そして、最後。蛍さんが推しているもう一人。結城詩子さんだ。
成績は並。生活態度も普通。部活動も所属はない。リリアンは幼稚舎からでお行儀は良いが、とりわけて目立つような生徒ではない。
端的に言ってしまえば普通の子。リリアン高等部の平均値ではなく最頻値を取ったら彼女のような子なのだろう。
言い方は悪いが、会田麻耶さんと比べるとどうしても見劣りしてしまう。
「詩子さん……ですね。今日は蛍さん、紅薔薇のつぼみも早く顔を出すと言っていました。中へどうぞ」
薔薇の館の前でオロオロしていたところをサルベージして、ビスケット扉の前まで連れていく。
途中、オロオロした様子で「ごきげんよう、紫薔薇さま」という挨拶を聞いたので、簡単に「ごきげんよう」とだけ返した。
この挨拶の利便性は高い。
「あの、どうして私なんかが選ばれたんでしょう?」
難しい質問だ。推しているのは蛍さんだから、本人に聞いてみないと分からない。
「答えは蛍さんしか分からないわ。まあ、聞いて答えてくれるような人でもないと思うけど……。ただ、詩子さんのどこかしらの魅力に惹かれたのだから蛍さんはお声掛けしたのだと思うわ」
ちなみにこの武田蛍という人物は、絢子さまの妹になるために、入学早々山百合会の手伝いを始めたのだが、押しかけ女房的に山百合会のメンバーになれる前例を作ってしまうのは良くないと、やたら遠回しに批判されていた。その批判を、一年間、いや現在に至るまで『学年トップの成績』というステータスで跳ね除けていた傑物である。
私には分からないが、見出されたのだから何か理由があるのは間違いないだろう。
「一つだけお聞きしたいのですが……」
「どうぞ」
「どうして、山百合会の活動は薔薇の館で行われているんですか? 校舎からは少し離れていますし、放課後であれば空いている教室なんていくらでもあります。歴史と伝統と言ってしまえばそれまでなのですが、この建物を維持するのにもそれなりにお金は掛かっているはずです。一般生徒とは物理的な意味でも離れていますし……まあ、それは薔薇さま方をある種神格化することにも繋がっているのでメリットデメリットは分かりませんが」
ほんのわずかな時間だが、彼女に圧倒された。彼女の視点は独特で、広く、それでいて鋭い。
蛍さんはこの『目』を欲しがったのだろう。間違いないと確信した。
咲来を妹にしていなければ、私もこの『目』を欲しがっていただろう。
いや、咲来以上の妹はいないのだけれど。
「蛍さんが推した理由が分かったわ……。質問の答えについて私は知らないわ。ただ、詩子さんの言う通り、ここである必然性がないのであれば、最も効率的な手段を取るべきだと、私も思うわ」
盲点だ、というほどではないけれど、私もどこかで山百合会の活動は薔薇の館で行うものと思い込んでいたのだから恐ろしい。
「さあ、中に入るわよ。蛍さんもいらっしゃるわ」
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「改めまして、結城詩子です。至らない点はあるかと思いますが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
律儀に堅すぎる挨拶をする詩子さんに、蛍さんは優雅に、それでいて素早く近寄った。
「武田蛍です。基本的に詩子さんの指導係は私となります。今日からよろしくお願いします」
麻耶さんと接している時と比べて、応対が柔らかいし心なしか機嫌が良さそう。
きっと、妹は詩子さんと決めているのだろう。
「なるほどね」
「どうかしたんですか、お姉様」
「なんでもないわ。今日もだけど、咲来はサポートお願いね」
「はい!」
それから蛍さんに、サポートで咲来を付けることを伝えて、私は仕事に取り掛かった。