マリア様がみてる~ジュ・スイ・ラ~   作:日月 咲

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新・薔薇さま選挙開催

 翌日。

 どこから話を聞きつけたのか定かではないが、登校してきた私を待ち構えていたのは福沢先生から変わって、新聞部の三坂和香子さんだった。

「ごきげんよう、叶絵さん」

「ごきげんよう、和香子さん。私の席から退いていただけるとありがたいんですけど」

 これは失敬、と和香子さんは飛び跳ねるように立ち上がった。

「それで、何かご用?」

 そう尋ねてみたものの、おそらくは昨日、私が薔薇の館に行ったことを聞かれるに違いない。

「昨日、薔薇の館で何をお話しされたの?」

「少し人手が足りないから、マリア祭の準備を手伝ってほしいと頼まれたのよ。ほら、新入生歓迎の行事のお手伝いを新入生にさせるわけにはいかないでしょう?」

 手伝いを頼まれたのは本当のことであるから、嘘は言っていない。ただ、本当のことも全部は話していないけれど。

「それでも、『紅薔薇さまのお茶会』でもないのに一般の生徒が薔薇の館に招待されるのは珍しいことなのよ。何かないの?」

 紅薔薇さまのお茶会とは、定期的に薔薇の館で開催されるティーパーティーである。その時の紅薔薇さまとは違う学年の各クラスから二名ずつ、同じ学年から二名、あわせて二十名が薔薇の館に招待され、二時間程度、優雅に紅茶を嗜みながら雑談するというそれだけのイベント。あの福沢先生が発案して始まったらしく、今では隔週土曜日の午後開催されている。

 開催日の前の週の金曜日の昼休み、招待される生徒のもとへ、紅薔薇さまのつぼみから招待状が届けられる。

 昼食をとる場所は特段定められていないが、紅薔薇さまのつぼみが探し回ってはいけないと、この日ばかりは自分の教室で過ごす生徒が増えたという。

 お茶会では特別これといった話はなく、本当に世間話をしているようである。ただ、会の終わりは、誰にも相談できないと思った時には薔薇の館に来てほしいという一言で締められているらしく、山百合会へ直談判するケースが増えているという。

 そんなことを思い出しながら、和香子さんに「何もないわ」と返事をした。

 それでおとなしく引き下がるようなら、新聞部なんてやっていないだろう。

「聞いたところでは、福沢先生に『薔薇さまにならない』って持ち掛けられたそうだけど、その話については何もないの?」

「その話であれば、発言した福沢先生に聞いてくださらない?」

 その件については話をしたが、責任の持てる立場に私はいない。それに不用意な発言で先生に迷惑をかけてしまうのは申し訳ない。

「それが、福沢先生は話せる時期になったら記事にしてほしいから、こっちから声をかけるよとしか仰ってくださらないのよ」

「福沢先生がそのように仰るのであれば、私から話せることは何もないわね」

 そこまで言って、和香子さんは「残念」と言い残して去っていった。

 

 ‡

 

 昼休み。

 私は全力疾走で薔薇の館に向かっていった。隣には福沢先生もいる。私はともかく、チャキチャキのリリアンっ子(新任の挨拶で自らそのように名乗っていた)である先生が、なりふり構わず走っているのはいかがなものか。

「はぁ……はぁ……どうして、新聞部へ情報提供なさらなかったんです?」

「はぁ、ふぅ、だって学生時代はさんざんさらしものにされたんだもの。可愛い後輩とはいえ一度くらい出し抜いて悔しがる顔を見たいと思ってもいいでしょう?」

 子どもかと心の中で、ツッコミを入れた。

「……それがこの状況を招いてるんですが、どうお考えで?」

「ふぅ……それはごめん」

 新しい薔薇さまの選挙を行うことが、朝のホームルームに各担任を通して伝えられた。事前の情報提供があるものと思っていた新聞部は、並走している福沢先生と私を取材しようと、部員を総動員して押し寄せてきた。

「――こっち!」

 不意に先生が私の手を掴むと、強引に方向転換させられた。

「抜け道だから」

 道なき道をひたすら走ると、目の前には薔薇の館。なんとか振り切ったようだ。

「ふぅ……ようやく振り切ったね」

「さんざんな目に遭いました」

 何の気なしに呟いた言葉に、先生はごめんごめんと謝罪してくれた。

 先生は、話をしながら当たり前のように階段を上っていく。私も今外に出るのは危険と判断して、昼休みは薔薇の館で過ごすことに決め、先生の後ろを付いていく。先生がビスケット扉を開けると、部屋の中には白薔薇姉妹が揃って昼食中であった。

「ごきげんよう」

 白薔薇さまである、鈴さまがこちらを見て挨拶したので、すぐさま「ごきげんよう」と返事をした。そして、妹である琴音さんの方へ顔を向けると、琴音さんはすっと立ち上がり、お茶の用意を始めた。

「琴音さん、私がやるから……」

「いいのよ。ちょうど私も、お姉さまも喉が渇いていたところだから」

 美人ににっこりと微笑まれたあげく、お疲れでしょうからゆっくりしてとまで言われてしまったら何も言い返せない。

「そういえば立花さん、お弁当持ってる?」

「いえ、私は普段からミルクホールで買ってるので」

 とは言ったものの、今日は朝からのドタバタで何も買えていない。今日は昼食抜きを覚悟したところで先生が私の前にサンドイッチを差し出してくる。

「これは?」

「マスタード・タラモ・サラダ・サンド」

「いえ、そういうことではなくて……」

「……食べない?」

 空腹には勝てない。本能のままに食べる方向に話を進めることとなる。

「おいくらですか?」

「生徒からお金なんて取らないよ。さっきのドタバタのお詫びだと思って受け取って」

 あまり借りをつくると、先生にいいように使われるような気がして警戒していたけれど、そういうことならおとなしく受け取ろう。

「それではいただきます」

 私が包装を外して口にするのを見届けると、先生はおそらく自宅から持ってきたであろうサンドイッチを食べ始めた。

 しばらくしたら琴音さんが紅茶を持って現れた。どうぞと紅茶を出してくれてから、じっと私の顔を見ている。走り回っている最中に何か付いただろうか?

「琴音さん、もしかして私の顔に何かついてる?」

「あ、ごめんなさい。叶絵さんが珍しく楽しそうなお顔だったからつい見てしまったの」

 慌てた様子で琴音さんは白薔薇さまのもとへ帰っていった。

 それにしても、ここは時間の流れがゆっくり感じる。追いかけられるのは勘弁してほしいけれど、こんな昼食も悪くはないかもしれない。

 

 ‡

 

「ホームルームで伝えられてると思うけど、今日の放課後、選挙の説明会があるから参加してね。前回と変わらないけど、出席するだけで印象はかなり変わるから」

 食事を終えた後、福沢先生は一通の封筒を渡してきた。表にははっきりと目立つ字で、『推薦状』と書かれている。裏には先生と学園長の名前が書かれていた。

「見せびらかす必要はないけれど、何かあったときの印籠のようなものだと思って持っていて」

 今回の選挙に関しては、学園側としても早急に解決すべき問題であるという認識だそうだ。今までの伝統もあるため大胆な行動はできないけれど、必要最低限は関わっていくつもりでいるらしい。

「大袈裟と思うかもしれないけれど、立花さんを新しい薔薇さま候補に薦めたのは私だから」

 それとねと一呼吸おいて、先生は話を続けた。

「私が立花さんに話を持ちかけたのは、前回の選挙に出ていたからじゃないの」

 そう言って取り出したのは、三ヶ月前に私が提出した選挙公約であった。

「公約というか、ここまで作りこまれていると運営計画表だね。定例報告のみの集会の廃止と掲示板の追加設置による情報伝達の効率化について。費用対効果とメリットデメリットが記載されているだけでなくデメリットの改善策について、きちんと書かれている。ここまで考えられるのは、日ごろからもっと良い生活を送りたいって考えてないとできないことだよ」

 ここまでストレートに褒められたことなどあまりないから、正直言って照れる。

 まあでも、この先生のことはもう少しだけ信用してもいいかもしれない。

「もうそろそろ昼休み終わるので、教室に戻ります」

 扉の前まで言って思い出す。

「お昼、ごちそうさまでした」

 ちなみに、マスタード・タラモ・サラダ・サンドは私はあまり好みの味じゃなかったが、わざわざ言う必要もないので頭の片隅にでも置いておくことにした。

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