#10's Episode   作:しゃくなげ

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『翔べ!ガンダム』

 全身にまとわりつくような、粘つく不快感が消えない。

 敵も味方も入り混じり、あちこちで生命を散らしていく。

 爆炎がひとつあがるたびに、背筋が震えうなじがちりちりと痛んだ。

 

「プルツーが、行っちゃったよ!」

 

 姉妹の誰かが、通信機越しに叫んでいる。

 

「落ち着いて。散開して、敵を撃破するの。ゲーマルク以外は大した事ない、ファンネルの操作に集中して!」

 

 それをまた別の姉妹が落ち着かせて、行動指針を示すように指示を出す。

 今のはきっと四番目だろうと、プルテンはぼんやりした思考の中で考えていた。

 彼女には、目の前の状況に意識を回すだけの余裕がない。

 目の焦点が定まらないのに、敵が見える。ずっと遠くにいるはずなのに、まるで目の前にいるように見えている。

 その動きを、意識だけが追いかけていく。そうかと思えばファンネルがそれを撃った。

 またひとつ、花火のような爆発が起こって誰かの生命が消えていく。

 人の生命が、瞬きひとつの間に散っていく。そのたびに、何かが身体にまとわりついて気持ちが悪かった。

 

「──テン、プルテン!」

 

 名前を呼ばれている事にプルテンが気付いたのは、軽い接触音がコックピットに届いたからだ。

 遠くの景色が見えなくなり、視界が元に戻っていく。

 こもっていたような音声が鮮明になると、プルテンは息苦しさに思わず大きな呼吸を繰り返した。

 

「ねえ、大丈夫?」

 

「ん、大丈夫……息するの、忘れてただけ」

 

 ぜひぜひと呼吸を繰り返す音に、心配したらしいプルファイブが問いかける。

 それに応えながら、プルテンはコントロールロッドを握り直した。

 

「敵が来る、ふたりとも集中して!」

 

 プルスリーの声と共に、六機のキュベレイが散る。

 バーニア炎の煌めきは、六条の流星にも似ている。六人のプルクローンは、六人の誰もが寸分の狂いもなく、幾何学的な軌道を描いて敵機を取り囲む。

 蜘蛛の巣のように残光が絡まり合い、その発生源を撃とうと放たれたメガ粒子砲の一撃が虚空を貫いていく。

 刹那、上下左右に収まらない、十方からの閃光が降り注いだ。

 数にして、実に六十。ひとつの目標を破壊するにはあまりに過剰な大火力が、数多のファンネルから一斉に放たれたのだ。

 ひとつやふたつは躱せても、これほどの飽和攻撃にはどうしようもない。

 最初に四肢を落とされ、次いで胴体を溶解させられて、ザクⅢは宇宙に散った。

 また、花火がひとつあがる。それを見ながら、プルテンはひどくなっていくばかりの頭痛に呻き声を漏らす。

 

「頭……頭が、痛い……! 誰なの、あたしに話しかけてくるのは? 助けて、──マスター、頭が割れそう……!」

 

 ヘルメットを外して、今すぐ外に飛び出したい。

 頭を締め付けられる痛みに、プルテンの大きな目からぼろぼろと涙がこぼれていく。

 涙で歪んだ視界の向こうに、自分と同じ顔が見えている。

 鏡を覗き込んだような、不思議な気持ち。それが頭痛を呼び起こすのか、目を開いているとその奥がきりきりと痛んだ。

 

「来ないで、来ないでよ! あたしの中に、入って来ないで!」

 

 まるで、自分の知らない自分が話しかけてくるような錯覚がある。

 口の動きは、何かを語りかけているそれだとわかる。だが、プルテンの耳にその声は届かない。

 今にも泣き出しそうな自分と同じ顔を見るのが恐ろしくて、プルテンは視線を自分の向こうのモニタへ向けた。

 そこに見えた機体を、撃つ。何も考えずに、作業に没頭するように。

 恐ろしいものから目を背けて、幻を振り切ろうとするように。

 

「落ちちゃえ、落ちちゃえ、落ちちゃえ! 皆、みんな、いなくなっちゃえ!」

 

 プルテンの叫びに応えるように、ファンネルが宇宙を駆ける。

 キュベレイもまたそれを追って、敵を探し求めるようにバーニアを全開にした。

 

「プルテン、待って、プルテン! プルフォウ、プルテンが隊列を離れた!」

 

「戻ってプルテン、駄目よ戻って! ──っ、敵よ! 皆、迎撃態勢を!」

 

「ねえ、私たちも後退しよう、皆! アクシズまで、マスターのところまで戻ろう!」

 

 通信機から聞こえる姉妹たちの叫び声が、次第に耳障りなノイズで塗り潰されていく。

 ほどなくして、スピーカーからはざあざあという雑音ばかりが流れるようになり、誰の声も何の音も聞こえなくなった。

 不思議な事に、今のプルテンにはその雑音が心地良く感じる。

 頭痛に苛まれながらも、何の意味もない音に心が落ち着いて、呼吸が少し楽になった気がした。

 

 

 

 アクシズへ接近するほどに強くなっていく重圧を、ジンロウはその肌で感じていた。

 既に自陣の防衛ラインは崩壊し、数機のモビルスーツがアクシズへ侵入したと聞いている。

 そのうちの一機が、あのガンダムなのだ。

 何かに導かれるように、ジンロウは司令部へと向けてバーニアを噴かす。トーリスリッターの装甲が軋み、連戦のダメージで関節部が悲鳴を上げているのが聞き取れた。

 

「使えそうなのは──ビーム・サーベルに、ハイパー・ナックルバスターだけか。バルカンは、弾数半分ってところかな」

 

 システムレポートを一瞥しながら、ジンロウは小さく一度、ため息を漏らした。

 負ける気はないが、せっかくなのだから色々試してみたかった。新型機を手に入れたのに、満足のいく相手とは数えるほどしか戦えていない。

 そんな子供じみた考えも、すぐに消え去る事になる。

 

「──っ! 見つけたよ、ガンダム!」

 

 口元を歪ませて、ジンロウは叫んだ。

 第十番格納庫、その中央に反応がある。識別信号は、エゥーゴのそれだ。

 出力を最大限に高めて、一気に通路を駆け抜ける。狭い視界が一気に開けると、そこには確かに、名前を知るだけの存在があった。

 トリコロールカラーの重装甲、V字型のブレードアンテナ、ツインアイタイプのセンサーカメラ。ティターンズの頃に見た機体よりも、ずっと攻撃的な造形のそれ。

 ガンダムもまたジンロウの存在に気付いていたらしく、まるで待ち構えるかのように佇んでいる。

 期せずして、ふたつの機体は真正面から睨み合う事となった。

 

「ああ、そうか、これがガンダムなのか。良いね、うん、すごく良い。──聞こえているかい、君。今から、僕は君を殺す。人を、待たせているんだ」

 

 余分な会話は、なしにしよう。

 言葉にしなくても伝わったのか、ガンダムは巨大なビーム・サーベルを展開する。

 

「……アンタが何者かは、聞かないよ。俺だってね、この先に行かなくちゃならないんだ!」

 

 通信機から聞こえたのは、子供の声だった。

 意思の強そうな、真直ぐな少年の声だ。それを合図に、トーリスリッターが爆ぜるような勢いで駆けた。

 最大出力に高めたビーム・サーベルを、まずは素直に叩き付ける。

 ジンロウの一撃を打ち払うように斬り結んだガンダムのそれは、尚あまりある巨大な光刃を形成していた。

 鍔迫り合いの折に生じる斥力を強引に押さえ込むと、機体のサーボが悲鳴のような音を立てた。

 不協和音を聞きながら、ジンロウは弾かれるままに前面のバーニアを噴射して跳び退く。

 モニタを覆い尽くすようなサーベルはすんでのところで虚空を引き裂き、格納庫に並べられていた何かのパーツが小さな爆発を起こした。

 

「高出力の強襲型か、凄いパワーだ! 何より、お前、勘が良い!」

 

「褒められたって、嬉しくないねっ! ガンダムみたいな顔してるくせに、なんでこんなところにいるんだよ!」

 

 牽制のために掃射したバルカン砲は、厚い装甲に阻まれて火花を散らす。そんな攻撃など無意味に思えるにも構わず、ジンロウはトリガを引き続けた。

 ガンダムの背面から撃ち出されたミサイルを、着弾前に迎撃してみせる。爆風に晒されたガンダムがわずかに後退するものの、目立った外傷は見られなかった。

 そのまま、前へ。突き付けられる二連式のビーム・ライフルの銃口を、側面に回り込みながらやり過ごす。

 不必要な施設の破壊を厭うように、ガンダムは銃撃を止める。背後から斬りかかる寸前で質量を利用した力任せの体当たりを受け、トーリスリッターのフレームが軋んだ。

 

「なんでって、翔ぶためさ! 僕は、翔び続けるためにグレミーのところへ来た! 戦争が終わったら、僕には何処にも居場所がなくなるんだ!」

 

 壁に叩き付けられる衝撃が、コックピットを震撼させる。ジンロウは即座に態勢を立て直すと、躊躇なくナックルバスターのトリガを引いた。

 ガンダムは、確かに強い。だが、装甲の厚さがこの接近戦では枷となっている。

 付け入る隙は、そこしかない。回避をさせないように、格納庫の隅へと追い詰めるように、メガ粒子の射線で逃げ道を塞ぐ。

 

「アンタも、グレミーグレミーかよ! 戦争だけが居場所だなんて、そんなの間違ってる! アンタもプルツーと同じだ、騙されてるんだよ! このままじゃ、グレミーの操り人形になっちまう!」

 

 そうだよ、騙されてる。グレミーの嘘に、騙されてる。

 

 頭の中で、誰かが囁く。そんな錯覚から目を背けて、ジンロウは吼えた。

 

「子供が、わかったような口を聞くな!」

 

 振るわれるビーム・サーベルを受け止めて、上方へと流す。弾かれる鋒が格納庫の壁面を溶かし、ガンダムの胴体がガラ空きになった。

 コックピットを潰す、それだけで勝てる。踏み込むにはまだ遠い、サーベルでは撃ち漏らす。体当たりされたら不利だ、出力が違い過ぎる。

 実際にはコンマ数秒もない、短い時間だった。その間に、ジンロウの脳は猛烈な速度で思考を繰り返し、次の一手を選択する。

 火力に勝るガンダムの巨大なライフルよりも、こちらのナックルバスターの方がこの距離ではずっと速い。ガンダムのコックピットを正確に捉え、ジンロウは迷う事なくトリガを引いた。

 

「そういうアンタだって、子供じゃないか!」

 

 視界を白く染め上げる眩い光は、何だったのか。

 それを初めて見るジンロウは、最初、自分が幻覚でも見ているのではないかと思った。

 鼻の奥から、どろりと赤い滴が垂れる。

 自分の攻撃は、間違いなくガンダムのコックピットに着弾したはずだ。

 だが、実際にはそうならなかった。ガンダムの巨体はIフィールドで覆われているかのようにナックルバスターを弾き、受け流し、霧散させる。

 何度トリガを引いても、たった一枚の幕を破れない。混乱のせいで、ジンロウは次の一手を選ぶのが遅れた。

 

「クソっ、その程度で──!」

 

 ガンダムの全身から、小型のミサイルが射出される。目眩しである事はわかっている、あの程度ならどうにでも捌ける。

 だが、本命は違う。あのビーム・ライフルは、かすめるだけで生命を奪う。ミサイルの回避に専念すれば、あるいはひとつでも直撃されて足を止めれば、それが最後だ。

 

「舐めるなよ、ガンダム……この程度で、終わらせるか! HADESを起動しろ、ガンダムを潰す!」

 

 ぎりと奥歯を噛み締めて、ジンロウはコンソールを乱暴に殴り、コントロールロッドを力任せに強く引いた。

 憎悪に満ちたジンロウの声に呼応して、トーリスリッターのカメラアイが真紅に染まる。

 突き付けられた銃口を、無理やりに躱す。機体やパイロットへの反動を厭わない、無理やりな急加速で。

 OSの制御系を乗っ取り、HADESが強制的に権限を奪う。

 コックピットの明かりもカメラアイと同様の紅に染まり、トーリスリッターに搭載された全てのリミッターが解除されるまで、一秒もかからなかった。

 爆発するように膨れ上がるバーニア炎が、モニタを覆い猛烈なGを発生させる。シートから弾き飛ばされそうな浮遊感がジンロウの身体を駆け抜けていった。

 わずかに遅れてミサイルの群れが爆発し、二連装のビーム・ライフルが、トーリスリッターの一秒前にいた座標を丸ごと蒸発させる。

 再起動までのカウントダウンがモニタに表示される。赤く染まるジンロウの視界の中で、ガンダムだけが、ただ白い。

 これが、ジンロウに残された最後の手段だ。機体に無理をさせ過ぎた、これ以上は戦えない。

 

「それでも、良いさ。お前を墜とせば、立て直せる! それからハマーンを始末すれば、グレミーも泣かずに済むんだ!」

 

 違うよ、グレミーは泣かない。泣いているのは、あの娘だよ。

 

 頭の中に語りかけてくる声は、幻覚なのか、そうでないのか。最早、ジンロウに判別はつけられなかった。

 まるでガンダムを守護するように立つ、おぼろげな少女の姿が見える。

 小さな身体で両手を広げて、赤く染まったコックピットに立っている。その顔を、知っているような気がしてならない。

 

「目を覚ませ、グレミーがそんなに大事な人なのか! アンタ、本当は、もっと別の人がいるんだろ!」

 

 そうだよ、ジュドーは間違ってない。グレミーじゃない、あなたの大事な人は、グレミーじゃない。

 

 ふたりの声が、ジンロウの中に入り込む。六十秒のカウントは、見る見るうちに減少していく。

 チャンスは、今しかない。今しかないのに、コントロールロッドを握る手が、指先さえもが動かせない。

 

「違う、違う! そんなもの、いるはずない! 僕は出来損ないだ、大事な人なんて、いるはずがない!」

 

「だったら、その写真は誰なんだよ!」

 

 ジュドーの言葉に、ジンロウの思考が止まる。

 視線の先には、終ぞ剥がせなかった一枚のそれが、今も残されている。

 

「大事な人がいないなら、なんでそんなもんを持ってるんだ! 目を覚ませよ、グレミーは、アンタの全てじゃないだろ!」

 

 あなたは、捨てなかった。あの娘の事を、ちゃんと覚えているから。忘れてなんていないから、捨てなかった。

 

 写真の少女と同じ顔をした、知らない娘がジンロウの目の前で愛らしく笑っている。その顔には、確かに覚えがあった。

 止まない頭痛がいつの間にか消え失せて、ただひとつ、残ったものがそこにある。長く発していなかった言葉が、自然と口を突いてこぼれ落ちる。

 

「──プルテン」

 

 そうだよ、プルテン。私の、十番目の妹。あなたと出会った、また別の私。あなたが大事にしてくれた、私。

 

 穏やかな声が、笑ったように聞こえる。

 いつか聞いた笑い声と、きっと同じ声色だ。

 

 ──あの娘を、よろしくね。

 

 そう言って、少女の幻は消えていった。赤一色に染まったコックピットが、システムの再起動と共に元の色合いに切り替わる。

 頬を伝う温かな涙を感じながら、ジンロウは静かに、ゆっくりと肺の中身を吐き出した。

 

 

 

 戦闘が終わった格納庫は、ジンロウが想定していたよりも真当な状態だった。

 ガンダムのパイロットに、戦意はもう感じられない。

 それだけは、惜しい事をしたと感じてしまう。

 

「お前とは、万全の状態で戦ってみたかったな。僕の方が上だろうに、これじゃ試せそうにない」

 

「そういうの、負け惜しみって言うらしいよ。──俺もさ、待たせてる人がいるんだ。グレミーは、プルツーの事も騙してる。だから、俺が助けにいかなきゃってね」

 

 まだ若い少年の声には、包容力のような余裕が滲んでいる。

 きっと、彼は良い奴なのだろう。顔も見ていないのに、不思議とそう思える何かがあった。

 システム診断が完了して、多数のログがコンソールに出力され始める。

 ざっとそれらを目で追ってから、ジンロウはガンダムに背を向けた。トーリスリッターが向かう先は、アクシズの外だ。

 

「それじゃあ、ガンダム。グレミーは、任せた。本当だったら、僕が殺してやりたいけれどさ」

 

 それは、ジンロウの素直な気持ちだった。

 いまだに靄がかかっているものの、頭の中は澄んでいて、激情が湧き上がる事もない。

 ジンロウの精神状態は、良くも悪くも、モビルスーツを降りた時のそれだった。

 

「ああ、任せといてよ。お互いにさ、やるべき事をやろう。もしも助けられなかったら、きっと、アンタも辛いと思うんだ」

 

 そう言って、ジュドーもまたジンロウに背中を向ける。

 自分が彼の人生と再び交わる事は、ないだろう。そう直感しながらも、ジンロウは戦いを選ばなかった。

 ガンダムを墜とすこれ以上にない機会をかなぐり捨てても、初めて、人生の中でやりたい事を見つけられた。

 だから、ガンダムそのものに執着はない。ただ、彼の事が気になった。

 

「なあ、君さ──どうして、僕を撃たなかったんだい?」

 

 ほんの少しだけ考えて、通信回線をもう一度開く。

 話しかける口実は、何でも良かった。

 ただ単に、ジンロウはそういう聞き方しか知らない、それだけの事だ。

 

「そりゃあ、撃たなくても良いって感じるからね。アンタが悪い奴かそうでないのかは、俺にはわからないけどさ。なんていうか……アンタも、プルツーと同じに見えたから、そう思ったのかもな」

 

 そうかいとジンロウは呟いて、笑った。

 

「なんだよ、笑うなよな」

 

 拗ねたようなジュドーの口振りは、途端に年相応の子供らしさを感じさせる。

 

「いや、悪かった。まさか、そんな風に見られてたとは思わなくてさ」

 

 HADESこそ起動したものの、結局アイドリングのままだった事が幸いして、機体の被害はゼロと言って良さそうだ。

 サーボの異音、フレームの軋み、弾丸や燃料の残量計、その他諸々を引っくるめても行動そのものに問題はない。

 ジンロウの判断に応えるように、トーリスリッターは咆哮のようなノイズを発した。首回りの何処かが歪んで、金属が擦れ合っているのだろう。

 

「じゃあ、俺は行くよ。──プルの妹を、よろしくな」

 

 最後の通信は、短い。

 ジュドーの声を聞いて、ふとジンロウはいつかのグレミーとの会話を思い出した。

 オリジナルのプルは、訳ありで調整中だ。グレミーは、そう言っていた。

 原因は、きっとあのジュドーなのだろう。プルが彼に惹かれてしまったから、調整せざるを得なかったのだ。

 そして、プルツーもまた、きっとそうなる。だとしたら、グレミーのところにはいったい誰が残るのだろう。

 考えたところで答えは出せず、そして同時に、そんな彼を 虚しくも思う。

 その感情を何と呼ぶかは、ジンロウにはわからなかった。

 

「さよならだ、グレミー。騙されはしたけれどさ……君といるのは、楽しかったよ」

 

 呟く声は、もう、誰にも届く事はない。

 友と呼んでくれた者に背を向けて、暗闇に残したままの彼女を求めて。

 ジンロウは今一度アクシズの外を、宇宙を目指す。

 恐らく、きっと、これが最後の出撃になる。そう思うと、肩の力が抜けていくのを感じた。

 

「今から行くよ、プルテン。君を、迎えに行くんだ。しかし、ああ、やっぱり──最後の最後で惜しい事をしたかなあ」

 

 言いながら、実際のところはそうでもないのだろうと思う。

 ガンダムを墜とす事よりも、あの娘を想う事の方が、ずっと胸が躍るのだ。

 トーリスリッターのバーニア炎が、酸素を焦がす。

 入り組んだ迷路のような通路を駆け抜けて、宇宙へ出られるなら何処だって構わない。

 とにかく、今はただ、彼女に会いたかった。

 強化人間という戦争の歯車が、歪んでしまって噛み合わなくなった。敵を殺す以外の目的を見つけるだなんて、想像すらしなかった事だ。

 それも悪くないのかもしれないと、そう思ってしまうのは、頭をいじられたせいなのだろうか。

 無意味な夢想に捉われるのも、ほんの少しだけ。ほんのひと時の、ささやかな時間だ。

 まぶたを開いたジンロウは、無限に広がる宇宙を前に、たったひとつの目的を探していた。

 もう、手放すわけにはいかなくなった、たったひとりの少女の姿を。

 

「ガンダム。僕はきっと、もう翔べなくなる。だからその分も、僕の分も──翔べ、ガンダム!」

 

 小さくなっていくアクシズへ、その何処かにいるであろう顔も知らない少年へ、きっと届く事を願って。

 知らず発していた別れの言葉は、ジンロウのそれとは思えないほど、力強い響きを帯びていた。

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