アクシズを包む戦況は目まぐるしく変化を続け、グレミーの軍勢は開戦当初と打って変わって追い詰められつつあった。
名だたるエースパイロットをガンダムに撃破され、プルツーの不調も相まって防衛ラインが崩壊している。
グレミー最後の切り札として投入されたプルシリーズは、今まさに激戦の只中に取り残されていた。
「プルフォウ、私たち、このままだと孤立する! プルテンはやられたんだ、早く戻ろう!」
「プルシックスたちの部隊もやられちゃったよ、合流しなきゃダメだ!」
最初こそ優位に立ち回っていた少女たちも、戦力の中枢であるクィン・マンサを失い、周囲の味方機が撃墜されていくたびに、少しずつ焦りを見せ始める。
プルシックスが中心となった別働隊が潰滅したという連絡は、そんな彼女たちの不安を煽るのに十分過ぎる衝撃をもたらした。
部隊の中に走る困惑を感じ取りながら、プルトゥエルブはプルフォウとの直接回線を開いた。
「みんな、気持ちが折れそうになってる。プルシックスはまだ生きてるかもしれない、助けに行って落ち着くべきだと思う」
離脱したプルテンを思うと、彼女が戻るまで、ここに留まるべきとも考えてしまう。
心の底から姉妹を愛しているわけではないけれど、死んでも構わないとは思わない。だから、なるべくなら帰りを待ちたいと考えていた。
「プルテンからの連絡は、何もない?」
「ミノフスキー粒子が濃すぎてダメ。残念だけど……」
プルトゥエルブはそこで言葉を止めて、咄嗟にキュベレイを旋回させる。
背筋を這い上がるような嫌な感覚を払おうと、自分の持つ最大の武器へ意識を集中させる。
前方から接近するモビルスーツをファンネルで狙い撃つも、敵もまたそれを鮮やかな動作で躱してみせる。
接敵と同時に墜とせたのは、たったの一機だけだった。
「来た、前方に四機! 待って、後からもう六機が近付いてる!」
「プルテンがいないよ、ねえ、探しに行かなきゃ!」
姉妹の誰かが叫び、また誰かが泣き声をあげる。プルトゥエルブは大きく息を吸い込むと、気持ちを切り替えるようにコントロールロッドを握った。
プルフォウが、ファンネルの掃射で敵の足を止める。プルトゥエルブはそこにタイミングを合わせて、機体の上下を反転させたままでアクティブ・カノンを撃ち込んだ。
直撃を受けた二機のドライセンが爆散し、残りは二機。仲間をやられながらもビーム・ライフルを構える動きには、迷いも気遅れも見えなかった。
「来るよ、皆!」
バーニアが火を噴き、ライフルが閃光を放つ。
キュベレイたちが散開してそれを躱すと、無数のミサイルが戦場へと降り注いだ。
後続の増援に、プルトゥエルブは後方のモニタを振り返る。ほぼ同時にロックオンアラートがけたたましい警告音を奏で、彼女は敵影を捉える間もなく回避行動を取った。
「後ろにつかれた!」
「振り切って、ここからじゃ狙えない……こいつ、前に出るから──ッ!」
援護に回ろうとするプルスリーを、割り込んだ一機が押さえ込む。
ビーム・サーベル同士で斬り結ぶ閃光を見る余裕は、プルトゥエルブにはない。
ファンネルのエネルギー残量も、残りわずか。ハンド・ランチャーで牽制を試みるも、旋回すればその間に撃たれるのが見えている。
「くっ、こいつ……!」
背後から襲い来る光条をひとつふたつと躱すも、反撃のひと呼吸を挟む隙を見出せず、逃げに徹する形になっていく。
焦ってはいけないとわかりながら、プルトゥエルブは焦りを感じずにはいられなかった。
敵を振り切ろうとして、姉妹の元から離れ過ぎている。
大きく弧を描くように離脱を試みるも、背後の奴はまるで離れず、その仲間が回り込もうとしている。
挟み撃ちの形になるのは、避けたい。そう思えば思うほど、孤立させられていく。
「三番も四番も、遠い……誰か、誰か近くにいないの!」
何度目かのロックオンアラートが、鼓膜を揺する。
耳障りな騒音に舌打ちをすると、プルトゥエルブは捨鉢になってコントロールロッドを引いた。
このまま挟み撃ちにされるよりも、一か八かのチャンスを選ぼう。
「この──ああッ!」
着弾の衝撃が、コックピットにまで到達する。
銃口からひと息で放たれた二発の片割れが、キュベレイの左腕を吹き飛ばしたのだ。
小規模な爆発と共に、モニタの左面に亀裂が走る。
それでも墜とされる事はなく、敵の姿も動きも見えた。ハンド・ランチャーの照準は、囮でしかない。
「墜とせ、ファンネル!」
背後からの一撃で、爆散するドライセン。エネルギー切れの表示がコンソールで点滅を繰り返し、ファンネルがコンテナへ収納されていく。
重たい疲労を覚えはじめたプルトゥエルブの耳が、また鳴り響くアラートを捉える。
聞き覚えのある声は、それが終わるか否かの瀬戸際で通信に割り込んできた。
「プルトゥエルブ、悪いけれど僕には君を助けるだけの余力がない。──アクシズは、もう落ちる。僕は今から、プルテンのところへ行く」
だから、どうにか生き抜け。
まるでそう告げるように、青く輝くバーニア炎がプルトゥエルブの前を通り抜ける。
ビーム・サーベルの光刃が閃くと、慌てて対応しようとする敵機が抵抗も虚しく両断された。
直後、長く尾を引きながらの急上昇で目まぐるしく座標を変え続ける、ペイルブルーのモビルスーツを見た。
自分を追撃していた敵機を目掛けて、撃ち出された弾丸のように飛んでいく。
その姿が、プルトゥエルブの瞳には心強いものに映っていた。
エメラルドのカメラアイが、一度だけプルトゥエルブへと向けられる。
助けてやれなくてすまないと、通信もないのに、何故だか彼の言葉を聞いた気がした。そんな言葉を口にするような人には、まるで見えなかったのに。
恐らくは、秒にも満たない、ほんの一瞬の出来事だった。
瞬きをする頃には、もう、その姿はドットのように小さくなってしまっている。
「うん、良いよ。私たちもどうにかして生きるから、行ってあげて」
その声が届いたかどうかは、プルトゥエルブにはわからない。
ただ、呟きに応えるようにして、青白い流星が大きく一度、閃いてみせる。
自分たちでは助けられない彼女を、あの男なら救ってくれるかもしれない。
そんなひとひらの思いを胸に、プルトゥエルブはひとり彼を見送ると、未だ戦い続ける姉妹の元へと飛び立った。
宇宙の片隅で、プルテンはひとり、グレミーを想う。
戦場の地獄絵図とは裏腹に、コックピットは静けさに満ちている。自分の呼吸音だけが聞こえるほどに、しんと静まり返っていた。
周囲の敵影はなく、嫌な感じも少しずつ薄れている。
無数の残骸の只中に浮かぶようにして、キュベレイはひと時の休息を得たように沈黙していた。
静寂の中でプルテンが思い出すのは、グレミーの言葉だ。いつものように優しく甘やかしてくれる、その笑顔だ。
彼を想うだけで幸せな気持ちになるのだから、褒めて貰えたらどうなるだろう。
子供のように胸を弾ませて、プルテンは疲労で鈍った頭を軽く揺らす。こんな事で、休んでなんかいられないとばかりに。
「敵を、落とさなきゃ。マスターの敵を、落とさないと」
掠れた声で呟きながら、プルテンは大きな深呼吸を繰り返した。
まだ、マスターの敵を見つけられていない。この戦場に、必ずいるはずの敵を。
「あたしじゃないと、落とせないんだ。あたしがやらなきゃ、マスターが殺されちゃう」
倒せと命じられたモビルスーツの姿は、今も鮮明に思い描ける。
赤い目をした、よくないもの。
グレミーを噛もうとする、悪い犬が動かしているモビルスーツ。それを落とす役割をグレミーから直々に貰えて、プルテンがはしゃいだのは言うまでもない。
初めて、マスターに期待された。だから、絶対にこの役割を果たしたい。
そう思う一方で、プルテンはひどい頭痛に悩まされている。何かを間違えているような、言いようのない気持ち悪さがある。
もう一度、ゆっくりと息を吸い込む。肺の中に酸素が満ちると、それが全身の細胞に行き渡っていくようだった。
そうやって、プルテンは気持ちを切り替える。
ファンネルの操作の邪魔になるから、余分な事は考えない。
グレミーに教わった通りに、プルテンは無駄な思考を切り離す。
「殺すんだ、すぐに、今すぐに。マスターの敵は、全部排除する。ガンダムも、ハマーンも──悪い犬も、皆、みんな」
ファンネルは、何処まで飛ばしても自分と繋がっているのがわかる。その感覚が、プルテンの自信を強固なものにしてくれる。
いつも通りに敵を追って、逃さないように撃つ。
ただそれだけだと、プルテンは自分に言い聞かせる。
そうやって言い聞かせていなければ、余分な事を考えてしまう。落とすべきモビルスーツを思い描いても、何かしら無駄な事を考えてしまう。
ペイルブルーの装甲が、ほんの少しだけ、綺麗だと思う。
その思考が、その感想が、もう無駄なのだ。落とすだけの存在に、綺麗も何もない。
「ねえ、マスター。戦争が終わったら、あたし、どうしたら良いのかな」
返事はないとわかっていながら、プルテンはアクシズにいるであろうグレミーに問いかける。
モビルスーツを操って、敵を殺すのが自分の役割だ。
それなら、誰も彼もが死んでしまって、何もなくなったのなら、自分はいったいどうなるだろう。
「要らなくなんて、ならないよね。マスター、あたし、出来損ないなんかじゃないよね」
グレミーとの優しい記憶に、何故か、どうしても違和感が拭えない。
記憶の中には確かにあるのに、何かが決定的に違っている。
その気持ち悪さを探ろうとしたら、きりきりとした頭痛と垂れる鼻血が、警告のようにプルテンを不快にする。
これを考えてはいけないのだと少女が思い至るまで、そう時間はかからなかった。
「──来た!」
目の前の事だけに、意識を集中する。
余分な事を考えなくても良くなるように、肌を撫でるような感覚を見逃さず、プルテンはコントロールロッドを握り締める。
果てのない宇宙の中に、長く尾を引く彗星のような光がある。
それがそうなのだと、理由もなく確信していた。
「グレミー様を傷付ける奴、あたしが殺してあげる!」
キュベレイのバーニアが、眩い光を伴って機体に猛烈な加速を与える。
リアスカートからファンネルを展開し、敵との距離を射程ギリギリまで狭めていく。強烈なGが身体を締め付ける感覚にも、すっかりと慣れていた。
「プルテン──聞こえるか、プルテン! アクシズはもう落ちる、一緒に行こう!」
通信機から聞こえる声は、自分を呼びながら、何かを語りかけている。
それが理解できず、そしてひどく不快になった。
プルテンの感情を即座に読み取って、ファンネルが駆ける。
ペイルブルーのモビルスーツは急停止すると、一気に上昇して離脱を試みる。
そこから急加速で振り切ると見せかけて、逆噴射。座標をずらしてからの更なる急上昇、そして旋回の瞬間に隙が生じる。
「その動きは、知ってる!」
ファンネルたちが、時間差で光条を放つ。
二発、四発、八発。追い込むように畳み掛け、最後の一撃が左の脚部を直撃した。
「──っ、しくじったか!」
小規模な爆発と共に、敵機の膝から下が消し飛んだ。パイロットの舌打ちが、通信に混じる。
直撃の寸前で強引に横方向へ加速したのか、コックピットは未だ現在。相応の実力者だが、追えない相手ではない。
一瞬の攻防で、プルテンの思考は目まぐるしく移り変わる。
機械的に彼我の力量差を分析し、どうやって仕留めるか、それだけを思考している。
「まだ終わらないよ! あたしのファンネルから、逃げられると思うな!」
敵はビーム・サーベルを展開しているものの、距離を詰めようとする気配はない。
それは当然だと、プルテンは考える。
この間合いを維持するのがキュベレイの戦い方なのだから、下手に飛び込めば蜂の巣になる。だから、敵は迂闊に飛び込めない。
グレミーから、機体の詳細なデータは貰っている。寄せ集めた武装の内容まで、頭の中に入れてある。
メガ粒子砲を搭載したシールドは、既に失われているらしい。インコムもトライ・ブレードも、今ならファンネルで叩き落とせる。
注意すべきは、ガ・ゾウムと同型らしいハイパー・ナックルバスターだ。
「──違う。アイツは、接近戦が一番上手い」
正しいはずの思考は、理由のわからない直感に否定される。
そしてプルテンは、その直感が思考よりも正しいと知っている。
油断をしてはならないと、自分自身に言い聞かせる。コンテナに収納したままのファンネルを、キュベレイは次々と展開した。
「近付かせない、絶対に。全方位から、隙間なく撃ち抜いてやる。──グレミー様のために、生命に代えても落としてみせる!」
プルテンが、吼える。
敵の動きが見える、その理由を考える事もなく。
「ああ、プルテン──お前、本当に上手くなったんだな!」
キュベレイが、舞う。
搭載された全てのファンネルを展開して、たったひとりを討つために。
多種多様な思惑の元に入り乱れる戦局は、いよいよ、その終焉を迎えようとしていた。