機動戦士ガンダムSEED Destiny/Re:Genesis 作:砂上八湖
◆
「まさか……ゼーレはおろか、我々のシナリオからも逸脱するとは、な」
冬月副司令の嘆息に近い呟きが、暗い部屋に響き渡る。
弐号機と使徒の激闘を、NERV本部の司令室から直接ながめていた。
厚さが2メートルもある上に強化コーティングを施されたされた硬化テクタイトの窓を通じて、使徒のコアに槍を突き刺す弐号機の姿が見える。
NERV司令・碇ゲンドウは重い口調で応えた。
「問題はない。死海文書の異端外典には、幾重にも広がる福音の旋律について記されている。
──修正は十分に可能だ」
「しかし、いいのか?
弐号機の消失が一時的なものとは限らんぞ?」
「構わん。
現状のままならゼーレへの牽制になるし、こちらの計画の時間を稼げる。
それに異端外典のシナリオ通りに進むとなれば……」
淡々と話す男の声に、わずかだが感情が宿る。
冬月の視線が窓から外れ、我が子だけでなく誰に対しても不器用な接し方しか出来ない愚かな男の顔を見た。
そんな元恩師の視線を知ってか知らずか、ゲンドウは窓の外から視線を外すことなく、言葉を続けて紡ぎだす。
「必ず、帰還する」
「──そうか」
苦笑しながら。
根拠を述べないままの断言に、それでも冬月は頷いてみせた。
昔からこういう男だったと、諦念にも似た首肯であったが。
「ならば……未だ見ぬ、遠く隔てた福音の調べに『運命』を委ねるとしよう」
再び窓の外へと目線を移す。
色を失ったコアが砕け、使徒の体から虹色の閃光が炸裂し。
──弐号機を包み込んだ。
◆
「ッ!?」
ソニックグレイヴを使徒のコアに突き刺すと、それはガラス玉のようにあっさり割れた。
しかし次の瞬間、割れたコアや使徒の体が虹色に輝きだし、光が爆発したのである。
アスカはそれを自爆だと判断し、とっさに瞼を閉じ、腕で顔を庇った。
そんな事をせずともATフィールドが防いでくれるはずなのだが、条件反射という奴だろう。
半拍遅れてそのことに気付いて「ほんのり」と顔が赤くなるも、身体が防御姿勢のまま固まってしまっている。
このまま爆発に耐えるしかない。
アスカはATフィールドを全力展開しつつ、覚悟を決めた。
「……?」
ところがいつまで経っても、予想していた衝撃も熱も音も到達してこない。
恐る恐る構えを解いてモニターを視界に入れる。
そこは千変万化に煌めく極彩色の世界だった。
弐号機が万華鏡の中に閉じ込められたかのような、目まぐるしく幾何学模様の色彩が百踊乱舞する。
その変化は『規則正しく』みえながらも、やはり『不規則』であった。
いや、その『不規則』が『規則正しく』乱雑していると表すべきか。
それを総称して「秩序」と呼ぶべきなのか「混沌」と呼ぶべきなのか。
アスカは、そんなどうでもいいことに思考のリソースを最初に費やしてしまった。
ともかく、総天然色の不可思議である。
距離の算出もできず、足元にあるはずの地面はおろか使徒の姿すら確認できない。
「というかッ、なによこれ!?
リツコッ、これモニターできてる!?
ミサトッ! ミサトッ!?」
アスカは同じマンションに暮らす作戦部長の名を連呼する。
しかしスピーカーから通して聞こえてくるのは、川のせせらぎにも似た静かな雑音ばかり。
まったく通信回線が反応していない。
「ダメかッ」
通信を諦めたアスカの思考サイクルが、現状を分析しようとフル回転を始める。
これも使徒の攻撃だろうか?
サブモニター群で各部をチェックするが、どこにも損傷はない。
シンクロ率にも影響はなく、非常に安定した状態である。
精神汚染を目的とした攻撃でもないらしい。
これまでに使徒が撃破後にみせたパターンは
【自爆(第3使徒)】
【爆壊(第6使徒等)】
【活動停止(第4使徒等)】
である。
しかしアスカを取り巻くこの現象は、どれにも該当しない。
「もしかすると第12使徒(※レリエル)の時みたいに、異相空間に取り込まれた……?」
思いついた推察を口に出してみる。
十分にありうる話だ。
あの時は、初号機の暴走によって
幸か不幸か弐号機の制御は安定しており、これまで一度も暴走した事がない。
「……シンジと同じ事をして、ここから脱出できるかどうかは別問題だけどね」
なにより暴走しても活動限界がある。
先ほどの攻撃で、外部電源ケーブルを切られてしまったのだ。
あと2~3分程度しか電力が残っていないはず。
そう考えながら、アスカは活動限界時間を示すモニターへと目をやる。
「なっ!?」
そこに表示された数字を見て、アスカはこれまで発したこともないような声をあげた。
活動限界時間が、凄まじい速度で
それも2~3分どころの話ではない。
最大活動時間である5分をはるかに超えて、いまや外部電源がなくても1週間以上活動できる時間にまで達してしまっているではないか。
しかもそれは留まる事を知らず、更に増加の一途をたどっている。
戸惑うアスカの目が、モニターに表示された『S2機関』という文字に吸い寄せられる。
「え……S2……機関?
なに、これ……あたし、こんなの知らない……!」
うろたえ、震える声でアスカが呟く。
しかし頭の片隅で、これが稼働時間の異常増加の原因であることを理解していた。
ふと心のどこかに不安がよぎる。
一体、あたしは、弐号機はどうなってしまうのか?
その片隅で、そんな弱い心を許さないアスカの一部が、自身を奮い立たせようと叱咤しはじめる。
しかしそれは孤独を隠すためもの。
怯えと弱さを隠すためのもの。
アスカの脳裏に、再びあの顔が思い浮かんだ。
「ああ、そうか」
何となく、そこでシンジという少年が抱えていた不安や葛藤が分かったような気がした。
何となく、あの弱くて脆い同居人と
「あのバカ。
言わなきゃ……言ってくれなきゃ……
いくら天才のあたしでも、分かんないじゃないの」
操縦レバーから手を離す。
アスカはそっと膝を抱えて、ここにはいない少年に文句を言った。
……それは、自分も同じか。
彼への文句が、そのまま自分へと返ってきた。
LCLの中で、赤いプラグスーが寂しそうに丸くなる。
訳もなく悔しくなった
アスカは、もう一度「バカ」と口にしてみせた。
そして、
誰かが優しく微笑んで、
名前を呼んでくれたくれた気がした。
「え!?」
我に返ったアスカは、勢いよく顔を上げた。
全周モニターを占拠していた極彩色の空間が、加速度的に白くなっていく。
いや、白くなっていくその端から、どんどん色が、景色が、取り戻されていくではないか。
視覚領域が正常に働き始めている証だ。
「元の世界に戻れた!?」
喜びの声を上げ表情に明るさが戻っていく。
「リツコ達がサルベージ作戦を成功、させ、た、の……ね……?」
徐々に機能が回復するモニターが取り戻した外部の光景。しかしそれを視認するにつれ、アスカの声や顔が次第に戸惑い、引きつったものになっていく。
ジオフロント内部では見られなかった針葉樹林の深い森。
なにより突き抜けるような青い空と白い雲。
ジェット煙を引いて飛行する、見たことも無いタイプの航空機。
そして、こちらに銃のようなものを向けて構える人型の機動兵器らしきものが数機。
「は?」
おそらく14年という人生の中で、一番マヌケな声をあげたに違いない。
妙に冷静な頭の中で、アスカはそんなことを考える。 パニックになる寸前に、そんな冷静な思考が生まれたのは幸いだった。
瞬く間に彼女の思考回路が冷静さを取り戻す。
ここはどこか?
こいつらは何者なのか?
自分の身に何が起きたのか?
そのとき、正面モニターに大きな影が射し込んだ。
戦闘機の主翼のようなものをつけた、巨大な飛行物体である。
それには砲塔のような物が付属しており、さらにそれを旋回させ、こちらに向けてきている。
この事から、この飛行物体は「空中機動戦艦」ではないかと推測できた。
空中戦艦!
そんな単語を頭に浮かべた瞬間、それに含まれる荒唐無稽な馬鹿馬鹿しさと、目の前を飛んでいる現実とのギャップに、思わず爆笑してしまいそうになった。
だって『空中』戦艦なのよ!?
歴史の教科書に載っていた「パリ円盤襲撃事件」じゃあるまいし!
そんなアスカにとってあまりにも非常識な存在が、外部スピーカーを通して警告を発してきた。
《そこの所属不明の赤い機体に告ぐ!
ただちに武装解除をして機動停止し、コクピットから出なさい!
こちらはザフト軍所属、特務艦ミネルヴァ艦長タリア・グラディスです!
30秒以内に応答が無い場合は、武力による強制的な装制圧行動に移行します!≫
聞いたこともない組織名。
見たこともない兵器群。
与えられた30秒という猶予の間、アスカは「さて、どうしたものか」と思案する。
限られた時間の中で出来る事。
とりあえずアスカは自分の頬をつねってみた。
──目が醒めるほど、痛かった。
劇場で『破』を初日の初回上映で観た直後に、興奮のまま書いたっていう経緯の作品です。