#10's Episode   作:しゃくなげ

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『嵐の中で輝いて』

 アクシズを包む戦況は目まぐるしく変化を続け、グレミーの軍勢は開戦当初と打って変わって追い詰められつつあった。

 名だたるエースパイロットをガンダムに撃破され、プルツーの不調も相まって防衛ラインが崩壊している。

 グレミー最後の切り札として投入されたプルシリーズは、今まさに激戦の只中に取り残されていた。

 

「プルフォウ、私たち、このままだと孤立する! プルテンはやられたんだ、早く戻ろう!」

 

「プルシックスたちの部隊もやられちゃったよ、合流しなきゃダメだ!」

 

 最初こそ優位に立ち回っていた少女たちも、戦力の中枢であるクィン・マンサを失い、周囲の味方機が撃墜されていくたびに、少しずつ焦りを見せ始める。

 プルシックスが中心となった別働隊が潰滅したという連絡は、そんな彼女たちの不安を煽るのに十分過ぎる衝撃をもたらした。

 部隊の中に走る困惑を感じ取りながら、プルトゥエルブはプルフォウとの直接回線を開いた。

 

「みんな、気持ちが折れそうになってる。プルシックスはまだ生きてるかもしれない、助けに行って落ち着くべきだと思う」

 

 離脱したプルテンを思うと、彼女が戻るまで、ここに留まるべきとも考えてしまう。

 心の底から姉妹を愛しているわけではないけれど、死んでも構わないとは思わない。だから、なるべくなら帰りを待ちたいと考えていた。

 

「プルテンからの連絡は、何もない?」

 

「ミノフスキー粒子が濃すぎてダメ。残念だけど……」

 

 プルトゥエルブはそこで言葉を止めて、咄嗟にキュベレイを旋回させる。

 背筋を這い上がるような嫌な感覚を払おうと、自分の持つ最大の武器へ意識を集中させる。 

 前方から接近するモビルスーツをファンネルで狙い撃つも、敵もまたそれを鮮やかな動作で躱してみせる。

 接敵と同時に墜とせたのは、たったの一機だけだった。

 

「来た、前方に四機! 待って、後からもう六機が近付いてる!」

 

「プルテンがいないよ、ねえ、探しに行かなきゃ!」

 

 姉妹の誰かが叫び、また誰かが泣き声をあげる。プルトゥエルブは大きく息を吸い込むと、気持ちを切り替えるようにコントロールロッドを握った。

 プルフォウが、ファンネルの掃射で敵の足を止める。プルトゥエルブはそこにタイミングを合わせて、機体の上下を反転させたままでアクティブ・カノンを撃ち込んだ。

 直撃を受けた二機のドライセンが爆散し、残りは二機。仲間をやられながらもビーム・ライフルを構える動きには、迷いも気遅れも見えなかった。

 

「来るよ、皆!」

 

 バーニアが火を噴き、ライフルが閃光を放つ。

 キュベレイたちが散開してそれを躱すと、無数のミサイルが戦場へと降り注いだ。

 後続の増援に、プルトゥエルブは後方のモニタを振り返る。ほぼ同時にロックオンアラートがけたたましい警告音を奏で、彼女は敵影を捉える間もなく回避行動を取った。

 

「後ろにつかれた!」

 

「振り切って、ここからじゃ狙えない……こいつ、前に出るから──ッ!」

 

 援護に回ろうとするプルスリーを、割り込んだ一機が押さえ込む。

 ビーム・サーベル同士で斬り結ぶ閃光を見る余裕は、プルトゥエルブにはない。

 ファンネルのエネルギー残量も、残りわずか。ハンド・ランチャーで牽制を試みるも、旋回すればその間に撃たれるのが見えている。

 

「くっ、こいつ……!」

 

 背後から襲い来る光条をひとつふたつと躱すも、反撃のひと呼吸を挟む隙を見出せず、逃げに徹する形になっていく。

 焦ってはいけないとわかりながら、プルトゥエルブは焦りを感じずにはいられなかった。

 敵を振り切ろうとして、姉妹の元から離れ過ぎている。

 大きく弧を描くように離脱を試みるも、背後の奴はまるで離れず、その仲間が回り込もうとしている。

 挟み撃ちの形になるのは、避けたい。そう思えば思うほど、孤立させられていく。

 

「三番も四番も、遠い……誰か、誰か近くにいないの!」

 

 何度目かのロックオンアラートが、鼓膜を揺する。

 耳障りな騒音に舌打ちをすると、プルトゥエルブは捨鉢になってコントロールロッドを引いた。

 このまま挟み撃ちにされるよりも、一か八かのチャンスを選ぼう。

 

「この──ああッ!」

 

 着弾の衝撃が、コックピットにまで到達する。

 銃口からひと息で放たれた二発の片割れが、キュベレイの左腕を吹き飛ばしたのだ。

 小規模な爆発と共に、モニタの左面に亀裂が走る。

 それでも墜とされる事はなく、敵の姿も動きも見えた。ハンド・ランチャーの照準は、囮でしかない。

 

「墜とせ、ファンネル!」

 

 背後からの一撃で、爆散するドライセン。エネルギー切れの表示がコンソールで点滅を繰り返し、ファンネルがコンテナへ収納されていく。

 重たい疲労を覚えはじめたプルトゥエルブの耳が、また鳴り響くアラートを捉える。

 聞き覚えのある声は、それが終わるか否かの瀬戸際で通信に割り込んできた。

 

「プルトゥエルブ、悪いけれど僕には君を助けるだけの余力がない。──アクシズは、もう落ちる。僕は今から、プルテンのところへ行く」

 

 だから、どうにか生き抜け。

 まるでそう告げるように、青く輝くバーニア炎がプルトゥエルブの前を通り抜ける。

 ビーム・サーベルの光刃が閃くと、慌てて対応しようとする敵機が抵抗も虚しく両断された。

 直後、長く尾を引きながらの急上昇で目まぐるしく座標を変え続ける、ペイルブルーのモビルスーツを見た。

 自分を追撃していた敵機を目掛けて、撃ち出された弾丸のように飛んでいく。

 その姿が、プルトゥエルブの瞳には心強いものに映っていた。

 エメラルドのカメラアイが、一度だけプルトゥエルブへと向けられる。

 助けてやれなくてすまないと、通信もないのに、何故だか彼の言葉を聞いた気がした。そんな言葉を口にするような人には、まるで見えなかったのに。

 恐らくは、秒にも満たない、ほんの一瞬の出来事だった。

 瞬きをする頃には、もう、その姿はドットのように小さくなってしまっている。

 

「うん、良いよ。私たちもどうにかして生きるから、行ってあげて」

 

 その声が届いたかどうかは、プルトゥエルブにはわからない。

 ただ、呟きに応えるようにして、青白い流星が大きく一度、閃いてみせる。

 自分たちでは助けられない彼女を、あの男なら救ってくれるかもしれない。

 そんなひとひらの思いを胸に、プルトゥエルブはひとり彼を見送ると、未だ戦い続ける姉妹の元へと飛び立った。

 

 

 

 宇宙の片隅で、プルテンはひとり、グレミーを想う。

 戦場の地獄絵図とは裏腹に、コックピットは静けさに満ちている。自分の呼吸音だけが聞こえるほどに、しんと静まり返っていた。

 周囲の敵影はなく、嫌な感じも少しずつ薄れている。

 無数の残骸の只中に浮かぶようにして、キュベレイはひと時の休息を得たように沈黙していた。

 静寂の中でプルテンが思い出すのは、グレミーの言葉だ。いつものように優しく甘やかしてくれる、その笑顔だ。

 彼を想うだけで幸せな気持ちになるのだから、褒めて貰えたらどうなるだろう。

 子供のように胸を弾ませて、プルテンは疲労で鈍った頭を軽く揺らす。こんな事で、休んでなんかいられないとばかりに。

 

「敵を、落とさなきゃ。マスターの敵を、落とさないと」

 

 掠れた声で呟きながら、プルテンは大きな深呼吸を繰り返した。

 まだ、マスターの敵を見つけられていない。この戦場に、必ずいるはずの敵を。

 

「あたしじゃないと、落とせないんだ。あたしがやらなきゃ、マスターが殺されちゃう」

 

 倒せと命じられたモビルスーツの姿は、今も鮮明に思い描ける。

 赤い目をした、よくないもの。

 グレミーを噛もうとする、悪い犬が動かしているモビルスーツ。それを落とす役割をグレミーから直々に貰えて、プルテンがはしゃいだのは言うまでもない。

 初めて、マスターに期待された。だから、絶対にこの役割を果たしたい。

 そう思う一方で、プルテンはひどい頭痛に悩まされている。何かを間違えているような、言いようのない気持ち悪さがある。

 もう一度、ゆっくりと息を吸い込む。肺の中に酸素が満ちると、それが全身の細胞に行き渡っていくようだった。

 そうやって、プルテンは気持ちを切り替える。

 ファンネルの操作の邪魔になるから、余分な事は考えない。

 グレミーに教わった通りに、プルテンは無駄な思考を切り離す。

 

「殺すんだ、すぐに、今すぐに。マスターの敵は、全部排除する。ガンダムも、ハマーンも──悪い犬も、皆、みんな」

 

 ファンネルは、何処まで飛ばしても自分と繋がっているのがわかる。その感覚が、プルテンの自信を強固なものにしてくれる。

 いつも通りに敵を追って、逃さないように撃つ。

 ただそれだけだと、プルテンは自分に言い聞かせる。

 そうやって言い聞かせていなければ、余分な事を考えてしまう。落とすべきモビルスーツを思い描いても、何かしら無駄な事を考えてしまう。

 ペイルブルーの装甲が、ほんの少しだけ、綺麗だと思う。

 その思考が、その感想が、もう無駄なのだ。落とすだけの存在に、綺麗も何もない。

 

「ねえ、マスター。戦争が終わったら、あたし、どうしたら良いのかな」

 

 返事はないとわかっていながら、プルテンはアクシズにいるであろうグレミーに問いかける。

 モビルスーツを操って、敵を殺すのが自分の役割だ。

 それなら、誰も彼もが死んでしまって、何もなくなったのなら、自分はいったいどうなるだろう。

 

「要らなくなんて、ならないよね。マスター、あたし、出来損ないなんかじゃないよね」

 

 グレミーとの優しい記憶に、何故か、どうしても違和感が拭えない。

 記憶の中には確かにあるのに、何かが決定的に違っている。

 その気持ち悪さを探ろうとしたら、きりきりとした頭痛と垂れる鼻血が、警告のようにプルテンを不快にする。

 これを考えてはいけないのだと少女が思い至るまで、そう時間はかからなかった。

 

「──来た!」

 

 目の前の事だけに、意識を集中する。

 余分な事を考えなくても良くなるように、肌を撫でるような感覚を見逃さず、プルテンはコントロールロッドを握り締める。

 果てのない宇宙の中に、長く尾を引く彗星のような光がある。

 それがそうなのだと、理由もなく確信していた。

 

「グレミー様を傷付ける奴、あたしが殺してあげる!」

 

 キュベレイのバーニアが、眩い光を伴って機体に猛烈な加速を与える。

 リアスカートからファンネルを展開し、敵との距離を射程ギリギリまで狭めていく。強烈なGが身体を締め付ける感覚にも、すっかりと慣れていた。

 

「プルテン──聞こえるか、プルテン! アクシズはもう落ちる、一緒に行こう!」

 

 通信機から聞こえる声は、自分を呼びながら、何かを語りかけている。

 それが理解できず、そしてひどく不快になった。

 プルテンの感情を即座に読み取って、ファンネルが駆ける。

 ペイルブルーのモビルスーツは急停止すると、一気に上昇して離脱を試みる。

 そこから急加速で振り切ると見せかけて、逆噴射。座標をずらしてからの更なる急上昇、そして旋回の瞬間に隙が生じる。

 

「その動きは、知ってる!」

 

 ファンネルたちが、時間差で光条を放つ。

 二発、四発、八発。追い込むように畳み掛け、最後の一撃が左の脚部を直撃した。

 

「──っ、しくじったか!」

 

 小規模な爆発と共に、敵機の膝から下が消し飛んだ。パイロットの舌打ちが、通信に混じる。

 直撃の寸前で強引に横方向へ加速したのか、コックピットは未だ現在。相応の実力者だが、追えない相手ではない。

 一瞬の攻防で、プルテンの思考は目まぐるしく移り変わる。

 機械的に彼我の力量差を分析し、どうやって仕留めるか、それだけを思考している。

 

「まだ終わらないよ! あたしのファンネルから、逃げられると思うな!」

 

 敵はビーム・サーベルを展開しているものの、距離を詰めようとする気配はない。

 それは当然だと、プルテンは考える。

 この間合いを維持するのがキュベレイの戦い方なのだから、下手に飛び込めば蜂の巣になる。だから、敵は迂闊に飛び込めない。

 グレミーから、機体の詳細なデータは貰っている。寄せ集めた武装の内容まで、頭の中に入れてある。

 メガ粒子砲を搭載したシールドは、既に失われているらしい。インコムもトライ・ブレードも、今ならファンネルで叩き落とせる。

 注意すべきは、ガ・ゾウムと同型らしいハイパー・ナックルバスターだ。

 

「──違う。アイツは、接近戦が一番上手い」

 

 正しいはずの思考は、理由のわからない直感に否定される。

 そしてプルテンは、その直感が思考よりも正しいと知っている。

 油断をしてはならないと、自分自身に言い聞かせる。コンテナに収納したままのファンネルを、キュベレイは次々と展開した。

 

「近付かせない、絶対に。全方位から、隙間なく撃ち抜いてやる。──グレミー様のために、生命に代えても落としてみせる!」

 

 プルテンが、吼える。

 敵の動きが見える、その理由を考える事もなく。

 

「ああ、プルテン──お前、本当に上手くなったんだな!」

 

 キュベレイが、舞う。

 搭載された全てのファンネルを展開して、たったひとりを討つために。

 多種多様な思惑の元に入り乱れる戦局は、いよいよ、その終焉を迎えようとしていた。

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