各所で起こる小規模な爆発を纏いながら、キュベレイが宇宙の果てへと流されていく。
「──さよなら、キュベレイ」
ほんの少しの間を置いて爆炎が大きく膨れ上がると、最後の瞬間にプルテンが呟きを漏らす。
主人の許しを待っていたかのように、キュベレイの動力炉が暴走を起こし、目も眩むような閃光と共に少女の機体は消滅した。
宇宙空間にふたりで漂いながら、その手は逸れてしまわないように繋がれたままだ。
「最後の最後で、考えなしだったな。君を助けるにしても、帰りの事を考えてなかったなんてさ」
宇宙に消えたキュベレイを見送り、ジンロウはゆっくりとバーニアを噴射して旋回する。
後方に残してある自分の機体へと向かって、ふたりは手を繋いだままに飛んだ。
辿り着いて外から見ると、トーリスリッターもまた四肢を失い、各所の装甲が破損しているひどい有様だった。
それでも、魂を縛り付けるキュベレイには、彼女を留まらせていたくなかった。だからこれで良いのだと、ジンロウは自分に言い聞かせる。
「良いよ、あたしは、ジンロウが来てくれたからそれで良いんだ。……ねえ、ハッチ、閉じてよ」
開け放ったままのコックピットは、宇宙独特の冷たさに満ちている。
それを厭ったのか、プルテンはジンロウの袖をぐいと引いて訴えた。
「ああ、ごめん」
言われるがままにコンソールを叩くと、コックピットと宇宙との境目に厚い隔壁が下される。
機内が気密状態になって酸素が充満すると、待ち切れないとばかりにプルテンがヘルメットのロックを解除して素顔を晒した。
汗ばんだ肌を拭いながら、照れ臭そうにはにかみ、少女はジンロウの首元へ手を伸ばす。
無抵抗でいるのを良い事に、ヘルメットのロックが外されていく。多少力任せに外されて、プルテンを見上げるジンロウの視線に非難の色が混じった。
「やっと会えたね、ジンロウ」
脱がせたヘルメットを放って、プルテンは甘え懐くようにジンロウの胸へ額を押し付けた。
ぐりぐりと懐く姿を見下ろしながら、ジンロウは慣れない手つきで頭をそうと撫でてやる。その感触が懐かしくて、自然と頬が緩んでいった。
「そうだね、やっとだ」
「ジンロウは、会いたかった?」
プルテンが、見上げながらジンロウに問う。その質問の意味が、今のジンロウには理解できた。
「ああ、とても会いたかった。こうして会えて、君に触れられて……うん、凄く嬉しいよ、プルテン」
ジンロウの返答に、プルテンは頬を赤らめながらも嬉しそうに笑った。
コンソールを操作するジンロウの首に腕を回して、作業の様子を覗き込む。
「何してるの?」
「救難信号を出してる。こいつはもう、動けないからね。──ごめんよ、プルテン。助けに来たのに、遭難してる」
良いよと笑って、プルテンはジンロウの膝へと収まった。
身を重ねて触れ合う事の喜びを確かめるように、何度か身動ぎして心地良い場所を確かめ始める。
それを見下ろしながら、ジンロウはコックピットの明かりを消していく。次第に暗闇に包まれる空間に、ふたりの息遣いだけが響いた。
「誰かに見つけられても、そうでなくても。ずっと離れないで一緒にいられるなら、あたしはそれだけで、幸せだから」
頭を撫でていると、安心したのか気の緩みか、プルテンが小さなあくびを漏らす。
寝付かせるようにあやしながら、ジンロウは小さく頷いて少女の言葉に同意する。
「少し寝て、休もう。あとの事は、それから考えれば良いさ」
んんと意味をなさない声をあげて、プルテンはおやすみと呟いた。
ジンロウもまたまぶたを落として、少しずつ身体の力を抜いていく。
算段は、最初から最後まで狂いっぱなしだ。彼女を助けるので精一杯で、彼女の姉妹はどうしてやる事もできなかった。
ジンロウの胸中には、そんな自分の無力が故の、ほんのささやかな罪悪感がある。
「ねえ、ジンロウ」
それを忘れさせるような、プルテンの声がジンロウを呼ぶ。
寝入りの間際に聞いた声は、無数のしがらみから解放されたように穏やかで。
「あたしも、会いたかった。会えて、触れて、凄く嬉しいよ、ジンロウ──」
きっと、幸せそうなものだった。
そうであって欲しいと願いながら、ジンロウもまた、意識を手放して夢へと落ちる。
宇宙を流されるままに、ふたりきりの世界の中で。
ここから生きて帰れたら、今度こそ、水平線を見に行こう。
最後にもう一度、その約束を交わしながら。
時は宇宙世紀0089年、一月十七日。
ハマーン・カーンの戦死によりエゥーゴとネオ・ジオンの抗争が終結したのが、それからおよそ十五分ほどあとの事である。
宇宙に散った生命もあれば次なる戦乱に備えて力を蓄える者もあり、戦死者の数は詳しく把握されてはいない。
人知れず生き抜こうと必死に足掻いた強化人間たちの行末もまた、誰もあずかり知らない事だった。