Lady Maria of the Astral Clocktower 作:疾風怒号
「女性に対するアプローチ?」
「あぁ、俺はこの手の経験がすっぽ抜けているものでな」
「うーん、そうねぇ、まずは相手をよく観察してみたらどうかしら。 それで得た相手の情報から、どんな付き合い方をすればいいのか考えるの」
「……ふむ。 成る程、完全に理解した」
時計塔、その最上階の広間にて断続的に金属音が響き渡る。薄暗い空間を烈火が赤く染め上げ、血の彩りが眼に痛い。 一瞬先の死が連続して迫り来る
眼前の
しかし、一撃毎に身体の芯を揺さ振るような苛烈極まる連撃に晒されながらも、意識の内のごく一部は狩りとは全く関係のない方向を向いていた。
「(やはり、美しい)」
噴き出す火焔に照らされる肌、きりきりと煌めく
我ながらよくここまで惚れ込んだものだと自嘲しながら、ごく僅かな、一瞬の腕の力みを視界に捉えた。
次の瞬間、ごうっと風を切って迫る長刀をノコギリで受け止めて勢いを殺し、鉈に変形させる事で弾き返す。 視線の先で彼女が眼を見開いているのが見えた、あぁ、今が斬り結んでいる最中でなければ、その表情をもっと仔細に眺められたのに。
「……ッふ!」
そんな
都合十数発打ち込んだ所で、耳をつんざく擦過音を立てて鉈が長刀の鎬を滑った。間髪入れずに短刀を握る手が引き絞られ、だが散弾銃の顎門が開いているのを見とめると、すぐさま彼女はその場から飛び退く。
「……誘いに乗ってはくれないか」
「私にトラバサミを踏み抜けと?」
「ううむ、難儀な人だ」
「ははは。 簡単に分の悪い賭けに乗る程、私は豪胆ではないよ」
不敵な笑みを浮かべながら彼女が落葉を連結させ、腰に掛けていたエヴェリンを左手に握る。一つになった双刃による重さとリーチ、その隙を威力の高い銃撃で埋めるスタイル。 この手の"狩人らしい狩人"は苦手だ、墓場の神父や旧市街の槍男に散々苦しめられた思い出が過ぎる。
「そちらが来ないなら、私から行くぞ」
俺が追撃を躊躇い、そう彼女が宣言したときには既にその姿は掻き消えていた。 古狩人の加速の業、それも大聖堂で相手取ったような紛い物ではなく、正真正銘の真作。半ば勘頼みに鉈を振った先で、鳶が刀の切っ先とぶつかり合った。
そこで止まる彼女ではない事は、既に知っている。
ぶつかった衝撃を利用して刃を畳み、角度を変えて手首のスナップで振られる刃を何とか受け止める。連携する前蹴りを敢えて肘で受けノックバック。脚の腱が痛むのも構わず急制動を掛け追撃の刺突を手甲で受け流し、腹に突き付けられた銃口を空いた腕で押さえ付けて逸らした。
次の瞬間、ズガンッ!!!!と鼓膜を殴り付ける雷鳴のような発砲音。床にはぽっかりと綺麗な穴。 俺と彼女は、互いに互いを押さえつけ合った状態のまま動けずにいた。
「中々どうして、上手くついてくる」
「言った筈だ、『次は殺す』と」
「……ならばこの手を退けろ」
「断る!」
「退けろ!」
「断るったら断る!」
「ならばこうだ!」
瞬間。彼女は大きく屈み込むと、斜め下からかち上げるタックルを見舞う。更には浮き上がった身体で素早く脚を入れ替えると跳び蹴りまで打ち込んできた。まさに一気呵成の速技、防ぐ間も無く鳩尾にブーツの爪先が捻じ込まれ、強烈な嘔吐感に襲われながら床を転がる。
「……っが、ふッ……、ッ…………」
「ほう、まだ動けるのか」
「あッ……たり前だ……!」
迫り上がる横隔膜をこじ開けるように無理矢理息を吸い、床を叩いて跳ね起きる。追撃は来ない、それが何を意味するかは身に染みて分かっている。故に脚に力を込めて腰を屈め…………
だが、そこまでが限界だった。避けるか詰めるかの選択を迫られた脚が酷使に耐え切れず遂に屈する。 次の瞬間、血と爆炎の奔流が身体を貫いた。感じるのは痛みではなく純粋な衝撃の怒涛、あっと思う暇もなく滅茶苦茶に吹き飛ばされ壁に激突、視界が赤とモノクロに激しく明滅する。
「また、勝負あったな。 私の勝ちだ」
刃を大きく突き出した姿勢から身体を起こしながら、彼女が薄く笑った。 軽い金属音と共に優雅に納刀して此方に近付くと、膝をついて此方を見下ろす。
「…………ッ、ハ……、ァ」
「……無理に話そうとするな。臓腑も喉も纏めて焼いた、どうやっても痛むだけだ」
「…………!」
「そう、利口だな。 ……そのままの姿勢でいろ、止めを刺す」
そう言ってマリアは、納めていた長刀を再び抜き放つ。逆光にあてられて影に染まるその姿は、きっとどんな絵画より荘厳で様になっているだろう。
…………俺が知覚していたのは、そこまでだった。
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「……ふぅ」
萎びて歪み、あらぬ方向を向いて咲く燻んだ花は、決して美しいものではない。 しかしこの花も、この歪みきった悪夢でなければ美しく誇らしげに輝いたかも知れないと思えば、彼女はそれを指先で愛でながら大きくため息をつく他なかった。
それでも彼女は此処にいる、この悪夢に於いてここ以外に静かで、風があり、花の咲く誰も来ない場所など知らぬが故に。
そしてその姿を、実験棟出口扉の隙間から覗き見ている人影に彼女が気付く事もない。だがその人影は何をするでもなく、確かな徴を以ってすぐに掻き消えてしまった。
「青い秘薬を取っておいてよかったな。 いや、まさかこんな毎に使う事になるとは思っていなかったが」