せめて幸せであれるなら   作:酢酸のいも太郎

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Ep.19

「それでは、失礼します」

 深々と頭を下げ、彼女――桜咲刹那は理事長室を後にした。

 部屋の中に残された近右衛門は、深く溜息を吐く。座ったまま椅子を僅かに動かし、夜天が大きく広がる窓の外を見遣った。

 冬の夜空は澄み渡るほどに空気が張り詰めている。少しでも触れてみれば、それは瓦解して、夜天に輝く星が崩落してしまいそうだった。

 この麻帆良を覆う壮麗な星空を見てそう感じてしまうのは、どうにも有耶無耶で掴み所のない雲のような話を模索していたからだろうか――と、どこか悲観的な自身に苛立ちを覚える。

「蒼井家の残党――学園長は御存知だったのですか?」

「うむ……」

 近右衛門の横に立ち控えていたタカミチが、深いため息に似た声色でそう訊ねた。

 それに対し、どう答えたものかと考え倦ねる。

 知らなかったわけではない。しかし、確証を持っていたかと言えばそれも嘘になる。近衛近右衛門は知っているだけだった。

 なにより、その確証も持てない不確かな情報を組織に開示したところで、一つの軋轢を生む装置にしかなり得ない。故に、隠匿した。誰も知らないのを良いことに、そうすべきであると判断した。

 蒼井家の経歴を知っている者がいるなど――それはイレギュラーでしかない。

 ――全く、と。

 翁は胸中で独りごちる。

 それから、言葉を探りつつ、静かに口を開いた。

「……蒼井家そのものは、確かに存在した。呪術協会が今の名を冠する前の――昔の話じゃ」

 故に、その存在を直接目にしたことはない。今から口にすることは全て、文献から見知っただけの追憶である。

 呪術協会の汚点――それを口にすることは、どうにも憚られた。

「江戸前期頃、陰陽師を始めとした退魔師は全体的に衰退していった。妖共を討伐し、狩り尽くし、やがて退魔師と妖はある条約を結んだ。それを守る以上は双方矛を収めると言った、単純な不可侵条約のようなものじゃ。その結果、人々は安寧な日々を手に入れ、やがて、妖を幻想のものとして認識していった。そうなってしまえば、退魔師なんてのはただのオカルトに成り下がり、陰陽師なんてものは星を眺めるだけの変わり者としか認識されず、やがて国からも必要とされなくなった。そこで、当時の青山と蒼井はある悪巧みをした。蒼井が妖共を唆し百鬼夜行を演じ、青山がそれを討伐するという、まぁ、児戯のようなものじゃ。しかしそれが思いの外効果的だったようでな、それから幾度か、その演目を繰り返した」

 そうしていくうちに、人々は人外魔境に土地と穀物と命を奪われる恐怖を思い出し、また、命を救われることの意味を覚え直した。

「じゃが、それはその二つの一族による独断で決行された計画でな――当然、本家にその悪行を看過された。しかし青山は既に国から英雄視されておったし、この一連の百鬼夜行が身内による犯行であるとバレてしまえば信用問題にも繋がる。故に、青山は当主を戦死と称する形で処刑され、世間にも認識されていなかった蒼井家は根切りとなった。じゃが、蒼井家の当主は命からがらに生き延び、その怨恨を残しながらどこかへと姿を消した」

 それは、紛うことなき呪い。

 しかし、その矛先は呪術協会ではなく、自らの一族へと受け継がれていったと言うべきだろう。

「その蒼井家が、本当の意味で滅んだ――と言うのは?」

「はて――すまんの。わしも知らんのじゃ」

 如何せん、呪術協会と蒼井家はもはや関係性を築いていない。先述したとおり、それは汚点であり、故に蒼井家は呪術協会の歴史から消し去られた。それでも長として責任を背負うものには教訓としてそれは語り継がれ、また、その口は固く閉ざされてきた。故に、知っているだけ(・・・・・・・)

 蒼井家がその血脈を絶やそうが、呪術協会の耳には届かないのである。

「刹那くんの師匠は独自に探っていたようじゃがの。それが何故なのかは、彼女本人に聞くしかあるまいて」

「そう、ですか」

 普段からどこか老獪な様子を見せる近右衛門に、タカミチは僅かながら懐疑的な目線を向けた。しかし、嘘をついてるようにも見えないその面持ちはあまりにも歳相応な疲労感に包まれていて――。

「蒼井鈴葉は既に死んでいるはず。故に、あの蒼井鈴葉は偽物だと思った。過去に出会った蒼井鈴葉と瓜ふたつなその姿に憤りを覚え、また、木乃香と接触する様子を目にしてしまったために、その本懐を問い質すべく闇討ちした――と。……刹那くんは出鱈目を吐けるような子ではない。しかし、わしの知っている鈴葉は鈴葉だけじゃ。タカミチくん、わしは自分の孫娘のようなあの子を、どのように捉えればいい」

「僕にもそれは判断しかねます。――ですが、さっき刹那くんも言っていたじゃないですか。『見た目だけでなく、その性格も昔の蒼井鈴葉と瓜ふたつだった』と。それだけの年月が経っている今、刹那くんの記憶を頼りにすることは難しいと思いますが……鈴葉ちゃんは鈴葉ちゃんである、ということに変わりはないかと思います。……ともかく、刹那くんのお師匠さまとやらに直接話を聞きましょう。それが一番の近道ですよ、学園長」

「そうじゃのう……。しかし、あやつはどこか奔放でな。はてさて、まずはその在り処を探すことから始めねばならんな」

 心の奥底から、何度目かも分からないため息を零した。

 

 

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「おはようございます、妹様」

 いつもよりも早い時間に起きてしまった私が、恐る恐る部屋の扉を開けてみれば、そこには昨日と寸分違わない様子で跪いている刹那の姿があった。一瞬、昨日という一日の中に囚われてしまったのとか思ったが、そんなはずはないだろうと、寝惚けた頭にツッコミを入れてみる。

「……おはよう」

 まぁ、土下座じゃないだけマシなのかな、なんて思いながら、返答する。

 どちらにしても頭を垂れていることに変わりはないのだが、床への接地面積を基準に据え置いて考えれば、こんなものは刹那にとって足裏二つ分と相違ないのだろう。端的に言えば、一般人で言うところの直立と同義だ。

 いや、知らないけど。

 とりあえず刹那を部屋の中へと招き入れ、私は日課の朝シャワーへと赴いた。いつもよりも機敏な動作で服を脱ぎ捨て、籠の中へと放る。

 今日の私の目標――勝手ながらも定めさせてもらった一日の予定には、刹那を学校へと送り出すという項目がある。その第一関門には時間制限がある。ゆったりとシャワーを浴びている暇はない。

 更に言うならば、刹那は私に朝御飯を食べさせるつもりでいる。それ自体はなんとも有り難い話だし、否定するつもりもない。だが、朝の時間を圧迫する項目であるということに変わりはない。

 兎にも角にも、いつもの三倍くらいのスピード感で動かなくては、刹那を学校へ送り出すことは不可能である。

 いや、まぁ、なにも一時限目に間に合わせずとも良いのかもしれないけれど――それはそれ、これはこれである。

 体感三分程でシャワーを済ませ部屋に戻ると、小さな丸テーブルの上にお弁当箱が並べられていた。

「不肖ながら、朝御飯を用意させていただきました」

「おお……」

 身の回りのお世話をされる隙など無い程に、とっくの昔から身の回りのお世話をされてきた私の唯一の隙を、これでもかと突き穿ちたいらしい。

「ですが、まずは御髪(おぐし)を失礼します」

 その威圧感すら覚えるお弁当に圧倒されている私に出来た隙を、刹那は間髪入れずに突いてきた。

 立ち尽くしていた私をベッドの傍らに誘導すると、僅かな力で肩を掴まれ腰を下ろされる。頭に巻いたタオルははらりと剥ぎとられ、いつの間にか用意されていた新しいタオルを掛けられる。更にいつの間にか用意していたドライヤーで、タオルの上から温風を煽られた。

 ――動きに迷いがない。

 まさか、昨晩私が開き直って今日の予定を朧気ながらも立てていたように、刹那もまた、今日という日を従者として開き直って接するように決心していたのだろうか。

 昨日のエヴァの言葉には、“従者ならば従者として主人の言うことを聞けばそれでいいのだ”というニュアンスが多分に含まれていたように思えるのだけれど、あの冷めた激昂を、もしや熱い激励と勘違いしたのではあるまいな。

 いやしかし――なるほど。

 されるがままというのは私の人生においてはそう珍しくもないシチュエーションだが、まるで人形のように脱力していても朝の活動が終わっていく感覚というのは、なんだか甘美な蜜を吸わせて頂いてるようで癖になりそうだった。

 これが蜂の子の気持ちというものなのだろうか。

 最早抗う気力もなにもかもを吸い取られ、端的に結論を述べるならば、朝の活動の殆どを刹那に委ねてしまった。

 

 しかし、私とて私の今日という日の目的を忘れたわけではない。

 

 元はといえば学園長が言い出し、それに従う形で刹那は三日間だけ私の従者となった。それならば、刹那が満足するまで自由に私につき従えばいい――それが刹那のためになるのであれば、それで万事解決、と。そう思っていた。

 しかし、結論から言わせてもらえば、私は刹那の主人足り得る素質は皆無であるという事実がそこに屹立したのである。

 それは刹那と私の相違であり、差異であり、誤差。

 納まるべき鞘から抜け落ちる白刃。

 白刃を納められぬ締まりの悪い鞘。

 それが私と刹那の相関図だった。

 だからこそ、私がすべき事は――まぁ、言ってしまえば責任の放棄である。いや、言葉にすると酷いものだが。

 いかに私が刹那を連れ回して散歩をしようとも、いかに刹那が私の部屋の前で金剛力士像が如く立ち塞がろうとも、それでは不完全燃焼だろう。

 ならば、私と接する時間を制限し、その制限された時間で刹那に多少なりとも注文をする。そうすることで、密度の高い時間を錯覚させ、あたかも燃焼したかのように――お世話し尽くしたように思わせようと言う、私なりの策略である。

 まさしく、開き直り。

 しかし、これもまた一つの解答である。

 起点を正せば、これは刹那の罪滅ぼしなのだ。

 どんなに長い時間を共に過ごそうが、刹那が満足感を得られなければ意味がない。しかし、生憎と私の一日なんてものはたかが知れている。

 故に、刹那がこうして私のお世話に奮闘してくれたことは、実のところ、私にとってはとても都合がいい。

 本来ならば私が注文しようとしていたことを勝手にしてくれたのだ。

 ……こうなってしまうと、勝手に自己満足してくれそうなものでもあるのだが。

 まぁ、それはそれ、これはこれ。

 更に本音を重ねて言わせて貰えるのならば、やはりプライベートな時間が欲しい。別に特別な日課があるわけでも無ければ、プライベートな時間を侵害されているわけでもないのだろうけれど、私はどうにも繊細な生き物のようで、知り合ってから数日と経たない人間に付き纏わられることに微弱なストレスを覚えるのである。

 もちろん、先日エヴァに言ったとおり、この状況を迷惑だと思うことはないし、面倒だと思うこともない。これはただの私の性質の話だ。

「なので、刹那は、学校に行く、べき」

 ――なにかと適当な理由をでっち上げてそう告げてみれば、刹那は「それが妹様の御意向ならば」と二つ返事にそれを飲み込んだ。

 刹那の性格や性質を把握しているつもりはないが――意外だった。「主の側で付き従うことこそ我が本望」を地で行く精神の持ち主であると思っていただけに、呆気ない。一度でもそれを拒否されるようであればこちらが溜飲を下げようと考えていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。

 

「――木乃香お嬢様とは、どういった経緯で知り合ったのですか?」

 朝の太陽に照らされながら、もうそろそろ女子中等部の校舎に辿り着こうかという頃、刹那は唐突にそう訊ねてきた。

 木乃香さん――近衛木乃香。

 初めて顔を合わせたのは、凡そ二ヶ月ほど前。思い出すだけで胸騒ぎを覚える、あの図書館の亡霊と出会った日。

 今にして思えば、ファーストコンタクトの時からなにかと距離が近かったような気がする。

 ――木乃香さんの護衛を名乗っている刹那だが、そういえば、私と木乃香さんが接触するときにはその姿を見せていない。

 「陰ながらお見守りすることこそが務め」と言っていたか。その文言通り、影からひっそりと護衛しているのだろう。

 で、あればこそ、陰ながら見守る護衛であるところの刹那が、私と木乃香さんのファーストコンタクトを知らないのは不思議な話である。まぁ、そうは言っても、刹那とて人間である以上、四六時中木乃香さんを見守り続けるのは不可能だという――至極当然な話なのだろう。

「図書館島で、知り合った」

 経緯と呼ぶには杜撰な回答だが、これが全てだ。木乃香さんの距離感があまりにも近いので、私自身も親しい仲であると錯覚してしまいそうになるが、前回を含めても顔を合わせたのはたったの二回。正直、馴れ初めなんてものがある程の仲ではない。

 敢えて言わせてもらえるならば、今現在こそが馴れ初めの最中である。

「なるほど、道理で……」

 しかし、刹那にとっては私の杜撰な回答でも十分だったようで、なにか得心がいったと言わんばかりの相槌を打ち、しかし、まだなにかパズルのピースが合わないといったような思案顔を見せた。

 まるで、私と木乃香さんが出会うことそれ自体が、不可思議であると言いたげに。

 ――出会いや邂逅に、不可思議なんて言葉は、あまりに似つかわしくない。外を歩けば人とすれ違う。その中で、偶然にも、会えば言葉を交わす仲になったというだけの話。学園都市という閉鎖的な空間であれば尚更、長い目で見れば誰とだって知り合う機会というものは転がっている。

 それにしたって、随分と世間の狭いコミュニティを築いてるな――と、私自身も思わなくもないが。

「それでは、妹様から見て、お嬢様はどのような御方に見えますか?」

 それは、また、なんというか、含意の広い質問だ――私が木乃香さんについてどう思っているか。

 私とて、言葉を交わした相手についてなにも思わないほど無機質的な人間ではない。だが、意識して考えたことがあるかと言われれば、そうでもない。

 印象とか、イメージとか、そういうものは、ある程度のレベルで自動化されているものだ。

 改めて彼女のかんばせを頭の中で思い浮かべてみれば――

「……優しい人、って、思う」

 ――まぁ、これに尽きるのではないだろうか。

 二度の邂逅において、彼女はそこまで親睦の深くない私に対して、深い心遣いを見せている。図書館島での休憩所までの道程でも、しんしんと降り積もる雪の道端でも、彼女は私を気にかけてくれていたと思う。

 それこそ、本当の姉のように。

 それが当然と言わんばかりに。

「あと、懐か、しい?」

 それは、エヴァと初めて対面した時を彷彿とさせる。

 あそこまで露骨なものではないが、あの母性と魔力には、どこかノスタルジックな雰囲気が紛れ込んでいたことも事実だった。

 だからこそ私は彼女に成されるがままだったし――それも、当然なのかもしれないと、受け入れていた。

 まぁ、人形のように抱き抱えられてしまえば、拒絶のしようもなかった、というのも一因ではあるのだが。

「懐かしい――ですか?」

「……ん」

 先述したとおり、エヴァほどの確信があった訳ではない。ただ、ほんのりと、そう感じただけだ。

 エヴァに対する印象がそうであったように、記憶を失った私は、しかし完全にそのすべての記憶を喪失したという訳ではない。それこそ、記憶を失う前の人間関係に、彼女と似た友人知人がいたのだろう。

 そう言えば、エヴァや先生方を除いて、記憶を失くす前の私を知っている人物には、会えていないな、と――ふとそんな思考が過ぎる。

 しかし、その一瞬の疑問にも似た思考は、意外なものに遮られた。

 

 

「せっちゃん、と――鈴葉?」

 

 

 噂をすれば影が射す、と言ったか。

 私と刹那の背後から聞こえたそれは、つい一昨日あたりに聞いたばかりの、柔らかな声だった。

 足を止めて、声の出処へと目を向ける。

 切り揃えられた前髪の下から覗くまあるい目は、驚愕の色に染まっていた。

「――……それでは、私はこれで失礼します」

「へ……?」

 まるで、避けるように。

 先程までの調子とは打って変わって、冷たさすら覚える声色で刹那はそう言うと、いつの間にか眼前にまで迫っていた中等部校舎へと足早に歩みを進めた。

 いや、事実、避けているのだろう。

 陰ながら見守るというそのスタンスからして、裏の世界そのもののような――兵士のような自分を、木乃香さんから遠ざけたいという意思があったとしても、おかしな話ではない。

「あっ……」

 彼女は、名残惜しそうに手を伸ばそうとするものの、刹那は構わず足を動かし続け、やがて校舎の中へとその姿を消した。

 ……微妙な空気だ。

 なんだか居た堪れない。

「木乃香、さん?」

 その後ろ姿の残滓を眺めるように視線を固めてしまった少女は、しかし、私が呼びかけてみれば表情をハッとさせて、いつもよりもどこか希薄な笑みを浮かべる。

「おはよー、鈴葉。こないな早い時間に、どないしたん?」

「木乃香ぁ、急に走らないでよ……って、この間のガキンチョじゃない」

 木乃香さんの後ろから、息も切らさずに走り寄ってきたのは、あのときのツインテールの人――確か、名前は……アスナさん、だったか。なにかと人から甘やかされている傾向にある私からすれば、アスナさんのつっけんどんとした言動はなかなかに新鮮だ。

 まぁだからといって人のことを指差して「ガキンチョ」と呼ぶのはいかがなものかと思うが。

 さて――なんだか、木乃香さんと会うときはいつもこんなタイミングだ。なにかを誤魔化さなくてはいけないというか、なんというか。とにかく、下手なことを言えば墓穴を掘りかねない。

 詳しいことは話を聞かなければ分かりかねるが――刹那との関係は、赤裸々に語っていいものではないだろう。元より、木乃香さんは裏の世界のことはなにも知らないらしいし。

 陰ながら見守っているという刹那と、そんな刹那を“せっちゃん”と親しげに呼ぶ木乃香さんと――なんだか複雑な関係性が見え隠れしている。できれば私の前では隠れててほしいのだが。

「朝の散歩、してたら……道に迷っちゃって。困ってるとき、あの人が、中等部になら、案内できる……って」

 ――と、いうことにしておこう。

 私が私の定住地から自力で中等部にまで足を運べるという情報は開示済みだし、時間も時間だから、刹那が中等部まで私を案内するという構図は不思議な話ではないはずだ。

 刹那が私のようなガキンチョを助けるような性格をしているのかどうかは、置いておくとして。

「なに、迷子? あんたはこんな時間から……。木乃香、どうする? 遅刻にはなっちゃうけど、この子の家まで送る?」

「せやなぁ。また道に迷ったりしたら大変やし……」

 これは想定外。少し――いや、かなり困る。私の住んでいる場所と言えば、教会の地下であり、その所在を知られてしまうのは些か不都合な気がする。少なくとも、普通ではないその定住地を晒す行為は、妙に勘ぐられるだけの条件を満たしていることに違いない。

 適当な住所をでっち上げるには情報不足だし、仮に地下を案内しなかったとしても、教会に住み込んでいるという設定を作らなくてはならない。

 木乃香さんの親戚であるという設定を開示してしまっている以上は、孤児として教会に引き取られているという筋書きは無理がある。

 なので、その厚意については全力で拒否したい。

 勘ぐられる勘ぐられないという話については、“初等部に送る”ではなく“家に送る”という提案が出ている時点で手遅れな気もするが。こんな時間に散歩へと繰り出し迷子になるような小学生もなかなかいないだろうから仕方がない。親と呼べる人がいて、健康的に学校へと通っている環境にあるならば、朝の散歩なんてそもそも許可されないものだ。多分。知らないけど。

「ここから、なら、道はわかる。だから、大丈夫」

「そうは言ってもねぇ……」

 私の拒絶を、受け取りにくそうにするアスナさん。

 この前は私を雪の中に放置してさっさと帰りたそうにしていたように記憶しているが、なにか心境の変化でもあったのだろうか。

 いや、状況が違うのか。

 望んであの場に立っていた私と、迷子になった結果導かれた私――同じ私であることに変わりはないが、私がここに立っている理由は大きく異なる。

「ほんなら、おじいちゃんのとこまで連れてくのはどうやろ」

 どこか思案顔を浮かべて考え倦ねていたアスナさんに、木乃香さんがそう提案をする。

「おじいちゃんって……学園長?」

「せや、おじいちゃんならいつも暇そうにしとるし、鈴葉のことも家まで送ってくれると思うんよ」

「……あー、そういえば木乃香の親戚だったっけ、この子。それなら確かに、それが一番いいかもしれないわね」

 私の意思に関係なく話が進んでいく。

 まぁ、別にいいのだが。

 私にとって都合が悪いことにはきちんと口を挟ませてもらうことに変わりはない。されるがまま――というのは、こういう惰性じみた性格が起因しているのかもしれない。

 嫌よ嫌よも好きのうち――ではない。嫌なことは嫌と言わせてもらうがそれ以外は好きにしてくれ、が正しい。

「ごめんな、鈴葉。鈴葉のことを信じてない訳やないんやけど、ウチら心配やねん。せやから、おじいちゃんと一緒に帰ろ?」

 少しだけ身を屈めて、私に視線を合わせながら、木乃香さんはそう言った。

 おじいちゃん――学園長は、言わずもがな、私のすべてを把握し、すべてを掌握している数少ない人間のうちの一人だ。彼ならば、私が木乃香さんとアスナさんを引き連れてその門戸を叩いたとて、違和感なく対処してくれるに違いない。

「……ん」

 問題ないと頷いて見せれば、彼女はにぱっと笑って私の頭を撫でた。それから、「ええ子や」と言うと、そっと私の手を握る。

 なんとなくそれを握り返してみれば、木乃香さんはもう一度、華やかな笑顔を見せてくれた。

 うーん、これは母性。やはり抱擁力が天元突破している。

 おじいちゃんが定期的にお見合いの場を用意する理由が、少しだけ分かった気がした。

 如何せん、それを有り余らせるのは、少し勿体無い。

 いや、中学生相手にお見合いって、それにしたって時期尚早だと思うけれど。




 オリジナルキャラクターの家筋を書こうとすれば、原作には無い“組織の過去”というものも必要になってくるのではないでしょうか。
 上手い人はそこら辺も原作を準拠して考えられるのでしょうけれど、僕にとってはそれはなんとも難易度の高い話なわけで。別に大してストーリーに関わらせるつもりも無いので流してください。
 いや、こんな露骨に伏線っぽく書いておいてなんですけれども。
 穏健派と過激派がいるというのは原作でも描かれていた公式設定だったと記憶していますので、過激な思想を持って行動する人が過去にいたとしても違和感はないかなと思います。

 設定集のようなものは持っていないし、続編のUQも読んでいないので、もしかしたら関西呪術協会の過去に公式で触れられているのかもしれませんが、この小説の中では明治以降から公式的に関西呪術協会を名乗っているという設定にしています。間違っていたらすみません。
 青山を引っ張り出したのは「主人公がオリジナルである以上、これ以上オリジナルの家系を出すのもなぁ……」というだけの理由です。青山の家系や経歴に関しては知識不足です。
 あと話によると刹那の師匠はラブひなの登場人物であるという説……説というか、確定情報なのでしょうか?
 とりあえず、僕はラブひなを読んだことは無いのでここは仕方なくオリジナルキャラクターになると思います。混乱を招いたらすみません。
 相変わらずいきあたりばったりで書いてます。書くときにはちゃんと設定を熟慮してバーっと一気に書くべきだなと痛感しています。
 あと三人称視点の書き方教えてくれる人募集したいです、はい。

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