#10's Episode   作:しゃくなげ

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『STAND UP TO THE VICTORY』

 メガ粒子砲の閃光が着弾と共に装甲を溶解させ、コックピットに風穴を穿った。

 宇宙の片隅で眩い閃光が迸り、爆散したモビルスーツの破片があちこちへと降り注ぐ。

 一瞥をくれる事もせず、ジンロウの操るトーリスリッターはバーニアを再噴射して青白い炎の尾を引いた。

 二機目のパイロットの、怯えを感じる。厚い装甲を通して伝わってくる見えないものに、ジンロウの鼓動が高まっていく。

 己を狙うビーム・ライフルの掃射を、時に浮き上がり、時に沈み、波間を舞うイルカのように掻い潜る。

 敵との距離が狭まるにつれて連射は激しくなり、その分、精度が落ちていく。

 手数を頼りにした盲撃ちの攻撃など、当たる道理はない。更なる加速をしながらビーム・サーベルを抜き放ち、まずはマニピュレータを、次いで頭部を切り飛ばす。

 瞬きひとつも挟ませない斬撃は、人の形を模した機体をただの棺桶に変えていった。

 

「グレミーのために! 死ねよ、お前!」

 

 叫ぶ声は、普段の彼とは似つかない、この瞬間にだけみせる獰猛さに満ちている。

 死に体のコックピットへ着地するようにトーリスリッターそのものを叩き付け、今までの加速度を利用して蹴り潰してやった。

 最早、動く事もない鉄屑は、流れ星のように星の海を何処までも滑っていく。

 哨戒機を全滅させた事を確認すると、ジンロウは退屈そうに鼻を鳴らしてから、目と鼻の先にあるアクシズに向けてまっしぐらに突き進む。

 最早、アクシズに残った連中に、ここを防衛するだけの力は残っていない。

 新型のモビルスーツはパイロットと共に前線に出払って、訓練不足の連中が操るガザが、この宙域を守る精々の戦力だった。

 ジンロウの襲撃は、止まらない。邪魔をするものは叩いて潰し、撃って墜として、斬って捨てた。

 次々にあがる爆炎は、暗い宇宙を照らす色鮮やかな花火のようだった。

 その一方で、通信機から聞こえるのは怒声にも似た悲鳴のそればかり。

 戦場の、あるべき音と光景だ。

 

「さあて、まだ残っているのかな。あまり、僕の手を煩わせないで欲しいんだけどさ」

 

 雑魚を食い散らかしても、楽しくはない。

 そう吐き捨てるジンロウの顔は、牙を剥く獣のように歪な笑みで彩られている。

 事実、ネオ・ジオンの優秀な士官はグレミーの下に集ったか、ハマーン・カーンに随伴しているか、そのどちらかだ。

 戦場になる予定のなかったアクシズの警護など、十把一絡げの雑兵だ。興味を持てという方が、土台、無理な話であった。

 ジンロウの頭の中には、まだ見ぬガンダムへの好奇心と、ハマーンへの殺意が満ちている。

 どちらも絶対に殺してみせる、自信にも似た強い意志は、友への想いから湧き出るものだ。

 思う存分に宇宙を翔んで、思う存分にグレミーの敵を始末して、それから次の戦場へゆこう。いついつまでも戦って、生きる意味を見出そう。

 

「ああ、ずっとこうして翔んでいられれば良いのに」

 

 ヘルメットに包まれたままの独り言は、いつもよりも大きく聞こえた。それが自分の本心なのだと、そう言い聞かされているように。

 コックピットの外には、何もない。味も匂いも寝ぼけたようで、色も音もざらついている。

 楽しい事など存在しないのだから、帰る必要なんかひとつもない。

 こうしてモビルスーツを駆っている時のジンロウには、外の世界など、その程度のものでしかなかった。

 その程度のものでしかない、はずだ。

 

「……なんだ、このざわつき。気持ちが悪いな」

 

 だというのに、何かがジンロウの中に引っかかる。

 コンソールに貼り付けたままの、見覚えのない少女の顔は、楽しげに笑っているようだ。

 その目が自分を見ているようで、ジンロウはひどく不快な心地になるのを感じる。

 

「誰なんだい、君は」

 

 写真に聞いても、返事があるはずもない。

 何を馬鹿な事をしているのかと、ジンロウはひとり、ため息を漏らす。

 いっそ剥がして捨ててしまおう、そうすれば気にしなくて済む。そう思い至ったジンロウの手が、通信回線に割り込んだ声に動きを止めた。

 

「四班、アクシズを制圧! 繰り返す、アクシズを制圧!」

 

 興奮して上擦った誰かの声は、ジンロウがこの場での役割を完遂した事を意味する。

 グレミー派の兵たちは、湧き立つような勝鬨と共にアクシズを目指す。まるで、アリが角砂糖にたかるような、肌がむず痒くなる光景だった。

 

「──そいつは、良かった。じゃあ、ここはもう良いか」

 

 役目を果たしたならば、次の狩場へ向かうだけだ。

 ジンロウは展開された格納庫へ機体を滑り込ませると通信回線を開き、名前もわからない誰かに、手短に補給を要請した。

 プロペラントタンクの連結音を聞きながら、ジンロウはヘルメットのバイザーを開く。

 そのまま狭い空間に満ちた濃度の高い酸素を吸い込み、肺を満たすと同時にゆっくりと吐き出していく。

 それだけで、人の手で作り替えられたジンロウの肉体は、戦闘の準備を終えていた。

 

「キャラ・スーンの艦隊は、どの宙域にいるんだっけ」

 

 コンソールを叩き、目標座標を再設定。ナビゲーションの開始音声を聞きながら、ジンロウは準備運動でもするように、首を一度緩く回した。

 ほぼ同時に作業完了の通信が入り、推進剤の残量を示すゲージが上限まで跳ね上がる。

 出撃を目前に控えたジンロウに、グレミーからの直接回線が開かれたのはその時だった。

 

「ジンロウ、聞こえるか。先の露払い、実によくやってくれた。少し顔を見て話したい、急いでいるのはわかるが、構わないか?」

 

 コックピットのハッチを解放すると、ハンガーの騒音がさっきよりも大きく聞こえて、ジンロウの眉が不愉快そうに歪む。

 キャットウォークに立つグレミーの姿を見つけると、ジンロウは装甲板を蹴ってその傍らへと跳んだ。

 相変わらず鋭い視線を向けてくるプルツーを尻目に、にこやかな笑みを浮かべたグレミーと握手を交わす。

 

「来てくれたのかい、グレミー」

 

「当然だろう。友の活躍を祝うべきは、まさに今、この時だからな」

 

 その言葉だけで戦えるさと、柄にもなく嘯いてジンロウは笑った。

 グレミーの声を聞くだけで、胸が震える感覚が頭の奥から湧いてくる。その一方で、言いようのない不快感もまた、同じように湧き上がっていた。

 目の奥が、ひどく痛む。

 目玉が眼窩からこぼれ落ちてしまいそうな錯覚に、ジンロウはノーマルスーツのグローブ越し、親指で右の眼球をぐいと押し込んだ。

 

「また、頭痛がするのか」

 

「ああ、ざらざらした感じもまるで消えない。なんだか、アクシズに戻った途端にひどくなった気がする」

 

「それはハマーンのせいだ、奴を倒せば楽になる。友よ、辛いだろうが私と共に戦ってくれ」

 

 ああと頷き、ジンロウは再び自分のモビルスーツへと乗り込んだ。

 

「君のために、勝つとも。アクシズの次は、ハマーンの首を君に捧げるよ」

 

 ジンロウの言葉に、グレミーは笑顔で応えた。

 やや置いて、カタパルトから射出されるようにして、トーリスリッターが宇宙へと翔び出していく。

 その姿を見遣りながら、プルツーはグレミーの肩へとしなだれかかり、服の裾を引きながら囁くような声で問いかけた。

 

「ねえグレミー、本当にあいつの事を友達だと思ってるの?」

 

 言葉の端々に見え隠れする嫉妬めいた感情に、グレミーは愉快そうに笑った。

 プルツーの髪を撫でながら、調整中の専用機──クィン・マンサを見上げるグレミーの目には、親しげで柔和そうな好青年の色合いは感じられない。

 

「もちろん、思っているさ。友として、彼とは良い関係を築きたいともね。だがプルツー、友であっても、彼と私は対等ではない」

 

 その言葉の意味を理解できず、プルツーは上目にグレミーを見つめる。

 その視線に応えるようにして少女の髪にキスを落とすと、グレミーの口元に酷薄な笑みが浮かんだ。

 

「よく言うものだ、犬は人間の最良の友だと。狂犬を忠実な猟犬として使いこなしてこそ、他の者たちに私の技量を見せられる。だから、彼とは良い関係を築きたいのさ」

 

 その言葉が彼の本心だと感じ取ったプルツーは、それ以上を尋ねるような事はしなかった。

 相次いで各宙域の交戦状況が伝達され始めると、グレミーは踵を返し指令室へと向かう。

 

「グレミー」

 

 それを呼び止めるプルツーの表情は、ほんのわずかに曇っていた。

 

「どうした、プルツー」

 

 肩越しに振り返るグレミーを見つめたまま、プルツーは動けない。

 言葉を探すように俯いた後、真っ直ぐに彼の青い瞳を求めた。

 

「私は、あなたの人形ではないよね?」

 

 プルツーの問いかけに、もちろんだとグレミーは笑う。

 その口元には、冷たくも見える曖昧な笑みが浮かんでいるだけだった。

 

 

 

 キュベレイのコックピットには、冷たい空気が満ち満ちている。

 ノーマルスーツを着込んでいても、熱を奪われ身体の芯まで凍り付いてしまいそうな冷たさに、プルテンは自分の身体を抱き締めて震えていた。

 寒いわけではないのに、心が凍てつくような、心細さにも似た何か。

 それが身体を蝕んでいるようで、プルテンは頭を締め付けるヘルメットのロックを何度も外しそうになっていた。

 

「プルテン、大丈夫?」

 

 澄んだ通信音声は、十二番目の妹──プルトゥエルブのそれだ。

 

「うん……平気、大丈夫。ごめん、なんだか、気持ち悪くてさ」

 

 平静を装って、震えそうになる声を抑えて、プルテンは通信を終えた。

 アクシズからプルツーのクィン・マンサが出撃するのを見て、どれだけ時間が経ったろう。何時間も待たされたようで、実際に時計を見ると三十分もかかっていない。

 グレミーからの出撃命令が下されたのは、つい先ほどだ。六機編成での作戦行動は、プルシリーズにとっても初めての事だった。

 全天周モニタに映し出されるのは、量産型のキュベレイたち。姉妹が乗り込んでいるそれぞれが、作戦開始を待ちわびるように、宇宙の一点に留まっている。

 最初こそ、モビルスーツに乗り込む寸前までは、確かに楽しかった。

 自分だけのモビルスーツが貰えると聞いて、プルテンだけでなく他の姉妹たちも、誰もが歓声をあげたほどだった。

 ただ、そこから先が違う。理由はわからなくとも、何かが違っている。

 頭で理解できなくとも、プルテンはその正体のわからない違和感に怯えていた。

 他の姉妹たちが浮き足立つ中で、たったひとり、取り残されたように震えていた。

 

「どこ、どこにいるの。ねえ、マスター……あたし、ひとりは嫌だよ」

 

 小さく震える手を伸ばして、プルテンはそっとコンソールを叩く。

 モニタに投影される友軍の記号をひとつひとつ、そこにグレミーの姿がないか、縋るような目で確認していく。

 

「うう、頭が痛い……ねえ、グレミー様、あたしやっぱり変だよ。何か、大事なものがなくなってる……」

 

 失くした事は思い出せても、何を失くしたのか、プルテンにはそれが思い出せない。

 必死に記憶を呼び起こしても、調整のための機械を被る前の事が、どれも霞んでしまっている。

 何より、思い出そうとするたびに、目の奥がぎりぎりと締め付けられるように痛んで考えられなくなってしまう。

 自然と溢れ出した涙を拭う事も忘れて、プルテンはシートに身体を預け、頭上を仰いだ。

 

「ここ、嫌だよ、帰りたいよ……怖いんだ、すごく、怖い。怖くて、冷たくて、凍えちゃうよ……」

 

 どろりと、プルテンの鼻から赤い滴が流れて落ちる。

 バイザーの上からその血を拭おうとして、不意に開かれた通信回線にプルテンが肩をびくりと跳ねさせた。

 

「知っての通りだが、ラカン隊、並びにプルツーがキャラ・スーンの艦隊と交戦を開始した。各機はプルツーとの合流のため、指定の座標へ移動するように」

 

 グレミーは淡々と、命令を下して通信を終了する。ひとりひとりに声をかける事もなく、名前を呼ぶ事もしないまま。

 クィン・マンサの戦力を最大限に発揮できるよう、プルツーの隙を潰して周囲を固める。それが、プルシリーズに与えられた役割だった。

 優しく扱われているプルツーとは違って、グレミーが、落ちこぼれの自分を見る事はない。それを理解していながら、プルテンは自分のマスターに縋るしかなかった。

 命令を聞くなり機体を発進させた姉妹たちに半歩遅れて、プルテンはキュベレイのバーニアを噴射させる。

 その目は失くしたものを探し求めているように、忙しなく宇宙の暗闇を見つめていた。

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