マリア様がみてる~ジュ・スイ・ラ~   作:日月 咲

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一日の終わりに

 祐巳は質問責めに遭う前に話題を切り上げると、自己紹介をしてもらって職員室へと引き返した。

 戻ると、デスクの上には現在の山百合会幹部の生徒情報が書かれている書類がおいてあった。

「福沢先生なら必要ないとは思ったけれど、あった方がいいでしょう? くれぐれも扱いには注意して」

「はい。ありがとうございます」

 その後祐巳は、今週予定されている入学式の説明や日常の業務についての説明を受けていった。

 あれこれとしている間に、すっかり日は暮れていた。

「福沢先生、今日は疲れたでしょう?」

「ええ。慣れ親しんだリリアンであったことが唯一の救いです」

 社会人一日目は、誰もみな同じように疲れるのだ。勝手知ったる母校が職場であることを考えれば、祐巳の労力は一般的なそれと比べて少しばかりはマシだろう。

「本格的に授業が始まるのは、まだ少し先なのだから気負いせず頑張って頂戴」

「はい。ありがとうございます」

 

 ‡

 

「ふぅ。ただいま」

「おかえりなさい、祐巳。祐麒も帰ってきてるわ」

 二十歳になったのを機に、祐巳はリリアンの近くにアパートを借りて生活しているのだが、今日はお祝いだからと母親から実家に顔を出すよう強く言われていた。

「久しぶり、祐巳」

「お正月以来ね、祐麒」

 弟の祐麒も祐巳と同じく教師となっていた。しかもリリアンと同じ丘にある男子校で、自らの母校である花寺学院高校である。

「ほんとよ。祐麒はもう少し顔を見せに来なさい」

 祐麒は祐巳と違い、高校卒業すると同時に一人暮らしを始めた。

「大学の単位取るのに必死だったんだ。これからはなるべく顔出すようにする」

 祐麒は祐巳と違って、急遽花寺への進学を決めた事情もあって大きく人生設計を変えることとなった。高校の三年間でも修正できず、大学にまで持ち込んだ課題となっていたのだった。

「それで、二人とも久々の母校はどうだったんだ?」

 父親が、二人に話しかける。

「たった数年間だけど、すごく懐かしかったよ」

「俺の方は、野球部の顧問にしてもらえたよ。選手としては無理だったけど、監督して甲子園に出場できるぐらいのチームにしてみせるよ」

「それじゃあ、その時はみんなで応援ね」

 そんな他愛のない近況報告をお互いにしながら、夕食を終えて一人暮らしのアパートへの帰り道。

 久々に口にした母親の料理は、やっぱり美味しかったと感じていた。

 

 ‡

 

 自宅アパートに到着すると、祐巳は今日出会った新しい山百合会幹部の顔を一人ずつ思い出していた。

 

 紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)である、三年生の毛利絢子(もうりあやこ)。東京大学の模試でA判定を取るほどの秀才である。幼稚舎からずっとリリアンで、現在の山百合会における中心人物である。祐巳のお姉さまのそのまたお姉さまである、水野蓉子を思わせるショートカットに、細めの赤い縁の眼鏡を掛けている。

 その妹、紅薔薇さまのつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)である、二年生の武田蛍(たけだほたる)。本日、ビスケット扉の前で祐巳とぶつかったのがこの蛍である。お姉さまである絢子に憧れ、志望校を直前に変更してまで入学した高校からの外部生である。お姉さまほどではないが、非常に成績優秀な生徒である。可愛らしい名前とは裏腹に、つり目で性格も激しい。

 二人が言い争いをしていた理由を祐巳は聞きそびれていた。当然気になったが、姉妹のことは姉妹で解決すべきと思い直し、誰かに相談されるまでは聞かないでおこうと心に決めた。

 

 黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)である、吉川史乃(よしかわふみの)と、その妹である上杉涼花(うえすぎりょうか)は少し複雑な関係であった。

 二人は親戚なのだが、涼花は華道の名家、上杉家の一人娘であり、史乃の吉川家は上杉家の分家筋にあたる。

 学園内では上級生である史乃の立場が強いが、一歩外を出れば本家の娘である涼花の立場が強くなるのだ。

 お姉さまである史乃が遠慮しているようで、妹にしながらも、涼花のことは『さん付け』で呼んでいる。

 ふと、親友である島津由乃と、そのお姉さまであり従姉妹でもある支倉令の姿を、祐巳は思い出していた。

 ちなみに涼花は幼稚舎からリリアンに通っているが、史乃は中等部から外部入学している。

 

 白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)の家系図は、祐巳の一学年下の二条乃梨子以後、外部生が続いている。リリアンは幼稚舎からほぼエスカレーター式に進学が決まる関係上、外部入学のハードルは高い。裏を返せば、外部生は優秀な人物が多いとも考えられるため、理にかなっているとも言える。

 現・白薔薇さまである、小早川鈴(こばやかわすず)と妹の北条琴音(ほうじょうことね)は学園一の美人姉妹と言われており、リリアンの学園案内パンフレットの表紙も飾っているほどだ。

 

(新入生を迎えていない状況で、薔薇さまとつぼみを合わせて六人。人数的には恵まれていると思うんだけど……)

 祐巳が高等部二年になった時は五人であった。しかし、手伝いに来てくれる新入生がすぐに現れたことで、なんとか運営出来ていたというのが本音だった。

(ただ、あの時はあれが当たり前だったけど、改めて思い返してみると、役員の数が足りていない気がする)

 これは、生徒の自主性によって行われるべき姉妹関係の構築を、山百合会の幹部に対しては暗黙のうちに強制しているようなものとも言える。

 とはいえ、将来の薔薇さま候補を育成する意味では、姉妹制度は都合がよい。また、薔薇さまファミリーの人気は未だ健在であり、全体的に見れば衰退している姉妹制度も、スクールカーストの上位者が行う伝統儀式のような位置付けへと変化していった。

 そんなことを考えていると、二十歳を機に持ち始めた携帯電話が音を発した。

 液晶に表示されている発信者は『小笠原祥子』とあり、祐巳は慌てて通話ボタンを押した。

「はい。福沢です」

「祥子です。お久しぶりね、祐巳」

「お久しぶりです、お姉さま」

 祥子は小笠原グループのとある会社で、普通の社員として働いていた。

 いずれ小笠原グループを継ぐであろう人物を婿に取り、グループを率いる立場にならなければいけないのだからという理由を持ち出し、一般的な社会経験をしておきたいと強く願い出たからである。

 もともと優秀かつ真面目で、そこに負けん気もあることから仕事はかなりできるようで、普通の家に生まれていれば、立派なキャリアウーマンになっただろうとの評判だ。

「ところで祐巳。久しぶりに高等部に戻ってみてどうだったのか教えて頂戴」

 祐巳は山百合会の顧問になったことを中心に、今のリリアンの様子を伝えた。

「そういえばお姉さま。お姉さまは山百合会の仕事が大変だなと感じたことはありますか?」

「それは全生徒の代表として仕事をしているのだから、大変だとは思っていたけれど。急にどうしたの?」

「実は……」

 祐巳は山百合会の運営について見直していくことを告げた。

「なるほどね。確かに祐巳達三人が修学旅行で不在だった時は大変だったわ。つぼみに妹がいなかったこともあるけれど、志摩子が二年生で白薔薇さまだったでしょう? 下級生とはいえ、同じ薔薇さまである人間がいないのだから」

「確かに、瞳子や乃梨子ちゃんもそのように言ってましたよ。菜々ちゃんが修学旅行の時に」

「ええ、本当に。あの時ばかりは、もう一人薔薇さまがいればいいのに、とよく令と愚痴を言っていたわ」

「そうです。それです、お姉さま。お話できて良かったです!」

「何か思いついたのね?」

「はい! お姉さまのおかげです!」

 祐巳は一人で頭を下げると、電話を終えた。

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