――■■。
「なに?」
――今、楽しい?
「……わかんない」
――楽しくないの?
「…………わかんない」
――そっか。
「悲しいよ」
――なんで?
「寂しいから」
――独りじゃないのに。
「…………■■が、いないから」
――うーん、困ったね。
「うん、困ったね」
夢。
なんてことはない言葉だ。
大した言葉ではない。
どちらかと言えば、大それた言葉だと思う。
詰め込めば詰め込むだけ妄言となる言葉だ。
突き詰めれば突き詰めるだけ言葉としての価値は色付くかもしれないが、それは――夢ではなく、実現可能な将来設計と呼んだ方が語弊もないだろう。
夢見がちという言葉がポジティブな意味で使われることは少ない。
しかしその言葉の通り、夢とは、見るものなのだ。
決して辿り着けない終着点。
それこそが夢である。
しかし、現実的なことを言っていると“夢がない”などと呆れられるのだから、不思議な世の中だと思う。
余談だが、エヴァに「将来の夢はぐうたら寝てるだけで生きていられる人間になること」と言ったら、「鏡を見ろ」と一蹴された応酬は記憶に新しい。悲しいかな、言い返せなかった。
――どのような経緯でそんな話をしたのかは、あまり覚えていないけれど。
閑話休題。
つまるところ、夢とは、現実的であってはならないという固定観念が生み出した光そのものだ。大きすぎる光は、捕まえようとしたって、あやふやになる。視界は奪われ、熱は身体を焼く。光源に届く者はたったのひと握り。
しかし、光無くして、世界は立ち行かない。
太陽光が無くなった世界に未来が無いように。
生まれたその時から、人は光を求めて歩く旅人である――気取った言い方だが。
だが、敢えて、今更ながら、敢えて言わせてもらえるのならば、私が言いたい夢というのはそういう屹立する壮大な不公平についての話ではない。
寝ているときに見る夢だ。なんてことはない、起きた瞬間には覚えているけれど、それから時間が経てばある程度消えてしまう、夢よりも儚い夢の話である。
夢を見た。
それがどんな夢なのかと言われると、まぁ、覚えていないのだけれど。
ただ、決して幸せな夢ではない。
優しい夢でもなければ、楽しい夢でもない。
ただ漠然として、幸せを掴みとれない誰かの物語だったと、思う。幸せを掴みとることを、諦めてしまった、誰かの物語だったと、そう思う。
だからこそ、私は目を覚ましてもなお、こうして布団を頭まで被って、ベッドの上でぐだぐだうだうだと寝返りをうって悶えているのである。
この行き場のない悲壮感をどこにぶつければ良い。
この行き場もない寂寥感をどこに捨て置けば良い。
どうせ忘れてしまうのならば、この感情すらも忘れさせてほしかった。このような中途半端が一番困る。解析のしようがないから、解消のしようがない。
あーだのうーだのと寝返りをうち続けていると、なにかが足に当たった。
「何をしてるんだ、お前は」
エヴァだった。
ベッドの端に浅く腰掛けて、不審人物を見るような目で私を見ている。
私が起きた時から――起きる前からここにいたのだろうか。だがそれは変な話だ。
「エヴァ、学校、サボり……?」
まさか、今の時間が放課後――つまり午後の六時や七時というはずはないだろう。そこまで寝坊はしないし、起きてからそんなに時間は経っていない。私の生活リズムは余程のことがない限りは崩れないので、恐らく、今は朝の七時や八時のはず。
今から登校すれば間に合うだろうが、この時間に私の部屋へ訪れた例は今まで一度たりともありはしない。なので、私の行き着いた回答は、サボタージュという、極めて不健全なものだった。
「今日は土曜日だぞ、休みだ」
――そもそも、ここではサボれないしな。
ため息まじりにエヴァはそう言った。呆れているようだった。
今日は土曜日。
それはつまり、昨日は金曜日だったということだ。金曜日――いつもなら“ご飯”を食べる日だが、食べた覚えがない。特別空腹感はないが、ルーティーンが崩れたのが少しだけ不本意だった。
だが、今はそんなことはどうでも良くて――今この場にエヴァがいるということこそが、私にとって僥倖だった。
――残留する寂寥感を、ぶつけられる。
私は上体を起こすと、緩慢とした動きでエヴァの制服の裾を摘んだ。それから、引き寄せようとするものの、エヴァは不動。なので、私から近づく形になる。そうして、私の体は軸を失ったように前へと倒れていき、額をエヴァの肩に着地させた。
「…………どうした?」
私が聞きたい。
おかしいぞ。本当はこう、ぎゅっと抱き締めたかったのだが、なんか、躊躇ってしまった。おかげさまでとても中途半端な姿勢になってしまう。こんなはずでは。
「……わかん、ない。でも、その、えっ、と…………」
口籠る。
行動に移せないのなら、口でお願いしてみるしかないと思ったのだが――見通しが甘かったようだ。これはこれで、少し、難しい。思えば、こういうことを口にすることは、私の短い一生の中では一度たりともありはしなかった。
「…………?」
「うぅ……」
エヴァの視線が刺さってる――気がする。
「……ぎゅっ、て、して、ほしい」
言ってしまった。
なんだこれ。
なんだこれ。
凄く恥ずかしい。
というか、今の一言で寂寥感なんか吹っ飛んだ。
「ご、ごめ……! なん、で、も、ない」
取り消す。
羞恥心に上書きされて、寂寥感は紛失。目的達成。任務遂行。ミッションコンプリートというやつだ。もはやエヴァの体温を求める必要性は消えてなくなった。むしろ、今度はこの羞恥心を鎮める方法を探さなくてはならない。
羞恥心の消し方など知らない。知らないが、兎に角、時間を置く他にないだろう。今回ばかりは原因も明瞭だ。解消策はあるだろう。それこそ、無心になって散歩でもすればいい。今日の予定が完成した。ならばいざ征かん麻帆良の地。図書館には絶対近づかないようにしなくては――と。
ふと、思考がずれた。
昨日、私は、図書館から帰ってきて、そのあと、どうしたのだったか、と。
そんな疑問は、次の瞬間には、また別のものへと塗り替えられたしまった。
「――ほう?」
にやり、と。
どこか悪戯心が芽生えた少年のような、意地の悪い顔をして、エヴァはベッドの上へと足を上げた。そして、言葉を取り消した際に少しだけ後退った私との距離を埋めるように、四つん這いで近寄ってくる。
――食われる。
それは、獰猛な肉食獣だ。獲物を見つけてしまった、食物連鎖の頂点だ。
「そうかそうか、愛い奴め。どれ、可愛がってやろう」
これは、逃げられない。
要求したからには逃げるのは失礼とか――そんな感情論ではない。ただ、ただ、物理的に逃げることができない。身体は一切の身動きを封じられ、血流から細胞分裂に至るまで全てが支配されている。
指先一つだって動かせない。まばたきすら禁じられている。鼓動すら――止まっているかもしれない。
やがて、エヴァと身体が交差しようという瞬間に、全身を熱が駆け巡った。
そして、エヴァは私の肩に顎を乗せ、その腕で――蛇のように靭やかな腕で、私の身体をホールドする。
「お前――昨日、誰かになにかされただろ」
――鼓膜が溶けるかと思った。
首筋あたりに吐息が触れて、足の指先から頭のてっぺんまでを、液体窒素で撫でられるような感覚が走る。
「な、に……か、って?」
「それが分からんから聞いている。お前は、昨日、どこで、誰と、なにをしていた?」
――昨日。
図書館に行った。そして、あの声の主と必然的な再会を果たして、それから、エヴァと帰った。
それだけ。たったの、それだけ。あの声の主は「私にできることなどたかが知れている」と言っていた。「念話を飛ばしたり、小物を転送したり」――「それが限度」と言っていた。それ以上のことは、不可能だと、言っていた。
それに、私はあの男について、あの男自身から口止めされている。他言無用、と。封じられている。
「昨日、この部屋に帰って数秒と経たずして、お前は倒れた。意識を失った。医療班を呼んで診てもらえば、魔力がごっそりと消えている、と――魔法を憶えていないお前が、どうして魔力を失える?」
背中に、エヴァの爪が刺さる。脅されている――というよりは、無意識に力んでいるようだった。
エヴァの声からは怒気すらも感じられる。
なぜエヴァが怒っているのかが、分からない。
その怒りが、どこへと向いているのかも分からない。
行き場のない怒り――だった。
「分から、ない」
私は、なにをされたのかも分からない。
なにかをされた覚えはある。
あの男――図書館の亡霊が、私の頭を一撫でした時に、私の意識は何かに絡めとられてしまった。なにかされたとするのならば、あの時だろう。それが分からない程に愚かではない。だが、なにをされたのかは、分からない。
そもそも、あの男について――どのような説明をすればいいのか。
「無意識のうちになにかをされた、か。結界に反応はなかった――内部の人間か」
それは、心当たりがありすぎる、と。
エヴァはそう言いながら、溜息を溢した。
「エヴァ……。看、病、してくれ、た?」
エヴァは制服のままの格好だ。土曜日に制服を着る理由はないだろう――もしかしたら部活動があるのかもしれないが、それにしたってこんな時間にここへやってくる道理は、経験則上ありはしない。ハンガーラックを見れば、白のロングコートがかかっている。
聞くまでもなく、診てくれていたのだろう。
「放っておけば勝手に回復するらしいが、万が一の可能性もあったからな」
直接的ではなかったが、それは肯定だった。
なんだか、無性に嬉しくなって――私は抱き返すようにエヴァの背中へと手を回した。
こうして抱き締めてみると、想像していたよりもずっと華奢だった。
エヴァの首元に鼻を埋めて――下品な言い回しだが、その匂いを堪能する。こればかりは、エヴァから差し出してきたようなものなので、怒られるような筋合いはない。
私は、業突張りな人間なのだ。
許可さえあれば、貪欲なのだ。
ついでに、かぷりと噛んだ。
――初めて、私が私の意思で、噛み付いた。
私のそんな奇行にも流石に慣れたのか、エヴァはなにも言わず、一瞬だけ身体を震わせただけに留まった。
うーん、なにも言われない。
正直、匂いを嗅ぐという行為に関してはそれが故意的であるかどうかなんて主観以外では分からないし――だからこそ怒られないと思っていた。
匂いを嗅ぐという行為は、まぁまぁ失礼な行動である。それくらいは、常識だろう。私だって、誰かに突然匂いを嗅がれたら、その相手に平手打ちを喰らわせるくらいの自信はある。
自覚はあるのだ。
自重の仕方がちょっとあやふやなだけで。
だけど、噛むという行為に関しては、なにがどう転んだって故意的でしかない。意識的にならなければそのような行為には至れない。
だから――まぁ、私の意思で行った愚行に関して私が責任を果たせるのならそれでもいいか、と。怒られるのを覚悟していただけに、拍子抜けである。
……あむあむ、と。甘噛み。
なにも言われない。
これは好きなだけ甘噛みをするチャンスなのではないだろうか。ここまで物言わぬエヴァというのもなんだか珍しくて嵐の前の静けさ的な恐怖を覚えさせるが、いや、まさかここまでやって怒らないのなら、これ以上どれだけ甘噛みしたところで怒られることはないのだろう。
溢れそうな唾液を飲み込みながら噛み付くというのは――なんだか吸血鬼になったような気分だった。吸血鬼の前で吸血鬼の真似事をするというのは、なんとも言えない背徳感を覚える。
それから、どれだけ時間が経ったか。
五分とか、十分とか、そんなものだろうか。
満足して口を離す。
「噛んでいいのは、噛まれる覚悟がある奴だけだぞ」
あむ、と。
「あぅ――っ」
今度はエヴァが私の首元を噛んだ。予想外過ぎて――なにより、血を吸われると思って、身を竦ませた。
吸血鬼に血を吸われるなんて、未知の領域だ。ただ、歯で皮膚に穴を穿つのだから、痛くない訳がない。そう思って、その痛みに備えたのだが、いつまで経っても痛みらしい痛みは訪れなかった。
ただ、私に倣うように、甘噛みを繰り返す。
ワンピースの肩紐をずらされて、剥き出しになった肩から二の腕まで貪り尽くされる。
強く噛まれたり、弱く噛まれたり、その加減が変わる度に、くすぐったくて変な息遣いになった。もうこの際、大声でげらげらと笑いたい気分なのだが、こんな時でも私の喉は正常に異常なようで、抜けるような息が出るだけだった。
ついぞ、五分くらい噛み続けてから、“仕返し”とやらに満足したらしいエヴァはその口を離した。
私はと言うと、こそばゆい感覚に晒され続けて、息も絶え絶えである。笑い死ぬかと思った。いや、笑えてないんだけれども。
「血、吸わない、の?」
なんとなく、疑問をぶつけてみた。
「ん? 前に言わなかったか? 今の私は、学園結界のせいで吸血鬼としての力の大部分を失われている。満月じゃなきゃ、血も満足に吸えない身体なんだよ」
ほら、と言いながら、指で口角を持ち上げて歯を見せつけられる。
確かに、そこには小振りな犬歯が見えるだけで、吸血鬼らしい牙は影すら残っていない。
少し、残念。エヴァに血を吸われるならば、それもまぁありだろうと考えていただけに、掠られた気分。というよりは、ドックフードを前にしてお預けを食らった犬の気分か。
「まさか、血を吸われたいとか言うつもりじゃないだろうな?」
まるで私の思考を読んだかのように、エヴァは言う。
「…………」
「酔狂なやつだな。吸われたからっていい事なんかないぞ」
吸われることによるメリットについてはどうでも良くて、エヴァに吸われることそのものがなんとなくメリットに思えているのだけれど、これを言ったところで理解されるかと言われると難しいところだろう。私だって理解していないのに。
「兎も角として、シャワーを浴びてきたらどうだ。魔力はもう十分に回復しているようだし、問題はないだろう。その間に私は“飯”を持ってこよう」
それだけ言って、エヴァは部屋を後にした。
シャワーを浴びて、髪も乾かして、適当なシャツとスカートに着替えてから部屋に戻ると、エヴァは既に帰ってきていた。
サイドテーブルにはトレイに乗せられた“料理”が並んでいる。いつもの生肉と、白米と、あと暖かそうなコーンスープ。いつからか、スライスされた生肉だけだった食事は、メニューと呼べるものが付属するようになっていた。もっとも、普段からお腹が空くわけではないから、その量も少なめにしてもらっているが。
エヴァに礼を言ってから、サイドテーブルに付属している小さな椅子に座って、「いただきます」と言って手を合わせてから食べ始める。
スライスされた生肉で、白米をくるんで、一口。
――相変わらず、鼻腔をくすぐる香りと味わいに、くらくらとしそうになる。これは、いつまで経っても、慣れない。
エヴァはそんな様子を、ベッドの上で横になりながら、どこか興味深そうに見ていた。
――駆け足になった鼓動の音がする。
それは私かもしれないし、エヴァのものだったかもしれない。こんな緊張感のある食事が、この世の中に存在するものなのだろうか。
今思えば、エヴァが私の食事を用意するのは、あの時――エヴァと初めて麻帆良を歩き回った日の前日以来か。
……ちょうどいいのかもしれない。
別に逃げても良いのだけれど、これは、はっきりとさせたいことの一つだった。なにより、エヴァの言うところの“隠し事”の一つでもあると思う。
でも、そろそろ、暴いた方が、いいのではないか、と。
隠し事をしていることを隠すつもりはないと言っていた。
それはつまり、隠し事を、自分で暴いてみせろ、という言葉に置き換えることだってできる。
今日このとき――エヴァの前で食事を取るという行為に至っている、この瞬間が、そろそろ、現実を見ろと言っているように思えた。
立ち止まれないし、行き止まれない。
それならば、今このとき、覚悟を決めて聞いてしまったほうが、きっと自分のためにもなる。
ただ――それは食べ終わった後にしよう。
「……美味いか?」
唐突に、エヴァはそう言った。
お肉を咀嚼したままエヴァを見遣ると、なんとも言えない、複雑な表情で私を見つめていた。
――隠し事下手か。
これは、隠し事を隠さないと言うよりは、隠せないと言ったほうがいいのかもしれない。
なんだか、それがちょっとだけ面白くて――そんなエヴァが可愛くて、気持ちが、少しだけ楽になった。
「ん。おいしい、よ?」
「そ、そうか……」
やっぱり、複雑な表情。
――ああ、どんな気分なのだろう。
でも、きっと、多分、エヴァは、私を見限りはしない。「選択次第」だと言っていたような気がするけれど、それと同時に「許す」と言ったエヴァは、きっと、許してくれる。
そんな気がした。
むしろ、待っているのかもしれない。
私が、選択する、その時を。
もうそろそろ、気付いていることについて、気付いていないふりをするのは止めよう。このままでは――選択しないことを選択し続けたままでは、それこそエヴァは私から離れてしまうかもしれないから。
最後の一口を頬張る。
それから、コーンスープも飲み干して、一息。
いざ、その時が来たのかと思うと、やはり緊張する。
むしろ、私は病み上がりなわけで――自覚はないけれど、病み上がりなのだから、こんな緊張しながら事実確認などするものではないのではないか?
そんな言い訳を、溜息と一緒に吐き捨てた。
――ダメだ。流石に、もうダメなのだ。
もう、これについては、十分逃げた。
そろそろ、逃げるのは止めにしようと、そう決めたばかりではないか。
洗面台に行って、歯を磨く。ついでに顔も洗って、頬を両手で引っぱたいた。
部屋に戻ると、エヴァは未だにベッドの上にいた。体を起こして、壁に背中を預けて、お人形さんのように割座している。
なにを考えているのか、どこかぼうっとしているようだ。
なので、私はいそいそとベッドの上にのぼって、エヴァと対面するように割座した。
「エヴァ。…………お話、が、あり、ます」
「なんだ、改まって」
心なし、エヴァの顔にも緊張が浮かんでいるような気がした。彼女の場合、気付いていないふりをしているというよりは――。
いや、下手な解釈は止めよう。覚悟が揺らいでしまう。
それから、私は呼吸を何度かした後に、口を開く。
「……………なん、て、言えば、いい?」
「は?」
エヴァに呆れられた。
いや、だって、仕方ないではないか。しようがないではないか。こんなことを口にする経験など、誰にだってありはしないだろう。非常に言語化がし辛い。し難い。度し難い。
さてどうしたものか。
いや、口にするのは簡単なのだが、しかし、どうしても失礼な言い回しになってしまう気がする。この際なにが失礼でなにが失礼じゃないのかも分からない。事例がない。前例がない。当たり前だ。こんなことを口にする人間なんて、この世にいただろうか。
いいや、いないだろう。知らないけど、いないに違いない。
――ダメだ。混乱するな。落ち着こう。
こんな思考をしている間にも時間は刻一刻と過ぎ去っている。このまま無言の時間が続けば続くだけ不利になる。覚悟が、鈍る。
私は深く息を吸ってから、改めて、言葉を選びながら、それを口にする。
「私、が……食べ、てる、お肉、のこと」
「…………ああ」
「まさ、か、とは、思う。結界、の影響、で、吸血鬼として、力が、残って、ない、エヴァ、じゃ、きっと、それは、無理だ、から」
「…………」
喉が辛い。
だけれど、直接的な言葉を出すには、まだ少しだけ時間が欲しかった。
「だから、もし、違う、のな、ら……はっきり、そう、言って、ほしい」
「ああ」
エヴァは、伏目がちに頷く。
「私、が、食べてる、のっ、て――」
もう一度、深く息を吸った。
「エヴァ……。エヴァの……。エ……。エヴァ……。エヴァのおっ……。エヴァ……」
むぅ。
「――ええい! 言いたいことがあるならはっきり言わんか! こっちが緊張するわ!」
エヴァは叫ぶように言いながらベッドを何度か叩きつける。前にエヴァの家に行った時もそうだったが、なにかとものに八つ当たりするタイプなのかもしれない。
それから私に詰め寄ると――もう一度、さっきそうしたように、私を抱き寄せた。
死に物狂いに暴れていた鼓動が一つ大きく跳ねて、水面の波紋のように静けさを取り戻していく。
「覚悟を決めたのだろう。逃げることを、私は悪いことだとは思わない。だが、逃げないことを選択したのなら、進め。一度踏み込んでしまえば、もう後戻りはできん」
……なぁんだ。じゃあ、逃げてればよかった――なんて、そんなことを思ってしまう私は、悪い子でしょうか。
だけれど、今更逃げることは、許されないらしい。これが“選択次第”というものなのだろうか。一度立ち向かって――そのくせ惨めに我が身可愛さに逃げ帰るという選択は、許されないということなのだろうか。
エヴァの匂いは、不思議だ。
私の意識を混濁させる。でも、今はそれが有難かった。
「……がんばる」
「ああ」
今なら、頑張れる。
私が恐れているのは、自分自身がどうのこうのというよりは――エヴァに嫌われないかどうかのただ一点のみ。
たとえそれがどんなに杞憂なものだったとしても、可能性としてはない話じゃないから――怖かった。
でも、抱きしめてくれるエヴァが、私を唐突に突き放すなんてことは、きっと、ない。
だって、エヴァは優しいから。
「…………私、が、食べてる、お肉は、エヴァ、の、お肉……?」
「――ああ」
嗚呼――やっぱり、と。
不思議と気持ちは落ち着いていた。自分でもびっくりするくらい、冷え切っていた。
「いつから気付いていた?」
「エヴァと、初めて、会った、とき、から」
あの匂いは、間違えようがない。
他に可能性があるとすれば、エヴァも私と同じ生肉を食べていたということ。或いは、調理係だったとか、そういうこと。だけれど、エヴァが生肉を食べる理由などありはしないし、調理をしたってその匂いが恒常的に残るはずは無い。
私の言う匂いとは――私の中でも不確かだけれど、多分、エヴァの魔力だ。
如何せん、生きてる牛の匂いを嗅いで「あー、牛肉の匂い!」ってなるはずがない。エヴァとエヴァのお肉の、実質的な匂いは、絶対的に違う。
共通しているのは、内蔵している魔力。
「そうか」
私の回答に、エヴァは驚くこともせずにそう相槌をうった。
エヴァも気付いていたのだろう。
「気付いていることをわざわざ訊くな」と、あの時のあの言葉が既に物語っている。
「エヴァ」
――ここに至って、まだ不安を抱いてる自分がいた。
多分、今の私は、不安定なのだと、思う。
理解はしていても――その実、理解できていない。或いは、理解を拒んでいる。実際にその言葉を聞かないと、“理解なんてただの自己満足な自己解釈でしかない”と思い込んでしまっている。
その思い込みという言葉すら思い込みで、結局のところ、聞かないと分からないではないか――と。
「ずっと、一緒にいてくれる?」
その言葉は、いつの日かの言葉をなぞるように、まるで流れるように発せられた。
「お前がそれを望むなら、叶えてやらんこともない」
それは、少し乱暴な言い方だったけれども、それ以上に食い気味な回答だった。答えは決まっていたと言わんばかりに、食い気味な言葉だった。
「んっ……」
さっきのシーンを繰り返すように、私はエヴァの背中へと手を回す。だけど、さっきよりも少し強い力で、その矮躯を寄せる。
そのままエヴァの身体を枕のある方に押し倒した。
二人で、こてん、と転ぶように寝そべる。そのまま、私は少しだけ下の方に移動して、エヴァの胸に顔を埋める。
「鈴葉?」
「エヴァ、私の、看病、して、た。寝て、ないで、しょ?」
それは明白だった。
少しだけだけど、目元にくまがある。それに、少しだけぼうっとしているように思えた。エヴァは吸血鬼だから、もしかしたら夜型の生活こそが本望なのかもしれないけれど――だとしたら、それこそ今は就寝の時間だ。
「……そうだな。確かに、少し疲れたかもしれん」
「あり、がと」
「……ああ。お前も寝るのか? まだ眠くないだろ」
それはその通りだった。
私はついさっき起きたばかりである。
私の生活リズムはそう簡単には崩れない。
だけれど――
「んー。大、丈夫」
横になって目を閉じていればそのうち寝れるだろう。
それに――今度は、良い夢を見られるような、そんな気がした。
メンヘラ気味な百合は最高だと思いませんか。二次元に限った話ですが。
正直、もう少し時間を空けてゆっくりやりたかったのですが、私の妄想力で、今ある材料でそれをやるのは無理だな、と。
これは前前前話くらいから諦めていたので、このように、まぁ少しだけ加速させました。
無理があると思うのならば、ご自由に。私もそう思ってます。
やろうとするとどう頑張っても麻帆良に対してアンチ気味になってしまう。アンチしたい訳じゃないのです。いや、物語にアンチもクソもあるか、と私は思うのですが、ジャンルとしてアンチが成立している以上は私個人の意見はまかり通りませんので。
でも、まぁ、少し、将来的に、アンチ気味になるかもしれませんが。それは必要と言うより、私がそういうストーリーもまた好きだからと言う酷い私情が入り混じっておりまして。いや、もしかしたら必要かもしれません。
さて、この駄文と稚拙なストーリーの集合体を前にして十二話まで身をもたせた人がどれだけいるのかは分かりませんが、お付き合いくださる方がいてくれれば書いてる甲斐もあるというものです。
いえ、誰に見られてなくても書きたいものは書きますが。
くっそどうでもいいですけれど、私「――」使い過ぎですね。悪癖です。治せたらいいなあ。