Lady Maria of the Astral Clocktower   作:疾風怒号

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「使者、俺は死血花を持っていたかな?」
「アアア~」
「うーむ、少し少ない気がする……、幾らか売ってくれるか?」
「アアァ~」
「よし、ありがとう」

「人形さん」
「はい。如何されましたか、狩人様」
「ここらの花を幾つか貰ってもいいか?」
「構いませんよ。 ……」
「…………」
「贈り物、でしょうか」
「そそそそそっそんな訳ないだろう」
「……そうですか?」
「そうだ」












4:贈り物は致命の如く

 

 

 

 

 

 

 

狩人の悪夢、実験棟。 薄暗く薬臭いその一角をこそこそと動き回る"花"が1束。 勿論これは『ヤーナムの七不思議・歩く花束』ではない、目を凝らせば薄らと花束を抱える狩人の姿が見えるだろう。その彼が何をしているかと言えば、先日死亡し灯火に送られた後、即ダッシュで星輪樹の庭を覗き見たのと同じように青い秘薬を服用し、隠密行動の真似事をしているだけだ。

 

花を抱えて床を這い回る姿は滑稽だが、幾ら彼が百戦錬磨の狩人と言えど花を持ったまま全力で戦えばその花弁をあえなく散ってしまうだろうから仕方ない、寧ろ合理的ですらあるのだ。見た目は悪いが。

 

患者の横を通り抜け、時々階段から滑り落ち、道中烏と目が合い慌てて頸椎を踏み折るなどして何とか無事(?)に彼は最上階にまで到達する。重い扉を押し開けてみれば、そこは灰色の光に満たされた庭だった。

 

彼は少しの間硬直していたが、気を取り直したようにいそいそと庭の隅に向かう。そこでおもむろに花束を解くと、銃槍をスコップがわりに花を植え込み始めた。 培った筋力と技量を総動員して素早く、だが一ミリのズレもなく精緻に。それでいて密集させ過ぎず美しく。植えられたのは庭の端のほんの一部に過ぎないが、仕上がりは見事の一言に尽き、花が萎れる様子もなく至って元気だ。

 

狩人は暫しその花々を眺め、やがて銃槍を持ち直すと"彼女"のもとへ歩いていく。 その後ろ姿は何処か満足げで、軽快なように見えた。

 

 

 

 

 

「勝負あり、だ。 ……リーチの長さには驚かされたが、流石にそれだけで対抗しようとするのは無謀だろう」

 

 

マリアの涼しい声と共に、全身傷塗れの狩人が床に転がる。バレルが展開された銃槍は妙な方向に折れ曲がり、変形機構が壊れてしまっている事は誰の目にも明らかだ。焼け焦げて穴の空いた狩人のコートを投げ捨てて、彼女は続ける。

 

「だが、最後のはとても良かった。 加速の業で避けられないのだから、もう殆どの者は喰らわざるを得ないのだろうな」

 

 

そう言って彼女が抑えている脇腹からは、血が未だに流れ出ていた。 彼がコートを投げ付けると同時に側面に回り込んで放った最後の一突きは、確かに彼女に届いたらしい。

狩人は目線だけをその傷に向けて、その双眸を歪めせた。そして流血をなぞるように延ばされるその手を、彼女がそっと握る。

 

 

次の瞬間、ぽたりと彼女の手から血が垂れた。火がついたような痛みに思わず身体が強張る。もし側面からそれを観察すれば、狩人の握り締めたナイフが貫通している光景を拝む事が出来ただろう。それを見て狩人は今度こそ歯を剥き出して笑い、

 

 

「さすがに、お見通しか」

 

 

と言い残して、いつものように消えていった。 もし彼女が何もしなければ、脇腹の傷に突き立てるつもりだったのだろう。……彼がナイフを取り出せる隙はほぼ無かった、つまり彼は、この状況を想定して袖に仕込んでいたという事になる。

 

全く、末恐ろしい事だ。と彼女は笑って立ち上がった。 彼は本気で私を殺し、そして秘密を暴くつもりだ。だがそれ故に試行を重ね、ありとあらゆる手を尽くして立ち向かう"姿勢と意志そのもの"に、彼女は惹かれてやまないのだろう。

 

 

それは誰からも秘されるもので、憧憬に近い感情であり、きっと時計塔のマリア(彼女)が未だ狩人である証左だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからと言うものの、狩人は毎日のように私を殺しに来た。 (戦略)を変え(武器)を変え、延々としつこく命を付け狙う。

 

 

ある時は聖剣で叩き斬り

 

ある時は大斧で打ち砕き

 

ある時は曲刀で斬り結び

 

ある時は石鎚で押し潰し

 

ある時は爆鎚で吹き飛ばし

 

ある時は機杭で撃ち貫き

 

ある時は大砲で奇襲を掛け

 

ある時は戦杭で突き崩す

 

 

その全てを、尽く弾き返し、受け流し、斬り捌いて消滅させた。 何度刻まれようと笑って死に、何度でも挑んでくるその姿は客を喜ばせようと躍起になる大道芸人のようで、事実私は、嫌でも彼に思考を割かなければいけない。 次はどんな手で来る。次はどんな武器を持ち出すのか、次はどんな顔で私を追い詰める?

 

そう考えている途中、私は私が笑っている事に気付いて______その瞬間、彼が来た。

 

その手にあるのはいつもの散弾銃と、粗雑な鉈のような金属塊。 ノコギリ鉈ではない、粗削りな棘が並び細かな凹凸のある表面に鈍く光が滑る。刃渡りはこちらの得物よりも少し長い程度、だがあの厚さから、下手に受け止めれば一撃で刀身が破砕されるであろう事は容易に想像できた。

 

 

「殺しに来たぞ、マリア」

「……あぁ、待っていたとも。 だが死を(もたら)すのは私だ」

「そうだな。だが狩りに……いや、勝負には"絶対"が無いのが常だろう」

「それは、私を殺してから言ってみろ」

 

 

その瞬間、飛び出したのはマリアの方だった。射程距離に入った瞬間エヴェリンを撃ち、弾丸を追うように駆ける。狩人が手に持った鉈で銃撃を受け止めると同時に落葉が分離、無数の斬撃が脚の止まった彼に襲い掛かった。

 

だが狩人もさるもの、構えた鉈の角度を変える事で最小限の動きでその殆どを弾き返す。そして打ち合うこと数合、再び双刃が連結し、今度は鉈の隙間を潜り抜ける蜂の群れの如き刺突が繰り出された。犬釘のような突起の並ぶ刃側ではなく、徹底的にその反対側の峰を狙う切っ先の鬼雨。既に彼女は気付いていた、相手により大きな損傷を与える為の突起を、彼は最初から刀身を折る為のソードブレイカーとして使うつもりだと言う事に。

 

 

「(下らない)」

 

 

視認もままならない程の速度での連撃を打ち込みながら彼女は落胆していた。これまでの彼には常に予想を裏切られ、追い込まれ、感嘆させられてきた。 だがこれは何だ? 考えを早々に看破され、いいように追い込まれている。そもそもの武器が刃渡りの割に重過ぎるせいで防御が追い付かず、散弾銃とのコンビネーションも満足に発揮できていない。 端的に言って"全く愉しくなかった"。

 

普段の彼はもっと鋭く、より狡猾で、もっと器用で柔軟で……何より"愉しそう"だった筈だ。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……はァッ!!!!」

 

 

落葉の先が狩人の肩を掠め、傾いた身体に回し蹴りが捻じ込まれた。めきめきと骨と肉の軋む感覚が伝わり、彼が扉に向かって吹き飛ぶ。

受け身も取らず、否、取れずに叩き付けられる姿を、彼女はどこか冷めた眼で睨みつけていた。

二、三度確かめるように得物を振り、駆け出す。 もはや加速の業を用いるまでもないと言いたげに間合いの内側に容易に入り込み、その刃を突き出す。

 

だがその剣尖は、何を貫く事もなかった。狩人の首がばね仕掛けのように廻り刺突を避ける。

その瞬間、彼女は自らが選択を誤った(彼の眼が歪んでいる)事に気付き激しく後悔した(歓喜した)

 

勢いは止まらず彼の身体を挟んで扉に激突する。 ばがん!とけたたましい音を立てて扉が開け放たれ、視界が光に塗り潰される。

 

真っ白い闇に覆われた世界の中で、耳障りな金属音と生木を裂く小気味良い音、何かが倒れる音など、様々な音が積み重なって鼓膜を叩いた。

冷静に視界が回復するのを待って取り落としかけた得物を握り直し、彼は何処だと顔を上げた時……

 

 

今度こそ私は、言葉を失った。

 

 

「……退屈させてしまったな。すまない、どうしても"これ"を見せたかった」

 

 

鈍重な鉈から獰猛な重鞭に姿を変えた仕掛け武器を握って、少し苦笑する気配。 彼が中心に立つ灰色の庭は、原型が分からない程に様変わりしていた。枯れ果てていた星輪樹は跡形もなく破砕され、僅かに残った数輪だけが天頂を向いている。辺りは地面を覆うように二種の花が入り乱れて咲き誇り、無味乾燥な『星輪樹の庭』はもう、何処にもなかった。

 

 

「色とりどり、とはいかなかったが」

「いや、いいや……! 十分だ……」

 

 

成程、毎日私を殺しに来たのはこの為か、毎日仕掛け武器を変えて来たのはこの為か。私を広間に釘付けにし、庭に出させない為に、そんなことをしたのか。 態々あの鉈を持って来たのも、扉を背に追い詰められていたのも、全てこの為に…………?

 

 

「…………思っていたよりもずっと……馬鹿だな、貴公は」

「馬鹿で結構。 言った筈だ、貴女の(うち)を見る為にまた来ると」

 

僅かに熱に浮かされた調子で、彼は続ける

 

「知りたいと思ったのだ。貴女の事を、何者よりも深く」

「午睡に微睡む顔を、徒らに実験棟を歩く姿を、花を愛でる指先を、血に濡れる髪を」

 

そうして三角帽を目深に被り直し、言い放った。

 

「その、死の間際ですらも。俺は欲している」

 

 

重鞭を軽く振るい、花を吹き散らしながら狩人が笑う。血に塗れた立ち姿に青白い花弁が良く映えた。

 

 

「……全く、恐ろしい狩人に好かれたものだな」

 

 

相対する彼女もまた、笑っていた。誕生日に贈り物の封を破いた子供のような、そんな笑み。

真っ向から対立する相手との死合いの最中に於いて彼女が笑う理由は、きっと彼女が血に酔いしれているからではない。

 

 

「私は"嬉しい"のだろうな、狩人」

「あぁ、きっとそうだとも。 貴女がそうであるなら、俺も嬉しいのだから」

 

 

この場にあって二人は、少なからず通じ合い互いを認め合っていた。 それは双方が共に血風に身を投じ、命を削り合ってでも変わる事はない。

この感情は、恐らく人々に『愛』と呼ばれるものだったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、庭に一つ人影が起き上がった。 それは双刃を拾い上げると腰に納め、広間へと戻っていく。 血に濡れ、至る所が破けた装束を纏う後ろ姿は何処か満足げで、軽快なように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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