マリア様がみてる~ジュ・スイ・ラ~   作:日月 咲

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ごきげんよう、伝説の薔薇さま

 高等部の中庭に建つ、古い木造二階建ての建物。この建物こそが山百合会の本部である薔薇の館だ。

 一階はエントランスと物置であり、メインは二階にある大部屋である。

 そこに向かうまでの階段は、一歩踏み入れれば老朽化による軋んだ音が鳴るのは、祐巳が在学中の頃から変わっていない。

 数年振りに足を踏み入れた薔薇の館に、当時を懐かしく思うと同時に、一つの疑惑が祐巳の頭を巡っていた。

(もしや……私がリリアンに着任出来たのって、山百合会の顧問にするため?)

 祐巳としては希望通りであり、もちろん嬉しいのであるが、いくらOGとはいえ特別優秀でもない自分が、伝統あるリリアンに選ばれるだろうかと疑問を抱いていた。

 学園側からすれば、一般的な教師としての能力よりも、リリアンの伝統に慣れ親しんだ人物で、日頃の生活態度や礼儀作法について模範となる人物を求めていたのである。

 その点で、時に学園中を騒がせた中心人物だったりもしたが、三年時には当時の紅薔薇さまとして、他の生徒の模範と憧れであった祐巳は他に代わりのいない人物であった。

 今もなお、階段を上りながら、上手くいかなければクビになるかもしれないと考えている祐巳は自分に対する評価が著しく低い。

 その原因は、祐巳のお姉さまと妹にあるのはまた別のお話である。

 階段を上った先にある、ビスケット扉。この先に当代の薔薇さまやその妹であるつぼみ(ブゥトン)達がいる。

 そう思うと、祐巳は緊張した。

 慣れ親しんだ薔薇の館。

 数年前の紅薔薇さま。

 さらには、教員という立場。

 それらを考えても、なお緊張するというのは祐巳の生まれ持った性格なのだろう。

 祐巳が深呼吸をして、高鳴る胸の鼓動を抑えていたまさにその時、事件は起こる。

「妹の一人や二人、すぐにでも見つけてみせますから!」

 思い切り開かれた扉から出てきた生徒は、当然のように扉の前で立ち往生していた祐巳とぶつかった。

 祐巳も考えごとをしていたせいか踏ん張りが効かず、二人揃って床に倒れこんだ。

 祐巳は打ち付けた背中とお尻の痛みに耐えながら、

(そういえば、祥子さまともこんなことあったっけ)

 などと、のんきに考えていた。

「あ、あの大丈夫ですか?」

「え、ええ、まあ」

 生徒の声を聞き、昔を思い出して笑っていた顔の筋肉を引き締めた。百面相はまだまだ健在である。

「よいしょっと。あなたこそ怪我はない?」

 祐巳は上体を起こして生徒を立ち上がらせると、自分も立ち上がり、生徒の乱れたセーラーカラーを整えた。

「申し訳ありません。私の妹がご迷惑を……」

「いいの。気にしないで。こういったことは慣れてるから」

 ぶつかった生徒のお姉さまと思われる人物が、祐巳に駆け寄って詫びようとしたが、祐巳はそれを遮った。

「あなたも、素敵なお姉さまをあまり困らせないように気をつけて」

「……はい」

「あの……ところであなたは?」

 お姉さまが祐巳に問い掛ける。

「申し遅れました。本日、着任しました英語科教員の福沢祐巳です。よろしくね」

 

 ‡

 

 大部屋の中には七人の生徒がいた。

「新聞部部長、二年の、三坂和香子(みさかわかこ)です。その……先生は何故こちらへ?」

 生徒の自主性を重んじるリリアンにおいて、その自主性の中心である薔薇の館に教員が訪れることは滅多にない。イベントや緊急時なら分かるが、何もない春休みのの最中であるのはよほどのことがあると感じたのだろう。

「ええ、実はね……」

 祐巳は、山百合会の幹部にかかる負担が大きいこと、その一つの対策として顧問の教員を置くこと、その顧問の教員が自分であることを説明した。

 その間に、どうぞと紅茶が出された。

「薔薇さまは生徒達の憧れ。私としては、そこに先生が入るのは違うような気がしているんだけど……」

「先生もリリアンの卒業生なんですか?」

 インタビュー役は新聞部の和香子が担っている。必死にメモを取っている以上、リリアンかわら版に載ることはほぼ確定事項だろうと、祐巳は腹を括った。

「ええ、そうよ。幼稚舎から大学までずっとリリアン。おまけに、社会人になってもリリアン」

「そうなんですね。ちなみにお名前、漢字ではどのように書くのですか?」

「福沢諭吉の『福沢』に、しめすへんに右を書いて『祐』、巳年の『巳』で、『福沢祐巳』よ」

 いつも使っている自己紹介の定型文である。

「……思い出しました!」

 和香子は急に、大声を出す。メモには祐巳が驚いて、視線を移すと、メモには大きくしっかりとした字で『福沢祐巳』と書かれていた。

「先生は、何代か前の紅薔薇さまでお間違いないですねっ!」

「ええ、確かに私はかつて紅薔薇さまであったけれど、でもどうして三坂さんが知っているの?」

 特徴だったツインテールも高等部卒業と同時にやめているし、幼かった顔立ちも幾分か大人らしくなっている。

「リリアンかわら版のバックナンバーから、発行部数の多いものを参考に、今後の新聞づくりの参考にしようと見返していたとき、当時、紅薔薇さまのつぼみの妹であった時の先生が記事になっていたのを見かけまして」

 和香子と話している祐巳は、次第に部屋がざわつくのを感じていた。

「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」

「いえ、まさか『伝説の薔薇さま』とお会いするなんて、思ってもみなかったので……」

 祐巳は、心の中でまたかと呟いた。

 

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