せめて幸せであれるなら   作:酢酸のいも太郎

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 ただの閑話です。ノリです。寒いと思います。書きたいもの書けてない感あります。
 ごめんね。


Ep.12

 クリスマスと聞いて、思い浮かべるもの。

 サンタクロース。

 イルミネーション。

 キリスト。

 ツリー。

 まぁ、いろいろあるとは思うが、一切合切引っくるめて――そんなもの、この部屋とは無関係だ、と。そう思っていた。

 

 

 

 十二月二十四日。世間一般的にはクリスマスイヴというイベントの当日。私の部屋は着飾ることもなく、雪が降るわけでもなく、プレゼント交換をする相手もなく、ただ淡々とした日常だけが我が物顔で居座っている。

 裁縫について教えてくれることになったエヴァが、「私がいないときはこの本を参考にしろ」と言って置いていってくれた裁縫の手引書を読みながら、いつもどおり、ベッドの上でうつ伏せになってぐうたらと過ごす。

 今週分の勉強はもう終わらせてあるし、図書館から借りてきた本もついさっき読み終わってしまったし、やることと言えば、これくらいしかない。

 いや、分かっている。

 手引書を読むだけでは上達などしない。実践して実物と向き合いながら読むからこそ手引書を読むという行為に意味が追従してくるということは、分かっているのだ。

 しかし、今日は、なんだかやる気が出ない。

 上の教会では今頃クリスマスパーティとかやっているのだろうか。やっているんだろうなぁ。なんか人の気配がするし。冬休み前のテストも終わって、打ち上げ感覚でパーティしているのだろう。

 私はそんなミーハーな性格はしていないし、騒がしいのも得意ではない。だから、パーティが楽しそうだなぁとか、そういうことは一切思ったりはしないのだが――少しだけ、人肌が恋しかったりするのだ、これが。

 最近、エヴァが来てくれなくなった。

 いや、最近と言っても今日を含めて三日くらいの話なので、こんな時もあると言えばあるのだが、如何せん、寂しいものは寂しい。かと言って、いきなりエヴァ宅に向かうのは迷惑だろう。

 むぅ。

 これいかに。

 まぁクリスマスということは、師走の時期ということでもある。思えば、去年もこの時期は監視役の先生すら忙しそうにしていた。事実、忙しかったのだろう。顔を見せても一瞬で、やるべきことをやって、確認すべきことを確認して、そしてそそくさと帰っていった、ような気がする。

 

 まぁ、今更、孤独感なんて、ないけれども。

 

 ――と。

 足をバタバタとさせながら手引書を流し読みしていると、部屋の扉がノックされた。ノックする時点でエヴァではないことは確定だが、そうすると、元監視役の誰かだろうか。

 本を閉じて、枕元に置いてから、身体を起こす。流石に寝転がりながら対応するのは失礼なので、ベッドに腰掛けることにした。

 なにか余程の事でもない限りは鍵も閉めない。私のことを理解している人は勝手に扉を開けて入ってくるので、出迎えは不要だ。

 斯くして、扉が開いて、その来客がひょっこりと顔を現した。

「やっ、鈴葉ちゃん」

 まぁ、予想通りというか、なんというか。

 瀬流彦先生だった。

「メリークリスマス!」

 まだイヴのはずだが、なんだか随分と気合が入っているようで、その姿はなんというか、うん、形容できるのだけれども――。

 赤い帽子と、もこもことした暖房効果だけを追求した赤い服。それぞれに白のトリミングがところどころ施されている。着膨れした姿からは、いつもの痩身は想像できない。おまけに白い付け髭を大袈裟にぶら下げていた。

 いわゆる、サンタクロースというやつだった。

「メリー、クリス、マス」

 一応、ノッてあげた。

 イヴだけど。

 まぁ、サンタさんはイヴの夜にやってくるものだから、セーフだろう。

 右手になにか大きな袋を提げているが、もしかして今年はプレゼントまで持ってきたのだろうか。

「ほら、高畑さんと神多羅木さんも! 入って入って!」

 部屋に入ってきた瀬流彦先生が手招きをすると、追加で二名が案内された。言わずもがな、白スーツのダンディメガネと、黒スーツのダンディグラサンである。

「こんばんは、鈴葉ちゃん」

「よう」

「……ん。メリー、クリスマス」

 ……大所帯だ。

 地味に、この三人がこの部屋に集まるのは初めてだった。当たり前と言えば当たり前だ。彼等は普段、学校で教員をしている訳で、時間の都合が合うことなんて稀なのだろう。

「蒼井、お前の部屋にテーブルなんかあったか?」

 部屋の中央に置かれた新たなオブジェクトに、神多羅木先生は指をさした。

「そういえば神多羅木さんは知りませんでしたっけ。最近エヴァンジェリンが持ち込んだらしいですよ」

「そうそう。エヴァに裁縫を教えてもらってるみたいで、テーブルがあった方が便利だろって」

 私が説明をするまでもなく、二人が捕捉してくれるのは有り難い話だ。喉を無理させないで済む。

 そして、部屋の中央付近に置かれたテーブルについては、二人が言ったとおり、エヴァが置いていったものだ。ちなみにその時はカーペットまで新調して……なんだかリフォームしてるみたいで楽しかった。ベッドや本棚、小型の冷蔵庫なんかは茶々丸さんが部屋の外に運んでくれて、その間にメイプルの床材を敷いて――。

 あの日は柄にもなくはしゃいだなぁ……。

 三人はそのテーブルを囲むように座って、カーペットの感触を確かめて「上質ですよね〜」なんて感想を言い合っている。

 二、三年もここに通っていると、自分の部屋のような気でもしてしまうのだろうか。なにか変化がある度にこの調子だ。

 それにしても、この三人が揃って喋っている光景は、なかなか珍しいし新鮮だ。

 流石に大人の男性で囲むとテーブルも小さく見えてしまうなぁなんて思いながら、私は冷蔵庫からお茶を取り出して、四人分の紙コップにそれを注ぐ。

「お、手伝うよ」

 流石、白スーツ紳士。注ぎ終わったコップをテーブルに運ぶ作業を率先してやってくれた。

 高畑先生と瀬流彦先生の間に割って入って、座る。

 むぅ、こいつらでかい。狭い。

「そうそう、外は凄かったですね〜! ここに来てから結構経ちますけど、毎年驚かされますよ。鈴葉ちゃんも、明日時間があるようなら見てきた方がいいよ。多分、明日が本格的なイルミネーションだからね」

「ん」

「毎年、うちの生徒はエネルギッシュだからねぇ」

「言うてもありゃやりすぎだと思うが」

「もう、神多羅木さんはもう少しテンション上げましょ? 折角のクリスマスなんですから〜」

「俺はそういうキャラじゃねえんだよ……。ほら、それよりプレゼント、渡すんだろ?」

「あ、ほら! すぐそうやって〜。もう少し雰囲気とか大事にしないと彼女もできませんよ?」

「耳が痛いな」

「ははは……」

 ……楽しそうだなぁ、このオッサンたち。

 瀬流彦先生はそうは言うものの、特にサプライズするつもりもなかったらしく――まぁ瀬流彦先生のその格好が既にサプライズだが――傍らに置いていた袋からごそごそと梱包された袋を一つと箱を二つ、取り出した。

「これは僕からで、こっちが高畑さん。最後に神多羅木さんのプレゼント!」

「開けても、いい?」

「もちろん!」

 まず、袋。かなり大きい。

 緑色のテープを解くと、茶色の毛が飛び出た。大きすぎて袋のサイズが無かったのだろうか。無理やり詰め込んだ感。

 そんな窮屈な空間から解放されたのは、巨大なテディベアだった。上質な毛並みと、つぶらな瞳。首元に赤色のリボンが結ばれている。

 袋から取り出すのに苦労していたら、瀬流彦先生が手伝ってくれた。

「うちの大学の生徒が作った特製品なんだって。こんな大きいの見たことなかったから、衝動的にこれだ! って思って買っちゃった。気に入ってくれた?」

「ん……。好き」

 これは……気に入らないほうが難しいだろう。

 すっごいもっふもふ。寝る時に抱き枕にしたら、すっごい良く眠れそう。

 なるほど、月並みながらハズレのないチョイスだ。神多羅木先生に彼女云々と言うだけある。無難と言えば聞こえは悪いが、これほどツボを抑えてるプレゼントというのもなかなかない。こんなの、プレゼントしたモン勝ちだ。早い者勝ちとも言う。

 一通り感触を楽しんでから、私の後ろにそれを置く。大きすぎて抱きかかえる事が難しいので、とりあえずまたあとでもふもふすることにしよう。

 とか思ってたら、後ろのテディベアが私を抱き締めてきた。

 ぎょっとして振り返る。まさか中に人がいるのか、これ。

「あ、そうそう。それね、目の前に人がいると抱きついてくるんだって。凄いよね〜」

 いや、スタンドみたいになってますが。

 まぁ、悪い気はしないからいいか。

 

 次いで、細長い黒の箱を手に取る。

「お、それは僕のだね。気に入ってくれるといいな〜」

 ははは、と笑いながら、高畑先生が少し恥ずかしそうに後ろ髪を掻く。

 あなた、いろんな女性を口説いてきたような風格持ってるのに、そんな初な反応します?

 高級そうな箱の質感にまず驚く。これ、大丈夫だろうか。あまり高価な物は流石に受け取りづらい。

 金箔で縁取られた白のリボンを解いて、開ける。

「時、計?」

 腕時計だった。ピンクゴールドのベゼルに、ローマ数字のインデックス。濃紺のダイヤルと、淡い桜色のベルト。

 小振りだけれど、ずっしりとした重みは、いやらしい話だが、なんとなく値段に比例しているような気がした。

「その企業ロゴって、もしかして……!」

「おいおい、タカミチ。随分と気合い入ってんなぁ」

「ええ!? いやぁ、はは。気合いは、そりゃ入ってるけどさ。ほら、最近良く外に出てるみたいだから、時間くらい分かったほうがいいかなぁって思ってね」

 いや、お二方のリアクションが非常に怖いのですが。

 これ、高級品なのでは。

 早速左手首に付けてみる。ゆったりとしたホールド感。

「……ありがと」

「うん、使ってくれると嬉しいなぁ」

「んっ、好き」

「ははは、ありがとう」

 涼しい顔してますけど、こっちはこっちで涼しくなってるんですよ。冷や汗的な意味で。値段は……聞くのは野暮だろう。

 配色とは裏腹に小振りなこれは自己主張も控えめだし、合う服も多いだろう。今まで時間という概念とは遠い位置にいたのも事実だし、とても有り難い。

 

 最後に、神多羅木先生からのプレゼント。

 この人、葛葉先生に頼るからなぁ。また紐パンとかじゃなければいいけれど。

 白の小さな箱に黒いリボン。

 ちゃんと梱包されてる……。

 開けてみると、また箱が出てきた。

 マトリョーシカ?

「ヘアアレンジセットとかなんとか。まぁなんかいろいろ入ってるらしい。最近なにか変化は無かったかと訊かれてな。髪を伸ばしてるみたいだって答えたら、それならこういう方が喜ぶだろうって――葛葉が」

 うわぁ……。

「えげつないですね、神多羅木さん……。葛葉さん、荒れませんでした?」

「荒れてたな」

「ははは……」

 高畑先生の乾いた苦笑いを聞きながら箱を開けると、なるほど、まさしくヘアアレンジセットというやつだ。

 猫や花がモチーフにされたヘアゴムやピン、リボンのついたクリップ、ヘアスプレーなんかが入っていた。

 私、こういうの使ったことないから使い方分からないんだけれど。まぁ、使ってるうちに慣れるか。

 それに、なんだかんだ言って可愛いものが多い。瀬流彦先生や高畑先生が少し値段を感じさせる物だっただけに、安心感すら覚える。

 いや、もしかしたら、これもなかなかに値段の張るものかもしれないけれど。ヘアスプレーとか入ってるし。

「気に入らないならいつでもクーリングオフできるが、どうする?」

 なぁんでそういう言い方をするのだろう、このヤクザ。デリカシーとかそういうのを母親のお腹の中に置いてきてしまったのか? もしかして、真の苦労人は葛葉先生なのではないだろうか。

 そもそも、気に入らないはずがない。

 最近髪の毛が伸びすぎて邪魔に感じることも増えてきたから、纏められる道具というだけで嬉しいのだ。かわいいし。

 私はいつもより大袈裟気味に首を横に振った。

「好き、だよ」

「そうか」

 それだけ言うと、神多羅木先生は胸の内ポケットから煙草を取り出した。

 こいつは、本当に……。

 仕方ないので、部屋の換気扇を付けにいく。

 地下だけど――地下だからこそ、換気性能は十全である。

「高、畑、先生も。……吸って、いい、よ」

「んん……。駄目だよ、鈴葉ちゃん。副流煙とかもあるからね」

 その気遣いの心をそこのヤクザにも分けてやってくれ。

「俺が吸ってんだ、一本も二本も変わらねえよ。吸いたきゃ吸え」

「神多羅木さん……」

「ははは……」

 ちなみにこの部屋には唯一、私が絶対に使わないものが置かれてたりする。

 考えなくても分かると思うが、灰皿だ。

 吸うなら灰皿を買ってこいって言ったら本当に買ってきた。吸いたい欲求が強すぎる。私のエヴァに対する欲求に近いのかもしれないと思ったら理解できなくもなかったので言及しないけれど。

 えーと……。その灰皿は、どこにやったかな。

「蒼井、灰が落ちそうだ」

 こいつ……。蹴ってやろうか。

 いや、うん、まぁ、いいんだけど。

 残念ながら私はプレゼントなんてものは用意できなかったわけで、今日くらいはそんな態度も許してやらないこともない。今日だけ特別だ。

 あ、あった。

 臭いがアレだったから消臭スプレーをぶち撒けてベッドの下に置いておいたのを忘れていた。

「はい」

「どうも」

 

 それから、変哲も無い会話が続いた。

 神多羅木先生のグラサンを外した姿を見たことがない、とか。

 エヴァが頻繁に訪れていることを、ガンドルフィーニ先生が心配してる、とか。

 来年度はどこのクラスを受け持つことになるのだろうか、とか。

 私の勉強の進捗具合、とか。

 二人は禁煙しないのか、とか。

 学園長がまた孫の見合いを検討してる、とか。

 

 そんな会話が続く中で、瀬流彦先生が少し残念そうな顔をして口を開いた。

「それにしても、まさかどこのお店もケーキが売り切れとは思いませんでしたね〜」

 話によると、数週間前から予約を取ろうとしていたのだが、どこの店も既に先着が埋まってしまい、当日残っていれば売ることはできると言われたものの、結局売り切れで購入に至れなかったという話だ。

 まぁ、麻帆良学園は生徒だけじゃなく、小等部の家族とかも住んでいるから、仕方のないことなのだろう。少なくとも、麻帆良内部は勿論、周辺のお店はどこもパンク気味なはずだ。

「――くっくっく」

 と、唐突に、そんな魔女のような笑い声が室内に響いた。

「――大人三人が集まってケーキの一つも用意できないとは。烏合の衆も甚だしいな。なぁ、タカミチ」

「なッ……! エヴァンジェリン!?」

 瀬流彦先生の驚愕は納得できる。

 いつの間に部屋の中に入っていたのか。

 壁に寄りかかりながら、愉快そうにくつくつと肩を揺らして笑うエヴァがいた。

 なんか悪いスイッチが入っているような気がする。

「そうは言うけれど、エヴァはどうなんだい? まさか、ケーキを買えた……というわけでもないんだろう?」

 平然としているのは、高畑先生と、既に十本目の煙草に火をつけて煙をくゆらせる神多羅木先生だけだった。

 私は私で、内心で驚いている。

 まさか、吸血鬼がクリスマスを祝いに来たのか――とは言わないが、少なくとも、ここ数日姿を見せなかったエヴァがこのタイミングで部屋を訪れることが意外だった。高畑先生以外とは然程親交も深くないどころか、好感度はマイナスを突破しているだろうに。

「そ、そうですよ、エヴァンジェリン! どこのお店も売り切れだし、予約もいっぱい……! いくら大魔法使いたるあなたでも、用意などできるはずがない!」

「ク――フハハハハハハッ! 戯けか、貴様等。店が用意できないなら、自分で用意すればいいまでのことだ。そうは思わんか?」

「なんだって?」

「バ、バカな――! まさか、作った(・・・)というのですか! クリスマスケーキを(・・・・・・・・・)ッ!」

 ……楽しそうね、あなた達。

 もしかして、ここに来る前にお酒とか飲みました?

 高畑先生はともかく、瀬流彦先生はエヴァとそんな会話が出来る程に仲良くなっていたとは思えないのだが。

「はん、当然だ。……茶々丸!」

「はい、マスター」

 呼びかけに応じたのは、当然、ガイノイドこと絡繰茶々丸さん。

 なんか赤い服を着て白い髭を蓄えている。

 ガイノイドというか、サンタクロースだった。

 いや、あなたもか。あなたもなのか。

 その手には、ケーキが入っていると思われる箱が抱えられている。

「――我が下僕が作った最高傑作だッ! ふん、当然だが、貴様等にはくれてやらんぞ。私と鈴葉で食べるために持ってきたのだからな。今日と明日とで、じっくりと、ゆっくりと味わい尽くしてやる」

「くっ――そんなことが、許されるとでも思っているのですか、エヴァンジェリン!」

「食いたいか? ああ、食いたいだろうなぁ。仕事終わりの甘味はさぞ美味かろう。だが、果たして貴様等にその資格があるのか――胸に手を当てて考えてみろ」

「ぐっ……!」

 とりあえず、エヴァの分のお茶を用意しておこう。

 茶々丸さんは……確か、飲食は出来ないはず。

 冷蔵庫を開けてお茶を取り出す。

「ハッ――。言い返すことすらできないようだな」

「で、ですが! 仕方がなかった!」

「――いいや、仕方なくなどないはずだ。麻帆良周辺の店は予約を開始してから一時間と経たないうちに予約を終了する。そんなのは埼玉じゃ常識なんだよ、若造! それを見越して行動することもできず、ましてや己の手でケーキを作れないなど、言語道断! 己の無力を呪え!」

 むぅ、エヴァの座る場所がない。いや、もう少し詰めてもらえればいけるか。あとケーキも有るらしいからテーブルの上を片付けなくては。開封した箱を元々の形に戻して、サイドテーブルの上に置く。高畑先生の時計は保証書とかもあるから、捨てないように注意しなくては。

「ぐ、ぐぅ……。――その通りだ、あなたは正しい」

「くっくっくっ、そうだ。認めろ、貴様等の言い分など全て戯言! 故に、貴様等はケーキを食べる資格などありはしない! 資格無きものに誰が手を差し伸べるものか! ククッ――これぞ《悪》だ! 貴様等は我が《悪》に平伏し、せいぜい床でも舐めておけ!」

 みみっちい悪だなぁ。

「あの、鈴葉さん。これ、マスターからの贈り物です」

 そう言って茶々丸さんは瓶が三本ほど入った袋を渡してきた。 

 飲み物であることは理解できるのだが、ラベルには読めない言語が書き並べられている。エヴァの贈り物……クリスマスプレゼントなのだろうか。

 とりあえず、お茶を保存するくらいしか用途のなかった冷蔵庫へしまう。

 それから茶々丸さんがケーキをテーブルの中央に置いて、御開帳。見るだけで分かる、美味しいやつだ。ホイップクリームと大きなイチゴが贅沢に使われた、ショートケーキ。それがワンホール。なるほど、今日と明日でじっくりゆっくり味わうと言うのも納得だ。二人で食べるには少し多すぎる。

 六等分して……あ、でも茶々丸さん食べられないのか。そもそも包丁も無いこの部屋でどうやって切り分けるべきか。フォークすらないし。

「包丁と食器類は持ってきたので、ご安心ください」

「ん……。あり、がと。茶々丸、さん」

「いえ、全てはマスターの提案ですから」

 未だに高笑いを上げているエヴァと、なんかショックを受けている瀬流彦先生はとりあえず放っておくとして……。これ、もう切り分けてもいいのだろうか。エヴァは二人で食べるとか言ってるし。勝手に切って配るのはどうなのだろう、なんて思っていたら茶々丸さんが切り分け始めた。

 ……あなた、たまにマスターのこと無視するよね。

「はい、いいえ。マスターは高畑先生達が既に来ているだろうと憶測していました。このケーキは、初めから三人――或いは五人で食べることを前提として作られています」

 なるほど。

 今のエヴァの様子からはとてもそうは思えないけれど……。

 茶々丸さんは、六等分に切り分けたケーキをお皿に乗せてテーブルに並べた。残った一つを箱に戻して、冷蔵庫へとしまう。そして、冷蔵庫の近くで手を前に組んで立ち尽くす。

 役目は終わった、ということだろう。

 

 そろそろ瀬流彦先生を椅子にして踏み付けそうな雰囲気のエヴァの手を引いて、私の左隣――つまり、高畑先生と挟む形の場所に移動させる。その過程で流石に正気を取り戻したらしく、少しだけしおらしく頬を赤らめた。

 同じく正気を取り戻した瀬流彦先生にも空間を詰めてもらい――三人のオッサンが身を寄せ合うという地獄が完成した。なにこの景色。怖い。特に、真ん中にヤクザがいるのが本当に怖い。

「おいタカミチ、もう少し詰めろ。タバコの臭いが鼻につく」

「ええ!? いやぁ、はは。神多羅木くんのタバコじゃないかな?」

「俺かよ」

「どっちでもいい、詰めろ」

 やはり狭いのだろう。エヴァは不愉快そうに文句を垂れる。こればかりはどうすることもできない。そもそもこのテーブルは、これだけの大所帯で囲むことを前提としていない。

「エヴァ、こっち」

 なので、エヴァの裾を摘んで、ぐいぐいと引っ張る。

 これ以上オッサンたちが身を寄せ合う地獄を見たくなかった。

「んあ? こ、こら、引っ張るな。お前が窮屈になる必要はないだろ」

「こっち」

「む……。お前がいいなら、構わんが……」

「エヴァは鈴葉ちゃんに弱いなぁ。すっかり懐かれてるし」

 懐っ……?

 人を犬か猫みたいに言わないでほしい。

「エヴァンジェリンと会う時は鈴葉ちゃんを連れていきましょう。怒鳴れませんよ、きっと」

「それはいいね」

「逆鱗に触れて終わりだろ」

「くびるぞ、貴様等……」

 また一悶着あるのだろうか、と思ったが、そんなこともなく、エヴァがケーキを一口頬張るのを皮切りに、各々が目の前のケーキへと手を付ける。

 神多羅木先生を除いた先生方は「いただきます」と丁寧に手を合わせていたが、私もそうするべきだっただろうか。

 作り手である茶々丸を見ると、相変わらず目を閉じて表情を変えることなく立っている。待機モード……マナーモードのようなものなのだろうか。そのうちブルブルと震え出しそうだった。

 ケーキは――実際に食べるのがこれが初めてだから、他のものと比べることはできないが、間違いなくプロ並みの出来映えと言っていいのだろう。これだけクリームを使っているのに甘すぎないし、少し酸っぱいイチゴの味が主役として生きている。

 先生方もその完成度の高さに感嘆の声を上げる。あの神多羅木先生でさえもだ。

 エヴァは無言だったが、満足しているのは誰が見ても明白だった。猫のように目を細めてもぐもぐと咀嚼する姿は、とても何百年と生きている吸血鬼にして大魔法使いであるとは思えない。

 茶々丸さん程の高性能ガイノイドともなれば、自身の中でネットワークに接続する術も持っているのだろう。訊けば「某有名店のレシピを抜き出しました、ハッキングで」とか言い出しそうだ。

 しかし――これを、茶々丸さんという存在を現代の科学で成り立たせるというのは、どのような技術力なのだろう。少なくとも、生き残っている記憶の常識という項目を掘り返してみても、このような存在は作れないという固定観念にも似た主観を叩き出す。エヴァの魔力で動いているということは、魔法も一枚噛んでいるのだろうけれど。しかし、どんなに魔法が秀でていても、ベースとなる絡繰茶々丸を作った技術者の腕は、やはりどこか現実離れしているように思える。

 まぁ、私は魔法についての知識もごっそりと抜け落ちているので下手なことは言えない。考えても詮無きことだ。

 

 それからケーキを食べ終えた先生方は、役目を終えたと言わんばかりに去っていった。

 去り際に「家に持ち帰った仕事を片付ける」と言っていた。それでなくたって明日には明日の仕事がある。あまり夜更けまで遊び続けるという訳にもいかないのだろう。

 エヴァは「やっと帰ったか」と言って、広くなった空間で足を伸ばした。斯く言う私も、ベッドに背を預けながら凝り固まった身体を伸ばす。

 左手首に着けた時計を見れば、既に二十二時を回っていた。彼等が来てから三時間程が経過している。

「さて、鈴葉。今日はまだ寝させんぞ?」

 エヴァは冷蔵庫を開けて先程茶々丸さんから渡された瓶を取り出して、そう言った。

 その横に立つ茶々丸さんはと言えば、相変わらずマナーモード待機。寝ているのかもしれない。ガイノイドが寝るのか――と言われると、分からないの一言を返す他ない。

「安酒で悪いが、別荘にあるものはまだ寝かせておきたいのでな」

 ……お酒だった。

「エヴァ……私、未成年」

「細かいことは気にするな」

 無理がある。

 飲酒に興味がない訳ではないが、それとこれとは別の話である。法律遵守は常識だ。

 そもそも私が飲酒することになんの意味があるのか。どんな理由が必要なのか。

 逆にどのような意義と大義があれば酒を飲めるというのだろう。

 残念ながら、そのようなものは見つからなかった。

「ほら」

 しかし、私のそんな思考とは裏腹に、エヴァは瓶の中身を食器と共に持ってきていたのだろうグラスにそそいで私へと渡してきた。嗅ぎなれないアルコールに、脳がビックリしているような気がする。

「……んー」

 受け取ってはみたが、受け取ってしまったけれども、これを口にするのは少し勇気がいる。

「安酒とは言ったが、不味くはないと思うぞ。フランスのブルゴーニュで作られた白ワインだ。正規輸入品だから安心して飲むがいい」

 ……逆に考えよう。

 今の私は法律とは無関係な立場にいる。少なくとも、法律に守られいるというよりも――法律から守られている。

 食人という行為は、学園も絡んだ立派な犯罪行為である。エヴァは死んでないから……傷害罪、だろうか。たとえ合意の下であろうと、エヴァが訴えれば立派な事件になってしまう。いや、現実的ではない話なのだが。

 そもそも吸血鬼は法律に守られているのか――いや、そもそも国籍は? 国民扱いなのか? もしかしなくても不法滞在外国人なのではないか?

「…………」

「なんだ、そんな見つめて。これは私のだからやらんぞ」

 いつの間に自分のグラスに白ワインを注いでいたのか、それを胸に抱きながら私の視線に異議を申し立てる。いや、私も持ってるし――持たされているし。なにより、そんな積極的にがめつくお酒を飲もうとは思っていない。

 なんというか、エヴァにこんなことを言ったら怒られてしまうかもしれないけれど、封じられた場所が麻帆良で良かったね――と、そう思わずにはいられなかった。

 さて、麻帆良が法外の地であることを認識した今、法律という壁はなくなった。先生方に見られれば全力で阻止されるに違いないが、生憎と、今はエヴァと茶々丸さんと私だけしかいない。

 グラスの中で揺れるワインを矯めつ眇めつ見る。見た目からは美味しいのか不味いのかすらも判断できなかった。

 ごくり、と、固唾を呑む。

「ふむ……。やはり悪くない。わざわざまほネットで注文しただけあってクオリティは確かだな」

 唇で触れるように飲む姿はいっそのことソムリエが如く。いや、本物のソムリエなど見たこともないので、ただのイメージの話だが。

 ……美味しそうに飲んでいる。

 美味しい……のだろうか。

 うん、もうこの際、ごくごくと飲んでしまおう。どうせ怒られることもないし。なにより、やっぱり、少しだけお酒に興味がある。

 グラスに口をつけて――思いきって、天を仰いだ。

 重力に従って流れ落ちるお酒を舌で受け止めて、喉に流し込む。

「んんっ!?」

 なんだこれは。これは飲み物なのか。一瞬、喉が焼けたかと思った。

「おいおい、あまり一気に飲まない方が良いぞ」

 勧めた本人が心配するのだから、良くない飲み方をしたのだろう。大学一年生じゃあるまいし、一気飲みなどするつもりは無かったのだが、図らずしてそれに近いことをしてしまったらしい。

 びっくりして気道に入りかけた。咽る。

「むぅ……」

 落ち着いてから、手に持っているお酒を睨みつけた。

 これは、とても飲み物とは言えない。フランスだかなんだか知らないけれど、これを飲み物として認めるのは私の中の常識が崩れる。

 ……もう一口。ちびちびと、舐めるような飲んでみる。

 口腔内が痺れた。

 これ毒だ、毒だよ、エヴァ。

 ほら、だって……。

 また一口、飲む。

「んっ! んっー! んんんん……」

「……あー、辛口だからな。飲み辛いなら無理はするなよ?」

 無理? 無理というのはつまり行動に起こせないということだ。つまり私がお酒を飲むことすらできないとでも言うつもりなのだろうか。既に口にしているのに。それは矛盾のようななにかなのではないだろうか。

 まったく、エヴァは何を言っているのだろうか。

 もう一口。

「……鈴葉?」

「なに?」

「いや、大丈夫なのか?」

「至って健康だけど」

「お、おう」

 全く――全く全く。今日のエヴァは少し変だ。瀬流彦先生と妙に親しげに話していたし、高畑先生とは相変わらず仲良さそうだし。タカミチって呼んでるし。

 今日のエヴァを思い返していると、茶々丸さんが「録画を開始します」とか呟いた。ここにはテレビもないのに、一体なんの録画をするのだろうか。

「エヴァ」

「な、なんだ?」

「……誰が本命なの?」

「ぶほっ!」

 吹き出した。汚いなぁ。

 タオルはどこだっけ。んー、まぁいいか。

 ごくごくと喉を鳴らして、グラスの中のワインを全て流し込む。

「本命って――なんのことだ!」

「誤魔化さないで。瀬流彦先生なの? それともやっぱり高畑先生?」

「バカか!?」

「私はそんなにばかじゃないよ?」

「いや、そういうことじゃなくてだな……。タカミチは昔のクラスメイトだし……あの若造は知らん」

「瀬流彦先生と急に仲良くなるわけ無いでしょ」

「お前、いつもの喋り方はどうした」

「誤魔化さないで」

「酔うとめんどくさいな、お前! ていうかもう酔ったのか!? 弱すぎるだろ!」

「私は……?」

「は?」

 エヴァの服をつまんでみる。くいくいっと引っ張る。

「私は本命?」

「ぶほぁっ!」

 また吹き出した。

 吹き出す度にお酒が無駄になっている。

 勿体無いなぁ、なんて考えていると、茶々丸さんが空になったグラスにおかわりを注いでくれた。感謝の言葉を短く伝えながら、また一口。お腹の奥が焼けるように熱い。平衡感覚が家出して、三半規管がうねる。

「な、ななっ、なにを!?」

「ずっと一緒にいてくれるって言った」

「そ、そうだな」

「だから、私が本命?」

「そもそも本命ってなんだ!」

「パートナー。恋人。結婚相手。伴侶」

「いやいやいやいや――なぜそうなる!?」

「むぅ……答えてよ」

 答えられないっていうのはそういうことだよ、エヴァ。だめだよ、日本は一夫多妻制じゃないから。ちゃんと選ばなきゃ。

「ぐ、ぐぅ……。パ、パートナーという意味なら、茶々丸だが」

「茶々丸さんにも手を出したの?」

「違う、違うぞ……! そうではなくてだな!」

「…………浮気者」

「ぐはっ……!」

 

 

 

 

 

 ――それから、私は眠くなるまでずっとお酒を飲み続けた。

 相手の顔を見るより先に、頭で物を考えるよりも先に言葉を口走って、最終的にエヴァに説教のようなことをしたような気がした。「私のことはなんとも思ってないの?」とか、「好きって言ってよ」とか。思い出すだけで怖気の走る言葉の連続。正直、気色悪いとしか言いようがない。

 アルコールで頭が吹っ飛んでいたのだろう。

 暑くなって着ていたワンピースを脱ぎ始めたり、エヴァに抱きついて泣きついたり――それはもう、めんどくさい性格になっていたと思う。

 お酒は人の本性を顕にするとかなんとか、言われてるけれど、あれが私の本性だなんてことは絶対にありえない。私の部屋の直上に居座っている教会に手を合わせて誓おう。私は、あんな性格じゃ、ない。

 

 なにが辛いって、記憶が飛ぶとか、そんな都合のいいこともなく、全部しっかりと憶えている事だった。

 結局私の部屋で寝落ちしたエヴァは、起きて第一声に「勧めといてなんだけどな、お前、酒飲まないほうがいいかもしれん」と言った。

 私もそう思います。本当に、心から。

 

 ちなみに、余談だが――

 起きたエヴァはシャワーを浴びて、茶々丸さんがログハウスから持ってきたインナーやシャツに着替えて、そのまま学校へと向かった。

 放課後には私から中等部エリアに出向き、エヴァをお迎え。一度ログハウスへと帰宅。鏡とにらめっこしながら結った髪はやはりうまくいかず、結局エヴァに結び直してもらった。「ツインテールだと首元が冷えるだろ」とのことで、ツーサイドアップ。編み込みとかそういうのは時間がある時に教えてくれるそうだ。

 それから着替えを済ませたエヴァと茶々丸さんの三人でイルミネーションを見て回った。瀬流彦先生が言っていたことは間違っていないようで、そこかしこに電飾がぶら下がっており、まるで降らずに留まる雪のようで綺麗だった。

 更に、「昨日渡せなかったから」と言われて、エヴァからクリスマスプレゼントを貰った。

 白のマフラーだった。どうにも手作りらしい。こういうものはなかなか時間がかかるのではないかと思うのだけれど、ちくちくと進めてくれていたのだろう。この三日間私の部屋に来なかったのは、間に合うように追い込ませた結果なのかもしれない。エヴァの腕なら――もう何十年と積み重ねきた腕と魔法を使ったのならば容易く時間もかけずに作り上げてしまいそうだが、魔法も使わずに丹念な作業の上で完成させたのだろう。

 夜空とイルミネーションの下でマフラーを巻いてもらうというのはなかなかロマンチックな光景だったが、当時の私は歓喜のあまり小躍り――あくまで暗喩だが――していてあまり周りのことなど見えていなかったし、歯に衣着せぬエヴァの物言いはとてもロマンチックとは言い難かったような気もする。

 だが――それで良かったのだろう。

 今更飾るような、歯の浮くようなことを言い合うような仲ではない。

 ロマンなど要らない。

 ドラマも要らない。

 ただ、この日常が永遠に続けば、それでいいのだ。

 

 さて……私の部屋に残ってるお酒、どうしよ。

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