せめて幸せであれるなら   作:酢酸のいも太郎

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Ep.17

 空腹など毛ほども気にならないと言いたげな刹那を『命令』という手段で説得した後、私は浴び損なったシャワーを手早く済ましてから食堂棟へと足を運んだ。刹那は私の背後――三歩程離れたところを付かず離れずといった様子でそれに連なる。護衛としてその身を落ち着かせているとは言えども、従者としての心得は獲得しているらしい。

 お金に関しては私は文無しの身。なにより一般的な食事を必要としない私は刹那の食事風景を眺めようとしていたのだが、それを刹那自身に制された。

 曰く、

「お身体のことは聞き及んでいますが――朝食は一日の活力です。お金のことは気にせず、この三日間だけでも朝食を摂ってください」

 とのこと。

 朝食以外は好きにさせてもらうとして、ともかく、朝食だけは刹那のお世話になることになった。

 少し遅めの朝食というよりは、少し早い昼食と呼んだ方が正しいのかもしれない。

 誰かとこの時間からご飯を食べるのは、実に数カ月ぶりの経験である。慣れないこともないが、食べ方が変ではないか、なんて妙なことを気にしながら、焼き魚の定食を私は無事に完食した。

 いつまでも食堂棟にいるのは得策ではない。

 刹那は制服に身を包んでいるし、私は見た目が児童である。食堂棟の職員が生徒指導担当教員に連絡をつけてしまえば、簡単に補導されてしまう。おじいちゃんに連絡さえ取れればその場はなんとか収まるとしても、やはり面倒事に違いはない。

 食堂棟を後にして、私と刹那は食後の散歩に興じることにした。厳密には、散歩をしているのは私だけで、刹那はその護衛なのだが。

 昨日の内に降り積もった雪が溶け切らない日影を避けて、のんびりと日光に照らされながら歩く。冬とは言えども、雲一つない青空は暖かい。吹き荒ぶ北風さえ無ければ、最早春の陽気と呼んでも過言ではなかっただろう。

「学校は、おやすみ?」

 中等部から離れるように、食堂棟から逃げるように道を進みながら、ふと、そんなことを尋ねた。

 元々制服を着用していることから、朝のうちに挨拶だけ済ませたら登校する予定だったのか、ということも含めた質問だった。

「はい。学園長から許可は頂いています。私のクラスの担任は高畑先生なので、欠席の理由も上手いこと誤魔化してくれているかと」

「そっか」

 なるほど、と。

 元々刹那を私の従者にしてはどうかと提案したのは、他の誰でもない学園長(おじいちゃん)だ。刹那が動きやすいように配慮をするのは当然の務めだろう。

 しかも、世間とは狭いもので、あの白スーツのダンディメガネが担任とは。

 確か、彼はある日迷い込んできたあのシスターさんの担任であるとも言っていたか。つまりは彼女も刹那のクラスメイトということである。奇妙な縁と言うか、なんと言うか。まぁ、そのシスターさんとは、あまり言葉を交わすこともないのだが。時折シャークティ先生とおしゃべりをしている時にふと目が合うくらいの関係だ。それを縁と呼んで良いのかは、判断しかねる。

 それでなくとも、エヴァの担任も高畑先生だし、つまり早乙女さん達もクラスメイトということだろう。私の人生の登場人物が全員知り合い同士というのは、なかなかに世間の狭い話である。

 しかし、正直なことを言わせてもらえるならば、学校にはちゃんと登校すべきだと思う。

 いくら主従関係になったとは言えども、私如きに時間を割くよりは勉学に勤しんだ方が有意義であることは明白な事実だ。

 だが、学校を欠席することを咎める資格など、私には無い。如何せん、おじいちゃんがそれを許可している以上、私が口出しするなんて、烏滸がましいことこの上ないだろう。なにより、それは刹那の意思を尊重しての判断に違いない。ならば、私もそれと同じようなスタンスで受け止めたほうが自然的だ。

 ――そこで、会話らしい会話は打ち切られた。

 元より会話を得手としない私は話題を振る術など持ち得ていないし、刹那は未だに気にかけたような目線で私を探っている。

 やはり、まだ油断すらしていない。

 どんなに私を主と呼び親しんだところで、彼女の真の主は木乃香さんであり、私は警戒対象でしかない。彼女の真面目な性分と、私が学園長に保護されている身という肩書きさえなければ、今からでも私という存在を問い質したいに違いなかった。

 彼女は私のことを『蒼井家の残党』と呼んだ。アオイなんて姓名はさして珍しいものではないだろうから、やはりそれは人違いなのだろうけれど、彼女にとってそのような些事は関係ないのだろう。刹那からすれば、なにかしら因縁のある一家と関連することを匂わせる人物であることに、変わりはないのだから。

 しかし、やはり兵士(プロ)と言うべきか。

 その探るような目に不快感はない。

 チャオという好奇心の塊とは違う。

 あの研究者のような探求者とは違う。

 探った結果、対象が不快を顕にし逃亡してしまっては、意味がない。そもそも目線を感じさせないことこそがプロなのではないかとも思うが、警戒している以上、心理的にそれは不可能である。故に、目線は目線として隠すことなく、雰囲気を変えているのだろう。

 そんなことが可能なのかどうかは兎も角として。

 ……或いは、私が考えているような『警戒心』とは違った別の感情で私を見ているのか――。

「……あら、刹那」

 と、そんな私の探るような思考を断絶させるように、その声は聞こえた。

「刀子さん……?」

 お互いに名前を呼び合っているということは、考えるまでもなく顔見知りなのだろう。

 彼女は、私の前方にいた。制服ではなくベージュ色のスーツを着ている。教員だろうか。だとするならば、非常に不味いエンカウントだ。刹那という女子生徒を名前も含めて把握している時点で、私達は補導対象でしかない。それでなくとも、刹那は制服に身を包んでいるというのに。

「こんなところで会うなんて、奇遇ですね」

 こんなところ――というか、こんな場面で、できれば遭遇したくなかった種類の人間だ。刹那と同様に、その立ち振舞は真面目そのもの。知り合いだからといって、見逃してくれるような雰囲気はない。

「刀子さん、今は授業中のはずでは……?」

 いや、刹那。それは多分、私達が訊く立場ではなく、訊かれる立場だと思うのだけれど。

 ――いや、『刀子』……?

「今は空き時間なので、こうして見回りをしているのです。そう、丁度、あなた達のように学校をサボって遊び呆けている生徒を糾すために」

 ほら、言わんこっちゃない。

 いや、何も言っていないのだけれど。

「あ、いえ――これには訳があって……!」

 刹那は今更のように慌てふためく。私も、なにか言い訳のようなものを考えておいたほうがいいかもしれない。いや、学園長の名前を出して確認さえして貰えれば、収まることに違いはないのだけれど。しかし、教員の立場としては、いちいち学園長(トップ)に確認を取るという手間を重ねる必要性はない。どのようにしておじいちゃんに連絡を取らせるべきか……。

 そんなふうに、柄にもなく、内心であたふたと、てんやわんやと思考を重ねていると、刀子さんはくすりと笑いながら言った。

「分かっていますよ、学園長から話は聞いています。――はじめまして、蒼井鈴葉さん。刹那の新しい主人になったそうですね。この子、どうにも愚直なところがあるから、むしろ扱い難いでしょう?」

 ここに来て、初めて、彼女は私に目を合わせた。薄っすらと浮かべた微笑みが似合う、大人の女性である。地味に、こういう人と会うのは初めてかもしれない。シャークティ先生は、こうして微笑むことはあまり無いし。

 むぅ、大人の余裕というやつか。私とは縁遠いものだ。

「お恥ずかしながら、返す言葉もありません……」

「ふふ……そう萎縮することもないでしょう。しかし、あなたが主人を変えることを許容するなんて、どういう風の吹き回しです? 神鳴流は元より傭兵のようなものでもありますが――あなたはあまり浮気をするような性分ではないと、そう思っていましたが」

 ――それは、そう。

 私もそこは疑問だった。

 昨晩の邂逅も含めて、未だに数時間という短い付き合いではあるものの、刹那の誠実な精神性というものは理解できる。何度だって言わせてもらうが、五時間もの間を飲まず食わずで人を待てる中学生なんて、果たしてこの世界にどれだけいるだろうか。いいや、まず、いない。そんな精神性は、ただの中学生が持っていいものではないのだ。

 ならば、そんな彼女の誠実なまでの忠義とは、忠義を持つことのできる程の誠実さとは、やはり、見ず知らずの他人と呼んでも差し支えのない私に向けていいものではない。彼女の主である木乃香さんを差し置いて、私が主になるなど、あってはならない現象だった。

 しかし刹那は、三日間という制約があるとは言えども、私を主として据え置くことを認めた。

 それは矛盾と呼んでも過言にはなるまい。たとえそれが罰であったとしても、彼女が「わん」と鳴くことを拒否したように、それを拒絶することは可能だったのだから。

 だからこそ、私は探ってしまう。疑ってしまう。

 彼女は、やはり真面目で誠実だから、真の主である木乃香さんの安全を確保するために、主従関係という皮を被った上で私を見極めようとしているのではないか――見極めた上で、いつでも私を組み伏すことができるように、その側に控えているのではないか、と。

「浮気だなんて、そんな……」

 ――そんな、鋭利な雰囲気を纏った私の中の刹那(イメージ)を崩すように、刹那は顔を赤くさせながら口籠った。

 生娘か。いや、生娘なのだろうけれど。

「いいえ、悪いこととは言いません。むしろ、いろいろと硬すぎるあなたには良い妙薬にもなるでしょう」

 それは、つまり、私が妙薬だとでも言いたいのだろうか。

 良薬は口に苦しとも言うが。

「ただ――鈴葉さんは木乃香お嬢様と同様にとてもマイペースな女の子と聞き及んでいます。やはり、刹那はそういう女の子がタイプなのですか?」

「刀子さん!? やはりとはどういうことですか!」

 ああ……。刹那もそっち系か……。

 私もエヴァという女性に対して、ある種そう言った感情らしきものを抱いているので理解できなくはないが、いざ私がそういう対象に含まれるとなると、なんとも言えない複雑な気分だった。

 いや、流石に私をそういう目で見ているということはないだろう。刹那は私と違って、良く知りもしないうちから、恋に恋する乙女のように人のことを好きになるような類の人間とは思えない。

 いや、待て。私は恋に恋するような、そんなめんどくさい生娘のような性格をしているつもりはない。

 意図せずして、自分で自分をそのように形容してしまったことが、無性に腹立たしい。

「冗談ですよ。或いは冗句というものです」

「は、はぁ」

 刀子さんは事も無げにそう言い放ち、刹那は溜息にも似た相槌を打った。

 ……と、言うか、誰がマイペースか。

 私ほど相手のペースを気にして人と接する人もそうそういないだろうと自負しているのだが。

「ところで――蒼井鈴葉さん。神多羅木先生、もとい私からの贈り物は気に入っていただけていますか?」

 唐突に、刀子さんは私へと話題を振った。

 そうだ――この人は、神多羅木先生の相談相手である。今までヘアアレンジセットやら下着やら――なんだかんだ言って生活の中で役に立つものを、そういった日用品をプレゼントしてくれた人なのだ。比率的に男性が多く、女性的な贈り物の少なかった状況を、間違いなく翻してくれた恩人。それが、葛葉刀子さんという女性だった。

 こうして顔を合わせるのは、確かに初めてだった。

 なにより、話に聞く刀子さんの印象と、現実として確実に存在する刀子さんの印象が違いすぎた。

 もっとこう、粗暴な人なのかと。

「ん」

 と、頷く。

 私一人の手には有り余るものの、ヘアアレンジセットは確かに有意義なものだった。主にエヴァに遊ばれるために存在しているが――新たなコミュニケーションツールになっていることは間違いない。

 下着は――まぁ、履ければなんでもいいから。

 紐パンだろうがティーバックだろうが。

 誰かに見せるものでもないし。

「それなら良かったです。如何せん、あなたとの面会はなかなかに難しく、感想を聞こうにもあの人は言葉が足らなくて……。これからも神多羅木先生を経由することにはなると思いますが、欲しいものがあったら言ってください。お力になれると思いますよ」

 私との面会――と言うよりは、あの地下区画への立ち入りが難しいのだろう。規制自体は多少緩和されたようだが、しかし刹那のような年端もいかない女子生徒に許可が下りたことこそが奇跡なのだ。

 まぁ、そんな奇跡も、紐解いて見てみれば、ただのおじいちゃんの気紛れでしかないのだが。

 閑話休題。

 刀子さんのその心遣いは、正直、無用なものだ。自慢ではないが、私は私の欲しいものすら分からないのだから。いや、本当に、自慢にはならないのだけれど。

「……もしも、のときは、お願い、します」

 しかし、彼女のご厚意を受け取らないというのも失礼な話だ。なので、ここは社交辞令。社交性など皆無な私が見せる精一杯の社会的行為だった。

 それを知ってか知らずか、刀子さんはにっこりと微笑んだ。

「ああ、それと――刹那、今夜時間が空いたら学園長室に来るように、と。学園長から直々の呼び出しです」

「え……。学園長から……?」

「ええ。木乃香お嬢様のことも含めて話があるそうですよ」

 言伝を預かっているということは――なんだ、偶然会ったように見せかけた茶番か。刀子さんがどういう人なのかは分からないけれど、奇遇というよりは、こうなるべくしてこうなったのだろう。存外におちゃめな人なのかもしれない。

 補導されるのではないかと焦って損をした気分。いや、実質的にはなにも損はしていないのだけれど。気持ちの問題だ。

「それでは、鈴葉さん。今日はこんなにも心地良い冬日和ですから、快くまでお散歩を楽しんでください」

 一体、どこまで把握しているというのか。

 ここまで来ると嫌味に近いと思う。

 不愉快とまでは言わないけれど、不快ではあった。もしかしたらどこからかのタイミングで尾行されていたのかもしれない。或いは、最初からか。

 別に追求するようなことでもないし、どうでもいいのだけれど。

 私は頷いてから、止めていた足を動かして刀子さんを追い越した。それに追随する刹那の気配と――

「刹那、あまり呑まれてはいけませんよ」

 という刀子さんの意味も有りげな、意味深長な言葉を耳に残して。




 地味に刀子さんって描写少ないよねって言う。

 自分の文の読みづらさに四苦八苦するものの、多分自分の文を見るに堪えないと思う人はだいたい三話目くらいで引き返していると思うし、つまるところ、ここまで読みすすめてくれている人は自分の稚拙な文を読み解く猛者であり、優秀な解読者なのだなと考えると気が楽になる現象。
 あると思います。

 これからも枯渇している語彙力と回転の遅い脳みそで必死になって妄想を書けるだけ書き連ねていきます。

 起承転結という概念すら存在しない破綻した小説もどき。それの成れの果てを見たい人がいるのかは甚だ疑問に思うところではありますが、完結くらいはさせたいものです。
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