#10's Episode   作:しゃくなげ

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『OBLIVION』

 作戦を終えたグレミー・トトが宇宙へと舞い戻った事により、ジンロウとプルシリーズはサンドラへと帰艦した。

 待機中の出来事をレポートにまとめ、提出しては顔も知らないような将校たちの質問に答える。

 ジンロウの日々は、隠れ家でプルシリーズの面倒を見る事から、そうしたものに変化した。

 彼がプルテンと顔を合わせる機会は当然ながら激減し、この状況でいると心が落ち着かないと気付くまでに、数日間を要した。

 そんな中で、プルツーからのフィードバックを兼ねた再調整を彼女たちに施すと聞かされたのが、つい先日の事だ。

 再調整の話を聞かされてからは、心のざわつきが加速的に増えていく。

 それを誤魔化すためにジンロウはサンドラを散策し、時折グレミーと言葉を交わしては、ひとりの時間を持て余していた。

 そんな日々に変化があったのは、将校からの質問攻めに飽いて久しい頃だ。

 朝方、グレミーはジンロウを呼び出した。久しぶりに、ふたりきりで話がしたいという理由だった。

 無為な時間を持て余していたジンロウは、一も二もなく申し出を受け入れて、格納庫へと向かっていた。

 数ヶ月ぶりの母艦は相変わらず機械と戦の匂いに満ちていて、コロニーでの生活に慣れ始めたジンロウには懐かしいような、それでいて違和感のようなものがある。

 肌がひりつくようなその感覚は、艦の中だけではなく、ネオ・ジオンという集団そのものの異変に萌したものだが、ジンロウがそれを知る由もない。

 何もかもが予定の通り、何ひとつの想定外はない。

 久方ぶりに顔を合わせたグレミーはそう言って、満足げに笑っていた。

 その傍らには、地球でエゥーゴと交戦してきたというプルツーの姿がある。

 正しくふたりきりではないらしいと、ジンロウは口にせぬまま考えていた。

 

「プルツーは、そんなに良くやったのかい。結局、アーガマは沈められなかったんだろ?」

 

 格納庫でグレミーに甘えて懐くプルツーの姿は、多少の調整を与えられているのか、以前のそれよりもずっと親密そうに見える。

 何気ないジンロウの問いかけにグレミーは首肯し、一方のプルツーはジンロウへ敵意に満ちた目を向けるだけだ。

 

「今は試運転のようなものさ。その上で、プルツーは私の期待に十分応えてくれている。──プルツー、お前の専用機が完成すれば、ガンダムなど造作もないよ」

 

 少女を甘やかすグレミーの声が、ジンロウにはひどくざらざらとした、耳障りなものに感じる。

 地球へ降りる寸前の別れ際、ジンロウが彼から感じていたぎらつく何かは、より一層に強さを増して、今では淡く色付いて見えるほどだ。

 艦内の空気にそれが伝播して、ひどく息苦しさを覚える。居心地の悪さというものが、おぼろげながら理解できた気がした。

 

「わかっているさ、私がアーガマもガンダムも沈めてみせる。──ジンロウ、その時には私が楽をさせてやるよ。お前では、ファンネルも操れないだろう?」

 

 そして、それに応えて笑うプルツーの声も同様に、ざらりとして、べたついている。

 以前に訓練形式で翔んだ時の彼女には、もっとさらさらとした、透明なものがあった。

 それが今では、グレミーのように変わっている。ジンロウの目には、変貌したプルツーの姿は、不愉快なものとして映っていた。

 

「好きにすればいいさ、プルツー。今のお前と翔ぶのは、なんだか、とてもつまらなそうだ」

 

 吐き捨てるようなジンロウの言葉に、プルツーの視線が鋭くなる。

 無言の睨み合いを制するのは、いつだってグレミーの役割だった。

 

「いがみ合うな、ふたりとも。君たちは、私のために戦ってくれればいい。プルツー、ジンロウ、我々は大義のために戦う同志だ。手を取り合えとは言わないが、仲間割れだけはしてくれるなよ」

 

 その言葉にプルツーは渋々といったていで矛を収め、グレミーの腕に自分の腕を絡ませて甘える。

 一方で、ジンロウの思考は拭い去れない違和感を感じ取り、自問自答を繰り返していた。

 今までとの違いは、何なのか。それが見つけられなくて、ひどく心がざわつく。

 目の奥が疼くような頭痛に、ジンロウは小さくため息を漏らした。

 

「どうした、具合でも悪いのか?」

 

 グレミーの問いにどう答えたものか考えあぐねて、ジンロウは結局、曖昧な声を出すしかできなかった。

 プルツーがふいとそっぽを向き、床を蹴って向こう側のタラップへと飛んでいく。その背中を一瞥すると、ジンロウはグレミーに向き直った。

 言っていいものか、否か。その判断が、すぐに下せない。

 自分の事を話せる相手など、数えるほどもいないのだ。ジンロウには、グレミーに何処まで話して良いものか、その判別がつけられない。

 何かに中てられたような、強い不快感は消えない。打ち明けるのを待つように、グレミーはただ、無言でジンロウを見つめていた。

 それに根負けしたように、ジンロウは肺の中身をゆっくりと吐き出していく。

 

「頭痛がする、少しね。目の奥に、何かあるみたいだ。ぎちぎち言ってるよ、さっきから」

 

 原因は君だろう、グレミー。

 理由はわからないが、その言葉がジンロウの頭から離れない。

 ただ、それを口にしてはいけないと、やはり理由もなく思っている。あるいは、警戒している、と言うべきかもしれない。

 グレミーの口角が持ち上がり、優しげな笑みを形作る。ジンロウにはその顔が、プルツーに見せている表情と同じように感じられた。

 

「それは良くないな、君も我が軍のエースパイロットだ。どうだいジンロウ、一度、医者に診せてみないか? プルシリーズの担当医だ、強化人間の調整には慣れている人だよ」

 

 そう言って、グレミーはジンロウの肩に手を置いた。

 長く形の良い指先が、肩の肉をほんのわずかに締め付ける。獲物を捕らえた、猛禽類の爪のように。

 

「君が倒れでもしたなら、プルテンも嘆くだろう。あの娘のためにも、身体は大事にして欲しい」

 

 そうやって、グレミーはひとりの少女の名を口にする。

 ああ、と嘆息にも似た声がジンロウの口から漏れた。それを言われると、逆らうわけにはいかないと、理屈もなく思ってしまう。

 何故か、彼女の嘆く姿を想像するのを頭が拒んでいる。それを引き合いに出されるくらいなら、従えば良いと思ってしまうほどに。

 

「やっぱり、お前は厄介者だったよ、プルテン。ああ、悔しいな──他人の言いなりになるなんてさ」

 

 薄らと笑いながら、そんな事を言うなよとグレミーが首を振るう。

 その様を見遣りながら、連行される囚人のように、ジンロウは一歩を踏み出した。

 長い廊下を、ふたりで並んで。いつかもこんな風にしたなと、頭の中を引っ掻き回して探してみる。

 

「なあ、グレミー。最後に質問があるんだけどさ」

 

 そんな過去を眺める事は、今更無意味だと切り捨てる。

 鈍っている頭を切り替えて、ジンロウは隣を歩く金髪の青年へと視線を向けた。

 

「何かな」

 

 グレミーの物腰は柔らかく、優しげで、敵意は見えない。

 だというのに、その声には、顔立ちには、影のようなものが覆い被さっている。

 彼の言葉を信用できないとジンロウが直感したのも、この影のせいだ。

 

「プルテンは、戦場に出るのかい」

 

 あの娘は、向いていない。

 笑って、泣いて、喜んで、楽しんで。強化人間のくせに、そういう機能に特化している生き物だと、ジンロウはプルテンを評価する。

 だから、きっと生き残れない。あの十番目は、兵器としては落ちこぼれの出来損ないなのだから。

 

「もちろんだ。先の戦いで、サイド3を連邦から譲渡させた。ハマーンがこの後処理のためにコア3へと移動している。我々が動くのは、今しかない。──全兵力を投入する、彼女も例外ではないさ」

 

 グレミーは、事もなげに言った。

 ジンロウはただ、そうかいと返すしかない。

 彼の軍隊なのだから、その決定には逆らえない。もしも彼に逆らうならば、いつかのようにやらなくてはならない。

 しかし、グレミーはジンロウの動きを制する。手綱を握り、殺意の向き先さえも操ってみせる。

 

「だが、君の言いたい事もわかるさ、ジンロウ。だから、私は約束しよう。君が調整を受けて、私のために戦う限り──彼女は、戦場に出さないと約束してもいい」

 

 嘘だと直感したところで、それを断じる術はない。

 ふっと力なく笑いながら、ジンロウは扉の前で立ち止まり、肩越しにグレミーを振り返る。

 

「ああ、そうかい。それなら、そうするよ。君のために、皆、僕が殺そう。エゥーゴも、連邦も、ハマーンも」

 

 そう嘯くしか、できなかった。

 それを見越していたのか、グレミーもまた、笑顔を見せる。

 満足そうな、それでいて冷徹な、ひどく獰猛な笑みを。

 

「ああ、期待している。プルテンのためにも、存分にその力を奮ってくれよ」

 

 

 

 寝覚めは、それほど悪くない。

 途切れていた意識が戻ると同時に、ジンロウはそう感じていた。

 重たい頭痛はすっかりと薄れ、心なしか気持ちも晴々としている。

 身体の具合を試すように、診察台の上で管を繋がれたままの腕を持ち上げる。五指を開閉させると、拳の骨がかすかに軋んだ。

 

「気分は良さそうですね、違和感はありますか?」

 

 問いかけてくる老いた男性の顔に、心当たりはない。

 白衣を着ているのだから医者なのだろうと、ジンロウは短絡的な思考で決めつけて素気なく応じる。

 

「問題ない、すこぶる良好だよ」

 

 言い終えると同時に、鼻の奥からとろりとした血液が溢れて、シーツを汚す。

 鉄錆のような臭いにジンロウが顔をしかめると、医者は清潔そうなガーゼを手渡した。

 

「鼻血は一時的なもので、すぐに出なくなります。処置の必要もないので、拭いておくだけで構いませんよ」

 

「そうかい、わかった。──グレミーは?」

 

「目が覚めたら、ブリッジに来るようにと」

 

 異変がなければ、医者とのやり取りはそれだけで十分だった。

 逸る気持ちに背中を押され、血管に打ち込まれた針を引き抜いていく。鈍くなった五感には、傷口が擦れる痛みすら残ってはいない。

 自由の身になると、ジンロウはサイズの合わない患者着を脱ぎ捨てノーマルスーツを慣れた仕草で着込んでいく。

 これから始まる戦争に心を躍らせたその顔には、誕生日を待ちきれない子供のように、楽しげな笑みが浮かんでいた。

 小走りで廊下を駆け抜けて、顔も知らない誰かとぶつかりながら、友の待つブリッジへ。

 エレベータの扉が開くと、高らかにハマーンの欺瞞を説くグレミーと、直立不動でそれに聞き入る兵たちの姿があった。

 

「ああ、ちょうど良いところに来てくれた。君の顔も、皆に紹介しておこう。──彼こそ諸君らの道を拓く、我が猟犬だ。アクシズの制圧において、抵抗するものは彼に任せれば良い」

 

 グレミーの言葉に、兵たちがジンロウを振り返る。

 見知らぬ顔ばかりだが、ジンロウにはどうでも良い事だ。彼は自然と口の端を吊り上げて、牙を剥くような笑みを浮かべていた。

 

「戦争かい、グレミー。エゥーゴでなく、アクシズを攻めるのかい?」

 

 それは、楽しい。とても、楽しい。

 ジンロウにとっての戦争は、色褪せ錆び付いた世界の中で、たったひとつ心躍る瞬間だ。

 心が死んでしまわぬように、モビルスーツで翔ぶためだけに、あの戦争の後で、無理やりにでもグレミーに自分を売り込んだ。

 そんな自分を受け入れ、願いを叶えてくれる彼の力になってやりたいと、心の底からそう思う。

 

「ああ、君がその一番槍だ。抵抗勢力を撃滅した後は、キャラ・スーンの艦隊襲撃に参加しろ。貴公らは、アクシズ制圧後、私の到着を待て。この一戦、ハマーンをアクシズに帰さぬ事が要となろう!」

 

 高らかなグレミーの言葉に、興奮した兵たちが勝鬨をあげた。

 個々の声音はわずかなズレもなく重なって、ブリッジの空気を震わせる轟音へと昇華されていく。

 ジンロウはその様子を見ながら、世界で唯一の友人へと視線を向けた。

 

「行っても良いかい、グレミー」

 

「ああ、存分に翔べ、ジンロウ。思うがままに、戦場を蹂躙しろ!」

 

 昂る気持ちを抑えきれずに、ジンロウは知らず知らずのうちに拳を握り締めていた。

 エレベータの開閉ボタンを乱暴に叩くと、格納庫へと向かう。

 白黒の世界に、色が満ちていく。ざらざらした空気に、潤いが満ちていく。

 

「すぐに帰るから待っていなよ、グレミー。アクシズを君への手土産にしよう、だからもっと遊ばせてくれるね?」

 

 ヘルメットを被ると、独り言がスーツの中でこだまするように聞こえる。

 ひとりにさせてはおけない、だからきっと、すぐに帰ろう。

 自然と漏れた自分の言葉に、ジンロウはゆっくりと瞬いた。

 グレミーが、待つだろうか。彼には仕事が山ほどあって、待っている時間などなさそうなのに。

 

「妙だな、そんな事を考えるなんて」

 

 何処かに、違和感がある。

 その原因を考えようとしても、頭が上手く働かない。

 そうこうしているうちに、軽い衝撃と共にエレベータの扉が開く。慣れ親しんだ、機械と戦の匂いに満ちた場所が目の前に広がっている。

 それだけで、些細な違和感なぞ、どうでも良いものになっていた。

 グレミーから貰った愛機へと乗り込んで、シートに身体を固定する。歯車が噛み合うような感覚が、身体の隅々にまで広がっていく。

 

「──────」

 

 そうして、コンソールへと向き直って、ジンロウの思考が鈍った。

 自分の字が書き込まれた幾つかの付箋と、一枚の写真。

 見覚えのない少女のそれを剥がそうとして、管制室からの通信に阻まれる。

 出撃を急かす声に、ジンロウはコントロールロッドを握り直した。メモの類なら、終わってから剥がせば良いとばかりに。

 

「ああ、諒解。ジンロウ、トーリスリッター、出る!」

 

 ビームライトに照らされたペイルブルーの装甲が、カタパルトの加速を得てバーニア炎と共に宇宙へと射出される。

 彼方に待つ戦場へと向けて、ジンロウは楽しげに舵を切った。

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