を新入生にあらためてアナウンスすることで混乱を避けた。
既につぼみとなった咲来が新入生側にいることも、抑止力として働いたのだと思う。
式なんてものは所詮、自分自身で区切りを付けられない人間の弱い心が生んだ非効率な方法でしかない。そんなものはさっさと終わるように迅速かつ円滑に進行できればそれでいい。
撤収作業は咲来も参加したため、予定よりも早く終わった。知らなかったが咲来は整理整頓のスキルが非常に高い。
私は整理整頓が苦手というか、わざわざ限られたスペースに収める必要性がないと感じているからどうしてもできない。箱が二つあるのに頑張って一つにする理由が分からない。
この点では咲来と唯一意見が対立する。咲来の言い分では、一つの箱に収められるのに二つ使う必要はないとのことだ。
現状、リリアン生徒会は昔に比べて書類にあふれているので咲来のスキルは大いに役立っている。
根本的な解決として、教室や体育館の使用許可から入部届に至るまでのありとあらゆる書類を電子データで扱えるようにいち早くIT化を進めてほしい。個人的に。
「叶絵さん、おつかれさま」
「蛍さんもおつかれさま」
「少し聞きたいことがあるのですが……」
「私は構いませんが」
「では、少しこちらへ」
‡
蛍さんへ連れられて、ミルクホールにやってきた。私は気にしなかったのに、蛍さんがどうしてもご馳走したいとのことだったので、一番安いパック牛乳をいただいた。
「それで、聞きたいことって?」
「妹ってどうしたら作れるの?」
いきなり難しい問題だった。
ちなみに、蛍さんも私と同じ外部生。人目のあるところでは紅薔薇のつぼみという立場があるため気を張っているみたいで、私と二人きりの時は口調がややくだけるのだと最近知った。
蛍さんがリリアンに入学したのも、お姉さまである絢子さまという秀才に憧れてである。
私とは少し違うけれど、リリアンへの憧れ以外の明確な目的があったという点では似ている。
「どうしたらと言われても、私と咲来の場合は奇妙な偶然がもたらした産物よ」
それにまだ五月。山百合会の運営を考えれば、妹がいる方がいいけれど、そこまで焦る必要もないと思える。
この時期にロザリオを渡している二年生のほうが珍しいと思うのだけれど。
「今のところ、急いで妹を作る必要などないと思うのだけれど、何かあった?」
もし福沢先生がつぼみ達に妹を作るように言っているのであれば、私から文句の一つや二つ言わねばなるまい。
「お姉さまが成績優秀であることは、叶絵さんも知ってるでしょう?」
「ええ、まあ」
東大模試でさらりとA判定を出すくらい、優秀な方だと聞いている。
「お姉さまが進路についてどのように考えているか知らないけど、私に妹がいないことで迷惑をかけたくないと思っているの」
なるほど。絢子さまほど優秀な人なら、海外の大学を受験することも視野に入っていてもおかしくない。
その場合、入学時期が日本とは異なる場合も出てくるだろう。
確かに、蛍さんが絢子さまに対して、受験勉強もあるから早めに帰れだの、簡単な仕事はつぼみでも出来るから勉強しろだの口にしているところはよく見かける。
「それは、ご立派な妹さんで」
「茶化さないでよ」
「でもまあ、妹がいて困ることはないけど、絢子さまの進路についても聞いておいた方がいいと思う。絢子さまの成績だともったいない気もするけれど、リリアン大へ進学する可能性だってあるんだから」
リリアン大へ進学するのなら、絢子さまの成績であれば、文句無しで決まる。
「それが、三年生になってから以前よりも勉強に力を入れているみたい。お姉さまの成績ならリリアン大に進学するのに、そんなに勉強しなくてもいいでしょ?」
確かにその通りだ。
「だから、少なくとも外部の大学を受験するのだと思う」
「事情は分かったけど、私からアドバイスできることはないよ。私の場合は優秀で、私を慕ってくれる子がたまたま現れただけなんだから」
話をしていると、残り二つのつぼみも揃って現れた。
「楽しそうなお話ですね」
先に口を開いたのは白い方。
「でも、実際問題として夏休みまでには妹を見つけておいた方がいいでしょう」
次は黄色い方。
確かに一学期中はもう特に大きな仕事はない。来月には毎年恒例の「黄薔薇さまの大岡裁き」が待っているけれど、マリア祭に比べれば大したことはない。
ちなみにこの大岡裁きであるが、福沢先生と同じ代の黄薔薇さまが考えたらしく、各部活の部長からの要望を直接聞き、解決を図るために山百合会幹部が介入するというものだ。
特に多いのが、活動場所の割り当てに関するもの。体育館の面積や日程なんかはお嬢様ばかりのリリアンと言えど、何かとトラブルになることが多い。
黄薔薇さまのという枕詞がついてはいるが、他の薔薇さまも出席し話し合いで決定する。さらにその場で決まった内容を学校側へ伝え、最終的に決定する。
大岡裁きが始まってからは、学校側も協力的で今年度の部費上限が山百合会幹部にあらかじめ伝えられるようになった。最終的に先生方の承認は必要であるが、山百合会の裁量で、ある程度部費の配分が決められるようになっている。
「二学期からは行事も多いですし、それに二年生は修学旅行があります」
涼花さんがいるので、少しお嬢様モードに戻った蛍さんが口を開いた。
このまま誰も妹が出来なかった場合、修学旅行の間は、もともとの三薔薇さまと咲来の四人で活動することになる。毎年恒例の試練と言っても過言ではないけれど、やっぱり人手があって困ることはない。
「それなら、私にいい考えがあります」
涼花さんは楽しそうに笑った。