#10's Episode   作:しゃくなげ

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『RE: I AM』

 ネオ・ジオンとエゥーゴとの交戦は日に日にその苛烈さを増し、戦死者も増え続けていた。

 先の戦争でティターンズの残党を取り込んだとはいえ、ネオ・ジオンの消耗も少なくはない。

 戦局は、早くも膠着状態になりつつあった。どうにかそれを打開しようと、多くの兵たちが戦場から帰り、あるいは戦場に散っていく。

 そんな死と隣り合わせの日々が、いつしか当然の日常となっていった。

 歳若い士官は名を上げるため、思い思いの戦法を考案し、それを語り合っては士気を高めている。

 モビルスーツの性能が向上し、かつての一年戦争とは比べ物にならないほどに、自由で柔軟な戦闘を行えるようになったが故の光景だろう。

 半歩退いたところで彼らを眺めるのは、歴戦の猛者たちだ。

 時に若者たちの発想に笑いを漏らし、危なかしければ忠告をする。それを受け入れる士官もいれば、反発する士官もいる。

 そうなれば、実戦形式の訓練で決着をつけるのが慣わしだった。

 和気藹々とはまた異なる、共に多くの死線を越えてきた者たちの団結力。

 それこそが、ネオ・ジオンに所属する兵たちの強さのひとつだ。

 だが、そうした空気に溶け込めない者もまた存在する。

 ひとつは、一匹狼気質というのか、最初から他人と群れる事を厭う人間。

 そしてもうひとつは、グリプス戦役で合流した──多くは、ティターンズの残党たちだ。

 アースノイド至上主義を掲げていた彼らにとっては、未だに馴染み辛い場所である事に変わりはない。そしてアクシズからの古参兵たちは、そんな彼らの言動に垣間見える傲慢さを嫌っている。

 小さくとも、大きな集団においてそうした軋轢は確かに存在するのだ。

 ネオ・ジオン艦隊の食堂内は、どの艦であってもそうした派閥が棲み分けをするように、一見すると乱雑に見えてグループ毎のテーブルが暗黙の了解で決められていた。

 大半を占めるアクシズの兵と、入口近くに固まるティターンズの残党。

 双方からの視線が一点に集まった時、食堂内は水を打ったように静まり返り、時折小さな囁き声が静寂を破るだけの、ある種異質な空間へと変貌する。

 

「そういや、アレはなんだって出撃しない?」

 

「ああ、モビルスーツの改修中だと。なんでも、一年戦争時代の骨董品らしいからな」

 

「へえ……よくもまあ、そんなのでやっていたもんだ。しかし、乗ってる時とは別人だな」

 

「ああ、違いねえや」

 

 ハマーン・カーンに拾われた少年は、その居心地の悪い空間を漂う亡霊のようなものだった。

 誰と会話をする事もなく、与えられた職務をこなし、研究者たちに身体を弄り回されて一日を生きる。ただそれだけの、無気力な日々を送る。

 強化人間だという話も加わって、兵士たちの興味を引く存在であった事だけは確かだ。

 配給される食事を乱雑にトレイに乗せたまま、少年は空いているテーブルを使い食事を始める。

 それを見た誰かが何事かを口にしたものの、少年の耳に届くよりも前に、大きな咳払いでかき消された。

 

「そうやって、興味本位で囃し立てるものではない。彼はハマーン様から与えられた役割にきちんと従っている、それで十分ではないのか?」

 

 たったのひと言で、少年に向けられていた視線は解けていく。

 静かだった食堂には、みるみるうちに最初の活気が満ちていった。

 声の主は硬質な足音を立てて歩み寄り、当然のように椅子を引くと少年の向かいに腰を下ろす。

 黄金色の柔らかな髪が小さく揺れ、それを直す仕草は多少なりとも気障だが絵になっていた。

 

「君も、少しは人と触れ合ってはどうだ? 皆が気にしているのは、君がどんな人間かわからないからというのもあると思うぞ」

 

 ムサイ級宇宙巡洋艦サンドラ艦長、グレミー・トト──そう名乗った少年は、にこやかな笑みを浮かべてから言葉を紡ぐ。

 同じような年頃の話し相手が欲しかったと、グレミーはすぐにわかる嘘を口にして手にしたパンをかじった。

 

「君が強化人間だといって、私は何かを気にするつもりはない。モビルスーツの扱いが格段に上手いとは聞いているよ、ああ、と──」

 

 グレミーの言葉に挟まれた間を理解しかねて眉を寄せたものの、やがて少年は思い至る。

 名乗られているが、名乗っていなかった。

 それで困っているのだろうと、咀嚼していた肉を嚥下する。

 

「──ああ、名前か。ジンロウ・ムラサメ、ジンロウでいいよ」

 

 ふむとグレミーは呟き、告げられた名を何度か口にして韻を確かめる。

 ジンロウはその様子を眺めながら、この名前が良さそうだと、ひとり胸中で考えていた。

 ムラサメ研究所で与えられた最初の名は、テンだった。

 十人目の強化人間だからという安直な理由で与えられた名前だったが、言い辛いからとジュウロウを名乗り、やがて日本語話者以外の聞き取りやすさから今の名へと転訛した経緯がある。

 名前というものをただの識別子としか思っていないジンロウからしてみれば、どの名を使うのもさして大きな問題ではない。

 名を聞いた相手の最初の反応で、それを使うべきか否かを判じる程度だ。

 

「では、これからもよろしく、ジンロウ。モビルスーツの改修が終わったら、是非一度、君の動きを見せて欲しいものだ」

 

 そういってテーブルの上に差し出されたグレミーの手を不思議そうに眺めながら、ジンロウは何がよろしくなのかを問うべきか思案する。

 そんな彼の難しそうな顔を見て、グレミーは朗らかに笑った。

 

「握手さ、君もネオ・ジオンの一員だろう。戦友になるかもしれない男だ、会話もないというのは寂しいじゃないか」

 

「ああ、そういう事か」

 

 合点がいったと、ジンロウはようやく右手を伸ばす。手を握り返す強化人間の力は、グレミーの予想を遥かに超えて強い。

 骨が軋むような痛みに驚きつつも、その反応をおくびにも出さないのは彼の強い意志がなせる技だ。

 

「肉体を強化しているというのは、凄いな。手首を持っていかれるかと思った。いや、背丈があるから筋力もあるだろうとは思っていたのだけど、これは予想以上だ」

 

「まだ加減には慣れていないんだ、こういう事はしなかったからね。次はもう少し加減をするよ、グレミー」

 

 軽く手を揺らしつつ、グレミーはパンをちぎってはどこか楽しげにジンロウへと視線を向ける。

 少しずつ慣れていけばいいさと、彼は懐の広さをみせるように食事を再開した。

 握手を解いたジンロウはそんなグレミーを横目に、鈍色のフォークを皿上のぱさついた肉へと突き刺した。

 

 

 

 その一件から、グレミーは何かと孤立しがちなジンロウを気にかけているように、彼を見かけるたびに話しかけた。

 顔を合わせる場所は大抵が食堂で、席を共にすれば他愛もない話であってもグレミーから語りかける。

 ジンロウは大抵が聞きに徹していたが、時折自分なりの意見を口にして、グレミーとのやり取りを拒んでいる風には見えなかった。

 エゥーゴと他部隊の戦闘結果から、開発中の新型モビルスーツの噂に至るまで、グレミーの提示する話題は多岐に及んだ。

 淡白な反応ではあったものの、ジンロウもその話術には多少なりとも感心をしていたほどだ。

 ふたりの間には、友情とは呼べなくとも、それなりの関係が構築されつつあった。

 ネオ・ジオンの兵士たちは、強化人間を手懐けるグレミーの手腕を評価するようになっていった。

 奇妙な事にというべきか、ティターンズ残党の中にジンロウを知る者はいなかった。

 彼が所属していたと語る第一四一任務部隊の出身者は、ひとりもいない。

 格納庫での何度目かのやり取りの中、それをグレミーが問いかけた時、ジンロウは不思議そうな表情をみせた。

 黒目勝ちの双眸を何度か瞬かせるのは、彼が観察している時の癖だとグレミーは知っている。

 整ってはいるが、さしたる特徴のない顔立ち。グレミーが改めてジンロウのそれを眺めているうちに、彼はコンテナに背を預けながら口を開いた。

 

「そんな事が気になるのかい、君は。もう、とっくに全滅させたよ。ああ、母艦を潰した時は楽しかったなあ。これは、ヤザンってやつが見せてくれたやり方なんだけれどさ──」

 

 ジンロウの口から語られた内容にグレミーが浮かべた笑みは、いつもと大差のないものだった。

 上辺だけの、柔和な表情。その一方で、胸中にこみ上げるものもない。

 グレミーからすれば、ジンロウの語る内容は予想の範疇から出ていない。

 ハマーンに恭順を示すために、仲間を撃ったと聞いている。ならば、ハマーンとの邂逅の前に同じ事をしでかしていてもおかしくはない。

 

「なるほど、敵の攻撃を誘導したのか。上手くやったじゃないか、そうそうできる事じゃない。私の艦には、やめてくれよ」

 

「やらないさ、グレミーは新型の融通もつけてくれる。目障りでもないのに殺したら、もったいないよ」

 

 世辞の混じったグレミーの言葉に、ジンロウは素気なく答える。

 ただ、その内容はグレミーの存在を多少なりとも認めるものだったのは事実だ。

 裏返してみれば、目障りになるならば殺すというジンロウの言葉は、常人からすれば歪なものだ。だが、グレミーは彼の言葉を好ましく思っていた。

 この強化人間は、野心や大義ではなく純粋な損得で動くわかりやすい相手だ。餌を与えておけば、飼い慣らすのは容易い。

 ジンロウの交戦データを読んだ時から、グレミーは彼を手駒として欲した。

 自らの抱える野心を実現するためには、こういう獣のような輩が御しやすくて便利なのだ。

 

「それを聞いて、安心したよ。そういえば、君のモビルスーツの改修の件だが」

 

「上手くいきそうかい?」

 

 グレミーの言葉に、ジンロウの双眸が緩く開く。

 言葉を遮るような質問は、ジンロウがこの話題に強い関心を示している証だ。

 自分に与えられるモビルスーツがどうなるのか、彼が気にするのはそこだけだ。

 もったいぶるように掌をみせて制しながら、まあ待てよとグレミーは笑った。

 

「ひとまず、私の管轄で最終段階の改修と調整を行えるよう、ハマーン様の許しを得たばかりだ。ムーバブルフレームへの換装は終わっているが、頭部ユニットはどうにもならなかった」

 

「ああ──HADESが厄介なんだっけか。いいよ、きちんと動けばさ。ティターンズの頃は、新しいのを要求してもまるで回して貰えなかったから楽しみだ」

 

「ああ、手をつけられない箇所以外は、ネオ・ジオンの誇る最新技術の塊さ。これなら君も、ガンダムと存分に戦えるぞ」

 

 雑談や思い出話から、ティターンズ時代のジンロウが抱えていた不満を洗い出す。あとは、それを叶えてやるだけで容易く彼の気を惹く事ができる。

 グレミーの思惑通り、ジンロウは眼前の若き艦長を好ましいと認識している。

 同士討ちを厭わぬほどに好戦的な性格にも関わらず、ジンロウがカミーユ・ビダンのガンダムと交戦した記録はない。

 エゥーゴのエースを撃たなかった理由を聞けば、機体性能の差が大き過ぎるという明確なものだった。

 ならば、その理由を取り除いてやればいいとグレミーは考える。

 目下、ネオ・ジオンにとって最大の障害といえば、エゥーゴのガンダムだ。

 そこにぶつけるための手札は、多ければ多いほど立ち回りが楽になる。

 狂犬だったジンロウは、指向性を与えてやれば強力な猟犬となる。

 好戦的な強化人間には、彼のやりたいように、伸び伸びと戦わせてやればいい。

 グレミーの内心など知る由もなく、ジンロウはどこか楽しげに、戦場で見たガンダムの記憶を語る。

 

「あいつは、とにかく速いからね。背中に喰いついた途端、宙返りみたいに回り込まれるのをよく見たよ。僕の機体だけど、推力はどのくらいなのかな?」

 

「基になった機体の二割増だ、出力に関しては二倍以上さ。少なくとも、現代のモビルスーツやエゥーゴの機体に見劣りする事はないだろう」

 

「いいね、楽しいだろうな。コックピットは、ちゃんと全天周モニタかい」

 

 慌てるなとグレミーが笑いながら諭すも、ジンロウの質問は止まらない。

 目を輝かせて早く寄越してくれとねだる姿は、子供のようですらある。

 要求はきちんと実現してみせると、その約束をグレミーが口にするまで格納庫でのやり取りは続いた。

 別れ際のジンロウは、今までグレミーが見た事もなかったほどに上機嫌な様子だった。

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