Lady Maria of the Astral Clocktower   作:疾風怒号

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「"友達"? あんた、妙な事を聞くもんだね」
「すまない、だが貴女以外にすぐ頼れる人がいないのだ」
「……フン、まぁいいさね。 いいかい? 友達ってのは……………………」








2:友情は連結機構の如く

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎぃ、ごごごご、と重々しく扉の開く音が響き渡る。それが静まるよりも早く、彼女____時計塔のマリアは落葉を構えていた。

床の中程にある澱んだままの血溜まり(血の遺志)が、ざわめいている事を感じ取ったからである。

そして彼女が感じた通り、"彼"が扉を擦り抜けて走り込んだ。 だが様子がおかしい、あれは此方に向かって来ると言うよりは、向こうから離れてくるような……

 

 

「来たか、狩う…………どッ!!??」

「無論、来るとも」

 

 

そう、彼は此処に来た。戻って来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

…………大量のプラスアルファ、具体的には屍肉烏や教会の大男や何処から来たとも知れぬ獣などを連れて。

 

 

「説明は後だ。 申し訳ないが助けてくれ」

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

 

右手の一撃を避けた獣の脳天にエヴェリンを一発。その屍を押し除けて躍り出た大男が構えた磔柱を踏み付けて飛び上がり、虚な顔面に刺突を繰り出すと突き立った刃に自重を掛け、見事なハーフカットを作り出した。

 

踏み殺した烏を獣の群れに蹴り飛ばして牽制。さらに火炎瓶を投げ込んで獣達が狼狽た隙に、手にしたメイスで次々に頭蓋を打ち砕いていく。ようやく炎を振り払った大男は両膝を叩き折り、もんどり打って倒れる身体に駆け上って持ち手(メイス)と合体変形させた回転のこぎりを叩き付け、血祭りに上げる。

 

落葉の刃が閃き、回転ノコギリから火花が散る度に皮が裂かれ、肉が絶たれ、血が振り撒かれる。 目算で30近くいたであろう有象無象は瞬く間にその数を減らした。

 

 

「これで……ッ!」

「最後だッ!!!!」

 

 

最後に残った哀れな大男に、狩人の業が殺到する。メイスが砕き、落葉が削ぎ、エヴェリンが貫き、ノコギリが抉り取り……数秒の内にその巨躯は見る影もなく痛め付けられ、夥しい量の血液を噴き出しながら斃れた。

 

息を整えながら立つ二人以外に、もう動く物はなかった。いんいんと鳴る断末魔の残響が、静まりかえった場に虚しくこだまする。

その断末魔の主を蹴り付け息絶えた事を確認しながら、口を開いたのはマリアだった。

 

 

「"説明は後だ"と言ったな、……この惨状を如何してくれるのか、しっかりと説明して貰おう」

 

 

彼女の言葉通り、辺りは酷い有様である。足の踏み場も殆ど無い程に肉塊と臓物が散らばり、血に濡れない場所はごく僅か、棚も燭台も滅茶苦茶に倒れ、彼女が座っていた椅子に関しては完全にひっくり返っている。

 

返り血に塗れ、最早全身赤一色になった狩人が同じように辺りを見渡して肩を竦めた。 回転ノコギリをそこいらに放り捨て、屍肉を拾い集め始める。

 

 

「……一応聞こう、何をしている」

「片付けだ」

「……片付けながらでいいから質問に答えたまえ」

「わかった」

 

「如何してこんな事を?」

「貴女と友達になりに来た」

「友になる為に獣を……?」

「そうだ。俺の尊敬する狩人から聞いたのだ。 "友達"とは『肩を並べ、共通の敵と相対するもの』だと」

 

 

全くの滞りなく揺るぎない声音で発せられる言葉に、さしもの古狩人マリアも天を仰いだ。

 

 

「その為に、大量の獣を引き連れて此処まで登って来たのか」

「そうだ」

「……つまるところ、貴公はすでに私を友としたつもりなのか?」

「つもりではない、友達だ」

「…………そういう事にしておこう」

 

 

すると、烏を蹴り転がしていた狩人の首が、ぎゅるんと彼女の方を向いた。 血酒の匂いを嗅ぎ付けた獣でももう少し緩慢だろうという素早さで、マリアに駆け寄って両手を握る。

 

 

「いいのか!!!!!!!!????????」

「……………………あ、あぁ……」

「……そうか、そうか、これが"先ずはお友達から"というものか……」

 

 

狩人は余程嬉しかったのか二、三歩後退り、何事かぶつぶつと呟いている。 斬り結んだ時の、あの冷徹に飢えた獣のような雰囲気とは似ても似つかない姿に、彼女は少しだけ頬を緩めた。

 

 

「そら、手が止まっているぞ。早く片付けてしまえ」

 

 

きっとその事には、彼女自身も気付いていないだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間ほど。いや、この歪んだ悪夢の中では時間の概念など定かではないのだが、兎に角それなりの時間を掛けて狩人は肉塊を片付け終わった。床一面の血はどうする事も出来なかったようだが、まぁ豪快な模様替えだと考えれば……。

 

そんな思考を断ち切るように、がしゃと金属音が鳴った。その方向に目を向けると、狩人が回転ノコギリを握っている。

 

 

「…………」

 

 

忘れていた訳ではない、ただ彼の意識の切り替えと、立ち姿の変わり映えに暫し舌を巻いていた。 先程までの、いっそ幼さすら感じさせる無邪気な若者の姿は何処にもなく、そこにあるのは血に塗れた一人の"狩人"でしかなかった。

 

 

____次は殺す、 教会の血など使うものか

 

 

ああ、確かに貴公はそう言っていたな。ならば応えよう。 先達として、この悪夢に囚われた愚か者を友と呼ぶ貴公のその心と、狩人としての在り方に報いよう。

 

そう胸中で呟いて、落葉を抜き放つ。

 

 

「来い」

 

 

自分でも驚く程に細やかな声だったが、彼には確と聞こえていたようだった。 それを聞くや否や床を踏み抜かん勢いで蹴り付け加速し、ノコギリを大上段に振り上げる。

まともに喰らえば即死、上手く防いでも手酷い傷を負う事は想像に難くない。故にその場から大きく飛び退き、追撃しようとした所を銃撃で牽制する。 出掛かりを潰された狩人が立ち止まったその隙に、迷いなく刃を自らの腹に突き刺した。

 

焼けた鉄を押し当てたような痛みと共に、全身を燃え上がるような衝動が駆け巡る。 否、事実私の血は燃えていた。理屈や理由は無い、"これはそういうものだ"。 腹の奥の、臓腑の奥の更に底、自らの最も()()所から、引き抜く刃と共に火炎を引き摺り出し、この狩人には温存も様子見も無用と断じて血の長刀を振るう。

 

横薙ぎのそれを、彼は滑り込んで潜って見せた。得物の持ち手を床に叩き付けて身体を跳ね上げ、捻りを戻す勢いのままノコギリを突き出せば、血も炎も巻き込み、花弁の彩りにして火花が咲き誇る。毀れる心配のない血刀でそれを受け止めて……彼と眼が合った。

 

 

やはり彼は"楽しそう"だった。鋭い双眸を喜色に歪めて、きっと顔布の向こうでは歯を剥いて笑っているのだろう。

 

 

ぐっと狩人の腕に、より強い力が込められる。それに応えるように血刀の炎が強く噴き上がり、果たして彼を大きく突き離した。

 

回転ノコギリを大きく打ち上げられ蹈鞴(たたら)を踏んだ狩人に、無数の斬撃が襲い掛かる。直突き、袈裟斬り、逆袈裟、胴抜き、息も着かせぬ剣舞に彼は応戦しつつも、小回りの効かない今の得物でそれらを防ぎ切る事は不可能だった。

 

 

「はッ!!!!」

 

 

上段の長刀を受け止めがら空きになった胸板にもう片割れの短刀が遂に突き刺さり、更にその柄頭が前蹴りで押し込まれる。凄まじい勢いで吹き飛び壁に叩き付けられた彼にエヴェリンを二発撃ち込んだ所で、ようやく彼が膝を突いた。

 

顔布越しに大量の血を吐き出し、苦悶にその顔を歪めている。回転ノコギリは相変わらず握られたままだが、もう持ち上げる力も無いように見えた。

 

 

「……っは、ぁ、ぐ、かはっ…………」

「勝負あったな、狩人。 その長柄では戦い難かっただろうに」

「……群れを、相手にすることばかり……ッはぁ、……考えてッ、いたものでな…………」

 

 

まだ幾らか明瞭に話すだけの余力は残っているようで、狩人は言葉を続けた。

 

 

「だが……ッ、次は、また……、げほッ、鉈を持って、来よう…………」

「あぁ、そうしたまえ。 物珍しい仕掛け武器ではあったが、あれで私を殺しては貴公も不満だろう」

「……うむ、うむ…………その通りだ……、ああ、あと、それと……ッ」

 

 

マリアは何も言わず、ただ目線で続きを促す。

 

 

「その…………ッ、すまなかった…………、床が……」

「……貴公は案外細かい事を気にする気質なのだな。 一つ教えておこう、"友の失敗は笑って許すものだ"」

「はは……、そういって、もらえると、助かる……な……」

 

 

そう言って狩人は、満足そうな表情で血痕を残して消えていった。 残ったのは噎せ返るような血の臭気と、時が止まったかのような静寂だけ。

 

 

「……友、か。 思えば私も、そんな存在がいた事は無かったかも知れないな。

また来ると良い、狩人。 私は此処にいる。貴公が満足するまで、何度でも相手をしよう」

 

 

そんな言葉を零し、彼女は椅子の残骸に腰掛けた。先の戦闘で完全に(へしゃげ)てしまったが、果たして代えが有るかどうか。

 

 

「…………椅子もそうだが、…………ここにモップはあっただろうか……」

 

 

それはそれとして、暫く彼女に安息は無さそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












「なんだ、あんたかい。急に飛び出したり帰って来たり、忙しない男だね全く」

「……なに? 友達ができた? ふん、そりゃあ良かったじゃないか。 因みに、名前は何と言うんだい?」

「"マリア"、マリアか。 ふぅん、あんたにしては落ち着きが無いと思ったら女を引っ掛けてたって訳かい、お盛んだねぇ全く!」

「あ! 待ちなあんた! こんな所で血酒を撒くんじゃないよ! 分かった分かった、このババァが悪かったよ! だから瓶を仕舞えったら!!!!」









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